佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 番外編 エイプリル・クール

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:20   >>

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真っ黒。白濁。線。
線。
なぞるように、線が描かれる。
目もとから鼻筋を通って、唇へ。
滑らかな顎、首。
胸の曲線を描くときに、線が輝く。
そこから下へ、下へ。
腹から腰へ、くびれを描く。
椅子に組まれた脚の輪郭を、なぞる。
そこからは時間がかかる。
次第に色がつく。
真っ暗な中で、白い領域。
そこに女の姿がある。
女神に形を決められた、不可侵のアルテミス。
双眸を閉じて、物憂げに。
裸身を。
その裸身を。

扉の外から男が見ていた。
(うおっう・・・・おおう・・・・あ・・・・・)
背が低く、太っていて眼鏡をかけている。顔にはニキビだらけだが、ニキビを取っても醜さは大して変わらない。
ニキビは10代だから特に多い。
そう、10代。まだ16歳の少年だ。そして、幾つもの意味で男だった。
(うっ・・・)
果てそうになったとき、扉越しに底冷えする声が聞こえてきた。
「入ってこい、パラッチ・デドボルド。」
(・・・!)
名前を呼ばれ、彼の頬の肉がブルンと揺れた。
彼は脂汗をかきながら服装を正し、扉を開けて部屋へ入った。
「ぼ、ぼきゅ、来まじた。」
パラッチは鼻声のような聞き苦しい声で喋った。
椅子に座った女は、先程の冷たく澄んだ声を発することなく、双眸を開いて立ち上がった。
服。
服は着ている。
黒いシャツに、黒いスカート。下着も黒ならば、艶やかで長い髪も黒。肌だけが雪のように白い。
それを見ながら、パラッチは涙が溢れてきた。
「お、おうお・・・うおお・・・・・ぼきゅ、覗いた。透視、裸、うおあ・・・・!」
その様子を見ても、その懺悔を聞いても、彼女は何とも思わない。
性格的にも、能力的にも。
ゆえに、表情を変えることはない。
変わらぬ表情のまま、彼女は机の上の資料を取って彼に渡し、冷たい声で言った。
「今夜だ。」


- - - - - -


砕組の廊下に女の声が響く。
「ギガマイル・クレッセントが戻ってきてるだと!?」
「うろおい、そうですけど・・・。」
気の弱そうな痩身の男が答える。
相手の女は少し年上で、やけに首が細い。折れそうに細い。
「鉄鬼計画で日本へ行ってるんじゃなかったのか!?」
「はぁ、まあ。」
そんなに声を荒げることもないだろう、とは言えなかった。彼女がギガマイルに並々ならぬ感情を抱いているのはわかっているので、彼としても強くは出れない。
「ウロイ、何か知ってるか?」
「うろおい、勘弁してくださいよー。そんな、知ってるのが前提みたいな口調で詰問されても・・・。」
男は困窮し、後ずさる。
「お前が知らないこととなると、限られてくるな・・・。“電脳計画”のことか?」

「それは違うと思うわん。」
廊下の向こうから、2人より年下の女性が歩いてきた。
「レンファ・・・。」
細い首の女は、やおら落ち着きを取り戻した。
痩身の男も少し緊張している様子だ。
「何らかの計画のことであるならん、“光兎計画”の方だと思う。」
「一致したな。」
「うろおい、だとしたら手を出さない方がいいですよ。」
殺気めいたものを感じて、痩身の男が釘を刺す。
細い首の女は、唸るように顎を引いた。
「・・わかっている。」
たとえ相手が最高幹部だろうと物怖じしない彼女だが、片っ端から食ってかかるような無節操な人間ではない。よくわからないからといって、邪魔する気は無い。
しかし、ギガマイルのこととなると、それも危うい。
痩身の男は、たった今考えついたように言った。
「今は“闇兎計画”でしたっけ。神化系能力者を生み出すという。」
「そんな計画なのか。」
細い首の女は、落ち着いた様子で尋ねた。
「うろおい、僕も詳しくは知らないんですが。」
「それで十分よ。進化系能力者が強いとは限らないが、強いエスパーが増えるなら大歓迎だ。妹のような悲劇を繰り返さずに済む・・・・。」

神化系能力というのは、端的に言えば、“絶対的効力を発揮する超能力”である。
能力者の意思で発動する場合、発動を封じることは可能だが、いったん発動すれば決して無効化されない。
また、コピーすることも奪われることもない。リミッターやアンプリファイアの影響も受けない。他の能力と合成することも出来ない。そういった外部干渉が全く不可能なのだ。
全てが強い能力というわけでもないが、多くは極めて強力である。アルカディアの首領ミセス・ジュエルを理論上最強のエスパーたらしめているのは、彼女の持つ2つの神化系能力によるものだ。
ギガマイル・クレッセントの千里眼によれば、神化系能力者は歴史に12人登場しているという。ミセス・ジュエルは3番目、ギガマイル・クレッセントは9番目だ。
アルカディアは過去も含めれば累計5名の神化系能力者を抱えており、後にミル・ネヴィーという、12番目の神化系能力者を仲間に加えることになる。
“闇兎計画”は、クローン技術によって13番目の神化系能力者を作り出そうという試みであり、とある凶悪なエスパーへの対抗戦略として考案されたものだった。

アルカディアの能力者ブラックリストは、能力と人格の危険度から6段階に分かれている。
砕組との比較で言えば、3級は奇数分隊以上、準2級は偶数分隊以上、2級はフィリップ前後、準1級はコムザイン前後、1級ともなれば副隊長最強のカタストロをも上回る者もいる・・・・・大まかに、そのくらいの脅威だ。
タウラとトーラの姉弟が3級、ヘッドシーフが準2級、バーニシャル・エルダが2級の弱い方、魔犬3名が合わせて準1級、T2やスクルージなどが1級に指定されている。
本来、この5段階が基本であるが、その上に“特級”が存在する。10番目の神化系能力者であるヘルファイス・クァニーヴァ・テスタロッサスは、そこに名を連ねる1人である。彼の神化系能力“火神”(ヒノカミ)は、神化系能力であるがゆえに極めて対処の困難なものであり、シンファ級か神化系能力者でなければ対抗できないと、1951年の段階で結論付けられていた。
シュシュ・オーディナークが何度か出撃を希望したが、いずれも最高幹部会の議決により却下された。重幹部ライ・アンチェスのESP測定によれば、シュシュ・オーディナークの勝率は20パーセント未満だった。
1960年に“光兎計画”の完成体スカーレット・マーチが誕生したが、幼く不安定である為、とてもヘルファイスの対抗戦力たりえなかった。育成を待つまでに、ヘルファイスによる犠牲者の数は計り知れない。アルカディアの下部組織であるミレニアム・Aは、その宗主をも務めているギガマイル・クレッセントへ進言し、“光兎計画”の裏、スカーレットのクローンを作り出す“闇兎計画”を打ち立てた。
ギガマイル・クレッセントはミレニアム・Aの立案した“闇兎計画”を更に発展させ、神化系能力者を生み出す可能性にまで辿り着いた。
それから6年が経った。

「実験、実験、実験だ。実験。」
白衣とマフラー、ニット帽に包まれ、若い男が呟いていた。鼻の右側に、やや大きなホクロが見える。
雨水一二(うすい・いちじ)は、アルカディアの科学者の若手で頭角を現す1人だった。年齢は30歳、中肉中背。
「今日は、黒組のノワールとゼロバン? 水組のレニィとリュイ。それから、月組のリュウとルナ。実験だ、実験。」
確認するように、誰にでもなく言いながら、雨水は実験室へ足を踏み入れた。
そこへ思わぬ人物がいたので、雨水は顔をしかめた。
「サム・バロン? 何故ここにいる。」
月組隊長補佐、サム・バロン。180センチを超える大男だ。色黒で、逞しい体をしている。
その後ろで、まだ10かそこらの少年と少女が、サムの脚にすがり付いていた。
「本来なら隊長が来るところですが、代わりに私が実験の中止を求めに来ました。」
「そんな権限があるとでも?」
雨水はサムを睨む。体格では劣るが、僅かに年上だという意識が彼の態度を尊大に振舞わせた。
サムは肩を竦め、しかし尻込みせずに言った。
「ですから、命令ではなく要求なのです。」
「ならば却下だ。そんな要求は呑むわけにはいかない。確かに実験には多少の苦痛が伴うが、それは科学の発展の為だ。引いては、未来に生きるエスパーの為だ。超能力は、未だに99パーセント以上が未知の領域。少しでもサンプルが必要だ。必要なのだ。わかっているはずだ。実験だ、実験。」
「あなたが行うような実験など、ギガマイル隊長の千里眼で結果は判明します。実際に行う意味など無い。」
「あ゛?」
「・・・・・・。」
これが雨水の神経を逆撫でする言葉であるということは、サムは重々承知していた。
「千里眼は、いつもそうだ。やらなくてもわかる、やらなくてもわかる・・・まるで千里眼の人間だけが真理を握っていれば良いが如くに! それは情報の隠蔽だ、呆れた傲慢だ。上から目線で、さぞかし楽しいことだろうな。」
「安心してくれていいですよ。あなたのような人が多いから、隊長は苦労が絶えないのです。」
「・・・・。」
言われて雨水は黙って目を伏せた。
てっきり逆上してくるかと思って身構えていたサムは、やや肩透かしを食らった気分だった。
「・・・わたしも三日月の分家だ、ギガマイル・クレッセントの千里眼が狂わないことくらい知っている。だが、彼女が知りえた情報が、そのまま公開されると、どうして信じられる? 意図的に情報を制限したり、歪めないと、どうして無条件に信じられるのだ? それでなくても、科学には複数の視点が必要なのだ。ギガマイル・クレッセントが、いかに優れたエスパーであろうとも、彼女だけの主観に頼る危うさは理解できているはずだ。だからこそ彼女自身も“電脳計画”なんてものを、反対意見を押し切って進めているのだろう?」
「それは認めますが、子供らの意思を無視して実験を行うことを看過するわけにはいきません。」
サムは、両手それぞれでリュウとルナの肩を抱き寄せた。

「子供の意思と言うがね、サム・バロン。」
今は春で、マフラーとニット帽まで装備しているのに、まだ雨水は寒そうだった。
「躾のように、子供の意思に反してでも行うべきことはある。予防注射や、歯の治療。そういうものと同じことだ。この実験は、ギガマイル・クレッセントの保護下にあるルナとリュウに益は無いだろうがね、他の月齢能力者の為に必要なことなんだ。実験だ、実験。」
「・・・あなたの言ってることは、この子らに苦痛を与えない範囲でのみ有効です。苦痛を与えるような実験をせずに、超能力の解析を行う方法を思いつかないのですか。」
「そう、それだ。そもそも苦痛だ何だと言うが、たかが裸になるだけのことが、それほど苦痛とは思えないが。わたしのように極端な寒がりというわけでもあるまい。」
「羞恥心というものを考えてない発言ですね。」
「何が恥ずかしいものか。子供に欲情するほど落ちぶれちゃいないし、それはスタッフも同じだ。」
そう言って、雨水はサムではなく、後ろのリュウとルナを睨んだ。
「そもそも実験の代償として、立派な家に住んでることを忘れてるのか。」
「・・・・・・。」
サムは2人を抱き寄せる手に力を込める。
「わたしとて、予算増額など、いろいろと月組に有利なように立ち回っているわけなんだが。わけなんだが? 恩を仇で返されては、こうして脅迫めいた形で恩を着せるのも許容してくれるかな。」
「では、いりません。」
「はい?」
「今後一切、月組の味方をしてくれなくて結構です。」
「あ・・・?」
雨水は顔を青くした。
「ちょっ、待て、隊長の意見も聞かずに勝手に決めていいのかよ!」
「この件は私が隊長から一任されています。この展開も予知していたでしょう。」
「後悔するぞ。」
「“電脳計画”のスタッフを希望して断られたときも、そんなことを口にしていましたね。」
「・・・!」
雨水の顔が真っ赤になった。
「このやろ・・」
そのとき、ゲートが開いて水組隊長アンドリューが、レニィとリュイを連れてやって来た。
保護者同伴で来た時点で、雨水は嫌な予感がした。
「・・・遅刻ですよ、アンドリューさん。」
「もう時間を守る必要は無い。これから実験に協力することはない。それを告げに来ただけだからな。」
「は、ちょっと・・・!」
いきなり取り付く島も無い。雨水は慌てた。
「失礼する。」
アンドリューは2人を連れて去っていった。
リュイとレニィは、汚いものを見るような目で雨水を一瞥し、アンドリューに付いていった。
「・・・・・・。」
雨水は呆然としていた。
「私も失礼する。」
サムはリュウとルナを連れて出て行った。

その後、ノワールが到着してからも、雨水は呆然としていた。
「実験、実験だ・・・。実験・・・。」
しかしノワールが到着したのを認識して、彼は落ち着きを取り戻した。
「・・・ゼロバンは?」
「来ません。今日は僕だけです。」
「あ?」
ノワールの目を見ると、その言葉は、言葉通りの意味以上のものを含んでいることがわかった。
雨水は、いよいよ眩暈がしてきた。
「・・・大人を馬鹿にするのも大概にしとけよ。」
「いえ、僕は雨水さんと同類ですから。」
「うん?」
雨水は首をかしげる。
何故か、吐く息が白い。
「実験の内容を緩めてくれるのなら、継続できるように口利きします。」
「・・・・・・。」
雨水は、感心半分、侮蔑半分で、ノワールを見つめた。
「・・・よくもまあ、その年齢で、そこまで性根の腐った人格になるものだ。」
あの4人のように、親身になって守ってくれる大人がいないせいだろうと、雨水は思った。そして同時に、だからこそ大人であるとも思った。汚れた大人だと。
「わたしの知る限り、そんな腐った奴は3人しかおらん。わたし自身と、お前と、パラッチ・デドボルドくらいだ。」


真っ黒。白濁。少女の形。
線。
少女の形を、線が、なぞる。
子供ではない、女の形。
膨らみかけた部分。
細部まで。
線が、なぞる。
「ぼくの娘を、いやらしい目で見るなっ!」
アンドリューが怒りの形相で拳骨を食らわせる。
パラッチの顔面はニキビが潰れて血と汁が噴き出し、鼻血も垂れてきた。
「卑しい“覗視者”(ピーピング・トム)風情が、こんなところに何の用だ!」
「ご、ごめんにゃしゃい、ごめんにゃしゃい・・・!」
ねちゃっとした顔で、パラッチは涙を流しながら頭を下げる。
それを見ながらアンドリューは、溜息をついた。
どれだけ謝ったとしても、反省などしていない。舌の根も乾かぬうちに同じことを繰り返す。女性の裸を透視することが生き甲斐の、天性の覗き魔。
それを脅迫の材料に使うことこそしないものの、自慰行為の為に使う。生理的嫌悪感は凄まじい。
(殺してやろうか。)
そんな冷たい意思も芽生えたが、アンドリューは眉を顰めるだけで、娘たちの後を付いていった。
「ぼ、ぼきゅ、わるかった。ぼきゅ、はんせい、してる。ぼきゅ、はんせい、した。ぼきゅ、はんせい、した。」
パラッチは呟きながら反対方向へ歩いていった。

真っ黒。真っ白。
黒、白、黒、白。
線。
線が、なぞって・・
「入ってこい、パラッチ・デドボルド。」
透視を中断され、パラッチはズボンを上げて扉を開けた。
彼が中へ入ると、扉は自動的に閉まる。
透視でなぞろうとしていた造形、ギガマイル・クレッセントが立っていた。
そこから彼女は奥の部屋へ進んでいく。颯爽と歩く彼女の後ろから、おぼつかない足取りでパラッチが追う。
幾つも扉があり、パスワードが設置されている。127桁やら355桁やらの、英字数字混じりのパスワードを突破し、最も奥の部屋に辿り着いた。
人工子宮のガラスケースの中で、既に成長させた“闇兎”が浮かんでいた。
スレンダーで均整の取れた裸体の周囲を、泡が纏っている。
足元まで伸びた、真っ黒の髪。スカーレットは金髪だが、そのクローンである彼女は真っ黒だ。
閉じられていた双眼が、人の気配を感じて開く。
そして、ガラスケースが割れた。
「えほっ・・・!」
激しく咳き込んだ彼女は、肺に新鮮な空気を吸い込んで歓喜の表情を浮かべた。
そして真っ黒な力場を形成し、部屋中の機械を薙ぎ払った。
「見てんじゃねーよ、豚。」
氷のように冷たい声。
その目は、明らかにパラッチを見ていた。
「ぼ、ぼきゅ、ぶたじゃない。ぼきゅ、ぶたじゃない。パラッチ・デドボルド・・・。」
「言いにくいし覚えにくい。豚で十分だ。」
彼女の周囲は、人口羊水が凍った氷が砕けて転がっていた。
「ぼ、ぼきゅ、さぶい。ぼきゅ、さぶいい。」
「黙ってろ。豚から冷凍マグロになりたいか?」
「ぼ・・・」
「それにしても、ギガマイル・クレッセント。年頃の乙女に服ぐらい用意する気遣いは出来なかったのかよ?」
「向こうの部屋に置いてある。」
「どうせなら持ってくればいいものを・・・。おかげで、そこの豚に大サービスだ。気持ち悪い・・・。」
酷く蔑む目つきで、彼女はパラッチを睨みつけた。
そして氷を裸足で踏みつけながら、髪の毛で前を隠して歩いてきた。
ギガマイルは部屋の扉を開けて、3人とも出てから爆破装置のスイッチを押した。

下着と服を身につけて、彼女は椅子に座った。
「髪、切って。」
「そうしよう。」
予知していたギガマイルは、用意していたハサミで、見事な黒髪を惜しげもなく切っていく。
それを勿体無さそうな顔で見ながら、しかしパラッチは透視に精を出していた。
線。
なぞる線が。
「おい、やめろ豚。」
「ぼ・・・」
「何かと思えば透視能力者か。凍死能力者になりたくなければ、その薄汚い行為を即刻やめろ!」
「ぼ、ぼきゅ、みてない。なにも、みてない。」
「・・・ギガマイル、何だこいつは?」
「人格には目を瞑ってくれ。情報漏洩を防ぐ為だ。」
ギガマイルは淡々と答える。
「パラッチの能力は“客観透視”。世界を少しずつ客観的に認識していく能力で、集中力が乱れると認識が壊れる。この能力は常時発動型で、世界を知覚ではなく超感覚で認識している。認識が壊れることで、感情や知性、記憶といったものまで崩壊する。」
「ただの役立たずじゃねえか。気持ち悪いだけ害悪だ。」
「わからないか。記憶が崩壊するということは、テレパシーで頭の中を覗かれても情報を得られないということだ。」
「その代わり役にも立たないってことだろ? 何の為に連れてきたんだ?」
その質問にすぐには答えずに、ギガマイルは散髪を終えて鏡を見せる。
ショートカットの少女が、唇をへの字に結んでいた。
「この髪型、気に食わなかったか?」
微笑を浮かべてギガマイルが尋ねる。
「違うわよ。わかってるくせに。」
少女が口を尖らせる。
「パラッチ・デドボルドの認識は壊れている。壊れているというのは、ジグソーパズルのピースが裏返ったような状態に近い。無い、わけではない。」
ギガマイルは鏡を閉じて、淡々とした口調のまま話し出した。
「人間の脳は、壊れてるなら壊れてるなりに、よく動く。そのパターンを読みきれば、多少なりとも人間らしく育てることは可能だ。そして実際、そうした。」
「・・・・・・!」
少女は寒気がした。
冷凍能力を持つ彼女だが、温度とは別の、悪寒のような感覚。嫌悪とも恐怖とも言えない、何か。
「私は“鉄鬼計画”完遂の為に、来年の4月までは日本を拠点とする。その間アルカディアで、お前のサポートをする人間が必要だ。この部屋に食事や下着の替えを運んだり・・・。」
「ちょっと待て、わたしは嫌だぞ! こんな奴に世話されるくらいなら死んだ方がマシだっ!」
少女は青くなっていた。
「こんな奴の運んだ食事など食えるかっ! こんな奴の触った服など着れるかっ! こんな奴に覗かれながら暮らせるかっ!」
対照的に、ギガマイルは全く動じていない。
そのまま淡々と喋り続ける。
「お前の能力は不安定だ。唯一完全な、19番目の神化系能力“零神”(アブソリュート)も、濫りに使えないことは先程の試し撃ちで思い知ったと思うが。」
「・・・!」
ほんの些細な力の行使のはずだった。
ガラスケースや機械を破壊したのはサイコキネシスだが、人口羊水を凍らせたのは“零神”によるものだ。
埃を払う程度の力しか出していなかったのに、部屋は冷凍庫と化した。
「お前の力は、知っての通り“光兎”スカーレット・マーチを元にしている。能力が安定すれば、1人で身を隠すことも出来るだろう。しかし今は無理だ。」
「ううっ、悔しい! 悔しい! 悔しい! わたしが、こんな豚なんかに・・・!」
少女は泣きながらギガマイルを睨みつけた。
「漏洩したっていい! 別のを呼んできて! こいつだけは嫌!」
「そうしてもいい。」
「えっ?」
「“闇兎計画”の全貌を一般公開し、望む世話人を付けてもいい。ただし、その希望は自分で首領に言え。」
ギガマイルの口調は淡々としていて、そこに籠もっている感情は読めない。
「そ、そんな。ギガマイルが言ってくれるんじゃないの・・・?」
弱々しくなった口調で、少女は涙ぐむ。
「言ってもいいが、意味が無い。本人に確認するに決まってる。」
「う・・・。」
パラッチに対する嫌悪と、首領に対する恐怖が両端に置かれ、心の天秤が悲鳴をあげていた。
「ぎ、ギガマイル、わたし、どうしたらいいの?」
涙ぐんだまま、少女はすがるように問う。
「ご自由に。“闇兎計画”の内容なんて知ってる奴は知っているし、私が来てからはアルカディアの機密など首領の道楽以外の意味は薄くなっているからな。パラッチを育てたのも本来はスカーレットの為だから、私の苦労については考えなくていい。好きに決めてくれ。」
「す、好きにしろって言われても、そんなの選べるわけないじゃない! バカっ! アホっ! 死ねっ!」
「それではパラッチの世話になれ。手始めに、抱擁してみろ。それで大概のことは平気になる。」
「絶対やだ!」
「やれ。」
冷たい声で、ギガマイルが命じた。
少女はビクッと震えると、ぼろぼろ泣きながら目を瞑った。
震える体に、パラッチの汗だくの臭い手が触れ、そして生臭い息を嗅ぎながら彼女は生温かい肉塊に包まれた。
「ぼ、ぼきゅ、しあわせ。いいにおい。」
しばらくパラッチは少女の匂いや感触を堪能し、腰を振った。
「う゛っ・・・ふぅ、はぁ・・・」
脂ぎった顔が、いっそう粘っこくなり、パラッチは息を荒くして少女を解放した。
「ふ、ふえええええ! ふええええええ!」
床にへたり込んで泣きじゃくる少女を見ながら、ようやくギガマイルは薄ら笑いを浮かべて言った。

「ようこそ世界へ・・・・イクリプス・ディム・・・・・・・・・“エイプリル”。」




   エイプリル・クール   完

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
□□□□□□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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