佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS サトリン」 第四話 サ・ト・リ・ン?

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:15   >>

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暗がりの中で明かりがある。そこで誰かがキーボードを叩いている。高速で正確だ。まるで音楽を奏でているように、その指の動きは滑らかで美しかった。
薄暗くてよく見えないが、その代わりにその人物の息遣いや心音までも聞こえてくる。私の心音も、それに同調して高鳴る。
コンピューターの画面には喋るよりも早く文字が打ち出されていっている。文字が細かすぎて、ここからではよく見えない。

そんな光景が延々と続く。



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朝。私は布団から出ると、大きなアクビをした。
まったく、地味な夢だった。午後には忘れているだろう。
しかし、もっと良い夢を見たかったなどと言ってはいけない。悪夢でなかっただけマシというものだ。
そして私はいつものように朝食の用意をする。私と妻の2人分だ。
世間では少数派かもしれないが、我が家では主に私が家事をこなしている。妻の方が金を稼ぐ能力が高いからだ。
妻は無駄というものが大嫌いで、新婚当初などは殆ど会話というものをした記憶が無い。今でこそ結構、話もするが、当時は会話すら無駄だと思われていたようだ。何で私と結婚したのだろうかと今でも時々思う。
そんな彼女だから、当然の如く化粧はしないし、服は安物。髪は私と妻で互いに刈る。料理は不必要に見た目を凝ることは許されない。結婚式もしなかった(泣)し、葬式にも行かない。付き合いで飲みに行くことなど以ての外だ。
いっつも難しい顔して、難しい本を凄くつまらなそうに読む彼女。いったい何が楽しくて生きてるんだろうと以前は思っていたもんだが、今はそれなりに楽しくやっている。
まあ、あれだ。妻は少なくとも私の見る限り美人の部類だ。理知的な感じのモデルスタイルだ。“本を読む美女”、絵になる光景だ。表情を除けば、彼女の本読みのスタイルはセクシーでイイ感じだ。表情の方も、私の見方が変わったのかもしれないが、最近はつまらなそうではない。
まあ、そんな感じで概ね幸せなのだが、セックスレスは辛いなあ。妻とは結婚して5年経つが、未だにセックスをしたことはない。子供が欲しくないから不必要だと言うのだ。確かに、体に負担をかけない方法では100%の避妊法が無い以上、欲しくもない子供が出来たときのリスクを考えれば当然ではある。あるのだが、辛いことは辛い。
いや、浮気なんてしませんよ。私もどちらかというと“見て楽しむ派”なもんで、辛いといっても鬱積するほどの不満じゃないというか。
そうそう、申し遅れたが私は九古鈍郎(くこ・どんろう)。妻の名は茶倉(ちゃくら)。歳は7つほど離れている。

私は今、超能力が存在するかどうかということを真剣に考えている。
科学人間の私は、世に氾濫している超能力や超常現象なるものは、全て科学で説明がつくと考えている。実際のところ、私の知る限りの超自然的な何がしかは、全て説明をつけている。それが今までの私であり、揺るぎない自己を構成する要素の一つだった。
しかし最近、それが揺らぎ始めている。友人の八谷(はちや)から聞いた“サトリン”なる者の存在のせいだ。
彼女は超能力を持っている。私の科学力では理解できない、真の超能力だ。その存在を認めてしまったら、私の精神はおかしくなってしまうかもしれない。しかし彼女が私の妄想だとしても、やはり私の精神はおかしくなっているということになるのだが。
もし、真に超能力が存在するという動かぬ証拠を突きつけられたとしたら、私はどうするだろうか。
わからない。だが今の状態で悶々としていても頭がおかしくなりそうだ。
という訳で私はサトリンについて色々と調べることにしたのだ。馬鹿馬鹿しいようだが、仕方ない。

この日私は殊に悶々としていた。
そのせいだろう、妻の茶倉にポロッとこんなことを言ってしまったのは。
「なあ・・・超能力って、あると思うか?」
すると茶倉は食べかけのパンを静かに皿に置いて言った。
「あなたは科学人間だから、“いいえ”という答を望んでいるのでしょう。だから私がそれに答えるのは無意味です。」
「う・・・・。」
私は返答に詰まった。
その間に茶倉はコーヒーを飲み干した。
タンっと軽い音がして、コーヒーカップが置かれる。彼女は伏せていた目を上げて私の方を見た。
「しかし、あなたは今、迷いが生じている。だから、私の言うことを信じるというのなら、その問いに答えましょう。」
「・・・信じるさ。もう自分も疑わしいが、お前なら信じられる。」
「それでは答えます。」
妻は一息つくと話し始めた。
「超能力は、あります。」
「ある・・・・。」
ここで茶倉を疑ってはいけない。私は次の言葉を待った。
「エスパーは実在するわ。私の母は昔、ミルという少女のエスパーに両手の骨を折られたのよ。」
「・・・・・・・・・。」
「科学は、せいぜい“万能”止まりよ、あなた。決して“全能”じゃない。現代の科学で解明できないものなんて腐る程あるわ。重力の正体だって、今の科学では解明されてないのよ。サイコキネシスも重力と同じ、目に見えない、離れてはたらく力。そう考えれば納得できる?」
「・・・・・・・・・。」
「科学が、この先もっと進歩すれば、超能力とかそういったものの正体も明らかになる。でもそのときは、また別の謎が出てくるでしょうね。」

この言葉は私の心に大きな安定をもたらした。
流石は茶倉。これが内助の功というやつか・・・って、別に内じゃないか。


サトリンについて、もう少し詳しく述べよう。
八谷のケースについては、彼の夢の中に現れ、3000万円分の通帳をプレゼントして、彼を借金地獄から救ったのだ。夢の中で渡された通帳が現実化するなど、もはや魔法の領域だと思うのだが、八谷の話の細部が間違っている可能性もある。
私のケースでは、八谷に比べれば話は簡単だ。悪かった夫婦仲を良くしてくれたのだ。これについては、サトリンがテレパシー能力か何かで私に軽い洗脳をかけたのだと思われる。なんせ電話の向こうから私の心を覗ける奴だ。そのくらい出来ても不思議ではない。
そして最近メル友になったエイミーという女性の話では、10年前にサトリンに意中の人とくっつけてもらったのだという。今では彼女は、そのときの彼氏と結婚して二児の母だ。このときもサトリンは洗脳まがいのことをやっている。
サトリンなる者は神か悪魔か。本人は、困っている人の味方だと言っているが、それだけとは思えない。これから紹介するケースを聞けば、あなたもそう思うのではないだろうか?


- - - - - -


インターネットでサトリンと会話が出来るということを知ったのは、今年2003年の5月のことだ。私は主夫業をしているので、近所との付き合いから町内の様々な情報が入ってくるのだ。
「うちの娘は、この頃インターネットのチャットに嵌まっていて・・・。もう、勉強なんか全くしないんですの。塾にでも通わせた方がいいのかしらね。」
こう言うのは3軒先に住んでいる高田(たかだ)さんだ。彼女の娘とは面識があり、何度か勉強を教えてやっている。
「チャットというと、あれですか? 何人かが集まって会話をするインターネットの・・・。」
「ええ、そうです。悪い影響を受けないか心配で・・・。」
「ふーん・・・。」
私は溜息をついた。
気持ちはわかるんだよなあ。チャットって面白いし。
私も1日に3、4時間はパソコンで遊んでいる。
「で、どんなチャットなんですか?」
「なんか、“サトリン”っていう人とばっかり喋ってるんです。」
「!!」
私はビクッと体を震わした。
幸いにも高田さんは愚痴をこぼすのに夢中で、私の様子など眼中に無いようであった。
これだけならまだしも、私は町内のあちこちでサトリンの話を聞くようになった。近辺で総勢8人もの女の子が毎日チャットでサトリンと会話しているという。
8人全員が女の子というのは妙な感じだ。どういうことだろう。何を意味しているのだろう。
それから数ヶ月の間、私は深入りでない程度に情報を聞き出し、整理した。だが会話の内容はありきたりなものらしく、私が高田さんのところで見せてもらったチャットの記録にも差し当たって目ぼしい情報は無かった。平々凡々の日常会話。特に目を引くところはない。エイミーから聞いた話では、もっと機知に富んだ会話が成されていたということだが・・・10年も前のことだしなあ。

しかし、後にして思えば、このときにもっと深く探っておくべきだったのだ。
私は、やる事なす事、とにかく後手に回ってしまう。昔から変わらず・・・。


9月になって、最初の1人が消えた。

高田さんの娘・加代(かよ)が行方不明になったのだ。町内では、あちこちで噂が乱れ飛んだ。
私は、もしやと思って高田さんと共にチャットの記録を覗いてみた。すると、そこにはこう書いてあった。
『じゃあ今日の夜こっそり抜け出して会いましょ。地図を送るね。』
そして添付されたファイルには近くの繁華街への地図と待ち合わせ場所が詳細に示されてあった。
「こ、これは・・・!」
高田文代(たかだ・ふみよ)は顔をいっそう青くし、目を見張った。
「・・・考えられることは、2つですね。1つは、サトリンなる者に会いに行った際に何者かに攫われた。そしてもう1つは、これの方が可能性が高いのですが、サトリンなる者が、最初から誘拐目的で加代さんにアクセスしたということ。」
我ながら無神経が過ぎた発言だった。
分析するにしても、その前に文代さんを気遣うのが先だろうに。
「・・・だから、だからあれほど・・・・」
言葉を続けることなく、文代さんは泣き崩れてしまった。
私はギリッと音を立てて歯を軋り、パソコンの画面を見つめた。

すぐに私は各方面に連絡を回して、残る7人の家に警戒を促した。
また、自分でもチャットの記録をプリントして念入りにチェックした。警察の方でも、近郊の暴力団などを調査したり、熱心に動いていった。
町内最長老の櫃(ひつ)ばあさんが警察の上層と親しく、捜査状況を私に詳しく知らせてくれた。櫃ばあさんと私は朝のラジオ体操で知り合い、今では親しい付き合いをしている仲なのだ。
もっとも捜査は難色を示していて、櫃ばあさんと私は愚痴を言い合うだけの日々が続いていた。
「時代も、だぁいぶ変わったわ。儂が少女(こども)の頃は、こんぴゅうたなんてあらあへんかったいな。なあ、鈍ちゃん。技術って、人の精神(こころ)よりも早うに、怪物のように成長しとらんかね。」
「そうですね・・・。でも人間は、そう愚かばかりでもないです。人の心は技術を真に理解できますよ。そして・・」
超能力も・・・。
そう言いかけて私は口をつぐんだ。


10月。私たちは、また自らの認識の拙さを思い知らされることとなった。

今度は残る7人の娘たち全員が消えてしまったのだ。
「甘かった! 返す返すも甘かった!」
私は櫃ばあさんの前であるにもかかわらず、歯軋りをした。嫌な音が頭蓋に響く。
「今の時代、その気になれば連絡手段はチャット以外に幾らでもある! 手紙かもしれん、携帯電話のメールかもしれん、もっときつく、念入りに注意すべきだった!」
「儂らも歳いっとるということじゃな・・。若い子の心理を、よう把握しきれんかった。あの子ら、あんまり親と上手くいってなかったんじゃの・・。」
私は十島瑠璃子のことを思い出した。
「・・・そして、“サトリン”を危険なものとして見ていなかった。牢獄から解放してくれる味方として見ていた。そういうわけか・・・。」
「甘い幻想じゃ。そうそう現実は甘うないわ。3世紀を跨って生きてきた儂には、ようわかる・・・。あの子ら、今頃どこぞの苦界におるじゃろうな・・・。」
そう言って櫃ばあさんは涙を潤ませた。


- - - - - -


サトリンよ、お前は神か悪魔か!?
ふん、この世には神も悪魔も存在せん。
サトリンよ、お前は困っている人の味方だと言った。・・・何のことはない。お前は困っている人“だけ”の味方だ。周りがどうなろうと知ったこっちゃない。
櫃ばあさんの言うように8人が淫猥な男どもの手に落ちたとは考えられない。相手がサトリンだからな。だがなサトリン、本人たちは自由を手にしてそれでいいかもしれないが、残された者のことを考えたことはあるのか?
いっそサトリンのことを暴露してやろうかとも思ったが、やめておいた。正気を疑われるだけだ。
そして、考えたくはないのだが、サトリンが悪意を持って攻撃してきた場合、私には対抗手段が無い。それを考えると、妻にさえ暴露は出来ない。
考えているうちに、私は最悪の想像を巡らすようになってきた。もしサトリンが悪意を持った存在ならば、8人の少女たちは櫃ばあさんの言った通りになっているだろう。そして、我々一般人は奴の思うがままに弄ばれてしまうだろう。そうなったら私はどうする? 答えは、どうもできない、だ。
私は無力だ、あまりにも・・・。ただの一介の32歳の腐兄に過ぎない。出来るならば超能力などとは無縁な生活をしていたい。だが私は既にサトリンと関わりを持ってしまった。こうなった上は、彼女の正体を見極めなくてはなるまい。冒険心より恐怖心の方が圧倒的に勝るが、乗りかかった船、毒を喰らわば皿までだ。
普通人にも普通人の矜持がある。

2003年10月。私は本格的にサトリンに接近しようと決意した。
これからだ。
全てはこれからだ。















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マンションの一室で、男がキーボードを叩いている。
小太りの、眼鏡をかけた無精髭の男で、その手は高速で動いている。
「んっくっくっく・・・・。」
男は脂ぎった顔でニヤついた。
画面には妙齢の女の子の顔写真とデータが、ずらりと揃っている。
「まったく、馬鹿な奴らだ・・・。サトリンを装って優しい言葉をかけてやれば、コロッと騙されるんだもんな。サトリンなんて本当にいるわけないだろ・・・。夢見がちな少女というのは本当にチョロい。今頃は世の中の厳しさというものを味わっているだろう。んっくっくっく・・・・。」
8人の娘たちがチャットで話していたサトリンは偽者だった。娘たちは呼び出しに応じて、深夜に繁華街へ出向き、大洋を隔てた国の人身売買組織の手に落ちていったのだった。
この男は、その協力者として安全なところから甘い汁を啜っていた。このおよそ1年の間に、彼はおよそ4000万円以上もの金を得ていた。
「全ては計画通り・・・。事前の綿密な調査の甲斐があったもんだ。」
誰に話すでもなく、男は自分の所業を得意気に自分に聞かせた。
「チョロい、チョロい。現実はあんなに上手くいかないのに、インターネットはこんなに上手くいく。」
彼が1人でほくそ笑んでいると、突然、誰もいないはずの背後から声がした。
「な・る・ほ・ど〜、そうやって女の子たちを騙して金儲けしていたわけだ。」
「んへあ!!?」
男が仰天して振り向くと、そこに帽子を被った全裸の少女が立っていた。
「な、何だ、お前は!?」
均整の取れたプロポーションに見とれることもなく、男の心は恐怖で覆われていた。
「んんっん〜、何だお前は、は無いでしょ、偽物さん。やっと見つけたよ。」
「ほ、本物!?」
男は、信じられないという顔で少女を見た。
「その通り。私の名はサトリン。電脳(エポ)のエスパーよ。」
サトリンは帽子のツバを右手で後ろに引いた。
彼女の顔が明るみに出る。口元は笑っていたが、その目は怒りに満ちていた。
男はワナワナと震えていた。彼の精神は限界に達していた。
「い、いるわけない。サトリンなんて嘘だ、まやかしだ。」
「んんっん〜、でもこうして現実にいるもんね。インターネットだって現実なんだよ?」
「うおおーーー!!」
男はサトリンに襲いかかった。
しかし、ガンッと音がして弾かれた。まるで金属のような硬いものにぶつかったような感触だった。
「あう!?」
尻餅をついた彼は、悲鳴をあげた。
「の・の・の・の〜、私に攻撃しても無駄だよ。目の前にいる私は力場を伴う幻影だもん。」
「げ、幻影・・・。」
「可哀想にねー。君は高校生のとき女の子で酷い目に遭ったんだってねー。」
「な・・・・?」
(何故それを)(エスパー)(超能力者)
(テレパシー)(人の心を読む)(心を読まれている)
「エロブタだとか、死ねとか言われたの? 酷いね。」
甘ったるい明るい声で、容赦なくトラウマを呼び起こし、精神をズタズタにする。その所業は悪魔のそれだった。
「でもね、関係ない女の子たちを酷い目に遭わせちゃダメでしょ。それは許されないことだよ。」
「あ・・・・う・・・・」
「だ・か・ら、罰を受けないとね。」
そう言うとサトリンは、右手をスッと挙げた。
男は後ずさった。
しかしサトリンの手は体を離れ、宙を浮いて、ゆっくりと男の頭めがけて近付いてきた。
「う、うわあああ・・・!」
「んんっん〜、んんっん〜、んんっん〜、人生やり直さしてあげるよ。」
バチッと火花が飛び、男は倒れた。
「記憶と人格は全て破壊したよん。つまり赤ちゃんに戻ったわけだ。これぞ、罪を憎んで人を憎まずってやつだね。」
サトリンは、そう言うと姿を消した。


数日後、新聞の片隅に幼児退行して精神病院送りとなった男の記事が載った。
九古鈍郎も、その記事は読んだが、事件との関連を見出すことはなかった。



   第四話   了

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サトリン」 第四話 サ・ト・リ・ン? 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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