佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS キュゥべえについて

<<   作成日時 : 2016/09/08 00:00   >>

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「魔法少女まどか☆マギカ」に登場する、愛くるしい小動物・・・しかして、その実態は
高度文明を築いた“熱量死の回避者”、エントロピーの凌駕を目論むインキュベーター!
可愛い少女たちを契約の毒牙にかけていくキュゥべえは、醜悪な淫獣として嫌われているが、
果たしてキュゥべえは、そこまで非難されるべき存在なのだろうか? 私は考察する!

・・・なんとなく某テレビ番組っぽい真面目な出だしですが、単にキュゥべえファンとしての戯言ですw




1、キュゥべえは怒らない

喜んだり驚いたりするなど、厳密な意味では感情が無いわけではない。
しかし、出来ないことを責めたり、癇癪を起こしたりしない。あくまで淡々と語る姿勢は、好感が持てる。
説明も丁寧で、わかりやすくする工夫がある。相手の知識に合わせて、理解しやすい喩えを持ち出している。
これは教師としては優秀であるし、少なくとも私は付き合っていて疲れない人格である。

感情的になることは、時として有効ではあるが、常時そればかりでは周囲を疲弊させてしまう。
決して感情的にならないというだけでも、評価に値する人格ではないだろうか?

文化系から見た体育会系は、「暑苦しい」「馴れ馴れしい」「無神経」という感じであるが、
体育会系から見ると、文化系の人は、「覇気がない」「人間味が無い」「非社交的」と感じられるらしい。
キュゥべえが魔法少女たちと噛み合わないのは、文化系と体育会系の齟齬と似ている気がする。

もちろん魔法少女たちは、暑苦しくもないし無神経ではない、私から見ても好感の持てる人柄であるが、
キュゥべえとの相対的な位置では体育会系が多い印象がある。




2、セールスマンとしては悪徳、だが、契約者としてアンフェアではない

悪徳営業の数々が指摘されているが、それは間違っていないと私も思う。
まさしくマルチ商法の教科書のような手管であり、クーリングオフも無いのは、悪質ではある。

しかし、魔法少女の契約は、実はキュゥべえにとってノーリスクではない。
何故なら、自分に不利な願いでも叶えなければならないからである。

懇切丁寧に説明したとして、1人でも「インキュベーター悪い奴、許せない!」と思う契約者がいたら?
もしも「インキュベーター消えてしまえ!」という願いを発せられたとしたら、種族全体が滅びてしまう。
すなわちキュゥべえは、1つ1つの契約の度に、種族滅亡のリスクを背負っているということになる。

星新一の小説にも、どんな奴でも殺してやるという悪魔が、「お前死ね」と言われてしまう話がある。
制限なき絶対的な契約というのは、契約を持ちかける側にとってもリスクが大きいものである。
(まどかの件からすれば、自分たちに都合の悪い願いであろうと叶えざるを得ないのは確からしい)

そう考えると、都合の悪いことを説明しないのは、そこまでアンフェアとは言えない。
地球に存在する、どんな悪徳商法だろうと、契約に人類滅亡が懸かっていることはないし、
そこには必ず何らかの制限が無条件に存在している。
キュゥべえの契約を、セールスと同じスケールで考えること自体が、あまり理に適っていないのだろう。




3、魔法少女たちは愚かではない、だが、キュゥべえを非難するのは恩知らずである

魔法少女になることのデメリットは、まずは魔女と戦うことである。
命懸けの戦いをせねば、やがて自分が魔女になってしまうのでは、戦わざるを得ない。

しかし、魔法少女にならなくても、命を落とす危険はある。
巴マミなどは、まさに命を落としかけたわけだが、そうしたことは外伝などでも見受けられる。

魔法少女は「ソウルジェムさえ砕かれなければ無敵」と言われた通り、大概の傷では死なないし、回復できる。
それに魔力を使えば疾患も治せるので、肩こりや胃炎、低気圧頭痛、虫歯や歯並びの悪さも治せてしまう。
“亜人”(再生制限は無いが疾患は治らない)とは、相互互換といったところだろうか。

魔法少女として命懸けの戦いに赴くリスクを背負うが、日常生活における様々なリスクから解放される。
これは少なくとも、リスクを凝縮しただけで、リスクが増えたとは言えない。
リスクの期待値が、日常と比べて大きくなるか小さくなるかで、キュゥべえの善悪は規定される。
日常のリスクが大きいほど、魔法少女になることはメリットだ。

しかも、肉体が“腐らないゾンビ”ということは、いつまでも老いないということでもある。
このように、魔法少女になるということは、大きなメリットがある。
しかも、願い事をなんでも1つだけ叶えてもらえるオマケ付きだ。

巴マミは願い事を無駄遣いしてしまった形になったが、それでも愚かではない。
魔法少女になっただけでも、健康維持を魔力に任せて、人生を濃くすることが出来たのだから。
残念ながら若くして死ぬことになってしまったが、後に復活したことを考えると、損を取り戻している。

美樹さやかも、願いに殉じたあたり、悲劇であっても愚かではないと思っている。
愚かというのであれば、この世界に人類が降り積もらせたマイナスが愚かなのだろう。
あまり「愚かなる人類〜」などというフレーズは使いたくないのだが、そう思ってしまう。

ついでに言うと、魔法少女を“ゾンビ”と蔑む思考は、「亜人」を読んでいる身としては、受け入れがたい。
ごく普通の思考ではあると思うが、普通であって上等ではない。純粋さではなく、狭量さである。




幾つかの時間軸では、最悪の魔女によって地球が大災害に見舞われていた。
しかしそれは、人類が蓄積したマイナスが、そういう形となって具現化している光景にも見える。

私はキュゥべえを善だと主張はしない。
しかし同じだけ、悪とも言えないのである。

無邪気な悪意は、それ自体が悪にはならない。
地獄への道は、善意によって敷き詰められている。


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