佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第八話 かしましく、たくましく

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:00   >>

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龍閃村(りゅうせんむら)という小さな村がある。地図にも載ってない程の僻地だ。
そういった村ではお馴染みのことだが、外界との隔絶が激しく、古い慣習が根強い。
この村では、ごく稀に全身の皮膚が龍の鱗のようになって生まれてくる者がいる。
その者は村の守り神とされ、崇め奉られる。ただし、村が災いに見舞われたときは生贄にされるのだ。
この村で生まれた人間は、この村で生き、この村で死ぬ。
この村が出来てから数百年間、今までに脱出を完遂できた者はいない。
ただひとり、命良(めいら)という名の女を除いて・・・。

七村七美(ななむら・ななみ)と十島瑠璃子(じゅうじま・るりこ)の2人は、それぞれリュックサックを背負って水筒を肩にかけ、村全体が見渡せる高台に立っていた。
「ここが龍閃村かぁ・・・。」
瑠璃子が村を眺めて言った。
「・・・奇妙な村ね。」
龍閃村は、周囲に深い溝が掘られており、その内側に柵があった。
「獣の侵入を防ぐ為かしらね。このあたりは今でも人が手をつけてない自然の森だから・・・。でも、それ以上に、村からの逃亡を防ぐ意味が強いかしら。」
七美は村を睨みつけた。彼女は、この村に漂う禍々しい気配を感じ取って、胸が悪くなった。
(果たして、わたしたち2人だけで任務を遂行できるかしら・・・? もしものときは、瑠璃子だけでも逃がしてやらなければ・・・。)
七美は自分より20も年下の、娘とも思えるような瑠璃子を見て、そう思うのだった。

1日2回、正午と零時のみ、村の北にある跳ね橋が下ろされる。時間は15分間だ。
七美と瑠璃子は、貧乏旅行をしていると言って、村に入れてもらった。ただし荷物は入念にチェックされた。
「あーあ、センセーと来たかったなー。」
「悪かったわね、こんなオバハンで。」
瑠璃子には好きな人がいる。かつて瑠璃子が高校生だった頃の、学校の臨時講師だ。
もっとも、その男には妻がいるわけだが・・・。

「この村にゃあ、どれくらい居なさんの?」
荷物をチェックしていた中年の女性が尋ねてきた。
「あ、ご迷惑はおかけしません。一泊だけしてすぐに発ちますから。」
「ああ、そうかい。」
その女性はホッとしたようだった。やはり我々は招かれざる客なのだと、2人は思った。
(1日で勝負をつける。依頼人からの情報で、村のことは大体わかっている。)
七美と瑠璃子を、この村へ派遣した人物がいる。
その人物は“サトリン”と呼ばれており、依頼人と電話で交信したときに、テレパシー能力で情報を得たのだ。
“サトリン”を含めた7名のエージェント(電脳戦士と呼ばれる)のうち、2人は疲弊して動けず、1人は別の用事、1人は療養中、1人は訓練中であり、残る2人が今回の任務に当たるのであった。
七美も瑠璃子も、ささやかながら超能力を持っている。
七美の能力は“人格消去”(マインドデリート)。対象の頭に触れないと使えないが、読んで字の如くの能力だ。
瑠璃子の能力は“正否聖痕”(マルバツスティグマ)。両頬の痣によって物事の正否を判別することが出来る。
七美は他に特殊な暗殺拳の使い手であるが、瑠璃子は少々体力のある普通の少女に過ぎない。
そして七美の田中流暗殺拳は、多人数を相手にするには向いていない。下手したら村の全てが敵に回る今回の任務は、いつもにも増して苦しいものになるだろう。


- - - - - -


火村家の次女・真由美が携帯電話を拾ったのは、彼女の結婚式の5日前のことだった。
隔絶された村ではあるが、真由美は知識としては携帯電話を知っていた。彼女が自分の部屋で1人になったとき、赤色の携帯電話が床に転がっているのを見つけたのだ。
「あら・・・?」
(これは・・・もしかして、携帯電話というもの・・・?)
拙い知識で真由美は、それを色々といじってみた。プロフィールには“ユグ”と名前が記されてある。
そして発信履歴には、やたらと長い番号があった。
「・・・・・・。」
彼女は吸い寄せられるように、それを再び発信した。
ピロピロピロ
ピロピロピロ・・・
長いコール音の後に、疲れたような声が聞こえてきた。
「ふああい・・・私・・・サトリン・・・」
「助けて・・・・助けて!」
真由美は相手にお構いなしに、ただ助けを呼ぶことだけを繰り返した。

この龍閃村を支配する竜王家の長男と、5日後に真由美は結婚することになっている。
しかし彼女は、この結婚が嫌なのだ。他に好きな人がいるわけではないが、竜王帝哢(りゅうおう・ている)に愛情を感じることは出来なかった。
竜王家の長男・帝哢は38歳。真由美とは25も離れている。愛の前に年の差は関係ないと言われるが、2人の間に愛は無い。あるのは恐怖と欲望だけだった。
真由美は恐怖。
帝哢は欲望。
この村の“守り神”である帝哢は、全身が角質化した肌に覆われている鱗男(スケイルフェイス)であった。しかし真由美が恐れているのは外見ではない。村の価値観で育った彼女にとって、帝哢の外見は好ましくあった。
しかし、この男と結婚すれば、自分は一切の自由を失うだろうと真由美はわかっていた。人間から人形に成り下がり、道具として人生を終えるだろうということがわかっていた。
真由美は、サトリンと名乗る何者かわからない相手に対して、必死で助けを求めた。
「んんっん・・・わかった・・・。私は・・・今は動けないから・・・代わりに、2人、送るね。」
七村と十島がやってきたのは、それから2日後のことだった。


2人の旅行者がやって来たのを、真由美は父親に連れられて竜王家に挨拶に行くときに垣間見た。
たまに外部から訪れる人はいるが、どうも雰囲気が違っていた。
右頬に×、左頬に○の痣がある、自分よりちょっと年上の少女。
もうひとりは、それより年上らしき大人の女性。
(もしかして・・・あの2人が・・・?)
垢抜けているだけでなく、どこか使命感を纏った美しさ。
2人は橋を渡ったところで、倉地のおばさんに荷物をチェックされていた。
並んでみると、美女2人と萎れた中年女。
こんな感情を抱くのは申し訳ないと思いながらも、真由美は、おばさんみたいにはなりたくない、あの2人みたいになりたいと、短い間に強く願った。

竜王家の実権は、帝哢の祖父である良平(りょうへい)が握っている。
真由美は、この良平が嫌いだった。結婚が決まってからというものの、毎日挨拶に行かなければならないのが疎ましかった。
良平に見つめられると、体中を虫が這いずり回るような、気色悪い感触を覚えるのであった。
会話のひとつひとつが邪気を含んでいた。
真由美は息苦しさで青ざめていた。

その夜、真由美の持つ赤い携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
「真知子さん、どうしたの? 連絡ないんで心配したのよ。」
リンゴをシャクッと齧るような、歯切れの良い声が聞こえてきた。
(マチコ?)
真由美はすぐに、このケータイの持ち主のことを言ってるのだとわかった。
「あ、あの・・・わたし、真由美です。この携帯電話、偶然拾ったんです。」
「へ? じゃあ、真知子さんは?」
「わ、わかりません・・・。」
「・・・そうか・・・そうだよねえ・・・。」
「あ、あの、あなたは?」
「あ、私か? 白命良(つくも・めいら)。」
「め、命良さん!?」
この村の史上、ただひとり脱走を完遂できた人物・竜王命良の名前は真由美も知っていた。
33年前、20歳にして村を脱走した、伝説の女。
「そこ、龍閃村?」
「そ、そうです。」
「・・ということは、どういうことか・・・。やっぱり真知子さんの身に何か・・・。」


- - - - - -


遡ること6日前、白命良は弓戸愛真知子(ゆぐさね・まちこ)に依頼をしていた。命良の息子・竜命(りゅうめい)の遺骨を一部、故郷の龍閃村へ届けるというものだ。
遺骨は更に2つに分けて、命良の父方である竜王家と、母方の火村家に納めるように指示された。
ただそれだけで、依頼料は100万円。丁度まとまったカネが必要だった真知子は、一も二もなく引き受けた。
『あ、あと、この手紙を、お父様・・・竜王良平あてに・・・。』
『わかったわ。』
そして真知子は、3日かけて龍閃村へ辿り着いた。
『・・・命良、あたしよ、真知子よ。今、火村家にいるわ。・・・あ、また後で連絡する。』
ここまでが命良の知っている全てであった。

真知子は何者かの気配に気付いて、携帯電話の電源を切った。
“そいつ”は、音も無く襖を開けた。“そいつ”の姿を見て、真知子はギョッとした。
(白竜命!?)
かつて真知子が、一度だけ見たことのある全身竜鱗のスケイルフェイス。そのときに死んだはずの男。
“そいつ”は、竜命にそっくりだった。
(あいつは死んだ。あたしは、この眼で見た。・・・・・とすると、こいつは命良から聞いた、竜王家の長子・・・)
真知子が考え終わると同時に、“そいつ”は、竜王帝哢は、無言で襲いかかってきた。
「!!」
真知子は合気道の技で帝哢を投げ飛ばして、すぐさま逃げ出した。
そのときに携帯電話を落としていたことに気付かなかったのは、迂闊だったが、結果的に真由美の助けになった。

「女ァ〜、若い女ァ〜!」
妙ちきりんな足取りで、帝哢が追ってきた。
真知子は彼を引き離して時間を稼ぎ、橋の番をしていた4人を瞬殺(半殺し)。急いで跳ね橋を下ろした。
しかし橋は、ゆっくりとしか降りてこない。その間に村人たちが、ぞろぞろと出てきた。
帝哢も追いついてきた。
「っ・・・」
真知子はシニカルな笑みを浮かべて村人たちを見回した。
ざっと50人はいるだろうか。そしてその半数が、棍棒など武器になるものを持っていた。
だが、それらに対して真知子は、全く物怖じせずに堂々と立っていた。
「もう壊滅したけど・・・“ブラックタイガー”って族(ゾク)を知ってるか? ハマじゃ、ちったぁ名の知れたチームよ・・。そこで“ブラックフォックス”と異名を取ったあたしを、この程度の人数で相手しようなんざ、ふざけているにも程があるぜ!」
真知子が啖呵を切ると、帝哢以外はびびって仰け反った。

「ふしゅう、るるる・・・」
帝哢は生臭い息を吐きながら、3歩ほど前に歩いた。その顔を笑いで、くしゃくしゃに歪ませていた。
彼の死んだ異父弟・竜命の笑い顔は、見る人にとっては好感も持てるかもしれない。しかし帝哢のくしゃくしゃの笑い顔は、少なくとも真知子にとっては凄まじく生理的嫌悪感をもたらすものであった。
「エロ猿が・・・・。」
「言葉を慎め、女ァ・・・。我は“竜王”。竜の一族の頂点。その高貴なる存在と交われる栄誉を、貴様にも与えてやろうというのだぞ?」
帝哢の顔は元に戻っていたが、その口から吐き出される言葉は糞汚いものだった。
「フン、早い話があたしを手篭めにしようってことだろ。やれるもんならやってみろ!」

このとき跳ね橋は、真知子なら強引に渡れるくらいには降りていた。
だが彼女は目の前のいやらしいケダモノに一撃入れてから去っていこうと考えた。
「しゃあっ!」
ド素人のごとき体勢で帝哢が跳びかかってきた。真知子はそれをローリングソバットでブッ飛ばす。
「ゲハッ!」
帝哢は首が変な方向にひん曲がって、地面を転がった。
「・・・なんだお前。あたしをナメてんのか?」
しかし次の瞬間、彼女は突然、体から力が抜けるのを感じた。
(うっ!?)
膝を曲げて、倒れそうになる。
「くくくくく・・・・これが我の力。触れたところから生気を吸い取る能力、“竜脈”(ドラゴナーブ)。」
「馬鹿な・・・ブーツ越しだぞ・・・!」
「そう! ブーツ越しだからこそ、その程度で済んだ! 本来なら立ってることすら出来なくなるのですから!」
「くそ・・・!」
跳ね橋は完全に下りていた。
真知子は歯軋りをしてから後ろへ跳んで、橋を渡って外に逃げた。
「ははははは・・・そんな体力で、どこへ逃げる気か? 人里まで辿り着けると思うか? 我に身を任せるのが賢い選択だぞ。」
「お前に姦られるくらいなら、死んだ方がマシだ。」
そう言って真知子は、ペッと唾を吐いて去っていった。
「愚かな女だ・・・。」
帝哢は言いながら顔を歪めた。


その頃、竜王家では良平が命良からの手紙を読んでいた。
“おとうさま めいらは いま しあわせです つくもけでは とても よく していただいています こどもにも7にんめぐまれました とおくはなれていますが おとうさまのことをおもわないひはなかったです・・・・・・・・・・本当にな! 一日たりとも貴様のことを恨まなかった日は無かったわ、このクソ親父! 帝哢のヤツはどうしてる? 貴様のような腐れ外道のもとで育ったからには、さぞかし自己中になってるだろうよ! 覚えておけ! 7年以内だ! 7年以内には龍閃村を滅ぼしてくれるわ! せいぜい首を洗って待っていろ!”
良平はワナワナと震えながら手紙を最後まで読み、そしてビリビリに破り捨てた。


- - - - - -


そういった経緯があって3日後、現在。
真由美は自分の知っている3日前の事件のあらましと、自分の境遇を命良に伝えた。
「そういうことなの・・・。わかったわ、真知子さんのことはこっちに任せて。あなたは・・・ケータイの履歴に長い番号があるから、それにかけてみて。サトリンっていう人が助けてくれるはずだから。」
「あ、はい、それはもうかけました。それで、今助けが、多分来てます。」

その助けの2人、七村七美と十島瑠璃子は、11時57分になって行動を開始しようとしていた。
「さてと・・・火村家は向こうか。」
2人は、泊めてもらっている家を抜け出して、真由美のもとへ行こうとした。
だが、そこに帝哢が待ち構えていた。
「女ァ〜!」
2人はギョッとして後ずさった。
目の前にいる鱗男(スケイルフェイス)は情欲を滾らせた獣であった。
「くくくくく・・・・・お前たちに我と交わる資格を与えよう。服を脱げ!」
帝哢は舌なめずりをして言った。
七美と瑠璃子は、思わず同時に2歩下がった。
「わ、私のバージンはセンセーにあげるんだからね。あんたなんか願い下げよ!」
「ああ・・・そうよリコ。処女を大切にする必要は無いけど・・・ケダモノにくれてやることはないわね。」
「そうか・・・愚かなことだ。」
帝哢はそう言って指を鳴らした。すると物陰から村人たちがゾロゾロと出てきた。
「ふん・・・わたしらの行動が読まれていたか。それとも初めから、そういうつもりだったのか?」
七美は周りを見回しながら言った。
ざっと30人はいるだろうか。
「丁度いい。」
七美はそう言って右目を大きく見開いた。
すると雷と光が煌き、帝哢を含めて村人たちは全員倒れた。
「ぐ・・・・が・・・・何をし・・・た・・・」
痺れて動けない帝哢の前を堂々と横切って、七美は言った。
「ふん、わたしらが何の準備も無しに来ると思ったのかしら? 電光の“サトリンズ・アイ”。サトリン様に、両目に仕込んでもらったものよ。」
七美と瑠璃子は急いで真由美のもとへ向かった。
「田中流暗殺拳・死点砕き!」
扉を粉砕すると、2人は中へ入った。
瑠璃子の能力で真っ直ぐ真由美のもとへ辿り着くと、早口で事情を説明した。
「真由美さん、助けに来ました! 今は多くを説明しません!」
「は、はい!」
真由美は即座に了承して、2人と共に走った。

やはり跳ね橋は上がっていた。
見張りの連中は、七美が田中流暗殺拳・崩金蹴りで倒し、瑠璃子は跳ね橋の昇降機を操作しにかかった。
だが、その間に帝哢が復活して、走ってきていた。
「チッ・・・もう復活してきやがったのかしら!?」
帝哢の“竜脈”は、エネルギーを吸収する能力。電気とて例外ではない。
「くくくくく・・・・どいつもこいつも愚か者め!」
「愚か者はお前じゃないの。まさか1人で、この“アインストール”七村七美に勝てると思っているのかしら?」
「くくくくく・・・・我は竜なり。なんぴとたりとも我には勝てん。」
「そうか。ならば再起不能にしてやろうかしら?」
七美は連続で拳打や蹴撃を放ち、帝哢を地に転がした。
「痺れて動けまい。“サトリンズ・アイ”には、こういう使い方もあるのよ。覚えておいてくれるかしら?」
言わば雷パンチに雷キック。
電撃を拳や脚に込めたのだ。
しかし七美の誤算は、帝哢の“竜脈”の能力を知らないことだった。
「う・・・!?」
(何・・・これ!? 全身の力が抜けたように、だるい・・・・)
七美は思わず膝をついた。
帝哢がニヤリと笑った。
「くくくくく・・・・・これぞ我の能力、“竜脈”(ドラゴナーブ)。」
「くっ・・・・迂闊・・・・!」
「七村先輩!」
「リコ、真由美、逃げるのよ・・・。」
しかし跳ね橋は、まだ降りきっていなかった。
「くくく・・・逃がすものか。」
七美の攻撃でダメージは受けているはずだが、帝哢は立ち上がってきた。
「・・・・・・・・。」
(十分に引きつけて・・・・)
にじり寄ってくる帝哢と村人を、瑠璃子は距離を確認しながら睨みつけた。
「シャアッ!」
帝哢が跳びかかってきた。
その瞬間、瑠璃子は両目をカッと見開いた。

バチッ

あたりは一瞬だけだが昼間のように輝き、帝哢と村人たちは倒れた。
そして瑠璃子の両目はぐしゃぐしゃに潰れて血が流れ出ていた。
「リコ!? あんた・・・!」
「話は後です!」
瑠璃子は真由美に指示を出して、2人で七美を担いだ。
そのときには跳ね橋は上がっていた。
3人は村から脱出した。



「瑠璃子・・・あんたまで“サトリンズ・アイ”を・・・。」
「そうよ。もしものときの為にね。仕込んでもらっといて良かったわ。」
「なんてことを・・・。わたしならともかく、あんたは耐性を持ってないんだから・・・。」
「でも、役に立ったでしょ。」
「・・・感謝はしてるわ。でも、あんたの目は・・」
瑠璃子の目は潰れていた。中身が崩れて流れ出している。
「大丈夫よ。私の能力を忘れたの? 目が見えなくても歩くことなど造作も無いわ。」
瑠璃子の能力は“正否聖痕”。この能力を応用すれば、正しい方向へ歩くことが出来る。
例えば、「前に進むがいいか」と問うて、○なら進み、×なら次の問いを発する。それを間断なく繰り返すのだ。
瑠璃子も修行は欠かしていない。この使い方は既に、オートエンドレスで発揮できる。疲労も少ない。
とはいえ、痛みが消せるわけではない。七美が心痛なのは、その点だ。
「それに、本部へ戻ったらサトリンに治してもらえばいいじゃない。」
「・・・様を付けなさい。」
「はいはい。」
瑠璃子は笑った。
「さ、行こか。追っ手が来たらヤバいもんね。」
「ええ。ただし行くのは2人だけよ。」
「え?」
「わたしは捨てていきなさい。この体力じゃ足手纏いになるだけよ。」
七美は帝哢に体力を根こそぎ吸い取られてしまっていて、歩くことも出ない状態になっていた。
「それに・・・」
七美が村の方角をギロッと睨んだ。
そこに帝哢が這ってきていた。
「っ!!」
「きゃっ!?」
「なぜだあ、なぜ逃げる!?」
帝哢は電撃で痺れていて、立つことも出来ない状態だったが、執念で血を這って追いついてきたのだ。
「愚か者どもがあ・・・。我の妻になれば、龍閃村の半分を支配できるのだぞ!? 一生楽に暮らせるんだ! その生活を捨てるのか!? お前のような小娘が、外に出て何になる!? 都会に出て何が出来る!?」
「でも・・・。」
今まで震えていた真由美が、口を開いた。
「あなたは、わたしの一番欲しいものは与えてくれないでしょ?」
「なんだと・・・愛だとか、何だとか抜かすのか!? どいつもこいつも愛だの恋だの、そんなもので食っていけると思うのか!? そんなものは必要ない! 必要なぁい!」
「違うわ。恋愛とか、わたしにはわからない。わたしが欲しいのは自由よ。あなたは確かに、富も、名誉も、権力も与えてくれる。・・・でも、ひとつだけ・・・自由だけは与えてくれないでしょ?」
「ふざけるなあ愚か者! 真の自由など・・」
「・・・・・・。」
「ぐっ・・」
真由美の意思に気圧されたのか、それとも電撃を食らった体で無理をしたせいか、帝哢はガクッと頭を落とした。
起き上がる気配は無い。

「七村先輩、行くわよ。泣き言なんか聞きたくないわ。先輩が何と言おうと連れて行きますからね。」
「リコ・・・やめろ。わたしを連れて行ったら、3人共倒れよ。気合や根性で何もかも上手くいくようなら、誰も絶望しないわ。3人で山を降りるのは無理よ。」
「そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃない!!」
真由美が根性を見せたのだ。ここで瑠璃子も、仲間を見捨てるような合理性に従いたくない。
しかし、激しく食ってかかる瑠璃子に、七美は小さく溜息を吐いて諭した。
「・・・やってみなくてもわかるわ。あなたたち2人でもギリギリ麓まで辿り着けるかどうかってとこなのよ。」
「・・・・・そんな・・・・。」
「・・・・・・。」
「わかったなら、さっさと・・・・。」
そう言いかけて七美は、再び村の方を向いた。
「チッ・・・まだ来やがるか。」
やって来たのは火村真由美の父、火村巽であった。
「真由美!」
巽の顔は苦々しい怒りに燃えていた。
「お父様・・・・。」
「馬鹿な真似はやめて帰るんだ、真由美。今なら一時の気の迷いということで許してやる。」
「・・・・・・・・。」
真由美はその場から動かない。
「どうした! 今まで育ててやった恩を忘れたのか!?」
今の状況では、3人あわせても巽には勝てない。
真由美と瑠璃子だけなら逃げることも可能かもしれないが、七美を見捨てて逃げる気は無い。
しかし、このまま膠着状態が続けば、いずれ帝哢が復活する。
「今ならその2人も村の一員として迎え入れてやる。さあ!」

「そこまでにしとけ、巽・・・。」
リンゴを齧るような歯切れのいい声が、3人の後方から聞こえてきた。
森を掻き分けて、迫力のある面構えの女が立っていた。
ギョッとして振り向く一同を見回して、彼女は最後に巽を見た。
「久しぶりだな。33年ぶりか。」
「・・・ま、まさか・・・・命良!?」
「ピンポン。大正解。」
いきなり軽い口調になった命良だが、笑ってはいなかった。
「その口調、本当に・・・。どうしてここに・・・・。」
「どうして? そりゃ・・」
命良は指をパチッと鳴らした。
すると、ライダースーツの女が、闇に目を光らせる狐のようにスッと姿を現した。
弓戸愛真知子。この3日間でだいぶやつれてはいたが、目の輝きは衰えていない。爛々と燃え盛っている。
「こんな危険な村へ送り込むんだ、あらかじめ発信機くらい飲ませておくさ。」
「そういうことよ・・・。依頼料の半分はパーになっちまったけど・・・。」
そう言って真知子は、倒れている帝哢を見た。
「チッ・・・こいつのせいで・・・。・・・ん? まだ起き上がるか!」
「愚か者めがぁ・・・!」
よろよろと帝哢が立ち上がった。
「愚か者めがああ!!」
帝哢が“竜脈”の力を全開にする。
触れてもいないのに、生命エネルギーが少しずつ吸われる。
「ううっ・・・」
「先輩!」
瑠璃子は七美を庇うように抱きとめた。
既に立つことも出来ないほど生命エネルギーを吸われているのだ。これ以上は命に関わる。
「くぅ・・・」
真由美も恐怖を思い出して震える。
ただひとり、命良だけが余裕の表情で笑った。
「よせよ帝哢。」
彼女が手を振るった瞬間に、帝哢は「ごがあっ」と泡を吹いて倒れた。
「それから巽もだ。それ以上近寄ったら殺すぞ。」
真由美に近付こうとしていた巽は、ビクッとして後ずさった。
「それでいい。この村で私に勝てる奴はクソ親父くらいだからな。」
そう言いながら命良は、七美に手を翳した。
すると七美に体力が戻ってきた。
「これは・・・!」
すくっと立ち上がった七美は、命良を見つめる。
命良は前を向いたまま説明する。
「帝哢、お前の能力は“奪う力”だったな。私のは“与える力”なんだ。お前は奪い続けたから奪われる。私は与え続けたから幸せを与えてもらった。・・・まあ、今更こんなことを言っても何もかも手遅れなんだろうが・・・。」
命良は溜息をついた。
「さあ、とっとと村に戻れよ。殺されたくなければな・・・・。」
「うぐう・・・」
帝哢は悔しそうに唸り、よろよろと村に向かって歩き出した。
“与える力”は、決して平和的なだけじゃない。過剰な生命エネルギーは時として毒にもなる。
「巽。お前もだ。」
「ま、待ってくれ! 真由美に逃げられたら、俺の立場はどうなる。せっかくの、せっかくの・・・」
「巽。」
命良は巽を睨みつけた。
巽はビクッとして黙った。
「一緒に来るか。」
「・・・!」
「巽よう・・・33年前のお前は、今のお前よりは、だいぶマシだったぜ・・・。だが、それも全て私のせいだな。」
「そうだ、命良、お前の・・・お前のせいで・・・!」
巽は涙を滲ませて命良を睨んだ。
大の男が泣いている様子に胸を痛めながら、命良は手を差し出した。

「さあ、帰ろう。こっちへ。」


- - - - - -


巽は村へは戻らなかった。
独りで村に戻った帝哢を待っていたのは、祖父・良平と村人たちだった。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「「・・・・・・・・・・。」」
村人たちは無言のまま帝哢を押さえつけた。
「?」
帝哢には何のことかわかっていなかった。
「・・・・?」
困惑する帝哢を村人たちは担ぎ上げ、村の中央へ連れて行った。
そこに油が大きな器いっぱいに入っていて、火にくべられていた。
「・・・・・・・・。」
(・・・・・・・・。)
「・・・まさか・・・・・」
帝哢の表情が曇った。
良平の方を振り向くと、彼は皺だらけの顔で、不気味な笑いを浮かべていた。
「・・・今頃、気付いたのか? 帝哢ぅ・・・。」
「まさか、そんな・・・。」
幼い頃から守り神として尊重されてきた。
村人たちは自分に尽くし、何でも言うことを聞いた。
そんな生活を、何年も何年も、38歳の今になるまで、ずっと送ってきた。
だからこそ気付けなかった。村人たちが自分に害を及ぼすなど、夢にも思っていなかった。
「・・・村は災いに見舞われた。竜の子を生贄に捧げなければ・・・・。」
不安は核心に変わった。
「い、いやだ、やめろ!」
帝哢はもがいたが、七美と命良から受けたダメージで、体が思うように動かない。
村人から生命エネルギーを吸おうとするが、上手くいかない。
「無駄じゃ、帝哢。村の大人には、お前ごときの能力など通じん。」
「わ、我は竜なるぞ!」
「それがどうした。お前が“竜”なら、このわしは“竜王”。龍閃村の支配者、竜王良平じゃ。」
そう言って良平は、まるで虫ケラを見るような目つきで帝哢を見下した。
「あ・・・・う・・・・」
帝哢は萎縮し、そのまま村人たちによって縄で縛られ、大きな鍋の中へ放り込まれた。

油が煮立ってきた。
帝哢の脳裏に5人の女たちの姿が浮かんだ。
十島瑠璃子。
七村七美。
火村真由美。
弓戸愛真知子。
そして、母・命良。
(愚か者め・・・・。どいつもこいつも愚か者め・・・・。)
5人の女たちは、哀れみを込めた目で帝哢を見つめていた。
(愚か者どもめが・・・・!)
そこへ良平が不気味な笑みを浮かべて近寄ってきた。
(何しに来た・・・・!?)
帝哢が良平を睨むと、彼は耳元で囁いた。
「冥土の土産じゃ。最後に教えてやろう。・・・お前の父は、このわしじゃ。」
「!?」
「わしと命良の間に生まれたのが、お前じゃ。死ぬ前に謎が解けて良かったな。これで何の未練も無く、あの世に逝けるじゃろう。」
良平は濁った声で笑った。

竜王帝哢は、油で煮られて、この世を去った。




   第八話   了

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「サトリン」 第八話 かしましく、たくましく 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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