佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第十一話 レックス・ブースター (中)

<<   作成日時 : 2016/05/02 00:05   >>

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10月1日はレックスの誕生日だ。そして、彼が施設から追い出される日でもある。
「・・これからどーすっかなー。」
以前からランドに、一緒に住まないかと誘われていたが、レックスとしては好意に甘えたくはなかった。ランドとジョアンナの生活は決して楽ではないし、何かと2人の邪魔な気がする。
「やっぱ軍にでも入るかな・・。」
しかしそのとき、10日前にクレアに言われたことが頭をよぎった。
『私の予知では死ぬと出ている。』
レックスは彼女の気味悪い目つきを思い出してゾッとした。
しばらく適当に歩いていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「おーい、レックスくーん。」
「あ?」
振り向くと、12、3歳くらいの少女が手を振っていた。
レックスが目をしばたかせていると、少女はテケテケと駆け寄ってきた。
「お前、誰だ?」
丸顔に大きな瞳。おだんご頭にツインテール、触角みたいにピンと出ている前髪。
レックスが今まで会った人間の中には見なかった顔だ。
「えっへへー、ルナっていいます。」
少女は舌を出して笑った。
「・・どこかで会ったか?」
「いえいえ、これが初対面ですよ。でも、話に聞いてたからすぐわかりました。獣のような鋭くギラギラした目つきの青年だって。」
「・・誰から聞いた?」
「クレアから。」
「!」
クレアと聞いて、レックスは思わず後ずさった。
「お前、何者だ。」
「ルナです。」
「それは聞いた。名前じゃなくて、クレアとの関係だ。」
「わたしの上司です。」
「さいなら。」
レックスは足早に立ち去ろうとした。
「わっ、ちょっと待ってよー。」
ルナが後ろから手を掴む。
「放せ。」
睨まれてるルナが思わず手を放すと、レックスはダッシュで逃げ去った。
「ああーっ! 待てーっ!」

レックスはライブハウスまで来ていた。
「ふう、撒いたか。」
「撒いてないよ?」
「!?」
ギョッとして振り向くと、ルナが立っていた。
「ここにいたのねー。ずいぶん探したよ。」
「・・・どうやってここまで・・。」
「レックスが行きそうなところを廻ってきただけだよ。」
「こんな短時間で追いつけるわけ・・・!」
「わたしがここにいるということは、それが出来るってことでしょ。」
「〜〜!」
レックスは顔をしかめた。
「・・お前もエスパーかよ・・・。」
「あれ、察しがいいね。クレアは自分がエスパーであることを中々わかってもらえなかったって言ってたけど。」
「・・・・。それよりもオレに何の用だ。」
「いや、せっかくこっちに来れるようになったから、ついでに生レックスに会っておこうかと。」
「生って・・・。」
「クレアがしつこくこだわっている人だからね。わたしの知る限り、クレアがこんなにこだわる人間って、そうそういないよ。」
「・・・どうしてオレにそんなにこだわる?」
「わかんない。クレアはあまり自分のこと話さないから。でも、わたしもレックスのことは気に入ったよ?」
「・・・言っとくが、オレはあの女の事務所で働く気は無いからな。」
レックスはジロッと睨んで言った。
「やだなあ、そんなつもりで言ったんじゃないってば。わたしとしては、クレアには事務所を畳んで欲しいと思ってるし。」
「あ?」
レックスは怪訝な顔をした。
「だって、今のままじゃ、1ヶ月の半分しかクレアと過ごせないんだもん。」
「ふーん。」
(よくわからんが、複雑な事情があるみてえだな。)

そこへ偶然、ナイトが通りかかった。
「レックス、彼女連れか?」
「ナイト!」
このライブハウスの顔であるバンドグループ“ブレイカー”。そのリーダーであるナイトは、レックスの憧れの人その2である。もちろん、その1はランド。
「こんにちは、わたしルナっていいます。」
「ルナ? レックスは月の女神に好かれてるな。」
「あははは・・・。」
レックスは苦笑いした。
「あ、そうだレックス。ここだけの話、5日から遠征行くんだ。」
「遠征!?」
「ああ。明日のライブで発表する予定なんだけどな、ヨーロッパまで行くんだ。」
「そりゃ、すげえな!」
「だろ?」
「でも、そんなカネあるのか?」
「もちろん無えよ。招待主が出してくれるんだ。ヨーロッパにわざわざ呼んでまで俺たちの演奏を聴きたいんだとよ。こりゃ、メジャーデビューも近いかもな!」
「“ブレイカー”ならメジャーデビューどころか世界一にだってなれるさ!」
「サンクス。」
「・・あれ? でもさあ、ナイトって小さい妹2人いたよな。そいつら連れて行けるのか?」
ナイトには10歳と8歳の妹がいて、2人ともあまり体が強くない。
「それなんだよな・・・。結構ハードな旅になりそうだから、連れて行くわけにもいかない。誰か面倒をみてくれる人間がいればいいんだが、心当たりが無くてな。なんせ、1ヶ月近くかかる旅だ。みんなにもいろいろ都合があるだろうし。」
ナイトは顔を曇らせた。
「オレが面倒みようか?」
「え?」
ナイトの顔がパッと明るくなった。
「いいのか?」
「丁度施設も追い出されたところだし、こっちにとっても願ったり叶ったりだ。」
「わたしも手伝うよ!」
「ルナ?」
「ありがたい! 恩に着るぜ。」

こうしてレックスは、何とか一時しのぎの住処を手に入れた。
5日まではナイトをはじめ“ブレイカー”のメンバーとも親密な話が出来そうで、レックスはウキウキしていた。
ただ、ルナの存在が少々気にかかっていたが、彼女にはクレアのような気味悪さは感じなかったので良しとした。
「それじゃ、ルナはレックスの彼女じゃないのか。」
「うん。レックスはむしろ、お兄ちゃんって感じ。」
「誰がお兄ちゃんか、コラ。」
「あはははは。」

夕方になって、ランドとジョアンナが訪ねてきた。
「よーう、レックス。」
「誕生日おめでとう。」
「アニキ! ジョアンナ!」
レックスとルナ、バンドのメンバーたち。ランドとジョアンナ。ナイトの2人の妹たち。
わいわいガヤガヤと、楽しい時間を過ごした。
ルナが子供2人を寝かしつけた後は、残りのメンバーで酒場へ繰り出した。酒に酔って、陽気でちゃんちきな雰囲気の中での、取り留めの無い話。支離滅裂で、論理も起承転結もぐちゃぐちゃな話。そんなものが、何よりも楽しかった。

2日の夜は、ライブハウスで盛り上がった。
“ブレイカー”の演奏も、いつになく客を酔わせ、ライブハウスはかつてないほどに超満員だった。
気が付いたときには零時を過ぎていたが、客席からはアンコールの声が鳴り止まなかった。途中で何度も休憩を挟み、明け方近くまで演奏は続いた。その結果として奏者も客たちもぐったりと眠り続けて、起きたのは4日の早朝だった。
「やっべ、そろそろ支度しねえと!」
レックスとルナも手伝い、“ブレイカー”のメンバーは急いで旅支度を整えた。

出発は5日の早朝。レックス、ルナ、ランド、ジョアンナ、ナイトの2人の妹たちが、見送った。
“ブレイカー”は、意気揚々とヨーロッパへ旅立っていった。
「・・ふう。何だか怒涛の日々だったな。」
レックスはその場に腰を下ろした。
「疲れた?」
「少しな。」


- - - - - -


レックスが仲間たちと賑わっている頃、クレアはアルカディア本部にいた。
「・・・面白くない。まったくもって面白くないわ。」
部屋のソファーで、疲れた体を休めながら、クレアはぼやいていた。
隣の椅子には180センチ以上の、長身の男が座っていた。単に背が高いだけでなく、その筋肉も見事なものであり、色黒の肌と相まって、逞しさが内面から溢れ出している。年齢は30歳くらいだろうか。
「ねえ、サム。」
クレアは長身の男に呼びかけた。
「はあ。」
サムはとりあえず相槌を打った。
「ルナのやつはレックスたちと楽しくやってるというのに、私ときたら・・。こんな辛気臭いところで面倒事の処理。」
クレアはむくれた。
「しかし、クレアさんはアルカディア最高幹部でしょう。仕方ありませんよ。厄介なエスパーはヘッドシーフだけじゃありませんし、アルカディアの人材育成にもクレアさんの力が必要です。だいたい、基本的にアルカディアの情報処理系はクレアさん以外には務まらないんですから。ぶーたれてないで仕事してくださいね。」
「あー、わかってる。」
「そもそもクレアさんが仕事を溜め込んでいるのが原因の一端でしょう。もっと頻繁に本部へ帰ってきてくださいと、何度も言ってるのに・・。」
「はいはい、わかったよ。溜まってる分は今日中に終わらす。それで文句無いだろ。」
「はあ、まあ。」
サムは、やれやれという顔で肩を竦めた。
「それじゃ、休憩終わり。行くぞ。」
椅子から立ち上がったクレアの顔つきは、それまでとは違っていた。愚痴をこぼしたり頬を膨らしたりする、子供っぽさや人間らしさを排した、寒気のするような表情だった。
「はい。」
サムは畏まって了解した。
先程までの少女・クレアではなく、自分が上司と仰ぐ唯一の人・・・アルカディア最高幹部ギガマイル・クレッセントに、畏怖と尊敬を込めて、付き従った。


- - - - - -


10月6日。ルナがナイトの妹2人を連れて遊びに出かけたので、レックスは暇だった。
「あ〜、何かダルぅ・・。」
街を適当にぶらついていると、銃剣で武装した一群に出くわした。
「?」
(何だあ?)
その集団の中に、かつて自分やランドをいじめていた顔を見つけて、レックスは表情を険しくした。
ニック・ゴールドの兄、長男のオウン・ゴールドだ。
「お〜、レックスじゃねえか。」
「オウン・・!」
レックスはオウンを睨みつけた。
「うわっ、こいつ睨んできやがったよ。反抗的な奴だ。危険分子決定。」
そう言ってオウンは腰の銃を抜いて、レックスに銃口を突きつけた。
「!」
そのときには武装集団に周りを囲まれていた。
「・・・・・・。」
レックスは銃口を頭に突きつけられながらも、オウンを睨み続けた。
「ほ〜、あくまでその反抗的な態度を改めないと。おしおき決定。」
次の瞬間、レックスはオウンの拳骨を食らって地面に転がった。
起き上がろうとしたときに、再び銃口を突きつけられた。
「・・・・・・。」
「なあ〜、知ってるか? ヘッドシーフっていう頭のイカれた殺人鬼。」
「!」
その名を聞いて、レックスは忘れかけていた血腥い記憶を思い起こした。
「俺らさあ、その悪い奴を退治する為に街をパトロールする正義の味方なわけよ。だから、怪しい奴はしょっぴく権限もあるんだぜ。」
「・・・ろくでもねえな。」
「あァ?」
「頭イカれてんのはテメーだ。」
「カッチ〜ン。頭に来ちゃいました〜。俺の指は俺より理性少ないから、あまり俺を怒らせない方がいいと思うぜ。」
オウンはせせら笑いながら、引き金を引く指に力を入れた。
「・・・撃ってみろよ。」
「あァ?」
「撃てよ。オレは死んだってテメーなんぞには屈しねえ。」
「・・・・。へ、へへっ、な〜にマジになってんの〜? ダッセー。ジョークだよジョーク。ちょっとお子様には難しかったでちゅか〜?」
周りを囲んでいる連中もゲタゲタ笑い出した。
レックスは悔しさのあまり体に震えがきた。
「何か言ったらどうでちゅか〜?」
そう言いながらオウンは、レックスを殴り、蹴飛ばした。そして地面に転がったレックスの頭を踏みつけた。
「は〜い、これからレックス君に質問しま〜す。レックス君、あなたはヘッドシーフを知ってますか? はい、3、2、1、ブ〜! 時間切れ〜。」
そう言ってレックスの顔面に拳骨を入れる。
「第2問。あなたはヘッドシーフがどこにいるか知ってますか? はい、3、2、1、ブ〜! 時間切れ〜。」
レックスの足が踏みつけられた。
「第3問。あなたはヘッドシーフが誰だか知ってますか? はい、3、2、1、ブ〜! 時間切れ〜。」
レックスは腹を蹴られた。
何度も暴行が繰り返されたが、レックスは呻き声ひとつ立てず、必死に歯を食いしばって耐えた。

「いい加減にしろ、クズ野郎。」
「あァ?」
オウンがその声を聞いて辺りを見回すと、すっかり囲まれていた。
「よう、自殺点(オウンゴール)。」
「ぐげっ、ランド!?」
ランドが眉をひくつかせながら立っていた。
「周りは囲んだぜ。俺をはじめ、命知らずのバカヤローたちだ。1人でも殺されたら、お前ら全員殺すまで戦うぜ。」
「ぐっ・・・。」
オウンをはじめ、自警団たちは後ずさった。
「それでいい。ここで逃げるのは恥じゃないぜ、自殺点(オウンゴール)。兵法にもあるだろ。10倍ならば囲み、5倍ならば攻撃し、2倍ならば挟撃し、互角なら戦い、少なければ逃げる。退却より優れた戦術は無い、ってのもあったな。」
「くっそ・・・。覚えてやがれ。」
オウンたち自警団は苦虫を噛み潰したような顔で引き上げていった。

相手の姿が見えなくなると、ランドは急いでレックスに駆け寄り抱き起こした。
「おい、大丈夫か!」
「ああ・・・天使が見える・・・。」
「アホウ、誰が天使か。」
「あ・・・でも天使にしては悪人ヅラ・・。」
「あー、はいはい、無事なのね・・・。」
ランドは拍子抜けしつつも安堵の溜息をついた。
そこへジョアンナが包帯や傷薬を持ってやって来た。
「骨折れてない? 手を石紙(グーパー)してみて。」
「ん・・・。」
骨は折れてないようだったが、それでも酷い打撲だった。

しかし数日したら、痛みもだいぶ引いてきた。流石は若い体の回復力である。
ルナがナイトの妹たちの面倒をみる傍ら世話を焼いてくれたし、ランドとジョアンナも頻繁に見舞いに来てくれた。
「みんなサンキュー。もうすっかり良くなったぜ・・・イテテテ・・・。」
「ほらほら、無理しないの。骨折してないっていっても、相当酷く痛めつけられてるんだから。」
ジョアンナがレックスを押さえつけて寝かせる。
「大丈夫だって。」
「ダメよ。打撲だって、そう馬鹿には出来ないの。」
「はぁい・・・。」
姉貴分のジョアンナには頭が上がらない。
レックスは大人しくベッドに戻った。

それから更に数日経って、10月14日。
「あ、そうだ。今日って14日だよね。」
女の子2人の相手をしていたルナが、思い出したように言った。
「そうだけど。」
「いっけなーい。もう交替の時間じゃないの。」
「交替?」
「うん、もう帰らなきゃいけないの。レックスの体も回復したし、頃合かな。」
「そうか・・。」
「あ、そうだ。すっかり忘れてたけど、クレアから手紙預かってたんだ。」
「あ?」
クレアと聞いて、レックスは露骨に嫌そうな顔をした。
「そんな顔しないで。はい。」
ルナに差し出されて、レックスは渋々受け取った。
「じゃ、元気でね。」
「おう。」

ルナが去った後、レックスは溜息をつきながら手紙の封を切った。
(どうせロクでもないことが書いてあるに違いないんだ・・。)
顔をしかめながら、中を読んでみる。
「どれどれ・・・。・・・!?」


- - - - - -


ルナが事務所まで戻ると、クレアがソファーで横になっていた。
「楽しかったか・・。」
見るまでもなく不機嫌だというのが声でわかる。
「クレアもお見舞いに来ればよかったのに。」
「私が行けるわけないだろう・・。意地悪な奴だな。」
「どうして?」
「わからんか。」
「わかんない。嫌な顔されるから行かないとかいうなら、それって臆病なんじゃない?」
「・・・お前やリュウのせいで多少の狂いはあったが、概ね予知した通りに事が進んでいるところだ。私が出向いていったら未来が狂う。」
「レックスがボコボコにされたのも計算のうちなの?」
ルナが意地悪い笑みを浮かべながら言う。
「・・ふん。そうだよ。」
クレアは顔をしかめた。
「・・・ま、あのやり合いはレックスの勝ちだ。本人が一番よくわかってる。」
「あれのどこが勝ち?」
「レックスは自分の誇りを貫き通したじゃないか。取り返しのつかない怪我をしたわけでもないし。」
「はあ〜、なるほど。言われてみればそうかも。」
「お前やリュウならともかく、普通は武器持った多人数相手に一般的な意味での勝利なんて不可能さ。大切なのは、命と誇りを守り抜くこと。そしたら次があるからな。」
「レックスは命よりも誇りを選んだみたいだけど?」
「お前はレックスを舐めすぎだ。オウンが自分を殺す気が無いことくらい見抜いていたさ。一発目が空砲ってこともな。」
「へえ〜。」
そこでルナは思い出したように言った。
「あ、そうだ。レックスに手紙渡すの、だいぶ遅くなっちゃったけど、よかった?」
「ああ、お前がギリギリまで手紙のことを忘れてるのも織り込み済みだ。」
「流石クレア。・・で、何て書いてあったの?」



レックスは手紙を読んでギョッとした。

『警告。もうじき、あなたの身近な人が死ぬ。それはあなたに危険が迫っているということだから、すぐに逃げて私のところへ来るように。C・C。』

「・・馬鹿げてる!」
レックスは手紙をビリビリと破り捨てた。
「Shit!」
悪態をついて、レックスは立ち上がった。
ナイトの妹2人を隣の部屋の老夫婦に預かってもらい、レックスは足早にクレアの事務所へ向かった。
「ふざけやがって・・。」
イラついて歩いていると、ランドとジョアンナの姿が見えた。
「?」
遠くてよく聞き取れないが、何か口論しているようだった。
(おいおい・・。アニキとジョアンナがケンカって珍しいな・・・。)
気付かれないように気を配って近付き、建物の陰から見ていると、すぐに話は終わってしまった。
「はあ〜っ。」
ランドの大きな溜息が聞こえてきた。
「アニキ!」
呼び声と共に駆け寄る。
「おう、レックスか。」
「どうしたんスか? ジョアンナとケンカなんて珍しい。」
「ああ、やっぱ見られてたか。実はな・・」

その次の瞬間、そこにランドの顔は無かった。
代わりに、首の無い死体が血を噴き出しながらレックスに倒れてきた。
「え・・・・・・・・?」

現状把握まで数秒。
「あ・・・・・あああああああっ!!?」
死体はまだ温かかった。この体は、つい今しがたまで生きていたのだ。それが一瞬にして首の無い肉塊となった。
レックスはしばらくの間、奇怪な叫び声をあげ続けた。
怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖、無力感。それらが混ざり合った中で、意識は激昂と混乱を繰り返した。
「ああ、あああ、あああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



気が付いたときにはレックスはクレアの事務所の前にいた。
いつの間にか雨が降っていて、服はずぶ濡れだった。
「クレア・・・。」
レックスは虚ろな声で呟いた。その瞳は怒りに燃えていた。
ドタドタと階段を駆け上がる。
扉を乱暴に開ける。
「クレアあ!!」
轟音とも言うべき大声で怒鳴り込んで、レックスは部屋の中にいるクレアを睨みつけた。
クレアはコーヒーを席に持っていくところだった。服装は、アルテミスと名乗っていたときと同じ、紫色のシャツと黒いスカートだった。
「てめえ、手紙で言ってたのはこのことだったんだな!? なんで・・・」
レックスの目に涙が潤んだ。
「なんでもっと早く教えてくれなかった!? なんでアニキを救えなかった!? 出来たはずだ! お前の予知ならアニキが死なない未来も探し出せたはずだ!! なんで・・・!」
「ムチャクチャ言うな。予知した未来を変えられるのは、その内容を知る者の力量の範囲内でだ。手紙の件だって、ルナが忘れていたせいで・・」
「オレを舐めんなよ・・! お前ならそのくらい予知できたはずだ! 何で直接言いに来なかった!?」
「・・あなた、私と会うのは嫌なんじゃないの?」
「うるせえ! こんなときだけ都合よくオレの意思を尊重したような物言いするんじゃねえ!」
「・・・はいはい、わかった。でも、あなたの言う通りにしたところで、何か変わるの? あなたに何か出来た?」
クレアのこの言葉にレックスはぶち切れた。
「馬鹿にしやがってえ!! 人間舐めんな!!」
「キャッ!?」
クレアの手からコーヒーカップが離れる。
がしゃんと音がした横で、レックスはクレアを組み敷いていた。
「どいつもこいつもオレを馬鹿にしやがって・・・!」
レックスはクレアの乳房を右手で乱暴に掴んだ。そのまま左手でクレアの着ている紫色のシャツをビリビリと引き裂いた。
「痛・・・!」
クレアが表情を歪める。
レックスは胸を肌蹴た次は、スカートを破りにかかった。左手でクレアの上半身を押さえつけ、残る右手で一気に黒いベールを裂いていった。

そのとき、クレアの目つきがひときわドロリと濁った。
「・・男に押し倒されるのは嫌いじゃないが・・・」

ドカッ

クレアは右足でレックスの股間を思いっきり蹴り上げた。
「が・・・・!」
レックスは声にならない叫びをあげながら、蹴られたところを押さえて床に転がった。
「おおう・・・おおう・・・・」
クレアは乱れた髪を掻き揚げながら起き上がった。
「・・それでも、自分の力を誇示する為に抱かれるのは御免だよ。」


- - - - - -


程なくしてレックスは落ち着いて、クレアも着替えてきた。
「・・・・・・・・・・・すまん。」
レックスは暗い顔で俯いて、一言呟いた。
「・・・・・・・。」
「・・・頭冷やしてくる。」
レックスは俯いたまま歩き出した。
彼が外に出たとき、クレアが小声で呼びかけるようにして言った。
「・・悪かった。」
その声がレックスに届いたかどうかはわからない。雨がまだポツポツと降る中、レックスが階段を降りていく。
その足音を聞きながら、クレアは自分の肩に手を回した。俯きながらソファーに腰を下ろして、彼女は悲しそうに呟いた。
「はあ・・・。久々に会えば、これだ。」
レックスに掴まれた左の乳房が疼いた。
クレアは左胸に手を当てたまま動かなかった。

少しして、リュウが帰ってきた。
床にコーヒーがぶち撒けられているのを見て、彼はギョッとした。
「何があったの。」
「ん、リュウか。」
クレアは頭を上げた。
「さっき、ちょっとな。すぐ片付ける。」
「・・・・・・。」
クレアはコーヒーカップを片付けて、床を拭いた。
その様子をリュウは椅子に腰掛けて不満そうに見ていた。
「クレアは、いつも隠し事ばかりだね。」
「・・・・・・。」
クレアは黙って作業を続け、床を拭いた雑巾を洗い終わると、自分の椅子に座った。
「リュウ。反抗期も結構だが・・・。ヘッドシーフが動いたぞ。」
「!」
リュウの目の色が変わり、姿勢がしゃんとなる。
「この数日中が最終段階。レックスに危険が迫っている。」
「なっ!?」
リュウは慌てて椅子から立ち上がった。
「落ち着け。座れ。今行ってもどうにもならん。」
「・・・・・・。」
「安心しろ。お前はレックスを助けたいだろ?」
「助けたい。」
「私もそうだ。お前は私に不満があるだろうが、レックスを救うということでは利害が一致している。」
クレアは睨むようにリュウを見つめた。
「お前の力が必要だ。」
「・・・わかってるさ。」


- - - - - -


レックスは死んだような目つきをしてナイトの家に戻った。
ナイトの妹2人は、まだ隣の老夫婦が預かっていて、家にはいなかった。ランドが殺されたという報せを聞いているのだろう、レックスを1人にしてやろうという配慮だった。
レックスは戸棚から度数の強そうな酒を取り出して、泣きながら飲み始めた。
「うっく・・・うっく・・・」
怒りや恐怖の感情が冷めて、今は悲しみが強く浮き出ていた。
レックスは酒に酔って、そのまま寝てしまった。

朝起きると、やたらと頭が痛かった。
レックスは顔を歪めて頭を押さえながら、呻き声をあげた。
「っく〜〜!」
眩暈と吐き気をこらえながら、水をがぶがぶと飲んだ。
「あ゛あ゛・・・・。」
ひょっとして、あれは夢なのではないか。
自分は悪夢を見ていただけではないのか。
意識がハッキリしてくるにつれて、そうではないことを思い出し、レックスは深い悲しみに襲われた。
「あああああ・・・・・う・・・・」


レックスの精神をモニターしていたクレアは、思わず顔をしかめた。
深い悲しみがダイレクトに伝わってきて、自分の心も掻き毟られるように痛かった。
(この状態があと4日も続くと思うと気が滅入るな・・・。)
クレアは角砂糖を齧りながら、溜息をついた。
冷血で冷徹な最高幹部ギガマイル・クレッセントと違って、クレアは歳相応に心が揺れる人間だ。彼女の精神構造を考えれば、歳相応ですらないかもしれない。未だに彼女は少女時代のまま、心が止まっている。
少女としては大人びていても、大人としては子供じみている。
史上最高の予知能力も、“ギガマイル・クレッセント”のものであって、“クレア・クレッセント”のものではない。
同一人物のようでいて、別人でもある。重なり合った、他人。
自分は何者なのか、わからなくなってくるときがある。今まさにそうで、そこにレックスの悲しみが流れ込んでくるのだからたまらない。
「痛っ・・・あっ・・・・」
紫のシャツをギュッと掴んで、クレアは熱い息を吐いた。
ギガマイル・クレッセントの力を、史上最大の千里眼の力を、存分に使いたかった。けれどそれは、アルカディアの掟によって禁じられている。強すぎる力を濫りに使ってはならないのだ。
(そうだ・・・・この程度の痛みなど・・・・・乗り越えてきたし、これからも乗り越えてやる!)
ギッと歯を軋り、クレアは深呼吸した。


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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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