佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 秘密保護法とか

<<   作成日時 : 2013/11/04 00:10   >>

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ますます治安維持法めいてきたものだと思う。割とガチで。
街中を歩いていると、よく食べに行ってた吉野家のあたりも戦場になるのかなァと、ふと物悲しい気分になった。
いよいよ戦争の出来る国になってきたと思うが、恐いのは戦争だけではない。

恐いのは、知らないということだ。情報の不足は、いとも容易く不幸に繋がる。

それは身を以って知っている。子供の頃は、この数十年で日本の左翼がいかに無神経なことをやってきたか、その結果として信用を失っているかということを、知らずに頑張っていた。
具体的に書くと長くなるので今回は割愛するが、知らなかったことで、多くの努力が徒労となった。

ゆえに、情報を大勢が共有することを、高校生くらいの頃は主眼に置いていたように思う。
第一でなくても、第三までには重要なことだと思っていた。

例えば、未だに日本が専守防衛を固持してると思っている人が、日本の社会では多数派なのだと知ったときなどは、思わず目が点になった。
今の日本は制限なしで戦争が出来る国ではないが、制限つきで戦争が出来る国には、とっくになっている。

そして同時に自分自身のことを振り返り、なぜ自分は自衛隊の海外派兵のことを知ってるのかと考えたとき、そうした情報ネットワークが社会的に貧弱であることを知った。

私の情報に対する危機感は、それから更に強くなっていった。
それなりに情報を得た上で出された結論は、それが自分と相反するものであっても頷けたりするが、ろくに知らずに物を言うのは、それが自分と似通ったものであっても不愉快だ。

例えば、反戦平和を唱えていながら、他者に無神経な発言を繰り返す奴(実際、若者を見下す奴が多い!)がいたら、同じく反戦平和を唱えている人間の言葉が一律に安っぽく聞こえてしまう。
“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”現象。これに酷い目に遭ったし、精神病の症状としても毎日のように食らっている。

全人民的に共有すべき情報が、特定の一部の人間のみの所有物となっていること。
これほど恐いことはない。

それは例えば、教育の大切さを例に挙げてもいい。
どうして勉強しなけりゃならないのかという、冴えた答えのひとつは、“みんなで情報を共有する為”だ。

ところが、結論まで共有しようとする教師が結構いる。
「倫理的に正しいことを押し付ける行為は、倫理的に正しくない」という言葉があるが、“ファシズムは良くない”という結論を押し付けることこそ、ファシズムなのだ。

百歩譲って反戦ではあろうものの、決して平和ではない。
私は「日本は戦争さえしなければいい」という類の言説がヘドが出るほど嫌いで、子供の頃、そんな奴らと同類に見られていたのかと思うと吐き気がしてくる。

共有しなければならないのは、知識や情報の類だけではない。
それは、これから労働によって生み出される価値(≒カネ)であり、具体的な数値を掲げるなら例えば、全ての労働者の年収300万円以上とか、である。

また、キナ臭い話ではあるが、武装も同じくである。
武装は必要だという意見と、武装解除すべきという意見は、どちらも拙劣な物言いが多くて耳が痒くなるが、時間の観点を加えることで融合し、そこそこ納得できるものになる。

すなわち我々の世代における全人民的な武装と、世界平和が訪れた後の世代での武装解除である。
満足は出来ないが、これより上手い方法は思いつかない。少なくとも現時点で、このあたりが私の妥協点だ。

武装の必要性は、理論武装だとわかりやすいかもしれない。
かつての仲間に「理論武装など必要ない」と主張する人がいて、「なるほど、お前みたいに無神経に生きてたら理論で武装する必要なんか無ぇよなァ」と思っていた。

逆に、武装は必要だと声高に口にする人間には、武装した集団から暴行を受けた経験の有無を聞いてみたい。
もちろん自分が経験ある(自転車に乗っていたら盗難かと因縁つけられて暴力を振るわれ警察署へ連行された)から言ってるわけで、武装を必要だと“疑いもしない”物言いには正直ヘドが出る。

全人民武装というのは、別に市民に拳銃を持たせるとかいう物騒な話ではない。
ここでタイトルの話に戻るが、“武装した人間が好き勝手やれる”ことを防ぐ・・・例えば、“警察官が市民の安全を守る公僕である”というのは建前に過ぎないが、その建前を本当にしようという程度のことだ。

他の例を出せば、兵士が市民に暴行するのを防ぐとか・・・。
全人民武装というと、何やら物騒に聞こえるが、警官や米兵など一部の武装集団が市民に暴行を加えたりしている現代日本は、それより遥かに物騒だと思う。

個人的には、更に。
武器や兵器で武装などしていなくても平気で人を傷つける、言葉の武器を振り回す人間が肩で風切って歩いている社会は、割と本気で崩壊しねーかなァと思うこともある・・・・。出歩けば針の山。

たとえ情報を共有したところで、割と手遅れな感じがしないでもない。
少なくとも私などは、かなり脱力感に溢れた大人になってしまっている。
やる気がある人間に、僅かな尽力をしようと、このような文章を書くが関の山である。


とりあえず結論として。

情報、カネ、武力を、一部の人間が好き勝手に出来ること。これが恐い。
そんなことを思う。


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内 容 ニックネーム/日時
秘密保護法。「秘密」という言葉はやはり不穏です。今までも政府が国民を目隠ししていたことはあるし、秘密も当然あると思っています。だから個人としても国を全面的に信頼することはあり得ません。オープンではないのだから。
「見える化」「ガラス張り」とは正反対なのが「秘密」ですから、私もここまで来ると「勝手にやってれば」という気持ちになりがちです。
しかし、国民が政治に無関心になることこそ権力者の思うツボなので、やはり政治を厳しく監視するのは国民の責務だと思っています。
無名の市民は無力で、市民・庶民こそが、無名の市民・庶民を見下し、肩書きのある有名人を重んじる情けない風潮があるから、発言力と影響力と経済力を勝ち取る以外に、本当の勝負は始められないのかもしれないと最近思っています。
でも、諦めることはできないし、今の流れが戦争の準備を着実に遂行するための第一弾だとしたら大変なことです。
今の日本を見て「平和」と言う人の気持ちが私もわかりません。経済苦による自殺が毎年約8000人です。どこが平和なのか。ゼロを目指すべきです。
具体的には最低ラインを年収300万円にする。これは賛成です。貧困撲滅こそかなりの鍵を握っていると思います。
戦争がなくても暴力があれば平和ではないし、常に戦争の影がちらつく今、平和とは言えません。
だからこそ平和実現のために行動するしかないけれど、反戦平和を訴えながら人権蹂躙している者がいるとすれば、行動だけ見ても平和主義者かどうかはわかりません。
ブラックホーク
2013/11/04 20:44
>ブラックホークさん
政府と国民。これこそ、信頼は一方的なものであってはならないという、最たるものですね。
プライベートと、公的な秘密とは、殆ど正反対。本来は、プライベートこそ守られて、公的な秘密こそオープンでなければならないのですが・・・何故かプライベートを暴くことが娯楽になり、“国家機密”なる胡散臭いものが大手を振って罷り通っている。
こういうことを言うと、すぐに「他国(敵国)に秘密が筒抜けになってもいいのか!」と凶暴にがなり立てる人もいますが、そういった抽象論に付き合ってる暇は無いので、具体的な話をする人(右でも左でも)とだけ話をするようにしています。
そもそも個人的には、現時点で軍事情報は二の次だと思っています。今回の法案は、何が法に触れているのかさえ秘密というもので、ともすれば警察が誰でも勝手に逮捕できる仕組みになっています。更には、個人のプライベートすら勝手に調べることが出来るというのだから、これはもう奴隷に近くなっていると思います。
労働問題では、既に奴隷化が進んでいると感じます。もう10年以上も前から日本は奴隷労働みたいになってると、何かにつけて思うことが多くなりました。子供の権利を守ろうという動きは活発ですが、働く大人の権利から守らないと、いずれ大人になる子供たちの未来も守れないはず。最低ライン300万、出来れば400万。カネが無ければ、物理的に困窮するだけでなく、不安や苛立ちが増大するのだと、経験的に知っています。(月の稼ぎが5千円くらいだったときとか・・)
反戦平和を訴えながら、こういった現状については「甘えてる」とか「職を選ぶな」みたいな物言いをする連中がいる世の中、反戦平和と聞いただけで凶暴になる人の気持ちも少しわかってしまう最近です。
貧困撲滅を伴った反戦平和こそ、本物だと思っています。
アッキー
2013/11/04 22:14

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