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zoom RSS 東北ショックドクトリン

<<   作成日時 : 2014/03/20 00:00   >>

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どんな棋士にも会心の棋譜の1つや2つあるそうですが、雑誌にも会心のタイトルが1つや2つはあるそうです。
個人的には近年稀に見るヒットだった、このタイトル。そもそも雑誌あまり読まないだろうとかいうツッコミは無しで。

記事の内容は例によって平凡だけれども、決して不愉快でない、そこそこの内容でした。
少なくとも、以前の薬剤バッシングみたいな、不安と恐怖を煽るだけ煽る無責任な内容よりは遥かに良いです。
「週間金曜日」はゴシップ半分の雑誌ですが、今回は真面目寄りだったと感じました。

ショックドクトリンというのは、経済に詰まった資本主義が、戦争や災害で儲ける(新たな市場を獲得する)というものですが、まさに東北の“復興”は、そういうものだというのです。
「東北ショックドクトリン」という言葉だけで、記事の内容がガッと心に鷲掴みなレベルの、秀逸タイトルです。

思えば「高度経済成長」というのは、朝鮮戦争とベトナム戦争の軍需ありきのものでした。
仮に、これから日本の景気が上向くことになったとしても、その裏で被災者を置き去りにした名ばかりの復興が進められるとなれば、それの是非は如何に?

基本的に、犠牲は払う者の了承を得なければなりません。
犠牲を払うように追い込んだり、圧力をかけたりするのは、了承を得ている内に入りません。

また、無自覚的に口にする言葉が、被災者に圧力をかけていることもあるでしょう。
被災者に肩入れして、ようやく中立なのです。


大地震より3年が経ちましたが、この「週間金曜日」の記事で「まだ3年なのです」という記述が目を引きました。
確かに3年で元通りになるわけはありません。それは物的な意味だけでなく、感覚もです。
当時の「親しい人が死んでいたらどうしよう」という不安は、今でも普通に思い起こせます。

友人の中には、少しでも揺れるとトラウマが蘇ると言う人もいます。
私自身も、揺れたときに体が微妙に硬直するクセが、いつの間にかついていました。

数日前に地震があり、我が家の揺れは震度2程度だったのですが、妹がやけに騒いでいたのが印象的でした。
こんなに騒ぐ人だっただろうかと思うと、やはり思い当たるのは3年前の地震なのです。


「復興ではなく復旧を」が、ひとつのスローガンとなっているようです。
それが被災者すべての意思かどうかは別にしても、そういう意識が出てきたことは事実です。

もはや“復興”に希望が持てなくなった人がいるという事実は重いです。
かつて「この機会に、以前からあった問題も一緒くたに解決を」という意識で、私もそんなことを書いていたと思いますが、それが沈んでいます。


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内 容 ニックネーム/日時
高度成長期をことさら誇らしげに語る政治家や評論家は信用しません。朝鮮戦争やベトナム戦争がその裏にあることを初めて知った時はショックでした。そして忘れてはならないのは、公害の問題です。
公害で人生を奪われた多くの人々がいることを考えると、誇れません。
そして今、日本は貧しい。日本が豊かだと言っている人は、かなりリッチな人でしょう。経済苦による自殺者が毎年8000人。自殺や餓死や孤立死に対して、無神経でいられない人は、間違っても今の日本を豊かとは思わない。
何といっても巨大地震、巨大津波、原発事故の恐怖は、たった3年で忘れられるわけがなく、今後もあり得ると考えたら、やはり恐ろしい問題です。
被災者といっても、何とか皆無事だった人と、家も家族も仕事も全てを失った人とでは、悲しみや苦しみの度合いが違うのは当然です。
だから一律ではなく、一人ひとりに話を聞き、対応するべきです。力があればやりたい。政治家はその力を持っているのだから、やらないとしたら遊びです。
ブラックホーク
2014/03/20 11:36
>ブラックホークさん
子供の頃に「はだしのゲン」を読んで、朝鮮戦争で金儲けをしている男が出てきたシーンが印象的でした。戦争は全ての人にとって悲劇ではなく、儲かる人にとっては正義にすらなってしまう。
そしてそれは、一部の金持ちだけではないのだと思い知ったことがあります。戦後すぐの「日本の歴史マンガ」には、生活の豊かになった庶民が、朝鮮戦争に対して「戦争も、これくらいならいいね」と言う場面があるそうです。自国が戦場になったりするのは御免だが、対岸の火事は無邪気に喜ぶという、さもしい精神。
こうした人々は数十年後の現在、どうしているのかと思うと、ゾッとします。若者の苦境をも、対岸の火事と見ているのでしょうか。とある作家が、「戦争が起これば若者の抱えている心の問題は殆ど解決する」などと言ってましたが、その程度の見識で心の問題を扱っているのかと思うと、悔しくて仕方ありませんでした。
経済的苦境から派生する多くの苦痛、巨大地震がもたらした幾つもの恐怖、それらは戦争によるPTSDと何ら変わらない、重苦しいパルスを放っています。反戦平和活動に取り組んでいたときに感じた重さと同じです。
この前に読んだ災害の本で、経済状態が被害の度合いと直結するのだという話が載っていました。金持ちの方が被害も少ないし、被害から立ち直るのも早いのだと。考えてみれば当たり前で、災害の問題は経済と貧困の問題でもあるのだと確信しました。
アッキー
2014/03/20 19:55

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