佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十七話 魔犬再来 (T)

<<   作成日時 : 2016/05/02 00:55   >>

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1970年、夏。
アルカディア重幹部フィリップ・ケストナーの引退による混乱その他も概ね落ち着き、組織は順調に回っていた。
北米のクレアの事務所では、所長が不在な中、サムとレックスが留守を預かっていた。
「客、来ねーなあ・・。」
レックスがぽつりと呟いた。
ここ1ヶ月、事務所への依頼者は無い。
「今来ても困るが。」
「ハハハ・・・。」
サムの言葉に、レックスは力なく笑った。
クレアあっての事務所だ。クレアがいない今、出来ることは少ない。溜まっていた書類整理なども片付けてしまい、このところ夏休みのような状態だった。
定額の給料は約束されているが、働きもせずにカネを貰うということが、レックスは気持ち悪かった。
(別の仕事でも見つけるか?)
しかし、いつでも辞められる身で副業を行うのは気が咎めた。
(つくづくオレって恵まれてるな。)
特に嫌な気分ではないが、あまり嬉しくもなかった。
「自分が恵まれてることを喜ぶには、世界中の人々が恵まれてないといけねえんだよな・・。」
「どうしたレックス。急にスケールが大きいこと言って。」
「いや、世の中は不公平すぎるって話。」
「そうだろうな。それを是正していくのもアルカディアの仕事だ。」
「しっかしなー、こうしてると世の中を変える役に立ってる気がしねえ。」
「ぼやくな、ぼやくな。じきに忙しくなるとクレア隊長から連絡があった。」
「おお・・・って、何で黙ってたんだよ。」
「聞かれなかったからな。」
サムは笑顔で言った。
「・・・あんた、クレアに似てきてないか?」
「レックスも自分では気付いてないかもしれないが、クレアさんと似てきている。」
「え、どこが?」
「自分では気付かないものだ。一緒にいる人間は、互いに影響し合うものだよ。」
「オレもクレアやサムに影響を与えてんのかな・・。」
「もちろん。」
「やべえなぁ。オレの悪いとこが移ったらどうしよ。」
「ははは、そう短絡的なものではない。影響というのは何が作用するかわからないものだ。10年前に親切にした人に10年後に助けられるかもしれない。10年前の恨みが10年後に芽吹くかもしれない・・・。」
それを聞いて、レックスは以前から考えていたことを意識に浮かべた。
予知能力なら、それがわかる。何が作用するか、不完全にでもわかる。本来わかりえないことまでわかる。
それは危機回避、取り返しのつかない悲劇を回避することも出来るが―――
「何を考えてるかわかるぞ、レックス。」
「おぅ?」
レックスが振り向くと、サムは難しい顔をしていた。
「予知能力の存在を知っていれば、誰でも考えることだ。ましてクレアさんほどの強大な能力者であれば必然だ。例えば・・・将来で取り返しのつかないことを起こす者を、赤子のうちに始末することが考えられるだろう。」
「それをやらねえのは何でだ? アルカディアには、それだけの力はあるんだろう?」
非難ではなく疑問。恐怖から来る疑問。
レックスの言う通り、アルカディアの戦力を以ってすれば、それは可能だ。
「お前の方がわかってるはずだ。お前は既にわかってるはずだ。そうだな、例えば・・・人が善人か悪人か見抜ける超能力を持っていたら、お前ならどうする?」
「そもそも善悪って、そう割り切れるもなのかよ?」
レックスは即座に答えた。
「そう、それが理由の1つ目だ。」
サムは頷きながら言った。
「善悪は割り切りにくいだけでなく、流動するものでもある。予知にしろ善悪判断にしろ、善人だと言うことで善良さが増すこともあるし、悪だと非難することで悪辣さを増すこともある。特に、超能力による予言や宣告は絶大だ。超能力の恐ろしさは、能力そのものよりも、それが人の意識に与える影響の方が恐ろしいのさ。」
「まあ、どうにもならねえクズも確実に存在するけどな。」
「それも事実だ。だから善悪判断の超能力なら、まだ理がある。しかし、生まれつき善悪を判断するのは間違っている。その思考を推し進めれば、生まれつき良い人間と悪い人間を選別する、選民主義になってしまう。」
「まったくだ、おっかねえ。オレなんか絶対殺される。」
レックスは肩を竦めた。
「理由の2つ目は、クレアさんでも、いやさギガマイルさんでも、100パーセントの予知には届かないということだ。観測者効果によって、未来は微細にだが確実に変化する。特にクレアさんはアルカディアに在籍して能力を発揮しているから、世界に与える影響は大きい。」
「そんなに大きいのか?」
「クレアさんの仕事の内実を知れば驚くと思う。教えないけどな。」
「何でだよ。」
「自分で調べろ。」
「わ、わかったよ・・。」
サムが少し冷たい目をしたので、レックスは素直に了承した。
「理由の3つ目は、どんな悪人であろうとも、環境が望むから登場するということだ。」
「ん? ・・・んん?」
「例えば貧困の中では、どうやったって悪は生まれる。将来の殺人鬼を赤子のうちに始末しようとも、別の殺人が代わりに起こる。貧困という環境は、犯罪を望むのだ。犯罪を防止したければ、実行犯を赤子のうちに始末するのではなく、貧困を撲滅するべきなのだ・・・。」
「なるほどな。飢えた口に道徳は入らねえ。」
「アルカディア結成時、アドルフ・ヒトラーを抹殺する案もあったらしい。しかしヒトラーを抹殺したところで、別の誰かが同じようなことをしただろう。当時のドイツは、それだけ惨憺たる状況だった。」
「・・・しかしよ、それでも歴史の妙っていうか、際どいところでどうにかする方法はあったんじゃねえのか? ここでこうしていれば悲劇は避けられたっていうか・・・上手く言えねえけど。」
「折衷案か。」
「折衷案なのか?」
「何案でもいいが、最高幹部ではハヌマン・アンタとシュシュ・オーディナークが同じ考えだ。環境を変える一方で、要所で締める。シュシュ・オーディナークの方が選民的だがな。」
「砕組の隊長だっけ? 嫌な奴だよなぁ。」
この1ヶ月ほど仕事が無いので、レックスはアルカディアの六角六星四準星を覚えることを行っていた。
「まあ、最も選民的なのはミチルド・レジャミラスだが。彼は生まれつき良い人間と悪い人間を選別しようということを、どうやら本気で言ってるらしい。」
「げ・・・マジかよ。」
「ギガマイルさんは反対。首領と副首領は中立。総じてレックスの言った折衷案の付近で運営は進行されている。それは黎明期から変わらない。」
「そりゃ安心だ。」
それを聞いて、またサムは冷たい目をした。
「な、何だよ。」
レックスは慌てて尋ねる。
「いや、悪かった。ただ、予知能力に関する想像力を、予知能力者の心境にもはたらかせてくれないかと思っただけだ。」
そう言われてピンと来ないほどレックスも鈍くない。
予知して殺すことの罪深さ、放置して大変なことが起こること、それらの折衷。どれを選んだところで苦悩と非難からは逃れられない。
「オレは・・・」
「謝ろうなどと考えるなよ、レックス。」
「!」
心を見透かされて、レックスは思わず口を閉じた。
「それも予知能力者の宿命だと受け止めているのがクレアさんだ。謝るくらいなら、誉められるくらいになれ。」
「・・・。」
レックスは黙って目で頷いた。
するとサムは空を見上げ、独り言のように呟いた。
「極論すれば、“正しい判断”なんてものは無いのかもしれない。起きた結果に責任を取ることの方が重要なんだ。」

その言葉は過去を思って言ったことだったが、すぐそこにある未来を同時に暗示していた。


- - - - - -


それから数日後の昼のこと。
「ギャアアアアッ!!」
外で悲鳴が聞こえた。
レックスとサムは急いで外へ出た。
そこに1人の裸の少年が立っていた。おそらく10代後半。口を中心に顔中血まみれで、顎からはボトボトと血が滴っている。両手にもべっとりと血がこびりついていた。
彼の足元には、血だらけの女性が横たわっていた。
「た・・・助けて・・・」
彼女は起き上がって助けを求めようとしたが、裸の少年は後ろから素手で頭蓋を脳髄まで抉った。
「ぐるるるる・・・・」
あまりのことに動けないでいたレックスとサムを、裸の少年は唸りながら睨みつけた。
(やばい!)
殺されると、思った。
目を逸らしてはけない。レックスは負けずに睨み返した。
「・・・・・・。」
沈黙は意外と早く破られた。リュウがクレアと共にテレポートしてきたのだ。
「レックス! サム!」
クレアは青い顔をして2人の手を掴み、グイッと引き寄せた。すぐさまリュウが全員を連れてテレポートした。



アルカディア本部。
前に来たときと状況は大きく異なっていた。大勢の人間が目まぐるしく動き回り、その中をクレアは早足で歩いていった。
彼女の後から、レックス、サム、リュウが続く。
4人は砕組の施設、その会議室へ入った。

「どう落とし前をつけるつもりだ、クレア・クレッセント!」
奥の方から黄色く長い髪の女が出てきて、怒鳴りつけた。
折れそうなくらい細い首の、砕組第十二分隊長ヴェネシン・ホーネット。今は“準星”の地位にある。
「だからこうして、こちらから出向いてきたのだ。私の能力が必要だろう。」
「ふん、妹たちだけでは飽き足らず、わたしらまで殺す気か? 貴様の協力など必要ない! さっさと去(い)ね!」
「ならば勝手にやらせてもらう。」
クレアは表情ひとつ変えずに部屋を出て行った。
サムがレックスとリュウに目配せして、一緒に部屋から出た。

「おい、どういうことだよクレア。イチから説明してくれ。」
「言われなくても説明するさ。」
つかつかと歩いて、クレアは空き部屋へ入った。
「あの少年を見ただろう。あれが今回の相手、“魔犬ケルベロス”だ。」
「ケルベロス?」
「流石に私もヒヤッとしたわ。サイコキネシス、テレパシー、予知能力。それぞれを高い出力で兼ね備えた、危険な相手よ。ブラックリストで言えば、バーニシャル・エルダと同じく2級。あれを凌駕する殺人鬼だ。」
クレアの顔は、まだ青かった。
それを見てレックスは、今更ながら肝が冷えた。
史上最大の千里眼ギガマイル・クレッセントに、突くべき弱点があるとすれば、その反応速度だろう。ましてクレア・クレッセントに許されている使用範囲は狭い。蛇の道は蛇とはよく言ったもので、相手が予知能力者である場合、かち合えば必ず勝てるにしろ、後れを取ることはあるのだ。
「コムザインもカタストロも別件で部隊を引き連れて出かけている。残ったメンバーで戦うしかない。“準星”のヴェネシン・ホーネットが急遽、司令官になった。」
クレアが話していると、白組隊長のジョナル、副隊長イウィー、そして丸刈りの少年が部屋の中にどやどやと入ってきた。初めて見る少年は、少しサカルに似た風貌で、ネゴティと名乗った。
「クレアさん、白組で動けるのは俺たち3人です。」
「上出来だ。黒組も既に動いている。合流して避難誘導を急げ。」
「了解です。」
「戦闘は砕組が行う。リュウはテレポートで負傷者を運べ。サムとレックスは本部に残って応急処置その他を。」
すぐに部屋の扉が開いて、屈強なスタッフがぜいぜいと息を切らして転がり込んできた。
「人手が足りねえ! すぐに来てくれ!」
「よし、わかった。」
すぐさま返事したレックスは、しかしクレアのことを思い出して振り向いた。
「クレアは?」
「ヴェネシンのところへ再度。魔犬の所在を掴む為には、私の力が必要だ。」

バタバタしていたので、結局レックスはクレアとヴェネシンの間に何があったかは訊きそびれた。
(妹を殺したって、どういうことだ?)
(いや、それは後だ。)
レックスは負傷者の治療に回った。


砕組の会議室では、司令官ヴェネシン・ホーネット、第二分隊長ラプソディア・カッセル、第四分隊長ハービス・カチュラム、第六分隊長ラドル・スネイク、第十六分隊長キム・ヨーカムが揃っていた。
「ネイルは?」
「連絡がつきません。」
ハービスが答えた。
ヴェネシンは顔をしかめた。
「チッ、あのボケが・・。こんなときに。いや、こんなときだからか。」
「ところでホーネット指令。」
ヴェネシンが冷静さを取り戻したところで、ハービスが続けた。
「やはり月組隊長の力は必要では? 気持ちはわかりますが、過去にこだわって今をないがしろにしては・・。」
「わかってる。奴もそれはわかってる。ただ、どうしても言っておきたくてね・・!」
そこへ丁度クレアが入ってきた。
「今度は追い返したりしないだろうな。」
「タイミングが良すぎるわね。」
ヴェネシンは目を大きく見開いてクレアを睨みつけた。
「この件が片付いたら念入りに責任追及してくれるわ。今回の事態は貴様が招いたも同然なのだからな!」
言ってからヴェネシンは目を伏せて落ち着き、左手を出した。
「よろしく、クレッセント参謀。」
「よろしく、ホーネット指令。」


その頃レックスは、負傷者の血を浴びながら違和感に気付いていた。
(何だ、これ?)
目もとの血を拭いながら、レックスは目を鋭くした。といっても元々鋭い目つきなので、あまり変わらないが・・。
考えを巡らしている余裕は無いが、この違和感を忘れようとは思わなかった。何か重大な意味を持っているように思ったのだ。
(傷。)
「傷、傷跡・・・?」


- - - - - -


街ではアルカディアのメンバーが警察を協力させて避難誘導を行っていた。
「みなさーん、こっちでーす!」
「落ち着いて非難してくださーい!」
何しろ魔犬の移動は速い。事情を知らされている誘導係の方が、むしろ市民よりも焦っていた。しかし表面上は落ち着きを保たねばならない。自分たちがパニックを起こしては共倒れだ。
待機準星の1人ヴェロニバルは、テレパシー能力で人々の焦りや苛立ちを察知し、ピンポイントで収拾をつけていった。
そこへラドル率いる第六分隊8名が到着した。
「よーう、間に合ったか。」
口調は軽いが、目つきは真剣そのものだ。
「ええ。こっちは今のところ死傷者ゼロ。」
「よし。」
「こちらへ来る確率は?」
「18パーセントだ。」
「5つに1つ? 月組隊長が参謀長なんだから、もっとビシッと出せてないの? いくら相手もA級の予知能力者とはいっても、彼女は桁が違うでしょう?」
「それが、急な出勤で制限解除してないらしい。1つも。」
「何・・・?」
ヴェロニバルは唇を噛む。
「最高幹部会は何をやってるの・・・。だいたい、今回の事態を予知できなかったの?」
そこまで言ってヴェロニバルはハッと気付いた。
相手も強力な予知能力者なのだ。大まかには予知できても、細部で後れを取る。
「くそっ、くそっ、こんちくしょう! 予知能力者を敵に回すと厄介極まりないわねーえ。月組隊長への能力制限が強すぎるのが問題よ。ねえ。」
「そうさなあ。この分じゃ、オレらも危ないかもな・・。」

「ソウサ、危ナイヨ。」

「「!?」」
その声は上の方から聞こえてきた。
見ると、ビルの屋上に誰かが立っていた。
「シャアッ!」
50メートルはあろうかという屋上から飛び降りてきた。
「ククククク・・。」
たいして大きな声じゃないが、よく通る。
全身毛むくじゃらの、裸の少女だった。
「アルカディア最高幹部ギガマイル・クレッセントの予知能力は強力だ。ダガネ、弱点もある。特に今回のように能力制限されていればね。ククククク。」
「貴様は何者だ!」
ヴェロニバルが叫ぶ。
「ハッハア、魔犬フェンリル!!」
裸の少女・・・“魔犬フェンリル”は、そう言いながら襲ってきた。
ラドルはサイコキネシスで防御したが、しきれずに左肩を深く抉られた。
「ぐあっ・・!」
(くっ、奴の心が読めない! どうしたことだ、ヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモン!)
ヴェロニバルは焦っていた。
ラドルと第六分隊との精神リンクは保っているから、能力に問題は無い。だが、相手の思考が読めない。
“魔犬フェンリル”もまた、強力なテレパシー能力を持っていた。ヴェロニバルのテレパシー能力はB1級。相手はA3級。出力としては大した違いは無いが、テレパシー能力の性質上、心をガードされたら力の差は破れない。
ヴェロニバルの部下たちは人々を避難させ、ラドル隊がフェンリルと戦うが、8人がかりでも劣勢。フェンリルは体をサイコキネシスの力場で覆っており、口元には牙状の、手足の先に爪状の力場を形成していた。しかもその動きは驚くほど俊敏で、誰ひとりとして動きを正確に捉えることが出来なかった。
(やっべえ・・!)
左肩を抉られていなければ、すり抜けサイコキネシスを当てることも出来た。
動きを捉えられない程度なら、そのくらいの相手なら、これまで何度も戦ってきた。
(返す返すも、ファーストアタックが痛かったな・・・。)
部下の中にはラドル以上に負傷している者もいる。
痛みと絶望で景色が歪んだ。
「くっそ・・・!」
(しっかりして!)
ヴェロニバルのテレパシーが響いてきた。
ハッとして目の前に迫るフェンリルの爪をかわした。
(危ねえ〜。助かったぜ。)

援軍が到着したのは、それより数秒後のことだった。
「スティング・ランサー!」
鋭い槍状の念力がフェンリルを襲った。
「おっと!」
フェンリルはさっとよけて距離を取った。少し掠って血が出ている。
「ほほう、司令官に参謀長のお出ましですか。ククククク。」
ヴェネシン・ホーネット。
クレア・クレッセント。
キム・ヨーカムと第十六分隊。
「・・・コレダケノ戦力を相手にするのは、ちょっとキツイな。」
「逃がすな!」
しかし分隊のメンバーが攻撃した瞬間、フェンリルの姿は消え去った。
「何!」
「テレポートか・・・。」
ラドルは悔しそうに呟いた。


- - - - - -


負傷者の応急処置をしてアルカディアに運ばせる傍ら、ヴェネシン、クレア、ヴェロニバル、キムは、緊急に集まっていた。
「まさか魔犬が2体いるとはな・・。クレッセント参謀、まさか他にはいないだろうな?」
「ちょっと待ち・・。能力制限かかってるから、過去視に時間がかかる。17年も前のことなんでね。」
「奴の言ってた弱点は大当たりね。」
ヴェロニバルが呟いた。
「弱点?」
「“フェンリル”は能力制限のことも知っていたわ。テレポートも出来るし、困ったわね。」
「こんなとき、副隊長たちがいてくれたら・・。」
キムのその言葉にヴェネシンは少しムッとしたが、実際その通りなので何も言わなかった。
(やはり最高幹部の腰が重すぎる今のシステムに欠陥があるのだ。ギガマイル・クレッセントは気に食わないが、ギガマイル・クレッセントが自由に動けないのはもっと気に食わない。)
しかし今考えるべきはそのことではない。ヴェネシンはクレアから事の次第と魔犬の現れる位置を聞きだして、部隊を移動させた。


アルカディア本部では、クレアの千里眼の報告が通達されていた。
「やっぱり複数いたのかよ。」
「気付いてたのか、レックス?」
サムが意外そうに言った。
「あ、いや、気付いてたってわけでもねえな。言われて違和感の正体に気付いた。あのとき“魔犬ケルベロス”の攻撃を見て、それとは違う種類の傷だと思って・・・ああ、馬鹿馬鹿しい。いくら正しくても根拠も何も無いし、気付くのにも間に合わなかった。」
「・・・・・・。」
自嘲するレックスだったが、サムは少し感心していた。見直したと言ってもいいくらいだった。
確かに根拠など無い。1人で違う種類の傷をつけることなど出来る。だが結局、レックスの違和感は正しかった。
(考えずに正解を出す力。)
超能力でなくても、そういうことが出来る人間は存在する。極論すれば人間は誰でも多かれ少なかれ考えずに正解を出し続けている。考えなくても歩くことは出来ることなどが、その一例だ。
それを突き詰めたのが、普通は論理的思考でしか導けないようなことを、途中経過をすっ飛ばして正解に辿り着く力である。
(いや、買い被りすぎか。)
サムは腕を組んでフッと笑った。
とはいえ、血が飛び交う現場で冷静な観察力を保てていた胆力は買ってもいいと思った。
「それはそうと、もうひとつの報告書は読んだか?」
「ああ・・・。」
レックスは暗い顔になった。

かつて、“魔犬”と呼ばれるエスパー犯罪者が存在した。
17年前にアルカディアは日本で“魔犬”を追い詰め、イブ・ホーネット率いる砕組第七分隊が対決することになった。
そのとき、当時はアルカディアのメンバーではなかったクレア・クレッセント(三日月千里)の虚言により、第七分隊は“魔犬”と相討ちし、壊滅する。
千里の虚言に関わらず第七分隊が全滅していた可能性は高いが、イブ・ホーネットの姉で第十二分隊長のヴェネシン・ホーネットは納得しなかった。
そして、問題はそれだけではなかった。
“魔犬”は当時、妊娠していた。死後、胎児が腹を食い破り、この世に誕生したのだ。
普通ならば胎児はそのまま死ぬはずだが、魔犬の子供もまた魔犬。そもそも普通の子供なら、腹を食い破って出てくることすら出来ないのではないか・・・。
赤子は生き続けた。強靱な生命力と、超能力。
母魔犬の子供は3人、そのうち1人は生まれたときに死んでおり、残る2人が“ケルベロス”と“フェンリル”だ。
それぞれA級のサイコキネシス、テレパシー、予知能力を持っており、“フェンリル”はテレポートも出来る。

「・・・クレアは、何で虚言なんか?」
「わからん。」
独り言とも思えたレックスの呟きに、サムは短く答えて首を振った。
「報告書には具体的なことは書かれてないし、クレアさんも語ってくれたことはない。」
「・・・語りたくねえことなんかな。」
「少なくとも、語るべきではないと判断しているのだろう。」
「・・・・・・。」
「クレアさんは善人ではないが、他人の運命を面白半分に弄ぶ外道でもない。」
レックスが複雑そうな顔をしていたので、サムは強い口調で言った。
「少なくとも私はそう思っているが、レックス、お前はどうだ?」
「・・・・わりぃ。」
レックスは小さな声で言った。
「オレは多分、まだクレアのことを信じ切れてない。」
ここで嘘でも信じてると言えば格好良かったかもしれないが、自分に嘘はつけない。
「それでいい。」
「え?」
サムの言葉が意外だったので、レックスは思わず顔を上げてサムを見た。
「信頼と妄信は全く違う。信頼に足る付き合いが無いのなら、信じてはならない。強い信頼関係を築きたかったら、疑いの心は残すべきなのだ。」
「サム・・・。」
「私もクレアさんを信じられるようになるまで10年かかった。」
「!」
「お前が容易く“信じてる”などと言えば、この場で殴っていたかもしれない。」
そう言ってサムはニッと笑った。


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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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