佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 番外編 トランジスター

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:45   >>

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いつか王子様みたいな人が現れるって思ってた。
おとぎ話に出てくるような、白馬に乗った王子様。
私の運命を変えてくれる、そんな人が。

私がサトリンと出会ったのは、小学校に上がる前のことだ。
今みたいに三つ編みを結う前。まだ、人間の悪意を知らずにいた頃。
困ってる人を助けるんだって言って、私の前に現れたの。
「こんにちは、私サトリン!」って、元気で明るい声で。
そんな声、生まれて初めて聞いたよ。
私の家は、暗かったから。
『十島瑠璃子ちゃんだね? 困ってることは無いかな?』
もちろん、あったよ。
お兄ちゃんが荒れてたんだ。いつも怒鳴り声や騒音が絶えない家だった。
そのとき、お兄ちゃんは小学校高学年。私からすれば巨人みたいな存在。
巨人は、私にも暴力を振るった。
毎日が恐くて恐くて仕方なかった。
『瑠璃子ちゃん、私と一緒に逃げようよ!』
そのとき、どうして私は首を縦に振らなかったんだろう。
幾ら後悔しても足りないよ。
七村先輩みたいに大人だったら、絶対に逃げ出す道を選んだはずだ。
子供だった。
どうしようもなく子供だった。
酷い家でも、しがみつきたい子供だった。
愚かな愚かな子供だった。
サトリンとの会話を癒やしの時間として過ごすだけの。
現状を脱しようともしない。
『あのね、サトリンだから言うんだよ。私、いつか王子様と出会いたいと思ってるんだ。』
『んんっん〜、予言するよ。リコちゃんは10年後に、深い絆で結ばれた人と巡り合う。』
他愛無い会話をして楽しむだけの、哀れな子供。
それが私だった。
『そのときを逃さないよう、私からリコちゃんにプレゼント!』
頬に、丸と十字の痣が浮かび上がったのは、そのときだった。
私は戦士になった。
電脳の第五戦士、“トランジスター”。
YESかNOか、2択の問題なら100パーセント正否の判断が出来る。
自分が誰かを助ける側の人間だということが、私の尊厳を守っていた。
けれど。

お兄ちゃんがおかしくなったのは、私が10歳になった頃だった。
思春期を迎えて、いよいよ大きくなった体から繰り出される暴力は、今までの比じゃなかった。
どうして暴れるの?
どうして?
そして、おかしくなったのはお兄ちゃんだけじゃない。
サトリンも最近、調子がおかしい。
『ん、ん、んあっん、リコ、ちゃん?』
壊れたラジオみたいに、言葉が途切れる。呂律が回らなくなったりもする。
やがてサトリンは、私の前から姿を消した。
しばらく会えなくなった。その間に起こったことが、私の人生を変えてしまった。
血に飢えたケダモノ。
ケダモノ。
あいつ、あいつが。
『お兄ちゃん、嫌! やめて!』
必死で抵抗したけど。
いや、細かいことは覚えてないや。
記憶の映像は墨でもぶちまけたように黒く汚れている。
はっきりしているのは、私が初潮を迎えた日に・・・その日に・・・くそっ・・・!
『ははは、混ざって、どっちの血だかわかんねーな。どっちの血だか。どっちの。ははははははは。』
狂ったように笑うお兄ちゃんの顔が、苦しそうに歪んでいたのだけ覚えてる。
どっちの血だかわからない、か。
お前の苦しみを私にぶつけるな。
お前なんか死んでしまえ。
呪いの言葉を幾ら吐いても、サトリンは現れなかった。

私は耐え続けた。
いつか運命の人に巡り会えるから耐えられた。
そうでも思わないと耐えられなかった。
『瑠璃子、お前、あちこち育ってきたな。俺のおかげか?』
あいつの戯言が、いちいち心を軋ませた。
『王子様とか笑っちゃうぜ。ええ? お前は何だ。無理やりされて感じてんだろぉ! この雌犬が!』
あいつの声が今でも心を軋ませ続けている。
おかしなクスリの後遺症から抜け出すのも大変だった。
今でも完全には抜け切れていない。

ようやく解放されたのは、両親の離婚のときだった。
父に隠し子がいたとか、お兄ちゃんが荒れた原因はそれだとか、もうどうでもよかった。
早く私を解放して。
さっさと離婚届に判を押してよ。

解放されたと思ったのは間違いだった。
母さんは私を虐待するようになった。
そうでもないか。とっくに虐待されていたんだ。するようになったわけじゃない。
お兄ちゃんが私に暴力を振るうのを、止めなかった。咎めなかった。それって虐待じゃないの?
まあいいか、今更そんなこと。どうでもいい。
もう疲れた。
母さんの言いなりになって、私は自らを人形にした。
悲しきマリオネット。
しばらく、印象的な記憶が無い。

サトリンと再会したのは、高校生になった直後だった。
『リコちゃん、久しぶり! 高校生になったんだってね、おめでとう!』
そのとき私は、腹を立てるべきだったのだろうか?
いや、そうじゃない。
助けてくれなかったから恨むなんて筋違い。
恨むべきは、あいつらだ。
ともかく、私は久々にサトリンに会って、気が抜けて、怒るタイミングを逃してしまった。
それにサトリンは、私が経験したことを話すと真っ青になって謝ってくれたのだ。
『ごめん! ごめんよ! リコちゃんが苦しいときに、私は側にいてあげられなかったんだね!』
私はサトリンを許してあげた。
元々、許すも何もないのだ。
けれど、2つの事実が厳然として判明している。
サトリンは万能ではない。これが1つ。
それなりの思考能力を得た今だからわかる。おそらく私が思っている以上に強烈な制限があって、それから、間違いなく・・・致命的な弱点を抱えている。
2つ目に、サトリンは記憶の一部を失っている。いや、改竄があると見るべきかも?
「無理やりにでも一緒に逃げ出すべきだった。」
まともな記憶が残っているのなら、こういうことを言うはずなのだ。それがサトリンという人間なのだ。
・・・人間?
そもそもサトリンとは何者なんだろう。
思えば、サトリンの正体は私も知らない。
それでも、大切な友人であることに変わりは無いのだけれども。

サトリンと再会してからは、良いことが続いた。
中でも、黒月真由(くろつき・まゆ)という親友に出会えたことは最大の幸運だ。
『十島って、色っぽい体してるよねー。』
『それは黒月の方じゃないの?』
あいつの言葉が塗り潰されていく。
軋みは無くならないけど、黒月の言葉が緩和してくれる。
『十島はさ、三つ編みとか似合うんじゃない?』
『そっかなー。』
『そうだって。その方が真面目っぽいよ。』
彼女の勧めで、私は三つ編みにしてみた。
今では私のトレードマークのようになっている。黒月のウサミミ帽子と同じだ。
『似合う似合う。』
『そう?』
このとき、「黒月の帽子も似合ってるよ。」って言ってあげればよかったな。
彼女は時々、妙に大人びた顔をする。
そのことを告げると、「あたしも十島のこと、妙に大人びた顔をすると思ってたわ。」って言われた。
似たもの同士なんだって思ったら、可笑しくなった。
でも、後で思い直して悪い想像もした。もしかして黒月も私と同じような目に・・・?
そんなことないって思いたいけど。

そして高校二年生の夏休み。私の運命の夏休み。
少し前に、近くで身元不明の死体が見つかったとか、ちょっと不気味なこともあったけど、ケチがついたわけではなかったらしい。
この夏期講習で、私はセンセーに出会った。
私の運命の人、九古鈍郎に。

九古センセーは、30代の中肉中背。教壇に立つときは眼鏡をかけていて、真面目さが引き立っている。
そう、センセーは真面目なんだ。あいつらなんかと違って。
それに可愛いとこあるんだ。偶然を装って本屋の前で会ったとき、青くなったり赤くなったり。
直感で、この人は信用できるって思った。
私のことを、女としてより先に、人間として見てくれる。
もう子供じゃあるまいし、白馬の王子様とか信じてるわけじゃない。たとえサトリンの予言した人だとしても、見極めるのは私自身だ。
でも結果的には同じことだったかな。
私の超能力のことも話したし、サトリンのことも話した。
もっと話をしていたかったけど、母さんに呼ばれて帰らざるを得なくなった。人形のクセが染み付いている。
戦士のことくらいまでは話したかったのに、邪魔しやがって。
でも母さんには逆らえない。悲しい習性だ。
今度は狂言誘拐か。くだらない。
でも、そうだ。九古センセーなら気付いてくれるんじゃないかな?
学校へ電話しよう。
これでセンセーは気付いてくれる。
だって運命の人だから。
恐くない。
恐くないよ。
ロープで縛られても。
猿轡を噛まされても。
男2人に囲まれても。
恐くなんかない。
私は恐れない。
深い絆は、運命は、こんな陳腐な計画には阻まれない。
疼く。
疼くわ。
センセーが助けに来ると思うだけで、丸字の痣がジンジン疼く。
最高に興奮してきた。

流石に私も、男2人が体を触ってきたときは焦った。
あのときの記憶が蘇ってきた。
死んでしまえ。
死んでしまえ。
涙ながらに訴えた。何に? 神に? わからない。
“男”は信用できない。
“雄”は信用できない。
男らしさの本質は、こういうことだ。
人間として見る前に、女として見る。
だから、こんなことが出来るんだ。
どうにもならない?
普通に考えれば、その通り・・・。どうにもならなかった私は、そのことをよく知っている。
泣こうが叫ぼうが、雄は容赦しない。やると決めたら、やる。それが雄だ。
でもね、このときだけは違ったよ。
2人は互いに殺し合った。突然、憎み合うようにケンカを始めた。ナイフで突き合った。
血みどろになっても、2人とも全く怯まなかった。何かに取り憑かれたように殺し合った。
いいぞ、もっとやれ。
お前らなんか、死んでしまえ。
“男”なんか死ね。
そう思っているうちに、その通りになった。
・・・けれど、これは一体?
私の能力ではない。
だったらもう、考えられることは1つしかない。
それが正しかったことは、真っ先に助けに来たのが九古センセーだったということで示された。
ほら、やっぱり。
運命は負けない。
センセーが助けに来てくれるって、わかってた。
赤い糸の導きは確かだね。
私のことを、女である前に人間として見てくれる男なんて、センセーしかいない。
また会えるよね、九古センセー。
でも、その為には・・・。
ああ、そうだなあ。そろそろ母さんが邪魔になってきたよ。
どうしようかなぁ。

あれこれ悩んでいるうちに、転機が訪れた。
このときが、七村先輩とのファーストコンタクトだ。
第三の戦士、“アインストール”。本名は七村七美。
彼女が家に乗り込んできたのは、10月のことだった。
『あなたが瑠璃子を虐待している悪質な母親かしら?』
『な、何ですか、あなたは!? け、警察を呼びますよ!』
『どうぞ。ついでに児童相談所にも通報しようかしら?』
『・・・っ!?』
『バレてないとでも思っていたのかしら? さっさと瑠璃子を渡しなさい。』
『な、何の権利があって娘を!』
『権利ィ? 虐待するのも権利だとほざくのかしら?』
『とにかく、他人のあなたにとやかく言われる筋合いはありません! 出て行ってください!』
『そんなこと言われて引き下がると思っているのかしら?』
七村先輩の手が、母さんにかかった。
そのときは知らなかったけれど、記憶と人格の一部を抹消しようとしたのだ。
結果を言えば、それは成功しなかった。
信じがたい光景があった。
『かはっ・・・!?』
見えない力で床に押さえつけられた七村先輩が、苦しそうに呻いていた。
それを見ながら母さんは、いつもと別人のような顔で笑った。
『触れられなければ意味が無い、だろ? 第三の戦士、アインストールさぁん。』
人格抹消能力の発動条件は、相手の頭に触れていること。
それを知らなかった私でも、これが得体の知れない状況だということはわかった。
『邪魔されてたまるか。わたしの幸せを邪魔されてたまるか。アインストール、お前が邪魔だ。死ね。この重力結界で潰れて死ねぇ。邪魔者は死ねぇ。』
邪魔されてたまるかって?
何が幸せ?
邪魔? 邪魔? 何が邪魔?

お前が邪魔だ。

包丁を手にしていた。
私も気付かないうちの無意識の行動だったから、多分、母さんも七村先輩も気付いてなかった。
『お前が邪魔なんだよ!』
操り糸が切れた爽快感と共に、私は包丁を母さんの腹に突き刺していた。
『ぐぎゃああああ!?』
深く、深く刺し込んでやった。
ざまあかんかんよ。
思い知れ。
そこで咄嗟に、流石は七村先輩、血を吐きながらも母さんの頭に触れた。
バチッ、バチッと音がしながら、母さんの体が痙攣する。
後は、言うまでもなかった。

私に関する記憶だけ消したと、七村先輩は言っていた。
それは本当だろうか?
私を気遣っているとすれば、どちらにしろ余計なことだが。
悪いプログラムは残しておいたら駄目だ。
完全に消去しないと駄目だ。
もしも手を緩めていたとしたら、七村先輩は甘いんじゃないかな?
そう言ったら先輩は、困ったような顔をしていた。何でかな。わかんないや。
悪いものは残さない方がいい。
世の中から悪いものを消していけば、それも見えないところで人助けになるはず。
そっか。だから戦士なんだ。悪いやつと戦わなければならないから。

けれど、そういう考えは行き過ぎな面もあったみたい。
今度は七村先輩、もう少しで九古センセーの人格を抹消してしまうところだった。
間に合って良かった。本当に良かったよ。
センセーに戦士のことを話していれば、こんな危ないことにならずに済んだのにな。
ああ、いつまでも邪魔だな、母さんは。

センセー。ねぇ、センセー。
目覚めたら何て言おうかな。
「久しぶり!」って、明るく元気に言うのがいいかな。
九古センセーの前では、可愛い女の子になれるんだよ。

センセーには、私の中のドロドロした部分を絶対に見せたくない。
だから、誰も、私とセンセーの仲を邪魔しないでね?




   トランジスター   完

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