佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十一話 レックス・ブースター (上)

<<   作成日時 : 2016/05/02 00:00   >>

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「Shit!」
レックスは、生まれつき悪い目つきを更に悪くして、悪態をつきながら街を歩いていた。
彼は昨日まではハイスクールの三年生だったが、ケンカして退学になったのだ。元々あまり学校へは行ってなかったのだが、彼が気に食わないのは、相手の方は全くお咎め無しというところだった。
(元はといえば、あのヤロウが・・・!)
ケンカの原因は、相手がレックスのことを侮辱したからであった。レックスは幼い頃に両親と死別して施設で育ったのだが、相手はそれを嘲ったのだ。
「Shit!Shit!Shit!Shit!」
思い出すだけで気分が悪くなり、悪態をつかずにはいられなかった。

忌々しい気分で歩いていると、道の端で5、6人が輪を作っているのが目に留まった。
(・・・ギャンブルか。)
足を止めて近寄ってみると、どうやら1人が大勝しているようだった。レックスの見たところ、10代前半。やたらと髪の長い女だった。瞳はまるで昆虫のように無機質だったが、口元がかすかに笑っていた。
(・・・・・・・・。)
レックスは彼女のことが少し気になったが、直感的に係わり合いにならない方がいいと思って、その場を去った。

むしゃくしゃした気分を晴らす為に、行きつけのカフェで不良仲間とだべっていると、後ろから声をかけられた。
「よう、レックスじゃないか。」
「アニキ?」
レックスが振り向くと、そこに無精髭を生やした背の高い男が立っていた。
彼の名はランド。このあたりの不良たちのリーダーで、レックスは彼を兄のように慕っている。かつてはレックスと同じ施設にいて、6年前、18歳のときに出ることになったのだ。
「退学になったって噂だが、本当か?」
「ああ。」
「何があった? おにーさんに話してごらん。」
「やめろよ、気持ち悪い。」
「ハハハ。」
「ハハ・・。」
レックスも一緒に軽く笑った。
「・・・まあ、あんなクソ校なんか退学になって清々したけどな。許せねえのは、あのヤロウは何の咎めも無えってことだ。先にオレを罵ったのは奴のくせによ。」
「あのヤロウってのはニックのことだな。だいたい何言われたかは想像つくな・・。」
ランドもレックスと同じく施設出身であることで、多くの人間から蔑まれてきた。その度に相手を半殺しにしてきたので、学校はとうの昔に退学になっていた。
「で、ケンカ、どっちが勝った?」
「・・ま、引き分けってとこかな。」
「へえ、あのニックと引き分けか。KARATE習ってんのは伊達じゃないんだな。」
「それでも勝負には負けだ。」
レックスは口を尖らせた。
「そうネガティブに考えるな。ニックと互角に戦えたってだけで、もうお前の勝ちだ。昔は細っこい腕して、いつもビクビクしてたお前がなあ・・・。」
「昔のことはよしてくれよ。」
「ハハ。まあ今日はパーッとやろう。俺の奢りだ。」

夜までカフェで騒いで、零時を過ぎた頃にレックスは、ようやく施設に戻ってきた。
門の前で院長がしかめっ面で待っていた。
「お帰り、レックス。話があるけど、今日はもう遅いから明日にするわ。」
(説教か・・・。あ〜、やだなあ。このババアの説教って、やたら長いんだよな。)
レックスは心の中で舌打ちした。
この太った院長は、まだ40を過ぎたくらいの年齢だが、院の子供たちからは嫌われていて、陰でババアと呼ばれていた。


- - - - - -


翌朝10時頃にレックスは起きた。
こっそり院を抜け出そうとしたが、部屋を出たところに院長が待ち構えていた。
「丁度よかったわ、レックス。付いてらっしゃい。」
「・・・・・・。」
渋々付いていくと、3階の院長室へ案内された。やたらと派手な装飾がいっぱいあって、子供たちの汚らしい部屋とは大違いだった。
「ご苦労さん、院長。」
円卓に1人の女が座っていた。歳の頃は、レックスの見たところ12、3歳。しかし、その歳にしては胸が大きすぎた。顔立ちはアジア系で、整っている。そして、そのやたらと長い髪と昆虫のような無機質な目つきに見覚えがあった。
「あっ・・・!」
レックスは思わず彼女を指差した。
「お、お前・・・」
「これ、何ですレックス。行儀の悪い。」
院長がたしなめた。
「まあまあ、お構いなく。」
謎の女は無機質な目つきのままで言った。レックスはそれが気味悪かった。
「ところで院長さん。2人で話がしたいので、席を外してくれるかしら。」
「えっ・・。そ、それは・・・」
院長はレックスの方をチラチラ見た。明らかにレックスが何か問題を起こすのを心配している。
(チッ・・・冗談なねえぜクソババア。この女の気味悪い目つきに気付かねえのか? 何かされるとしたらオレの方だぜ。)
「ご心配なく。あなたに迷惑がかかることはありません。」
謎の女はニッコリと笑って言った。
院長はレックスの方を心配そうにチラッと見てから部屋を出て行った。扉を閉める前にもう一度、院長は「問題を起こさないで」と目で念を押した。

「さて、話を始めま・・・」
謎の女はそこまで言いかけて、急に席を立って、つかつかと歩いて扉を開けた。
そこに院長がいた。どうやら聞き耳を立てていたようだ。
「院長さん。」
「あ、あのっ、これはっ・・!」
院長は慌てふためいた。
「安心してください。大丈夫ですから。」
そう言って彼女は扉を閉めた。
院長は何度も振り返りながら、その場を去った。

「さてと、邪魔者は消えたし・・。」
謎の女は再び席に着いた。
「話を始めましょうか、レックス・ブースター君。」
「・・・・・・・・。」
レックスは警戒心を顕わにした表情で彼女を睨んで黙っていた。
「・・・私の名前はギガマイル・クレッセント。クレアと呼んで頂戴。みんなもそう呼んでるから。」
「さいですか、ミス・クレア。」
レックスはぶっきらぼうに、しかし呼び方だけは馬鹿丁寧に言った。
「・・そう警戒しないでもらいたいわ。せっかくあなたにいい話を持ってきたのだから。」
「・・・・・・。」
「私の事務所で働く気は無いかしら。」
「あン?」
レックスは嫌な顔をした。
「・・あなたはもうすぐ18歳になる。すると、この施設を出ることになる。その後は高確率で軍隊に入ることになる。そうなれば・・・」
クレアはどんみりと濁った目つきでレックスを見つめた。
「ベトナムで死ぬか・・・帰ってこれても心を病むか・・・。」
「・・・・・・・・。」
レックスは恐怖を感じながらも、クレアから目を逸らすことが出来なかった。
「ベトナム戦争は、あと5年は続く。あなたが兵役から逃れる確率は、あまりにも低い。私のところへ勤める以外はね・・。」
「・・・・・・。何で戦争があと5年続くってわかるんだ。すぐに終わるかもしれねえじゃねえか。」
「ベトナムの情勢に詳しい奴ならわかるさ。私のような予知能力者でなくてもね。」
「予知能力者ぁ?」
レックスは、胡散臭いものを見るような目でクレアを見た。
「・・アメリカでは超能力の存在は日本より知られてると思ってたが。」
「・・・お前、ジャップか?」
「その言い方は好きではないな。こっちでは学者も使ってるようだが、れっきとした差別用語だ。」
「・・ああ。」
レックスは少し反省して目を伏せた。
「話を本題に戻そう。私の事務所に・・」
「それは断る。」
「・・・理由を聞かせてもらえる?」
「オレは困難から逃げたくはない。戦争へ行っても必ず生きて帰ってきてみせる。」
「無理ね。」
「やってみねえとわからねえだろうが。」
「私の予知では死ぬと出ている。」
「またそれかよ。」
レックスは溜息をついた。
するとクレアは、すくっと席を立った。
「な、何だよ。」
レックスは思わず仰け反ったが、クレアは黙って扉の方へ歩き出した。
「・・今回はここまでにしておきましょう。最後にひとつ言っておくと、逃げないことは必ずしも勇気ではないわ。」
「・・・・・・ふん。」
「じゃ、また明日。」
そう言ってクレアは去っていった。
少しして院長が戻ってきて、レックスは院長室から追い出された。


- - - - - -


次の日。レックスは朝早く起きて出かけた。
院長に引き止められるかと思ったが、何事もなくすんなりと院の正面から出ることが出来た。
少し引っかかるものは感じたが、ラッキーと思うことにしてカフェに足を運んだ。クレアが昨日、また来るみたいなことを言ってたので、一日中カフェで過ごすことにしたのだ。
「早いわねえ、レックス。」
「ジョアンナ?」
レックスに声をかけた、この少し太った女性の名はジョアンナ。ランドの恋人で、今年で30歳になる。レックスの審美眼では、あまり美人とは言えないが、気さくな人で、気立てが良い。いくら美人でも、昆虫のような無機質な目つきをしたどこかの誰かより、一緒にいてて安心できる。
「1人で来るなんて珍しい。アニキは?」
「家で寝てる。頭痛がするんだってサ。」
「また酒?」
「そう。昔よりはマシになったけどねえ。」
ジョアンナがランドと付き合い始めたのは、ランドが戦地で負傷して帰ってきた2年前。ジョアンナは看護の経験があり、ランドの世話をしてるうちに親密な関係になったのだ。
「あ、そう言えば知ってる? 銀髪の殺人鬼の話。」
「銀髪の殺人鬼ぃ?」
「そう。あたしの職場で今、噂になってるの。銀髪の少年の話。」
「しかも少年?」
「12、3歳くらいらしいわ。あ、これメアリの話してたことだけどね。1ヶ月くらい前の夜、あの子、帰宅するときに銀髪の美少年を見かけたらしいのよ。夜に子供が1人だけってだけでもちょっと変なんだけど、その少年、血飛沫を浴びてたんだって。それで、その少年が立ち去った後に、その場へ行ってみると、女の首無し死体が・・・!」
ジョアンナは恐い顔で身を乗り出しながら言った。
レックスは目を丸くして驚いた。
「・・・それって、本当の話かよ。」
「もちろん。警察が店にまでやって来たわ。隣町の話だから、こっちでは知れ渡ってないみたいだけど。」
「・・・まあ、メアリの言うことだからな。銀髪の少年の話はデマカセだと思うぜ。」
メアリはジョアンナの親戚で、20歳になる。レックスは何度か会っているが、初対面のときから妙なものを感じていた。数回会ううちに、彼女には虚言癖があるとわかった。
「あたしもそう思ってたわ。でも、見たのよ。」
「ジョアンナも?」
「そう。殺人現場じゃないけど。この前の日曜、ランドとデート中に後ろの建物の2階に・・・いたのよ。銀髪の美少年。こっちを見てた。水溜りに映ってたんで偶然気付いたんだけどね。」
「・・・・・・。」
レックスは真剣な顔で聞いていた。
「それ、アニキには?」
「言ったわ。でも気にすることはないって・・。ランドは、こういうことは気にしない人だから。それがまたカッコイイんだけど。」
「結局ノロケですかい。」
苦笑いしながらレックスはコーヒーに口をつけた。


- - - - - -


昼になってジョアンナが帰ると、それから数分してクレアが現れた。
「クレア!?」
レックスは思わず席を立ち上がった。
「昨日、“また明日”って言ったでしょ。」
「何でここが・・! あ、あのババ・・・院長か!」
レックスはギリッと歯軋りした。
「院長に訊くまでもないわ。あなたの行動を予知すればいいだけの話。」
「ケッ、またそれかよ。」
「・・・頭の固い人ね。それなら、今から予知を見せてあげる。」
そう言ってクレアはレックスを外に連れ出した。
「見て。」
クレアの視線の先に、ベンチに1人の女性が腰掛けていた。全身白ずくめのレースという高そうな服を着ていて、おそらくどこぞの金持ちのマダムだろうと思われた。
「あと5秒。」
「?」
「3、2、1、ゼロ。」
すると、マダムの被っていた白い帽子が、音もなく少しだけ下に移動した。
(えっ!?)
注意して観察しなければわからないが、あまりにも奇妙な光景。マダムの顔は見えず、帽子が本来あるべき位置にまで落ちてきている。つばが肩にかかっているのだ。
(・・・・まさか・・・・。)
レックスは何かに憑かれたようにベンチまで歩き、そして恐る恐る帽子を取ってみた。
そこには頭が無かった。

「うわあああああっ!?」

レックスは絶叫した。周りの人たちは何事かと思って彼の方を見た。そして次々に悲鳴や絶叫があがった。
警察が来る前に、レックスはクレアに手を引かれて路地裏まで連れていかれた。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
レックスは顔面蒼白で目を丸くして、鼓動も高鳴り呼吸も荒かった。
「落ち着いて。大丈夫よ。」
クレアに背中をさすられて、レックスは徐々に呼吸を落ち着けた。
「あれは・・・何だ・・。知ってるんだろう・・!」
「知ってる。」
クレアは額に指を当てた。
「私はこの為にこの街に来た・・。奴の名は、“ヘッド・シーフ”。」
「頭泥棒・・・。」
「ええ。テレポーテーションによって人の首を持ち去ることから、そう呼ばれている。遠隔透視能力も備えているわ。」
「・・・・・・・信じがたい話だが、目の前で見ちまったら信じないわけにはいかねえな・・。」
「それで、私の事務所で働く件だけど・・」
本来の用件が出てきたが、レックスは目を細めて拒絶した。
「それとこれとは話が別だ。お前は信用できねえ。」
「私が日本人だから?」
「違う。お前のその虫みたいな目つきが気に入らねえ。」
「ああ・・昨日も一昨日もそんな様子だったわね。どうしてあなたにはわかるのかしらね?」
「あ?」
「初対面で私の性質を看破したのは、あなたが初めてよ。この目つきのことだって、悟られているのはほんの数人なのに。」
「あー、そう。言っとくが、何を言われようと、お前のところで働く気は無いからな。」
するとクレアは少し悲しそうな顔をした。
レックスは一瞬ギョッとなったが、彼女の目つきがすぐに元の昆虫のような気味悪い目つきに変わったので、自分も表情を元に戻した。
「・・まあいいわ。今日はここまでにしましょう。院まで送っていくわ。」
「いらねえよ。オレを子供だと思わねえことだ。」
そう言いながらレックスの膝は小刻みに震えていた。


- - - - - -


院に帰ってからも、レックスはしばらく体の震えが止まらなかった。もちろん寝付けるはずもなく、一晩中毛布にくるまって起きていた。
死体を見るのは初めてではなかったが、あのような奇怪なものを見たのは初めてだ。
ニックと退学のこと、クレアと超能力のこと、ジョアンナと銀髪の少年のこと、この数日のことがゴチャゴチャと頭の中を駆け巡った。
そしていつしかレックスは、幼い頃のランドとの記憶を思い出していた。
(アニキ・・・。)
10年前、レックスが8歳、ランドが14歳の頃。施設の同年代の子供たちの中で一番ひ弱だったレックスは、よく、いじめの的にされていた。
だが、ランドがその度に庇ってくれた。それはレックスにとって大きな救いだった。
しかし外に出れば更なる暴虐が待っていた。レックスを侮辱して退学に追い込んだニックには2人の兄がいて、それが当時15歳と20歳。父親が街の名士であることを笠に着て、末っ子のニック共々好き勝手に振舞っていた。
天性のケンカ強さを持つランドも、年齢と体格の差には勝てなかった。
レックスもろとも血まみれになるまで殴られて、歯を何本も折られて帰ってきた日があった。
『うっ・・・うっ・・・』
『泣くなレックス! 共に誓おう、強くなると!』
『アニキ・・・。』
その日の星空は、やけに綺麗に見えていたのを、レックスは今でも覚えている。

空が白み始めた頃になると、レックスは次第にまどろんできた。
ふと目の前に何かがいるのを感じた。次第に光景が鮮明になってくると、それは人だった。
身長は175センチのレックスより20センチくらい低い、銀髪の少年だった。年齢はおそらく12、3歳くらい。冬の夜のような冷たい目をして立っていた。
「!」
レックスは驚いて目を覚ました。
そこには誰もいなかった。
(・・夢?)
部屋の中を見回したが、自分以外には誰もいない。
レックスはフウと一息ついた。
その様子を背後の窓から銀髪の少年が見ていた。レックスの部屋は2階。
少年は逆さで宙に浮かんでいた。


- - - - - -


クレア・クレッセントは、事務所で昨日の飲み残しのコーヒーを飲んでいた。
「おっえ、不味っ・・・!」
口の中の残留物を舐め取って唾液と共に飲み込み、コップに残ったコーヒーは流しに捨てにいった。
「フフ、それにしても・・・。」
(やっと会えたわけだ・・・。)
彼女はウキウキしながら、新しいコーヒー豆を挽きにかかった。
しかし、これから起こることを思うと喜んでばかりもいられず、彼女は表情を少し歪めた。


- - - - - -


レックスは眉間に皺を寄せて朝食を食べていた。
なかなか食が進まないのは胃がむかつくからだが、その原因は徹夜したせいばかりではなかった。昆虫のような気味の悪い目つきをした女に付き纏われているのが気に障るのだ。
(だいたい、事務所ってったって、何やってるかわかりゃしねえ。世の中うまい話なんてそうそう転がってるワケねえ。戦争行くのとどっちがヤバいか・・・。)
食べ終わって、レックスは自室で横になった。少々吐き気がするが、そこは何とか気合で堪えて過ごした。
(待てよ・・・そう言えばあの女、幾つだ? どう見ても10代だよな。こりゃ、ますます胡散臭えぞ。)

昼過ぎになって、院にクレアが訪ねてきた。
「こんにちは、院長さん。レックス君に会いに来ました。」
「ああ、クレッセントさん。案内しますわ。」
2階のレックスの部屋に案内されて、クレアは扉をノックした。
しかし返事は無い。
「いないのかしらねえ。・・あ、きっとカフェですよ。あの子がよく行くカフェがあるんです。そこで品の無い連中と・・」
「いえ、きっと中で寝てるんですよ。」
院長の言葉を遮り、クレアはさっきより強く扉をノックした。
すると中から呻き声が聞こえてきた。
「ほら。」
「あらホント。どうしておわかりに?」
「カフェにいなかったから。ただそれだけですよ。」
そう言ってからクレアは部屋の中に呼びかけた。
「レックス君、クレアです。」
すると不機嫌な声が返ってきた。
「ああ゛!? てめーかよ・・・! 人の眠ってんのを邪魔しやがって・・・。お前と話をする気は無い! 帰れ!」
「・・・今日は話をしに来たんじゃないわ。すぐ帰るわよ。この街の、私の事務所の住所を教えにきたの。」
言いながらクレアは扉の隙間から紙を中に入れた。
「誰が行くか!」
「まあまあ、そう言わずに。今日はこれで帰るから。」
去り際に、クレアは足を止めて言った。
「あ、そうだ。私の年齢は28歳だから。」
「・・・それがどうした!」
レックスは心を見透かされた感じがして、内心ギョッとしていた。
「別に。ただ、私はあなたのことをよく知ってるのに、あなたは私のことをよく知らないということが、不公平だなと思っただけよ。」
「・・・・・・・・・。」
クレアの去っていく足音を聞きながら、レックスは不愉快な気分でごろりと横になった。

「それにしても、クレッセントさんがあの子なんかにこだわるのは、どういうわけですの?」
院長は不思議そうに訊いた。そこにはレックスに対する侮蔑がハッキリと見て取れた。
「能力の相性がいいんですよ。」
「能力の相性・・・?」
院長は更に怪訝な顔をしたが、クレアはそれ以上何も言わなかった。

クレアが事務所に戻ると、電話が鳴った。1回目のコールが鳴り終わるまでに受話器を取って、クレアは話しかけた。
「もしもし、ルナ。」
「クレア、元気?」
可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
「そこそこ元気よ。」
「ヘッドシーフはどうなった?」
「まだよ。」
「その割には嬉しそう。声が弾んでるよ。何かいいことでもあったの?」
「わかる? レックスと会えたのよ。」
「レックス見つけたの!?」
「ええ。」
「やったね、おめでとう。」
「予定通りよ。」
「そんなこと言っちゃってー。クレアは嬉しいとか楽しいとかいう感情を隠す癖があるからねー。それで損してるよ。レックスにも嫌われてるんじゃないの?」
「ご名答。」
「それも予定通りなの?」
「最初から仲良くなんて出来ないさ。特に私の本質を見抜いてる人間はな。」
「ふーん、そうかなあ。・・それじゃあ、また来週。」
「ええ。」


- - - - - -


9月24日。
レックスはカフェで過ごし、その後、少し遠くのライブハウスへ出向いた。
このライブハウスは小規模で、出演者もだいたいは大したことないのだが、入場料が安く、食事もなかなかで、レックスは気に入っていた。少し遠いので、そうちょくちょくは行けないのだが、今日はレックスのお気に入りのグループが出るので、是非とも行きたくなったのだ。
バンドグループ“ブレイカー”は、このライブハウスの中では頭ひとつ抜けていた。荒削りなようでいて精密で、心を縛る日々の惰性を文字通り“壊して”くれるような演奏をする。

7時を過ぎた頃に“ブレイカー”による演奏が始まった。しかし、その様相はいつもと違っていた。
(ん?)
レックスは顔をしかめた。ベースギターのメンバーが、いつもと違う。
演奏が始まると、レックスの嫌な予感は現実になった。そのベースギター演奏者は他のメンバーに合わせることが出来ず、何度も焦ってトチッたりを繰り返していた。
レックスはたまらなくなって歯軋りした。
(・・このォ・・・)
「下手くそ。」
レックスが言おうとした言葉が隣から聞こえてきた。
驚いて振り向くと、そこにサングラスをかけた女が座っていた。髪を結っていて、紫色のシャツと黒いスカート。首には金色の細いネックレスを付け、腕にも同じようなものを巻いていた。
レックスが彼女に見とれていると、彼女はレックスにニコッと笑いかけてから、解説を始めた。
「あのベースは、この店の新入りのスタッフよ。本来のベースが急病でダウンしたから急遽代わりに入ったんだけど・・・明らかに人選を誤ったわね。・・まあ、この店のスタッフの誰がやっても同じでしょうけど。だから一番の下っ端にオハチが回ってきたってわけね。可哀想に。」
彼女もよくこの店に来るのだろうか。自分もそう頻繁に来てるわけではないが、これまで一度も会ったことがないというのは、どういうわけだろう。こんな美人、一度会ったら忘れられるはずないが・・。
レックスがそう思っていると、彼女は席を立ち上がり、舞台の方へ歩いていった。そして、泣きそうになっている新入りスタッフからベースギターをひったくった。
「選手交代よ。」
突然の飛び入りに“ブレイカー”のメンバーは少々面食らったが、すぐに不敵な笑みを浮かべて、彼女の腕を引っ張ってステージに上げた。
「用意はいいか?」
「いつでもどうぞ。」
すぐに演奏に入る。その奏でる旋律は、明らかに先程のものとは違っていた。本来の“ブレイカー”よろしく、若々しさと繊細さを兼ね備えた演奏。その中で彼女は周りに合わせるどころか、時に周りをリードし、音楽を作り上げていった。それは“ブレイカー”の本来のベーシストであるジョン・プランクフィールドそのものであった。
(嘘だろ・・!)
レックスは爽快感と共に驚きを隠せなかった。
(あの女・・・ジョンと同等か、それ以上・・!?)
レックスは、かつてない程に興奮していた。それは他の客たちも同じだった。
8時になって演奏が終了したときにも、どこからともなくアンコールを要求する声があがり、それから30分以上も延長することになった。
演奏を終えて汗ぐっしょりになった彼女は、レックスの隣の席に戻ってくるなり、グラスの水を一気に飲み干した。
「ぷはあっ!」
そこへ“ブレイカー”のメンバーたちがやって来た。
「よう、レックス!」
「ナイト!」
端整な顔立ちの黒人と、レックスが、互いに親しげに呼び合った。
騎士の通称で呼ばれるこの男こそ、“ブレイカー”のリーダーである。
「彼女、お前の知り合いか?」
「いや? そっちの関係じゃなかったのか?」
あれほど息の合った演奏が出来るのだ。当然関わりのある人間に違いないとレックスは思っていた。
「お前がそう思うのも無理ねえよなあ。俺たちだって信じられん。ジョン以外で俺たちと合わせられる奴がいるとはな。しかも、ぶっつけ本番で。名前、何ていうんだ?」
ナイトが彼女に訊いた。
「そうね、アルテミスとでも名乗っておきましょうか。」
「月の女神様か! そりゃいいや。」
「今まで見かけたことないけど、どこのバンドに入ってんだ?」
レックスが訊いた。
「バンドには入ってないわ。入る気も無い。音楽でプロを目指すことはないわね。」
「どうして? 勿体無いぜ!」
「別に大した理由があるわけじゃないわ。ただ、不公平だと思っただけよ。」
「?」
何が不公平なのかも疑問だったが、以前に似たようなセリフをどこかで聞いたような気がして、レックスは首をかしげた。考えてみたが、どこで聞いたのか思い出せなかった。

レックス、アルテミス、ナイトたちバンドメンバーは、夜遅くまで語り合った。
昂揚した状態だったので、酒の量も多くなり、レックスは泥酔して吐いた。17歳のレックスは、これまでに酒を何度も飲んでいるが、これ程まで飲んだのは初めてだった。
「う・・・・・う・・・・・」
「仕方ないわね。私が送っていくわ。」
意識朦朧としかけているレックスを、アルテミスは担ぎ上げようとした。
「ほら、しっかり。」
レックスも体を動かしてくれないと、彼女の力だけでは支えきれない。
そこへナイトも手伝ってくれて、レックスはタクシーに乗り込んだ。
「うえ〜っく・・・」
「・・・・・。」
アルテミスはメモ用紙を取り出してサラサラと住所を書き、運転手に手渡した。
「この住所へ遣って頂戴。」
「わかりやした。」

街外れのボロボロな建物の前で、アルテミスは先に降りて、レックスを引きずり出した。
「うっぷ・・・※※」
レックスは、また吐いてしまった。
間一髪で車から出たところだった。
「うあっ・・はあ・・はあ・・・」
「歩ける?」
「うあぅ・・・?」
レックスは眩暈と共に倒れこんだ。アルテミスは咄嗟に抱きとめようとしたが、一緒にひっくり返ってしまった。
更にそのときに、レックスが吐いたものに突っ込んでしまった。
ビシャーンと威勢のいい音がした。
「・・・・・・・・・。」
レックスは完全に意識を失っていた。
「・・・仕方ない。」
アルテミスはレックスに口付けると、中に残っていたものを吸い出した。窒息を防ぐ為である。
「うげ、酸っぱ! ぺっぺっ・・!」


- - - - - -


目が覚めたとき、レックスは自分がソファーに寝かされているのに気が付いた。
「ん・・・?」
「起きた?」
そこに、昆虫のような気味悪い目つきの女が立っていた。
「クレア!?」
レックスは毛布を跳ね除けて飛び起きた。同時に自分が一糸纏わぬ姿であることに気付いた。
「!!?」
慌てて毛布を掴んでくるまった。
「何をしたァ!?」
するとクレアは溜息をついた。
「・・ゲロまみれの服を洗濯してやっただけだ。寝てる間に悪戯されたと思ったか?」
「〜〜! それよりも何でお前がここにいる!? ていうか、ここはどこだ!」
「服装と髪型を変えて、サングラスをかけただけで、案外わからないもんなんだな。」
そう言いながらクレアは机の上のサングラスを手に取って掛け、髪を掻き揚げた。
「な!!?」
「昨日は楽しかった?」
「〜〜〜! 何がアルテミスだ! この悪魔!」
レックスは歯軋りした。
「別に全く嘘ってわけでもないけどねぇ。“月神”(アルテミス)というのは、私の能力名。今まで19例しか発見されてない、“神化系能力”の1つよ。」
「・・そんなことはどうでもいい! 服をよこせ!」
「あなたの服はまだ乾いてないから、代わりにこれどうぞ。」
クレアは棚の上から服一式を取ってレックスに手渡した。
「あ、そうだ。風呂の用意できてるけど、入っていったら?」
「・・・・・・・・。」
レックスはまた眩暈がした。激昂していて気付かなかったが、頭が酷く痛く、胃もムカムカする。
「あら、やっぱり二日酔い?」
机の上にはミネラルウォーターが用意されていた。レックスは不愉快な気分で、それを飲み干した。
「・・・・風呂に入る。」
流石に臭いが酷いので、風呂に入らないわけにもいかない。
レックスは渡された服を持って風呂場に向かった。

風呂から上がると、クレアが食事を持ってきてくれた。
「・・・何だ、これは?」
「KAYUというものよ。要するに米の水煮ね。」
「ふーん。」
レックスはとりあえず食べてみることにした。
「あヂッ!?」
「あ、やっぱり火傷した。」
クレアの手には水の入ったコップがあった。
「“やっぱり”!? こうなることがわかってたんなら言えよな!」
「言ったら、子供扱いするなって、怒ると思ったから。」
クレアは、しれっと答えた。
「〜〜!」
粥が少し冷めるのを待ってから、レックスは無言でたいらげた。
「・・・・帰る。」
事務所の階段を降りて外に出ると、そこはレックスも知ってる道だった。近くにジョアンナの働いている店が見える。
レックスは、まだズキズキ痛む頭を押さえながら、ゆっくりと院に戻った。


- - - - - -


その日の夕方に、クレアが服を持って院にやって来た。
「レックス、服を返しに来たわよ。」
「・・・・・。」
「それと、誕生日プレゼント持ってきたわ。」
「オレの誕生日は10月だ。」
「知ってるわ。10月1日でしょう。そのときは私は用があって会えないから、今渡しとくね。」
「いらねえよ。」
「喜ぶと思うけどな。」
「いらねえって言ってんだろ。」
「・・まあ一応置いておくよ。いらないなら捨てるなり何なりすればいい。」
「・・・・・・。」
クレアが去っていった後、レックスは貰った小包をゴミ箱へ放り込んだ。
「ふん。」
頭の後ろで腕を組んで、レックスはベッドに寝転がった。
「・・・・・・・・。」
少し考えて、やはり中身くらいは見てやろうと思い、ゴミ箱から小包を取り出して開けてみた。
「い!?」
レックスはギョッとして目を見開いた。
小包の中には薄汚れた木彫りのメダルがあった。

10年前、レックスはランドから木彫りのメダルを貰った。廃材を利用してランドが彫り上げたもので、レックスの宝物になっていたのだ。
しかし、10歳のときにケンカに負けて、そのときに落としてしまったらしく、それっきり見つからなかったのだ。
「何でこれが・・・。」
小包の中にあったメダルは、記憶にあるメダルより傷が多く、汚れていたが、まさしく本物に違いなかった。
「・・・・・・・・。」
メダルに彫られている女性の顔は、少しクレアに似ている気がした。


- - - - - -


この日の晩、街の名士であるゴールド氏の邸宅に、市長や警察署長、その他に金持ちなどが集まっていた。
レックスを侮辱したニックの父親であるゴールド氏は、今年で53歳。息子3人は、それぞれ、30歳、25歳、18歳。一番下がニックだ。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。一年半前からこの付近に出没し、我々を恐怖せしめている殺人鬼“ヘッドシーフ”についてです。」
一同は緊張を高める。
「皆さんご存知でしょうが、3日前、ダビイ・スクエアにおいてホワイト夫人が・・・首を持ち去られました。」
そこまで言って、ゴールド氏は皆の反応を見て一呼吸おいた。
「そして先月にも、レム・ストリートの自宅前でダナ夫人が、やはり同じ殺され方をしました。その前はオレンジホテルでワイズ氏、更にその前の6月にはグランド邸で長男のサマー君です。」
場の雰囲気が重くなる。
「昨年の3月15日に初めて事件を起こし、それ以来ヘッドシーフは13人の命を奪ってきました。殺害の場所・日時などは、9人に関しては不規則でしたが、今挙げた4人は、いずれもその月の22日に殺されているのです。」
ここで場の空気がざわついた。
そして、1人の男が挙手して発言した。
「・・・4人の被害者は、6、7、8、9月の22日に殺されている。つまり、次の犯行はおそらく10月の22日。その日はゴールドさん、あなたの誕生日だ・・・!」
「ええ、その通りです。そして、4人が殺された場所は、グランド邸、オレンジホテル、レム・ストリート、ダビイ・スクエア。これらの頭文字は、G・O・L・D・・・すなわち、わたしの苗字(ファミリーネーム)です。」
一同は驚愕する。
発言した男は、やはりという顔で呟く。
「では、やはり次の標的は・・・!」
「わたしでしょうね。」
ゴールド氏の声が少し重くなる。
「そんな・・・。」
「しかし、わたしはむざむざと殺されるつもりはありません。その為に皆さんをお呼びしたのです。」
ゴールド氏はゴホンと咳払いをして、更に話を続けた。
「この街に自警団を作りたいと思います。」
ゴールド氏は、そう言って一同を見回した。
少なくとも、難色を示す者は見当たらなかった。
「これが、わたしだけの、わたしの一家だけの問題ならば、そんな必要も無いでしょう。しかし、被害者13名は、いずれも富裕層の人間なのです。つまり、わたしだけでなくこの街の、いえ、この辺り一帯の金持ち全てが標的になる可能性が高いのです。この街と、この街に隣接する街全ての警官を集めたとしても、四六時中は到底守りきることは出来ません。ですから、自警団を発足する必要があるのです。もちろん警察とは緊密に連絡を取り合います。」
「・・・賛成。」
先程発言した男が挙手して言った。
「賛成。」
「賛成。」
それを皮切りに次々と皆が挙手して、終いには全員が賛成の意を示した。
「・・感謝します。」
ゴールド氏は深々と頭を下げた。

「ところでゴールドさん。」
先程の男が、また発言した。
「被害者が金持ちばかりということは、犯人は貧乏人・・・?」
「・・わたしもそう思っています。金持ちならば、自分の地位を危険に晒してこのような猟奇殺人を行うとは考えにくい。しかし貧乏人には守るべき地位というものが存在しないのです。」
皆がうんうんと頷く。
「ですが、軽率なことはしないでください。貧乏人といえども、命は尊いものです。また、暴動を誘発させてしまうことにもなりかねません。そして、可能性は低いですが、手を出した相手がヘッドシーフ本人の場合。それが一番危険です。」
「どうしてです?」
「被害者の首の切り口は、全く歪みが無かったそうです。つまり、鋭利な刃物でスパッとやられたわけですが、どれほど鋭利な刃物をもってしても普通は、人の首を一発で切断するのは不可能なんです。つまり、犯人は特殊な訓練を受けている可能性が高いということです。」
一同がざわつく。
「ですから皆さん、怪しい人物がいたとしても、くれぐれも手を出さないよう、お願いします。まずは皆で情報を共有してから話し合うことです。」
ゴールド氏は話を終えて、椅子に腰を下ろした。


- - - - - -


26日昼。
クレア・クレッセントはFBIの高官ライト氏の官邸に来ていた。彼女はサングラスをかけ、髪を結い、そして軍服を着ていた。
「・・あなたが“ギガマイル・クレッセント”ですか?」
50代くらいの、がたいのいい男が疑わしそうに尋ねた。
「・・そう呼ばれているわ。」
クレアは不機嫌な顔で答えた。
「そちらは?」
クレアの横に、白いジャケットを着てフードを被った人物が立っていた。
「私のボディーガードだ。口は堅いから安心して。」
「はあ。では早速、本題ですが・・。」
そこへクレアが遮って続けた。
「ヘッドシーフの件でFBIが捜査にあたる。だから情報をよこせと言いたいのでしょう。」
「・・ええ、まあ、かいつまんで言えば、その通りです。」
ライト氏は少し顔をしかめた。
「余計なことはしないでもらいたいわ。無駄に死人が増えるだけよ。」
「・・それは失礼な物言いではありませんか? いくら“アルカディア”の最高幹部といえども言葉が過ぎますぞ。」
ライト氏はクレアを睨んだ。
「別にFBIの力など借りなくても私たちで解決できることだ。余計なことはしないで。」
「・・そちらの邪魔はしません。こちらで独自に捜査を行いますから。」
するとクレアはクッと嗤った。
「勿論あなたたちは邪魔にはならないわ。あなたたちの行動も思慮に入れて動けばいいだけの話。こちらとしては別に何の不利益も無い。」
「でしたら・・」
「しかし、逆に何かプラスになるかというと、そうではない。何もせずに無惨に殺されるだけよ。」
そう言うとクレアはサングラスを外して、目を大きくしてライト氏を見つめた。
かつて彼が捕らえて死刑台に送った猟奇殺人鬼そっくりの気味悪い目つきに、ライト氏は悪寒を覚えた。
「いいか、勘違いしているようだからハッキリ言っておこう。邪魔になるとかならないとかいう話じゃない、あなたたちなど“話にもならない”んだよ。」
「なっ・・・!」
「怒るなよ。何故ヘッドシーフを捕えたいか知ってるぞ。自分の権力を誇示し、支配体制を維持する為だ。その為に何人の部下が死のうと知ったこっちゃないというわけだ。」
クレアはせせら笑った。
「ぶ、無礼な! ・・これだからジャップは・・!」
「くだらない用件で人を呼び出すのと、どっちが無礼かな?」
「・・・・・・。」
ライト氏はしばらくクレアを睨んでいたが、無理やり平静な態度を取り繕った。
「それで、情報は提供していただけるのですかな?」
「情報ね。何が訊きたいの。」
「捜査の進捗状況についてです。」
「ああ、そう。・・犯人の正体及び能力は判明。対処法を実行中。」
「!?」
ライト氏はガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「犯人がわかっているのか!?」
「そう言ったわ。」
「だったら猶更、我々の出番だ! すぐに軍隊を派遣して抹殺してくれる! いかなるエスパーだろうと軍隊には勝てない! アメリカの平和を乱す者に、裁きの鉄槌を食らわせてやる!」
「ハァ・・・。」
クレアは溜息をついた。
「・・多分それで殺せると思うよ。でもそれで、どれほどの被害が出ると思ってるの。軍隊だけでなく、市民にも。」
「犠牲を恐れていては何も出来ない。」
「・・まだわかっていないようね。わざわざこんなところまで来たのは警告の為よ。再三言うけど、余計なマネはしないで。」
「・・・・・・・。」
「ヘッドシーフのいる街ではゴールド氏を筆頭に自警団が組まれてるようだが、あんな眠たい連中じゃどうにもならん・・。ヘッドシーフがテレポートできるのは首だけじゃないんだ。ミスター・ライト。あなたはもう少し賢いと思うから、警告を受け入れてくれますよねぇ?」
そう言ってクレアは気味の悪い目で笑った。
ライト氏は冷汗を流していた。


「あれだけ警告しても多分、捜査官は来るでしょうね。いずれ軍隊も。」
帰り道、クレアは鬱陶しそうに言った。
すると、今まで黙っていたフードの人物が口を開いた。
「あれだけビビッてたのに?」
その声は、まだ声変わりをしていない少年の声だった。
「まあ、捜査官の2、3人は殺されるでしょうけれど、軍隊が来るまでには決着つけるわ。今回のは念の為の時間稼ぎよ。」
「・・・・・・。」
「どうしたの?」
「・・よく喋るね、クレア。この頃はやけに機嫌がいいし。」
以前のクレアはもっと口数が少なくて、感情の起伏が乏しかった。少なくとも、この少年はそう認識していた。
「レックス?」
「そうよ。」
「・・ふーん・・。まあいいけどね。僕もレックスは好きだし。」
少年は少し面白くなさそうな顔で呟いた。
「ウフフフフ・・・。」
「?」
突然笑い出したクレアを、少年は不思議そうに見つめた。
「リュウ、あなた・・。自分がどうしてレックスを好きなのかわかってる?」
「はあ?」
リュウと呼ばれた少年は、怪訝な顔をした。
「あなたがレックスと出会ったのは3日前の一度きり。何で一目惚れしたかわかる?」
「・・一目惚れって・・・。別にそういう感情じゃないよ。ただ、近くにいると気分が良くて、離れがたいっていうか・・。」
「それで危うくバレそうになったんでしょ。ドジねえ。あなた、巷では“銀髪の殺人鬼”って呼ばれてるんだから、見つかっちゃ駄目でしょ。」
「わかってるよ。だからこうしてフードを被ってるんじゃないか。」
リュウは口を尖らせた。
「それよりも、レックスの近くにいると気分がいい理由って何。」
「ああ、それは・・・」
言いかけてクレアはハッと気付いた顔をした。
「・・そうか・・・そういうことか・・。」
「?」
「レックスじゃなく、私か・・。成程なあ、どうりで千里眼でもわからなかったわけだ。案外、自分自身のことってわからないもんだ・・。」
「・・・何が?」
しかしクレアは顔を赤らめてニヤつくだけで、リュウの問いには答えてくれなかった。


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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
□□□□□□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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