佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第五話 虎の最後 (上)

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:20   >>

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■■■■■



 俺は虎だ!
 この体に流れる熱い血が滾る
 本能の赴くままに突っ走る
 俺は虎だ!
 野生が、俺の中に眠る野生が目覚めるときがやって来た
 最高の気分だ!
 ハデで陽気な音楽(ヤツ)を聴きながら自慢の愛車(マシン)で爆走する
 そう、俺は虎だ!
 誰にも邪魔はさせない、この最高の時間!
 夜の全ては俺のもの
 煌くネオンが後ろへ吹っ飛ぶ
 俺は虎だ!
 心が裸になって、この広い大地を駆け巡る
 俺は虎だ!



- - - - - -



この街の暴走族「ブラックタイガー」のリーダーとして、剛虎男(ごう・とらお)という名は街の半数以上の者が知っていた。黄色に黒の縞が入った虎の模様のような帽子とサングラスで、顔はよく見えないが、名に似合わず端整で線の細い人物である。だが、細っこいからといって弱いわけではない。まさしく名の如く、虎のように強く、残虐なのだ。
剛虎男のプロフィールは謎に包まれている。“剛虎男”という名前すら、おそらく本名ではない。その名前で戸籍その他を調べても見つからず、まさしく降って湧いたように出てきたのだ。そもそも戸籍を持たない人間だとしたら、それが本名であるわけだが。
「ブラックタイガー」は、この街を拠点とし、あちこちで破壊活動を行っていた。殺人・暴行・恐喝・強盗、その他なんでもござれだ。
街の人々は、次は我が身かと震え上がっていた。


「リーダー。」
「おう、舜平か。」
九古舜平(くこ・しゅんぺい)。17歳にして「ブラックタイガー」の幹部格。体中にある傷跡は、抗争で負ったものよりも、親から受けたものの方が多い。隣市に住む叔父・九古鈍郎とは今や唯一の血縁だが、交流は耐えて久しい。
「今日の収穫は、ちと厳しいですぜ。最近は金を持ってるヤツが少なくなった。shit!」
「俺らが狩り尽くしたのさ。」
「ハハッ、そうっすね。」
そうするうちに「ブラックタイガー」のメンバーが次々に集まってきた。
「近頃めっきり収穫ねえよなあー。」
「リーダーと舜平サンは流石に稼ぎがあったけどよぉ、俺らのぁ、ゴミもいいとこだぜ。」
「何かよう、新機軸とか無えか?」
「シンキジク? それ何語だよ。俺ぁ、学が無ーんだからよ、もちっと簡単な言葉で説明しちゃくんねーか。」
「あー、ニュープランってやつさ。」
「ああ、にゅうぷらんね。」
この男は枝巻(えだまき)。27歳と、「ブラックタイガー」最年長である。学は無いが経験は豊富で、メンバーからは馬鹿にされつつも尊敬されている。無精髭がボーボーで、アダ名は“ヒゲ巻”。
「まったく、津田っちはよ、いつも難しい言葉を使うからいけねえ。」
「いや、新機軸のどこがムズいんだよ。大体、ホントはイノヴェイションって訳すんだぜ。」
「ほら、それだよ。」
枝巻にツッコミを入れられている痩せ気味の男は、津田(つだ)。難関大学に合格するも、中退して暴走族に入ったという、ちょっと変わった経歴を持つ。アダ名は“津田っち”。
「なあ、日本人なんだから日本語で喋ろうぜ。にゅうぷらんとかよ。」
「ニュープランは英語だぜ。新機軸の方が日本語だっつーの。」
「何、てめー、ちょっと頭いいからってチョーシこいてんじゃねーぞ、コラ。」
「ああ? 俺が頭いいんじゃなくて、お前が頭悪いんだろうが!」
「やるってのか。」
「おお!」

ガツン
ガツン

2人が睨み合った瞬間、その頭に拳骨が飛んだ。
虎男の44の制裁技の1つ、“鉄拳小隕石”(てっけんプチメテオ)だ。参考までに、これの上位技“鉄拳隕石”(てっけんメテオ”となると、その痛みは前者の比ではない。
「やめんか、ボケども! 津田っち、お前の計画を言ってみろ。」
「ほいほい。ちょっと遠いっすけど、こっから東の方に綾小路とかいう旧家があってですね、そこ、すっげえ豪邸なんすよ。あそこ襲いましょうぜ。」
津田の計画に皆は好色を示して湧き立った。
ところがリーダーの虎男は一喝して否定した。
「駄目だ!!」
皆がどよめき、一斉にリーダーの顔を見た。
「何故です、リーダー?」
「あの家だけは駄目だ!」
「その理由は。」
「駄目だと言ったら駄目なんだ。ええい、今日は解散だ、解散!」
そう言うと虎男は去っていった。
残された者たちは、しばらくざわついていたが、しばらくして方々へ散っていった。



いわゆる“名だたる名家”である、旧家・綾小路家にて。
この日、長女の茉莉花(まりか)の舞の発表があった。
彼女は体が弱くて病気がちだという専らの噂で、今までは滅多に人前に姿を見せなかった。
九古鈍郎は親しい付き合いの六道櫃(りくどう・ひつ)という女性に誘われて、この舞台を観に来たのだ。
「いやー、櫃ばあさんに誘われなかったら、こんな格式高そうな家なんか絶対入れなかったですよ。」
「そんな気ィ張らんでもええがな。おんなじヘソのある人間対人間の付き合いと思えば、なーんも恐くないわ。」
「そうですかね。まぁせっかくだし、デートを楽しむとしますか。」
「でえとって・・・・80年前なら釣り合ったかもしれんが、今じゃ儂もシワシワの婆ァじゃよ。」
「人間対人間の付き合いに年齢は関係ないですよ。」
「はっ、こりゃ一本とられたわ。小癪な・・・。ほっほ。」
そうしているうちに開演の時刻になり、2人は席に着いた。
舞台の上手から髪を結った少女が現れた。彼女を見るなり、その美しさに観客たちは思わず息を呑んだ。衣装の煌びやかさにも全く引けを取らない、存在感のある美少女だった。
「へえ、凄い美少女ですね。派手な顔の造りじゃないし、むしろ儚い感じの表情なのに、とても華やかなオーラを放っている。着物がとんでもなく派手なのに、それに全く負けてない。」
「そうじゃのう、儂も後80年も若ければ・・・。」
この少女、茉莉花は、女性としては背が高い方で舞台栄えがする。目は常に伏し目がちで、流れるような柔らかな仕草とも相まって、たおやかな雰囲気を醸し出していた。
観客たちは、桜の花びらが舞い散る中、茉莉花の舞に見とれていた。洗練された、美しく力強い動きは見る者を魅了し、時間を忘れさせた。茉莉花の演技が終わっても、観客たちは呆然として、その場を動かなかった。

「きれいな舞じゃったのう・・・。」
「そうですね・・・。何か、こう、夢の中にでもいるようでしたよ。しかし・・・」
「ん、なんじゃ?」
「体が弱いとか、病気がちだとかいう噂は、男を寄せ付けないための方便か何かだったんですね。体の弱い人間に、あんな舞が踊れるわけがない。」
「ほっほっほ・・・。昔は体が弱かったんじゃよ。」
「ふーん? でも彼女のオーラは、ちょっとやそっとの強さじゃなかったですよ。どうやってそんなに体を強くしたんでしょうね。」
「鈍ちゃんもまだまだじゃの。体だけではなく、心が強くなったのじゃ。あれは恋している人間の気じゃ。」
「恋?」
「そう。恋をしておるとき人間は、どおぱみんという物質が脳から出て、心身を活性化させるのじゃ。」
「博識ですね。」
「鈍ちゃんが前に言ったんじゃよ?」
「そうでしたっけ。」



その夜、「ブラックタイガー」のうち、舜平、枝巻、津田の3人が綾小路家の前に現れた。
「まったく、昨日のリーダー、変だったよなぁ。」
「ああ、あの血に飢えた男がよ・・・。」
「おい、ヒゲ巻、津田っち。わかってるだろうが、今回は強盗じゃなくて偵察に来たんだからな。」
「わかってるって。」
「でも舜平サンが乗ってくれるとは思ってませんでしたよ。リーダーの片腕が。」
「・・・俺もリーダーの態度の謎が知りたいのさ。わかってるだろうが、誰にも漏らすなよ。リーダーに殺されっからな。」
「おい、もちろん。」
「冗談でなく生命活動停止になるからな。」
3人がひそひそと話していると、人の気配がした。舜平が2人を掴まえて身を伏せると、薄汚い毛布を被った人物が、軽やかに塀を飛び越えるのが見えた。
「何者だ?」
「先客か?」
「コソ泥の類でしょう。」
「軽業師みたいなコソ泥だ。」
3人は少し時間を置いて、ゆっくりと慎重に塀の中へ入っていった。
「・・・広い家だな。」
舜平たちが周りを見回すと、灯かりの点っている木造の建物があった。早速近付いてみると、人影が見えたので、3人は急いで物陰に隠れて様子を見た。
ガラッと木戸を開けて、白い薄衣を纏った少女が縁側に静かな足取りで出てきた。儚げな感じのオーラを纏っていて、その目は優しく庭の木々を見つめていた。激しい運動でもした後のように、その顔は紅潮していた。
3人は言葉を失い、だらしなく口を開けて呆然と見とれていた。
「・・・・・・・・すごい美少女だ・・・。」
「この家の長女で、茉莉花というそうです。ジャスミンって書く茉莉花。歳は19歳。」
「・・・・・・・・・。」
茉莉花は昼間とは違い、髪を下ろしていた。長く白い髪が夜風にたなびいて、彼女の顔を覆う。
月明かりのもと、しばし彼女はその身を夜の空気に任し、やがて部屋の中へと消えた。

屋敷から出て、3人は一息ついた。
「すごい美少女だったな。」
「ああ、リーダーの“理由”ってのはアレのことだな。」
「十中八九・・・。」
「これは是非とも応援したいところだが・・・。何しろ住む世界が違うもんなー。」
そう言いながら舜平は先程の光景を思い返していた。
(そうさ、住む世界が違う。)
舜平は心にモヤモヤしたものを感じたが、側の2人には気付かれなかった。
「強引にカッ攫っちまえばいいじゃねーか。」
「ヒゲ巻、リーダーはそういうのが駄目だと言ってるんだ。体だけなら、言い寄ってくる女には事欠かねえんだからよ。」
「リーダーらしくねぇ・・・。四の五の考えずにヤっちまえばいーんだよ。女なんて、ヤっちまえば言いなりだろ?」
「いや、本当に好きな相手にこそ強引にアプローチしにくいもんなんだって。」
「あぷろうち? また“いんてり語”かよ、津田っち。」
「話の腰を折るなよ。迫るってことだ。」
「ふーん・・・。舜平サン、どう思う?」
「へっ?」
先程から黙っていた舜平は、いきなり話を振られて素っ頓狂な声をあげた。
「ん、あー、・・・・。ってことは、リーダー、本気の恋ってことか・・・。」
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んじまえってな。ハハハハ。」
「この場合はリーダーに殴られて死にますけどね。」
「ハハハハ・・・・。」
3人で笑っていると、屋敷の中から塀を跳び越えて、先程のボロ毛布の人物が道へ降り立った。
「・・・! さっきの・・・・?」
「今までどこにいやがったんだ?」
「わかんねーのか津田っち。あのマリカとかいうスケとチョメチョメしてたんだよ。」
それを聞いて舜平の顔が強張った。
「そうか、なるほど、リーダーの恋路を邪魔するドブネズミというわけか。そうかそうか。」
舜平の真剣な調子に、枝巻はビビッた。
「や、やだなあ、冗談っすよ。」
しかし舜平は、その声を聞く前に毛布の人物の後ろに立ちはだかっていた。
「そこの毛布野郎! 何者だ!」
毛布を被った人物は、立ち止まって後ろを振り向いた。
「なん・だ?」
その人物の顔は、夜の闇と毛布でよく見えなかったが、瞳が月光に映えて青白く光っていた。
舜平は少し怖気づいたが、すぐにその人物をキッと睨んだ。
「今、その家から出てきただろう。」
「だから・どうした。」
「名を名乗れ。」
「いいだろう。僕は冴木氷介(さえき・ひょうすけ)。お前・は?」
「・・・・・・。」
(ここで名乗ると何やかんやでリーダーにバレるかもしれないからな・・・。)
舜平が黙っていると、枝巻と津田が追いついてきて、雰囲気を察して氷介の周りを取り囲んだ。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・俺の名前なんてどうでもいい。あの屋敷で何をしていた?」
「何をしようと・僕の勝手だ。」
「ところが勝手じゃねえのさ。」
枝巻が割り込んだ。
それに津田が続く。
「リーダーの女の家に何の用だっつってんだよ。」
「リーダーの・女?」
「まだるっこしい! お前、茉莉花サンに手ェ出してねえだろうなあ・・・?」
「・・・・・だとしたら?」
「・・・殺す・・・。」
「やって・みろ。」
氷介は一瞬、凍りつくような薄笑いを浮かべ、次の瞬間には3人の視界から消えていた。
驚いたのも束の間、鈍い音と共に枝巻と津田は腹を押さえて蹲った。
「ヒゲ巻! 津田っち!」
(はっ!)
舜平は後ろに気配を感じたが、そのときにはもう遅かった。
首に一発食らって、舜平はその場に倒れた。
「ごっ・・・!」
「・・・・・・。」
冴木氷介は、そのまま何事も無かったかのように去っていった。



それから数日、舜平たちは冴木氷介なる人物について調べまわった。
「くそっ・・・どこにいやがる・・・。」
1週間以上、何の手がかりもなく、舜平はイラついていた。このところは「ブラックタイガー」の集会も無く、ストレスが溜まっていた。
公園に立ち寄ったのは何の気なしだった。イライラしながら歩いていると、あちこちにホームレスの青いテントが見えた。
(ん・・・?)
舜平は目を見開いた。
(あのボロ毛布!)
彼の目に入ってきたのは、ボロボロの毛布だった。
それが冴木氷介の羽織っていた毛布に見えた舜平は、考えるより先にテントに駆け寄って中に踏み込んだ。
「冴木氷介!」

「ひいっ!」
中にいたのは1人の年取った男だった。彼は突然の闖入者に驚き、怯え、竦み上がっていた。
「・・・・・・。冴木氷介はどこだ。」
「あ、あんた、誰や・・・?」
「“ブラックタイガー”の九古舜平だ。奴は、冴木はどこだ。」
「・・・し、知らん・・・。」
「・・・・・・。」
舜平は男を睨んだ。
「し、知らん・・・。」
「・・・二度は余計だったな。」
ニヤリと笑うや否や、舜平は男の胸倉を掴んで締め上げた。
「白状しやがれ! 冴木氷介はどこだ!」
すると後ろから声がした。
「ここだ。」
ギョッとして後ろを振り向くと、そこに毛布を被った冴木氷介が立っていた。
「その手を・放せ。」
「冴木・・・。」
舜平は言われるままに男から手を放した。男はその場に崩れるように座り込んだ。
「表に・出ろ。」
「いいぜ・・・。」

表に出ると、既に何人かギャラリーが集まっていた。
どうやら舜平の怒声を聞きつけてきたようだ。
「この前は不意を突かれたが、今回はそうはいかないぜ。」
「実力の差が・わからないのか?」
「挑発かよ。」
「勧告だ。」
「ふん、俺を見くびるなよ。」
(前回は同士討ちの危険性があったから使わなかったが・・・。)
舜平はコサックダンスを踊りながら回転し始めた。虎男直伝の制裁技の1つ、“死廻・哥薩克踊”(デス・コサック)である。
「食らえ!」
舜平は氷介に向かって突進した。氷介は紙一重で身をかわし、その代わりにギャラリーの1人が撥ねられ、地面に転がって気絶した。
「チッ、よけられたか。だがまだこれからだぜ!」
「・・・・・・。」
氷介は毛布の下の顔で唇を結ぶと、その場で両脚を動かしてステップを取り始めた。
「氷殺拳・水の華。」
氷介は流れるような動きで舜平に向かっていった。
まるで舜平の体をすり抜けたかのように、一瞬で背後まで回っていた。
舜平が崩れ落ちたのは、それと殆ど同時だった。
「か・・・は・・・・! 何を・・・した・・・・?」
「別・に。“流水の動き”で・お前の傍らを通り抜けるときに・脇腹を強打しただけ・さ。」
「ぐ・・・・!」
舜平は呼吸がままならない状態に陥っていた。
「実力の差が・わかったろう。」
(・・くそ・・・・!)


「・・・というわけで結局、奴の名前と、強さ、それから、多分ホームレスであること。わかったのは、それくらいだ。」
意識を取り戻した後、舜平は溜まり場に戻って枝巻と津田に話をした。
「マジの舜平サンが一方的にやられるなんて・・・。」
「・・・リーダーとどっちが強いかねえ?」
「リーダーに決まってんだろ。」
舜平はギロリと津田を睨んだ。
「あ、いや、そうだよな。・・・ところで、うちに招待状が届いてんだけど。」
「ふん?」
「見せてみろ。」

“拝啓、「ブラックタイガー」を束ねるリーダー、剛虎男様。貴方を四方髪(よもがみ)連合の第三総会に招待いたします。日時は明日23時。会場は石泥(いしどろ)地区のエリア三。そこまでおいでくだされば、後は係の者が案内いたします。”

「ヨモガミ連合?」
「なんだそれ。知ってるか、津田っち?」
「名前だけは・・・。」
そこへ後ろから声がかかった。
「何してる、お前ら。」
10日ぶりのリーダーの顔だった。
「あ、リーダー。実は四方髪連合とかいうところから招待状が届いたんですけど。」
「四方髪連合? ・・・ああ、最近ここらの連中を片っ端から仲間に引き入れてる、あの集団か。どれ。」
虎男は招待状を手に取った。
「・・・・・・。」
その顔が面白くなさそうに歪む。
そして招待状は無言のまま握り潰された。
「リーダー?」
「ふん、ふざけやがって・・・。紙切れ1枚で人を呼びつけるなんざ、舐めるにも程がある。しかも3回目になって、ようやくというのが許せねえ・・・! おい、お前ら。四方髪の奴に伝えろ! 話がしたいなら貴様の方から出向いてこいとな!」
そのまま虎男は近寄りがたい雰囲気を発したまま去っていった。



翌日の夜、舜平、枝巻、津田の3人は、招待状の住所を頼りに石泥地区へ向かった。
石泥地区・・・ここは市で最も貧しく汚い場所である。ここに住む者で飢えてない者はなく、常に糞尿と垢と汗と死臭の混ざった、吐き気を催す区域・・・いわゆる、スラム街である。
エリアが一から三に分かれていて、そのうちのエリア三は地区の中でも更に貧しく、暴力的で、黒と泥の混ざったような混沌とした空気に覆われていた。
「・・・なんか・・・暗いな。」
「ああ・・・。物理的に日陰になってるというだけでなく、こう、雰囲気が・・・。」
舜平も津田も冷汗をかいていた。安穏とした世界では人々を震え上がらせる荒くれ者も、周りに同族が多いところとなえば、怯えることはなくとも緊張せずにはいられない。
油断は死に繋がると思うと、常に気を張ってなければならず、息苦しかった。
ただ1人、枝巻だけは懐かしむような顔で軽快に歩いていた。彼の出自は何を隠そう、石泥地区のエリア一である。
「舜平サンも津田っちも、リキ入れすぎだぜ。もっと肩の力抜けって。」
「・・・・・・ははっ・・・。」
舜平は力なく笑った。

石泥地区のエリア三に着くと、舜平はズボンのポケットから例の招待状を取り出した。
すると左の建物から毛布を被った人物が姿を現した。
「お前ら・か。」
「!?」
「その声!」
「冴木氷介!」
3人は後ろへ跳んで構えた。
「ここで戦り合う気は・無い。案内してやる・ついて・こい。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
3人は渋い顔をしながら氷介の後に付いていった。
「・・・何で、お前がここにいるんだ。」
舜平が呟くように言った。
「知らない・のか? 今のエリア三の・エリアマスターは・この僕だ。」
「何だと!」
「うるさい・静かにしろ。」
「・・・・・・。」
石泥地区エリア三の中を、くねくねとあちこち歩き回って、氷介は3階建ての廃ビルの前で立ち止まった。
「ここの地下だ。」
3人は渋い顔のまま中へ入った。
床の矢印に従って、複雑に入り組んだ通路を右へ左へ上へ下へ進んでいくと、門番が2人いる扉の前に辿り着いた。
「招待状は?」
左の門番が言う。
舜平は無言で皺になった紙を突きつけた。
「入れ。」
右の門番が扉を開いた。
部屋の中には既に多くの面々が集まっており、ヤクザらしき連中から、議員のような輩まで、様々な人間の坩堝だった。
(いろんな奴らが来てやがる。知ってる顔もチラホラ・・・。)
それにしても大人数だった。会場は広く、600人ほどがひしめき合っていた。

23時になり、入口の扉には重そうな鍵がかけられた。
舞台に一同の注目が集まると、袖から司会の女性が出てきた。
「こんばんは、皆様。四方髪連合のC野朱美(しいの・あけみ)です。これより第三回の総会を開きます。既存のメンバーで、欠席・変更などございましたら、今のうちに係員にお申し付けくださいますよう、お願いします。」
そこでしばらく人の動きがあった。
それが収まるとC野が引っ込み、代わりに登場したのは顔や手足に包帯を巻いた面妖な人物だった。
“その人物”が登場しただけで、場の雰囲気が変わった。包帯で顔と手足を覆い隠し、簡素な黒シャツとジーンズ姿の、この人物こそが、連合の総主・四方髪凜(よもがみ・りん)であった。
「こんばんは、四方髪凜です。総会を始める前に、今回から参加する“ブラックタイガー”の剛虎男さんに挨拶をしてもらいましょう。」
その澄んだ声に応えて、すぐに舜平ら3人が舞台に上がった。
「・・・・はて、あなた方は?」
「九古舜平。こっちの2人は枝巻猛(えだまき・たけし)と津田馬手紀(つだ・めたき)。“ブラックタイガー”リーダー剛虎男の代理で来た。」
「・・・代理?」
凜の声は明らかに不満を含んでいるように聞こえた。
「うちのリーダーと話がしたけりゃ、そっちから出向いて来い! わかったな。」
舜平は、そう言って凜を睨みつける。
「・・・・・・・。」
「だいたい3回目でようやく俺らを呼びつけるってぁ、どういうつもりだ?」
「・・ははぁ、それが剛虎男の来なかった本当の理由か。クッ・・・ガキ臭え・・・。」
「何・・・!?」
「リーダーを侮辱する気か!」
舜平が足を一歩踏み出した。
「よしな。あんたでは私に勝てない。」
「ならばそれを証明してみろ!」
「ふう・・・。チンピラ風情に何かを証明する必要も無いんだが、まぁいいだろう。C野、武器を用意してやって。」
「はい。」
司会をやっていたC野が、台車に刀剣などを乗せてやってきた。
「お好きな武器をどうぞ。誰からかかってくる? 何なら3人まとめてでも構わないが。」
「女1人に男3人でかかれるかよ。俺が相手だ。」
枝巻が日本刀を取って構えた。
「いくぜえっ!」
その太めの体躯に似合わぬ速さで、枝巻は凜に斬りかかった。
だが、凜は無駄の無い動きで紙一重でかわす。
「・・ぐっ・・・。」
枝巻は顎と鳩尾に一撃ずつ食らっていた。彼の視界は歪み、額や手足に脂汗が滲んでいた。
数秒間、枝巻は立っていた。そして目を開いたまま気絶して倒れた。
「ヒゲ巻!」
舜平が枝巻のもとに駆け寄って抱き起こした。
「舜平サン、次は俺が行っていいスか?」
津田の目は紫色の怒りに燃えていた。その手には鎖鎌が握られている。
「・・・ああ。」
舜平も怒りに燃えた目で返事をした。
「Go to Hell!」
津田が鎌で凜に切りかかった。凜がそれを難なくかわすと、津田は死角から分銅を投げた。
しかし、凜は片手で分銅を弾く。
「なにっ!?」
(嘘だろっ!?)
津田の体勢が崩れた。その隙を突いて凜は彼の咽に手刀を放った。
「ごっ・・・。」
津田は悶絶して倒れた。
「・・・・・・・・。」
舜平は驚きと怒りの眼差しをもって凜を見つめた。
「何を驚いている・・・。誰を相手にしているのか、わかってなかったのか?」
「く・・・・。」
「残るはお前だけだ。好きな武器を取るがいい。」
「・・・・・いらねえよ。」
舜平は枝巻を置いて立ち上がった。
「俺の拳が俺の武器だ。」

この一連の様子を、客席にいる九古鈍郎はハラハラして見守っていた。
「鈍ちゃん、九古舜平って、鈍ちゃんの親戚?」
「・・・・甥です。」
九古鈍郎には、ある目的があった。“サトリン”という都市伝説のエスパーの正体を掴むこと。その為に情報を集めていた。
彼は六道櫃から四方髪凜なる女性の話を聞き、彼女の情報収集力を頼ろうとしたのである。
(・・・しかし・・・・。)
ここに来て鈍郎は、四方髪凜がサトリンなのではないかと疑い始めていた。
(サトリンの、あの声・・・。そこから甘ったるさを引けば、まさしく四方髪凜の澄み切った声になるのだ。どちらも一度聞いたら忘れられない・・・。“サトリン”というのは、サトリの凜という意味ではないのか? サトリンの正体は彼女なのか・・・?)

鈍郎が思索を巡らしている間に、ステージでは舜平と凜のバトルが始まっていた。
舜平の猛ラッシュはかすりもしない。全て紙一重でかわされている。どこかで同じような経験をした記憶が頭を掠めながら、舜平は肩で息をし始めていた。
「・・はあっ、はあっ、・・・くそっ!」
(狭い舞台では“死廻・哥薩克踊”は使えない。だが、それなら・・・。)
「くらえっ!」
掛け声一発、舜平はコークスクリューパンチを放った。
そして凜がかわした瞬間、足を巧みに動かし、体を捻って打撃を当てた。
だが・・・?
「ぐっ!?」
痛声をあげたのは舜平の方だった。
(硬い・・・!?)
確かに舜平の打撃は凜の頭部に命中していた。しかしダメージを受けたのは舜平の方。
(包帯の下に・・・何を仕込んでやがる・・・・?)
舜平は唇を噛んだ。
「もうやめときな。」
凜の澄んだ声が舜平の耳に痛烈に響く。
「誰が!」
(こうなったら使ってやるぞ、“死廻・哥薩克踊”! 初動で奴を轢き、回転をかけて止まる。それで舞台からはギリギリ落ちない。)
舜平はコサックダンスを踊り、すぐさま凜に向かって突進した。
「・・・・・・?」
(な、に・・・?)
舜平の視界から凜は消えていた。
それだけではなく、彼の景色は斜めにズレていた。それは意識の消失が近いということを意味する。
舜平が倒れ、その後ろに凜が立っていた。
「病院まで、丁重に送って差し上げなさい。」
「はい。」
C野がスタッフを連れてきて、倒れている3人を連れ去った。



第三総会があった次の日の昼。
綾小路家では、茉莉花と父の草栄(そうえい)が話をしていた。
「茉莉花、またその絵を見ているのか?」
「ええ、お父様。」
茉莉花が見ていたのは、壁にかかった大きな絵だった。
草栄の祖父が描いたという、竜虎の戦いの図。ダイナミックな筆遣いが、溢れんばかりの躍動感を生み出している。
「・・・あまり、女の子が興味を持って見るに相応しい絵じゃないな。」
そう言って立ち去ろうとする父の背後から、茉莉花は問いを発した。
「ねえ、お父様。どうして虎の相手は竜なのだと思いますか?」
「・・・・?」
彼は奇異なものを見るような目をしながら振り向いた。
「どういう意味だ?」
「虎は・・・強くなりすぎて、もう空想の生物しか戦う相手がいなくなってしまったのですわ。」
「・・・・・そういう解釈もあるな。」
草栄は興味なさげに去っていった。

後に残った茉莉花は、竜虎の絵を食い入るように見つめていた。
じっと、それこそ穴が開くほどに。
(黒い虎は、どこにいる? 貴女の心の黒い森。黒い虎は、どこにいる? 稲妻きらめく森の中。黒い虎は、どこにいる? 果て無き海の島の上・・・)
頭の中で旋律を奏でながら、茉莉花は薄笑いを浮かべていた。


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2016/09/09 01:00

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「サトリン」 第五話 虎の最後 (上) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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