佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十五話 真夜中の支配者

<<   作成日時 : 2016/05/02 00:40   >>

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ルーマニアのトランシルバニア。
クレア、レックス、サム、リュウは、とる農村にいた。半月ほど前に携わった吸血鬼事件のアフターケアとして、クレアとサムが泊まり込んでいる為だ。
手足が収縮する奇病に罹っていた少女ラルフィナ・エリアーデは、今では殆ど元通りになっていた。徐々に歩行訓練も行っている。
元“吸血鬼”ストリー・ゴイツは、ラルフィナとエネルギーシンクロ状態にあるので、同じく治療を受けている。
もう少しで治療も終わろうかという、このときになって、死の影がこの町を襲うことになる。ただひとりそれを予知したクレアは、忌々しそうに舌打ちした。
「ち・・・。」

異変は何の前触れも無く起こった。
エリアーデ家から僅か数十メートル離れた家に、死が訪れた。ある朝、村の郵便配達人が、おぞましい死体を見つけた。若い夫婦と、その息子2人が、腹から内臓を飛び散らせて死んでいたのだ。後でわかったことだが、脳髄も吹っ飛んでいた。
この事件はすぐに村中に知れ渡り、警察もやって来た。のどかな村は瞬く間に戦慄に包まれた。
「あの殺し方・・・例のエスパーですか?」
サムがクレアに訊いた。
「そうよ。」
クレアは右手で頭を抱えながら言った。
「それでは、今すぐラルフィナさんたちをアルカディア本部に・・」
「残りの村人を見捨ててか?」
「それは・・」
「ストリー・ゴイツには戦力として動いてもらう。ラルフィナだけを本部に連れて行くわけにはいかない。」
「そうですね・・。」
「どこかで決着をつけねばならん相手だ。その条件が整った。」
「では、本部から部隊を?」
「そうだ。予知した時点で連絡してある。間に合わなかったがな。」
犠牲者が出た以上、間に合ったとは言えない。それがクレアの、そして月組の感覚だ。
クレアは黙り込んでから、一言だけ言った。
「・・・死ぬなよ。」
「仰せのままに。」

アルカディアのブラックリストに載ったエスパーは、その能力と人格の危険度などによって6段階に分かれている。かつて対決した“ヘッドシーフ”は準2級。トーラとタウラは最低ランクの3級だ。
「今回対決するエスパーは、“バーニシャル・エルダ”。ブラックリストの2級だ。レックスの能力で強化されたヘッドシーフ以上の脅威と見ていい。」
「オレはいない方がいいんじゃねえのか?」
「いや、レックスにはいてもらう。こちらのパワーアップのメリットが大きい。バーニシャル・エルダは、能力の性質上、あまり出力が関係ない。」
「どんな能力なんだ?」
「A級サイコキノ・・・。ただし、目に映った生物しか破壊できない。レックスの能力で強化されてようがいまいが、我々はA級サイコキネシスに対する防御手段など持ち合わせていない。特にバーニシャル・エルダのような、集中型の能力にはな。」
「逆にESPリミッターも役に立たないというのが辛いところだ。現在の技術ではA級を完全に封じることは出来ない。BC級の出力でも、バーニシャル・エルダの能力で脳を潰されるのだよ。」
サムがそう言って溜息をついた。
「おっそろしい相手だな。」
「しかし生物限定というのが、こちらの有利でね。建物は破壊できないから、基本的には家の中に閉じこもっていればいい。外で戦うのは、高速戦闘が可能なリュウとゴイツだ。いいな・・・。」
クレアはリュウとゴイツを見た。
2人は小さく頷いた。

それから程なくして、アルカディアから砕組第十分隊の8名が到着した。彼らは夜間戦闘のエキスパートである。
「久しぶりね、ウロイ。」
「勘弁してくださいよー。前の任務が終わって休暇を取ろうとしていた矢先に・・。」
30代後半の、鼻眼鏡をかけた男が言った。
痩身で、さほど背も高くなく、見掛けは強そうに見えないが、彼こそが第十分隊の長、ウロイ・ディムニスである。
「しかも相手は“バーニシャル・エルダ”でしょ。もうホント勘弁してくださいよー。」
「お前は家の中にいればいいんだから安全だろう。部下の方が危ないくらいだ。」
「安全ったって、サイコキネシスでは壊せないってだけでしょー。普通に扉とか窓とか壊して入ってくることは出来るんですから。超能力者だって超能力だけ使うわけじゃないんですからぁ。あー、もうホント勘弁してくださいよー。」
「安心しろ、お前は死なないから。」
「ホントですかー?」
ウロイは疑わしそうにクレアを見た。
「死亡率0パーセントが月組の誇りだ。」
「僕は砕組ですよ・・・。15年前、砕組のメンバーがどれだけ“バーニシャル・エルダ”に殺されたか、千里眼で知ってるはずでしょう? その頃はクレアさんは最高幹部じゃなかったですけどね。」
「ごちゃごちゃうるさいな。今ここで死ぬか?」
クレアがウロイを睨んだ。
「ひいいー、勘弁してくださいよー。脅しっこなしですよぉ。」
「・・・・・・。休暇も有給で、ボーナスも出すからさ。」
「え、ホントに?」
ウロイの目が輝く。
「アルカディア最高幹部の名にかけて約束しよう。」
「やっほーい。もちろん部下にもですよね?」
「当然よ。」

その頃、ラルフィナはゴイツと一緒に買い物に出かけていた。
(うーむ、わたしはそんなに信用されているのだろうか。)
ラルフィナの母はいない。
不可抗力とはいえ、女性を襲ったような男を娘と一緒にさせるなど、母親としての感覚ではないと思った。
(いや、お目付け役がいるからかな。)
2人の超能力を安定させる為に、サム・バロンが側についている。2人っきりというわけではないのだ。
ゴイツはラルフィナに目を戻すと、彼女はハツラツとした顔で品物を選んでいて、警戒している様子は無い。
半月前まではガリガリに痩せて餓鬼のようだったラルフィナも、今ではすっかり肉付きも良くなって、純朴な雰囲気と顔立ち、体つきを取り戻していた。
ゴイツはラルフィナが愛おしかった。それが父性なのか恋愛感情なのかは判断がつきかねていた。
一方のラルフィナは、警戒はしてないが緊張はしていた。
(おっ母あ・・・ドキドキするだよ・・・。ゴイツさんて、素敵だなべや・・・。)


- - - - - -


夜になり、皆の緊張も否応なしに高まる。
やって来る。バーニシャル・エルダが夜と共に。
ラルフィナは母と寝室に籠もり、サムが側につく。クレア、レックス、ウロイは家の中。リュウとゴイツ、そして砕組第十分隊の7人が、外で待機している。リュウとゴイツは家のすぐ側、他の7人は家の近くの物陰に隠れている。

「うろおおおーい!」
家の中では、ウロイが鼻眼鏡を外して雄叫びをあげていた。
「うわっ!?」
レックスはビックリして仰け反った。
「うろおおおおォォォいィ!」
「ああ、言ってなかったな。ウロイは夜になると、ちょっと人が変わるんだ。」
「ちょっとどころじゃねえだろ・・。多重人格か?」
「それほど大袈裟なものでもない。ただの戦闘モードだ。」
「うろおい! クレアの言う通りだ! 俺様は常に俺様だ! 変わりない、揺るぎない、ただひとつの俺!」
「ウロイはB2級サイコキノ。昼間ならば、偶数の分隊長の中で最も弱いが、夜は最強だ。」
「うろおい! 俺様は夜の支配者! 夜の闇が漂う領域ならば、いつでもどこへでも攻撃できるのだあっ! うろおおい!」
「だからこそ第十分隊は夜間戦闘に特化したメンバーが集められている。夜の第十分隊は、ウロイ本人と同じく、砕組の全分隊の中で最強戦力を誇る。」
「うろおい! バーニシャル・エルダが何ぼのもんじゃい、もんじゃ焼き! 夜の支配者は、この俺様じゃーハッハッハー! うろおおォォい!」
これではバーニシャル・エルダが来襲前に疲れてしまうのではないかと、レックスは少し心配になった。
しかし疲れるどころか、ますますウロイは元気になるのだった。
「うろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろい!」

外ではリュウが寒さに震えていた。何しろ冬のルーマニアである。カイロを10個仕込んでいても、まだ寒い。
全身鳥肌を立てて立ち竦むリュウを、ゴイツが後ろから優しく抱き締めた。
「ゴイツさん・・。」
「大丈夫かい。バーニシャル・エルダと戦う前に倒れたら元も子もないからね。」
ゴイツは自分の生命エネルギーを他者に分け与えることが出来る。ラルフィナの能力の一部であり、サムの調整によって彼も微弱ながら使えるようになっていた。
「・・・ありがとうございます。」
リュウは目を瞑りながら礼を述べた。
男に抱き締められるのは久しぶりだった。
リュウの父親は、リュウが生まれる前にこの世を去っている。ルナとは会う度に抱き合っているし、たまにはクレアに抱き締めてもらうこともあるが、幼い頃にサムに子守をしてもらった記憶を除いて、男に抱き締められた記憶はない。
決して不満があるわけではないが、女の感触と男の感触は違う。違うのだ。
(あったかい・・。)
もしも自分の父親が生きていたら、こんな感じだったのだろうかと、リュウは勝手に想像した。顔も名前も知らない父親だが、ゴイツのような男だったらと希望し、そして切なくなった。


午前2時を過ぎる頃、それは現れた。
背の低い、皺だらけの・・・いや、むしろ皺のみで覆われていると形容するのが正しい、老婆。
服なのかどうかもよくわからないほど朽ちた布キレを身に纏い、邪悪な瞳を金色に輝かせて、音も無く歩いてきた。
視野に存在する生物をバラバラにしてしまう、A2級サイコキネシス。また、自分の体を強化するなりして素早く動くことも出来るという。
「来たぞ・・。」
ゴイツは息を呑んで呟き、リュウと分かれて物陰に隠れた。
それぞれ、“吸血鬼”の生命エネルギー感知能力と、クレアとのテレパシーで、死角からでも相手の位置がわかる。

家の中では、ウロイが叫ぶのをやめていた。
「ついに来たか・・。」
レックスは、ごくりと唾を飲み込んだ。
能力の危険度だけならば、バーニシャル・エルダよりもヘッドシーフの方が上かもしれない。しかし、歪んではいても自分なりの信念を持って行動し、少なくとも理性を残していたヘッドシーフと違って、バーニシャル・エルダは理性を失った快楽殺人鬼である。
狂ってるとは、こういうことなのだと、クレアからの説明で寒気と共に理解した。いや、理解したわけではない。バーニシャル・エルダの所業は、レックスの理解を超えていた。
「2級といっても、だいぶ弱体化はしている。体が内臓ごと腐りかけていて、脳髄もシンナー吸ったみたいに溶けてきている。放っておいても長くはないが・・・その間に4桁の人間が殺される。」
クレアは、バーニシャル・エルダの過去を語ってくれた。
それは痛ましい内容だった。
「元は、善良な老婆だったんだ。息子夫婦の忘れ形見を、殺されるまではな。」
「誰に殺されたんだ?」
「同級生だ。そいつらは大した罪にも問われず、今は子供や孫とよろしくやっている。」
「どういうことだよ。」
レックスは思わず身を乗り出した。
「忘れたわけじゃあるまい、お前も味わった不平等だ。」
「・・・! なるほどな!」
思わず拳を握ってしまう。
「加害者が子供で、被害者も自殺で、加害者の親に地元の名士がいたりすると、こういうことは珍しくない。バーニシャル・エルダの孫が自殺に追い込まれた1928年でも、今でもな。」
クレアは壁を見た。その向こうにバーニシャル・エルダがいるのだろう。
「たったひとりの家族を殺され、気が狂って超能力に目覚めた。それから関係ない人々を殺し続けて40年・・・・。殺すことが喜びになってからは33年。その間に何万人も犠牲になった。本人の為にも、ここで引導を渡してくれるわ!」
ここまでクレアが激昂するのは珍しいことだった。
レックスは全身に震えが走り、思わずしゃっくりをした。
息を呑みながら目を大きくしてクレアを見つめると、クレアは壁を、壁の向こうを見ながら目を鋭くしていた。

「ばあにしゃるしゃる・ばあにしゃる♪夜道を・のろのろ歩いてく♪全ては愛しい孫の為・・・」
不気味に歌い上げながら、ウロイは目を細く鋭くして念力を集中していた。
「ウロイ、12度47分13秒の方角に97フィート7インチ。」
「うろい!」
クレアの指示で、バーニシャル・エルダに先制攻撃を行う。たとえサイコキネシスの鎧があれど、体のバランスを崩すには十分だ。

外でエルダがひっくり返ったところを、第十分隊のメンバーが波状攻撃を仕掛ける。
「げェエエエエ!」
そこへリュウが背後から黒い布をエルダの顔に巻きつけようとする。
更にゴイツが真正面から顎を蹴り上げる。
(食らえっ!)
しかし、その攻撃は空を切った。
「!?」
(しまった!)
一瞬、その場にいた誰もがエルダの姿を見失った。散開が後0.5秒遅れていたら皆殺しにされていた。

「ゲフッ!」
離れた場所でエルダの声がした。再びウロイの攻撃が命中したのだ。
「げえっ、げえっ、げえっ・・・」
しわがれた声でエルダは笑っていた。
(今の一瞬で、あんな遠くまで・・!)
ゴイツは冷汗を流した。戦う前は、これだけの戦力があれば十分だと思っていた。しかし、実際に相対しての感触は、説明を受けたときとは全く違っていた。
(第一、痛みを感じているのか・・?)
体が腐りかけているせいで、痛覚もはたらかなくなっているのかもしれない。

「104度18分30秒、53フィート9インチ・・・アタック!」
家の中にいるウロイは、外の様子がわからない。夜間の範囲全てに攻撃できるとはいえ、そこの様子がわかるわけではない。多少は手探り的に透視めいたことも出来るが、クレアの千里眼には及ぶべくはない。
特に、素早く動くエルダに攻撃を当てるには、クレアの能力なしには不可能だった。

「げえっ、げえっ、げえっ・・・」
ダメージがあるのか無いのか、エルダは不気味に笑っていた。
元々腐りかけた体だ、ダメージなど気にも留めない。あちこち皮膚が破れて、酷い臭いの血がダラダラと流れ出す。あちこちにポトポトと落ちた血が、ムッとするような臭気を放っている。
「げえっ、げえっ・・」
次の瞬間、エルダの姿が音も無く消えた。
(!?)
(どこへ・・!?)
リュウ、ゴイツ、第十分隊、全て動けない。相手の居場所がわからないのに動くことは死に繋がる。視界に入っただけで内臓を散らされる。
しかし、それが出遅れになった。
「ばばばばばばば!」
エルダが窓をぶち破って寝室へ侵入してきた。
「!?」
「キャアアアアッ!?」
「ばばばばばばばば!」
エルダは叫びながら、あっという間にラルフィナを連れ去ってしまった。

すぐにクレアとレックスが寝室へ雪崩れ込んだ。
「ら、ラルフィナが・・・ラルフィナが・・・!」
ラルフィナの母は腰が抜けて、うわ言のように娘の名を繰り返していた。
「おい、クレア! このことは予知してなかったのかよ!」
「もちろん予知していたさ・・。」
クレアは動揺している素振りはない。
寝室に漂う臭気に鼻と口を押さえている。
「うぷ・・・。凄い臭いだ。」
クレアは死んだ祖母を思い出していた。彼女も死ぬ間際には独特の死臭を放っていたが、この臭いはそれを何十倍にも何百倍にもしたような、耐え難いものだった。
飛び散った血、バーニシャル・エルダの血は、腐っていた。
「トンチンカンなこと言ってる場合か!」
流石にスラム育ちのレックスは、この程度の臭いは慣れているらしい。
「心配しなくてもラルフィナは無事だ。それよりサムの手当てが先。」
「!」
レックスはサムを見てギョッとした。彼の左手が消え去っていて、鮮血が溢れ出していた。それに気付かないほど気が動転していたのだ。
「だ、大丈夫か!?」
「心配するな。その程度でサムは死なん。」
サムに駆け寄るレックスの後ろから、クレアが冷静な声で言う。
「てめー、何でそんな冷静なんだよ!」
「レックスが変に焦ってるから、否応なしに落ち着いてしまうんだろうが。」
クレアは片目を細めた。
確かにレックスが焦るのも無理はない。バーニシャル・エルダの能力を考えれば、これでも落ち着いている方だ。
「てめーは・・!」
「落ち着けって。」
そう言ってクレアは、レックスの唇を奪った。
「んなっ!?」
レックスはすかさず後ろへ飛び退いて、唇を手で覆った。
「な、なななな、何・・・・」
腰が抜けた。レックスは真っ赤になって、へなへなと座り込んでしまった。
クレアはサムに肩を貸して、台所へ連れて行った。
「クレアさん・・顔真っ赤ですよ。」
サムが小声で呟く。
「うるさいな。怪我人があまり喋るものじゃない。」

数十秒ほど遡って、外。
(今の物音は!)
ガシャーンという音は、ガラスの割れた音に違いない。
そして目の前を、エルダがラルフィナを抱えて走っていくのが見えた。
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「ラルフィナあっ!?」
ゴイツの頭は真っ白になった。エルダの恐ろしい能力のことも忘れ、全力で空を飛んで追いかけた。
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
物凄い速さで老婆が走る。
その後をゴイツが追いかける。
「待ちやがれえ、バーニシャル・エルダっ!」
「ばばっ!」
エルダがぐるりと振り向いた。
「うっ!」
ゴイツは素早くエルダの死角へ移動した。
(危なかった・・。)
ゴイツは少し冷静さを取り戻すと同時に、エルダの能力を思い出して寒気がした。
(くっ・・・ええい、忘れろ! 恐怖よ、去れ!)
ゴイツはエルダの死角を意識しながら追いかけた。追いつくだけならすぐにでも出来そうだったが、下手に近付くと後ろに回られてしまうかもしれない。あの独特の歩法は見切れていない。
幸いにもラルフィナを殺す気は無いようなので、一刻も早く助けたい気持ちを抑えつつ、つかず離れず追いかけた。

その頃ウロイ・ディムニスは遥か後方を疾走していた。
「うろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
(まったく・・・べらぼうに速いでやんの・・!)
「うろおい! 夜の支配者はこの俺様じゃあ! 待ちやがれ! 俺様hurry up!」
しかし、既にエルダとゴイツの姿は見えなくなっていた。
「ぬぐう・・!」
ウロイの出力はB2級であり、それは夜になっても同じことだ。テンションが高まることと攻撃可能範囲がとんでもなく広くなるだけで、出力そのものが増大するわけではない。1分もしないうちにゴイツたちとは何百メートルも引き離された。
「うろおい! こん畜生め!」
それでも彼は走り続けた。ゴイツ1人だけでは荷が重い相手だ。ゴイツとエルダが戦いになれば追いつけるかもしれないし、ここで急がないわけにはいかなかった。
「死なせやしない♪死なせやしない♪ここが、腕の、見せ所、っと!」

同じ頃、レックスは何とか立ち直ってクレアに食ってかかっていた。
「おい、何でリュウのテレポートを使わねえ?」
「・・相手は時速100キロ以上で走ってるんだ。テレポートしたところで、すぐに引き離される。」
「何言ってやがる。進行方向を予知して先回りすればいいだろが。」
「・・・バーニシャル・エルダの正面にか?」
「あ・・・。」
クレアに呆れた顔で言われて、レックスは赤くなった。
視角範囲の生物をバラバラにするA2級サイコキネシス。正面に回るのは危険性が大きい。
「愚策ではないが、リュウの攻撃は近接攻撃に限られるからな。ラルフィナが人質に取られてる今、それはやりたくない。」
「そ、それならよ、ウロイの能力で攻撃すりゃ良かったんじゃ・・」
「ラルフィナごとか?」
「ああ・・・。」
恥の上塗り。レックスは顔に手を当てて壁にもたれかかった。
「畜生。」
ウロイの座標攻撃でエルダにダメージを与えようと思えば、抱えられているラルフィナにもダメージを与えてしまう。
「それも愚策ではない。なんたって命が最優先だ。ダメージを与えてでも助けるべきというのは正しい。例の能力もあって、ラルフィナはB級程度のサイコキネシス攻撃に耐えられないということはないしな。だが、今のラルフィナにそれほどのダメージを与えたら、また能力が暴走する。」
「そうですね・・・。」
「ああ・・・。」
サムやレックスとしても、女の子にダメージを与えることに対しては生理的に拒否感がある。特にレックスは。
「心配するな。何の為にレックスを呼んだと思っている。サムの能力と合わせて考えてみろ。ゴイツは、エルダに勝てる。」
クレアは、そう言うと外に出て行った。
「お、おい。」
「夜風に当たりに行くだけよ。」


走って走って走り続け、バーニシャル・エルダの速度も段々と落ちてきた。何しろ、マラソンの何倍もの距離を走り続けたのだ。
「ばあっ、ばあっ、ばあっ・・・」
バーニシャル・エルダは流石に疲れていた。
「はあっ、はあっ・・・」
追う方のゴイツも疲れている。
それから程なくして、エルダの足取りが急激に遅くなった。彼女はラルフィナを近くに置くと、ゴイツめがけて舞い戻った。
「くっ!」
エルダの視野に入ってはいけない。
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
エルダは先程疲れを見せたのが嘘のように、俊敏な動きでゴイツに迫った。
ゴイツも必死でかわし続けるが、動きを完全に読みきれない。
そして。
ボシュッと音がして、ゴイツの右足首が吹き飛んだ。
「ぐああああっ!?」
ゴイツは体勢を崩して地面に転がった。
「くそっ!」
地べたを這ってる場合ではない。すぐさま高速移動でその場を離れる。
出血はヒーリングで抑えた。空を飛べるゴイツは、足首が吹っ飛んでもまだ動ける。
(ラルフィナ、必ず助ける!)
しかし、動けるといっても体のバランスを崩していることには違いない。完全な体でもかわし切れなかった相手だ。
しかも悪いことに、エルダは疲れている様子が無い。
そして何より、疲労と負傷を回復する為に、ラルフィナから生命エネルギーが急速に流れ込んでいた。そのことに気付いたゴイツは青くなった。
(このままではラルフィナが・・・。)
ゴイツは足を止めた。
「ば?」
(このままわたしが戦い続けたら、ラルフィナは死んでしまう。わたしが死ねば・・。バーニシャル・エルダは、ラルフィナを殺そうとしなかった。ならば、わたしは・・)
エルダはゴイツの動きが止まったのを感じ取って、ニヤリと笑った。
「死ィねェッ!」
エルダの瞳がギラリと光る。
その瞬間であった。
「やめてえっ!」
ラルフィナがゴイツを庇うようにして飛び出してきた。
「!?」
その瞬間、血飛沫が舞い上がった。
「ぎいあああ・・・!」
エルダの眼球が弾け飛んで、腐った血が空に舞い上がった。
「「!?」」
ラルフィナとゴイツは死を覚悟していただけに、この状況に気持ちがついていけなかった。
「ばああああ・・・・!」
よく見てみると、エルダの腹は破れていて、内臓が溢れ出していた。あちこち皮膚も欠損し、生きてるのが不思議なくらいの状態だった。
「ゾンビ・・・。」
ラルフィナが呟いたのが耳に入り、ゴイツはハッと我に返った。すぐさまラルフィナを抱きかかえて、物陰に高速移動した。
生命エネルギー探知能力で様子を窺っていると、エルダはふっと姿を消した。
「!?」
ゴイツはラルフィナをぐっと抱き締めた。
(どこから来る・・・?)
ゴイツはエルダを警戒していたが、ラルフィナはそれと同時に男の腕に抱かれて鼓動が高鳴っていた。
(ああ・・・心臓が凄く鳴ってるだ・・・。熱い・・・このまま死んぢまうかも・・。)


ゴイツとラルフィナは、二度とバーニシャル・エルダと遭うことはなかった。
よたよたと、それでも相当の速さを出していたが、バーニシャル・エルダは東へ向かっていた。
破れた腹から溢れ出した内臓が、ぶちっとちぎれて地面へ落ちる。あちこち欠けた肉が、腐った血と共に落ちていく。破裂した眼球は血で染まっていた。
「ばあああ・・・・・・・・」
夜明けが近付いていた。夜の闇が次第に薄くなり、太陽の光が空を徐々に明るくしていく。
それと共に、エルダに昔の記憶が一瞬だけ蘇る。
腐りかけた脳で、狂ってしまう前の記憶が戻るなど、通常では考えられない。だから通常ではないのだ。
「あおあああ・・・・・・・・」
可愛い可愛い孫娘。
なぜ殺されなければならなかった。
記憶が戻り、悲しみに包まれた彼女の体が崩れ去っていく。今までサイコキネシスで形を保っていた彼女の肉体が急速に崩れていく。
それに伴って、記憶も感情も曖昧となり、僅かに残る感覚だけがあった。
今しがた、この手に孫を抱いていた気がした。
(い、生きていた?)
あれは悪い夢だったのか。
壊れた眼に景色は映らず、孫の笑顔が浮かんでいた。彼女は男の腕に抱かれて幸せそうに笑っていた。
「お、おお、おおおお・・・・・・・・」
そこへ太陽よりも明るく輝く炎が向かってきた。
炎は一瞬でエルダを焼き尽くした。
その肉の一片、血の一滴までも焼き尽くした。
後には骨も残らなかった。アルカディアのブラックリスト第2級のエスパー“バーニシャル・エルダ”は、こうしてこの世から永久に消え去ったのである。

「言われた通りの方角、言われた通りの時刻に、火炎弾を放ちましたが、あれで命中しましたかね。」
アルカディアの“炎帝”デュース・ディーバーの声が、無線でクレアの耳に届いた。
「ええ、ばっちりよ。バーニシャル・エルダは消滅した。感謝するわ。」
(安らかに眠れ、バーニシャル・エルダ。)
通信を切ると、クレアはコーヒーを飲んだ。
「うん・・・怪物退治の朝はコーヒーに限る。」
「お前はいつでも朝はコーヒー飲んでんじゃねえかよ。」
「特別に深入りにした豆なんだよ。祝杯には相応しかろう?」
「祝杯ねえ・・。結局オレは役に立ったのやら。」
レックスが首をかしげる。
「もちろんレックスは大いに役に立った。お前のアンプリファイアは周囲のエスパーの出力を強制的に引き上げる。バーニシャル・エルダは出力が2倍になった自身のサイコキネシスが過度な付加になり、体の崩壊を早めたのさ。それと、サムのコーディネイト能力。あれは調整の仕方を幾つか選択できて、そのエスパーに合わない調整をすることで調子を狂わせる裏技もある。」
「裏技という程のものではないんですけれどもね。奴が侵入してきたとき、攻撃を受けたタイミングで“調整”しました。腐りかけた体を維持するには、ぼんやりとした能力の使い方をしなければならないですが、それを杓子定規な方向へ導きました。それでも、あそこまで戦えたバーニシャル・エルダは、敵ながら大したものですよ。」
「そうだな。ウロイの攻撃もギリギリ間に合ったわけだし、予知してなければ危なっかしくてとても使えん作戦だ。」
そう言ってクレアはコーヒーに口をつけて、少し啜った。
「殺しの派手さが印象的だが、予知能力者の私から見れば、バーニシャル・エルダの最も厄介な点は、常時発動のサイコキネシスの方なんだよ。あれによる力場が強固な間は、奇襲も通用しない。レックスの能力で崩壊を早めさせ、サムの能力で不調整をして、レックスの能力圏外に移動して1時間以上、ようやくウロイの攻撃で眼球を潰せるまでになった。敬服するよ、ウロイにも、エルダにもな。」

「それでよ、ゴイツたちを迎えに行かなくていいのか?」
「野暮はよしときな。」
クレアはコーヒーを飲みながらレックスの問いに答えた。
「え、あの2人って、そんな関係?」
「そうだけど。」
「・・・。」
当然のように言われると、自分が鈍いと言われてるようで、レックスは落ち着かなかった。
「いや、しかしなあ・・・ラルフィナは16で、ゴイツは33だろ。ちょっと歳が離れすぎじゃねえかな。恋人というよりか、親子・・。」
「いやいや、私とレックスも10歳離れてるわけだし。」
「10の差と17の差じゃ、だいぶ意味が違う・・・・・・何でオレとお前の話が出てくる?」
「・・・・・・。」
クレアは答えずにコーヒーを飲む。
「・・・・。ともかく、17の差は・・。いや、それよりも年齢比の問題というかさぁ・・」
「私とレックスは1.6倍。ラルフィナとゴイツは2倍か。」
「だから何でオレとお前の話が出てくるんだよ。」
「・・・・・・。」
またしてもクレアはコーヒーを飲んで、答えない。
「いやまあ別に、好き同士なら反対しねえけどな。ちょっとびっくりしたもんで、変にムキになっちまった。」
「本当は年齢じゃなくて嫉妬だろ?」
「あ?」
レックスは片眉を細めてクレアを見た。
「オレは別にラルフィナに惚れてるわけじゃねえ。何言ってんだ。」
「違う、違う、そうじゃないだろう、レックス。ストリー・ゴイツに初めて会ったとき、ランドのようだと思わなかったか。」
「!」
レックスはギョッとして、そしてクレアを睨みつけた。
「・・オレがアニキにゴイツを重ね合わせて、ラルフィナに嫉妬してると言いてえのかよ。」
「そう言ってるわけだが。」
「てめえ・・・。・・チッ、ガキ臭え感傷と嗤いたきゃ嗤えよ。」
「誰が嗤うかよ。」
クレアはコーヒーカップを置いて、やや乱暴な口調でレックスを見つめた。
見たこともない暗い顔だった。レックスは心に痛みを覚えた。
「私がお前を嗤う? 私はテレパシストだぞ・・・。お前の心が私より上等なことは、この世の誰よりも理解している。嗤うとしたら・・・お前の健全な感情に私の下劣な過去を重ね合わせた意地汚さを嘲笑うわ。」
クレアの声は、目つきと同じように濁っていた。
(お兄様の心を蝕むのをわかっていて・・・それでもお兄様と離れたくなくて・・・側にいるように画策した。まったく、呆れた幼稚さだ。そんなことをして、どうにかなるわけでもないのにな。)
「クレア・・。コーヒーで酔ったか?」
「ははは、そうかもしれない。」
いつもにも増して濁った瞳のクレアを見ていると、レックスは心が落ち着かなかった。
「辛気臭い話はお終いにしよう。みんなで祝杯だ。リュウ、ウロイを連れてこい。」
「はい。」
リュウはテレポートした。
そこへラルフィナの母がやって来た。
「あのー、ラルフィナは本当に大丈夫なんでしょうか・・。」
「全く心配いらない。・・・親なら別の意味で心配かもしれないけどね。」
「あら、ゴイツさんならラルフィナの相手として大歓迎ですわよ。」
「それなら、怪物退治じゃなくて結婚の前祝だな。」


その頃、ウロイは疲れ果てて歩いていた。
「あ〜・・・・う〜・・・・。」
もはや夜ではない。勢いも無くなってきている。
しかし、自分の攻撃がバーニシャル・エルダに命中したかどうか、その結果を確かめずにはいられない。無線で連絡を受けたときに注文通りの攻撃を行ったが、座標攻撃の悲しさ、当たっていても手ごたえが感じられない。
(もうそろそろ追いついてもよさそうなのにな・・・。)
疲労で意識が朦朧としかかっていたが、小鳥のさえずりによって何とか眠気を振り払った。
更に歩き続けると、人影が見えた。
「・・・。」
(あれは・・。)
もう少し近付いてみて、その人影の正体がわかり、ウロイはそそくさと物陰に身を隠した。
(野暮だよね、野暮。)

ゴイツが地面に座っていた。
彼はラルフィナを抱きかかえて、唇を重ねていた。
朝日が2人を照らしていた。




   第十五話   了

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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