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zoom RSS 「千里」 第十七話 魔犬再来 (W)

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:10   >>

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「何で、あたいがこんなことを・・・ブツブツ。」
第八分隊長アトラト・ウグヌスの娘こと、キャンディナ・V・ウグヌスは、薄い茶色のショートヘアを風に揺らして腕を組んでいた。細い首をかしげながら、不満気な顔をしている。
今年で19歳の彼女は、B2級サイコキノとしては高い実力を持っている。二つ名こそ無いものの、“大鋏”リック・ビッグマンや、“豪腕”ゼルーク・ミーティア、その他のB2級と比べても頭ひとつ抜き出ている。それだけに、自信も自尊心も相応なものがあった。
(戦えないって、すっごいストレス! 避難誘導とか、もっと弱い奴に任せればいいのに!)
別な言い方をすれば、血の気が多い。
それは砕組の大半に共通することであり、後方支援などの補佐的な任務を嫌う傾向にある。
良くない傾向だとアトラトは思っていた。彼が不在でなければ、娘の出動には反対したに違いなかった。
(パパってば、いつまでもあたしを子供扱いして。ヴェネみたいに1人の人間として見てくれてないのよね、結局。)
アルカディア10万のエスパーの中でも200位以内の戦闘力を持つキャンディナだが、砕組でも屈指の実力を持つアトラトと比べれば、凡人の範疇である。
アトラトにとっては、なまじっか自分の娘であるだけに、粗ばかり見えて仕方なかった。
(魔犬がこの近くに現れないかなー。今は負傷してるっていうし、あたいでも倒せるよね!)
その願いは、すぐに叶うことになる。
ただし、前半部分に限っての話だが。
「誰を斃セルッテ?」
「!」
キャンディナの目の前に現れたのは、負傷したフェンリルだった。
モースから受けた傷だけでなく、第三の魔犬の無差別風刃による傷も見受けられる。
「魔犬ね!」
「そうさ。あたしの名はフェンリル。魔犬フェンリル。」
「あたいはキャンディナ・V・ウグヌス。いざ尋常に勝負!」
「ククククク。」
フェンリルは馬鹿にしたように笑った。
「何がおかしいの。」
ムッとした顔で、キャンディナは念力を両手に集中する。
「勝負になるとでも・・・思ッテイルノカ?」
「こっちのセリフよ、半死人!」
キャンディナの両手から、槍状の念力が撃ち出される。
だが、傷を負っていてもA級エスパーだ。魔犬は余裕でかわし、キャンディナの背後に回った。
「っ!?」
「遅い。」
次の瞬間、キャンディナの左手は半分が無くなっていた。
「キ・・アアアッ!!」
悲鳴すらままならない。それくらいフェンリルの攻撃は速かった。
続いて右肩が深く抉られる。
「ああっ!?」
これでもフェンリルは実力半分、いや、元より傷ついた体に無理をさせない程度にしか力を出してないのだ、全力の1割程度だろう。
それでもキャンディナの何倍も強かった。
(奴の攻撃が見えない!)
(痛い!)
(このままではやられる!)

(奴の攻撃が見えない!)
(痛い!)
(このままではやられる!)
(痛い!)
(何か対策を)
(痛い!)
(逃げなきゃ・・)

「遅いね。」
フェンリルが笑い、キャンディナの右腕は縦に切断された。
噴き出す鮮血が顔にかかる。
フェンリルの顔にも血飛沫が飛び、それをペロリと舐める。
「嫌あっ!?」
キャンディナは生理的嫌悪感に震え、そして自分の愚かさを悟った。
彼女を遥かに凌駕するハービスやラドルでさえ、殆ど一方的に敗北した相手である。多少の傷などは問題にならない実力差が存在しているのだ。
「足も切るか?」
「あぐっ!」
両脚を切られたキャンディナは、サイコキネシスを使う間も無く、フェンリルのサイコキネシスによって地面に叩きつけられた。
キャンディナは痛みと悔しさで涙を流した。
(何で・・・)
そこへフェンリルの冷たい声が響く。
「本番はココカラダ。簡単には死ナサナイ。お前は母さんの仇の、娘なのだから・・・・・・いや、今となっては関係ないか。ただの人間で、それ以外の何でもない。」
フェンリルは目を伏せて笑い、パチンと指を鳴らした。
するとケルベロスがテレポートしてきた。
「い、嫌・・・」
キャンディナはガタガタと震え出した。
一目でわかるほどに、ケルベロスは興奮していた。
「怯えるのが遅いんだよ。命の危機より貞操の危機を心配するとは、どこのお姫様だか。」
「やめて、やめて、・・・」
途中から声が出なくなった。
必至でもがくが、10倍以上の力の差はどうにもならない。
ケルベロスがキャンディナに覆い被さってきた。


- - - - - -


魔犬討伐隊は、10名。
司令官、“大雀蜂”ヴェネシン・ホーネット。能力はサイコキネシス。
参謀、マイル・クレッセント。能力は千里眼。
レックス・ブースター。能力はアンプリファイア。
“黒い魔女”ヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモン。テレパシスト。
六楽深津。能力は“転令”(テンブルコマンド)と、“聴取”(ヒアリング)。
内村圭地。能力は“土の恵み”(ソイルグレース)など3つ。
京狐夜果里。空間干渉とサイコキネシスを備える、メタルイーター能力者。
モース・リーガル。同じく空間干渉能力者。
ベーン・ウェイザー。風組隊長の風使い。
スカーレット・マーチ。複数の能力を備えたパイロキネシスト。

準備を整えて出陣した10名は、予知した場所へ辿り着いた。
「街もすっかり静まり返ったな。」
モースが溜息をついた。
「ああ、避難誘導が上手くいったんだろう。」
このあたりはキャンディナが避難誘導を行っていた。ヴェネシンは姪の顔を思い浮かべた。
(よくやってくれた、キャンディナ。・・フフ、お前にとっては簡単な仕事だっただろうが。)
ヴェネシンは微笑みを浮かべながら、しかし、ふとマイルの様子がおかしいことに気付いた。
「どうした参謀。浮かない顔をして・・・。作戦は完璧だという自信は、どこへ行ったんだ。心配しなくても、この作戦はわたしや京狐さんの目から見ても完璧だ。」
「・・・・・・った。」
「ん?」
「・・・・わなかった。」
「何だって?」
「・・・すまない、ヴェネシン。・・・間に合わなかった・・・・・。」
「・・・!」
ヴェネシンは嫌な胸騒ぎを覚えて走り出した。
(この先にキャンディナがいる。)
(この先にキャンディナがいるはず。)
(この角を曲がれば・・・)
「・・・・・・。」
確かに、そこにキャンディナの姿はあった。
茶色のショートヘアに、茶色の瞳の少女。キャンディナ・V・ウグヌス。
その髪と顔は血にべっとりと塗れ、首から下は無かった。
「キャン・・ディナ・・・?」
17年前に母を亡くし、父に疎んじられてきたキャンディナを、ヴェネシンはずっと育ててきた。その絆は、実母のイブよりも深いかもしれない。
ころころと変わる愛らしい顔は今、無表情で地面に転がっていた。
「キャンディナぁ!!」
ヴェネシンは駆け寄ってキャンディナの首を拾い、抱き締めた。
「ああああああああああ・・・・・・・・・!!」

悲痛な叫びが轟く中、残りの面々が駆けつけた。
「ヴェネシン!」
「クレア・・・。」
ヴェネシンは生首をそっと地面に置いて、ゆらりと立ち上がった。
「貴様の・・・貴様のせいで!」
言いながらヴェネシンは、マイルに殴りかかっていた。
殴り飛ばされたマイルは地面に激突し、ガレキで右の頬を切った。
「クレア・クレッセント・・・貴様のせいで・・・」
ヴェネシンは虚ろな目をして、なおもマイルに攻撃を続けようとした。
「貴様が殺していれば・・・・17年前、あのときに・・・・・・」
ヴェネシンの眼に殺気が宿った。
そしてサイコキネシスでマイルを攻撃しようとした瞬間、夜果里とモースが同時に彼女を殴った。
「かはっ・・?」
「やめんか馬鹿者!」
殴られた痛みと夜果里の叱責で、ヴェネシンは我を取り戻した。
次に彼女を襲ったのは、耐え難い悲しみの洪水だった。
「・・・・・だって・・・だって・・・・キャンディナが・・・キャンディナが・・・・・・・・うああああああああ・・・・・!」
ヴェネシンはへたり込み、大粒の涙を流した。
これほどまでに彼女が泣いたのは、後にも先にもこれっきりだった。

(そんなに姪が可愛いなら、ずっと家の中に閉じ込めておけよ。)
マイルも含めた面々が同情を寄せる中、レックスは冷ややかな視線を送っていた。
しかし彼が怒っているのは、そのことではない。前線で戦う者に対して物申すほどの人間でないことは、彼自身よくわかっていた。
(力不足を責めていたんじゃなかったのか。いや、力不足も責めていたんだろうが、それならまだわかる。オレだって、もっと酷い責め方をした。クレアに暴力まで振るった。)
暴力の感触は、今でも生々しく残っている。
それを思い起こすと、レックスは暗い気分になる。
(ヴェネシンは、そうじゃなかった。クレアが手を汚さなかったことを責めたんだ。17年前にクレアが魔犬の子供を殺さなかったことを責めてるんだ。クレアなら未来に魔犬が事件を起こすことを予知できたはずだと、それを予知しながら魔犬の子供を殺さなかったから、クレアが今回の事件を招いたも同然だと、今回の死傷者はクレアが殺したようなものだと、そう言いやがったんだ! 何だそりゃ・・・・何だよ、それ・・・・・いや、仮にアルカディアに報告するべきだったと、そうだとしてもさぁ、将来そうなるから赤子のうちに殺せって、それって、ミチルドの選民思想と同じことじゃねえのかよ? ・・・・だったら子供のときのクレアは、みすみす魔犬が殺されるのを防ぐ為に沈黙を決め込んだんじゃねえのか? 偽装とかも、そういうあたりのことじゃねえのか? 妹の娘を大事に思うあんたが、何で13歳の子供に平気で赤子を殺せなんて言えるんだよ!)
赤子を殺す。胎児を殺す。それはレックスにとってタブーとも言えることだった。
スラム街で育ったレックスは、自分を捨てた両親を恨みながら子供時代を過ごした。しかし、高校生になる頃には、恩を返す義理こそ感じないものの、自分を殺さなかったことだけは感謝するようになっていた。
それは、自分が手を汚すのは忍びないという偽善的な感情だったかもしれない。だが、特に罪悪感も無く、子供を堕ろしたり堕ろさせたり、暴力を振るって死なせたりする親が溢れている街では、生きる可能性を積極的に断ち切らなかっただけでも感謝すべきことだと思ったのだ。
ヴェネシンの悲痛な叫びに胸を痛めてないわけではない。だが、それ以上にレックスは怒りを覚えていた。
それでも沈黙し続けたのは、かつてクレアを責めた自分を恥じたからだった。

しばらく泣き続けた後、ヴェネシンは涙と鼻水を拭いて立ち上がった。
「・・それで、参謀。魔犬は?」
ゾッとするほど冷たい目だった。
「追う気か?」
「・・・本当にクレアとは別人なんだな。」
そう言ってヴェネシンは座り込んだ。
「とっとと作戦を実行するぞ。これ以上犠牲者が出ないうちにな・・。」
「わかった。今のところ魔犬は動いてない。ここから1キロほど南。腹ごしらえをして休憩しているようだ。」
「なるほど。ならばこちらも飴でも食べておこう。」
ヴェネシンは荷物から飴の入った袋を取り出して、マイルに投げてよこした。
「そうだ、それと・・」
おもむろにキャンディナの首を拾うと、ヴェネシンはサイコキネシスで、それを粉々に吹き飛ばした。
「お、おい・・?」
レックスは思わずヴェネシンに手を伸ばした。
先程までわんわん泣いていた女と同一人物とは思えなかった。
「生ゴミに用は無い。」
抑揚の無い声。
マイル、夜果里、モースの3人を除き、その場のメンバーはゾッとして固まった。
「な、生ゴミって・・。」
「キャンディナの形をした肉塊など、見てて胸糞悪いだけだ。」
ヴェネシンはそう言って、自分も飴を頬張った。
レックスは先程のヴェネシンに対する認識を、少し修正せざるを得なかった。どれほど悲しみに暮れようが、ものの数分で、ここまで冷静になれる。たとえ強がりでも。
かつてランドが死んだとき、大切な人たちを失ったとき、自分は何日も動けなかったのだ。

10人は、作戦通りの配置についた。
司令官ヴェネシンの側に、参謀マイル、レックス、ヴェロニバル、深津、圭地。
夜果里、モース、ベーン、スカーレットは、魔犬のもとへ向かった。

マイル・クレッセントの能力は、半径1.6キロの範囲全てを同時に把握するものである。
クレア・クレッセントが一度に把握できる事象は、そう多くない。マイルは出力こそクレアに劣るものの、可視範囲の全てを同時に把握し、予知することが出来る。それこそ物体の位置や動き、エネルギーの流れまでもだ。
“ギガマイル・クレッセント”というのは、この2人の統合人格であり、ギガマイルが自身を2つに割ったとも言える。
出力でクレアに勝り、把握の範囲も精度もマイルに勝るギガマイルだが、それゆえに能力の殆どを使いこなせていない。そして、使いこなせている部分の殆どを、アルカディア市民の安全を維持する為に使っている。

マイルは、レックスのアンプリファイアによって2キロ先まで把握できるようになっている。彼女が得た情報は、ヴェロニバルのテレパシーでヴェネシンに伝えられ、その思考を再びヴェロニバルが読み取り、スカーレットに伝える。
流石に魔女と呼ばれたテレパシストである。ヴェロニバルの能力は、レックスのアンプリファイアの強化も受けて、1キロを跨いでも殆ど減衰せずに中継の役割を果たしていた。
「テレポートブラスト!」
スカーレットの奇襲攻撃は速い。魔犬も予知アンテナを張り巡らしているが、それよりも速い。
「ぐあっ!?」
予知能力は、高速で複雑な動きに弱い。処理が遅れるからだ。
それはクレアだけでなく、魔犬にとっても同じことなのだ。
じきに夜果里とモースの空間干渉ツートップも駆けつける。
「“百鬼斬空”!」
「“ルーム・ウォール”!」
予知能力の弱点は、もうひとつある。
弱点というより、当たり前の話だが、未来を変えるには相応の力が必要だということだ。
「かはっ!」
たとえ攻撃を予知したとしても、かわせなければ意味が無い。
むしろ予知に意識を取られる分だけ、かわす行動が遅れる。この領域の戦いで、それは致命的だ。
その上ベーンが攻撃してくるので、魔犬たちは自分のペースで戦えない。
ベーンの能力はサイコキネシスだけでなく、風が吹くと自動的に吹っ飛んでいくというものがあった。魔犬の攻撃によって僅かでも風が発生すると、空の彼方へ飛んでいく。第三の魔犬“ティンダロス”の牙も、彼には届かない。どれほどの威力があろうとも、3体の魔犬の攻撃は全て、空気に触れずに行うことは出来ないのだ。
「くそっ・・ちょろちょろと・・・!」
フェンリルでさえも互角に戦うのが精一杯だった。
ケルベロスは押され気味だ。
(ティンダロス!)
第三の魔犬の見えない刃が、スカーレットを襲う。
だが、フェンリルが予測している刃はマイルも予測している。ヴェロニバルのテレパシーを中継に、スカーレットは指示を受けて、テレポートで回避する。
第三の魔犬“ティンダロス”・・・生きていれば、魔犬の中で最も恐ろしい相手だっただろう。だが、死んでいる以上は予知合戦も無い。風刃の出現を予知して見切れば、それで回避できる。
それでも、フェンリルやケルベロスであれば、出現を予知した場所に相手を追い込むことも出来た。だからこそマイルは、確実にティンダロスの攻撃を回避できるだけの精鋭を配置し、予知能力でサポートすることにしたのだ。
「人間、ニンゲンがあっ!!」
フェンリルは怒りと苛立ちで叫んだ。
人間を憎む意思もまた、人間の言葉で表現されていた。

予知能力には予知能力。マイルの能力は出力でクレアに劣るが、魔犬のそれは上回っている。
第三の魔犬“ティンダロス”の牙を回避しながら、スカーレットは空間干渉による攻撃を加える。
「ひゃっは!」
彼女の空間干渉は、夜果里やモースに比べれば未熟なれど、テレポートを絡めた攻撃は鋭く速い。
そのスピードにケルベロスもフェンリルも対応しきれない。どこから来るのかもわからない。
「砕けろ雌犬!」
「くあっ!?」
スカーレットは得意のパイロキネシスは封印している。街を火の海にするわけにはいかないので、マイルから禁止の指示を出されているのだ。それでも魔犬を苦しめるには十分だった。
夜果里とモースを相手にしながら、スカーレットの奇襲攻撃をも相手にする。更にベーンの攻撃も鬱陶しい。
多人数戦闘において最も警戒すべきは同士討ちだが、フェンリルとケルベロスは互いに予知能力とテレパシーで回避している。しかし、夜果里たち4人もテレパシーを中継に使った指示と、持ち前の経験で同士討ちを避けている。経験値の乏しいスカーレットは、その速さで回避する。
フェンリルとケルベロスは追い詰められていった。
しかも、アルカディア側には、まだ隠し玉が残っていた。

「転べ!」
深津が叫ぶと同時に、フェンリルとケルベロスは大きく体勢を崩した。
その隙を突いて、夜果里、モース、スカーレットが一斉攻撃する。
夜果里の斬撃が肉を絶ち、モースの叩撃が骨を砕き、スカーレットが体内に炎を噴射した。
「ぎゃああああ!!?」
“令能力”(コマンド能力)という。
深津の能力“転令”(テンブルコマンド)は、「転べ」という声を聞いた者を転ばせる。
街中で1キロも離れていれば、通常は聞こえない。だが、魔犬たちは超能力で感覚が鋭敏になっており、犬のように耳が良い。それが仇となった。
夜果里たちは聞こえないから転ばない。魔犬が転んだ隙に、痛烈な攻撃を加えられる。

ヴェネシンの指示したタイミングは完璧だった。
キャンディナの無惨な死による、怒り・悲しみ・憎しみ・・・それらを束ね、かつ、恐ろしいほどの冷静さで的確に指示を出していた。
負の感情でも、強い感情には違いない。それを擬似的な昂ぶりとすることで、必要な集中力を確保した。
ヴェロニバルの中継により、戦場が目の前に、同時に掌の中にあるように感じた。
その中にいる敵めがけて殲滅の意思をぶち込む!
なんというカタルシス。
なんというカタルシス。
迷いは吹っ切れた。このときのヴェネシンは過去のことなど微塵も考えていなかった。極度の集中力は理想的な攻撃を敵にぶつける。滅ぼす。
「死ね。」
ケルベロスに、深い一撃が入る。
キャンディナを犯して殺した彼は、空気をビリビリと震わせて絶叫した。
「ギャギャアアアアアア!!」
もはや戦えない。
もはや助からない。
彼の腹を見れば、後ろの景色が同時に見えた。

ヴェネシンは身を震わせた。
それは快感に近かった。
強烈な復讐心と、ある種の嗜虐心を満足させ、怒りも悲しみも純粋になる。
濁った泥水が浄化されるようなビジョンが頭に浮かんできていた。
その感情の奔流に、マイルは一瞬だけ巻き込まれた。一瞬だけマイルの能力は停止した。
それがフェンリルに反撃を許した。
(しまった!)
マイルは急いで能力を再度展開したが、そのときには既に、フェンリルはヴェネシンに前にテレポートしてきていた。
ヴェネシンは一種の虚脱状態にあった。
フェンリルの“牙の意思”が剥き出しになる。彼女の右手はロボットのアームのように屈曲し、ヴェネシンの頭めがけて掴みかかった。
(長い・・!)
時間の感覚が延長された。
フェンリルは自分の腕がゆっくりとヴェネシンに向かうのを見た。
今にも握り潰そうとする毛むくじゃらの手は、禍々しい爪を備えている。
この距離ならガードは間に合わない。
(弟の仇!)
敗北したとしても、死ぬとしても、ヴェネシンを殺す。
フェンリルの意識は、そこに集約された。

((殺す!))

次の瞬間、血飛沫が跳んだ。
ヴェネシンは鮮血を巻き上げながら、ゆっくりと倒れた。

(何故・・?)
「何故・・?」
フェンリルは疑問だった。
彼女の視界で、ヴェネシンは血を巻き上げながら倒れていった。
ヴェネシンが巻き上げていたのは、殆どフェンリルの血だった。
(何故・・・・・こっちが早かったはず・・・・・・・)
フェンリルの腕は、ヴェネシンの槍状念力“スティング・ランサー”によって貫かれ、夥しい血をヴェネシンの頭に撒き散らしていた。
そして同時に、“槍”は、フェンリルの口から頭まで突き抜けて、脳髄を破壊していた。
「ああ。」
ヴェネシンは冷たい目つきでフェンリルを見下ろした。
「キャンディナを食ったろ、貴様。」
「何・・?」
息も絶え絶えのフェンリルは、超能力も使えず、喋るのが精一杯だった。
「貴様の口からキャンディナの匂いがした。それだけだ。」
長年一緒に暮らしたからこそわかる。
無意識の計算は、高速で自動で正確無比。一種の虚脱状態にあったことで、フェンリルよりも速い攻撃を可能とした。
「たった・・それだけで・・・?」
「こちらもひとつ質問だ。何故キャンディナを殺した。なぜ殺した。何故!? 何故!? 何故だ!?」
再びヴェネシンの感情が溢れる。
「くく・・・仇の娘だから・・・・・・いや・・・・今更そうじゃないな・・・。人を殺し、食らうのは、我らの本能・・・・。人語を解したところで、別種の生き物ナノサ、がふっ、はあっ・・・。オマエタチはニンゲンと共存できても、我々は違う・・。ニンゲンの遺伝子を持ってようが、ニンゲンの知能を持ってようが、獣に過ぎないのだ! 獣が獣の本能を満たして何が悪い・・? 腹が減れば食うし! 殺したければ殺す! 犯したければ犯す! 何も我慢などしない・・・! ニンゲンの理屈で、我らを語るな・・・・・ニンゲンめええっ!!」
喋っている間にサイコキネシスで無理やり脳を修復した。
フェンリルは再びヴェネシンに襲いかかった。
「!」
だが、修復したといっても完全ではない。無理やり修復した脳髄は、予知能力を失っていた。
フェンリルは、予期せぬ攻撃を受けた。
「が・・・!」
過去からの攻撃。
ティンダロスの放った、時間を越える刃。
「・・・・あ・・・・・・・・・」
マイルがヴェネシンに出した指示は、少しだけ位置を移動することだった。
本来ならティンダロスの攻撃は、ヴェネシンに放たれていた。
そこへ、その位置へ、誘い込んだのだ。

フェンリルは今度こそ修復不可能なまでに傷つき、ヴェネシンによって粉微塵にされた。
同じ頃にケルベロスも息絶えた。


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