佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第五話 虎の最後 (下)

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:30   >>

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■■■■■



午前3時。綾小路家は大騒ぎになっていた。
茉莉花の護衛2人が気絶させられていて、彼女本人は行方不明になっていたのだ。
「冴木氷介・・・!」
草栄は怒りの形相で歯を軋らせた。
「旦那様、警察に連絡いたしましょうか?」
「む・・・ちょっと待て・・・。」
(こんなことが公になれば、綾小路家の名誉が・・・。くっ、茉莉花のやつ、どうしてこんなことを!)
草栄が額に汗して考えていると、そこへ別の使用人が走ってきた。
「旦那様、今、茉莉花様が・・・!」
「何!?」
ドタドタと総出で玄関へ行くと、茉莉花が颯爽と歩いてきた。
「茉莉花ァ!」
「あら、お父様。どうされましたの?」
けろりとしている茉莉花に、草栄は更に怒りを増した。
「あの汚らわしい男と、ゲホッ、どこへ、行って、た!?」
「男?」
「とぼけるな! 護衛を倒したのはっ、あの男だろう!!」
「わたくしよ。」
「は・・・馬鹿な! 嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつくことだな。ふざけるのもいい加減にしろ、茉莉花!」
「ふざける? ふざけているのはお父様の方でしょう。明日・・いえ、今日のお見合いも私に何のことわりもなく決めたくせに。」
「親に従うのが子の義務だ!」
「今更そんな古臭い考えを・・・。」
「くっ・・・冴気氷介に毒されてるな!?」
「・・・ああ、あの男って、氷介のことなのね。」
「・・・・・・・・。」
草栄は気分を落ち着ける為に、一息ついた。
「・・・いいか、茉莉花。お前の幸せは然るべき家柄の男を婿に迎え入れ、家庭を築くことだ。決して石泥地区などの汚らしい男と遊び呆けることではない・・・。」
「お父様、それはお父様の幸せでしょう。それと、お母様の・・・。」
「そして、お前の幸せだ。」
「昔はそうでしたわ。」
「・・・・・・。」
「それにしても、お父様。いつの間に氷介が石泥地区の出身であることをお調べになったのです?」
「匿名の電話があって、すぐ、な・・・。」
草栄は僅かばかりの後ろめたさを感じて怯んだ。
茉莉花は、普段の伏し目モードを解除して、殺気を孕んだ目つきで父を見つめていた。
(虎)
ふと草栄の頭に、密林を歩く虎のイメージが浮かんだ。
(虎の目だ・・・。)
今の茉莉花は、格好は令嬢でも目つきは剛虎男のそれであった。サングラス越しにさえ周囲に威圧感を与える目つきが、決戦を前にした昂揚で、いっそうのプレッシャーを放っていた。
今年で53歳になる草栄だったが、流石に動揺した。
「お話は終わりかしら、お父様。」
茉莉花はそう言うと目を伏せた。


それから約7時間後、午前10時。
茉莉花は父と共に見合いの席にいた。
相手は、白いスーツに薄気味悪い笑い顔の男。
兄弟や親戚でもなく、本人。「ホワイトドラゴン」リーダー白竜命である。
茉莉花は驚きを隠し、ざわつく体を精神の力で押さえつけた。
ひと通りの挨拶を済ました後、「後は若い人同士で・・・」という、お決まりのセリフがあり、茉莉花と竜命は庭に出た。
茉莉花は目を伏せていて、完全に殺気を隠していた。
よく整備された、色鮮やかな花が咲き誇る庭園。外界と隔絶されたような楽園。この光景を一生涯目にすることがない人間もいることを思うと、茉莉花は胸が痛んだ。
けれど、今はそれを考える時間ではない。すぐ近くに危険な男がいるのだ。
「いい天気ですわね。」
茉莉花は自分から話しかけた。
同時に、竜命の一挙一動を瞼の下から観察していた。
「ええ、絶好の狩り日和です。実は今夜、虎狩りに行く予定でしてね。」
「虎?」
茉莉花の眉が一瞬ピクッと動いた。
しかし竜命は気付いている様子は無い。
「そう、虎です。」
「動物園へ行かれるのですか?」
「ははっ、動物園ですか・・・。茉莉花さんは、なかなか面白い発想をしますね。しかし私が狩るのは野生の虎です。そう、黒い虎・・・。」
茉莉花は、どうして竜命が今この話をするのか、その真意を掴みかねていた。
(もしや・・・全てわかっていて・・・?)
ざわりと体が逆立つ。
知っているのかいないのか、竜命は話を続けた。
「正直に言って、多少の恐怖もあります。この戦いは、私が死ぬか、奴が死ぬかです。それで茉莉花さん、私が生きて帰ったら結婚してください。」
「!?」
「もう、決戦まで半日を切りました。今すぐ答をください。」
「・・・・・・随分と性急なんですね。」
普通なら、こんな訳のわからない話は断っても当然である。しかし茉莉花は、それが真実であると知っている。彼女が剛虎男と同一人物であることが、更に事態を複雑にしていた。
(・・・どうする。)
(何と答えるのがいいのか。)
(虎)
(・・・!)
茉莉花の頭に一瞬よぎったのは、黒い虎が白い竜を噛み砕いている光景だった。
「わかりました。詳しい事情はわかりませんが、のっぴきならない事情がおありのようですね。それが嘘偽りでないことを、その証を持って、わたくしのもとへ来てください。」
「約束します。」


同じ頃、ホテルの一室で舜平が日呂末と話していた。
「そうか・・・やはり冴木氷介と四方髪凜は同一人物だったか。」
「だから何で僕の言ったことを繰り返すんですか?」
「うるせえよ。」
「まあとにかく、これで綾小路茉莉花はレズビアンだということに・・・。」
「お前はそんなことしか考えられんのか?」
舜平が再び日呂末を睨む。
「やだなあ舜平サン、いくら茉莉花さんのことが好きだからって・・・。」
「何だと!?」
「バレバレですよ。」
「俺が、茉莉花さんを・・・・馬鹿な! リーダーの女に手を出すほど俺は落ちぶれちゃいない!」
「・・・・自覚してなかったんですか。」
「うるさい!」
「いつもの迫力がありませんよ。」
「う・・・・・・。」
舜平は逆にたじろいだ。
(俺が・・・茉莉花さんに・・・。俺が・・・・)(茉莉花)(リーダー)(茉莉花)(リーダー)(茉莉花)
舜平の頭の中で、恋心と忠誠心とが交互に現れた。
「混乱してますね、舜平サン。」
「うるさい!」
「でも、迷う必要は無いですよ。綾小路茉莉花はレズビアン。リーダーのものにもならないし、あなたのものにもならない。あなたはリーダーへの忠誠を貫けば、それでいいんです。他の何を失っても、リーダーの信頼は失いたくないでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
舜平は少しの間を置いてから日呂末を睨んだ。
「ハナっからそのつもりだ。それよりも・・・。」
「何です?」
「・・・リーダーは強い。」
「何ですが、言うまでもないことを。」
「黙って聞け。リーダーは最強だ。」
「もちろん。」
「しかし白竜命も四方髪凜も、リーダー程ではないが常軌を逸した強さを持っている。」
「ふむ・・・・。」
「あの2人が、つるんでいたらどうする?」
「うっ!?」
「これは主に俺のせいだが、最近の幾つかの件で、冴木イコール四方髪は俺たちに良い印象は持ってない。」
「なるほど、四方髪が我々を潰したいと思っていてもおかしくない。」
「その通り。そうなったら、いくらリーダーでも・・・。」
「何を弱気になってるんですか。人間が野生の虎に勝てるとでも?」
「・・・・・・。」
「だいたい何の為に僕たちがいると思ってるんですか。僕らだって獣の端くれでしょ。僕が大烏(レイブン)、真知子さんが狐(フォックス)、津田っちがカンガルー、ヒゲ巻がゴリラ。そして舜平さんはオランウータン・・・。」
日呂末は何故だか、親しい人間を動物に喩える癖がある。
「オランウータンね・・。」
「顔が、じゃないですよ。」
「・・・・・・。」
舜平は黙りこくったが、その顔は気迫によって輝いていた。
「それでこそ舜平サン。」
ただし日呂末は、その奥の不吉な予感までは見抜けなかった。



そして、その日の24時。すなわち次の日の午前零時。
石泥地区のエリア三に、入院中の枝巻らを除いた、「ブラックタイガー」の全メンバーが集結した。皆が目を怒りと高揚感でギラつかせて、どこか嬉しそうだった。
その中でも剛虎男は、ひときわ強力な殺気を放っていた。
「さあ、出て来い白竜命!」
虎男の怒鳴り声が夜空に響き渡った。
すると、薄笑いを浮かべた男が闇の中からぼんやりと姿を現した。白スーツに身を包んだ彼は、まるで幽霊のように見えた。
「こんばんは、剛虎男。」
「・・・・お前1人か?」
「まさか。」
「・・・・・・。」
虎男たちは、周囲の気配を探ってみたが、特に敵意を感じなかった。
「仲間はどこだ。」
「くくっ、もうじき来ますよ。聞こえませんか? ・・・あの足音が。」
ザッザッザッザッと規則正しい足音と共に、前後左右からヘルメットとジェラルミンの盾で武装した男たちがぞろぞろと現れた。
「機動隊!?」
中には火炎放射器を担いでいる者もいた。
「そうです。この汚らしいスラム街ごと、あなた方を焼き払ってしまいます!」
「何だと!? 竜命! きっさまぁああ〜!!」
石泥地区の住民と「ブラックタイガー」の全員が、一斉に竜命に敵意を向けた。
「綾小路か!?」
「勘違いしないでください。確かに発案者は綾小路ですが、私も渋々やってるわけではないですよ。これから妻になろうという人の実家の近くに、汚物が溜まっていたら、掃除するのが当然ですから!」
「ほざいたな!」
「ああ、そうだ。返答が途中でしたね。ここに来たのが機動隊なら、私の部下はどこにいるのか? 横浜中央病院を襲撃しているのですよ。」
「なっ!?」
「私は今のうちに知っておきたい。どれほどの人間を動かせるのか? どれほどまでの事態を揉み消せるのか? これは実験なのですよ。」


横浜中央病院に数百人の男たちが乗り込んできていた。
「こ、これは・・・!」
鈍郎は階下の様子を見て驚愕した。ガラの悪い屈強な男たちが、ドヤドヤと押し寄せてきているのだ。
「ファ〜、どうしたね、鈍ちゃん。」
「櫃ばあさん・・・。“ホワイトドラゴン”の連中が・・・。」
「なんじゃと!?」
櫃が飛び起きたのと、病室の扉が乱暴に叩かれたのは、ほぼ同時だった。
「オラあ! あけろや!」
「出てこいやあ、枝巻ぃ!」
男たちの怒号に、鈍郎のみならず病室の人間たちの身が竦む。
「畜生め、俺が・・・。」
枝巻が無理やり立ち上がろうとしたが、よろけて倒れそうになる。
「よすんじゃ、ここは儂が・・・。」
「駄目だよ、ばあさん。無理しちゃ・・・。」
そう言う鈍郎は震えていた。
この状況で自分も無事で済むとは思えなかった。

「ぐはっ!」
扉の向こうで殴音と痛声が聞こえた。
「・・・?」
「何じゃ?」
しばらく音は響いていたが、やがて静かになった。
そして扉を開けて1人の女性が入ってきた。
「ご安心ください。外の連中は、わたくしども四方髪連合が制圧しました。」
「あ、あんたは・・・?」
「お忘れですか? わたくし、四方髪連合の総会で司会を務めさせていただきました、C野と申します。」


- - - - - -


時間を前後して、石泥地区。
「・・・というわけで、お前の配下は今頃、四方髪連合にブッ潰されている頃だろうよ! この間抜け!」
「くっ・・・。あいつらめ、またしても!」
白竜命は顔をしかめた。
「石泥地区を敵に回したのが貴様の敗因と知れ。四方髪連合にも、俺の部下にも、石泥地区の出身者がゴマンといるんだよ!」
「リーダー、いつの間に四方髪連合と手を組んでたんっすか?」
「その話は後だ。機動隊の連中は、お前らに任せる。舜平、津田っち、真知子、ヒロスエ、暴れていいぞ。」
その瞬間4人の表情が、おどろおどろしく変貌した。普段は程々に押さえ込んでいる悪の性を、これ見よがしに解放したような、そんな顔だった。


その頃になってようやく、綾小路家では草栄たちが気絶から復活していた。
「うう・・・まさか、茉莉花が・・・こんな・・・・。」
屋敷は嵐の直撃でも受けたのかというくらい、惨憺たる有様だった。
動けないのは草栄だけではない。
目を覚ましながら、ぐったりと座り込んでいる護衛が、雇い主を睨む。
「茉莉花お嬢様が格闘技習ってるなんて、聞いてませんよ・・・。」
ほんの2時間ほど前、この屋敷では“剛虎男”というハリケーンが荒れ狂っていたのだ。
(茉莉花・・・まさか、石泥地区などに・・・。あそこは今・・・。)

そのまさかであった。
“綾小路茉莉花”は“剛虎男”と化し、つい半日前に結婚の約束をした白竜命と死闘を繰り広げていた。
石泥地区のエリア三は、狂乱の坩堝となっていた。機動隊、ブラックタイガー、石泥地区の住民たちが入り乱れ、この暗さで誰が誰を殴っているのかわからないほどだった。
こうなれば、暗視装置を持っている機動隊が有利だった。次々と火の手が上がり、耐火装備を持たない石泥地区の住民と「ブラックタイガー」のメンバーは、火に呑まれて倒れていった。くるくる回りながら、何人も踊るように死んでいった。
舜平、津田、真知子、日呂末は、人間とは思えないくらいの動きと力で、戦場を暴れまわった。火の手が上がれば、同士討ちは少なくなる。舜平が殴り、津田が跳び、真知子が投げ、日呂末が抉った。まさしく彼らは野生の獣のようだった。仲間たちが倒れていく中、4人は傷つきながらも闘志だけはビンビンに漲らせて駆け巡った。
そして、そんな中。誰も近付くことの出来ない領域があった。石泥地区中央通りの一画、常人の目では、ただ何かがビュンビュンと飛び回っているようにしか見えない、竜虎の激突があった。
耳に痛いくらいに響く風切音。
絶え間なくヒビが入る地面。
その中で動き回るのは、人を超えた者。剛虎男と白竜命。
方や、電子力場を操る者。方や、真空を操る者。その力は、ほぼ互角。
虎男は“竜巣”によって両手足に多くの切り傷を受け、竜命は“鉄拳爆裂破”によって服をボロボロにされていた。
(剛虎男。あれだけ傷を負って、なぜ動きが落ちない・・・?)
(白竜命。あれだけ服はボロボロなのに、なぜ体の方には傷ひとつ無い・・・?)
それぞれが思ったような手ごたえを感じることが出来ず、疑問を抱いていた。
やがて疑問は、ある確信を生む。
(こいつ・・・まさか、俺と同じ・・・?)
(私と同じ超能力者?)
(そうか。)
(そうなのか。)
2人は激しく激突した後、いったん静止して互いの顔を窺った。
心の中には、憎しみと、畏敬の念と、親近感が渦巻いていた。

心が通じたような気分になったのも束の間、再び激突は繰り返された。
その中で竜命は裸身を晒け出した。彼の体は鱗のように変化した皮膚で覆われていた。
「鱗男(スケイル・フェイス)!?」
ビシビシと音がして、竜命の顔や手足の皮膚までもが罅割れた。
「そうさ! 普段は化粧で隠しているがね!」
罅割れたのは化粧だった。隠れていた鱗が晒されて、まるで爬虫類か何かのようだった。
対する虎男も目つきが尋常でなく、野生の虎そのものだった。
そして激突は続く。
いつ終わるともわからない。
「私は白家の五男として生まれた! だが、この体ゆえに名も貰えず幽閉された!」
激突を繰り返しながら吐露が続く。
「私は耐えた! 20年の間! そして私は“力”を手に入れた! その瞬間、私は悟ったのだ!」

(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)(竜)

「私は竜だ! 人などという、ちっぽけなものではない! 私は白家を掌握した! これから理想の妻も手に入れる! その手土産に、お前の首も手に入れる!」
竜の牙が虎男の左肩を抉ったのは、そのときだった。
「ぐっ・・・!」
虎男の顔が歪む。
しかし、すぐに笑顔に変わる。はちきれんばかりの闘志を加えて。
「なるほどなあ! 白竜命! 俺とお前は似たもの同士なんだな! 俺は虎! お前は竜! こんな世界じゃ狭っ苦しくってぇ―――!!」
虎男の拳が出る。
なおも激突は続く。
次第に竜命の動きが鈍くなっていく。“竜鱗”(ドラゴンスケイル)によって一滴の血も流してない彼だったが、虎男の攻撃は内側にまでダメージを及ぼしていたのだ。
一方の虎男は、力場を体内に作ることによって動きは衰えていなかったが、血を流しすぎた。意識が朦朧とし始めていた。
(・・・だいぶ・・・・血を流しちまった・・・。もう、次の一撃で終わりだな・・・。最終奥義“スミロドン・アタック”。これで勝負は決まる。)
虎男の44の制裁技の最終奥義“スミロドン・アタック”。それは高密度の力場で巨大な牙を作って敵を貫く一撃必殺技である。威力の高さに見合い、全電子サイコエネルギーを使い果たし、使用後は普通の人間と殆ど変わらなくなる。しかも使用者に多大な反動が来るというオマケ付きだ。
最大必殺技は竜命にもあった。同じくサイコエネルギーを膨大に使用する“竜巻”(トルネイド)! サイズは小さくとも、強力な竜巻が発生する。常人が食らえば一瞬でミンチになるだろう。
2人は誰に言われるでもなく間合いを取り、互いにニヤリと笑い合った。
もはや両者の意識には、怒りも憎しみも無かった。闘争本能だけが2人を支配していた。相手以外は何も見えない。ただ真っ白な世界が広がっていた。
「・・・楽しいなあ、竜命・・・。こんなに楽しいのは、いつ以来か・・・。いや、こんなに楽しいことはなかったぜ・・・。」
「私も同じですよ、虎男・・・。最初は未来の妻への手土産程度に考えていましたが、どうやらあなたを斃すことが、私の人生の最大の楽しみになりそうですよ・・・!」
「ふん、負ければ死、勝っても虚無感か・・・! だがそれでも俺たちは戦わずにはいられない!」
そして次の瞬間、
閃光が奔った。
続いて耳をつんざくような轟音と共に、辺りの物体が砕け、吹き飛んだ。
その中で虎男と竜命の目が合った。
虎男の目は意識の混濁と共に輝きを失っていった。
竜命の目は一瞬だけ驚愕に見開かれ、その直後に不思議な笑みに変わった。
そして・・・。

(生きて・・・る・・・・?)
虎男は朦朧としながらも、かろうじて足で地面の感触を覚えていた。
目の前には“スミロドン・アタック”で心臓を貫かれている竜命の体が転がっていた。
(そうか・・・・あの笑みは・・・・自分の負けを悟って・・・・・。)
「・・・・竜命・・・・。俺とお前は似たもの同士だ・・・。だが、ひとつ違うところがある。お前は人を捨てた。俺は人の心を残した。・・・人の心を捨てちゃいけねえよ、竜命・・・。」
もはや虎男の心には、竜命への憎しみはカケラも無かった。自ら予言した通り、虚無感が心を支配し始めていた。
「どんな境遇であろうと、どんな罪を犯そうと、俺たちは人間なんだ・・・。そう、たとえエスパーであろうともな・・・。人間なんだぜ・・・。」
虎男は悲しく笑って竜命に背を向け、仲間のもとへ歩いていった。
しかし、そこで虎男を待っていたのは仲間たちの驚愕の表情だった。

虎男と竜命が戦っている間、石泥地区の戦況は一変していた。途中から四方髪連合が参戦し、住民たちの協力と合わせて、舜平たちは機動隊を撃破した。残り少ないメンバーで負傷者を助け出し、火事も消し止めつつあった。
残るは虎男と竜命の決着を待つのみだった。もしも竜命が勝ったとしたら、彼を止められるだけの戦力は残っていない。たとえ深手を負っていたとしても、逃亡は防げないのは目に見えていた。
皆が虎男の勝利を切望した。
それが現実になり、僅差で勝利した虎男が、くるりと振り返った。
場の空気が驚愕に包まれたのは、そのときだった。
虎男は“竜巻”によって上半身の装備が全て吹き飛んでいた。虎縞のジャケットも、その下の黒いシャツも、胸に巻いていたサラシも、サングラスもバンダナも、全てが剥ぎ取られ、“彼女”は僅かに残ったジーンズ以外の裸身を晒していた。
「リー・・・ダー・・・?」
「嘘・・・・?」
「女・・・・?」
「その顔・・・・・綾小路茉莉花!?」
(!!?)
その瞬間、茉莉花の全身に電流が奔った。彼女は信じられないという顔で目と胸に手をやった。
「・・・あ・・・あ・・・・?」
仮面は剥がれた。
茉莉花は驚愕と絶望が入り混じった表情で震えていた。
(世界が・・・・崩れていく・・・・!)
頭の中で何かがガラガラと崩れていく音が聞こえた。
次の瞬間には、茉莉花は逃げ出していた。
舜平たちは驚愕のあまり、しばらく動けなかった。

茉莉花は傷ついた体のままバイクに跨った。
(俺は虎だ!)
(この体に流れる熱い血が滾る)
(本能の赴くままに突っ走る)
(俺は虎だ!)
(手負いの虎だ!)
(傷ついた肉体が熱を帯びる)
(血を振り撒きながらブッ飛ばす)
(そう、俺は虎だ!)
(野生の虎だ!)
(俺の人生はもう終わりだ)
(もう頂上を極めちまった)
(皆に正体もバレてしまった)
(俺は獣だ!)
(死に場所くらい自分で選ぶぜ)
(虎として生まれ)
(虎として生き)
(虎として死ぬ)
(心が裸になって、この広い大地に還る)
(俺は虎だ!)

そして、虎男の視界は消えた。
茉莉花は愛車ごと綾小路の屋敷に激突し、火花がバイクのガソリンに引火して爆発炎上した。
泣き叫ぶように燃え盛る炎の中、ちぎれた足が焼け崩れていった。



- - - - - -



死体は見つからなかった。
ちぎれた左足だけが焼け焦げた状態で発見された。
「ブラックタイガー」も、「ホワイトドラゴン」も、リーダーを失い、多くのメンバーを失った。残った者たちも意気消沈して、2つのグループは瓦解していった。
枝巻と津田が両方の残党を組織して新しいグループを作ろうとしているが、かつての勢いは見られない。
「・・・リーダーが女で、あの綾小路茉莉花・・・。お前から聞いた話でなかったら、今でも信じてなかったぜ、津田っち・・・。」
「俺も未だに信じられねえよ・・・。」

真知子は、枝巻と津田の誘いを断り、失恋の傷を癒すべく旅に出かけた。
どこへとも知れない、いつ終わるともわからない、そんな旅だ。
旅立ちの日に彼女は、剛虎男の墓標に別れを告げた。
「・・・さよなら・・・あたしの愛した人・・・。あたしは、新しい恋を探すわ・・・。」
訪れつつある冬の空が、涙で滲んだ。
次に木枯らしが吹いたときには、そこに真知子の姿は無かった。

日呂末は四方髪連合から誘われ、C野の部下となった。
「ブラックタイガー」の中では、能力は買われつつも嫌われることが多かった日呂末だが、C野とは不思議と気が合っているようだった。よく一緒に飲みに行ってるようだ。
「・・・・死人には勝てないよなあ・・・。」
「どうしたの、ヒロスエ。」
「何でもないですよ、C野先輩。」

綾小路家では、茉莉花は失踪した扱いになった。
石泥地区でのことはタブーとされ、白家からも何も言ってこなくなった。
けれど、人の口に戸は立てられない。
そのことをわかっている草栄は、忌々しそうに漏らした。
「あの馬鹿娘が・・・。家名を汚しおって・・・。」
幾つか腑に落ちないことはあったが、彼は追求する気力を無くしていた。



- - - - - -



九古舜平は、自分の家に戻っていた。
ろくに掃除がされていない、埃と虫の家。
(ここには嫌な思い出しかない・・・。)
バランスを崩した心は、過去の虐待の記憶が織り成す負のスパイラルに占領されていった。
(リーダー)(茉莉花)(リーダー)(茉莉花)(死)(虐待)(暴力)(痣)(この家)
心が病んでいくのを感じつつも、家から離れることが出来なかった。
数日のうちに、げっそりと、彼は別人のような容貌になっていった。
「・・・・・・。」
何となくジュースを手に取り、飲んだ。
「ぶへえっ!」
胃に激痛を訴え、舜平は吐き戻した。
それでも彼の意識は、どこかぼんやりとしていた。
汚物の始末をつけてから、夜の空気を吸いにベランダへ出た。

(・・・!!?)
舜平は階下を見て、我が目を疑った。
(そんな・・・まさか・・・・。)(夢)(幻)
その人物は虎縞の帽子とジャケットを身に付け、サングラスをかけていた。
舜平は転がるようにして階段を駆け下りると、夢でも幻でもなく、そこにその人物はいた。
「・・・リーダー・・・? いや、茉莉花さん・・・・?」
(リーダー)(茉莉花)(生)(生きていた)
舜平はわなわなと震え、目に涙を溜めた。
「舜平・・・。」
「リーダー・・・茉莉花さん・・・あ、どっちで呼べばいいんだろ、ですか?」
舜平は落ちる涙を手で拭った。
「どちらでもないさ。」
「え・・・?」
(あ、ああ、この声・・・!)
「その声、四方髪凜!?」
「そう・・・。」
“四方髪凜”は、フッと笑った。
「・・・・・・・・・。」
(そうか・・・・そういうことだったのか・・・。)
「リーダー、綾小路茉莉花、冴木氷介、四方髪凜・・・全て同一人物。」
「ええ、舜平だけには話したかった・・・。」
敵を騙すには味方から。
たとえ、4人のうち誰かと誰かが同一人物であると疑われても、4人ともが同一人物であると、誰が思うだろう。
舜平は日呂末と組んで、四方髪凜と冴木氷介が同一人物であるとの確信に至った。
彼の叔父・鈍郎は、綾小路茉莉花と四方髪凜の声を聞いて、2人が同じ人間であることに気付いた。その事実は六道櫃も知っていた。
しかし、周囲の人間は誰も全貌を知ることがなかった。
それだけ彼女は巧みに、それぞれの人物を演じていたのだ。
「リーダー・・・。」
「・・・もう、リーダーじゃないわ。“剛虎男”は、あの夜に死んだ。“冴木氷介”は消えた。令嬢の“綾小路茉莉花”は、もういない。」
そう言いながら凜は帽子とサングラスを外した。
「四方髪連合はC野に任せた。ここにいるのは、あなたのことが好きな、ただの凜という女よ。」
「す、好き!?」
「・・・・・・。」
凜はジャケットを脱ぎ、下に着ていた服のボタンを外し始めた。
「な、何を・・・・。」
舜平は慌てた。
そこへ雲間から月の光が差し込み、凜の姿をはっきりと映した。
髪は殆ど無くなっていて、顔にも、胸にも、腹にも、手足にも、酷い火傷の痕が残っていた。
「私と一緒に来てくれるか?」
「えっ!?」
「・・・やっぱり、こんな Shabby Girl じゃダメか?」
彼女は今にも泣きそうだった。たとえボロボロのなりをしていても、その表情は心惹かれる美しさがあった。
「り・・・・凜・・・。」
舜平は目に涙を溜めたまま凜を見つめた。
「・・・俺は、世界一幸福な男だ。いっとう尊敬した人と、いっとう恋した人が、同じ人間だったなんて。」
それを聞いて、凜の表情はパッと華やいだ。
「フフッ・・・それなら私は世界一幸せな女ね。愛する人から2人分の“好き”を寄せてもらえるなんてね。」


2人は幸せな笑顔で夜の闇の中に消えていった。
その後の行方は、杳として知れない。















時間は少し前に戻る―――


(・・・・・・。)
(虎)
黒い虎が、その牙を竜に突き立てていた。
やがて竜は息絶えて動かなくなる。
しかし虎の方も傷つき、血を流し、やがて炎に包まれて・・・

「うわあっ!?」
目覚めたとき、彼女は病院の一室にいた。
「・・・・・夢・・・・。」
「あーら、起きたの、凜ちゃーん。」
彼女の耳に、自分とよく似た声が聞こえてきた。
よく似た、とはいっても、聞き比べれば甘ったるさなど相違点は多い。
「サトリン・・・。」
「やっほー、何日ぶりかなー。」
そこにナース服を着たサトリンが立っていた。
「・・・・あ、じゃあ、まだ夢の中・・・。」
「の・の・の・の〜。実体化できるようになったの〜。力場でビジョンを形成してねー。けっこう難しいんだよ。成功したのは、これが初めてなの〜。」
「そうか・・・現実・・・・・・・って、生きてるはずが・・・!?」
「んんっん〜、私が力場で欠損部分を補ったの〜。大変だったよ。」
「そう・・・。」
「の? 命が助かったのに嬉しそうじゃないねー? そりゃあ、ここまでボロボロになったら、凜ちゃんの運動能力は普通人並みなんだけどー。」
「・・・・ごめん、そういうことじゃないんだ・・・。」
「んん?」
「・・・ねえ、サトリン。虎と竜が戦ったら、負けた方は死ぬ。でも、勝った方も全てを失う・・・。」
「の・・・・・・・。」
サトリンは口をすぼめた。
「本当に全てを失ったの?」
「・・・・・・。」
サトリンの口調が変わる。
「虎は竜を屠り、そして全てを失った。そして人が残った。」
「・・・・・・。」
「虎男は虎、氷介は豹、茉莉花は錦鯉。でも凜ちゃん、あなたは人なんだよ。人間なんだよ・・・。」
「サトリン・・・。」
サトリンは凜の体に抱きすがった。
「生きて・・・生きてよ、凜ちゃん・・・。他の誰が凜ちゃんを否定しても、私だけは・・・。」
凜は目をパチクリさせた。
そして目を伏せて顔を前後に小刻みに動かした。
「くっくっくっ・・・・あっはっはっは・・・・・!」
「ど、どうしたの凜ちゃん?」
「他の誰が、か。そうだな、ただ1人だけ・・・・・んっくっくっく。」
凜は痛みをこらえて布団から這い出した。
「だ、駄目だよ、まだ動いちゃ・・・。」
「んっくっくっく・・・イタタタ・・・。・・・サトリン、これから私が会いに行くやつはな、私を肯定しようが否定しようが、私が痛みをおしてでも会いに行く価値のあるやつなのさ。」
「の?」
「何しろ、奴は私の、“右腕”なんでね。」
凜は得意気に笑った。
サトリンは、やれやれという顔で、凜がベッドから出てくるのを手伝った。

「送っていこうか?」
「いらない。これくらい自分でやらないとね。」
そう言って凜は、しゃんとした足取りで歩いていった。

(虎)

白い世界の中で、虎が振り向いて笑い、そのまま消えていった。
「さよなら。」




   第五話   了

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「サトリン」第一部まとめ読み
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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/09/09 01:00

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「サトリン」 第五話 虎の最後 (下) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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