佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 決闘迷宮   あとがき (1)

<<   作成日時 : 2014/07/04 00:00   >>

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◆ ◆ ◆



フゥ〜〜〜〜、はじめて・・・・・自転車操業を、やっちまたァ〜〜〜〜♪
でも、想像してたより、何てことはないな。
わかったよ、クローバー兄ィ! 兄ィの覚悟が! 言葉でなく心で理解できた!
「書くっ!」って思ったときは兄貴っ! 既に連載は始まっているんだねっ!

・・・・・・とまあ、ジョジョ5部屈指の萌えキャラである、ペッシ風に挨拶です。
自転車操業は何てことはなかったですが、他の面で何てことはありました。
この小説を書くにあたって、キャラクターや世界観、設定その他を借りさせてもらいました、
豆戦士さん、あっぷるぱいさん、クローバーさん、Kunaiさんに、
そして、応援してくださった読者の皆さんに、大きな感謝を捧げます!



前作「決闘都市」のメインテーマは「デュエルとは殺して分捕ること」でしたが、今回のメインテーマは前書きで述べた通り「対比」でした。
クロスオーバー作品だと、デッキ、能力、性格、位置など、どうしても似通ったキャラクターがいるもので、それについて、どのように「違い」を描き出すか・・・ということを、主に考えていました。
これについては、各話の解説やキャラクター帳などで具体的に語ります。

「対比」とは若干異なりますが、今回「不思議の国のアリス」(あるいは「ARMS」)の要素を取り込んでみました。
冒頭に詩を配置しているのもマザーグースの影響が主です。
加えて「オズの魔法使い」(あるいは樹なつみ「OZ」)の要素もあります。
どのキャラが誰に対応しているかを考えながら読んでもらえましたら、また違った面白さが出ると思います。

また、コメディ要素を多めにしようという試みがあり、これについては誤算と予想外がそれぞれありました。
誤算の方は、本来コメディ担当だった竜堂神邪が殆ど機能しなかったことで、あらためてギャグを書くことの難しさを思い知りました。しかし、予想以上にコメディを担ってくれたキャラが多く、この試みはトータルとして成功したと思います。特にシルベスター&カトリーヌ夫婦のコメディ(ラブコメ含む)性能は異常でした。



サブテーマの1つ目は、「歪んだ友情、斜め下の努力、意味不明な勝利」でした。歪んだ友情って大好き!
マイナス13組と「デスノート」を足して2で割ったような、パクリっぽいフレーズですが、そうであると同時に私にとってはリアリティのあるモットーでもあります。
(余談ですが、「アウターゾーン」のモットーは、「愛情・努力・勝利」だそうです)

フィクションにあるような真っ直ぐな友情は、現実でお目にかかったことはありません。(正直なところ、自分は打算的で冷たい人間だと思います)
「成果の出ない努力は、努力でなく徒労だ」という言葉がありますが、努力だと思っていたことが徒労だったり、努力に入らないと思っていたことが努力だったりします。

原作「遊戯王」では、最初は千年パズルによって友情が育まれますが、やがて友情の証は“ピースの輪”へと移っていきます。
友情とはパズルのようにカッチリした静的なものではなく、マジックインキで手に書いたマークのように、絶えず歪んだり滲んだりを繰り返しながら揺れ動く、動的なものなのでしょう。

そして、このテーマの要点は、「意味不明な勝利」にあります。言い換えれば「ケチのついた勝利」です。
結果や成果というのも、大概はケチがついたものです。心が健康であっても、そうではないでしょうか?
私は精神を患っているので、常に幻覚や幻聴があり、どう足掻いても「思い描いた最良の状態」にはなりません。
しかし、“健常者”であっても、思い描いた理想の範疇に事を収めた経験のある人は、どれほどいるでしょうか。

もっとも、だからといってケチのついた成果に納得できるはずもなく、常に大きな不満と苛立ちを抱えながら、吐き気と惨めさを抱えて次へ進むことになります。(“それ”が普通だとしても、私は普通では満足できません)
それが今回の結末に若干反映されていたりしますが、流石に自分の心情をありのまま・あるがままに書くのは抵抗があるので、「やりきれないことがあっても、しぶとく頑張るのが尊い」と、前向きに描きました。

このテーマについては、特に「ケチのついた勝利・成果」という部分で、ハピフラシリーズとプロジェクトシリーズを意識しています。(テーマが同じというわけではないです)

私がハピフラシリーズに強烈に惹きつけられる理由の1つが、「すっきりしない勝利」というリアリズムなのですが、例えば以下のセリフが凄く印象的です。

>「俺はあんな体験をしたから、多少の苦境なら耐えられると思っていた。だけど無理だった。どれだけ我慢強くなっても、壁が現れる度に、どうしようもないと思い込んでは弱気になってしまう。」(野口龍明)

また、プロジェクトシリーズの主人公パラコンボーイは、たまに勝利したときでも、望んだ展開とはかけ離れた現実の前に、劣等感と憎しみと妬みを募らせていきます。

>「何この激しい劣等感。勝ったのは僕なのに、すっげー負けた気分なんですけど。すっげー納得行かないんですけど。すっげー泣きたくなってきたんですけど。」(プロジェクトGY)

「鷹野麗子の事件簿」におけるリアリズム展開を、あっぷるぱいさんは「別に意図したわけではない」と言っていますが、よく考えると普段からプロジェクトシリーズはリアリズム溢れる展開なのです。



サブテーマの2つ目は、「男社会へのアンチテーゼとしての百合」でした。
同性愛やそれの愛好が、必ずしも反社会的であるわけではないのですが、現在の社会規範と合わないことが多いので、どこかアナーキーな傾向を帯びるように思います。

私が同性愛について興味深かった1つは、百合愛好のヘテロ男性が結構いるということでした。
ボーイズラブを知ったときも、愛好者にヘテロ女性が多いということに驚きましたが、それと同じくです。
これはどういう現象なのかと考えたとき、あることに思い至りました。

“男社会”においては、女性の幸せが男性の価値観で大きく左右されます。
個人である前に“オンナ”として見られ、性的価値が第一、そうでなくても本人のフィロソフィー(哲学・生き方)にそぐわない扱いをされるというのが、残念ながら実情です。

「悪女とは、男と同じことをする女がそう呼ばれるだけである」という言葉は、現代でも死語ではありません。
同じ発言や行動でも、男性なら賞賛・許容され、女性なら無視・非難される・・・それは時代遅れの野卑な人々の専売特許ではありません。例えば、男性なら「理知的」と評されることを、女性なら「打算的」と言われたりします。

しかし、“男社会”において割を食ってるのは女性だけでしょうか?
そうではなく、“男らしくない”と言われる男性も、価値観や哲学を傷つけられています。
考えてみれば、ゲイなどは典型でしょう。男に興奮することを、おかしなことであるかのように言われるわけです。
(男社会で割を食っている男性も一緒くたに貶す類の運動は、私と叔母が共通して嫌うものです)

逆に、“男社会”であることで得をしている女性もいるでしょう。そうした人にも出会ってきました。
“男社会”などという、謎ましい社会の中で、男性も女性も得をする人は得するし、割を食う人は割を食うというのが、実際のところなのだと思います。同じことでも、女性なら許されて、男性なら許されないこともあるでしょう。
その性別における権利を享受しないまま、義務だけを求められる人々が、割を食ってるわけです。

ちなみに私自身の体験で言えば、企業との交渉の中で、「若さと性別」だけが求められたことがありました。
私の意見に対しては反応が薄く、私が何を考え、どう感じているかは、あまり興味が無かったようです。
(そんなことで従軍慰安婦問題にも取り組んでいるというのだからヘドが出ますね)

やや話が脱線しましたが、そうした“男社会”の下品さやいやらしさを忌避することと、同性愛への愛好が、繋がっているのではないかと思うわけです。
同性愛者自身は当然のこと、異性愛者で男性であっても“オトコの価値観”が気に入らないことはあるでしょう。

当然このテーマは闇星シリーズを意識しているわけですが、本編でも「男子禁制の世界」が様々あります。
各所に百合要素があり、「霊使い喫茶のバイト」や「デュエルフレンズ!」では如何なく発揮されています。

極めつけは咲音と吉野の関係です。

>「そうよねぇ。じゃあ、吉野がお父さんになるのはどうかしら♪」
>「この前ね、テレビで見たんだけど、IPS細胞ってもので、女性同士でも子供ができるらしいわよ♪」(咲音)

このとき↑は引いていた吉野ですが・・・
こうなります↓

>咲音の寝巻姿なんて飽きるほど見てきているのにこういう風に感じてしまう私がいけないんでしょうか?
>なんだかムラムラしてきたし、咲音の良い香りがしてきたし、ダイブしても許されるレベルなのでは!?(吉野)

ここではコメディチックですが、実際のところ鳳蓮寺の人間関係は女性同士の絆が強く、父親なんてどこにいるかもわからない有様です。
かといって“父親の威厳”が貶められているわけでもなく、中岸大助の父親などは、尊敬に値するナイスガイだったりします。



サブテーマの3つ目は、ゲーム性の高いもので、「強制効果の強みと任意効果の弱み」でした。
オフィシャルカードゲームでも、「タイミングを逃す」というルールがありますが、強制効果というのはタイミングを逃さない、強力な効果であるとも言えるのです。

キャサリン・チェックがエドモンド戦でミスをするとか、能力の相性で西園寺ヒカルに勝てないとか。
呉星百ノ字の能力が、鳥月風花の能力をはじめ、強制効果の能力は封じることが出来ないとか。
エドモンド・ホワイトが《暗黒魔族ギルファー・デーモン》と《鉄の騎士ギア・フリード》で攻撃力増強とか。
予定外のものや読者からのものも含まれていますが、他にも幾つかあります。そういう意識で読み返してもらえれば、頷けるところがあるかと思います。

極めつけは竜堂神邪の能力で、このテーマを扱ったのは、ここから来ています。
およそ付け入る隙が無いように見える能力ですが、マサキは勝てると確信しています。
それはマサキだからこそ勝てる方法で、このテーマと合わせると答が見えてくるのではないでしょうか。
弱点3つのうち2つも、やはりこのテーマと関わっています。

このテーマの元である決闘学園シリーズでは、何かと強制効果の能力が逆手に取られたりしていますが、それも強さの裏返しと言えなくないのです。
実際、サン・レイティアは波佐間京介を下していますし、リンネ、天神美月、遠山力也など、強制効果の能力を持っている強者は少なくありません。

強制効果を逆手に取って逆転勝利を収めているのは、本編の登場人物のうち3名(タイヨウと稲守蛍を入れても5名)であり、すなわち「強制効果を逆手に取って勝てるのは数少ない決闘巧者」ということです。
メタ発言をすれば、リンネが攻略するまで遠山力也の後攻1キル攻略法を、誰も思いつかなかったことからしても、レベルの高さを物語っているでしょう。

しかし天神美月については、例のガリスバーンや、見城魔轟神(←これは私じゃねえかw)などの攻略法が出されており、豆戦士さんをして「実は天神さん弱点しかないな!」と言わせしめる状態。
これではいかんと思い、魔王ミッキーレベル6計画が始まりました。(←発想が木原幻生と同じだw)
3名の中で唯一、強制効果の絶対能力です。

そういうわけで、これが「絶対能力者は3名いて三竦み」という設定の起点です。
長らく裏設定のままでしたが、ようやく明るみに出ました。





キャラクターや挑戦状の結果については、「あとがき(2)」にて。


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内 容 ニックネーム/日時
火剣「ギャグ、コメディは難しい。奥が深い」
ゴリーレッド「トーク番組はその場で受けたかハズしたかがわかるが、小説はわからない」
コング「ぐひひひ。ギャグなら僕に任せなさい」
火剣「コングもよく滑る」
コング「滑らない。スベラーズを使っているからな」
ゴリーレッド「早速滑った」
コング「受けたさ。もう大爆笑」
火剣「つまり、実際、受けた人と滑った人と、両方いると思う」
ゴリーレッド「対比はもっと難しいと思うが」
コング「歪んだ友情。激村と火剣のような?」
火剣「激村なんか友達じゃねえ。皿の上に脳天から落とす友達がどこにいる?」
ゴリーレッド「努力は嘘をつかない。でも大事なのは今やっている努力が正しい努力かを確認し、軌道修正することだ」
火剣「分度器の原理か。進めば進むほど目的から遠ざかっていく」
コング「いわゆる、別行動って感じ? あ、受けた」
ゴリーレッド「劣等感、憎しみ、嫉妬は文学のテーマになりやすい」
火剣「ドストエフスキーのように心の内面を描くのは好きだな」
コング「僕は女の外見を描写するのが好きだ」
ゴリーレッド「男社会か。これもテーマになる」
火剣「得してる男。損してる男。得してる女。損してる女。それぞれいる」
ゴリーレッド「損得だけで決める世の中を斬りたい」
コング「女なら許される。付け加えると、若い女かキレイな女だな」
ゴリーレッド「こういう男が大勢いるから」
コング「待て。一般論を語ったまでだ」
火剣「大事なのは間違った世の中の風潮に自分を合わせない強気の姿勢だ。くだらねえ、の一言で片付ければいい問題は一杯ある」
コング「ゲーム性か。でもどんな物語でもヒロインの魅力が生命線だと思うが」
ゴリーレッド「そろそろ時間か」
コング「薫、彩也香、麗子、カノン、燈炉子・・・待て、人の話を聞け」
火剣獣三郎
2014/07/04 20:54
ついにアッキーさんも自転車操業を。私も自転車操業組。頭の中では出来ているんですけど書く時間がですね…。
意味不明な勝利…それはすっきりしない勝利ってことですね。スカッとする勝ち方、スカッとする結末というのは難しい。複雑な要素が絡み合い、複雑な世界と複雑な未来を作っていく。世の中は自分の思い描く通りになるほど単純なものではないということでしょうか。
さて、神邪さんの弱点がさっぱり分からない私ですが、既にこの戦いはデュエルの枠を超えているというのは分かります。レベル6の絶対能力というのは人が踏み込んではいけない領域だったのかもしれません。しかし、それでもその先に行こうとする者達、それはデュエリストだからに他ならない。カノンも本来はデュエル用ではない能力をデュエルに持ち込んだみたいですし、いよいよ禁忌に踏み込んでいる(踏み越えている?)感じがしてきました。しかし、悪の組織だし、世界の滅亡レベルの話が始まるようだし、いよいよ全宇宙創造の力とかそこら辺との戦いになるんですね。遊戯王ゼアルもデュエルの話からいつの間にか世界の創造や世界の運命の話にまで膨らんでいたし、デュエルがデュエルの枠を超えるのはある意味当たり前か。それも含めて遊戯王の世界。全ては始まりの一枚に帰結するのか。(いい意味で)本当に先が読めない…。
千花白龍
2014/07/04 21:20
>火剣さん
確かにそうです、両方いるはず。受けなかったことで落ち込んでいても、思わぬところで受けているかもしれませんね。
ギャグにしろ、スタンスにしろ、あるいは友情や恋愛のあり方にしても、足並みをそろえなくてもいいんだと思います。

佐久間「しかしリスペクトを忘れてはならない。」
山田「お前が言うか?」
八武「クリトリスペクトを忘れてはならない。」
山田「エルボー!」
八武「早い!」
佐久間「激村と火剣も一筋縄ではいかない関係。真っ直ぐな友情より、よくわからない関係の方が好みだ。何でもかんでもはっきりさせなくていいんだよ!」
山田「何を興奮している?」
佐久間「ヒロインの魅力というと、確かにマサキ19歳は生命線だった。」
八武「待ちたまえ。」
佐久間「それが公式だ。」
山田「あれは冗談だろ。」
佐久間「アッキーは冗談なんか言わないよ。」
山田「それが既に冗談だ。」
八武「月島泰斗は最後で最大のマインドクラッシュをやってくれたが、カノンがミニスカキャミソールだったので癒された。」
山田「それは俺もちょっと同意したいな・・。」
佐久間「作品の生命線は、作者がもがき苦しむことだ。さぁアッキー、もっと苦しむがいい。」
アッキー「そんな・・・。」
維澄「しかし苦しみと楽しみは両立する。それが創作活動。」
佐久間「やはりドMは言うことが違うな。」
維澄「みゅ?」
山田「恐いです維澄さん!」
アッキー
2014/07/04 22:48
>千花白龍さん
連鎖前に8、9割がたは書けていたので、連載しながら番外掌編も書いていたという余裕っぷりでした。とはいえ楽だった日は皆無で、あらかじめどれだけ書こうが、楽な道は無いのですね。
私は実は、勧善懲悪も好きなんです。わかりやすく、スカッとした勝利で、ハッピーエンド。それが王道だと思っています。しかし自分で書くときは、中々そうはならない。リアリティを追求するほど、じめっとした勝利になる。
私の思う“リアリティの追求”とは、ひとつは、多角的な視点なのだと思います。ある人々にとってはハッピーエンドでも、別な人にとっては違うということが、透けて見えすぎるのです。
まして自分が常に精神病の症状に苛まれているとなると、「この物語の中に私がいたら、私にとってハッピーエンドにならないな」と、どうしても考えてしまうのです。
それが神邪に反映されていて、また、神邪の弱点ともかかわっています。なまじ当たり前すぎるから、かえってわからないのだと思います。3つの弱点は、どれも意外性のあるものではないです。
それにしても、竜堂眸の“神炎”の時点から、「ああ、デュエルの枠を超えちゃったな☆」と、取り返しのつかない領域に足を突っ込んだ感覚を覚えましたが、カノンの“敵対の力”に比べれば、ぜんぜん普通の範囲内だったですね。
まあ、決闘学園シリーズ本編には、“掌握の力”と“回帰の力”というトンデモ能力が出てくるので、それに比べれば、カノンの言う通り、劣化版も甚だしいわけですが・・。始まりの1枚ぱねぇ。
アッキー
2014/07/04 23:11

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