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zoom RSS 「千里」 第十七話 魔犬再来 (X)

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:15   >>

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第三の魔犬“ティンダロス”の攻撃は、マイル・クレッセントの予知によって、その全ての発生を予測された。
人々は指示に従って避難を繰り返し、やがて戒厳令は解除された。
多くの人々を恐怖のドン底に突き落とした魔犬事件は、こうして終わりを告げた。
消えない爪痕を残して・・・。


ティンダロスの牙が全て消失した後、クレアは査問にかけられた。
アルカディアの最高幹部が全員集合し、ヴェネシンも加わる。
「懺悔の時間よ、クレア・クレッセント。」
ヴェネシンは強い憎しみの籠もった目でクレアを見つめた。
「ああ、私は罰を受ける。私は罪を犯した。かつて魔犬と遭遇し、殺すことが可能な機会を得た。しかし、将来こうなることをわかっていながら、私は魔犬の子供たちを殺さなかった。」
被害を正確に予知していたわけではない。
だが、何か大きな事件を起こすことはわかっていた。
「運命を弄んだ犯罪エスパーとして、予知能力者・三日月千里として、私は裁きを受ける。」
「そこまで覚悟が出来ているなら、話は早いな。」
そう言ったのはミチルドだった。
「クレア・クレッセント。これより半年間を暗室で過ごし、更に半年、最高幹部の権利を剥奪する。」
アモン、ハヌマン、シュシュも、静かに同意した。
首領のジュエルだけが、しょぼくれた顔で黙っていた。
「いいよね、ジュエル。」
ミチルドが念を押す。
「うん・・・。」
弱々しい声で、ジュエルは頷いた。
「ヴェネシンも、それでいいかな。」
「クレア・クレッセントの処遇に異議は無い。妥当な刑罰だと思う。ただし・・」
「?」
「今回、多くの死者が出た責任は、あんたら最高幹部にもある。その責任を今から追及させてもらう!」
「どういう意味で言ってる?」
ミチルドはヴェネシンを睨んだ。
ヴェネシンも負けずに睨み返す。最高幹部相手でも、全く気後れしていない。
「クレア・クレッセントの能力制限についてだ。」
「それか。」
ミチルドは片目を大きく見開いた。
子供の姿をしているとはいえ、その圧迫感は70を過ぎた老人相応のものだった。
「クレアの能力制限を、常時一段階解放すること、そして制限解除を本人の意思で行えるようにすること。それがわたしの要求だ。X・Q・ジョナルとヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモンの署名も取ってある。」
ヴェネシンは要求書を突きつけた。
だが、ミチルドは目を細めて一言。
「却下する。」
「おい、勘違いするなよミチルド。わたしは懇願してるんじゃない。要求してるんだ。意味わかってるか?」
アルカディアでは、幹部は幹部であるべくして幹部である。不適格だと判断されれば、敬意は払われない。
「強すぎる能力が無闇に使用できる状態は、好ましくない。」
「だから一段階と言ってるのだ。だいたい、人が死ぬのに無闇も何も無いもんだ。」
ヴェネシンも引かない。
ミチルドも引かない。
「彼女の能力が、アルカディア市民20万人の生活を維持する為のものであることは知ってるはずだ。ヴェネシン、お前も市民を守る為に砕組に入っているのではなかったのか? お前たちの命は市民の命より重いと言いたいのか? 今まで組織の理屈で行動してきたお前が、どうして今になって頓珍漢なことを言い出すのやら。キャンディナの死で、冷静さを欠いてるのと違うか。」
「冷静さを欠いている? 当然だろう。わたしは組織の理屈で動いても、組織の駒じゃない。組織の理屈が、わたしの姪を思う感情より勝ってるとでもいうのか?」
「その通りだよ、ヴェネシン・ホーネット。それが組織というものだ。」
その言葉にヴェネシンは、怒りで我を忘れた。
槍状の念力“スティング・ランサー”が、ミチルドに向かって放たれる。

(はっ!)
我に返ったときは、ミチルドの頭は半分ほど吹き飛んでいた。
「・・・今のは僕への罰ということで、甘んじて受け入れよう。」
一瞬のうちに、ミチルドの体は元に戻っていた。着ている服さえも、傷ひとつ無い。
(何なの、今の・・・?)
驚愕に目を見開くヴェネシンに、ミチルドは何事も無かったかのように話を続ける。
「だが、要求は却下だ。お前にとってはキャンディナの命は市民の命より重いのだろうし、それは当然のことだが、組織にとっては市民の命は軍人の命より重い。まさか、命は平等だなんて主張しないだろうね。そんな、僕でも呆れるくらい傲慢で恥知らずなこと・・・。」
「・・・・言わないわ。傲慢かどうかを別にしたって、容易に踏み躙られる理想論に過ぎないし・・・。」
静かな声で、そう言ってから、ヴェネシンは眉を吊り上げた。
「けれどミチルド、お前にだって、そんなことを言う資格があるのか? 前線に出てこない貴様に、命の価値を語る資格が、あるとでも思っているのか!」
「僕らが前線に出ないことの意味をわかってるくせに、何故そんな意地の悪い質問をするのかな。そんなに自分の価値をアピールしたいのか? それは確かに僕らも認めることだがな。僕らは思ったよりは役立たずだし、お前らは思った以上に価値がある。わかっているんだろう? わかっていて、言ってるんだ。お前は自分の、やり場の無い怒りを、誰かを攻撃することで晴らしたいだけなんだ。」
「何だと・・・・?」
再びヴェネシンが殺気を発する。
「僕を攻撃することで少しでも怒りが晴れるなら、それでもいいさ。弱くて無能なくせに威張り散らすのだけは一人前な三流為政者と同列に見られるくらいなら、百万回死んだ方がマシだ。」
「・・・・クレア・クレッセントの能力で、20万人を管理できるなら、たかが組員の千人やそこらも加えられないのか?」
ヴェネシンは悔しそうな顔で言った。
「それも、わかってるはずだ。」
ミチルドは眉を顰める。
「20万人を管理しているといっても、肉体的ないしは精神的な危機的状況を未然に防いでいるだけだ。それも、生存に関わる程のな。こと戦闘となれば、それにかけるスペックは生活保全などとは比べ物にならないほど甚大なものだ。細かく、正確に、素早く予知し続けなければならないのだからな。こんな初歩的なこと、わかってないはずはないだろ? わかってて質問するのは何故だい。」
「・・・・どれだけ理屈を並べ立てたところで、キャンディナを助けられなかった言い訳にはならない! わたしは認めない!」
「そうかい。そう言えば、僕が前線に出ないことを非難していたけれど、砕組なんか出動させずに僕がそこらへんの街ごと魔犬を粉々にしていれば良かったのか? だったら砕組は、何の為に存在してるわけ?」
「もうやめなさい、ミチルド。」
制止したのは副首領のアモン・ガゴルグだった。
「ヴェネシンの言ってることは、もっともなことです。ギガマイル・クレッセントが最高幹部になってから、アルカディアの死者は急激に減少しました。それに感謝すべきではありますが、現状でまだ死者が出ている以上、歩みを止めるべきではありません。わたくしが提案しますのは、半年間の幽閉状態の中で、最高幹部としての任務と共に、首領による訓練を積んでもらうということです。」
「賛成。」
「ウッキイ!」
シュシュとハヌマンが同意した。
「アモン・・・。」
ミチルドがアモンを睨んだ。
「わかってるんだろうね? 彼女の能力に頼る、その危険性・・・。」
「もちろんです。」
「ヴェネシンに同情して提案したのなら、僕怒るよ?」
「ミチルド、あなたは厳しすぎます。確かに人は、便利さに囲まれすぎれば、強きに庇護されすぎれば、堕落し腐敗します。存在意義さえ危うくなります。そういったことの危険性は、十分に承知しています。ですが、戦乱で命が失われていくことの方が、遥かに危険だとは思いませんか?」
「・・・わかったよ。ハヌマンとシュシュも同意してることだし、従おう。しかし忘れるなよ、その論理自体も、かなり危険なんだってこと。」
「もちろんですよ。わたくしも伊達に長生きしていません。」
そう言ってから、アモンはヴェネシンの方を向いた。
「それで、よろしいでしょうか。」
「・・・ああ。ここが落としどころだな。」
ヴェネシンはアモンに礼をすると、部屋から出て行った。
やり場の無い感情はあれど、これ以上ぶつける愚かさは持ち合わせていない。暗い顔で彼女は家に戻った。


- - - - - -


「納得いかねえ。」
レックスは自室で呟いていた。
クレアが禁固刑を受けたことを聞いて、レックスは暴れてやろうと思ったくらいだ。
しかし、かつて自分もクレアに食ってかかった手前、異を唱えることも出来なかった。
それでも感情は抑えきれない。
レックスはドタドタと足音を立てて部屋を出て、台所でコーヒーを淹れた。
「・・・サム。今回のこと、どう思う?」
コーヒーを飲みながら、レックスは呟くような声で尋ねた。
「いつものことだ。」
「そんなんじゃなくて・・」
「この程度で苛立っていては、クレアさんの隣には立てないぞ。・・・とはいえ、私も不愉快だよ。正直な。」
「サンクス・・・。」
レックスは目を押さえながら、蚊の鳴くような声で言った。
しかしすぐに目を擦って、コーヒーに口をつけた。


- - - - - -


「きいい、ムカツク! いつもいつもクレアばっかりに責任おっかぶせて! 腐れバーカ! 超バーカ!」
本部の月組施設で、スカーレットは自らの金髪を引っ張りながら怒っていた。
その隣で、ルナとリュウも険しい顔をしている。
「ルナ! リュウ! 一緒にクレア助けに行こっ! さいこー幹部なんか、ぎったぎたのめっためたにしてやる!」
「そうしたいのは山々だけど、僕たちでは最高幹部の1人にだって勝てないよ。」
「バカバカバカ! へっぴり腰! ちんこもげろ!」
「下品だよ、スカーレット〜。」
枕を抱きながら、ルナが注意する。
「ルナ、ルナは行くよね?」
「でもさ、わたしらが下手に暴れたら、またクレアが責任を問われるんじゃない?」
「うう・・・。」
スカーレットは悔しい顔で目に涙を浮かべた。
「何で何で、いつもいつもクレアばっかり損ばっかり! さいこー幹部、そんなに強くて凄くて偉いってんなら、私が試してやるわ!」
「あ、待っ・・」
ルナが止めようとしたときには、スカーレットの姿は消えていた。


「死ねええええ!!」
スカーレットが食料倉庫にテレポートしてきた。
そこにいたミチルドは、よける間も無く激しい炎に包まれた。
「殺った!」
スカーレットは着地して笑った。
「やってないよ。」
その後ろにミチルドが立っていた。
服も焼けてない。
「え、嘘・・・」
「食べ物を粗末にするなんて、躾のなってない子供だな。」
「あんただって子供でしょ!」
「僕は76歳だ。エスパーの年齢は見た目で計れないのは基本だぞ。」
「何よ馬鹿にして! あんたそんなに偉いっていうの!?」
「ま、少なくとも、感情に任せて暴れるだけの子供よりはね。」
「偉そうにすんな腐れバカアホ! ちんこもげて死ね!」
「・・・やれやれ、少しは妹の上品さを見習ったらどうだ。」
「はぁ!? 私に妹なんかいないわよ! そんなことも知らないの!?」
「・・・・・・。」
ミチルドの周囲の空気が、ざわざわと揺れる。
「知らないのは君の方だ、スカーレット。」
「馬鹿にすんなアホ!」
いよいよ顔を赤くしたスカーレットが、掌に熱を蓄える。
「食らえ必殺、“触れる太陽”!」
その瞬間、食料倉庫全体が吹っ飛んだ。
スカーレットの“触れる太陽”は、摂氏6000度。全開で放てば街ひとつ火の海にしてしまう。
アルカディア20万人分の、3年分の食料が灰になった。

「馬鹿にしてるが、敬意も払っている。」
青空の見える状況で、無傷のミチルドが立っていた。
「なに・・・それ・・・どういう能力・・・?」
「この僕を恐れない度胸に敬意を表して、少しだけ見せてやろう。アルカディアが秘める闇の、ほんの一端を。」
「・・・何が闇よ! 闇って言いたいだけなんじゃないの!? バリアだか何だか知らないけど、私の“触れる太陽”、連射に耐えられると思うなぁっ!」

だが、次の瞬間、スカーレットは全身を切り刻まれていた。
「はぐあっ!?」
(嘘・・・・これって・・・・・・ティンダロスの真空波・・・!?)
咄嗟に防御したが、内臓までズタズタにされた。
「こういうことも出来る。」
その言葉と共に、大爆発が起こった。
吹き飛んでいく中で、スカーレットは先程以上に驚愕していた。
(何で・・・・私の技まで・・・・・)

死んだと思ったとき、スカーレットは自分が生きてることに気付いた。
切り刻まれたはずの体も、服さえも元に戻っていた。
(え・・・何・・・・今の、幻覚・・・・?)
しかも、周囲を見回すと、更に驚くべきことになっていた。
焼き尽くしたはずの食料が、倉庫もろとも元に戻っていたのだ。
「嘘・・・・。」
「だが、現実だ。この能力ゆえに、僕は食料倉庫の管理を任されている。」
何事も無かったかのように、ミチルドが立っていた。
もちろん服さえも無傷だ。
「スカーレット・マーチ。お前も確かに優れた潜在能力を持っているようだ。“光兎計画”は伊達じゃないな。だが、僕から見れば、キャンキャン吼えるだけの犬っころに過ぎない。」
「ううう、馬鹿にして! 馬鹿にしやがって! そんなに強いんなら、あんたが戦え! あんたが責任取れ!」
するとミチルドは残念そうな顔で肩を竦めた。
「“強い”ってことに過剰な期待を持つのは、君くらいの年頃にはよくあることだが、だから君は子供なんだよ。それでも、まあ・・・耐え切れずに逃げたネイル・グレイよりはマシか。」
「わけわかんないこと言ってないで、クレアを牢屋から出せ馬鹿!」
スカーレットは泣いていた。
涙と鼻水で、顔が汚れた。
「永遠に会えないわけでもないのに、何故そこまで? それとも、永遠に会えなくしてほしいのか?」
「ひっ!?」
ミチルドの顔が形容しがたいものになり、スカーレットは悲鳴をあげた。
恐いもの知らずのスカーレットが怯えるほど、生理的な恐怖を覚える顔だった。
「やり場の無い怒りを受け止めるのも僕の役目とはいえ、限度ってものがある。僕の力に限度は無いが、礼節は無礼の限度を設定してるんだ。」


「うああん、悔しいよぉ!」
部屋に戻ってきたスカーレットは、布団に突っ込んでジタバタした。
「あいつの能力わけわかんない! 言ってることもわけわかんない! 嫌い! 嫌い! 大っ嫌い!」
「その様子だと、ミチルド・レジャミラスと戦ってきたんだ。よく生きてたね。」
リュウが顔を青くして言った。
「クレアに会いたいよお! うわああああああん!」
「わたしだって会いたいよ・・・。」
ルナが震える声で呟いた。
「僕だって・・・。」
リュウも、泣いてこそいないものの、俯きながら言った。
「早く帰ってきてよ、クレアあああああああああああああああ!!」


- - - - - -


暗闇の中で、クレアは昔のことを思い出していた。
17年前の春、少女時代最後の春のことを。
(魔犬・・・。)
(お兄様。)
(宙太。)
(光子。)
(吉岡。)
(沢木。)
思い出だけが残っている。
5人で兄のもとへ泊まり込み、その最中、魔犬の存在を感知した。
兄弟と友人を守る為に、策動した。今からすれば拙劣なものだったが、守りたい人を守り抜くことが出来た。
しかしそれも一時的なことに過ぎなかった。
魔犬の牙にかからずとも、運命の牙からは逃れられなかった。容赦なく、死を、狂気を、振り撒いた。
かつてを懐かしむときには、否応なく心が裂かれるような痛みを伴う。
(・・・・・・。)
暗闇の中でも千里眼で生活には不自由しない。
だが、心の方は別だ。
(やけに苛つく・・・。)
すっきりしない。後味が悪い。
刑に処されていることではない。
(何か・・・何かを見落としてないか・・・?)
考えていたことを忘れてしまって、何かを考えていたことだけは覚えている、もどかしく気色悪い感覚。それに似ていた。
制限されたまま力を使いすぎたことが、苛立ちという形を取って顕れる。精神のバランスを崩し、もどかしく、じれったくて、嫌になる。しかも、それは何かを果たすことで解消されるものではない。
疲弊した精神は堂々巡りに嫌な記憶を浮かび上がらせ、いっそう苛立ちを増幅する。身の毛もよだつ嫌悪感が心を蝕み、別の世界へ遊離する。
クレアの精神世界のうち、悪意の闇が最も深い部分。嫌悪感をベースに、愉悦と憎悪を煮溶かしたような世界。
黒い霧が満ちている、重苦しい世界。
(デビルズ・・・お前も、こんな気分だったのか?)
体の節々が、うず痒さと共に劣化していくようでいて、寒さと暑さの両方が肌に刺さるようでもある。
目の奥がゴロゴロとする。鼻と咽の奥が圧迫されるように痛い。両腕の筋と血管が、時折ぴくぴくと動く。
背中から腰にかけて寒気が走る。なのに体は、じっとりと汗ばむ。土踏まずが、やけに痛む。
冷たい素足を、両手でギュッと握って温める。
「はああ・・・ああ・・」
ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。
しばらくそのまま座り込んで動かなかった。
全身に寒気が走る。

おもむろにクレアは両手で左足を掴み、その親指をベロリと舐めてみた。
苦味に似た刺激が舌に伝わる。クレアはそのまま左足を隈なく舐め続けた。
吐きそうになりながら、胃が痛くなりながら、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め続けた。
「はあ・・はあ・・」
ぬるっとした左足を床に置いて、次は右足を舐め始める。
だんだと付け根が熱くなってきた。熱を持っているのがわかる。
(変態だな、私は・・。)
気色悪い想念から逃れるには、強い欲求を満たすのが手っ取り早い。とはいえ、誰にも見せたくない姿だった。
唾に塗れた足が、衣服の上から胸を刺激する。柔らかい体だ。
「んん・・。」
クレアは指を唾で濡らし、服の中へ入れた。
左手で服を掴んで隙間を作り、右手についた唾が拭われないように注意する。
「は・・・・む・・・・」
声を殺しながら、自らを慰める。
千里眼の能力は、どこをどのように刺激すれば最も強い快感が得られるかを教えてくれる。
苛立たしいと、特に感覚が鋭敏になってくる。肉体的にも、精神的にもだ。
「ッ!」
じわっと生暖かい感触が広がり、遅れて全身から汗が滲み出てくる。
「はあ・・・。あ・・・。」
少し息切れしながら、クレアは寝転がった。

(そうだ・・・訓練・・・・)
多少は気が紛れ、クレアは命じられた通りに訓練を行う。
(同一の事柄に対し、意識集中の度合いを細分化。)
(それを拡張し、縮小。)
(それを繰り返す。)
(意識の度合いを数値化し、高速で測定可能にする。)
(繰り返し。)
(繰り返し。)
(繰り返し・・)
反復によって、自らの精神の中にルールを作っていく。
その度にバグのようなものが発生する。それを修正するべく、精神を整地化し、より精密に再構築する。
少女時代から、折に触れて行ってきた精神改革。それを念入りに行う。
クレアの神化系能力“月神”(アルテミス)は、死者のESPをコピーする。クレアが何もしなくても、自動的に出力は上がっていくのだ。
制御の訓練を折に触れて行ってきたが、それは受身的なものではなかったかと、強く思うようになってきた。
能力を制御するというのは、最低限の義務だ。それでは想定外の事態に対処しにくい。
(制御ではない。)
(支配するのだ。)
(それこそ強力なエスパーの目標であり、義務ではないのか?)
(・・・目標か。)
(レックス、サム、ルナ、リュウ、スカーレット。私は必ず帰る。)
(待っていろ。)
(待っていろ。)
(成長した私を見て、どんな反応が返ってくるかな。)
(予知していなくても、何となくわかる気がするよ。)

闇の中でクレアは、静かに微笑んだ。



クレアの様子を背後から見ている者がいた。
背後といっても、それは物理的な意味ではない。
“彼女”は、漆黒を景色に塗りたくったような表情で、アハハと笑ってみせた。
華奢で貧相な体躯を黒い布地で包んだ、片羽の天使。
左の翼は根元のあたりから乱暴に毟られ、生乾きの瘡蓋には蛆が湧いている。
右の翼も途中で奇妙に折れ曲がり、あちこち傷だらけで虫が這っている。
狂気の代行者たる(4)、デミ・リ・バース。

『『何を笑っておいでで?』』
二重の男女の声がした。
同時に発せられた声の主は、シンメトリーに大の字で片手を繋いでいた。
リバースの(7)、T2(ティーツー)。

『何かを見落としてることに気付いただけでも、物凄く大したものだと思ったのよ。千里にしては上出来ね。』
『『物凄く上から目線ですね、それ。』』
『そう?』
片羽の天使はクスッと笑う。
『『それだけの実力があるのは認めますが。あなたさえいれば“リバース”は成立しますからね。』』
言う前からT2は寒気を覚えている。
寒気を覚えながらも、少しばかり異を唱えてみる。それが無為だと知りつつも。
『『あなたから見れば子供みたいなものかもしれませんが、仮にも史上最大の千里眼ですよ。ESP限定とはいえ、出力だけなら“偉大なる”(グランド)ファンディーナをも遥かに凌駕する。あの出力を使いこなせたら・・・』』
片羽の天使が可笑しそうな目で、唇に指を当てていた。
T2が思わず口をつぐんでしまったのは、それを見てしまったからだった。
恐いもの知らずのT2をして黙らせるほどに、デミの表情は不気味の一言だった。
『使いこなせるわけねーよ。』
ゲタゲタと笑いながら、やや乱暴な口調で彼女は宣言した。
T2はゾッとして、思わず服の襟を正した。
『『失礼しました。しかし、1パーセントでも支配されれば、我々にとって恐るべき脅威となります。今のうちに何らかの手を打っておくべきでは?』』
もちろん本気で言ってるわけではない。
自分の思慮深さなど、この片羽の天使の前では浅知恵にも及ばないことは承知している。
『お前もスカーレットみたいに“強さ”に過剰な期待を抱いているのか?』
『『それは、あれですか。強すぎる力は、守るべきものも壊してしまうという・・・』』
『そいつはせいぜい、コムザインやフィー・カタストロ程度の話だろう。シュシュ・オーディナークほどにもなれば、強さの意味が全く異なってくる。』
そう言って、片羽の天使は、さも楽しそうに唇を歪める。

『過ぎた強さは、価値観を塗り潰してしまう。』

見開かれた眼と、唇の隙間から見せた白い歯が、T2の視線を奪った。
『圧倒的に強くて凄い奴がいれば、そいつに全てを任せたくならないか? お前が、私さえいれば“リバース”は成立するなんて言ったように。あれは冗談か世辞としても、そういう気分があるわけだ。』
『『・・・まあ、否定はしません。』』
『お前でさえ、そうなのよ。神化系能力者で超A級エスパーの、リバース(7)T2が。その時点で、私の強さがマイナスに作用していることが理解できるだろう。』
『『マイナスですかね?』』
T2は顔を赤くして自ら両手で肩を抱く。
『屈服する悦びとは別の話だよ。存在意義に関すること・・・つまり強すぎる存在は、自分の存在価値を薄めてしまう。お前はそれに耐えられるどころか、存在価値が薄れることを愉しんでさえいるが、大多数の人間は違う。万能な存在が近くにいることに耐えられない。準星のネイル・グレイがアルカディアから逃亡したのも、それが根の部分に存在する。本人は意識してないようだけれども。』
『『そういうことを、そういう顔で言いますか・・・。』』
『そういう顔って、どんな顔してる?』
片羽の天使は笑いながらT2を見つめた。

『・・・しかし実際、お前が思うほど私は万能じゃないんだぜ?』
首を傾けながら、片羽の天使は肩を竦めてみせる。
『『そうですかね。魔犬の連中を匿ったのだって、“森の熊さん”のパラサイトステルスなんか使わなくても、あなたが代替できたと思います。』』
『出来るけれど、やらない。千里に気付かれなくても、ミセス・ジュエルに気付かれたら終わりなんだから。』
デミの顔は、抱えている恐怖を隠そうともせず、前面に押し出していた。
『私は“計画者”・・・。“デビルズ”ノットーや、“グランド”ファンディーナよりは優秀かもしれない。しかし、現実世界では何者でもないほどに脆弱だ。お前も含めた、(5)以降の6名は、現実世界で何者かである。それが既に私から見れば、かけがえの無い存在価値なのだ。代替物が存在することは、存在価値を薄めることはあっても貶めることにはならない。何が存在価値を貶めるか、お前は知ってるはずだ・・・マルチプル・タロニスの子供らよ。』
『『そう・・・・でしたね。』』
『けれども、動きたければ動いてもいい。それは自由だから。何らかの手を打つのでも、ただ遊びに行くのでも、好きにすればいい。』
『『それも含めて、どうせ(4)の計画なんでしょう?』』
『そう思うのも自由にどうぞ。』
天使の微笑みがT2を見つめる。
『『自由?』』
T2は引きつった笑みを浮かべる。
『『あなたの前では虚しすぎる言葉ですね。』』
『そうでもあるまい。本当の自由なんて存在しないことを認めれば、どれだけ自分が自由かわかろうというものだ。』


- - - - - -


静寂の中で、波の音が繰り返す。
小さな雀蜂が飛んでいく。
熊の手を離れ、闇の向こうへ。
ナイフが鮮血を拭う。
鼠が目を光らせて、向こうを見ている。
その後ろに箱が置いてある。
猫の膝。
鉄。
そして猛禽の爪が視界を横切る。
後は一面を血飛沫が覆って、世界が真っ赤に染まる。

蜂のように細い首の女が、野獣の爪と牙によって喉笛を引き裂かれる。
視界を覆い尽くす程の血しぶきが飛び散り、女は砂の上に倒れる。
野獣もまた深手を負っていて、静寂の中にその身を沈める。もはや、二度と起き上がる事はない。
波の音だけが響いていた。

野獣の腹は膨れていた。
死んだ母の体から、3つの命が這い出てくる。

そこへ誰かが歩いてきた。


それから17年が過ぎた。


「「ああ、涼しっ。」」
夜の海岸で、紫色のシャツを着た女が、そよ風を浴びていた。
年齢より幼く見える彼女は、その手に毛むくじゃらの幼子を抱いていた。
「「起きてる?」」
幼子は沈黙している。どこかを見つめているようで、その瞳は何も映していない。
「「視えるっかなっ? あれが三日月千里だよ。」」
すると、幼子の顔が険しくなり、憎悪の気を発する。
「「うん、そうだね。あなたの母さんフェンリルと、あなたの叔父さんケルベロスと、そのまた母さんを、殺した人。あなたにとっては、憎んでも憎みきれない仇だね。」」
彼女は楽しそうに微笑んでいる。
「「でも本当は、誰を憎んでいいかわからないから、誰かを憎まずにはいられないんだよね。そういう人は結構いて、憎悪と悲劇の種を蒔き続ける。だから世界は、こんなにも楽しいんだよね。あ、楽しっ。」」
幼子を抱えたまま、彼女は砂の上に座り込む。
「「愛のトラブルはっ、楽しっ。・・・あなたの出番は2年後も4年後も無いかもだけど、いつか世界に災いを振り撒いてあげるといいと思うよ? そのとき私が生きてたら、協力してあげてもいい。あなたの憎悪が薄らぐかもしれないし、呆気なく死んでしまうかもしれない。だから、これは保険ね。あなたが憎悪を忘れずに、あなたが生きていられたら、そのときは再び私を探し当てて、一緒に世界にダメージを与えてやろうね。」」
彼女は幼子の小さな指を、毛むくじゃらの指を取って、ウインクしながら言った。

「「約束だよ、魔犬・・・“オルトロス”。」」





   第十七話   了

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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2016/05/02 01:50

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