佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十八話 クレアのいない日々

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:25   >>

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魔犬との戦いを経て、およそ2ヶ月。
クレア・クレッセントの事務所は、主が不在の中、どうもパッとしない雰囲気に包まれていた。
レックスはソファーで寝そべりながら読書、ルナとリュウは囲碁や将棋で対戦、サムは難解な数学の問題を解いていた。一見すると有意義に時間を過ごしているように見えるが、もやもやした気分を晴らす為の所作である。
本のページは捲られないまま、対局は凡ミスの連発、紙に書かれた数式は3行ばかり。
クレアがいない。そのことが4人の精神に悪影響を与えているようだった。
「ふう・・・。」
小さく溜息をついて、レックスは読みかけの本を横へ置いた。
気が滅入っているときには、字を追うことは出来ても、内容が頭に入らない。
「ああ・・・。」
サムも溜息と共に鉛筆を机の上へ転がした。
ルナとリュウは対局を続けているが、あまり楽しそうではない。
戦いを終えた後の虚脱感も、2ヶ月を過ぎた今では解消されていておかしくない。虚脱感ではなく、虚無感。
魔犬との戦いで責任を取らされたクレアが、暗牢に入って2ヶ月。あと3ヶ月以上、クレアに会うことは出来ない。
「ヘークショイ!」
レックスが大きなクシャミをした。
「冷えてきたな・・。」
「秋だからな・・・。」
秋とはいえ、事務所の中はそう寒くはない。レックスがクシャミをしたのは鼻がムズ痒くなったせいだ。
冷えてきたのは気温ではなく、心の方だった。

だるいムードの漂う事務所内だったが、この翌日に意外な訪問者が現れることで、薄ら寒い空気は吹き飛ばされることになる。

1970年10月27日、クレアの事務所を訪ねてきたのは1人の少女だった。
「おねげえだ、ゴイツさんを助けてほしいだ!」
「ラルフィナさん、ラルフィナ・エリアーデさんではないですか?」
扉を開けて、サムは驚いた顔で少女を見つめた。
もう2年近くも前になるが、ルーマニアのトランシルバニアで起こった吸血鬼騒動・・・そこで彼女、ラルフィナ・エリアーデは、その中心人物の1人だった。そして、もうひとりの中心人物ストリー・ゴイツは、今は35歳になっているはずだ。
17歳も歳の離れた2人だが、熱烈恋愛中。もうじき結婚を控えている。
しかし、ここに来て、ただならぬ事態になっているようだった。
「まずは、お話を伺いましょう。」
「は、はい。」
応接室でサムが応対、側でルナとリュウが控えている。レックスはハーブティーを淹れながら、話を聞いていた。
「ゴイツさんは連れていかれてしまっただ・・・。」
そう言いながらラルフィナは、懐から2枚の黒いプレートを机の上に出した。
「これは・・・アレクセイ副隊長に会われたのですか?」
サムの目つきが鋭くなった。
「そうですだ、このプレートを渡したら力になってくれるって言ってたですだ。」
(まさか・・・。)
サムは嫌な予感がした。本来ならルーマニアは月組第二隊の管轄である。わざわざアメリカまで第一隊(しかもクレアが不在の)に協力を求めさせるということは・・・。
「ゴイツさんを連れ去ったのは何者ですか?」
「コムザインと名乗ってただ。アルカディアの重幹部だと・・・。」
「コムザインだと!」
サムは思わず声を大きくした。
その隣でルナとリュウも顔を青くする。
「コムザインって、砕組副隊長の?」
ハーブティーを持ってきたレックスが訊く。
「そのコムザインだ。」
サムが苦い表情で答え、ルナもリュウも静かに頷く。
“壊帝”コムザインと言えば、アルカディアでも屈指のサイコキノ。並みのエスパーが束になっても敵わない。
「ゴイツさんが、あっという間に気絶させられて、そいで連れて行かれて・・・。」
ラルフィナの目に涙が滲んだ。
「全部おらのせいだ、おらが悪いんだべ・・・。なのに・・・。」
「・・・それは、どういう意味ですか?」
また嫌な予感がした。
「おらのせいでゴイツさんが吸血鬼になったときに、たくさんの女の子を襲ってたべ? そのことでアルカディアのビッグマンって人に訴えられたって・・・」
「ビッグマン? それって、リック・ビッグマンかよ?」
レックスが目を丸くして声を荒げた。
「ああ、確かそういう名前だっただ・・・。」
先程サムが大声を出したときも、そして今も、ラルフィナは動じていない。
ただならぬ覚悟と決意を感じ取り、レックスは体が震えた。
一見すれば覇気が無いように見えるラルフィナの様子も、不安と戦いながら、取り乱さないようにしているのだと思えてきた。
「オレは協力するぜ。退屈しのぎじゃねえ。本気でいかせてもらう。」
そう言ってレックスは言葉を切り、仲間3人の反応を窺った。
サムは苦々しい顔をしていた。ルナとリュウは、それに悔しさが加わった表情だ。
“壊帝”コムザインを恐れているのだ。アルカディアで生まれ、アルカディアで育てられたエリートエスパーを・・・。
戦闘能力の高さだけではなく、砕組の副隊長として、アルカディアの重幹部として、絶大な権力を持っている。だからこそアリョーシャも全面協力は出来ず、プレートを渡すのみだったのだ。
(ん、プレート?)
レックスは黒いプレートのことが気になった。1枚でなく2枚あるということは、紹介状以外にも意味があるということになる。
「話変わるけど、そのプレートって何なんだ?」
「ああ、レックスは知らなかったな。これはルナとリュウへのアイテムだ。月齢で変化する2人の能力を、MAXの状態にしておく優れものだ。これを送ってきたということは、いざとなれば力ずくでもゴイツ氏を奪還しろということだが・・・。」
「まずいのか? いや、まずいのはわかってるが、どの程度まずい?」
「クレアさんがいない今、我々だけで動いても月組の立場に大きな影響は無い。後で私が本部に詫びを入れれば済むだろう。まずいとすれば、単純に力量だな。」
「わたしとリュウのMAXパワーを10ずつとすれば、コムザインは100ってところね。悔しいけど、とても勝てる相手じゃないわ。」
「技量も並みじゃないよ。僕らを半端者扱いするだけあって、大した実力者さ。」
悔しい気持ちは強いが、恐怖がそれに勝る。3人はレックスとラルフィナを交互に見ながら、何度も目をしばたかせていた。
「・・・お前らを意気地なしだとは思わねえ。でもオレは行くからな。」
レックスはハーブティーを一気に飲み干して、ティーカップを台所に持っていった。ついでに手を洗いながら、ラルフィナを横目で見る。
(不安そうな顔してやがる。そりゃそうだ。エスパーっていっても、強さそのものは普通の人間と同じだからな。)
しかも、武術などを全く習得していない、18歳の少女だ。レックスやサムよりも心細いに違いない。
「そうだな。何とかやってみよう。」
レックスの思ってることを察したかのように、サムが椅子から立ち上がった。
「心強いぜ。」
レックスは濡れた手を拭いて、サムと握手をした。
「わ、わたしも行く。」
「僕も。」
震えながら、ルナとリュウも加わった。
「サンキュー、お前ら。」
「ありがてえだ、ありがてえだ・・・。」
ラルフィナは目から涙をボロボロとこぼした。

サムの立てた作戦はシンプルなものだった。
まずは本部へ、続いてゴイツのところへテレポートする。そこで彼の身柄を奪還し、可能な限り戦闘を避けて、逃げることを優先する。
どうしても戦う場合は、サムの“調整”(コーディネイト)、レックスの“増幅”(アンプリファイア)、ラルフィナの“治癒”(ヒーリング)で、ルナとリュウを前面的にサポートする。
計算上は、分隊くらいなら薙ぎ払えるはずだった。ただし、コムザインが相手となれば全く話は違う。
5人は不安を抱えながらアルカディア本部へと飛んだ。

“土地なき国”アルカディアの本部は太平洋上に、首領の能力で空間を捻った中に存在している。
基本的にメンバー以外は侵入不可となっているが、今回はレックスたち4人だけでなく、ラルフィナも入ることが出来た。
「えらくルーズなシステムだな。メンバーが連れてくるからって安全とは限らねえんじゃないのか?」
「それを千里眼でチェックして首領に伝えるのも、クレアさんの役目なんだ。最高幹部の権利を剥奪されても、任を解かれたわけではないからな。」
「・・・なるほどね。」
レックスはクレアの境遇を思って眉を顰めた。

月組の執務室でデータを調べると、ストリー・ゴイツは現在、砕組の拘置所にいることが判明した。
「おそらく何人か見張りがいるだろう。場合によっては戦闘になるな。」
あらためて言われたサムの言葉で、一同は身構えた。
そしてテレポートで拘置所の中へ飛ぶ。

「やはり来たかよ。」
そこにいた見張りは、たった1人。
しかし考えた中で最悪の可能性。
「コムザイン・・・!」
「ふん、あてが外れたか? 俺が見張ってるとは思いもよらなかったのか。ぬるいな。クレア・クレッセントのいないお前らの行動は読みやすくて助かるよ。」
「・・・っ。」
コムザインが見張っていることを考えていなかったわけではないが、その対策を立てていないのなら、考えてないのと大差ない。レックスは自分の甘さを悔やんで表情を歪めた。
強い威圧感を前に、一歩前に出たのはラルフィナだった。
「こ、コムザインさん・・・おら、ゴイツさんに一目だけでも会いてえだ・・・。」
か細い声を振り絞って、ラルフィナは訴える。
だが、コムザインには泣き落としは通用しない。
「面会時間は終了している。会いたいなら裁判で会うんだな。」
「そ、そんなこつ・・」
「今すぐ帰らんのなら、戦う意思ありと見なすぞ。」
小柄な中年の造形に宿る、猛将の魂。声を荒げてもいないのに、圧倒的な迫力がある。
「そこを通せよ!」
レックスの声で、4人は我に返った。いつの間にか自分たちが退いていることに気が付いた。
そしてルナとリュウがテレポートでコムザインの左右に飛んだ。それは完全にコムザインの予測できなかった攻撃だった。
しかし。
「「あうっ!?」」
2人は同時に吹き飛ばされた。
「本気で戦う気かよ・・・。」
コムザインの目つきが少し険しくなる。
そこへルナとリュウが間髪いれずに背後から攻撃するが、それも軽く薙ぎ払われた。
「不意を突けば何とかなると思ったのか。お前ら程度の攻撃など、後から反応しても十分間に合う。半端者が、身の程を知れ!」
「っ!」
「う・・」
ルナとリュウは体をビクッと震わせた。
「てめえ、そこまで言うかよ。」
レックスは怯まない。
「何だ、お前は。」
恐いもの知らずか、よほどの実力者か。
目の前の目つきの悪い青年は、そのどちらでもないように思えた。
「コムザイン、お前こそハンパな情報に振り回されてゴイツを誘拐してんじゃねえか。リックみたいな半端者の言うことを真に受けるのは、やっぱり半端者なんだぜ。」
レックスの鋭い目つきは、この場面で余計に鋭くなっていた。
「そこまで言ったからには死ぬ覚悟は出来てるんだろうな。」
「やってみろ。その瞬間にお前が半端者だってことが証明されるだけだ。」
圧倒的な暴力に脅された経験は何度もあった。どう足掻いても勝てないというだけならば、レックスにとっては慣れたシチュエーションだ。
「根性だけは据わってるな。殺されないとわかっていても、少しは怯えるもんだが。」
「脅しても誉めても何も出ないぜ?」
「くくく、お前は本当に、俺の若い頃と似ているな。だが、俺も老いてるつもりは無い。」
その言葉と目つきに、レックスはハッとして後ろを振り向いた。
5人の分隊長が自分たちを囲んでいた。
「貴様・・・!」
「それでは諸君、お引取り願おうか。」
帰れと言われて素直に帰るようなら、最初から来ていない。しかし、この状況では抵抗するだけ無駄だ。レックスは思わず下を向いた。
「アルフレッド、ラプソディア、アージェ、ハービス、リリーベル! お客さんがお帰りだ、送って差し上げろ!」


- - - - - -


「Shit!」
月組の執務室へ戻って、レックスは悪態をついて壁を殴った。
「あのヤローめ・・・!」
「コムザインと正面からやり合っても勝てないわ。策を考えましょ。」
ルナがレックスの肩を叩く。
「そうだな・・。どうする、サム。」
「とりあえずは情報を共有しておこう。どうやらリック・ビッグマンがゴイツ氏を訴えたのは、彼の妹のことでのようだ。」
サムはコンピューターを操作して、引き出した情報を言った。
「あいつに妹がいたのか。」
「ラルフィナと同じく18歳だそうだ。私も初耳だ。」
「おらと同い年・・・。」
ラルフィナは嫌な予感がした。
そのとき扉がノックされ、1人の青年が入ってきた。
「久しぶり。」
「ジョナル!」
レックスは明るい顔で友人を出迎えた。
白組隊長X・Q・ジョナル。去年の始め頃に知り合ってから、何度か会っている。
「来ると思ってたよ。吸血鬼事件のことだろ?」
「ちえっ、お見通しかよ。助かるぜ。」
「君から話を聞いた方がいいみたいだね。」
サムがコンピューターから手を離してジョナルの方を向いた。
「はい。リックの妹ケイトは、いわゆる不良少女というやつです。夜な夜な男をとっかえひっかえするような。吸血鬼化していたゴイツ氏に襲われたのも、夜遊びの帰りでした。リックは、ケイトのバージンが奪われたと主張して訴えたんです。もちろんレイプの事実はありませんが、たとえ事実でなくても世間は非処女と見ると言って、責任を取るよう要求しています。つまり・・・」
ジョナルはラルフィナを見て、言うのを少し躊躇った。
「・・・妹ケイトをゴイツ氏と結婚させろと言うのです。」

ラルフィナの顔が真っ青になった。


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(これも、わたしが招いた災いなのか・・・。)
ストリー・ゴイツは拘置所の中で頭を抱えていた。
かつて彼は、吸血鬼化して夜な夜な若い女を襲ってエネルギーを吸っていた。しかしそれは彼の意思によるものではなかった。空間を越えてラルフィナの精神とリンクし、半ば操られていた状態にあったのだ。
そしてラルフィナも自分の意思で人を傷つけようとしていたわけではない。“芋虫病”という奇怪な病気で痩せ衰え、無意識的にエネルギーを欲していたのである。
こうした超能力疾患による事件はケースも少なく、なかなか全員が納得するような解決法は見つからない。
(すまない、ラルフィナ。)
もっと自分がしっかりしていればと、彼は思っていた。
そしてラルフィナ以外には言ってないが、吸血鬼化して女たちを襲ったことが、自分の醜い欲望によって行われたような気がしてならないのでる。
そのせいだろうか。彼はラルフィナを一度も抱いていない。彼女を自分の下卑た欲望の犠牲にするような気分が、どうしても抜けずにいた。
迂闊にも・・・いや、迂闊でなくても同じことだが、テレパシストに頭を覗かれてしまい、これらのことは明るみに引きずり出された。
『その歳でチェリー君?』
ケイトの馬鹿にしたような声が、耳にこびりついている。
(ラルフィナを裏切りたくない。)
ラルフィナへの愛情と、ビッグマン兄妹への怒りが、彼の決意を強固にする。
しかし敵は強大だ。心強い味方のクレア・クレッセントは今は幽閉されており、話のわかりそうなフィー・カタストロは任務で不在。ストリー・ゴイツは息苦しい絶望感と戦い続けていた。


- - - - - -


10月29日、ストリー・ゴイツの裁判が始まった。
裁判長はコムザイン、原告はケイト・ビッグマン、被告はストリー・ゴイツ。
原告側にはケイトの兄リック、その上司ハービス第四分隊長、それからラプソディア第二分隊長などが座っている。傍聴席にも砕組のメンバーが数多く押しかけていた。
一方の被告側には、ラルフィナ、サム、レックス、リュウ、ルナ、ジョナルの6人である。敵陣の真っ只中にいるような心細さだった。
『一応、出来る限りの手は打っておいた。だが、正直言って望み薄だ・・・。』
打ち合わせでサムが言ったことが、それぞれの心に重くのしかかる。
何としても。何としても裁判で勝たなければならない。そう思いながら、開廷を迎えた。
(しかし、裁判長がコムザインって、どういうことだ? 始める前から負けが決まってるようなもんじゃねえか?)
レックスは不安と怒りで、鋭い目を更に細くした。

「では始めよう。原告の要求から。」
早速コムザインが開始する。
原告側のうち、ケイトの兄リックが立ち上がって咳払いをする。既に皆が承知の事実を述べた後に、彼は笑みを浮かべながら言った。
「・・・というわけでゴイツ氏には、男として責任を取っていただきたいわけです。つまりはケイトと結婚しろってことだ。なあ、ゴイツさんよ。」
リックは歯を出して笑いながらストリー・ゴイツを見つめた。
「リック、被告を威嚇するな。」
コムザインが注意する。
「へい、すみません。」
リックはムッとして椅子に座った。

「次は被告の言い分を聞こう。」
「よし。」
あくまで裁判は公平に行うつもりなのかと淡い期待を抱きながら、レックスは立ち上がった。
「そちらの要求は呑まない。ストリー・ゴイツにもラルフィナ・エリアーデにも、責任を問われる謂れは一切ない。」
そこでジョナルが資料を取り出してサムに渡す。
それを受けてサムが話し出した。
「ここに最高幹部ギガマイル・クレッセントが吸血鬼事件についてまとめた報告書があります。それによりますと、この事件における一切の責任はラルフィナ・エリアーデとストリー・ゴイツには無く、補償その他については最高幹部ギガマイル・クレッセントに要求するようにとのことだ。」

すると傍聴席から野次が飛んできた。
「ふざけんなあ!」
「横暴だ、横暴!」
「権力カサに着てんじゃねえぞコラ!」
「ちぎったろかレイプ魔が!」
敵意の籠もった罵倒の数々に、ラルフィナは身の竦む思いがした。
リュウもルナも震えている。サムとレックスも言葉を発するタイミングが掴めない。
だが、そこへ助け舟を出したのは意外な人物だった。
「じゃかましいっ!!」
青筋を立てたコムザインの一喝によって、場は静まり返った。
「お前らは傍聴のマナーも守れんのか? いいから黙って聞いていろ。次に野次を飛ばす奴は問答無用で叩き出すぞ!」
場が静かになったところで、コムザインは再び原告側へ発言権を回した。
リックの上司ハービスが立ち上がり、険しい顔で言う。
「最高幹部の報告書と言ったか。しかし今、ギガマイル・クレッセントは最高幹部の権限を剥奪されている。そんな報告書は紙切れ同然よ。」
「何だと・・・?」
レックスは思わず横目でサムとジョナルを見た。2人とも苦い顔をしている。
およそ砕組が敵に回っている以上、クレアの報告書が切り札だと、レックスも認識していた。それがいとも簡単に無効化されて、かなり状況が悪化したのを感じた。
そこへ更に、ラプソディアが続ける。
「病気だから仕方ないということで片付けていたら、このような超能力事件は解決しません。女の子にとって、夜道で男に襲われるということが、どんなに恐いことかわかりますか? 夜に外に出ている方が悪いという思考は、加害者の身勝手な理屈です。」
そしてリックが立ち上がる。
「本来なら○○○ちぎってやるところだぜ。それを結婚することで許してやるってんだ。何の不満がある? 兄の欲目かもしれねえが、ケイトはイイ女だぜ。」
「そうよォ。あたしの○○○具合イイって、よく言われるわよォ。」
「もういい、黙れお前ら。」
コムザインが顔をしかめて制する。
そして被告側に発言権を回した。
「何か言うことはないか?」
そこで発言したのはラルフィナだった。
「おねげえだ・・・。」
彼女は席を立って、床に座り、深々と頭を下げた。
「おらのせいでケイトさんには本当に済まないことをしたと思ってるだ。けんど、おらとゴイツさんは愛し合ってるだ。引き裂かないで欲しいだよ・・・!」
涙を流し、何度も床に額を当てて懇願するラルフィナ。
その様子に、ハービスとラプソディアは明らかに顔色を変えていた。流石に動揺してるとまではいかないまでも、心を痛めている表情だ。
(なるほどな・・・。)
レックスは段々と話が見えてきた。
(少なくとも、あの2人は仲間への義理で動いているようだ。半分は本音なんだろうが、ラルフィナやゴイツに恨みを持ってるわけないしな。論外のような連中もいるが、おそらく大半の連中は砕組の仲間意識で動いていて、それ以上にリックやケイトに好意を持ってるわけじゃない。となるとラルフィナの泣き落としは案外いけるか?)
いつまでも年下の少女を床に這わせておくのは忍びないが、それは相手も同じことだろう。リックやケイトでさえ、多少なりとも気まずい顔をしている。
しかしわからないのはコムザインだ。彼は無表情に近い厳めしい顔で、時々まばたきをするのみだった。

「双方、他に言うべきことは無いか?」
コムザインの言葉に、サムが、ジョナルが、ハービスが、ラプソディアが、歯切れの悪い調子で反駁を繰り返した。
それらを聞きながらレックスは、コムザインの様子に意識を集中していた。
(こいつ、もしや・・・?)
ラルフィナの泣き落としに、ただひとりだけ表情を変えない彼が何を考えているのか。それを突き詰めていくと、何となく良くない予感がした。
「・・・もう新しい意見が出ないなら、これで打ち切る。」
そしてコムザインは、この場で即座に判決を言い渡した。
「原告の要求を認め、ストリー・ゴイツはケイト・ビッグマンと結婚すること。以上。」
コムザインの声と顔は、面白くなさそうだった。
だが、その内容はレックスを憤らせるに十分だった。
「やはり貴様・・・!」
レックスはコムザインを睨みつける。
「何だ。言いたいことがあるなら言ってみろ。」
「最初から判決は決めてたな・・・そうだろう!?」
「そうだ。あらかじめ全ての資料と言い分に目を通してある。ここで双方の言うことを聞いて、判決を変更するような新しい事実が出なかったから、今ここで終わりにしたのだ。無駄に裁判を引き伸ばすような馬鹿馬鹿しい遊びに興じてられるほど、重幹部は暇じゃないんでな。」
「てめーは・・・ラルフィナの涙を見て何とも思わねえのかよ!」
「・・・あのなあ、レックス。俺は人格がどうだこうだで判決を変えることはしねぇんだ。リックやケイトが善良で弱々しい人間だったら、お前・・・そんな態度を取ったか?」
「そ・・」
レックスは一瞬言葉に詰まった。
「ストリー・ゴイツが善良な男で、ラルフィナ・エリアーデが純情な田舎娘で、リックが口の汚い身勝手な男で、ケイトがどうしようもないアーパー娘だということは百も承知だ。だがな、そんな人格は参考程度にしかならん。問題は行為そのものだ。ストリー・ゴイツはケイト・ビッグマンを襲って血と精気を吸った。その責任を取る。それだけだ。」
「そんなムチャクチャな! ラルフィナの気持ちはどうなるんだよ!」
「それならリックとケイトの気持ちはどうなる。」
「知ったことか!」
「それが人格に基づいた判断というやつだ。レックス、お前は、こんな品性の低い奴らの気持ちよりも、心優しいラルフィナの気持ちの方が優先されるべきだと思っているのだろう。心の清らかな人間だけが救われるなら、アルカディアなんか要らねえんだよ!」
「・・・・・・。」
レックスは歯を食いしばった。
自分とて決して誉められた人格ではない。一般社会で生きていけるような人間ではない。
「・・・てめーの魂胆はわかってんだよ。この事件を利用して月組の力を削ごうとしてんだろ・・・・。」
声に覇気が無い。こんなことで相手を黙らせられるはずもない。
そのことはコムザインにも見透かされている。
「それが嫌なら大人しく手を引け。月組とて真っ当に勢力を伸ばしたわけでもあるまい?」
「っ・・・」
「おらは絶対に引き下がらねえだ!」
レックスが追い込まれたところで、ラルフィナが打って出た。コムザインとレックスが言い合いをしている間に、心を落ち着けていたのだ。
「何度だって不服申し立てして、戦ってやるだ!」
「そんなゴネ得が通ると思ってるのか? 不服というなら、力ずくで来い。」
「何だと?」
レックスはギョッとした。
「どんな判決も実効力が無ければ無意味だ。権力が裁判の結果を実行できるのは、相応の暴力を備えているからだ。それはアルカディアでも変わらんよ。」
ようやくコムザインは無表情でなくなっている。目を大きく見開いてプレッシャーをかけていた。
レックスだけはプレッシャーに屈しない。
「ふざけやがって・・・! 大勢で少数を黙らせるのが、砕組のやり方かよ!?」
「舐めるな。こっちは俺1人だ。そっちは何人でもいいぞ。」

「ちょっ・・」
「よせ。」
リックが異を唱えようとしたとき、ハービスが止めた。
「何で止めるんすか。戦って勝ったら判決無効とか、メチャクチャじゃないっすか。」
「コムザイン副隊長が連中相手に0.001パーセントでも負けると思うのか? 虎の威を狩る狐は、あまり喋らない方がいい。」
「・・・は、はい。」

一同は、ぞろぞろと外へ移動した。
裁判所の中で戦えば、それこそ砕組全員を敵に回すことになるだろう。レックスたちは格好がつかない気分だったが、コムザインや分隊長クラスは平然としている。
ハービスの後ろでリックが何か言いたそうにしているが、ハービスが無言でプレッシャーをかけて黙らせていた。

「そっちは7人か?」
ルナ、リュウ、ゴイツ、ジョナルを前衛に、回復はラルフィナ、サムとレックスが補助に回る。
「ふん・・・。」
アルカディア重幹部「星の五」、“壊帝”コムザイン。まだ抑えているだろうに、凄まじい威圧感だ。
胸が痛くなる。勝てそうにない。
だが、そこへ8人目の参加者が現れた。
「はっはっは、私はヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモン! 今年で45歳のヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモン! 人は! 私を! ヴェロニバル・ゼティエルト・サンデモンと呼ぶ! 理不尽なる判決を打ち砕き! いたいけな少女の恋心を守るべく! ただいま参上した〜!」
「ヴェロニバルさん、来てくれましたか!」
サムの顔が明るくなった。
(打っていた手とは、このことか。)
レックスはヴェロニバルが頼もしく見えた。
しかしコムザインは笑いもせずに肩を竦めた。
「おめでたい奴らだ。B級テレパス1人増やしたくらいで、何か変わるとでも思っているのか?」
「・・・・・・。」
レックスは顔をしかめたが、それは表面上のことだ。
レックスは知っている。ヴェロニバルのテレパシーも頼りになるが、8人を揃えたことも重要なのだ。

(いくぜコムザイン・・・!)
ルナ、リュウ、ゴイツの3人が、三方向から突進する。
「それを馬鹿のひとつ覚えというのだ!」
一撃で3人とも薙ぎ払われた。
「話にならんな。」
(くそっ・・・3人がかりで手も足も出ないのかよ・・・。)
レックスは自分のアンプリファイア能力を恨めしく思った。足し算でなく掛け算である以上、戦力比は変わらない。
サムやラルフィナの能力は対象を選べるが、レックスの能力は周囲のエスパーを無差別に強化してしまうのだ。
(だが・・・)
コムザインは実力の半分も出していない。
それだけの力の差があるということでもあるが、別の見方をすれば油断とも言える。
3人が再び攻撃し、コムザインは呆れながら薙ぎ払った。
そこに隙が出来た。
ジョナルが、サイコガンを放った。
「!?」
完全に不意を突いた。
ジョナルのサイコガンは様々なバリエーションがあるが、砕組と同じく8人分の念力を束ねることでスピードと威力が増大する。コムザインが半分も力を出していないのなら、当たれば無事では済まない。

だが、コムザインは油断などしていなかった。
「けっ!」
顔の真ん前でサイコガンを受け止め、弾き飛ばした。
エネルギーが遠くで大爆発を起こす。
「まさか・・・!」
驚いたのはレックスだけではない。ルナとリュウは更に驚いていた。コムザインはサイコガンを弾く一瞬、視線を左右させていた。それすなわち、サイコガンが誰にも当たらないように計算して弾いたのだ。
「話にならんな。もっとも、歯が立つようでは裁判長も交代だが。」
コムザインは焦ってもいなければ、息ひとつ乱してもいなかった。

(もう一度、隙を作る! 今度こそ・・)
ゴイツの思念をヴェロニバルがテレパシーで中継する。
ルナとリュウがコムザインを挟んで、ゴイツと合わせて再び三方を囲んだ。
ラルフィナがエネルギーを供給し続けるので、ダメージは回復する。いかにコムザインが強くても、殺す気が無ければ持久戦に持ち込めると踏んだ。
「今度こそ、何だ?」
「!?」
まるで思考を読まれたかのように、コムザインに返された。
「隙を作ったから、何だって?」
げんなりして目を瞑りながら、コムザインは三方向へ念力を放ち、薙ぎ払う。ノーモーションだ。
その瞬間にジョナルがサイコガンを放とうとするが、その腕を掴まれた。
「あ!?」
サイコガンが散らされた。
「何だ。俺が念力相殺を使えるのが、そんなに意外か。」
言いながらコムザインは、レックス、サム、ラルフィナ、ヴェロニバルを、殆ど同時に地面に這わせた。強力なサイコキネシスで、指一本動かせない。
「くっ・・」
ジョナルは距離を取ったが、そこにコムザインがいた。頭を掴んで姿勢を低くされ、サイコキネシスで這わされた。
「馬鹿な・・・テレポートまで・・・?」
「サイコキネシスで高速移動しただけだ。」
コムザインは溜息をついた。
「アルカディア重幹部というのは貴様らが思ってる以上に高い領域にいる。ジョナル、ヴェロニバル、貴様らは重幹部“代行”に過ぎないのだ。のぼせあがるなよ。」
何も言えなかった。
戦闘能力だけが幹部の素質ではないが、確実に必要なことでもある。
デタラメな力の差は、反抗心を奪っていった。
それに対抗できるとすれば・・・?
「ラルフィナは、わたしが守る!」
ゴイツが立ち上がった。ルナとリュウは、まだ立てない。
「ラルフィナ・エリアーデへの愛情か。それに俺への憎しみか。これだけの力の差を前にして立ち上がってくるだけあって、いい目をしている。」
「はあっ、はあっ・・・」
ゴイツは肩で息をしているが、コムザインは未だに力半分といったところだ。いや、実際50パーセントどころか20パーセントも出していない。
「絶対的な正しさなど無い。だから“概ね正しければいい”というのがアルカディア重幹部だ。だから時々こういうことも起きる。それを鎮圧できる力量が、重幹部には必要なんだ。」
それはジョナルに言ってるようでもあった。
「したり顔でほざくな若僧が!」
息を整えたゴイツが地面を蹴ってコムザインに突撃する。
「無駄だ。」
念力の重圧がゴイツを叩き落した。
「ぐおおおおお・・・・・!」
逃れようとするが、指一本も動かない。
「どうにもならねえよ。瞬間的な“ここだけの”気合や根性など、せいぜい実力を3割増しに出来るかどうかだ。年齢も含めて、俺も舐められたものだぜ。」
コムザインはゴイツを睨んだ。
「俺はお前より年上だ。」


「おい、コムザイン。久しぶりだあね。」
予期せぬ声に、コムザインの顔色が変わった。
「キアラ・テスタロッサ・・・何しに来た?」
「帰還報告と、ついでにあんたの判決を覆しておこうと思ってね。悪く思うなよ。」
燃えるような赤い髪と、重幹部随一のプロポーション。「星の三」“炎の旅人”キアラ・テスタロッサは、目を尖らせてコムザインを睨んだ。
「俺の邪魔をする気か?」
「勘違いしてるようだね。アタシはフィーと違って、あんたに協力する義理はあっても義務は無いんだ。あんたもさっき言ってたろ、重幹部は概ね正しければいいって。あんたは“概ね平等であること”を目指し、アタシは“概ね自由であること”を目指している。目標が違えば、時々こういうことも起こるさ。」
「・・・・・・。」
コムザインの顔は曇っている。
「知ってるだろう。アタシは重幹部の中で唯一、決定事項を覆す権限を持っている。その為に必要な書類なら何枚でも書いてあげるわ。」
「こいつらの為に、そこまでする義理があるとでも?」
「自由の為よ。」
「だが、わかってるんだろうな。その権限、お前単独では発動できないってこと。」
キアラの意思ひとつで覆せるなら、判決など無意味になってしまう。あくまで自由度を確保する為の法律であって、厳しい制約がある。キアラ以外に重幹部4名の承認が必要なのだ。
「だから今までは出来なかった・・・。」
キアラは指をパチンと鳴らした。
すると空から2人の女が降りてきた。
「・・・!」
全身ピアスだらけのサイ子・メビウスと、面長の顔に細い目の京狐夜果里。2人とも重幹部だ。
「貴様らまで・・・。」
「サイ子と夜果里。そしてヴェロニバルとジョナル。これで重幹部4人分の承認を得られる。代行といえども、重幹部だ。」
キアラは勝ち誇った顔でコムザインを睨みつけた。
「私も夜果里もキアラに協力する義務は無いけど義理はあるんでネ。」
サイ子がニッと笑って、口元のピアスがじゃらりと音を立てる。
「ただで済むと思うなよ、貴様ら・・・!」
コムザインの声に激しい怒りが宿る。

ここ数年、月組の勝手が目に余ると常日頃から思っていた。
フィリップと違って“電脳計画”や“闇兎計画”の為に予算を奪っていくのは仕方ないと思っていたが、休暇中の分隊を動かすのは我慢ならなかった。(バーニシャル・エルダのときにも休暇中の第十分隊を動かしたのだ)
それが月組隊長の持つ権限であるとはいえ、休暇中のメンバーを動かすということは、いたずらに疲弊させたり、スケジュールを狂わせたりする。それは隊員の生死に直結する。
魔犬との戦いで、ヴェネシンが休暇中のメンバーを動かさなかったのは、休養の重要性を理解しているからだ。そして理解しているだけなら、千里眼のクレアも理解しているはずである。いや、理解していようがいまいが、隊員の命を軽んじていることには変わりないと、砕組の立場なら自然に辿り着く思考だ。
そういった軽んじ方を、コムザインは嫌う。恐怖してると言ってもいい。任務の為に命を落とすことに対して冷淡なコムザインも、決して生命を軽んじているわけではない。
命は粗末にするものではなく、懸けるもの。それがコムザインの理念だ。
どうにかして月組を押さえ込んでおかねばならないと、危機感は強くなっていた。だが、クレアは隙を見せない。千里眼の情報力は桁が違う。焦燥感は募るばかりだった。
クレアが幽閉され、リックが訴えを出してきたとき、コムザインは迷いながらも決断を下した。内心ではラルフィナに有利な判決を下したいと思いながら、職務を逸脱しない範囲でラルフィナが有利になるような行動を起こした。自らゴイツを攫ったのも、牢獄の番を務めたのも、万が一にも相手を殺す心配が無いほどに圧倒的かつ精密なサイコキノであるからだ。そしてゴイツを攫ったときに名乗ったことで、相手に危機感を持ってもらい、アルカディアのデータベースにも記録を残し、サムが読めるようにした。
判決を下すときは、砕組副隊長としては喜び、いち個人としては失望を感じた。
しかし、その失望も今や消え失せていた。
それでも。
止められない怒りがある。
軽んじられる屈辱は、重幹部の誰よりも知ってるつもりだ。

だが、怒りで言えばキアラも負けていなかった。
「おうおう、ただじゃ済まねえってのはコッチのセリフなんだよ! “左手”使ったろか!?」
言いながらキアラは一歩踏み出して、左手の袖を捲り上げる。
「!!」
コムザインの顔が目に見えてわかるほど青くなり、その足は一歩後退した。

“壊帝”の一歩後退。
コムザインの実力を知る者からすれば、それがどれほど大きな意味を持っているかわかる。
今の戦闘もどきを経験したゴイツたち以上に、ハービスやラプソディアが動揺している。
砕組の全分隊を相手に戦える実力を持つコムザインを後退させるほどの、キアラ・テスタロッサの“左手”とは?
その名も“火掌発剄”(かしょうはっけい)という。
一発一発がナパーム弾に相当する威力を持つのもさることながら、恐るべきは連射が可能ということである。
ナパーム弾程度の威力であれば、コムザインの念力大砲に劣るが、連射できるとなれば全く話は違う。
現在、キアラの“火掌発剄”連射可能回数は294回。コムザインといえども跡形も無く消え去るだろう。

だが、コムザインが本当に恐れたのはそこではない。
ここでキアラが“左手”を使えば、敵味方関係なく周囲の人々まで灰にしてしまいかねないのだ。
もちろんヴェロニバルのテレパシーで意思確認は済んでいるのだろうが、だから出来るというものでもない。
これが大勢の命が懸かっているというのなら話は別だが、誰も死なない状況で、誰かが死にかねない脅しを行うのは、コムザインにとっては狂気の沙汰だった。
「こんなことで、人の命までドブに捨てる気か?」
「あんたにとっては取るに足らないようなことが、アタシにとっては重要だったりするんでね。自由は命より重い。」
キアラの言葉と目つきに、コムザインは眉を顰めるだけだったが、ハービスやラプソディアなどは寒気を覚えた。
コムザインは彼女の後ろのサイ子と夜果里に目をやった。2人は何気ない佇まいだが、目つきが据わっていた。
(俺も所詮は温室育ちの甘ちゃんか。第一期から幹部やってる奴は覚悟が違う。)
思わず瞬きし、コムザインは誰にもわからない程度に息を吐く。
(どの道、サイ子・メビウスが来てる時点で、戦っても勝ち目は無い、が。)
レックスがアルカディア唯一の乗算アンプリファイア能力者なら、サイ子はアルカディア唯一の除算リミッター能力者である。B級出力で“星の二”の座にいるのは伊達ではない。彼女のリミッター能力は、出力を10分の1にしてしまう。しかもレックスと違って、対象を選ぶことが出来る。
1対1ならキアラ以外は楽勝だが、サイ子が敵に回っていると夜果里が相手でも勝ち目は薄い。

(だが、リックとケイトが納得しない以上―――)
コムザインの目つきが細くなり、彼は横目でリックとケイトを見た。
しかし2人は明らかに怯えていた。
「おねげえだ、おらとゴイツさんを許してくれ!」
コムザインが考えをまとめる前に、ラルフィナが叫んだ。
その声にリックとケイトはビクッと震え、顔を見合わせたり周囲を窺ったりした。
「・・・わ、わかった。許してやる。い、いいよな、ケイト。」
「う、うん。」
そんな2人を見て、コムザインは自分の負けを悟った。
「すまない、リック、ケイト。」
謝ることしか出来なかった。
「い、いえ、こっちこそ。なあ、ケイト。」
「うん、うん。」

その様子を見て、レックスは胸が痛むのを感じた。
『リックやケイトが善良で弱々しい人間だったら、お前・・・そんな態度を取ったか?』
『こんな品性の低い奴らの気持ちよりも、心優しいラルフィナの気持ちの方が優先されるべきだと思っているのだろう。』
レックスの脳裏には、裁判でコムザインが言った言葉が浮かんでいた。
リックとケイトに頭を下げるゴイツとラルフィナを見ながら、レックスは複雑な気分で黙っていた。

手続きが済むまで半日もかからず、レックスたちは翌日には事務所へ戻ってこれた。
「結局オレたちって何だったんだろうな。」
ソファーに座りながら、レックスが呟く。
「言うな。悲しくなる。」
サムが溜息をつきながら言った。
「でもさー、わたしたちが動かなかったら重幹部も動いてくれなかったわけだしさ。」
「そうだよね。重幹部が率先して動くには、嫌な言い方だけど、小さい事件だから。」
ルナとリュウは前向きだ。
そこへ金髪の美少女がテレポートしてきた。
「私に感謝しなさいよ!」
「お前は、スカーレット!」
「ふん、豚の脳ミソにしてはよく覚えてたわね、腐れ魔羅野郎。久しぶり。」
可愛らしい外見で、汚らしい口調。忘れられないインパクトだ。
口の汚さに、いっそう磨きがかかっている。もとい、いっそう汚れが酷くなっている。
「私がテレポートでババァたちを運んできたのよ。」
ババァは無いだろとレックスが思っていると、サムが冷たい声で言った。
「スカーレット。クレアさんがいないからって勝手に出歩いていいのか。」
「何よ、用が済んだらさっさと帰れって? 金玉もがれちまえ!」
スカーレットは真っ赤な顔で悪態をついて、テレポートで去っていった。
「はぁ・・・。戦闘能力は重幹部にも匹敵するんだがな、相変わらずクレアさん以外には懐かないのが難点だ。」
「今回はどうやって手なずけたんだ?」
「2ヶ月前にクレアさんが書いていた手紙が出てきてな。そこに指示が書いてあった。」
「・・・・・・。」
あらためてクレアの予知能力にレックスは底知れぬものを感じた。


- - - - - -


ラルフィナ・エリアーデとストリー・ゴイツ。
2人の結婚式の招待状が届いたのは、それから2ヶ月ほどしてからのことだった。
愛を誓う2人を見ながら、サムは微笑んだ。
「どうだ、レックス。私たちの行動はクレアさんの予知に含まれていたが、私たちが行動しなければ、この光景も無かったんだ。」
「・・・ああ、悪くないな。だが、ここにクレアがいないのが、ちょっとな。」
レックスは喜びながらも少し寂しそうな顔をしていた。
「ははっ、クレアさんなら千里眼で見ているさ。」
「そっか。・・・そうだな。」
レックスは優しい笑顔になったが、感覚の違いを感じて胸が痛んだ。
たとえ千里眼が現実と変わらない情景をクレアの瞳に映し出そうとも、ここにクレアがいないという事実には変わらないのだ。
そのことに胸を痛める自分は間違っているのだろうか?
それとも、サム、ルナ、リュウも、胸を痛めながら笑っているのだろうか?
そんなことを思いながら、レックスはラルフィナとゴイツに拍手を送っていた。

クレアのいない日々は、もう少しで終わる。




   第十八話   了

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
□□□□□□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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「千里」 第十八話 クレアのいない日々 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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