佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS ねじまきカギュー 11巻 〜哀れなるブタのケツに制裁を〜

<<   作成日時 : 2013/09/19 01:00   >>

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え、誰!?(表紙を見て)





◎第九十八話 VSカモ先生(黒幕編)

先生ェ・・・。
例の女難体質を思うと、モテ自慢のセリフが言ってて一番つらかったのではとか、余計な詮索はさておき。

基本的に、真実を隠して事を収めようという姿勢・やり方は、正しくはない。たとえ自分が泥を被るとしても。
しかしそれも、今回の場合どうなんだろう。なかなか難しい。
傍から見れば、「真実を隠蔽し、大勢に間違った認識を広めた」と言える。それは誰かを守る為であっても、許されるものではない。

しかし一方で、その結論が自分で出しておいて納得できないのも確かだ。
真実、真実と言うが、「大勢が本音を晒け出しての議論」は、隠蔽と同じか、それ以上に真実を捻じ曲げることが、しばしば起こる。
もちろん隠蔽を肯定するわけではない。だが、小学校時代に「大勢からの本音の洪水」を食らった身としては、その洪水を生徒にぶつけることを許さないカモ先生を、否定できないのだ。

そう、カモ先生は、泥を被ったという感覚など無いのかもしれない。(第九十九話を読むと猶更そう思う)
私が難しく考えているだけで、素朴に衿沙たんを洪水から守りたかったということかもしれない。
自己犠牲ではなく、愛情。

つまり結局のところは、マブルゥ姐さんの結論が正しいのだろう。
「大勢に愛を注げるだけでなく、大勢を敵に回しても1人を守りきることが出来る」という教師が、私が小中学生の頃に1人でもいてくれたらと切に思う。




◎第九十九話 VSカモ先生(宇宙人編)

理事長wwwwwww
いや宇宙人って何すかドラゴン桜っすかあんた誰っすか。
何を言ってるのかわからないけど、何が言いたいのかは何となくわかる・・・。

それはともかく、カモ先生は「スゴイ・・・!!」の一言が示す通りに、掛け値なしに凄い。
この物凄いバッシングの嵐(物理攻撃を含む)の中を、顔色を変えずに歩く彼を見て、あらためて恐ろしい人だと思う次第。

やがて真実が明るみに出されたとき、カモ先生を攻撃していた人々は、「攻撃する相手を間違えた」という傷を負って生きていくことになるわけだが。
それもまた、いろいろなことが頭に浮かんでくる。「そういう傷を負って生きていくのが人間」「非難すべき相手まで攻撃できなくなったらどうする」「迂闊に人を攻撃してはならないという教訓」「混乱と自己正当化が混ざって更に危険」などなど・・・・・・。

思い込みでも、騙されてでも、咎を負うべきでない人間を攻撃する奴らは、相応に傷を負って当然である。
だが今回は、攻撃されているカモ先生自身が騙した張本人でもあるので、なかなか生徒たちを責められない。
やはり理事長の“宇宙人”という言い方が正しいということになるんだろうなァ。

・・・という結論では片手落ちだと思っていたところで、カモ先生が「家族の愛は未来で待っている」という言葉を。
なるほど、カモ先生が見据えているのは“未来”なのだ。
未来の為に現在を犠牲にするのは嫌い(そのあたり私の感覚は椋枝閾と似ている)ですが、カモ先生は「現在は過渡期である」という思考なのだと思う。




◎第百話 VSカモ先生(家族編)

100という、星一徹いわく「完全」な話数で、生徒会編エピローグ。
肩の力が緩むシーンが絶品なんだ・・・。

1日だけ家族でカモ先生と同じことを想像したのはさておき、今回の中村くんがナイスすぎる。
男の娘に戻ったのも個人的に良かったが、腹黒さがマジぺろぺろしてぇ。
何気に料理上手キャラなところとか、そこから懐かしの全焼ネタに繋がるとか、のほほんとした中にも小ネタが入っていて・・・ようやく序盤のような日常へ戻ってきた、それも人を増やして。

良い最終回だった・・・(違




◎第百一話 VSカモ先生(ジャーナリズム編)

新章の前の小話・・・・って、表紙恐えええええwwwww

しかし今回、98、99話を読んできてモヤモヤしていたのが3分の1か5分の1くらいは晴れただろうか?
こうしてジャーナリズムが真相に迫っていく様相は、見ていて元気が出る。かなりのコメディ回でもあるし。
カモ先生とカギューのやり取りやツッコミが、連載序盤の雰囲気で懐かしい。

もはやコメディパートの準レギュラーくらいに登り詰めている、ゴスロリネコミミ。
しばらく姿を見せなかったのは、刑務所と病院、どっちで過ごしていたのか・・・。

しかしコメディとはいえ、カモ先生が酷い目に遭ってるのは相変わらず。やはり胸が痛い。
もちろん、これも必要なシーンだということはわかっている。あのバッシングが無かったことになるわけない。

とはいえ、だいぶ緩和されたかな・・・?




◎第百二話 VS白雲電子(その1)

お、おかしいな・・・このマンガは、いつから「死と彼女とぼく」になったんだ・・・?
・・・という第一印象の白雲電子。マジびびった。
何かもう色々とツッコミどころ満載なんだけど、かなり好きなタイプだ。何で表紙に出ないのかと文句を言おうとした瞬間に9巻のオマケ女子会が浮かんできたので引き下がる。
しかし彼女、何気にナイスバディではある。

選挙管理委員会と言えば「めだかボックス」を思い出したのは私だけではないはずだが、箱庭学園の選管が黒子イメージなのに対して、桜木学園は同じ黒でもナチスのSSかっと思わずツッコミ入れたくなる軍人風。
とりあえず私も踏んでください。

というわけで新章突入、のっけから凄まじい衝撃。
そう言えば以前は、てっきり生徒会編でラストかと思っていたけれど、このマンガが単なる顔芸バトルものでないということを忘れていたよ。
紫乃が参入して、どうなることやらワクワクするしかない!

「鈴木先生」といい、「めだかボックス」といい、選挙を題材にするのが流行っているのだろうかと考えたとき、あることに思い至る。
だいぶ以前から「今の若者は選挙に行かなくなった」と嘆くだけで特に建設的なことをしない年寄りが、社会的に幅を利かせていたわけだが・・・馬鹿にされてきた世代の人間が、選挙についてアレコレ描ける地位を手にしてきたということかもしれない。




◎第百三話 VS白雲電子(その2)

なるほど紫乃が立候補するのは納得な冒頭。
しかし織筆が変なキャラになってるよ!www
吹っ切れた・・・のだろうか・・・?(良い意味で)

元生徒会メンバーに署名を頼みに行った場面は普通に感動する&それぞれの個性が出ていて面白い。
カギューたんにこんな顔されたら書名するしかないね。誰だってそーする、みんなそーする。
しかし署名にムームーいねえ・・・。やっぱ機械に過ぎないのかぁと若干ショック。しかし今はメンテナンス中という可能性も少なからず存在してるので今後に期待。

それにしても電子さん働きすぎだろう。太刀洗にも見習わせた・・・・・くはないか。
公平なところは共通している、流石の選管。しかし太刀洗や長者原よりも雲仙冥利を思わせるが。
何気にガタピシスターズも選挙権剥奪されてるんだけど、やっぱ電子さん強ぇな。ぶってください。

そしてようやく表紙の2人が登場。
満村万理倫にも若干ツッコミ入れたいが、気になるのは富楽杏音。こういうキャラを見ると実は腹黒だと疑うのは私だけではあるまい。・・・私だけですか?
署名数101というギリギリさが、「幽遊白書」の乱堂を思い出させるんですけど・・・。

しかしラストのマブルゥさん吹いたwwwwww
何が吹いたって、署名数1もなんだけど、まさかマブルゥ姐さんが来るとか予想外すぎたwwwwww
あんたは球磨川禊かwwwwwww




◎第百四話 VSマニフェスト

どうしよう、ますます球磨川くんと不知火ちゃんの手口だ・・・。
正攻法の範囲内で意表を突く、こういった手口の元ネタは、おそらくというか個人的には確信しているのだが、現在の日本の受験制度だろう。(特に大学受験)

「ドラゴン桜」でも触れられているが、現在の受験制度は多様化していて、一昔前とは様変わりである。
いわゆる“受験地獄”時代というのは、概ね学力(≒偏差値)の高い順に合格するというものであり、学力によって進める学校が決定していた。(現在でも高校受験は総合学力が強い決定力を持っているが)

ところが現在、受験制度(特に大学の)は多様化に多様化を重ね、いわゆる“一芸入試”に近いシステムが私学で乱立し、国公立にも存在する。
受験地獄世代の人間からすれば、国公立を複数校あるいは複数回、私学を4つも5つも受けられるというだけで、おそらく眩暈がしてくるだろう。まして、センター試験の点数だけで私立に入れるとか、更には公立へ入る道すらあるとか、にわかには信じられないかもしれない。

塾講師の立場から考えると、受験に最も必要なものが「モチベーション」であることは今も昔も変わらない。(動機の内実は大きく変化しているが、それは関係者が共通認識を持っていれば問題ない)
では、モチベーションの次に重要ななのは何か?
20世紀、それも80年代くらいまでなら、私は“学力”(≒偏差値)だと答える。
しかし現在なら、“戦略”(どの大学の、どの学部・学科を、どのように受けるか)と“戦術”(それに向かって最も効率的な学習を行う)と答える。

私の現役時代から既に傾向は出ていたが、高校の授業そのものを受験に特化させ、各自がピンポイントで必要科目を履修するという、“高校の大学化”みたいなことは行われていた。
特化の目的は、配点の高い科目を集中的に勉強すること。私は高校三年生のとき、1週間(土日を除く)に10時限、数学の授業を入れることで、二次試験の数学で高得点を叩き出し、合格に繋がった。
トータルの実力では劣位であっても、配点の高いところをピンポイントで狙えば優位に立てる。特化することで実力以上の結果が出せるというのは、厳然たる事実だ。
(もちろん特化することで効果より大きな負荷がかかっては本末転倒である。あくまで参考として)

流石に現実では100倍配点など存在しないが、マブルゥ姐さんの場合は推薦入試のイメージだろうか。
大学入試は高校入試のような“内申点”なるものは無いが、推薦入試などは例外にあたる。
未だ実力を見せてない者を除けば、現時点でマブルゥ姐さんは最強キャラ(同率でカギューたん?)なので、推薦を受けるだけの実力を持っているのだろう。

・・・何だかマブルゥ姐さんがズルくないことを言いたいが為に20行くらいダラダラと喋った気がするけど、これが愛というものか。私は宇宙人だったのだ、はははははは

杏音さんの、驚いてるんだか怯えてるんだかの表情が可愛いんだけど、小心者で腹黒とかマジ好み。
(※彼女が腹黒というのはアッキーが勝手に想像してるだけです。)

それにしても、万理倫の演説にヒトラーを引き合いに出してくるのは何故ですか副部長さん。
・・・ああ、ハイパーファショニスタって、そういう・・・・・・。
ファッショをファッションと同じものだと思い込んでいた、子供時代の恥ずかしい思い出が蘇るぜ。
似てるところは多いと思うけど。

順当に応援するのは紫乃として、何となく万理倫より杏音が強敵になりそうな予感。
読めないのはマブルゥ姐さん。応援していいのかどうか・・・www




◎第百五話 VSアイドル☆まりりん

新聞部副部長こと長井真実さんの分析がわかりやすくてありがたい。紫乃の思想が衿沙と同質とか、言われるまで気付かなかった。
バンドワゴン効果で再び「めだかボックス」を思い出したけど、まりりんのマネージャー(?)何者?
そしてマブルゥ姐さんが、ますます球磨川テイストを呈してきたよ・・・。
となると杏音は人吉善吉ポジションになるんだけど、やっぱり最強の敵じゃねえか!
ちなみに紫乃は箱庭学園で相当するキャラがいない。風紀委員は雲仙だが今の紫乃は生徒主義だし、かといって黒神めだかのような変革主義とは対極に近い。

ところで万理倫の歌ってるときの様子が、個性百面相を思わせるのは・・・・。
完成された個性百面相とか言い出すのか、衿沙の二の舞なのか。

まりりんよりマネージャー(プロデューサー?)が気になるんですが、織筆さんがますます変な人にwwwwww
破れてるところに丁度紫乃の顔があるという事実は隠しておこう。真実を隠蔽する勇気。

それにしても、百二話に引き続き紫乃さんがカッコよすぎるんですが・・・とりあえず踏んでください。
カッコよさを表現する言葉として真っ先に「とりあえず踏んでください」が出てくるという、自分のボキャブラリーの少なさに絶望を覚えながら、次回。




◎第百六話 VS白雲電子(その3)

また織筆さんが変な人になってるよwwwwマネージャーに対抗しているのかwwww
選挙中ずっとこのテンションなのだと思うと喜ばしい。

何気に朱羽と富江が光と影。
ドヤ顔の右端、富江の表情は注目どころ。
やっぱ仲悪いままだ。そうでないとな。

要所要所で活躍する中村さんの絵、やっぱ良いなー。
紫乃ちゃんと百人一首してえ。かるた部へ入れてください。

しかしマネージャー(プロデューサー?)の顔芸とモノローグが酷いwwwwww
いやちょっと黙っててくださいwww(喋ってないけど)

ところで、まりりんの得物を掴むような手つきは結構ニッチな気がしないでもないけど、そこが萌えポイントとして設定されているのだろうか。なるほど。

さて、前会長の親衛隊長が登場して、キナ臭い雰囲気に。
紫乃の眼に圧倒されて負けを認める展開かと思えば、白雲電子キターwwwwww
よくある展開だと思っていたら意表を突かれるという罠。素晴らしすぎる。

それにしても、紫乃の表情が嗜虐心を呼び起こして仕方が無いんですが。
平手打ちしていいですか。(そして後で織筆にベテルギウスを食らって死ぬ運命)




◎第百七話 VS白雲電子(その4)

ああもう、白雲電子が好きすぎる。顔芸もさることながら、ポージングとか台詞回しがね。
おかわりが欲しくてさぁああああ!!
大丈夫、苦しまない。理解に苦しまない。
それにしても電子さん、相変わらずイイ体してやがるぜ・・・。この体で被り物みたいな顔というのがアンバランスな魅力なんだがね。
被り物みたいというか、ワイルドと不細工と可愛らしさの境界線を行くような顔なんだがね。
別な言い方をすれば、プリティーな妖怪(≒妖精)か。
個人的ベストは、背景が怨霊のブリッジポーズ。ぶりっこならぬブリッジで萌え(燃え)を狙ってくるとは・・・しかもこの人、裏表紙ではカギューたんにビラ渡されて困りながら断ってるという。可愛すぎるだろ。

紫乃は普通にカッコイイ。以前の“可愛い”から“優しい”へクラスチェンジ。
やっぱ物語的には紫乃が本命候補なのだと実感する。
今の紫乃なら、1人でガタピシスターズに勝てそうな雰囲気。
電子は流石に1人でなく部下と協力したのだと思うが、トリッキーな技も使うので実際どうだったんだろう。12巻のオマケとかでやらないかなぁ。
それにしても紫乃と電子の体格差すげぇw




◎第百八話 VS衿沙(認知退行編)

衿沙復活!
・・・と思いきや、予想外すぎた。
完全復活を思わせるくらいの表情だったのになぁ・・・。まさかの。

多くの男を動揺させるであろう言葉に、カモ先生ピンチ。
“特質の声”(ヒプノボイス)で泣かれるのだから、これは・・・(汗

幼児退行と言えば、私の精神年齢が17歳で止まっている(中二病なので時々14歳になる)のは、やっぱり18歳で精神病になったからなんだろうなァと分析してみる。
1日平均で2、3時間は大人として振舞えるが、相当きつい。ネットのやり取りとか、こうして文章を書いてるときとか、ほぼ完璧に17歳な気分。若いというより幼い意味で高校生。

退行って、幼児退行だけがクローズアップされてる感があるけど、“何か”ある直前の年齢に戻ること全般を指すんじゃないかと思う今日この頃。

しかし最近は自分の精神年齢も、18か19くらいまで成長してきた。(ような気がする)
実生活では小学生の頃の自分にも色々と劣る気がするが、ネットでの活動力は小学生の自分を完全に上回っている。自分のハッタリ能力が恐い。(両方の意味で)
お前は小学生に勝って嬉しいのかと言われたら、そりゃ嬉しいですよ。だって小学生って凄いじゃないですか。
ぬ〜べ〜クラスの面々に勝てる大人が世界に何割いるのかという問いを出せば、小学生の凄さがわかるというものだ。(類例:さくら、なのは)
やっぱ小学生は最高だぜ!

真面目な話、小学生の頃どころか中学生の自分にも(ネット能力なら)勝てていると思うからこそ、ネットやるときの自己認識が高校生レベルでいられるという。
そしてネットで実生活では出来なかった経験や成長があるからこそ、再び時を刻み始めている・・・・・とか書いていて思ったけど、ぜんぶ錯覚だったらどうしよう。

・・・まあ、それはさておき、衿沙が元に戻るには、もとい、元の自分と同じ程度の年齢に至るには、「ヒーローとしての二千恵衿沙」を上回る何かが必要なんだろうなぁと考えてみる。
それが例えば、「家族としての父親」であるとすれば、衿沙は本能的に正解に辿り着いているんだねぇ。
自分の経験から語れば、退行しても「その年齢の自分そのもの」になるわけではなく、つまり時間が遡るように“戻る”わけではない。
人生の中で獲得した様々な記憶や能力を失うが、「それらの記憶や能力が存在した“痕跡”」までは消えない。
球磨川禊ではないが、そういった痕跡や断片を寄せ集めて、何となく元の能力に近い能力を作り出すことは出来なくもない。(単純な劣化版ではなく、正方形に内接する円みたいなものになったりするが)
衿沙の特殊能力は父親の愛を求める為に生み出され鍛えられたものなので、退行した今でも、能力的に性格的に性質的に、色濃く残っているのだろう。
だから亜鳥や貞鳥に懐かなかったのに、カモ先生に懐いた。それはカモ先生の愛が、「父親の愛」だからなのだ。
・・・とかいう推理をしておいて、単に「ヒヨコが最初に見たものを親と思い込む現象」だったら、恥ずかしいってレベルじゃねーぞ。

それでカモ先生なんだけど、九十九話で「家族の愛は未来で待ってる」と言ってたし、この問題については、言わば最初から正解に辿り着いているようなものなんだけど、それでは納得できない様子。

キレたよ・・・・・ついにキレちゃったよ・・・・・・・。

え・・・覚醒しちゃった・・・?
いや、メガネを握り潰してバラバラにするって、どんな握力してんですか先生。
思えば第百話で、猫に引っかかれた傷がすぐに治っていたわけですが、あれを見たときカギューたんのプラシーボ回復能力を思い出したわけですが、えええええ!?

やべえ、もう次の巻が楽しみすぎる。




◎好敵手誕生秘話

何この百合百合な展開・・・素敵・・・。
生まれて初めて走と小鹿を可愛いと思ったよ。

衿沙たんが誘い受けすぎるのもグッジョブなんだけど、彼女の現状を思うと切ないなぁ・・・。
ぶっ壊れた人間の昔の栄光とか、見てて切なくなる・・・。

ちなみに、「周囲に馴染めないのは優秀な証拠」という言葉を聞くと、その逆に「優れた者は頭角を現し人気者になる」みたいな言葉を思い出し、どちらも具体例があるなぁと思いながら、馴染むのも馴染めないのも半端な自分は、どっちに転んでも駄目だなぁと思いながら沈んでいくという罠。
それって結局、普通の人間(鈴木先生やアニ・レオンハートが言うところの)なんだと思うけど、馴染めない苦痛は何故か上等な人間並みに与えられているという精神病の地獄。人生はマイナスなんです。

何か最低な結論に辿り着きつつあるけど、馴染めるかどうかが全てじゃないので、今のところ結論は別にある。
具体例は色々あるんだけど、「トラウマイスタ」を例に出すと、「トラウマを、それを体験してない人には持ち得ない能力・武器とする」というもの。

残念ながら今のところ、精神病になってから獲得した全ての能力は、病気になっていなくても獲得できた(それも、もっと使いやすいものを、もっと早くに)ものであり、人間関係においては明らかに、精神病になったことでの損害が大きい。単純に幻覚や幻聴で思考や喋りが中断されるというのもあるが、感覚の共有も深刻だ。
先程、馴染めない苦痛と書いたが、精神病であることで他者との感覚の共有が難しくなっている。

当たり前の話だが、精神病者同士でも感覚の共有度は普通の人間同士と変わらない。もちろん精神病に関しての感覚共有度は高い方だが、それは共通の趣味や思想を持つ人間の感覚共有度と同じようなものだ。
また当たり前のことを言うが、精神病者同士でも気が合う人と合わない人はいる。気質や病質の説明は面倒なので省くが、結論だけ述べるならば、精神病者同士で気の合う人間は、互いに精神病でなくても(あるいは一方が精神病でなくても)、やはり気が合うのである。

よく聞く言葉だが、「苦痛を経験した人間は、他者の苦痛を理解する」というものがある。
これは真理だと思うし、決して嫌いな言葉ではないのだが、たまに息苦しくなる。
付け足すならば、「苦痛を経験したら、経験してない他者から理解されない」し、「経験した他者を理解できるようになる代わりに、経験してない他者を理解できなくなる」と、やや冗長になるが、こんなものだろうか。

例えば、「四文字(4音節)の言葉を思い浮かべるだけで耐え難い苦痛が襲って来る」という症状が感覚的にわかるだろうか? 単語にすらなってない、ただの4音の塊でさえ気分が悪くなるのだ。
冗談でも何でもなく、そういう状態に私はなるときがある。これは私が他者の立場だったら、まず共感できない。
これに似たような症状は幾つかある(“離人症状”あたりが代表例だろうか?)が、おそらく精神病者でなければ共感できないし、それは仕方ないと半ば諦めてしまっている。

理解されない苦痛は、また別の苦痛を生み出す。
信頼していた家族からも症状を理解されず、辛辣な言葉を投げつけられる苦痛。それを話しても、そもそも家族と仲が悪い人にとっては贅沢でしかないので、今まで誰にも理解を示されたことはない。

やや長くなったが、要するに、「優秀で人並みの苦痛を味わう人」「優秀であるがゆえに苦痛が多い人」「優秀ではないが人並みの苦痛を味わう人」「優秀でもないのに苦痛が多い人」の中で、絶対なりたくないのは最後のタイプだろうと言いたいわけだ。

しかし唯物論的に言うならば、最後のタイプは確実に世界に“存在する”わけで、その「“存在”を前提とした」思考をするべきだということになる。(だから嫌なのだが)
つまり、「こんなのは嫌だ」と苦痛を訴えたり不満を訴えたりする“だけ”では大して意味も効果も無く、別の何かが必要だということだ。

それで衿沙の話に戻るが、“ヒーロー”である。
「ヒーローというのは優れた一面を人に見せる職業」という、名言なのか皮肉なのかわからない言葉があるが、決して超人的な肉体を持たない彼女がヒーロー(生徒会長)たり得るのは、優れた面で勝負しているからだ。
“相手より優れたところで勝負する”というのは、何も神代ユウや渡久地東亜などの専売特許ではない。

では? 優れた面を持たない、せっかく獲得した特殊能力も、特に優れているわけではない人間は、どうすればいいのだろうか?
というわけで「トラウマイスタ」だ。
リアルタイムで読んでいた頃は、主人公サイドはしょーもない能力が多いなぁ・そんなに奇抜な能力でもないしなぁと思いながら読んでいた(嫌な読者だ)ので、むしろ敵方(特にダヴィンチ)のアートマンが印象的なんですが、そうでなければならなかったのだなぁと今では思う次第。

もちろん今でも「ダヴィンチ最高!」「社長テラ茶番www」な思いは揺るぎないわけですが、主人公たちに対する見方が変わったという。
ともすればデメリットの多い(ゲルニカは手当たり次第に食いまくるわ、ライムは使い手を殴るわ)、しかも決して強くない・・・だからこそテーマに合致する。
単純に「艱難辛苦の末にトラウマを乗り越えて強い力を手に入れる」物語であれば、まるでトラウマを負うのが良いことみたいじゃないかと、暗にメッセージが込められているのだ。

なるほど、思えば私の描く“理想”は、「酷い目に遭った奴が強くなる」というものだ。そういった理想を描かなければ、現実に耐えられない。だから理想を描く。
しかし現実というのは、「艱難辛苦の末にトラウマを乗り越えたけれども、手に入れたのは微妙な力で、しかも別にトラウマを乗り越えてもいなかったので再び苦しみ、それを乗り越えたつもりでも無慈悲に潰されて、人として道を踏み外し、大切な人も失う」という・・・おお、まさに「トラウマイスタ」そのものではないか。凄いぞ。

能力バトルの見所は幾つか挙げられると思うが、「しょーもない能力を工夫して強敵を倒す」は、かなり上位にランクインすると思われる。
もちろん現実は「工夫するだけの知恵が浮かばず」「工夫してもチート能力に潰される」ことが多いわけだが、まさに「トラウマイスタ」である。

しかしチート能力者も何気に酷い目に遭うが・・・。「トラウマイスタ」では、チート能力者(あるいは珍しい能力者)は例外なく悲惨な最期を遂げている。(ダヴィンチは違うとも言えるが)
そして戦闘面ではチートな能力も、何気に日常ではデメリットなことが多いかもしれない。(ボワ・ド・ジャスティスとか、よく考えれば死と隣り合わせの生活じゃね?)
まあ、ダヴィンチのモナリザは日常生活において多大なメリットをもたらしていたけど、もちろんデメリットも多かった。(割と勝手な行動するみたいだし)

かのロベルト・ハイドンの能力も生物には適用できない(道具に限定される)わけだが、なるほど、“理想を現実に変える能力”も、“現実を理想に変える”ことは出来ない、世界を理想の世界にすることは出来ないという、なかなか絶望的な能力だ。ロベルトのトラウマや望み(世界を滅ぼすのではない方の)を考えると、全然トラウマは払拭できないし望みも叶えられないという、何かの罠かと思う。(実際マーガレットの罠だったが)


それで最終的に何が言いたいのかというと・・・・・・何が言いたかったんだっけ・・・?
やべえ、あちこち話が飛んでるうちに言いたいこと忘れた(殴

・・・とりあえず、前向きなことが言いたかったことは覚えている。
ずらずらとデメリットを並べ立てて、それでも前向きな結論に至れるのが、私が前向きな人間であることの証明になっているのだ。
トートロジーみたいに聞こえるが、どっちかというとバンドワゴン効果に近いか。
前向きであることが、前向きであり続ける理由になってるとか何とか。

それにしても結論を忘れてしまうとは何たる不覚。
仕方ない、電子さんの足の下で休ませてもらおう。うん、仕方ない。これは仕方ない。


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