佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十二話 トーラとタウラ

<<   作成日時 : 2016/05/02 00:15   >>

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土地無き国“アルカディア”。クレア・クレッセントが隊長を務める“月組”にアンプリファイア能力者のレックス・ブースターが加わってから、数日が過ぎた。
クレアは腹を刺されて入院しており、レックスとリュウも病院で寝泊りしていた。
ある日の朝、クレアはレックスとリュウを呼び集めた。
「さて、私がこうして入院しているというのに、組織から依頼が来た。まあ、しばらくは病床で指揮を取るわけだ。私の退院までは、ここを拠点にする。」
「なるほど。それで、任務の内容は?」
「ああ、『トーラとタウラを捕獲または処置をつけよ』だとさ。」
「・・・そんだけ?」
レックスは顔をしかめた。
「これだけの文面でも私にはわかるのさ。はあ、それにしても“殺害”ではなく“処置”と書くあたりに、奴らの欺瞞性が顕れているよな・・。」

アルカディアの最高幹部は6名。最高幹部であるクレアの出動には、この6人の投票で賛成票が反対票を上回っている必要がある。票が並んだ場合には、本人の意思が優先される。
「・・私を含め5人は1人が1票分の力を持つが、首領のみ6票分の力を持っている。」
「それじゃ投票の意味無えだろ・・・。」
レックスは呆れた。
「だから、いつも棄権する。」
「なるほど。」
「私がアルカディアに入って15年近くになるが、その間、首領が棄権票以外を投じたことはない。」
「・・それじゃ、逆に意味無えよ。」
「まあね。でもその方がいいのさ。」
「?」
レックスは首をかしげたが、クレアは構わず話を続けた。
「ともかく、そういうわけで、3票以上の賛成があれば私が反対しようが無駄なのだ。アモンはともかく、残りの3人は結託していて、厄介な件は私のところに優先的に回ってくる。」
「・・・最高幹部も大変だな。」
「私の序列は最高幹部のナンバー4。しかも、最高幹部の中ではもちろん、13人の幹部の中でも一番の新参者なんだ。だから・・・わかるだろ?」
「ああ。」
「・・古参の連中の気持ちもわからんでもない。一番の新米が、いきなり最高幹部のナンバー4で、運営上の実質はナンバー2。しかも自分たちの心をいつ覗かれるかわかったもんじゃない。悪い感情を抱くなってのが無理な話だ。」
クレアは嘆息した。
「それで、任務の内容は?」
アルカディアの内情に興味が無いこともないが、レックスはトーラとタウラが何者なのか、どんな理由でアルカディアから指名手配されているのか知りたかった。
「ああ、そうそう。依頼ね。トーラとタウラというのは、最近アイダホで暴れている双子のエスパーだ。年齢は13歳。弟のトーラは念力発火能力者。姉のタウラは幻術使い。」
「幻術使い?」
「そう・・。弟も厄介だが、姉のタウラはヒュプノシス(催眠)による幻影と、光学サイコキネシスによる幻影の両方を使ってくる。つまり、脳が見る幻影と、目で視る幻影だな。」
「・・どう違うんだ?」
「前者はレーダーに映らないが、後者は映る。実際に光を集めているかどうかの違いさ。」
「なるほどな・・。」
「その2種類の幻影に、弟トーラの炎攻撃を加えたコンビネーションが恐ろしく厄介だ。微弱ながらもテレパシー能力があって、連携攻撃はお手の物だ。それぞれの能力はB級の底辺だが、組み合わせと使い方で、総合戦力はA級にも匹敵する。」
クレアは顔を険しくした。
「私が陣頭指揮を取ることが出来れば、幻影はどうにかなるか・・。」
「クレア、大人しくしててよ? 僕は戦場へクレアをテレポートさせる気は無いからね。」
リュウがクレアを睨んだ。
「ああ、大丈夫。心配するな。私は元々無茶する人間じゃない。それに今はテレポートは使えないだろ。」
リュウの能力は、空中浮遊、肉体強化サイコキネシス、物質通過、テレポート(部分テレポートなど含む)、テレパシーに分類される。このうちテレパシー以外は月齢によって力が変化し、新月のときが最強となる。満月のときが最弱であるが、実質は下弦から上弦までの半月しか能力を発揮できない。テレポート系統は更に限定されていて、通常のテレポートは新月の前後5日間程度しか機能せず、部分テレポートなどの複雑応用系は新月の前後半日くらいしか発動できない。ルナの能力は満月が最強で新月が最弱、内容はリュウと同じである。
「こっちの双子は同時に戦えるのは数分間だけだし、そのときはC級の力しか出せない。しかも物質通過は炎攻撃には弱いし・・・。」
「戦力も足りないし、相性も悪いってか。」
リュウとルナの物質通過は、物質の極小の隙間に自分の肉体を通す精密な能力である。ゆえに高温では通過の処理が追いつかず、たちまちダメージを受けてしまうのだ。炎攻撃に対して物質通過を使えば、体の中身まで焼け爛れてしまいかねない。
2人の処理能力は、月齢によっては原子や素粒子のレベルで行えるが、それでも熱や炎に弱いのは間違いない。
「依頼を断るわけにはいかないのか?」
レックスが言った。
「・・組内部の死者を出さないことと、任務達成率100パーセントが月組の特色でね。」
“特色”という言葉を使っているが、それは“誇り”であり、他の幹部たちに口実を与えないようにする為の手段でもあるのだろう・・・レックスは、そう思った。
「よりによって、こっちの戦力が最低のときに依頼をよこしてくるとはな。・・・ひょっとして、これも嫌がらせの一環なのかよ?」
「いや、流石にそれはない。運営に支障をきたしてまで嫌がらせをやるほど幼稚じゃないし馬鹿でもない。喜んではいるだろうけどね。」
「・・ふん。」
仲間の不利を喜ぶというのは、レックスにとっては非常に気に食わないことだった。
仲間のフリをしてるだけで、実は敵なんじゃないかと思ったくらいだ。
「ま、ある意味では敵だわな。しかし幹部連中の思惑はともかく、トーラとタウラは早く何とかしないといけないのは確かだ。奴らのせいで大勢の怪我人が出てるし、死人も出ている。」
「死人もか。」
レックスの表情が変わった。
嫌な記憶も思い出したらしい。顔を歪めている。
「民間人が、火傷で1人、幻影を見せられての交通事故で5人。出動したアルカディアのエスパーが2人。」
「8人もか・・・。」
「トーラとタウラは面白半分に力を振るっている。民間人の6人とは面識も無かった。」
「許せねえ。」
レックスは拳を握りこんだ。
「オレは行くぜ。止めても無駄だ。リュウの力もオレが一緒なら倍になるんだろ?」
「・・・・・・。」
クレアは少し考え込んだ。
予知をはたらかせているのだろうか。
「・・・まあ、いいでしょう。行ってくれば。」
「おう。」
「死なないと思うけど、気をつけてよ。」


レックスとリュウが立ち去った後、クレアはナースコールで看護婦を1人、呼び出した。
「はいはい、何でしょう。」
へらへらと笑う少女が現れた。
「フィリアちゃん、師長を呼んでくれるかな。」
「はいはい、ちょっと待ってくらはい。」
少女ナースは怪しい呂律で返事して回れ右した。


- - - - - -


交通を乗り継いでアイダホまでやって来たレックスとリュウは、この日は宿に泊まることにした。
リュウが能力を発揮できるのは明後日の早朝まで。それを過ぎると半月ほど待たねばならない。
よって、明日に決着をつけられなければ、いったん引き返すしかないのだ。
「ふう、もうクタクタだよ。」
超能力の期限切れが近付いていて、リュウの体力も落ちていた。
レックスは不安になった。
「大丈夫か?」
「うん。明後日の朝まで使えるって言ったろ。」
呑気なのか強がりなのか判別つかなかったが、レックスは思いつきを口にした。
「腕相撲をしよう。」
「え?」
レックスは丸テーブルを引きずってきて、リュウと合い向かいに座った。
「さあ。」
「いいけど・・。」
2人は右手を組み合った。
「零時丁度にスタートだ。」
5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・0。
2人は同時に腕に力を込めた。
「くっ・・・。」
リュウの方が押されていた。
空手をやってるレックスは、体格の割に力が強い。リュウもアンプリファイアで肉体強化能力もパワーアップしているのだが、既に半月に近い状況では僅かに力不足だった。
ダンッと音がして、リュウの腕がテーブルに着く。
「・・オレの勝ちだ。」
「ん・・・。」
リュウは悔しそうな顔で頷いた。
「明日はもっと弱くなってる。啖呵切って出てきたはいいが、どうも勝てそうにねえな・・。」
「確かに・・。」
「クレアならリュウの能力状態は把握しているはずだ。なのに止めようとしなかった。オレは止めても無駄だと言ったが、本当に止めたいなら二言三言あってもおかしくない。つまり、オレたちをトーラタウラと直接対決させるのがクレアの作戦の一環なわけだ。オレらの勝敗は度外視なんだろうぜ。」
レックスがリュウの顔を見ると、リュウは驚いていた。
「・・僕も同じことを考えていた。クレアは考えもなしに部下を戦場へ送らない。今まで月組のメンバーで、死者はもちろん、重傷者も出してないんだ。」
「本人は重傷だけどな。」
レックスは苦笑いした。
「・・レックスは凄いよ。」
「あ?」
「気持ちの切り替えが早いし、長年の付き合いみたいにクレアの思考が読めてるし。」
「そうかな・・。」
「そうだよ。」
するとレックスは、少し考えてからフッと息を吐いた。
「オレだって、全て納得してるわけじゃない。相変わらず心はグラグラ揺れて軋んでる。平静に見えるのは強がってるだけだ。どっか達観してんのかもしれねえけどな。もしかしたらクレアは案外、策とかじゃなく、もう単純にオレを気遣っただけ・・・なんてこたねえか。」
「・・・・・・。」
「さ、もう寝ようぜ。」
レックスが灯かりを消して、2人はベッドに入った。


- - - - - -


朝6時。
レックスの腕の中にリュウが収まっていた。
「ん・・・・。」
レックスは寝ぼけながらも手を離して、起き上がってあくびをした。
「ふああ〜。」
頭がスッキリしてくると、先程の感触が蘇ってきた。
(そう言や、まだ子供なんだよな・・。)
銀髪の殺人鬼。クレアの命令で何十人も惨殺してきた恐るべきエスパーだが、自分の腕の中にいたのは、まだ背も伸びきっていない、声変わりも途中の、13歳の少年だった。
レックスも年齢で言えば子供の部類だが、何だか父性のようなものを覚えて微笑ましい気持ちになった。
「・・・おい、起きろ。」
いつまでも浸ってはいられない。レックスはリュウを揺さぶった。
「ん〜ん・・・。」
けだる気な声と共にリュウが起き上がる。
恐い夢でも見ていたのか、涙ぐんでいる。
「今何時・・・?」
「6時を過ぎたところだ。朝飯食ったら出かけるぞ。」
荷物の中から携帯食料と水を取り出して、2人は無言で朝食を完了した。

早々に宿を出ると、そこに筋骨隆々の男が立っていた。身長はレックスより少し高く、浅黒い肌が健康的だ。年齢は30歳くらいだろう。
「やあ、リュウ。そして君がレックスか。」
「あんた・・・誰だ?」
レックスが不審の眼差しで呟いた。
「ああ、失礼。私は月組隊長補佐官サム・バロン。隊長が動けないので、今日の作戦の指揮を任された。よろしく。」
そう言ってサムは手を差し出した。
「・・よろしく。」
レックスは少し戸惑いながらも握手に応じた。
「なるほどね、サムがいれば安心だ。やっぱりクレアは対策を打ってくれてたんだ。」
リュウが声を弾ませたので、レックスも不信感を和らげた。
「さて、なるべく急いだ方がいい。リュウの力もどんどん弱くなるし、こうしている間にも被害者が出ているかもしれない。行こう、リュウ、レックス。」
「「イエッサ!」」
やや得体が知れなくはあったが、レックスは素直に振舞うことにした。任務遂行の為もあるが、さして悪くない印象を覚えたからだ。
(サム・バロン・・。やっぱりエスパーなんだよな?)
レックスが考えている間に、3人は現場へ到着した。
視界に映る光景。生き物のようにウネウネと渦巻く、炎、炎、炎。焼き焦がされ逃げ惑う人々。その中心で笑っている2人。共に赤みがかった黒髪で、その瞳は13歳という年齢に似合わず腐りかけていた。短髪の少年の両手からは炎が噴き出していて、その横に少女が長い髪を揺らして立っていた。
リュウの現時点での出力は、C級程度だ。レックスのアンプリファイアで強化しても、B級の弱い方でしかない。
能力のバリエーションも、肉体強化、物質通過、空中浮遊くらいしか使えない状況である。
(クレアは、トーラとタウラの連携はA級にも匹敵すると言っていた。果たして勝てるかどうか・・・。)
「恐れるな、レックス。」
「!」
表情は変えなかったが、自分の心を見透かされたようでレックスはギクッとした。
「最初は恐い。誰だって恐い。私だって恐い。だが、恐怖は正しい事実を認識することで和らげることが出来る。確かに奴らは強いが、それは連携の強さだ。速攻で1人を倒せば勝てる。」
「・・なるほど。それなら実際にダメージを与えてくるトーラを狙うのがいいか。」
「私もそう思う。女の子を殴るのは気持ちのいいものじゃないしな。」
いったんビルの陰に隠れて様子を窺う。
「私の能力は“調整”(コーディネイト)。君と同じく、他にエスパーがいて初めて力を発揮する。君の“増幅”と私の“調整”でリュウの力を目一杯まで引き出し、ファーストアタックをかける。続いて私がバロン・タックルを食らわせる。最後に君が攻撃する。相手はエスパーといっても生身の13歳の少年だ。それで確実に倒せる。」
バロン・タックルとかいう技の名前が少し気になったが、そういった余計な雑念は振り払い、レックスは目の前の作戦に集中した。
「いいか、一斉に飛び出すぞ。3、2、1、0!」
レックスのアンプリファイアとサムのコーディネイトで強化されたリュウが、矢のような速さで飛び出し、一瞬視界から消えた。
次の瞬間、レックスの目に、リュウがトーラに膝蹴りをぶちかましている光景が映った。

3人は同時に飛び出したが、機動力に差があるので、サムの言った順番で攻撃することになった。
リュウの膝蹴り。
サムの当身。
レックスの正拳突き。
それら全てが少年トーラにクリーンヒットした。

・・・かに見えた。

(・・馬鹿、な・・!)
レックスが殴ると同時に、トーラの姿は揺らめき消えた。
そして隣にいたタウラの姿も掻き消えてしまった。
「ぐ、はっ・・」
3人が攻撃していたのは、ロダンの“考える人”(贋作)だった。タウラの幻術だったのだ。
そのタウラもまた、“自由の女神像”(贋作)だった。
「動くな!」
後ろから大声で叫ばれて、レックスは動くなと言われたのに思わず振り向いてしまった。
ドンッ
「ぐあっ!」
レックスは右足に激しい痛みを感じた。痛いというより熱いというような感覚だった。
「動くなと言ったはずよ。」
脂汗が目に流れ込んで視界がぼやけていたが、赤みがかった長い黒髪と、禍々しく笑う唇が、かろうじて見えた。
「タウラ・・・?」
レックスは足の痛みを堪えながら睨みつけた。


その頃クレアは病室で本を読んでいた。どこぞの学者が書いた学術書だという。
突然その本が燃え上がった。
「うわっ!?」
クレアが驚きの声をあげて本を床に投げ捨てると、扉を開けて1人の少年が乱入してきた。
「動くな! 動くと燃やす!」
「・・・・・・。赤みがかった短い黒髪、念力発火・・・。トーラだな?」
「そうだ。お前らは姉さんの計略に引っかかったのさ。」
「・・・計略。」
クレアの表情が曇った。
「そうだ。今頃お前の仲間は・・」


レックスは跪いて右足を押さえた。
「くっそ・・!」
「そこの2人・・。ゆっくりとこっちを向きな。」
タウラの言葉に従って、サムとリュウは彼女の方を向いた。
「そう、それでいい。・・・そこの女。」
タウラの視線の先に30歳くらいの女がへたりこんでいるのが見えた。
「わ・・・わたしですか・・?」
「そうよ。そこにロープがあるでしょ。それでこいつらを縛りなさい。逃げられないように、きつくな。」
すぐに彼女はロープを持って、おっかなびっくりした様子で、3人に近付いてきた。
「早くしなさい。」
「は・・はい・・・・。」
彼女はロープで、まずはリュウを縛り上げた。もたもたとした手つきだったが、タウラの言う通り、きつく縛った。
「おい、奴に気づかれないようにこっそり緩めてくれ。」
レックスが小声で言ったが、彼女は怯えているのか、全く聞こえない様子で残る2人も同じようにきつく縛った。
「よーし、そいつらを立たせろ。」
「は、はい・・。」
女は震える手でレックスたちを立たせる手伝いをした。
「いいぞ。」
タウラは笑った。
女が震えながら後ずさりすると、タウラがギロリと睨んだ。
「待てよ! お前も付いて来い。」
「そ、そんな・・」
「つべこべ言うな! 殺すぞ・・!」
「ひい・・!」
レックスたちはタウラの誘導に従って歩いていった。
タウラは一台のワゴン車の前で足を止めた。
「これに乗ってもらおう。」
渋い顔をしながら、3人はワゴンの荷台に乗り込んだ。
「おい、女。この手錠で、そいつらの手足を括れ。」
「は、はい・・。」
女は手錠で手早く3人の手足の自由を奪った。
(くそ・・・すっかり怯えて言いなりか。)
レックスが苦々しい顔で女を見ると、その顔は笑っていた。
「え?」
思わず声をあげた。
すると女は、それに呼応するかのようにケタケタと笑い出した。
「クククク・・・アッハハハハハ!」
レックスたちがギョッとして女を見つめると、彼女の外見が変化し、赤みがかった長い黒髪の少女・・・タウラの姿となった。
「アッハハハハハ!」
「貴様!?」
「気が付くのが遅すぎるわ。見事に引っかかってくれたわね、アッハハハ!」
今までタウラだと思っていたのは、光学サイコキネシスによる幻影。そして同じく幻影を使って、タウラは別人に成りすましていたのだ。
「今頃気付いても、縛られていて逃げられまい。きつく縛っておいたからねー。」
気が付くと右足の痛みも消えていた。
銃は幻影、銃声は幻聴、撃たれた痛みは幻覚。全てタウラの超能力によるものだった。
ESPを封じる特殊手錠の感触は現実のものだった。


- - - - - -


「3人とも捕まったか。」
クレアは全くうろたえることもなく言った。
彼女と対峙しているトーラが、その態度を不審に思わないはずがない。
「何でそんなに冷静なんだよ。お前の仲間が捕まってんだぞ。」
「何でかねえ。」
「ふざけてると燃やすぞ! 焼き殺すぞ!」
トーラは念力を集中した。
「おや、私を人質にして組織との交渉に使おうという腹積もりじゃなかったのか? 死体に人質としての価値は無いと思うが。」
「うるせえっ!」
トーラは怒りに任せてクレアを燃やそうとした。
しかし能力が発動しない。
「!?」
「トーラ。私は千里眼の能力者だ。君の襲撃くらい察知できないと思ったか?」
病室へスタッフが突入してきた。
「わあっ!?」
あっという間にトーラは捕まった。
「くそっ、くそっ!」
トーラは猶もパイロキネシスを発動しようとしたが、全く出来なかった。
「無駄よ。ESPリミッターが発動してるもの。組織の息のかかった病院に乗り込んでくるのに、この程度のことは予想しておくべきだったわね。」
この病院のESPリミッターはB2級までの能力を完全に封じることが出来る。
B3級のトーラは、今やただの少年に過ぎなかった。

トーラは拘束されて連れて行かれた。
「さてと・・・。」
クレアは師長だけ残して要件を告げる。
「もう1時間くらいしたらタウラから脅迫電話がかかってくるから、私の方に回して。」
「了解しました。・・しかし、タウラはトーラからの連絡なしに電話をかけてくるのですか? クレアさんを人質に取るのを成功したことを確認してから脅迫するものではないのですか?」
「そこが奴らの杜撰なところさ。計画が全て首尾よく行くと思ってる。」
「なるほど・・。まあ、13歳ですしね。」
「ヘッドシーフに比べれば楽な相手だ。私の負傷を入れても、まあ負けることはないよ。ただし・・・」
クレアは目を細めた。
「ただし?」
「いや、今はよそう。当面はタウラの捕獲を優先する。」
「了解しました。」

それから1時間後、クレアの予知した通りにタウラからの脅迫電話がかかってきた。
「ハロー、アルカディアの誰かさん。こちらタウラ。」
弟が捕まってると知らないタウラの口調は楽しげだ。
クレアも楽しげな口調で返事をした。
「ハロー、タウラ。こちらアルカディア“六角”ギガマイル・クレッセント。クレアでいいよ。」
「まさか・・・!?」
タウラは凍りついた。
「もしもしタウラ。どうしたの?」
「馬鹿な・・!」
「もしもし、何が馬鹿なの、タウラ。」
「・・・トーラを、どうした。」
「察しが悪いな。私が無事だということは、トーラは無事ではないということ。」
「・・・・・・。」
タウラは動揺したが、まずいことを口走らないように自制を利かせた。
しかしクレアにとっては意味の無い行為だった。
「・・・・人質交換をしよう、クレア。」
「人質交換?」
その話が出ることは予知済みだったが、クレアは白々しく疑問符を付けた。
「わかった。だが、1週間待ってくれ。知ってるだろう、私は腹を刺されてベッドの上だ。何をするにしても、もう少し回復する必要があるし、人質交換の場には自分で出向きたい。大事な仲間なんでね。」
「・・・・いいだろう。だが、場所はこっちで指定させてもらう。直前に連絡するわ。」
そう言ってタウラは電話を切った。
「甘いねぇ・・。」
クレアは笑みを浮かべた。
動揺のあまり、タウラはクレアに7日間の猶予を与えてしまった。千里眼の能力者に7日間も猶予を与えることの意味を、これからタウラは嫌というほど思い知ることになる。


- - - - - -


時間は刻々と過ぎ去り、11月に入った。
レックス、リュウ、サムの3人は、廃屋の一角の薄暗い部屋の中で、縛られたまま生活していた。
食事は1日2回。粗末で無味なものだった。縛られているので、犬のように食うしかない。
風呂にも入れず、髪はボサボサ、髭は伸び放題。夏でないのが、まだしも救いだった。
縛られているので、トイレもタウラに手伝ってもらわなくてはならなかった。彼女が持ってくる器に用を足すのだ。
屈辱の日々だった。

そのタウラは、トーラの身を案じていた。
ちゃんと食事は与えられているのか。身の回りの世話は?
危害を加えられていないだろうか?
(トーラ・・・。)

もちろん、個人と組織の違い、設備その他で、トーラは囚人としては上等の扱いを受けていた。
監視つきではあるが、縄で縛られているようなこともなく、ある程度は自由に動き回れた。トイレも個室で落ち着いてすることが出来た。
もっとも、脱走が可能かどうかという点でのみ、レックスたちの待遇を下回っていた。
(きっと姉さんが何とかしてくれる・・・。)
トーラは固く信じて大人しく待っていた。
それが信頼でなく妄信であることに気付くことはなかった。

人質交換の前日の昼になって、タウラは食料の買出しに出かけた。
最初の予定では、この日にはアジトを別の場所に移す予定だったが、人質を連れては動きにくかった。
(タウラが出かけたか・・。)
しかしまた幻術ということもある。レックスは念の為に小声で話した。
「どうだ・・?」
「駄目だ。奴は縛り方を心得ている。」
「僕も駄目だ・・。」
「こっちもだ・・。くそっ・・・。今がチャンスなんだがな・・。」
レックスが歯噛みしていると、突然、目の前に人影が現れた。
「タウラ!?」
「あは、違うよ〜、レックス。」
「その声・・!」
お団子にツインテールの少女・・・ルナであった。
「「ルナ!」」
「リュウ、サム、久しぶり。どったの、こんなところで。」
「あん? クレアに聞いて助けに来てくれたんじゃないのか?」
レックスは訝しがった。
「いや、行けばわかるって。」
「あのアマ・・・。」

タウラは戻ってきて目を見開いた。彼女が人質の部屋の扉を開けると、そこには初めから何も無かったかのように誰もいなかった。
「嘘?」
思わず、買ってきた食料を床に落としてしまった。
咄嗟に扉の裏に隠れていないか確認したが、もちろんいなかった。
「ッ・・・・・・。」
全身で寒気を感じた。
こちらにも人質があったからこそ、トーラが捕まっても正気でいられたのだ。
今や形勢は完全にクレアに傾いた。
(どうやって逃げた・・・?)
リュウの能力は今は使えないはずだし、ESP手錠も使った。レックスやサムの能力は単体では役に立たないものだ。サイコメトリーなどによる追跡を撒く為に、車を使うなどの工夫もした。
(何故・・・・)
タウラは底知れぬ恐怖を感じた。
大声でわめきたくなる気持ちを必死に抑え、タウラは再び受話器に手を伸ばした。

タウラから電話がかかってくるのを予知して、クレアは既に受話器の前にいた。この数日で傷もだいぶ良くなり、歩けるまでに回復していた。
「もしもし・・こちらタウラ。」
「クレアよ。」
互いに声に覇気が乏しい。しかしタウラは、これでも必死に強がっていて、クレアはわざと声のトーンを落としていた。
「トーラは無事か?」
「もちろん。そっちこそ3人は無事だろうな?」
ここでクレアは声を少し強くした。
「あ、ああ。」
「・・・さっきから、やけに元気が無いが。」
「!」
「まさか人質に何かあったのか・・!?」
「い、いや・・。」
「あらかじめ言っておく。3人のうち1人にでも何かあってみろ、トーラを殺してやる!」
「!!」
タウラはガタガタと震え、泣きべそをかきそうになった。
「正直に言え。大方の予想はついている。不摂生で病気にでもなったんだろう。」
「・・・・!」
(付け入る隙が出来た!)
タウラは目の前が明るくなった。
(人質3人が、いかなる方法で脱出したのかはわからないが、クレアとは連絡が取れてない。クレアの態度からして、あの3人がよほど大事なようだし・・。クレアの間違った予想に乗っかって・・いける。これでトーラを助け出せる!)
「わかった、正直に言う。確かに人質の1人が熱を出している。」
「やっぱりな。その1人だけでも今すぐ返してもらおう。」
「そうはいかない。」
「何だと? トーラが死んでもいいのか!」
「・・・!」
タウラは再び涙が出そうになったが、ぐっと堪えて話を続けた。
「違う。そういう意味じゃない。3人まとめて返すよ。今日中に。」
「予定を早めるのか。」
「元々そっちが1週間待てと言ったはず。今すぐ人質を返して欲しいなら、こっちは構わない。」
「そうか。なら今すぐ行く。傷なんか構ってられるか!」
「・・・。」
受話器の向こうでタウラはニヤリと笑った。
人質交換の場所を伝えて受話器を置くと、どっと疲れが出て、その場に座り込んだ。
(フフ、クレアは相当参ってるようね。参ってるのは、こっちも同じだけど。でも、これで心理的にはこちらが有利に立った。クレアの、あの慌てようといったら・・・アハハハハ。これでトーラを奪還できる!)
タウラは緊張しながら笑みを浮かべた。

受話器を置いて、クレアは濁った目つきで笑った。
「・・・つくづく甘い奴。」
「なら、お前は意地悪な奴だ。」
横で聞いていたレックスが言った。
「1週間ぶりに会って第一声がそれか・・・。少しは懐かしいとか嬉しいとか思ってくれないのか?」
クレアは溜息をついた。
「そんなことよりも、何でこんな回りくどいことをしてんだ? 正直にトーラを人質にして脅せばいいだろ。」
「そうしたらタウラは、また人質を取る。」
「あ・・・」
「タウラは今、こう思っている。相手は人質がいなくなったことを知らない、とな。そしたら余計なことはしない。相手に人質がいないことを勘付かれたらトーラの身が危ない、とタウラは思う。」
「それでも念の為に人質を取るんじゃねえか?」
「そうならない為に、私がレックスたちに特別な思いを抱いているということを印象付けておいた。そうなるとタウラは、他の人間が人質として通用するかどうか怪しい、と思う。新たに人質を取ることで、レックスたちの脱走に勘付かれるリスクは、避けたいと思うわけだ。」
「だから余計なことはしないってか。」
「そうだ。実際は人質として通用するんだがね・・。だからストレートな脅迫は出来ない。そんなことをすればタウラは、人質が無いよりマシだと思って無差別に人を襲う。」
「確かにな。大勢の人間を人質にするかもしれねえし。」
「だから、実際には人質が取られていないのに、これ以上人質が取られることはない・・・という状況を作る必要があったわけさ。」
「なるほどね。しかし回りくどい方法を取った理由はわかったが、さっきから“思う”、“思う”って、妙な言い回しをしてるな。」
「私の能力を忘れたのか? お前たちの身の安全がかかってるんだ。起こりうる全ての未来をシミュレートして、最悪でも誰も死なないように計画を立ててある。」
「ご苦労なこって・・・。」
「私は月組の隊長だぞ。この程度は苦労のうちに入らない。それに・・」
「それに?」
「いや、今はいい。タウラのもとへ出向くよ。」


- - - - - -


クレアはルナと共に、タウラが指定した場所へ現れた。もちろんトーラも連れてきている。
少ししてタウラが来た。
両者の距離は、およそ20メートル。
「トーラ! 無事か!」
「タ・・姉さん!」
2人は1週間ぶりの再会を喜び、目に涙を溢れさせた。
「そこまで。」
クレアが制止を入れる。
「タウラ、そっちの人質は?」
「トーラを解放したら教える。わたしたちが逃げる時間を稼がせてもらう為にな。」
「ほう・・。」
クレアは濁った目でタウラを睨んだ。
タウラも負けずに睨み返す。
「余計なことを考えないでよ、遠隔操作で人質を殺すことも出来るんだ。」
「ならば、お前たちが逃げた後に3人が殺される可能性もあるな。」
「そんなことはしないわ。」
「どうだか。」
クレアは冷めた笑みを浮かべた。
「面白半分に人を殺傷する者の言うことなど信じられないな。」
「貴様・・・貴様に何がわかる・・!」
タウラの目に怒りが宿る。
「わかるさ。だから降伏しろ、タウラ。弟と一緒にアルカディアで暮らせ。」
「降伏だと・・。こっちに人質がいるのを忘れているのか?」
「そう言えばそうだったね・・。」
クレアは落ち着いた様子である。当然のことだ。本当は人質など取られていないのだから。
「ふざけているのか?」
「ふざけてはいないが・・・さて、どうしたものかね。何しろこっちは丸腰。拳銃を持ってる相手に、どう対応すればいいものか。」
「・・・・・・。」
タウラは懐から銃を取り出した。
「どうして銃を持ってるとわかった?」
「アルカディアに牙を剥くなら、せめて私の能力くらい調べておいたらよかったな。」
「くっ・・・」
タウラは銃口をクレアに向けた。
「やめときな。間違ってトーラに当たったらどうする?」
「・・・・・・っ!」
タウラは唇を噛んだ。
そんなことは言われなくても百も承知。だからこそ撃たないでいるのだ。
「姉さん、撃って!」
「トーラ!?」
突然のトーラの声に、タウラとルナはギョッとして彼の方を見た。
「僕は姉さんを信じてる!」
「それを妄信と言う・・」
「うるさいうるさい!」
トーラはクレアの言葉を遮った。
するとクレアの目が細くなった。
「・・ルナ、指。」
「はい。」
バキッと音がして、トーラの左手の小指が折られた。
「トーラ! ・・貴様ら、許さんぞ!」
タウラの怒りは、ますます激しくなった。凄まじい形相でクレアを睨みつけ、その手が持つ銃は寸分の狂いもなくクレアに口を向けていた。
「死ねえっ!」
タウラは引き金を引いた。
「・・・・・・。」
しかし弾が出ない。
「・・・?」
「銃があると知った時点で、ルナに弾は抜き取らせてある。」
ヘッドシーフと同じく、テレポートで銃弾を抜き取ったのだ。(正確にはアポートという。)
「くそっ・・」
タウラが悪態をついている間に、ルナは銃本体をも奪った。
「さて・・」
クレアは、ゆっくりとした手つきで、奪った銃に弾丸を装填した。
「降伏してもらおうか。」
「トーラを殺したら人質も殺すぞ!」
「できるものならな。そろそろ時間稼ぎもいいだろう。」
「何?」
「出て来い。」
クレアが合図すると、周囲からレックス、リュウ、サムが出てきた。その手にはESPリミッターが握られている。
「B3級対応のリミッターだ。お前とトーラの能力は封じた。」
「くっ・・・」
タウラは力が抜けて、がっくりと膝をついた。
「畜生、汚いぞ貴様・・・。」
「さてさて、妙なことを言うね。私と君とで、使った戦術の汚さに、それほど大きな差異があるとは思えないが・・。」
そう言いながらクレアの目が濁っていく。
「面白半分に何人も殺し、私の部下を人質に取った。そんな君たちが我々を非難するというのは・・」
「貴様に何がわかる・・!」
タウラは下を向いたまま言った。
「貴様などに・・・貴様らなどに・・・わたしとトーラの気持ちは、わからない・・・。」
「そりゃそうさ。所詮、他人だ。だが、君たちの境遇は知っている。君とトーラは・・」
「そうさ!」
タウラは顔を上げた。
「わたしとトーラは愛し合っていた! だが、周りの大人は誰ひとりとして認めてくれなかった! 何が悪い! なにがいけない! 姉弟で愛し合うことの何が悪い! この世界で・・わたしとトーラが愛し合うことが罪だというのなら、そんな世界は壊してやる!」
「しかし君たちを迫害しなかった人間まで無差別に殺したな?」
「うるさいっ! 貴様らアルカディアは何様のつもりだ・・。何の権利があって、わたしたちを裁く? 正義の味方にでもなったつもりか? 最初から何もかも持ってる奴が、偉そうなツラして意見すんじゃねえっ!」
タウラは、ぜいぜいと息をついていた。

するとレックスが一歩前に出てきた。
「・・さっきから聞いてれば、お前らこそ随分と勝手なことほざいてくれるじゃねえか。」
「何?」
タウラはレックスを睨んだ。
「結局お前らのやってることは、ただの無差別殺人じゃねえか! アルカディアから来た奴は別としても、お前らに傷つけられ殺された奴らが、お前らに何をした!」
「うるさい・・最初から何もかも持ってる貴様らなんかに・・」
「うるせえっ! お前ら、自分がやったことで何が起こるかわかってるのか・・! お前らはいいさ、“力”を持ってるからな。だがな、社会に牙を剥くだけの力すら無い人間のことを考えたことがあるのかよ! お前らが好き放題に暴れまわったことで、そいつらが“社会”からどんな目に遭うのか想像もつかねえのか!? 自分のケツも自分で拭けねえガキがナマ言ってんじゃねえっ!」
レックスは怒号をあげながら、涙を流していた。
「お前らは・・アニキに似てるんだよ・・。オレたちのような、持たざる者・・虐げられし者の代表として社会に復讐しようとした、アニキ・・ランド・フュークスと・・。」
「ランド・フュークス? “ヘッド・シーフ”か!」
タウラは驚いた顔でレックスを見た。
「大人が子供に偉そうに諭すとかじゃねえ、オレだってまだガキだ。オレはな・・お前らにそんなことやってほしくねえんだよ・・・。」
「・・・・・・。」
タウラは複雑そうな表情でレックスを見つめていた。
激昂していた気分が醒めてきたのか、俯き加減に、後悔したような表情を見せていた。
これにはレックスも驚いていた。自分の言ったことが、予想以上にタウラに動揺を与えたことで、レックスは認識を改めた。いや、元に戻した。
あらゆる意味で、まだ子供なのだ。
大人であっても、否定されれば心は荒む。子供であれば猶更だ。
“反抗期”が、超能力を持っているがゆえに、ここまでの惨事をもたらした。
それは許されることではないが、それでも怪物ではない。人の心を捨てた化物なら、むしろクレアの方が、それに近いだろうと思った。
レックスはタウラを見つめ返した。
タウラは、どんみりとした目つきで汗を流していた。
そのまま沈黙の時間が流れた。
やがてタウラは、震えるような声を絞り出して、降参した。

「・・・もっと早くに出会いたかったよ、レックス。・・わたしたちの負けだ。」

そのとき、クレアの顔色が変わった。

「ルナっ! トーラから離れろ!」
「・・!」
ルナは、すぐにクレアごと近くにテレポートした。
「あ・・・う・・・」
トーラの様子は明らかに異常だった。縛っていたロープが燃え出し、あたりの空気が急速に熱くなっていった。
凄まじい熱気で、目を開けるのも困難だった。
その中心で彼は呻きながら姉の名を呼んだ。
「タウラ・・・熱いよ・・・助けて・・」
「トーラああっ!!」
タウラは急いでトーラのもとへ駆け寄った。
「馬鹿っ! 近付くなタウラ! 焼き殺されるぞ!」
クレアは目を腕で覆いながら叫んだ。
しかしクレアの制止もタウラには届かない。タウラは炎をもろともせず、焼け崩れていくトーラを抱き締めた。
サムの“調整”(コーディネイト)も通用しない。トーラの能力は暴走したままだ。
「タウラ・・・熱いよ・・」
焼け崩れるトーラが姉を呼ぶ。
タウラはトーラを抱き締めながら、チラッとレックスを見て、すぐにトーラに向き直った。
「大丈夫よ、トーラ。何も心配いらない。わたしが付いてるから。・・・一緒に地獄へ逝きましょう・・・」
2人の唇が重なり合った。
燃え盛る業火の中で2人の姿が崩れていくのを、クレアたちは呆然と見つめていた。


- - - - - -


「どういうことだよっ!」
レックスは激昂してクレアに掴みかかった。
「何が・・。」
クレアは暗い顔でレックスを見つめ返した。
「何がじゃねえっ! 何であいつらを見殺しにした! お前の予知なら、ああなることはわかっていたはずだ・・! それなのに、お前は・・・」
「人質は奪還したし、任務も遂行した。それ以上に何を望む?」
「てめえは人間じゃねえっ!」
レックスはクレアを殴り倒した。殴った瞬間にレックスの拳がカタカタと震えた。
「やめて! クレアは怪我人なのよ!」
ルナが後ろからレックスを羽交い絞めにする。
「放せ!」
レックスの目からは涙が溢れていた。
「てめーの立てた作戦で、あいつらを死なせて・・・涙のひとつも出ねえのかよっ!」
「・・・。」
クレアはハンカチで鼻血を拭いて立ち上がった。
「そうさ。」
クレアは拳骨でレックスの顔を横から殴った。
「私は人間じゃない。」
もう一度、今度はレックスの腹を殴る。
「てめえ・・」
「ルナ、放してやれ。」
「で、でも・・」
「いいから放しな。」
ゾッとするほど冷たい目で睨まれて、ルナは仕方なく手を放した。
「来いよ、レックス。サシで勝負だ。」
「・・・・・・。」
レックスは一瞬だけ拳を緩めたが、すぐに前よりも強い力で握り直した。
「・・そう言えばオレが怯むと思ってるのか・・・?」
レックスは本気の打撃でクレアを殴り飛ばした。
血が飛ぶ。
「そんなものか?」
クレアは笑いながら血ヘドを吐いて立ち上がる。そのままレックスに殴りかかる。
ルナもリュウもサムも、止められない。
クレアとレックスの殴り合いは、しばらく続いた。

「べっ!」
クレアが口の中に溜まった血を吐き出した。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
「気は済んだか、レックス。」
「誰が・・! てめーが女でなかったら殺してるところだ・・・。」
「そうか。女に生まれたことで生き延びられたのは、これで二度目だ。」
「・・・。・・で?」
「何だ。」
「言い訳を聞いといてやる。どんな理由があったところで許さねえが、それでも聞きたい。どうしてトーラとタウラを見殺しにした。」
「・・・実はね、レックス。トーラのパイロキネシスが暴走することは、私の予知には無かったことなんだ。」
「はあ?」

トーラの出力はB3級で、レックスの能力で倍になっていても、ESPリミッターで完全に封じることが出来るはずだった。サムの“調整”(コーディネイト)も含め、暴走の危険性など無かったはずだった。
何よりクレアの予知では、トーラとタウラをアルカディアに移送するところまで見えていた。その後2人が幸せに暮らせるようにする手はずも整えていたのだ。

「見殺しにする予定なんて、からっきし無かったよ・・。」
「クレア、お前の予知は何で狂った? そんな簡単に狂うようなものなのか? 違うだろ! そんなもんに、サムが、ルナが、リュウが、絶対の信頼を置くもんかよ! あの薄汚い部屋でタウラに屈辱を味合わされて、オレは心が折れそうになった。だが、サムもリュウも、苦しそうだったが必ず助かることを確信していた。確信なんてもんじゃねえ、それが1足す1は2になるくらい当たり前だと思ってる顔だった。何故だ!」
「それがわかれば苦労はしない。お前の言った通り、神化系能力の統制化にある私の予知能力は、決して狂わない。誰かの干渉が無い限りはな。」
「干渉、したってのか? 誰が!」
「どっちにしろ、2人が死んだのは私の責任だ。お前に痛めつけられたくらいで償いになるとは思えないが。」
「・・・・・・。」
レックスはクレアを殴った拳を見つめて、猛烈な後悔に襲われた。
手が震える。
「私を殴ったことを後悔してるのか?」
「ったりめーだろ・・・。女を殴るなんて、サイテーだ・・・。」
「そんなこと言うな。気晴らしだと思って、好きに殴れ。まだランドの死のショックだって抜けきっていないのだろう。お前のストレス解消の為なら、命以外は喜んで差し出すわ。」
「てめーはマゾかよ・・。」
「レックス限定ならね。」
「・・・・・・。」

笑いも無い。
喜びも無い。
大きな後味の悪さが、しばらく沈黙を作り出していた。




   第十二話   完

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
□□□□□□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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「千里」 第十二話 トーラとタウラ 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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