佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十九話 龍閃村事件 (下)

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:40   >>

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■■■■■■■■■■



沈黙の支配する奥の部屋に、良平が入ってきた。
「!」
命良は咄嗟に身構える。
牧無は自然な動作で命良と良平の間に割って入った。
「よーう良平。巽は口を割ったか。」
「それが妙でな。心を折ったのに口は割らなんだ。」
「ふえ?」
予想外の返事に、牧無は素っ頓狂な声を出した。
「どゆこと?」
「わからん・・。」
「・・・いいのかね、そんなことで。それが防御の肝かもよ。自分のせいで負けるのは悔しかろう?」
「ぬう・・。仕方ない、最後の手段だ。来い、命良。」

命良と牧無は、良平の後に続いて地下室へやって来た。
「うわ、生臭あ・・。扉、開けたままでいい?」
むせ返るような精の匂いに、牧無は咳き込んだ。
「閉めろ。」
「良平のいけず。」
「外で待ってろ。後で聞かせる。」
「いや、早く知りたい。ここにいる。」
「勝手にしろ。」
そして良平は巽に向き直った。
「さて、巽。わしも出来るならこんなことはしたくないのだが・・・どうしても依頼方法を白状しないとなると、命良の命は無い。」
「・・・!?」
「ハッタリだと思ってるのなら大間違いだ。奪われるくらいなら、ここで壊す。」
良平は命良の首筋に触れた。
「ひああっ!?」
命良は嬌声をあげて、がっくりと膝をついた。
「はあっ、はあっ・・」
腰が抜けた。心臓が痛いほどに鳴り、全身が熱い。脚の間からは、汗と共に愛液が流れてくる。
巽は体を震わせた。
「何を・・」
「・・くく、女の絶頂時に一番負担のかかる場所を知ってるか? 脳髄ではない。心臓だ。」
「!」
巽は青ざめた。
「命良はわしの所有物の中でも極上品・・。しかし、奪われるくらいなら・・勿体無いが・・美しく咲かせてやるが華・・・。死ぬまで絶頂させてやろう。」
良平の目がとろんと歪み、口から涎が垂れた。
その狂気の表情に、いよいよ巽は冷静でいられない。
「やめろ! やめろ! やめさせろー! そこの人! 止めてくれ!」
しかし牧無は無表情で突っ立ってるだけだった。
「止めてくれ! お前に心があるなら!」
巽の必死の訴えに、牧無は溜息を漏らしつつ口を開いた。
「私が善人に見えるかよ? 命良を死なせたくないなら、依頼方法を吐けばいいだろう。」
「うう・・!」
巽は絶望感で涙を滲ませた。しかし口を割らない。この期に及んでも口を割らない。
「ふん、口で言ってもわからんか。こうして実際にやらなくてはな。」
良平は既にいきり立った物を外気に晒し、命良の服を肌蹴た。
「嫌あっ!」
「そらいくぞ、一発目!」
ヌブッと音がして命良の全身がビクビクと痙攣した。
「あ・・熱・・・」
「二発目いくぞ!」
「ひやあああっ!?」
痛いほどの快楽で、命良の眼から涙が止め処も無く迸る。
「ひい・・ひぐ・・!」
「ははははは、泣き叫べ! いくぞ三発目!」
「あぐうう!」
「このまま絶頂しながら昇天しろ! 女の一番美しい死に方だ! 命良は幸せだな!」
「ひぎいいいいい!!」
「五発! 十発! 十五発! どんどん行けっ!」
もはや人間業ではない。良平は竜脈の力を全開にしている。常識の何十倍という濃密な快感が容赦なく命良を壊していった。激しい快楽の渦は命良を切り刻み、粉々にしていった。
「やめろー!! 喋る! 喋る! 白状するー!」
間一髪、巽の絶叫が間に合った。
牧無が良平の肩を叩き、良平は能力を停止して牧無を床へ転がした。
「・・ヒュー・・・・ヒュー・・・」
全身は小刻みに震え、股の間からは液体を噴き出し、このまま心臓は爆発してしまうのではないかと思うくらいに痛く、とても痛く、呼吸もままならない状態だった。
「最初からそう言えばいいものを・・。もう少しで命良を壊してしまうところだったではないか。」
「うっく・・・」
悔しさと悲しさ、そして無力感が、巽に熱い涙を流させた。


- - - - - -


村の南側では戦闘が続いていた。
京狐一族の中でも屈指の実力を持つ夜果里。対するは藍縄の手練5人・・・鉛水、角水(すみ)、暗水(あみ)、水王(みお)、水車(みのり)。
双方共に幾らか手傷を負っているし、疲労も並みではない。
夜果里の斬空は威力絶大で防御は困難。迂闊に踏み込めば手足の一本や二本は簡単に持っていかれる。乱れ咲く刃を前に、藍縄の5人は一瞬たりとも気が抜けない。
もちろん夜果里も、おそらくは相手よりも苦しい状態にある。4人の娘は基本能力は同じとはいえ、それぞれに個性のバラつきがある。
司令塔を守る角水は攻撃速度が速く、しかも攻防の合間を縫って正確に夜果里に攻撃を放ってくる。
暗水は攻撃は拙く隙も多いが、崩れた体勢を元に戻すのが早く、味方の援護も上手い。
水王は間合いが狭く動きも鈍いが、殆ど隙を見せない。司令塔の鉛水が“脳”だとしたら、彼女は“脊髄”のようなものだ。
水車は素早く動き、攻撃力も高い。藍縄一族のサイコキネシスは縄状の念動だが、彼女はそれを螺旋状にして高速回転し、ドリルのように攻撃するのである。
(まず1人、どうにかしないと・・。)
夜果里は額から大粒の汗を流しながら、誰から狙うか考えていた。
後方の鉛水や角水は難しい。となると残りの3人からだが、その中で狙うとすれば・・・。
(1人でも潰せば陣形が乱れる。その隙を突いて鉛水にダメージを負わせる。それで相当有利になるだろう。)
戦いながら夜果里は、ジリジリと暗水との距離を詰めていった。
(さあて、上手くいくかねえ。)
刹那、夜果里は十文字に斬空を放った。
「ひっ!」
暗水はよける。
しかしそれは囮。夜果里は暗水のすぐ側に来ていた。
ザクッと音がして、暗水の右肩から肺にかけて斬空が肉と骨を絶った。
「ごほっ!?」
ここで予想外のことが起こった。斬空が炸裂した瞬間、夜果里自身も全身にヒビが入るような激痛を味わったのだ。
これこそ暗水固有の捨て身のカウンター能力。密着状態で攻撃を受けたときの、渾身の一撃。骨を絶たせて肉を切るような、多人数戦闘ならではの奥の手。
(ぐっ・・)
血を吐きながらも夜果里は鉛水に向けて斬空を放った。
しかしそれは、あらかじめ放とうと思っていたものを、予定が狂ったにもかかわらず惰性で放ってしまったに過ぎない。威力が劣るのもさることながら、放つときに手を振り下ろす動作をしてしまった。
動作を見れば、不可視かつ無音でも攻撃は手に取るようにわかる。俗物であっても戦いに入ればプロだ。鉛水は自らの固有能力・・・“冥風道士”と呼ばれる所以であるカウンター能力によって、夜果里の斬空を、そっくりそのまま返した。
「ぎいっ!?」
夜果里の腹が血で染まった。
「うう・・!」
落下しながら、夜果里は自分の失態を恥じて眩暈がしていた。鉛水のカウンター能力は知っていたから、攻撃を返されることだけは避けるように戦っていたが、不測の事態でいとも簡単に出来なくなってしまう。
(あたしも甘いねえ・・・所詮はアマチュア、か。)
力なく地べたに膝をつく夜果里を見て、鉛水は勝利を確信した。
(やった・・!)
一族最強の実力を持ちながら、冷遇され名を上げる機会すら得られなかった。しかし40を過ぎて、ついにその機会を得た。これを掴み取るべく、自分の血を分けた娘たちまで好色な悪党に差し出した。そして今、ついに栄光を勝ち取った。自分の人生は報われた。

そう思っていた。

「!?」
突然、背中に熱いものを感じた。最初はそれが何だかわからなかった。
斬空波を捻って返すときに負った傷が熱を発したのかと思ったが、そうではなかった。
「え・・・?」
振り向くと角水の顔があった。その顔は般若の如く。その手に握られていたのは、彼女の憎悪に相応しい硬度を持つモリブデン鋼のナイフだった。
「あ・・・?」
人間は駒ではない。囲碁の石も将棋の駒も、勝利という栄光の為なら、いかなる理不尽な扱いにも文句は言わない。無慈悲なるプレイヤーの意思に従って、その身を灼熱の盤上へ投じる。脂の浮いた血の池へも、黒い汚れのこびりつく針の山へも、雨ざらしの骨が見える泥沼へも、真空極寒の宇宙空間へも、躊躇なく足を踏み入れる。
だが、人間ならば。
血の通う人間ならば。
一族で飼い殺しにされていた父親がそうであったように、娘たちもまた理不尽に逆らった。
「が・・・」
鉛水は体勢を崩した。
ゆっくりと地面墜落する前に、サイコキネシスで周囲全てを薙ぎ払った。


- - - - - -


ただひとり、夜果里が立ち上がった。
他の5人は気絶していた。
鉛水と暗水は重傷、角水は全身骨折、水王と水車は酷い打撲。加えて、戦闘の疲労が意識の回復を許さなかった。
「ふん・・・手こずらせたねえ・・。」
やや息を切らして、夜果里は歩き出した。メタルイーター能力で体に金属を取り込んでいるからこそ。普通の人間なら動くことは出来ないだろう。
(クレアは足止めと言ったが・・。娘の造反を予知していたくらいだ、この展開も織り込み済みのはず。ならば・・!)
ここから龍閃村へ攻める。それが夜果里の出した結論だった。
しかし、動けるとはいえ、まともに戦える状態ではない。しばし休息が必要だった。歩き出したのは、木陰で休む為だった。
(なあに・・・。金属の融合した体細胞だ・・。あたしの意思も加えれば、治りは早いさね。)
事実、腹の傷は既に塞がっていた。およそ金属というものは血を固まらせる性質を持つものだ。ゆえにメタルイーター能力者は、総じて傷の治りが早い。まして夜果里は、この能力をよく研究している。長年の修行によって、ある程度まで体細胞をコントロール出来るまでに至っているのだ。言わば自分専用のヒーリングといったところか。
彼女のダメージは、目に見える速度で回復していった。
(しかし、完全回復するまでは動かない方がいい。あたしがそう判断するのもクレアは予知しているはずだ。)
夜果里は冷静だった。
この判断は“臆病”ではなく“慎重”。牧無は戦わないとしても、良平は手強い。万全の状態で五分の相手である。
(そうだ・・・よく考えれば焦る必要は無いねえ。むしろ焦ってるのは相手の方だろう。)
そう思うと、ますます冷静になれた。


竜王家の地下室では、牧無が異変を感じ取っていた。
「やばい・・・!」
「どうした?」
「信じがたあが、鉛水のやつ負けやがっちゃ!」
「ぬああにい!?」
「ここは私が!」
「おう!」
命良と巽の見張りを牧無に任せて、良平は急いで外へ出て行った。
「・・・ったく、なーんで負けるかなあ・・?」
牧無は目を伏せながら頭を抱えた。
「あれで負けるはずが・・・ひゅう・・・。」
爆雷符と牧無の通信は、テレパシーと携帯電話の“あいのこ”のようなもので、地下にいると伝達が悪くなる。加えて、目の前で行われていた激しい痴態に意識を奪われていて、外のことは薄ぼんやりとしかわからなかった。
「ああ・・・少しでも早く穴を埋めたいという焦りが仇となった・・・。・・・そうだ、それだ。まだ依頼方法を聞いてなかったね。」
牧無は巽を見つめた。
「・・・・・・。」
「だんまりかよ。そーだよね。当然だよね・・。はあ・・。」
牧無はガックリとうなだれた。
仕方なしに外に意識を集中すると、既に夜果里が動き出していた。
「うわあ・・気付くのが遅すぎた。こりゃ、致命的かも・・・。」
夜果里と良平がぶつかれば、どちらが勝つかはわからない。出力は15万と10万で良平が勝るものの、夜果里の斬空は防御できない。回避し続けるしかない。
もしも良平が負ければ、村には夜果里と戦える人間はいなくなる。
(私が力を使うわけにもいかないしな・・。)
牧無が戦えば村は吹き飛ぶ。実質は非戦闘員だ。
命良を奪取することに限れば、千里側の勝率は更に高まる。夜果里は良平と決着つくまで戦う必要は無いのだ。
(うう、勘弁してよ。千里ちゃんの側にいる2人の能力だってわからないのにぃ。)
がしがしと頭を掻いて、牧無は膝を揺らす。
(千里ちゃんなら地下室の位置も鍵の在り処もわかる・・・。私がここを離れるわけにいかないだん。あー、ホントに敵に回すと厄介だよん・・。)
心の中で弱音を吐きながらも、地上の観察を続けていると、突然、人間の数が1人増えた。
「おんや・・・?」


いざ村へ入ろうとしたとき、夜果里の前に急に何者かがテレポートしてきた。
見かけはまだ10代前半の少女。紫色の着物を着ているが、元が華奢なのに着痩せするタイプらしく、折れそうなくらいに細く見える。両の眼からは、つうっと涙が流れている。
「・・・!?」
「おっと、また涙が出ちゃったな。」
驚き警戒する夜果里を前に、その人物は着物の袖で顔を拭った。
「初めまして、かな。京狐夜果里・・さん?」
「・・誰?」
夜果里は冷汗を流した。
「あっれ〜? おかしいなあ。私はあんたのことをよく知ってるし、あんたも私のことを少しは知ってるはずなんだけどなあ・・。」
その顔。その目。その声。
愉悦を含んだ笑い顔も、底の見えない濁った瞳も、嘲るような口調も、夜果里が死ぬ程よく知る人物に酷似していた。
「馬鹿っ、なっ、お前っ、はっ、死んだっ、はずっ、だっ・・!」
声も絶え絶えになりながら、夜果里は全身を震わせた。大きく見開かれた瞳には、驚愕よりも恐怖の色が濃ゆかった。
「その目・・・どこかで見たよ。・・ああ、そうだ、パパがそんな目をしていた。ククク、今ならわかるよ、その目の意味が。心配しなくても、あんたの想像している男は、もうこの世にはいない。私の名前はティア。聞いたことない?」
「・・・・・・。」
「じゃあ、フルネームで言おうか。ティア・タロニスって言えば、ピンとくるでしょ?」
「何、だと・・・!?」
「よっしゃあ、やっぱり知ってた。」
ティアはガッツポーズをした。
「こうして面と向かって話すことが出来て、私がどんなに嬉しいか、あんたにはわっかんないだろうな〜。」
「・・マルチ・・・マルチプル・タロニスの娘・・か?」
「だいたいそんな感じ。」
ティアの目が細くなった。
「・・もう少しだべっていたい気もするけど、そろそろ始めようか。」
「何を・・?」
夜果里は距離を取った。
「やだなあ。わかってるくせに。だからあんたもそうやって臨戦態勢で距離を取ってるわけでしょ?」
「!」
ティアと名乗る謎のエスパーが何を目的としてここに来たのかはわからない。しかし、邪魔するようなら容赦しない。それが、かつての仲間の娘だとしても。
夜果里は十文字に斬空を放った。真正面よりも少しだけ右下にずらすことで退路を限定する、暗水に対しても使っていた手法である。
しかしティアは微動だにしなかった。彼女の周囲の空間が大きく揺さぶられ、斬空は粉々になって消滅してしまったのだ。
「!?」
「ククク。」
ならば・・と、八方から切り刻む八岐斬空を放つ。しかし結果は同じ。空間が揺さぶられて掻き消されてしまう。
「駄目だよ。斬空ってのはデリケートな技なんだからさ。あらゆる物体を切断できる斬撃だけど、空間という復元力の強いものを切ってるんだ・・・理論上の射程は、たかだか30メートルと少し。あんたの斬空は粗いから、残馬刀みたいな破壊力がある代わりに射程は短い。今の感じからすると、16メートル79センチ。そしてデリケートなだけに、こうして空間を揺さぶるだけで粉々になってしまう。いかに強力でも、間合いのわかっている技なんて恐くもなんともないし、見えも聞こえもしない攻撃だろうと、来るのがわかっていればどうとでも出来る。そして・・」
「はっ!?」
凄まじい衝撃波が辺りの木々や草花を薙ぎ払った。よけるのが少しでも遅かったら重傷・・もしくは死んでいた。
直撃こそしなかったものの、完全によけきれたわけでもない。骨に少しヒビが入っていた。
「・・とまあ、このように。私の能力も、あんたの斬空と同じく空間干渉系だけど、こっちの方が効率はいい。攻撃範囲が広いから、直撃しなくても今のようにダメージを与えられるし、全方位攻撃に対しても防御可能という多角的な技なわけよ。」
「・・・・・・。」
ただ強いだけでなく、戦い慣れている。夜果里は怯んだ。
しかし弱気になったところでどうなるわけでもない。無理にでも勇気を持って戦うしかない。
駄目もとの作戦。高速で移動しながら無差別に斬空を乱射する。
見えない斬撃が周囲の景色を切り裂いていく。常人には追えない速さで夜果里とティアは空と大地を駆け巡る。
(くそっ!)
次々と放つ斬空を、ティアはいとも簡単に防御するか回避する。
そしてティアの空間を揺さぶる攻撃が夜果里を襲った。
「ぐっ!」
先程よりも深く食らった。
ティアの攻撃は暗水とは威力も性質も違う。メタルイーター能力で金属を取り込んでいる夜果里は、サイコキネシスには滅法強く、暗水の渾身の一撃を食らっても短時間で回復できた。その程度のダメージだった。
しかしティアの攻撃は空間を直接揺さぶってくるので、金属を取り込んでようが関係なく、物理特性に左右されず平等に破壊をもたらす空間干渉の渦によって、大きなダメージを受けてしまう。
しかも夜果里の攻撃は何十発放っても掠りもしないが、ティアの攻撃は確実にダメージを与えてくる。それも、たった一発で。
「無差別乱射とか、無理だと思うよ。本当に無差別に、闇雲に撃ってたら、5、6発くらい掠ったかもしれないけどさ。」
「何・・?」
「斬空ってのは能力名じゃない。技の名前でしょう。“相手に狙いを定めること”も含めて技法の一環なんだから、急な思いつきで無差別乱射なんて出来るはずないじゃないの。」
「・・・!」
言われてみれば、その通りだ。技を磨くということは、威力を高めるとか命中率を高めるというもの。“狙いをつけない”修行など、夜果里には思いつきもしなかったし、思いついてもやらなかっただろう。
ティアは夜果里と同じく空間干渉能力者だ。狙われているのがわかっていれば、殺気と空間の歪みを読んで、防御も回避も容易い。それが出来るのが超能力戦のプロフェッショナルだ。
夜果里は強力なエスパーで、技術も優れているが、戦闘に関してはアマチュアの域を出ないのである。
「それでも、あんたの技術は素晴らしい。7年前なら私の負けだったよ。あのときは竜王・・」
「もう勝った気でいるのかね?」
「ええ〜、勝つ気でいたの?」
「っ・・! 馬鹿にして・・!」
夜果里は歯を軋らせて、これみよがしに怒りと悔しさを表現した。
しかし内心では露ほどにも逆上していない。攻撃を当てるチャンスを冷静に窺っていた。
(勘違いしてるねえ、ティア・タロニス。あたしの斬空は確かに粗いが、出力を大幅に下げれば薄くて切れ味の良い刃を作り出すことも可能なのさぁ。手足の一本でも切り落とせば、戦闘能力は極度に落ちる。)
ティアはベラベラと喋りながらも隙を見せないが、こうして悔しがり焦る様子を見せれば、油断する可能性があると思った。
「あんたはアルカディアの重幹部に過ぎないけど、私は(7)だからね。最初から勝敗は見えている。」
「7?」
「・・・本気じゃないね。本気で知ろうとしてない・・。悔しがってるように見えるのも、芝居でしょ。」
ティアはクスクスと笑った。
「私を油断させる為に、わざと悔しがる様子を見せたんだろうけど、演技がクサすぎる。そんなんで隙を見せるとでも思ったのか、この大根役者。」
嘲りながらも隙は見せない。ティアの言動もまた、相手から冷静さを奪おうとする芝居じみたものだ。
だが、夜果里は笑った。
「馬鹿め!」
その瞬間、ティアの右手は手首のところでスッパリと切断された。
「あぐううう!」
ティアは叫び声をあげて、左手で切断面を押さえた。
噴水のような血はすぐに収まったが、赤い糸のように細く垂れた血が、切断されて地面に落ちた右手首に注がれていた。
それを見て夜果里は、冷静さを取り戻した。
「サイコキネシスね。でも血止めすら不完全。どうりで戦闘で使わないわけだねぇ。」
「うう・・ぐ・・!」
「・・・演技が見破られることなど折り込み済み。あたしは最初から、あんたに隙を作らせることなど考えていない。ただ、油断して攻撃の手を緩めてくれればよかった。」
「何・・どういうこと・・?」
「あたしの斬空は出力を大幅に下げることで切れ味が増し、速くなり、射程も延びる。」
「う・・・」
「もっとも、それには集中する時間が必要。あなたは芝居を見破っているという安心感から、攻撃の手を緩めた。それが油断だ小娘!」
しかし夜果里とて、このまま押し切れる体力は残っていなかった。演技はまだ続いている。少しでも回復させる為に、わざわざ解説して威圧して、時間を稼いでいるのだ。
「っく・・・しくじった・・・。」
ティアは歯を食いしばり、片目を強く瞑って脂汗を流していた。その左手は傷口から離れ、震えながら夜果里に向けられる。
血に塗れた手が、空間を揺さぶった。
「ひゅっ!」
それを夜果里は難なくかわした。
攻撃範囲の広い空間振動衝撃波といえども、放たれるのがわかっていればよけられる。
苦し紛れの攻撃。いや、攻撃などと呼べるものではない、ただの見苦しい足掻き。

そう思っていた。

(!?)
左の肩に違和感を覚えた。
毒虫が這っているような、悪魔に肩を掴まれたような、そんな感覚。
「ターッチ。」
いつの間にかティアの顔は、苦痛ではなく愉悦で歪んでいた。その邪悪な笑みの少し下、彼女の右手の切断面から血液の糸が伸びていた。サイコキネシスで綴られた赤い糸は、大きくカーブを描き、夜果里の左肩に乗っかっているティアの右手首に繋がっていた。
(うっ・・!?)
強烈な眠気が夜果里を襲った。
体中の力が抜け落ちる。
意識が消え行く寸前に見たものは、濁った笑顔で唇をペロッと舐めるティアの姿だった。
「ンッククク、私の勝ちぃ。」
ティアは嬌笑しながらサイコキネシスで右手首を引き寄せて、くっつけた。
「くう〜、痛い。でも本当に切られないと騙せないからなー。ふう・・。」
勝利の為なら手足の1本や2本どうということはない。まして元通りにくっつくのなら。それがティアの戦闘に関する心構えだった。
夜果里の超高速斬空は、確かにティアの右手首を切断した。しかしそれはティアが、そのように仕向けたに過ぎない。彼女の反射速度をもってすれば、夜果里の最速の斬空をかわすことも出来た。夜果里は最初から手足のいずれかを狙っていたが、他の箇所を狙ったとしても、よけきれなかったフリをして手か足を切らせるつもりだった。
苦痛に顔を歪め脂汗を流したのも、夜果里を騙す為に痛覚を10倍にしていたから。ティアの戦いに臨む覚悟、望む通りの勝利を導く執念は常軌を逸している。
彼女は戦いの中でしか生きられないのかもしれない。しかしそれを楽しんでいるのだ。
「う〜ん、久々に手ごたえのある相手と戦ったぁ。・・・さあてと、まだやることは残ってるっとな。」
ティアはテレポートで消え去った。


牧無は混乱していた。
(何、アレ・・?)
詳しい状況はわからないが、何者かが夜果里と戦い、勝利した。
(知らない。あんな能力者は知らない・・。イレギュラーだん。)
感知し得る限りの情報を分析しても、全く何者かわからない。もしも間近で見ていれば、夜果里と同じ結論には辿り着けていただろうが・・・。
「うむむむむ・・。」
(夜果里ちゃんを倒したってことは、こっちに有利になったってことなんだけどん、素直に喜んでいいものかどうか・・。このことを千里ちゃんが予知していないはずがない。混戦に持ち込んで隙を作ろうってか?)
だいたい本来の予定ならば、鉛水は残るはずだった。夜果里が倒れていても、牧無としては楽観できない。
外に意識を集中し、消えた何者かを探索していたそのとき、左の肩に悪寒を覚えた。
「!?」
「眠りな。」
命良と同じ紫色の着物を着た女が、肩に手を置いていた。
(しまった!)(どうやって入っ・・)
強烈な眠気が急激に牧無の意識を奪った。
命良と似ているが表情の全く違う顔が笑っていた。
「ククク、“裁きの雷”ジュフィエ、“最初のX”マキナ、“爆雷烈姫”蘆屋牧無・・・幾つもの通り名を持つ伝説のエスパーも形無しだね。何せ、あんたは・・」
眠りの神は思いのほか優しかった。その使い手と不釣合いだと思いながら、牧無は床に倒れ込んだ。


竜王良平は信じがたい光景を目にした。
紫の着物を着た女が、よたつきながら走っている。
「命良あ!?」
見間違えるはずがない。何が起こったのかはわからないが、追わない選択肢は無かった。
北の出入口には村の人間が6名待機していて爆雷符も持たせてある。跳ね橋も上がっている。今の状態の命良なら突破できないはず・・・最悪でも自分が追いつくまでの足止めにはなると、良平は駆け出しながら思考した。
「ぬうううううん!!」

突風が木の葉を舞い散らし、村の東側から新たなヘリコプターが現れた。
ヘリには10代の少年が乗っている。
「ははは、来たわ!」
千里はレックスとサムを連れて、村の東側へ走り出した。
命良も方向を転換して村の東へ走る。
「はあっ、はあっ!」
「馬鹿な、爆雷符の結界内にヘリが入ってこれるはずが・・! 止めろ! 命良を止めろーっ!!」
良平の命令で、北にいた村人たちが命良へ爆雷符を放つ。しかし不発。
「ああ!?」
良平も村人たちも、牧無が深く眠らされていることを知らない。
これ以上は近付かない村人。
「くそおおお!?」
「私は出る! この村を! 呪われた運命に破滅の一撃を!」
必死の形相で追いすがろうとする良平に、命良は言葉を投げつける。あるいは、それは誰かに向けた言葉ではなかったのかもしれない。
命良は、かつてない力で走る。脚がビキビキと悲鳴をあげ、心臓が破裂しそうに打っている。
「はあああっ―――!!」
ヘリに向かって高く跳ぶ。良平から受け継いだ竜脈の力を全開に、命良は良平から逃れる。
中から少年が手を伸ばし、命良を引き上げた。
「おのれえ!」
良平が追いついたのは、そのときだった。
「龍神よおお!!」
良平の掌に凄まじいエネルギーが集約する。それはヘリに向かって放たれ、機体を粉々に打ち砕いた。
しかし既にもぬけの殻。少年の名は川井リュウ。アルカディア月組の一員にして、テレポート能力者。ヘリが砕け散る前に、リュウは命良もろともテレポートで六道櫃のいるところへ転移した。更にテレポートで千里たち3人を拾い、夜果里の倒れている村の南側へテレポート。
月齢はリュウが最高出力を発揮できる新月であり、牧無が眠らされている今は爆雷符の影響も無い。テレポーターの天下だ。
鮮やかに事が運び、命良救出部隊は速やかに消え去った。
千里、夜果里、六道、レックス、サム、そして命良の姿は跡形もなく消えていた。


- - - - - -


竜王家の地下室。
ティアは、まだ残っていた。
「どうやら約束は守り通せたようだね、火村・・巽。ククク・・。」
「危なかったけどな・・。」
巽は悲しそうに笑った。出来ることなら自分も命良と共に自由を得たかった。
しかし、目の前の悪魔はそれを許さないのだ。今回の事件を計画した首謀者は、不気味に笑って楽しそうだ。
彼女とであった日のことを、巽は思い出していた。

ティアが巽の前に姿を現したのは、彼女の気紛れだった。
牧無すら知らないことだが、かつてティアは龍閃村へ来たことがあり、そのときに彼女は生涯ただ一度の敗北を喫することになったのだ。
7年前、まだ彼女が15歳のときのことである。彼女は単独で良平に挑み、彼を眠らせることには成功したものの、“眠る竜”(スリーピングドラグーン)竜王良平は、その二つ名の如く、眠っていても“竜脈”の力で行動できる。ゆえに村の誰も良平の寝首をかくことは出来ず、それは命良も例外ではない。
ティアは、いつか良平に一泡吹かせてやろうと思っていた。22歳の今なら単独で良平を殺せるくらいの実力は十分にある。夜果里との戦いでさえ、全力の半分も出していない。
しかし、ただ良平を殺すだけでは面白くないと思った。いかにも芸が無いと思った。
ドラマチックな展開を望む、劇場型犯罪者である彼女は、むしろ大々的な超能力戦をやりたいと考えたのだった。
そこでティアが目をつけたのが、巽だった。
『こんばんは〜。』
『だ、誰・・だ。』
『しぃーっ、静かに。私はティア。涙の悪魔さ。』
そう言ってティアは涙を流した。
『火村巽。私と契約しないか。』
『・・?』
『この村から1人、脱出させてやる。』
『な・・っ!?』
『静かにね。』
『ああ、すまん。・・で、それは本当だろうな?』
『もちろん。しかし、ただ1人だけよ。つまり、あんたか竜王命良の、どちらか1人・・・。』
『ふ、2人ともってわけにはいかないのか? 何故なんだ?』
『ククク、私は善良な人間じゃない。二兎追う者は一兎も得ず、カルネアデスの板は1人しか掴まれない。ごねるなら、この話は無かったことに・・』
『ま、待てよ!』
『ほらほら、声が大きいぞ。・・で、どっちを脱出させてほしいの。』
『う・・・』
この悪魔の如き人物は、巽の命良への思いを知っていて、このような選択を迫っているのだ。
『命良を・・・。』
せめて命良だけでも良平の魔の手から救ってやりたかった。
『それでいいの?』
『二言は無い・・!』
悔しくて涙が出たが、自分の選択に間違いは無いと信じた。
『ククク、よろしい。契約成立っと。・・そうそう、わかってると思うけど、このことを誰かに伝えたら殺す。もちろん、あんたではなく、命良を。』
『!』
邪悪な笑みを浮かべるティアを見て、巽は体が震えた。
もしかして自分は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?
『嘘だと思うなら喋ればいい・・。嘘だと思うなら・・。』
チェシャ猫のように不気味な笑いの残像だけ残して、ティアは姿を消した。

次にティアが現れたのは、六道櫃のところだった。
『・・・というわけで、龍閃村から竜王命良を救出する。資材その他を提供してもらいたいのだけど、いいかなあ?』
『巽とやらも、一緒に救出するわけにはいかないのかのう。』
『それは無理だよ。私と命良が入れ替わるわけだからね。それ以上の危険は冒せない。』
『そうじゃのう・・。お前さんの体は1つしかない。巽とは性別も違うしの。』
六道は肩を落とした。
『・・・・・・。』
ティアは眉をひくひくと動かしていた。
『二兎追う者は一兎も得ず。割り切るしかないかのう。・・わかった、出来る限り強力させてもらうことにするわい。』
『感謝するよ。』
ティアはそう言って姿を消した。

『・・・ふむ。そうなると重要なのはタイミングじゃのう。千里ちゃんあたりに協力を求めてみるかの。』
六道は連絡をつける為に動き出した。


- - - - - -


その頃、ティアは既に三日月千里の事務所へ来ていた。
『ンクククク、その顔は、来るのがわかっていたって顔だねー。』
『貴様・・・。』
『怒らない怒らない。スマイル、スマイル。』
『・・・怒ってなどいない。貴様の大胆さに呆れているんだ。』
『そうかな〜。まあいいや、用件は全部わかってるでしょ。説明は要らないよね。』
『私が“リバース”の者と組むとでも思っているのか?』
『思ってなかったら来ないよう。』
『・・・忌々しいほどに私を理解しているな。リバース(7)、ティアティム・リ・タロニス。』
『恐い? 悔しい?』
『うざったらしい。』
『アハハハハ。』
ティアは可笑しくて笑った。
『あ、そうだ。あんたには全部わかってると思うけど、余計なことを喋ったり、命良だけでなく巽まで助け出そうとすれば、殺しちゃうからね。もちろん、あんたでなく火村巽を。』
『・・・貴様は本当に悪魔のような奴だな。』
『あんたは本当に天使のように優しい奴だねー。真実を伝えないことで不幸な結末が待ち受けていることを知っていても、火村巽の命を切り捨てられない。切り捨てられないのではなく、切り捨てないのだ。』
その言葉の半分は嘲りだった。
『ククク、驚いてる?』
『何が。』
『私の予知能力は、あんたと違って、ごく弱いものだよ。それなのに、どうして何十年も先の未来まで知ってると思う?』
『・・・・・・。』
『言っておくけど、カマかけてるわけじゃないよ。知ってるのよ、そうなるってこと。あんたは史上最大の予知能力者かもしれないけど、こっちの(4)は“計画者”だ、結末は決定されている。』
『私は運命など信じない。破滅の未来を回避できないのは、力が足りないからだ。』
『ハハハ、私もそう思う。未来は確率でしか決まらないもの。100パーセントの予知なんて無い。でも、人には決定された運命は無くても役割ってもんがある。私はそう思っている。』
『・・・・・・。』
『ふふん、それには賛成してくれるね。』
『だが、その役割は流動的なものだ。』
『それもそうだと思う。しかし、だからこそ未来は決定されているのさ。』
『・・・それは何の謎かけだ?』
『万人が宿命の通りに人生を送るなら、世界はとっくに平和になってるさ。私は性善論者なのでね。性悪説というものは、善人の目から世界を見た論理に過ぎない。悪人の目から見れば、この世界の何と善に満ちていることよ。』
ティアは歯を剥いて笑った。
顔は笑っているが、目は笑っていない。
『世界は行きつ戻りつを繰り返しながら着実に善の方向へ進んでいる。知能を例に挙げても、2000年前のインテリは現代の凡人に及ばない。“悪”の時代は、そろそろ終わりを迎える気がしてならない・・・。だが、今なら、まだ・・。フフフ、まだ終わらない。まだ“悪”の時代は終わっていない。その終焉を華々しく飾ること・・・それが私の目的さ!』
その瞳はドロドロに濁っているものの、一切の迷いが感じられない。自分が悪人であることに誇りを持っているように見える。彼女がどんな人生を歩んできたのか、千里の能力をもってしても断片的にしかわからない。
史上最大の千里眼にさえ不可視な領域。それが“リバース”という組織なのだ。メンバーは極端に少ないが、その力は計り知れない。楽しげに世界滅亡を口にするという冗談にしか思えないことでも、ティアの口から出るのであれば恐怖である。
狂っているだけならば恐くはない。狂っている者が強大な力を手にしているから恐いのである。
『それじゃあさよなら、また来年。奪い、偽り、貪り、犯し、殺し、真実を闇の中へ葬る悪徳の栄えんことを。アハハハハ!』
ティアの姿は消え去った。

千里の頭にはティアの笑い声が響き続けていた。
だが、その唇はかすかに笑みを作っていた。
『・・・ガラにもなく気取ってしまったなあ。ティア、お前は少しばかり勘違いしている。世界の滅亡なんて来ませんよ。』
ティアと同じか、それ以上に濁った瞳で、彼女はクスクスと笑った。
『所詮は見果てぬ夢よ。・・何よりも、ティア、お前の命は残り10年じゃないか。フフ・・・ククッ、ククククク。』
笑いながら、淹れたばかりのコーヒーに口をつける。
黒い液体の中に、自分でも吐き気のするような目つきの女が映っていた。


- - - - - -


「うっく!」
良平に力を入れられて、牧無は目を覚ました。
形容しがたい顔の良平を見て、再び目を瞑りたくなる。
「・・・その様子だと、命良には逃げられたようだんね。」
「この失態・・どう落とし前をつけるつもりだ!」
ひくひくと顔を動かして、良平は憤る。
「私をオモチャにする?」
「願い下げだ! ああ、腹の虫が収まらん・・!」
「まあ冷静になりなよ。」
「なれるか!」
「そこを無理にでも何とかしろ。お気に入りのオモチャを失って、だだをこねているばかりじゃ、周囲に愛想つかされるぞ。」
「くそう!」
良平はギリギリと歯を軋らせながら椅子に座った。
「さてと・・・今回の敗北における一番の責任者は、当然この私だん。まさか爆雷符の結界を単独で突破し、かつ私を眠らせることの出来る能力者がいるとはね・・。」
「それはわしも驚いたぞ・・。催眠には耐性を持ってるのではなかったのか貴様?」
「そうだよ・・。結界越えの方は一応説明つくけどね。通常のテレポートじゃなくて、座標交換ってやつだと思う。しかし、それにしたってテレポートには違いないから、媒介がよほどのものでないとブレが・・」
「細かいことはどうでもいい。要は、その能力者の・・・・」
「どうした?」
良平が言葉を詰まらせたので、牧無は訊いた。
「眠らされたって言ったか?」
「そうよ? 何ていうか、普通の催眠能力じゃない。絶対的な・・」
「知ってる・・そいつ・・・。」
「え?」
「7年前に戦った奴だ。神化系能力者、ティア・タロニスと名乗っていた。」
良平の目が見開かれ、息も荒くなった。
「神化系能力って、あれか。史上19種類しか確認されてないっつう・・・絶対的効果の能力・・。そうか・・・言われてみれば・・」
そこで牧無はハッと気付いた。
「何でそのことを言ってくれなかったのさ!? 将棋の達人だって、初見の駒が出てくれば敗北するんだ・・! あらかじめそいつの存在を知っていれば、他にやりようが・・・・・・いや、失態は失態だな。敗北の責はプレイヤーが負うものだ。千里ちゃん相手に情報戦で勝てるわけもないしな・・・。」
そうは言っても、良平も迂闊だったことに変わりはない。2人は揃って歯を噛み締めて、失態と敗北の悔しさを味わった。
「・・・そうだ、鉛水も連れて来い。」
良平が暗い顔で呟いた。
「・・・そうね。」
牧無は、その言葉の意味を理解して、部屋を出て行った。



「おい、起きろ。
「うう・・」
熱く痛む傷口を押さえながら、鉛水は起き上がった。
「頭がクラクラする・・。」
「やれやれ。」
鉛水を肩に担いで、牧無は竜王家へ戻ってきた。
うんと濃い茶を飲んで、鉛水は意識を覚醒させた。
「畜生! あのバカ娘ども! ぶっ殺してやる・・!」
「・・・・・・おいおい、そう興奮するなって。怪我人なんだから。」
牧無が暗い目をしてなだめる。
「4人をここに連れて来い! 折檻してやる!」
「それがなあ、敵方に連れ去られたようなんだ。血の跡しか残ってなかったよん。」
口調は明るいが、目つきは暗い。
鉛水は、それには気付かない。
「くそお! やっと栄光を掴めると思ったのに・・! あのバカ共のせいで・・!」
「いやいや、わしは何も気にしちゃおらんよ。」
良平が不自然な程のニコニコ顔で鉛水の左肩に手を置いた。
「竜王さん・・。」
「君は実によく戦った。娘たちの離反さえ無ければ勝っていた。そうだろう?」
「そう、そうです。」
鉛水の顔が明るくなった。
しかし、たとえ夜果里に勝っていたとしても、その後でティアに眠らされていた。そのことを牧無は既にわかっていた。
「むしろ、わしらの方が君に謝らなければならないくらいだ。なあ。」
「・・・そうだねん。主に私の作戦ミスだし。」
照れ臭いような、慰めるような声とは裏腹に、牧無の目は暗く曇っている。
そして良平は仏のような笑顔で鉛水の背中を撫でてやっている。
「君はよく頑張った。わしは一切君を責めたりなどしないよ。さあ、ゆっくりお休み。」
「うっ・・」
突然、全身の力が抜けて、鉛水はへたり込んだ。
(え?)
良平の能力だ。それはわかる。
しかしこれは、自分を休ませようというよりは、体の自由を奪うというような・・?
鉛水は、まさかと思いながら、良平と牧無を見た。
良平は見たこともないような穏やかな顔でニコニコと笑っている。
牧無は、哀れみに幾つかの感情を足したような暗い顔で、鉛水を見つめている。
「鉛水・・私は心から済まないと思っているよ。こうなることは薄々わかっていたのに、ずっと目を逸らし続けていた。だから、本当に済まない・・。」
牧無の目つきが、いっそう暗くなる。
(え?)(そんな・・)(まさか・・)
鉛水の顔色が、みるみる悪くなる。
「わしも本当に済まないと思っておる。だから、君の敗北を責めたりなど、天地がひっくり返っても、せぬよ。」
動こうにも、サイコキネシスを使おうにも、良平に体内の気を乱されていて、指一本動かせない。
恐怖で引きつる鉛水の首を、ごつごつした手が掴んだ。

「げええええええええ!!?」
(げええええええええ!!?)

全身の気が吸い尽くされるまで、およそ7分。
鉛水は、全身の毛穴から反吐を吐き続けるような苦しみを味わいながら、干からびていった。
「げぷっ。」
良平は渋い顔で口を押さえた。
「不味い。やはり男の精気など口に合わん。」
「・・・・・・。」
牧無は鉛水のミイラを見て、心の中で溜息をついていた。
「それで、まさか巽は酷い目に遭わせないよね?」
「何だ、戦いが終われば女か。」
「いつでも女だん・・・。いや、女扱いしてくれるだけマシか。」
そう言って牧無は、視線で質問の答を催促した。
「ふん、わしを何だと思っておる。戦いは終わったのだ。」



良平は巽と子々を呼んできた。
巽は浮かない顔で、しかし良平を睨みつけ、子々は正気に戻って真っ赤な顔で俯いていた。
「すまなかった、2人とも。」
わざとらしく、良平は頭を下げた。
しかし、わざとらしいからこそ逆に面食らった。
依頼者である巽は、死を覚悟していたのだ。それを不問に処すどころか、謝るというのか。
「巽。お前が悪魔に唆されていたことを見抜けず、見当違いの拷問をしてしまった。許してくれ。」
「・・・・・・・・・・・。」
(ああ、そうか。)
巽は理解した。“そういうこと”にしようと、ここで手打ちにしようと、そういうことなのだ。
命良が遠くへ行ってしまい、生きる選択肢を突きつけられて、巽の心は変化を見せた。
(ここで死を選んだら、かっこいいかもしれない。でも、かっこいいだけだ。)
その変化を良平は見逃さなかった。
「子々ちゃんと結婚して、幸せに暮らすといい。娘が生まれたら、命良の息子と結婚させよう。」
そう言われて巽は、どうして良平が男の子を抱えているのかも理解した。
命良の息子、5歳になる帝哢(ている)が、しわくちゃの笑顔で良平の膝に座っている。

「命良の捨てていった子供、幸せにしてやりたいと思わんかね?」

自分よりも命良の幸せを選んだ彼が、それに何と答えたかは言うまでもなかった。
龍閃村は、またしばらく平穏に戻ることになった。




   第十九話   了

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
□□□□□□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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「千里」 第十九話 龍閃村事件 (下) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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