佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 数学は非人間的な学問である

<<   作成日時 : 2009/09/24 23:16   >>

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私は数学が好きだ。何故なら数学は非人間的だからだ。
「人間的」というと良いイメージで用いられることが多いが、果たして本当にそうだろうか。私は「差別」ほど人間的なものは無いと思っているのだが。「嫉妬」「憎悪」「色欲」「傲慢」・・これらは実に人間的な感情ではないかね?
そもそも「人間的」とは何ぞや?
人間の「水準」なるものが存在するとして、完全にそれと一致する人間など存在しないだろう。サイコロを60億回振ればそれそれの目はおよそ10億回ずつ出るが、丁度10億回ずつは出ない。それと似たようなものだ。
完璧な人間・・人間としてかくあるべき水準を全て満たした人間は、かえって人間的ではあるまい。全ての人間は「水準」からあっちゃこっちゃへブレているのは言うまでもない。
ならば、「人間的」というのはブレていること、すなわち不完全であることではないか?
人間を100人集めて平均の顔を作ると美しい顔になると言う。そんなことが頭に浮かぶ。
だとすれば、だとすれば、人間的であるということは極論すれば、不完全で、不格好で、理想からブレているということにならないか?
ある意味では当たっているだろう。昔から言われてきたことでもある。基本に忠実であるが故の個性は美しいが、基本を外したどっちらけの個性は見苦しく不快だ。
となれば逆に、「非人間的」とは、完全で、美しいものではないだろうか。
「ドラゴン桜」において、柳先生は「数学とは芸術である」と述べた。これは前後の脈絡からして「数学は芸術的に美しい」と述べているのと同じ事である。
桜木は「数字が好きというと非人間的なイメージがあるが、そんなことはない」と述べた。彼にしてはヌルい物言いである。むしろ、非人間的で何が悪い、非人間的だからこそのメリットもある、と述べるべきだった。
数学は非人間的であるが故に、最も感情に左右されにくい学問である。某数学小説の登場人物のモデルとなった人物が病的な男尊女卑の思想の持ち主であることなど、小説を読んだだけでは全くわからない。慈善家でも殺人鬼でも1+1=2と答えるだろう。
ブレ幅が大きいほど苦しみも大きい。人付き合いが上手くいかない、友達が出来ない、社会に適合しない・・・。悪いことばかりでもないはずだが、悪いことの方が多いようだ。
精神病はその悪い方の例で、安定した健全な精神状態からのブレが大きい状態だと言える。狂気に埋没していく私を掬い上げてくれるのが数学なのである。
狂気を支配する文学と、狂気を消し去る数学。私がこれらに病的にのめり込む理由がおわかりいただけただろうか?
物語を綴ることで狂気を支配し、より明確な恐怖で曖昧な狂気を制し、数学に没頭することで狂気を消し去る。これによって私の精神は今日も生きながらえている。いつの日か真人間になるのを夢見て・・。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
非常に興味深い考察ですね。
「某数学小説の登場人物のモデルとなった人物が病的な男尊女卑の思想の持ち主であることなど、小説を読んだだけでは全くわからない。」というのは、ひょっとして『博士の愛した数式』のことですか?
私も同感です。
「狂気を支配する文学と、狂気を消し去る数学」というのも、とても意味深ですね。人はそれぞれに「狂気を支配するもの」と「狂気を消し去るもの」をもって、そのバランスの中で生きているような気がします。それが「文学」と「数学」というのは、とても興味深いですね。寺田寅彦もひょっとしたらそうだったのかもしれない、などと勝手に想像しています。
ヒッピー
2009/09/25 19:59
>ヒッピーさん
光州のときといい、タイトルを当ててきますね。あの小説は好きなんですが、ふとしたことから背景事情を知ってしまいまして・・。数学はそういった禍々しい毒は真っ先に濾し取っていきますね。
数学が濾し取りにくい毒は、認識に関することだと思います。だから数学だけではなく、様々な学問に触れることが重要なのですね。専門家はどうしても認識が狭くなる傾向があり、そこから逃れられませんから。
そういった学問的なこともありますが、やはり人間の、自己の精神を保って生きようとする欲求が最初にあるのではないかと思っています。学問的・体系的なことは割と後付けな気がします。
寺田寅彦も理系で小説家。他人とは思えないですね。漱石も狂気の隣にいる人間だったようですし、類は友を呼ぶようです。
アッキー
2009/09/25 23:43

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