佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 不朽の名作 「風の谷のナウシカ」

<<   作成日時 : 2008/06/11 00:05   >>

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ここ数日の検索履歴を見ると、ナウシカ関係のキーワードが多かった。そういえば金曜にナウシカの再放送を途中から観た。仕事があったので最初からは観れなかったが・・。それにしても、こんなマイナーサイトまで影響を及ぼすとは恐るべし。確か20年以上も前の作品なんだよねー。
20年といえば、およそ一世代と考えて差し支えないだろう。世代を超えてここまで人気・影響力のある作品はそう多くはない。

そうそう、久々にクシャナ殿下の「薙ぎ払え!」や、ナウシカの機関銃乱射が見れたな。
服の色が変わる理由は、やはり王蟲の体液のようだ。毛細管現象によって染み渡ったということらしい。
それにしてもペジテの連中にはむかついたな・・。
「我々はトルメキアとは違う!」・・・これはトルメキア相手に言うなら正当だろうが、自分たちが犠牲にしようとしている風の谷の住人であるナウシカに言うべきセリフではない。傲慢が過ぎるというものだ。
ちなみに映画では描かれていないが、クシャナには兄や父がいて、そいつらこそ本当に悪辣なキャラクターだったと記憶している。クシャナは将でありながら最前線で戦う。
クロトワ 「陛下は中へ。」
クシャナ 「ここでいい。」

ところで、ナウシカが王蟲の群れに轢かれたとき、テトが彼女の肩に乗っていたよね。何で無事だったんだろう。体重が軽いから?
そういえば物理で、「2つの物体がぶつかるとき、両者の質量に差があると力が伝わりにくい」と習ったような気がする。そういうことなのか。

その後瀕死のナウシカが王蟲の触手で持ち上げられていったけど、これは別に、人々に自分たちの争いの結果を見せつけるためとか、そういうことではない。もちろんナウシカを目立たせるためでもない。王蟲にそんな意図は無い。ただ純粋にナウシカを治療するためである。一刻も早く回復させるためには、多くの王蟲の力が必要であった。だからあの位置まで上げたのだ。
王蟲に演出の意図はまったく無く、人間を懲らしめるとかそういう存在ではない・・ということを確認するのは重要である。自然は人間を懲らしめない。もしも自然が人間を懲らしめていることがあるとしたら、それは人間の勝手な解釈に過ぎない。なぜなら、破壊の元凶はのさばり続け、貧しい生活を続ける人々が真っ先に被害に遭っているからである。
つまり、人間の敵はあくまで人間ということ。「自然VS人間」という構図はもはや“過去のもの”である。作中で王蟲と力ずくで対決するのは“過去の人間”が作った巨神兵であり、描かれる殆どの“対決”は人間対人間のものである。
ハッピーエンドの後も、腐海は依然として有り続ける。それによって人々の体は蝕まれ続ける。「自然VS人間」という目で見るのならば、人間は最初から最後まで負けていることになる。私の解釈は宮崎監督の意図とは少々ずれがあるかも知れないが、少なくとも監督は単純な「自然VS人間」という描き方はしていないように思う。
人間の敵はもはや自然ではない。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
私には、一種の”独断”があって、
「ナウシカ」が公開された、1984年を一つの区切りにして、
人を見てしまう・・・
つまり、1984年より前に生まれた人は、私と(何とか)
同世代、という感覚が何故かしてしまう。(私は73年生まれ)
リアルタイムで見ている人だと、かなり親近感覚えます。
逆に、「生まれたのが88年です。」とか言われると、
おおお〜、ナウシカが公開されていたとき、
まだこの世にいなかったのか、
世代が違う・・・と勝手に思ってしまう。
・・・1984年ていう小説もありましたよね。
なぜかわからないけど、1984年と言うのは、
私にとって、どこか特別な年ですね。

とちの木
2008/06/11 18:42
沢里は『風の谷のナウシカ』を見て作家を志した。これが私の誇りです。
日本アニメの最高傑作。私の中では、まだナウシカを超える作品は出ていません。
どこの国も武器を持ち、戦争をするなか、風の谷だけは平和だった。
戦闘能力は相当な腕でありながら、あくまでも勇気と慈愛という「非暴力」で戦おうとするナウシカが、衝撃であり、新鮮でした。
原作では、オームはナウシカのことをずっと前から知っていて、彼女は敵ではないことをわかっていた。
私の目から。クライマックスシーンで、ナウシカがあっさり突き飛ばされたから「名作」になったと思う。私は止まると思って見ていたので、「あああ・・・・・・」
凄い衝撃でしたね。
沢里尊
2008/06/11 19:59
とちの木さん、こんばんは。
1984年というと、今から24年前ですか。その頃はまだソ連も(名ばかりとはいえ)存在してました。映画では「ターミネーター」、マンガでは「ドラゴンボール」、アニメでは「ガラスの仮面」etc・・・。うん、今ウィキペディアで検索しました。
1984年以前の生まれ・・「ナウシカ世代」とは違うか。赤ん坊とかは観てないでしょうから。うーん、何て言ったらいいかな。国鉄世代?でも国鉄分割民営化は1987年。微妙なところだ。これを行った中曽根内閣は1984年に発足してるけど・・。
やっぱり1984年といえば「ナウシカ」という結論なのかな。
アッキー
2008/06/11 23:04
沢里さん、こんばんは。
やはり、ナウシカが王蟲の群れに轢かれたシーンは沢里さんに絶大な影響を与えてますね。
子供を群れに帰すだけならば、ナウシカまで下に降りる必要は無かった。あえて降りたのは、単に子供を帰すだけではなく、王蟲の怒りを真正面から受け止めるためなのでしょう。そうしないと王蟲の怒りは止まらないと判断した。確かに子供だけを降ろすならば、ペジテの作戦を遂行してるのと殆ど変わらない。怒りに我を忘れた王蟲を静めるには・・。そこでナウシカは自分の「覚悟」を見せました。誰しもが王蟲の群れはギリギリで止まるだろうと思っていた中、ナウシカだけが自分が轢かれることを予測していたのかも知れません。
アッキー
2008/06/11 23:18
私もナウシカの再放送見ました。ふお〜、懐かし〜、と思いながら見てました。
好きなキャラはクロトワ参謀(「世界が燃えちまうわけだぜ」とか「〜それとも破滅の罠か」とか良いね〜)とかユパ様(剣さばきがなんとも言えんです)とかです。
表裏
2008/06/12 23:41
表裏さん、こんばんは。
うんうん、クロトワは良いね。ユパもね。
クロトワは野心家のくせに妙に義理高いんですよ。あのときクシャナが死んでいたらどんな展開になってたかな。クロトワはトルメキアを牛耳ろうと動いたでしょうけど、多分、野望を達成したときにクシャナのことを思い出すんでしょうねー。そう思うと泣けてくる。「短え夢だったな・・」と言うクロトワはどこか嬉しそうでした。
ガンシップからジャンプして乗り移るシーンはユパの大きな見せ場の一つですが、よく考えたら高度何千メートル・・・。ナウシカも王蟲の子供を助けるときに生身でダイブしてましたが、師匠は更に凄かった。
「降参しろ・・コルベットはもはや戻らぬ。」
アッキー
2008/06/13 00:16
パズーやシータ、ルパン。アニメのキャラは、結構引力を無視しています。エエっちゅうに。
沢里尊
2008/06/13 19:59
沢里さん、こんばんは。
パズーのあれは怪力ということでギリギリ誤魔化されんこともないような気がする(コナンが彼の子孫だし)けど、ルパンの滑走は・・・。シータは飛行石の力ということなんですがね。もしやルパンは飛行石を体の中に埋め込まれている?(←そんなわけあるか)
アッキー
2008/06/13 23:42

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