佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS めだかボックス最終巻!!!!!

<<   作成日時 : 2013/09/19 01:10   >>

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楽しかったです。





◎第186箱

久々原先生!? 久々原先生じゃないっすか! お久しぶりです!
随分と貫禄ついちゃってまあ・・・。
本物の出会いと、本物の別れ。思えば今では疎遠になった人が大勢いますが、過ごした日々が偽物でないならば、別れも本物の別れだったと肯定的に捉えるべきなのかもしれません。
それが劇的な別れであっても、自然消滅であっても。

更には箱庭ティーチャーズ勢揃い。(実際は他にも大勢いるだろうけれども)
最終巻ということで、サービスサービス。

それにしても今回の不知火ちゃんが可愛すぎるんですが。
「みんな見てくれ! この不知火ちゃんが可愛いぞ! 自分から罠に嵌まっている!」そんな感じの第186箱です。

善吉ちゃんは一緒には行かない宣言。
このときのめだかちゃんの表情が地味に胸に痛い。
女子力も随分と高くなったものだ・・・。




◎第187箱

クイズ1問目のBはなー、怪しいとは思ったんだよなー。
「天地明察」読んでて、なぜ思い切れなかったし私・・・。

というわけで始まる百輪走。
緩めのフィナーレになるかと思っていたけど、全然そんなことはなかったぜ。
もっと西尾維新を理解しようよ私・・・。

2人とも、気持ちを割り切れない、でも行動は割り切るというのが清々しい。
お涙頂戴も、サラッとした別れも、この2人には似合わないのだ!
何気に18時タイムリミットがグッドルーザーを思い出させてグッドサービス。

1人目の善吉ちゃんを倒し、次は雑魚キャラ軍団。
「箱庭学園には雑魚キャラなどいない」というセリフ、箱庭時点で鹿屋必修の項目を読むと納得。
確かに言彦編で善吉の回想に出てきていたという。
鈴木先生の「人は“かきわり”ではない」というセリフと通じるものを感じる。
やっぱり「めだかボックス」という作品は、“学園もの”ではなく“教育もの”だったのかなぁと思う次第。

そう言えば近年は学園マンガを読まなくなった。もちろん嫌いになったわけではない。
むしろ正確には、近年の学園マンガが教育論を取り込んだ形になってきた、あるいは両者の境界が無くなってきたと表現すべきだろうか。

かつての教育論は、よく“堅苦しい”と言われた。「めだかボックス」風に言えば、“プラスの押し付け”、あるいは“悪平等”(本来の意味の)なのだろう。それを剥き出しにしたのが安心院さんで、否定したのが球磨川くんだ。これについては「ドラゴン桜」でも言及されている。

“堅苦しい”教育の被害者、あるいは直接の被害者でないにしろ疑問を呈する人々が、新たに確立していった教育論・・・すなわち、“堅苦しい教育”から、“堅い教育”へ。
堅苦しくてはいけないが、軽薄でもいけない。“カリスマ教師”は必要ないし、不良が活性化の中心では駄目だ。
これについては「鈴木先生」などが詳しい。

苦しさを取り除いた、堅さ、真面目さ。そういったものが未来を作るのだろう。めだかちゃんの好きな、未来を。
そんな感じで始まる、未来へのブーケトス編です。




◎第188箱

怒涛の百輪走、続いては十三組の十三人。凄みをきかせるシーンが好きだ。
死番虫と初恋がどんな能力だったのか明かされるかと期待していたのは内緒。箱庭辞典で明かされると思ってたんだけどなぁ。

十三組の次はマイナス十三組。
おそらく球磨川くんはラストなのだろうと踏んでいたが、怒江ちゃんがいない・・・とか思っていた。
スカーデッドは超回復やアイスファイアなどで何とかなるとして、問題はエンカウンター。廃神モード+ブックメーカーというあたりだろうか。封じも殺しもされない過負荷だが、弱体化させることは可能なので。

ここで半分となる委員会連合。
戦闘向きの人間が少ないとか言ってはいけない。

今回の目玉は大人気ない大人軍団。いやホント、こうして見ると大人気ない人たちばっかり。それがいい。
理事長の「? お立ちください?」からの流れが好きすぎる。凄みをきかせるシーンが最も迫力あるのは、なるほど流石は大人だと皮肉でなく思う。
どうやって戦ったのかとか言ってはいけない。勢いで読むべし、読むべし!

小説版の感想はチラホラとしか書いてないのだが、箱庭ティーチャーズは「実際こんな先生がいそう」で「実際こんな先生がいてほしい」というものだ。
教わりたかったかどうかは別として、例えば私が教員であれば同僚になりたいと思う。
良し悪しもあるし、魅力的な部分も引っかかる部分もあるが、現実的に魅力的だ。

ちなみに「鈴木先生」のティーチャーズは「実際こんな先生いそう」で、「ねじまきカギュー」のカモ先生は「実際こんな先生がいてほしい」という評価。いそうにないが。
「ドラゴン桜」は・・・うん、いねえよ。(いるとしても、あそこまでハッキリと“わかりやすいキャラ”ではない。わかりやすいキャラにしている理由は作中で述べられているが。)




◎第189箱

59〜68輪目。
変態どもと、不知火一族(言彦の残響を含む)
本体には敗北したけれど残響には勝ったあたり、リベンジを果たしたと言えなくもない。
1号が幸せそうなので何よりだが、0号お前wwww

69輪目は鍋島先輩。
ヘッドホンで何の音楽を聴いているのか・・・?

戦闘だったら勝てなかった気がしないでもない、スタイル使い・・・あ、兎洞さんもちゃっかり混じってらっしゃる。
(勝てても制限時間をオーバーしそう。主に名札と嘘八百のせいで)

78〜88は生徒会メンバー。ここで怒江ちゃん出てきた。
くじ姉が可愛いという。これが最終人気投票1位の原動力か。

そして風紀委員会。
雲仙姉あざといわー。マジあざといわー。
ちなみに鬼瀬って、かなり強いらしい。

ここまでで98なので、数え間違えたかと思いきや、くまーが安心院さんのカードも持っていた。何というくまあじ。




◎第190箱

あの時点でメッセージを渡していたということは、やっぱり安心院、納得ずく(計算ずく)の死だったんだ・・・。
言彦が気になることを言ってたが、その謎もようやく解けた。安心院さん、どこにでも現れることが出来るから、言彦の脳内で再戦を予告したのだろう。
言彦に使ったスキル群は囮で、未来予知のスキルで先の展開を読んだみたい。そりゃそうだ、明日に死ぬとわかっていて、読みかけの推理小説の結末を読まない選択肢は無い。

眺めているだけで楽しい、メッセージ集。
個人的に印象深いのは、変態2号、平戸、変態0号、与次郎、鹿屋、そしてティーチャーズ。など。
何で変態が2人も混じっているのか。まあ、箱庭辞典でも、変態が幅を利かせるほど評判の良いマンガだったと書いてあることだし・・・。

めだかちゃんと、ご都合主義でない再会。ちゃんと伏線は張ってあったのだ・・・。
何気に眼鏡キャラになっていると思えば、辞典で叶野仮輝が選んだと書いてあった。どこまで幅を利かせるつもりだ変態どもwww

そして新一年生wwww
平戸ゴージャスも驚いたが、椋ww枝www死www斬wwww
小説を読み返すと、息子がいると書いてあったが、まさかの過負荷。

しかし考えてみると、椋枝先生って過負荷の須木奈佐木咲と思想が似ているのである。
黒神めだかと似た者同士だと言われていたが、足して2で割ると須木奈佐木咲に・・・・いや、黒神めだかと椋枝閾を足して2で割ると須木奈佐木咲になるのか。(過負荷だから、足して−2で割ると言った方が正しいが)
むしろ椋枝先生も10代の頃は過負荷だったとか、そういう・・・?

五島列島は・・・何だろう。
3人の中で見た目キャラが一番立ってると評されているが・・・。

良い最終回だった・・・。




◎第191箱

そしてエピローグ前編。
喜界島さんが子供を産んでたり、太刀洗さんが冷凍睡眠だったり、宗像家が魔と戦う一族だったり、鹿屋くんが政治家になっていたり。たまげた・・・。
何気に凄いのは鍋島先輩。逆に不穏なのは雲仙弟。民間警備会社で国防って・・・「戦争請負会社」とか思い出すなァ。まあ西尾維新は基本右なので別に構わないが。むしろマイナス十三組が大半行方不明なのが不穏すぎるw
ところで長者原くんは裁判官になっても目隠ししたままなのか・・・。ちょっと素顔が見たかった気もする。

そして、うん、20代とか全然若造だよね、私もそう思う。
不知火はキャラデザ変わってないと言われてるけど、集まった面々はパッと見てバーミーと鰐塚くらいしか変わってない。(よく見れば他のメンバーも少しずつ大人びてるが)
そう言えば言彦を継ぐと老化が止まるんだった・・・で、ロリの中でも凶悪と言われた喪々が111代とか。きっとマイナスのスキルも身につけている。




◎最終箱

エピローグ後編。
大人の黒神めだかちゃん、イイ女になったと思う。
緩くなったと思いきや牙を隠しているだけみたいなので、今までの彼女の中で一番好きかも。

しかし驚愕なのはスキル喪失。
前回でラフラフレシアやファイブフォーカスについて言及されていたときは、球磨川くん絡みかと思っていたが、まさかスキルが成人と共に失われるとか、さては決闘学園シリーズを読んだか?
・・・もとい、能力バトルに関する思考が似ているからだろう。

これはあくまでひとつの解釈でしかないのだが、スキルというのは「学校における異常性のメタファー」ではないかということだ。
大人からすればまるで魔法としか思えないようなことが、学校では罷り通る。校則や規則とは別の、子供たちの中で作られるルールや盛り上がり。それは振り返ってみると、再現できない・・・物理的に不可能ではないはずなのに、戻ることは出来ないのだ。卒業すれば学校は異空間、その感覚を更に大きくしたようなものだ。

学校を覆う凄まじい理不尽は、なかなか大人には理解しがたいらしい。
いじめ問題について、かろうじて私が「優・良・可」のうち良以上を出せるのは、今のところ、西尾維新と森恒二くらいのものだ。可も多くない。
(こういう言い方は無駄に偉そうで好きではないのだが、他に言葉が見つからないので。自分の思考を含め、いじめ問題で優れた物言いも“納得できる”物言いも未だ聞いたことがない。)

私が大人になれない・なりたくない理由のひとつは、大人になると子供の気持ちがわからなくなるからだが、それは子供の頃に受けたトラウマと無関係ではない。ドラウマではない。
「きみとぼくの壊れた世界」で、子供にとっては理不尽や損害など“当たり前”なのだという趣旨を、ピースメーカーが述べていたが、なるほど、私の感覚としても、“当たり前”とは少し違うが、小中学生時代、今から思えば反吐が出る状況で、“過ごしていたという事実”がある・・・つまり、理不尽や異常なルールの数々というのは、“当たり前のようにそこにある”ものだった。

それが私にとっては子供の頃の最悪の思い出(レクター教授ではないが)なので、あまりスキルを現実のメタファーと思いたくないのだが・・・しかし、小中学校時代の私は、ノースキルでスキルホルダーと戦ったようなものだったなぁと、同じではないが、それに近いものだった気がしてくる。
あるいは、嫌われるスキルでも持っていたか。

今となっては、ノーマルでもなく、スペシャルでもなく、アブノーマルでもなく、マイナスでもなく、ノットイコールでもなく、スタイルで言えば“妥協使い”みたいになってしまったという、抜け出せない罠。

名瀬夭歌と不知火半袖がスキルを消失してないのも、あながちトラウマと無関係ではないだろう。マイナスが封じも殺しもされないということや、スキルよりも心のありようが問題だということ、マイナス十三組の大半が行方不明であることなど、ハッピーエンドな最終回でありながらダークな側面も同時に強い。
満たされることでスキルを失うのなら、スキルを失っていない人々は未だに満たされず渇望しているのだろう。

ダークなのはお前だと言われたら返す言葉も無いのだが、これでも「きみとぼくの壊れた世界」がバランスを取ってくれた(世界シリーズは箱と対になっているのか?)おかげで中和された物言いになっている。

いや、別にケチをつけているつもりはない。
私の好きな言葉のひとつに「納得できないハッピーエンドより納得できるアンハッピーエンドが良い」というものがあるが、ハッピーエンド最終回にも多少の不穏さや闇がある方が、私の好みであるのだ・・・。
というわけで、言葉通りに良い最終回だった。
元気が出るという意味でも、全てが照らされてないという意味でも。
最後が安心院さんと球磨川くんのメッセージで〆られているというのも、2人が好きな私に良い・・・。




◎グッドルーザー完結編

球磨川禊ファン感涙の完結編!!!!!
まさか完結編が描かれるとは露ほどにも思っていなかった・・・ぶわっ(嬉し泣き

グッドルーザーは名場面だらけだが、人生の指標とも言えるべきシーンが過冷却。
「何かを足すことではなく、何かを引くことで目的を達成する」・・・これは私にとって光(闇?)だった。
「酔歩する男」ではないが、「欠落することで獲得する能力もある」というのは常々思っていた。

例えば、瞬間記憶能力。マンガやアニメに出てくる瞬間記憶能力者を見て、「それだけの記憶力があるなら、もっと頭がいいはずでは?」と思った人は多いのではないだろうか。
しかしそれは当たり前のことなのだ。瞬間記憶能力というのは、「優れた記憶能力」ではなく「忘れる能力の欠落」なのだから。つまり脳の機能としては常人に劣っている。

常人は、忘れる(正確には意識から外し続ける)ことで、苦痛から心を守っている。嫌なことがあっても健全な社会生活を送れるし、よほど酷いトラウマでもフラッシュバックを繰り返しながら収まっていく。
しかし、瞬間記憶能力者は、“忘れる”能力が欠落しているので、フラッシュバックが余計に傷を抉り膿ませる。それに及ばないまでも私のような異常記憶能力者は、似たようなものだ。

しかし異常な記憶力は役に立つこともある。小説とエッセイ以外に役に立ったことはないが、小説とエッセイに大半の精力を注いでいる私としては、決して小さくないメリットである。
なるほど、これがマイナス能力というものかと、今になって過負荷の気分。そして過負荷が仲間思いという奇妙なルールも納得。

というわけで、完結編について。

いつものように脱ごうとする咲ちゃんの眼に映ったのは! 衝撃のシーン!
しょっぱなから度肝を抜いてくれるぜ、この格好・・・。

おそらくリアルイーターで改造された虚数大嘘憑き、むしろ取り返しがつくことで凶暴さを増した感もあるわけで、恐い恐い球磨川禊が戻ってきた!
安心デザインは健在なんだけど、全国ツアーの趣旨からして3分で元に戻ることはない模様。弱体化スレスレだったエイプリルフィクションと違って、掛け値なしのパワーアップじゃねーか。咲ちゃんが正しい。

しかし水槽レギュラーズ勢揃いとか、まさかマンガでやってくれるとは。大サービス。
本編で箱庭カーテンコールやってるから、それに倣ったわけか。ありがとうございます。
エラーメッセージプレート刺さりまくりの全盛会長もアレなのですが、一番のツッコミどころはビート版。箒とチリトリはギリギリ許容できなくもないが、ビート版では殺害どころかダメージを与えるのも難しい。やっぱ何かのスキル持ちなのかもしれない。

エラーメッセージプレートの弱点、言われてみれば納得するしかない。善吉ちゃんの言った通りだ・・・。痛みすら感じないほどに優しく心を腐らせる。『支配者ちゃん』には心底ゾッとした。小説グッドルーザーでのコメディチックなアレコレが全部恐い。マジ恐い。だから好きだあああああああ球磨川くううううううんんんん!!!!!

殺し続けるのは完全なるオールフィクションの攻略法であっても、完全なる球磨川禊の攻略法ではなかった。
ちなみに、いずれ実行者の寿命が尽きて、咲ちゃんの寿命も尽きれば、新たにエラーメッセージプレートに操られて球磨川くんを殺す人もいなくなる。そして経過した分の歴史を無かったことにすれば、はい元通り・・・・・・ということを考えたんだけど、そこまでコントローラブルな能力じゃないから無理かもしんない。

最も印象的だったのは『ばーか』『人はそれを』『悪平等っつーんだよ』のセリフと表情。結婚してくれ。
どうして安心院さんを倒そうとしていたのか、そして「倒す」であって「殺す」でなかったのか、ここに明らかに。
ブックメーカーとオールフィクション、同時に使ってなければおかしいのではという謎も解けた。
やっぱり球磨川禊と安心院なじみの関係は一筋縄ではいかないなァ。それがいい。

そして咲ちゃんの“第三の顔”が見れたのも地味に嬉しい&萌え。
あたふたマスク、牙で俺様と、どちらも本物だという顔を見せてくれていたわけだが、口をへの字にシリアス顔というのが激そそる!
球磨川くんとは、恋愛関係とライバル関係を足して−2で割ったような付き合いだったなァ・・・。このカップリングも好きなんだ私は。

それと何気にボス交流会。
ボスキャラは、雲仙弟、都城、球磨川、安心院、桃園、言彦、ということだが、思えば球磨川くんって他の4人と戦ったことあるけど、都城くんとだけ転校時のあれっきりだった。
気まずそうなクマー、やはり弱者だけに強者には気後れする・・・とかではなく、喜界島さんのときと同じで最初に会ったときのことを気にしてるんだろうな。

「悩んでいたい」というのは、半分は正しく、半分は間違って・・・いなくても、私には辛い。
「負けても終わらないし勝っても終わらない」というのも、やはり辛い。

「戦わねば負け犬にすらなれやしない」というのは斉藤一(キネマ版)のセリフだが、球磨川くんがカッコイイのは、いつでも戦って負けているからなんだ。

戦って負けた人間は、カッコイイ人が多い。私の友人にも、戦って、負けて、歪みながらも戦い続けている人が何人もいる。そういった歪みは時として他者と反発するが、その人でなければ出せない魅力も獲得する。だから時として、その人でなければ手に出来ない勝利も手にする。

戦って勝利した人も存在する。やはり戦い続けている。勝ったり負けたりしている。
戦いを避けることで勝利を手にした人もいる。正確には、不要な戦いを避けることで、だ。
そういった友人も何人もいる。

私は、戦わずに負けた、戦ってもいないのに負け組にされた、戦わせてももらえずに敗北者にされた。
だから駄目なのだろう。いつまでも自分を好きになれない。
戦えずに負けて精神を病み、精神病の症状と戦うことは、安心院さんの言うのとは逆の意味で、自分との戦いになってしまう。融通の利かない、リカバリーしにくい、勝っても負けても負けてるような、周囲から見れば戦ってもいないのに負けてるような、息苦しい日常だ。

そんな私が反吐が出るほど嫌いなタイプは、戦いから逃げて美味しい思いをしている奴だ。
戦いを避けて、苦痛を避けた人間は賢い。だが、“避けた”のではなく“逃げた”人間は別に賢くない。
しかも、逃げた先で横柄に振る舞い、被害者ヅラして耳を塞ぎ、王様気取りで人に不愉快な思いをさせ、それが何と周囲に許容されている! そんな奴と、1年ほど前まで一緒に暮らしていた。

私は好きなタイプの人間が嫌われているとますます好きになるという性癖を持っているが、それと対を成すように、嫌いなタイプの人間が好かれたり優遇されたりしていると、不安や吐き気、胃の痛み、離人症状など、精神病の症状が一気に溢れ出てくる。当然ますます嫌いになる。
そのせいで、セブンシーズもアラタカンガタリも読めなくなったし、3月のライオンもそろそろヤバい。
それらはマンガだから読むのを中止すれば(残念だが)いいが、実際の人間となると対策しようがない。

例えば世の中には、戦争で人を殺し女を犯し、あるいはそれを指示し、戦後に権力者になった連中がいる。その子孫が牛耳っている国で、最近は原発事故が起こり、責任者は殆ど罪に問われていない。
そういった横暴、他にも様々な社会悪に対して怒りの声を発し、活動しながら、一方では身近な横暴に対して、何とそれを擁護する側に立っている人間がいる!
ケッ、何だ、口だけかよ・・・・・・などと言ってしまうと、私こそ口だけ人間の最たるものなので、そういうことは出来るだけ言いたくない(そもそも、その人は口だけでなく活動してるし)のだが、やる気を失うってレベルじゃねーぞ。

スケールが違うとか、階級だとか、本質が違うとか、御託を並べられたら・・・まあ、全て正論だとは思う。
しかし同時に間違っているのだ。真理は常に具体的であり、こと私の精神的な事情に関して言えば、それこそ安心院なじみや須木奈佐木咲ではないが、世界の理不尽も社会の理不尽も身近な理不尽も等しく最悪である。
遠い地域の見ず知らずの人に降りかかる理不尽に多少は共感できる代わりに、小さな理不尽でも大きな理不尽に比べて無視できるとも思えない。
なるほど、レーニンが精神病者を嫌ったのも納得だなァ・・・。

以前に、「オトコの革命は強い男だけでやってろ」という趣旨を、どこかで書いた覚えがあるが、むしろ「オトナの革命はオトナだけでやってろ」と言いたくなってきた。あるいは、「健常者の革命は健常者だけでやってろ」か。
めだかボックス風に言えば、「プラスの革命はプラスだけでやってろ」と言いたい、未だに改心前の球磨川シンパな私でありました・・・。

なのでオールフィクション完全復活はもとより、この結末は凄く良かった。これ以上ないくらい良かった。
ラストシーンを読んだときは、涙が出そうになった。
究極のツンデレ渡久地東亜とも通じる、どこへとも知れず去っていくラスト。
勝つことで勝ってきた男と、負けることで勝ってきた男。
どちらも大勢から嫌われ、しかし同時に、かけがえのない仲間を得た。

私は多分もう駄目かもしれないけれど―――それでも何か結構いけたり、微妙に勝ったり、戦わずに負けたり、死にたくなったり、生きたくなったり、歪んだ友情・斜め下の努力・意味不明な勝利・謎の感動をモットーに、何となく生きていったり、この言葉も微妙に改変したり撤回したり、また呟いたりして恥を晒しながら未来へ向かうのだろう。

螺子巫女なじみでもないが、恥まり恥まり・・・・・・私の人生は始まったばかりだよ!!!!!(殴蹴叩




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