佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十七話 魔犬再来 (U)

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:00   >>

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司令官ヴェネシン・ホーネット。
参謀クレア・クレッセント。
ラプソディア第二分隊8名。
ハービス第四分隊8名。
キム第十六分隊8名。
ヴェロニバル及び報組のメンバー。(非戦闘員)
白組・黒組連合5名。
2体の“魔犬”相手に心許ない戦力だった。早くもラドル分隊が負傷して戦線離脱しており、前途は暗かった。
コムザインやカタストロなら、単独で“魔犬”とも戦える。部下のサポートがあれば、生け捕りすら可能だろう。しかし今、2人は別の任務で出動している。
単純に戦力を揃えるなら、休暇中のメンバーを動員する手段もある。しかしそれでも、戦力の合計値こそ“魔犬”を上回っていても、逃走は阻止できない。一般人に被害を出すなら、それは「負け」である。そして今でも負け続けていると言える。
一般人への被害を食い止める為には人員を分散しなければならないが、それは同時に戦力の分散でもある。


“柔包花”(じゅうほうか)ハービスは確率21パーセントの場所で市民を避難させていた。短めの天然パーマが風にたなびいている。
B1級サイコキノの彼女は、砕組の中で6番目の実力者である。トップ3は隊長と副隊長2名であり、4番目は司令官ヴェネシン。5番目のネイルが連絡つかない今、彼女の存在は大きいと言える。
第一分隊を除いて、分隊長の強さは分隊の強さと直結している。第四分隊は、現在の対“魔犬”戦力の中で最大と言って過言ではない。
オールマイティに念力を駆使し、ブレも少ない。得意なのは自分の周囲に力場を作るもので、通称名に因んで“柔包結界”と呼ばれている。バリアではなく、中まで詰まった優れたクッションだ。ジョナルのサイコガンのような、一点突破に偏った攻撃にこそ弱いものの、極めて防御力は高い。
もうじき40を迎える彼女だが、その力は微塵も衰えていない。肉体的にも20代で通用する若々しさだ。
(それでも・・・。)
ハービスは自分の強さを自覚している。自信は持っている。
しかし同時に、相手の強さもわかっている。ラドルからの報告を聞いているのだ。
ハービスがラドルより、第四分隊が第六分隊より強いとはいえ、倍も強いわけではない。ラドル隊が一方的にやられている以上、相手がブラックリスト2級クラスである以上、勝てる自信は無かった。
「分隊長。」
副官のリックに声をかけられて、ハービスは自分が汗をかいていることに気付いた。
性格には問題のあるリックだが、彼もまた“大鋏”(おおばさみ)という二つ名を持つ実力者であり、大きなハサミの力場を作る。
「どうしたリック、そんなに青い顔をして。そんなに魔犬が恐いか?」
「青い顔してるのは分隊長ですよ。」
「え?」
「分隊長こそ恐いんでしょう。」
「馬鹿な。」
「くだらない強がり言ってる場合じゃないんです。恐怖を自覚しないと命落としますよ・・。」
「ふん、少しはマトモなことを言うようになったな。」
「おれぁ、もう25ですからね。」
「ハハッ。」
ハービスは思わず笑った。他の6人も余計な緊張がほぐれた。

その瞬間だった。
ハービスは背中を抉られた。

「ぐっ!」
ハービスは前方に転がって致命傷を回避した。
「やれやれだね。」
“魔犬フェンリル”だった。彼女は血のついた右手をペロッと舐めて、次の攻撃にかかろうとする。
そこへリックが念力のハサミで斬りかかる。同時に周りから部下がサイコキネシスで一斉攻撃。
だが、予知されていた。
「遅い、遅い。」
とはいえハービスは死んでいない。気を失ってもいない。震える手を砂利に当てて、地面ごと吹っ飛ばした。
流石にフェンリルも攻撃する余裕は無く、跳躍してビルの壁へ手を当てた。
そこへハービスの念力砲が放たれる。
「チッ!」
フェンリルはテレポートで逃げ去った。
それと同時にハービスは脂汗を流して倒れていた。
「分隊長っ!」
リックは慌てて駆け寄り、ハービスを抱き起こした。
「ど、どうすれば・・」
「慌てるな。」
目を閉じながら、ハービスは落ち着いた声で言った。
痛みがあるはずなのに、それを感じさせない声。それでリックも落ち着いた。
「クリ、シャズ、本部に伝令! 残りは分隊長を運ぶぞ!」


- - - - - -


その頃フェンリルは、白組・黒組連合の前へ姿を現していた。
元々ハービス隊を何が何でも壊滅させる気は無かった。殺せなかったとはいえ、ハービスに深手を負わせたことで満足した。そして次は、近くにいた5人に狙いを定めたのだ。
「ご苦労さん、諸君?」
「お前は!」
白組の3人。ジョナル、イウィー、ネゴティ。
黒組の2人。ノワール、ゼロバン。
それと対峙する裸の少女フェンリル。
「ヒャッハハ、戦力を分散させるなんて。」
「・・・・・・。」
まずサイコガンは当たらない。ジョナルは眉を顰めた。
イウィーの能力は物質を液体に変える能力だが、触れてないと発動しないし、時間を要する。
ネゴティの能力はサイコキネシスだが、媒介が限定されている。
66の能力を持つノワールによって、相手のテレパシーこそ防御しているが、その66ともC級下位で、とても対抗できるようなものではない。
ただし、無口な少女ゼロバンの能力は、テレポート封じだ。フェンリル相手には有効と言える。
問題は戦力差だった。

「お前らの実力は見切っている。あたしに勝てるわけがない。」
フェンリルは笑って5人を見下した。
「それはどうかな。」
ノワールが頬の肉を揺らしながらニヤリと笑った。
それと同時にフェンリルは腕に衝撃を感じた。
「!?」
彼女の顔が歪む。
「ふふん、連携してたときのことは想定できてないか?」
「チッ。」
フェンリルは舌打ちして後ろへ跳んだ。
そして、起こったことを分析する。
思考は読めなくても、どういう能力であるかくらいは読めている。何しろA級のテレパシー能力者なのだ。
A級というなら、ネゴティもまたA級の出力を持っている。液体窒素に限定されるので戦力として機能しないと思われていたが、イウィーの能力を加算すれば話は別だ。
イウィーの能力は、触れているものを液状にする。そして空気の成分は8割近くが窒素なのである。
「ククッ、なかなかやるな。だが、それが限界だ・・。」
「それはどうかな。」
同じように笑うノワールだったが、虚勢だった。
イウィーの能力は出力が高いものではない。攻撃できるほどの液体窒素を作り出すには数秒かかる。
その数秒の間にフェンリルは、サイコキネシスによる高速移動で5人を続けざまに襲った。咄嗟に体をひねって致命傷を避けるのが精一杯。成す術なく蹴散らされた。
「くそっ・・!」
傷の浅いノワールが舌打ちした。66の能力にはヒーリングもあるが、すぐに回復できる力は無い。
「後は本隊だけか。」
裸の少女は空を見上げて歯を軋る。
「よろしく頼むぜ、ケルベロス。ママの仇はママが殺した。でも、その姉は生きている。でも今日で死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬんだ。“大雀蜂”ヴェネシン・ホーネット。今日がお前の命日だあ。」
空を見上げる彼女の顔は、いつしか笑みに満ちていた。

しかし、である。
「・・・ん?」
何か来る。
咄嗟に後ろへ跳んだフェンリルは、自分が立っていた場所が轟音と共に吹き飛ぶのを目にした。
「まさか、コムザインが、こんなに早く戻ってこれるはずが・・・?」
しかし空から降り立ったのは、コムザインより年上の、中肉中背の男だった。頭に白髪が目立つが、矍鑠としてると言っても失礼なくらい若々しい。
幾度も修羅場を潜ってきたような目つきに、フェンリルは怯えた。
「アルカディア七十七璧が1人、モース・リーガルここに推参!」
「な・・何?」
「何も糞もあるか。」
モースは話もそぞろに攻撃した。
見えない衝撃がフェンリルを襲う。
「くっ、そ、何者だ! 砕組に、お前のような奴は・・」
「ふん。砕組だけがアルカディアじゃない。今日は非番だが、差し出がましく助太刀に来たのさ。」

“叩割空帝”(こうかつくうてい)モース・リーガル。
コムザイン、デュースと並ぶ、アルカディア旧三帝の1人だった男だ。
力が衰えたことでアレクセイに帝の座を譲り渡し、現在は帝の字を引いて“叩割空”(こうかつくう)と呼ばれているが、その戦闘センスは健在である。
「つくづく俺もおせっかいだな。頼まれてもいない仕事で命を危険に晒すとは。」
「ならば死にな!」
フェンリルはモースに襲いかかった。
だが、見えない壁がフェンリルを弾き飛ばした。
「馬鹿な・・・!」
「ルーム・ウォール。空間干渉の壁だ。」
「くそっ!」
フェンリルは傍目から見ても焦りが強かった。
A級サイコキネシスを爪と牙の形に集中した力場が、あっさりと弾かれたのだ。
「・・能力には、相性がある。」
「何?」
「言った通り、俺の能力は空間干渉。サイコキネシスの上位能力だ。確かにお前は強いよ。力の衰えた俺では、お前の10分の1ってとこだ。だが、質の違いは量の違いを凌駕する。」
「ぬぐ・・!」
フェンリルはテレポートで逃げようとしたが、出来なかった。
「テレポート? 無駄よ。」
そう言ったのは、これまで一言も発していなかったゼロバンだった。
彼女は傷の痛みをこらえて立ち上がり、フェンリルを睨んだ。
「私の能力は把握してるでしょ? 空間を固定する能力。戦闘に役に立たないと思って油断した? 空間を全く揺らさずにテレポートできるのは、アルカディア10万のエスパーの中でも首領くらいよ。どれだけ技術を磨いたところで、ブレはゼロにはならない。ゼロでなければ禁止する。ゆえに、“ゼロバン”。」
「馬鹿な、それなら空間干渉も使えるはずが・・・」
「だから俺なんだよ。京狐夜果里でなく、な。俺の能力は空間を叩き割る能力だ。むしろ固定されてる方が調子いい。何でも固いほど脆いんだ。」
「ぬぎっ・・!」
「詰んだぜ、フェンリル。能力制限されていても、予知能力その他は参謀の方が上だ。敵を騙すには味方から、なんて戦術としては古臭いが、獣相手には十分だ。のこのこ出てきたのが運の尽き。ここで死ね。」
「畜生め!」
フェンリルはテレポートでなく普通に逃走しようとした。ところが手足に冷たい攻撃を受けてすっ転ぶ。
「あうっ!」
「普通にも逃げられると思うなよ。何で俺たちが能力をベラベラ明かしてると思う。イウィーの能力で液体窒素を溜める、時間稼ぎだ。どうせテレパシーで読まれる能力、明かしても問題あるまい。」
ジョナルとノワールも立ち上がってきた。
時間稼ぎは、ノワールがヒーリングを行う為にも役に立っていた。
「まだ戦えるな!」
モースは2人に背中を見せたまま尋ねた。
「「はいっ!」」
「よし。」
モースは笑い、フェンリルは歯を軋った。
「終わりだ、犬っころ。ケルベロスの方も本隊が始末してる頃だろう。」


- - - - - -


1953年、春。
静かに波が打ち寄せる浜辺に、漆黒の衣装に身を包んだ細身の女性が現れた。
後ろから付いてくる数十名の部下は、おっかなびっくり歩いている。
『そう怯えるな。魔犬は死んでる。精神波を感じない。』
年齢は30前といったところ。落ち着いた声で、目つきは暗い。
『ステルスかもしれないじゃないですか!』
『私から隠れるほどのステルス能力者なら、諦めろ。』
『わ、わかりました、分隊長。』
部下の男は、彼女が“魔女”と呼ばれるほどのテレパシストであることを思い出した。

現場は凄惨なものだった。
第七分隊の8名は切り刻まれており、散らばったパーツが誰のものだかわからない。
夜明けと共に血の色が見えてくる。
“魔犬”は、殆ど原形を留めていなかった。
『おえっ・・』
回収班が吐き気を催す中、分隊長は残骸を手に取って、じっと見ている。とても正気の沙汰とは思えなかった。
『おかしいな。』
『な、何がですか。』
『サイコキネシスか何かでバラバラにされているが、これ、歯形に見えないか?』
『え?』
『詳しくは持ち帰って検査待ちだが、魔犬が自分で自分に傷をつけるはずもないし、第一これは死後の傷っぽい。』
『どういうことですか?』
『わからん。まさか魔犬が複数いるわけでもないだろうが・・・ふむ・・・。』
分隊長は眉間に皺を寄せて、最悪の可能性を考えていた。
今しがた否定した可能性が、辻褄を合わせて復活すること。それは・・・。


- - - - - -


『妊娠?』
『ウッキイ、ウッキイ!』
『なるほど、流石はゼット。抜かりないねぇ。』
『ウッキイ。』
『あたしらは今後どうします?』
『ウッキイ、ウッキイ!』
『それでは、三日月家は放っておくんで?』
『ウッキイ、ウッキイ!』
『首領が・・・?』
眼帯の女は首をかしげた。
彼女の肩に乗っている猿も、同じく首をひねっていた。


- - - - - -


『ヴェネシン先輩は半狂乱だとよ。復帰も危ういらしい。』
『うろおい、無理もないですよね・・・。』
『ああ。家族を殺された痛みは、どうやったって癒せない。』
中肉中背の飄々とした男は、死んだ弟のことを思い出していた。
『・・・そんで、ゼットの方の魔女が持ち帰った砂から、羊水が検出されたんだって?』
『うろおい、それだけじゃないです。白い方の魔女がサイコメトリーで状況を洗いました。まだ不確定部分が多いですが、三日月家の当主が事件に関与しているそうです。』
『みかづき?』
『ほら、ミレニアム・Aの・・。』
『あー。』
『しかし三日月家に関する捜査は打ち切られました。』
『何で。』
『サイコメトリーの結果では、どうやらその当主は巻き込まれたみたいなので・・・。』
『それじゃあヴェネシン先輩は納得しねえだろ?』
『しかも魔犬の子供の行方がわからないんです。サイコメトリーで追っても、ぷっつり切れていて。』
『ますます怪しいな。三日月家が匿った可能性は?』
『それは流石に無いでしょう。あるとすれば、三日月家は全て真っ黒ですよ。あの家は千里眼の家系なんですから。』
『千里眼つーなら、魔犬ジュニアの行方もわかるんじゃないのか? 成長して変な事件でも起こす前に、保護するなり始末するなり、所在を明らかにしとかねえと。』
『うろおい、それが出来れば苦労しません。僕らがアルカディアに来る前の事件で、三日月家は失脚してるんです。いったん解雇しておきながら、協力を求めるというのは難しいですよ。』
『でもなあ、四の五の言ってる場合じゃないと思うんだがなぁ。』
『当主が13歳というのも躊躇する理由なんでしょうね。』
『・・・13歳?』
『はい。』
『そっか・・・。』


- - - - - -


『日本に派遣した第七分隊が全滅したそうじゃないか。』
『ああ、それなら大丈夫。ちゃんと補充は完了した。』
『・・・あまりお前のやることに口出しすべきでないのかもしれないが。』
『な、何だよフィー姉。』
『部下を物みたいに扱うのはどうかと思うな。』
彼女の目が細くなっている。
『怒ってるの、フィー姉・・。』
『モラルや人情だけの問題ではない。アルカディアの軍隊は志願制だ。部下の死に鈍感な上司のいる所で働きたいと思うか。』
『フィー姉は俺のやり方は間違ってると?』
『サイコキノは血の気が多いタイプが9割だから、今はお前のやり方でも人は集まる。しかしいずれは破綻がくる。』
『でもフィー姉のやり方では多人数は指揮できないよ。』
『わかってる。だが、出来るだけ部下を死なせるな。無謀な作戦を立てるな。それだけ言いたかった。』
『無謀な作戦だったわけじゃない。』
『それでも旧第七分隊は全滅した。結果が全てよ。』


- - - - - -


『ヴェネシン、もう起き上がっていいのか?』
『いつまでも寝てられるかよ、雌犬のガキを始末して、妹の墓前に供えてやる。』
殺気立つ彼女の後ろで、砕組の新入隊員が呟いた。
『何いきってんだか。バッカじゃねえの。』
『・・おい、今なんつった。』
ヴェネシンは一歩で掴みかかった。
『なんつった? 事情も知らねえ奴が、軽々しくほざいてんじゃねえぞ!』
『ここに来てる奴らはっ、誰だって家族や友人なくしてんだ! お前だけ何いきってんだって言いました!』
『だったら、だったら同じ目に遭った人間の気持ちをわかんねえかクズが!』
槍状の念力が少年を突き刺す、その寸前で止められた。
ヴェネシンの力量なら制止も突破できたが、制止した男にはヴェネシンを止める権利があった。
彼は旧第七分隊長イブ・ホーネットの、夫だった。


- - - - - -


『サイコメトリーの追跡は?』
『それがねえ、妙なのよ。』
“白い方の魔女”は、長い髪を掻き分けて首を振った。
白に近い銀色の髪は、よく手入れが行き届いている。
『どう追跡しても、ぷっつり切れているのね。そして三日月家の中に、そんな細工が出来る奴がいないことは確認済みなのよ。どう思う、ヴェネシン?』
『だったら三日月家の連中を駆り出して、魔犬を追跡すればいい。』
『いや、私が訊いてるのは・・』
『追跡が切れてるとか、そんな些細なことは知ったことじゃない。事実は、魔犬の子供が生きていて、まだ殺せてないってことだ。』
『・・・もう、止まれないの?』
『止まらないさ。たとえ死んでもな。妹の遣り残した仕事は、姉が片付ける。刺し違えてでも、殺す!』


- - - - - -


あのときの激情は、それこそ熱くなりすぎていると言うべきものだったが、しかし一時のものではない。
理解しない者を殺しかねない程の、実際何度か傷害事件を起こしているほどの、癒えない傷。
しかし皮肉にも、その怒りが彼女の技を研ぎ澄まし、その悲しみが怠惰を滅し、分隊長クラスの中では比類なき手練へと成長させていった。
そして更に10年。
「長かったなああああああ!!」
“魔犬”の子供、そのうちの1体、ケルベロスが目の前にいた。
泣きそうなくらいに感極まって、ヴェネシン・ホーネットは念力の力場を展開した。

本隊、すなわち司令官ヴェネシンと参謀クレア、第二分隊と第十六分隊。この18名は、“魔犬ケルベロス”と対決を開始していた。
ヴェネシンはクレアを守らねばならない為、戦うのは16名。ラプソディアとキムがツートップだ。
第二分隊長ラプソディア・カッセルは、B2級サイコキノ。蛇のようにウェーブのかかった黒髪の、30代後半の女性である。砕組偶数分隊の長としては物足りない出力ながら、それを補って余りあるだけの技量を備えている。空気を振動させてソニックブームまで起こせるまで、この数年間で成長していた。
音の速さは空気中で340m/s・・・しかも回折するので一方向の防御では防ぎきれない。また、音のエネルギーは距離の2条に反比例するので、敵の近くで轟音を発すれば、味方への被害は出にくいのだ。
第十六分隊長のキム・ヨーカムは、B1級サイコキノ。浅黒い肌の、小柄な少年である。17歳にして分隊長を務めるその実力は折り紙つき。念力による直接攻撃よりも、他の物質に念力を通して操るのが得意だ。
キムが地面や建物の壁を剥がして、散乱させる。それらを使った攻撃と、ラプソディアの音波攻撃。このツートップの連携攻撃は、予知能力の対処が間に合わない。
時間さえ与えれば最強クラスである予知能力も、時間を与えなければ最弱と化す。加えて部下7名ずつ14名も攻撃しているのだ。ケルベロスの力量で読めるはずもない。
だが、クレアには読めている。彼女の予知能力は桁違いだ。たとえ制限されてようが、ケルベロスより勝る。
それを元に、ヴェネシンが隙を見て念力の槍を放つ。

戦力を分散すれば各個撃破されてしまう。
戦力を集中すれば一般人への攻撃に対処できない。
そこでクレアの予知能力が重要になってくる。簡単ではないし、時間も要するが、魔犬との予知合戦は少しずつクレアが制していったのだ。
単純で懐かしい、あの方法を思い出した。
大量の砂糖を頬張って、脳へエネルギー源を補給し続けた。

「があアあ・・・・!」
ケルベロスは苦しんでいた。埃まみれの体は痣だらけでもあり、肌が破れて血が出ている。
爪も牙も欠けてきていた。
野生の獣よろしく、傷つけば傷つくほど闘争心は増しているが、体の方はダメージが蓄積している。
確実に魔犬を追い詰めている。
その場の誰もが、そう思っていた。

クレアの予知ビジョンに、今まで無かったものが突如として出現した。
「!?」
“それ”を予知したときには、もう遅かった。
ラプソディア、キム、その部下の何名かは、巻き起こったカマイタチによって、全身を切り刻まれた。
「・・・・・! ! !」
クレアの時間が遅くなる。
目の前でラプソディアたちが血を舞い上げながら、ひっくり返って地面に転がる。
ケルベロスは、その隙を逃さない。真っ直ぐヴェネシンに向かう。
「スティング・ランサー!」
ヴェネシンの攻撃が一瞬だけ早かった。
クレアが表情と動作でタイミングを操作していたのだ。少しだけ早かったケルベロスの攻撃タイミングを狂わせ、同時にヴェネシンに攻撃を促した。
「ガオァッ!!」
ケルベロスは槍状の念力に左肩を深く抉られた。
「チッ・・!」
本当は心臓を狙っていた。すんでのところでケルベロスは体をひねっていた。
ヴェネシンは第二撃を放とうとするが、その前にケルベロスは全力で逃げ去った。際どいところで当たらなかった。

「どういう・・・いや!」
ヴェネシンは咄嗟に察した。事態を理解したわけではないが、やるべきことに気付いた。
「こちら“大雀蜂”! 応答しろ、モース!」
こちらで起きていることが向こうでも起きているかもしれない。そう思ったヴェネシンは、真っ先に無線機で連絡した。
「モース! 応答しろ、モース!」
「うるせえ、蜂女・・。聞こえてる・・・ぁ・・・・」
「ケガしてるのか?」
「・・てことは、そっちでも同じことがあったんだな。察しの通りだ。突然カマイタチが吹き荒れて、全員が切り刻まれた。何とか生きてるけどな。」
「フェンリルは?」
「逃した。・・・・すまない。」
モースの声は暗かった。

白組と黒組の5人は、死は免れたものの、怪我は軽くない。それはモースも同様だった。
「最高幹部の千里眼も鈍ったものだ。」
包帯を巻いた顔で、モースは呟いた。
「能力制限は厄介だな、ヴェネシン。」
「・・・・・・。」
ヴェネシンは無言で肯定し、その場を立ち去った。

重傷者が運び込まれて、治療班は再び忙しくなっていた。
さながら野戦病院のような状況の中で、レックスとサムはエスパーの治療メンバーに回された。
「じ、ジョナル!」
「おお、レックスか・・。ドジ踏んじまったよ。」
青い顔で喋るジョナルを見て、レックスも青くなった。
「しゃべ・・・いや、喋ってくれ。何があった?」
喋るなと言おうとしたが、むしろ喋らせた方が意識を失わずに済むと判断した。
「突然カマイタチが吹き荒れた。油断してたつもりは無かったが、だったら実力ってことだな・・・。前線に出るのは早かったか。」
「いや、生きて帰って来たんだから良かったぜ。」
その隣には、ラプソディアやキムも運ばれてきていた。アンプリファイア能力者のレックスとコーディネイト能力者のサムの近くにいれば、サイコキネシス能力者の傷の治りは少しだが早くなる。
意識朦朧としているラプソディアは、血でべっとりした服を脱がされてヒーリングと修復を受けていた。胸が顕わになっているが、そんなことを気にしている余裕は誰にも無い。修復作業をするハービスもまた、抉られた肩を露出してヒーリング治療を受けている。
「手伝います。」
キムは自分の傷を修復しながら、他のメンバーの傷も修復していく。元より物体操作の得意な彼は、むしろ戦闘よりも治療の方が得意なのだ。病院からも、砕組との掛け持ちでいいからスタッフにならないかと誘われている。
(何とか助かりそうだな。)
レックスは確信にも似た安堵を覚えた。幼い頃から人の生き死にを見てきた彼は、予知能力にも近い感覚を見につけている。助かると確信した人間は、必ず助かってきた。
(だが、心配なのはクレアだ。予知能力は信頼できる能力であっても、完璧な能力じゃない。たとえクレアが史上最大の千里眼であったとしてもだ。それに今のクレアは能力制限がかかっているしな・・・。)
能力制限の理由は、倫理観と精神力の消耗を抑える為でもあるが、何よりもアルカディア市民20万人の生活を維持する為というのが大きい。クレアの千里眼は、大部分が市民の生活をサポートする為に使われているのだ。
そのことをレックスは未だに知らないが、それとは別にクレアを心配する大きな理由があった。
(クレアは思ってるほど完璧じゃない。だが、人はクレアに完璧を求める。オレのように・・・。)
かつてクレアに食ってかかったときのことを思い出した。
思い出すと胸が痛むが、あれはクレアからすれば日常なのかもしれないと思った。
それは正解だった。

「どういうことだ、クレア・クレッセント!」
仲間が危機を脱したことを確認したヴェネシンは、動けるメンバーを集めて緊急会議を開いていた。いや、クレアへの詰問と言った方が正しい。
負傷したハービスに代わって第四分隊をまとめるリック・ビッグマンと部下6名。
第二分隊と第十六分隊が合わせて10名。
報組のヴェロニバル以下6名。
モース・リーガル。
その他、十数名。
40名近くが集まる中で、ヴェネシンは怒気の籠もった瞳でクレアを睨みつけていた。
「どうしたもこうしたも、これが結果。私の責任だ。」
「そんなことはわかっている。この現象を説明しろ。」
「・・・魔犬だ。」
「あァ?」
ヴェネシンは額に皺を寄せた。
「第三の魔犬・・・。」
クレアは忌々しそうな暗い顔をして俯いた。
「魔犬は2匹だけ・・。もう1匹は死んだと言ったのは貴様だぞ・・!」
ひくひくと顔の筋肉を動かして、ヴェネシンは歯を軋った。
「死んださ。だから油断していた。私のミスだ。」
「それはもういいと言ってるだろう!」
ヴェネシンはサイコキネシスで小石を弾いた。それはクレアの頬に当たり、そこから血が滲んだ。
「第三の魔犬の能力は、時間差サイコキネシスだ。」
「何だと・・。」
ヴェネシンはギョッとして右手を口に当てた。
「生まれてすぐに死んだ・・・が、母親の胎内で何百何千回というサイコキネシスを発動していた。それが17年の時を超えて、真空波を作り出した。」
「そんな馬鹿なことが・・・。」
ヴェネシンは頭を押さえた。彼女だけでなく、集まった面々は信じられないという顔をしていた。
それが本当だとしたら、スケールが大きすぎる。
そして同時に、それを予知できなかったクレアは参謀として問題があるということでもあった。
「・・・わかった、もういい。クレア・クレッセント、貴様を参謀から解任する。」
激昂してない、むしろ沈んだ声だった。
それが何よりも彼女の怒りの大きさと、失望を顕していた。


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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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