佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第十四話 白羽の矢 (起)

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:18   >>

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■■■■■



夏休みの近付いてきた三角高校で、理事長の三角龍馬(みすみ・りょうま)は物憂げな顔をしていた。
(あれから、もうすぐ1年か・・・。)
禿げあがってきた額を掻きながら、まだ40前の、しかし60を過ぎているようにしか見えない彼は、2003年の夏を思い出していた。
生徒の1人、十島瑠璃子が誘拐され、無事に助け出されたはいいものの、学園の評判はガタ落ち。立て直すまでに費やした労苦は、それだけで物語になる。
(この夏を乗り切れば、きっと大丈夫だ。)
それは何の根拠もない確信だったが、そういったものに縋らねば、不安でどうにかなってしまいそうだった。
「どうしましたか、理事長。」
若い男が、といっても年齢は三角と大して違わないのだが、20代として十分に通用しそうな男が、気さくな調子で話しかけてきた。
「才場くん。」
才場静輝(さいば・しずき)。去年の秋に赴任してきた教師の1人で、学園を建て直した最大の功労者である。
その甘いマスクと有能ぶり、気取らない物腰と優しい笑顔で、女生徒からの人気も高い。
「いや、あれから1年になると思うと、心穏やかではいられなくてね。」
「大丈夫ですよ。世の中そうそう何か起こるものではありません。凶悪犯罪が増えているというのも、マスメディアの情報操作ですから。」
言ってから才場は、照れたような顔をして頭を掻いた。
「すいません、わかったようなことを言って。」
「いやいや、君の言う通りだ。」
三角は以前に、才場が教師を目指した理由を聞いていた。
背伸びして、わかったような口を利いて、生意気だと思われ嫌われてしまう、そんな生徒の助けになってやりたい。
いろんなタイプの教師がいれば、いろんなタイプの生徒の力になってやれる。痒いところに手が届く教師になりたいのだと、熱く語っていた。
「才場くんには本当に感謝しているよ。しかし同時に申し訳なく思う。本来なら君のような有能な人物は、もっと大勢の人々の役に立つ仕事をするのが相応しいのだから・・・。」
「僕は大勢の人間を助けるより、そこからこぼれてしまう少数の人間を助けたいんです。何か大きなことをしていたら、三角さんの力にはなれなかったじゃないですか。」
「才場くん・・・。」
有能だからというだけではない。彼の優しさや心配りに、どれだけ助けられてきただろう。
「あ、そろそろ授業ですね。それでは・・」
「ん。しっかり頼むよ。」
「はい。」
才場の後姿を見送りながら、三角は先程までの憂鬱な気分が吹き飛んでいるのに気付いた。
(ありがたい・・・。世の中そうそう捨てたものじゃない。)
三角は笑顔で職員室へ戻った。
そこにいたのは、才場と共に赴任してきた、もうひとりの男性教師だった。
熱心な様子で書類に目を通しているが、どことなく焦りが見られる。
「・・・八谷くん、そろそろ授業だよ。」
「えっ!? あ、ほんとだ、わああああ!」
焦った彼は、目を通していた書類を床に撒いてしまった。
八谷和真(はちや・かずま)。後輩の紹介で雇った、32歳の男だ。
「あああっ、ああっと・・」
八谷は慌てて床の書類を拾い上げようとしたが、焦って筆記具やハサミなども落としてしまう。
「ここはやっとくから、授業へ。」
見かねた三角が、半ば呆れながら助け舟を出した。
「あ、ありがとうございます。」
八谷は頭を下げて、教科書とチョークを持って走っていった。
(やれやれ・・・。)
三角は溜息をつきたい気分になった。
お世辞にも有能とは言えない、そそっかしい男。本人は真面目に頑張っているだけに、もっと頑張れとは言いにくい。
自分も愚鈍さを揶揄されてきたので、他人の愚鈍さを咎めるのは気が引けた。
(取り柄と言えば正直なところだが、その上に馬鹿がついてしまう・・・。)
女生徒から「童貞?」と訊かれて、正直に肯定したことは、職員会議でも問題になった。
そうしたことは、他にも幾つかある。本音を隠せないわけではないが、訊かれたら正直に答えてしまうのだ。
とはいえ、八谷をクビにする予定は無かった。単純に人手が足りないというのもあるし、親しい後輩の紹介でもある。
そして何より、才場を連れてきたのは八谷なのだ。
以前、パソコンを作る会社で派遣社員として働いてきた八谷が、とある私立高校にパソコンを納入する作業をしているときに知り合ったという。それから親しくなり、八谷が三角高校へ就職する際に、一緒についてきたのであった。
前に働いていた高校では、学校の画一的な方針に馴染めず、いい機会だからと見切りをつけて、転任してきたということだった。
その頃から八谷には、よく愚痴を聞いてもらったものだと、才場は感謝していた。そう言われると、三角としては八谷を解雇することはもちろん、むげに扱うことも出来なかった。
(んっ?)
八谷が床に落とした書類を拾い上げながら、三角は妙なことに気付いた。それらは全て、女生徒の写真とプロフィールだったのだ。
(何故こんなものを?)
もちろん女子高なのだから、写真とプロフィールが女生徒なのは当然だ。
しかし、それを何の為に持っていたのかというと、話が違ってくる?
(猥褻教師・・・まさか・・・)
女生徒を物色していたのではないかと、三角は焦った。
しかし、すぐに思い返す。
(いいや、そんな男ではあるまい。あの九古くんが、信頼に足ると判断する人間だ。人を信じない九古くんが・・・。)
根本的なところで人を信じることのない、ねじくれた心の後輩。
彼が結婚したときは驚いたが、彼らしいとも思った。相手の女もまた、人を信じない冷たさを持っていたからだ。
人を信じない者同士は、信じ合えるのか。それとも、人を信じないという前提が間違っていて、ひねくれてもなく、ねじくれてもいないのか。
いずれにせよ、八谷を疑うということは、九古を疑うということでもある。
(しかし、どういうわけで女生徒の写真などを・・・。)
やや考えて、三角は別の可能性に思い至った。
「まさか・・・?」
(未だに女生徒の顔と名前を覚えていないのか?)
別の意味で眩暈がしそうだった。


- - - -  - -


放課後の理科室で、1人の女生徒が机に腰掛けていた。
肩ほどまでに伸びた黒髪の間から、黒縁の眼鏡をかけた真面目な顔を覗かせている。
その容貌に相応しい、真面目な彼女は、深宮美帆(ふかみや・みほ)。
「眼鏡を取りなさい。」
男の声が響く。
その声に従って、美帆は震える手つきで眼鏡を外して、畳んで机に置いた。
眼鏡のあるときは理知的で大人びて見えた顔が、外すと幼くなる。
「予想通り・・・いや、予想以上の当たりだ。可愛いよ。」
「ぅ・・・」
男の言葉に、美帆は体を震わせながら、小さく呻きを発した。
「脚を開きなさい。」
「あ・・・」
美帆の顔が赤くなる。
「や・・・だ・・・・・・」
「まだ反抗的だな。」
男の言葉には、楽しんでいる響きがあった。
彼の手が美帆の肩に伸びて、そこから首筋や耳などを丁寧に撫でていく。
「ふあっ、あ・・・」
思わず声が漏れる。美帆は口に手を当てて、声を押し殺そうとする。
「愛してるよ。」
囁きと共に、男は美帆の唇を奪う。
しばらくの間、唾液を絡めるような音が響く。
「脚が開いてきたようだね。」
「!?」
美帆は思わず脚を閉じようとするが、体が動かない。
「もっと開きなさい。」
「あ・・・」
その脚の間に、男が指を這わせる。
下着越しに、肉体の造詣をなぞっていく。
やがて美帆の息が荒くなり、背筋を伸ばせなくなる。
「女は、ここを弄られると柔らかくなる。」
自分の腕の中に崩れ落ちた美帆を抱えながら、男はほくそ笑む。
美穂の全身に指を這わせ、感触と反応を味わう。
触るだけ。
あくまで触るだけ。
やがて男は美帆を立たせ、耳元で囁いた。
「続きは明日だ。誰かに喋ったら、もう触ってあげないよ?」
「あ・・・」
美帆の体がビクッと震えた。
肩を叩かれて、彼女は歩き出した。
「・・・・・・。」
廊下を歩く美帆の後姿を見ながら、男は満足げに笑った。
「またひとり。」
「まった、ひっとり〜♪」
誰もいないはずの理科室から、甘ったるく澄んだ声が聞こえてきた。
男はギョッとして振り向いたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。
「何だ、あなたでしたか。」

「イヴィルさん。いつの間に、そこまで実体化できるようになったんですか?」
別の意味で驚きだというように、男は肩を竦めた。
「もちろん君の知らぬ間に。なんちて。」
イヴィルはニッと笑って帽子を取った。
闇が溢れ出るように毀(こぼ)れた黒髪が、華奢な肩と背中に流れる。
「とはいえ、そこまでといっても大してそこまでじゃないんだな、これが。動けるのは8分ってトコロテン。なーんでん、かーんでん、ところてーん。」
「8分も動ければ無敵ではないですか。」
「あれ、今のギャグつまんなかった? ウケない?」
「・・・・・・。」
「バトラーも笑わなかったし、いつもは愉快なアイシーも何か苦笑いしてたし、何だかな〜。自信あったのにな〜。」
「・・・・・・。」
「ヴァイラスまで笑ってくれないなんて、自分のギャグセンスの無さにヘドが出そうだよ。」
「イヴィルさんの頭の中では、僕は箸が転がっても笑い転げる年頃なんですか?」
「る・ら・ら・ら〜、そのくらいの年頃から、君には目をつけていたけどね?」
イヴィルの雰囲気が闇を帯びる。
「・・・・・・。」
絶句しつつも、今度は呆れではない。寒気だ。ヴァイラスは恐怖さえ感じていた。
しかし読めないイヴィル。読めないのがイヴィル。すぐに呑気な調子に戻る。
「あ♪ん♪んあっん〜、ひょっとしてショタコンって思ってる? それは当ったりィ。でも私は今の君の方が好きだけどね。大好きだけどね。」
「光栄です。」
「る・ら・ら・ら〜、両想いだ〜。」
「制限時間。」
「る?」
「8分など、あっという間ですよ。何か用事があるのではないですか?」
「あ〜、忘れてた。あ〜っと驚く超バニラ。」
「・・・・・・。」
ヴァイラスは、この日最大のジト目でイヴィルを見つめた。
「ん♪ん♪んあっん〜、もしかして怒ってたりする? めんご、めんご。許してチョンマゲ。」
「怒ってないですから、用件をどうぞ。」
「る〜、でもホントは怒ってるんでしょ?」
「・・・多少は。」
「やっぱりね。私は何でもお見通しなんだよ。探偵ガールなのさ。」
「・・・・・・。」
ヴァイラスは頭が痛くなってきた。
「それで本題なんだけど、邪戦士が5人も負けたの知ってる?」
「もちろんです。四、六、八、九、十が・・」
言いかけてヴァイラスはハッとした。
「すいません。イヴィルさんが僕のところへ来た時点で、何の用件か気付くべきでした。」
ヴァイラスの顔が、楽しげな笑顔で歪む。
「る・ら・ら・ら〜、だからこそ今まで来なかったんだけどね。放っておいて、ごめーんね。」
イヴィルは舌先を出してウインクする。
「でも、"ガーディアン”には気をつけてね? 8年前に”アインストール”の方は再起不能になるまで痛めつけてやったけど、"ガーディアン”は6割くらいまで回復してるみたいだから。」
「イヴィルさんは、僕が6割の病み上がりごときに負けるとでも?」
ヴァイラスの顔が、今度は怒りと憎悪で歪んだ。
「ん♪ん♪んあっん〜、その表情が欲しかった。濡れるね、抱かれたいね。それじゃあ頼んだよ、イヴィル・ヴァイラス。」
邪悪で妖艶な笑みを浮かべながら、イヴィルは姿を消した。


- - - - - -


警察署。
大西警部はタバコを吸いながら、メールチェックをしていた。
「ふん、未だに慣れんな、このパソコンってやつは。」
叩き上げで警部になった、大西大(おおにし・まさる)41歳。立派な体格をしていて、顔には皺と共に薄い傷跡がある。
白い煙が画面にかかる。
「世の中は、凄い勢いで変わっていく。技術も、価値観も、認識も・・・。未だに信じられんな、エスパーなんて。」
タバコの先が落ちそうになり、大西警部は慣れた手つきで灰皿へ運ぶ。
「公にこそされてないが、ふん、時間の問題だ。まあ悪いことばかりでもないが。」
渋い顔が、やや晴れやかになる。
彼の言葉を聞いて、部下の女性が相槌を打つ。
「そうですね。」
江口白羽(えぐち・しらは)23歳。アイドルとしても通用しそうな容姿とプロポーションだが、アイドルではなく刑事だ。
どちらかというとスレンダーで、髪型はショート、柔らかくも芯の通った声をしている。
「あたしも自分の能力を、仲間に隠さずに済みますから。」
「江口くんがアイドルでなく刑事になったのも、その能力ゆえだったな。しかし・・」
「それ、聞きようによってはセクハラですよ?」
怒ってはいないが、軽口でもない口調で、彼女は大西警部を窘(たしな)めた。
「セクハラ? ああ、くん付けは良くないか。わたしも年だな。」
「そうでなくて、アイドルは余計です。アイドルにも失礼ですよ。」
「ふん、そっちか。いや、江口くんのような美人の刑事というのは、ドラマの中の住人だと思っていたものだからね。年甲斐もなく浮かれてるんだ。」
「褒めても何も出ませんよ。」
「いや実際、珍しいんだ。皆無ではないが、そう言えるほど少ない。」
「・・・それも問題発言じゃないですか?」
「おっと。」
ジロッと睨まれて、大西警部は苦笑いしながら灰皿のタバコを完全に揉み消した。
「それよりも、しかし・・・」
大西警部は中断された話を再開した。
「いくらエスパーといっても江口くん、君の能力はショットガンか散弾銃か、拳銃に毛が生えた程度だ。だからこそ人間としては安心できるが、上司としては心配だ。」
「あたしが女だからですか。」
「・・・そうだ。」
言いにくそうに、大西警部は小声になった。
「男女平等といっても、ふん、荒事に女性は不利だ。戦闘能力の話ではない、女性ならではの、特に、美しい女性ならではの不利な要素がある。それが事実だ。」
直裁的な表現は避けたが、言わんとすることは江口刑事にも伝わった。
「わかってます。でも、だからこそです。あたしが刑事になったのは、それに抗う為・・・正義の為に能力を使おうと思ったからなのですから。」
「正義、か。」
大西警部は複雑な顔で呟いた。
「それも形骸化して久しくなり、今では口にするのも憚られるようになってしまった。だからこそ、わたしは・・・その言葉を待っていたのかもしれないな。今こそ、正義をと。」
勇ましい結論とは裏腹に、大西警部の表情は複雑なままだった。
いろいろ思うところがあるのだろうと、白羽は思った。

「では、行って参ります。」
きりっと敬礼をして、江口白羽は任務へ出かけた。
彼女が部屋を出たのを確認してから、大西警部は別人のような手つきでパソコンを操作し、ブラインドタッチで何かの文章を打ち込み始めた。
「まったく・・・未だに信じられんな、エスパーなんて。」


<イヴィルんチャット>

ポリス:言いつけ通り、江口白羽を三角学園へ送り込みましたが、これでよろしいのですか?
ヴァイラス:実によろしいよ、イヴィル・ポリス。もしも何か心配しているなら、それは杞憂だ。
ポリス:心配は皆無ですが、しかしどうして彼女を?
ヴァイラス:ああ、そのことか。君は彼女が刑事になった理由を知ってるかい?
ポリス:あなたのような卑劣漢から世の女性たちを守るためでしょう。
ヴァイラス:ハハハ、手厳しいね。
ポリス:あなたにとっては褒め言葉では?
ヴァイラス:www
ポリス:なんですか、それ?
ヴァイラス:(笑)の略さ。
ポリス:それで、話を戻しますが・・
ヴァイラス:ああ、そうだったね。彼女は志だけでなく、それを実現する力量も持っていたということだ。
ポリス:拳銃に毛が生えた程度のものですけれどね。
ヴァイラス:それでも十分な脅威だよ。君たち警察官は、そのあたりの感覚が鈍すぎる。
ポリス:その通りと言いたいところですが、イヴィル・ヴァイラス、あなたが言うと説得力が無い。
ヴァイラス:そうかい?
ポリス:あなたの能力は恐ろしすぎる。これこそが「超能力」だと思い知らされる。
ヴァイラス:ふはっ!
ポリス:江口白羽など、取るに足らないでしょう?
ヴァイラス:ああ、なるほど。邪戦士になっても部下は心配か。
ポリス:わたしは人の心まで失ったつもりはありませんから。
ヴァイラス:その言い方だと、僕が人でなしに聞こえるね?
ポリス:人でなしでしょう。
ヴァイラス:www
ポリス:それで・・
ヴァイラス:ああ、江口白羽が刑事になった理由だっけ。
ポリス:「力」と「志」以外に何か必要なのですか?
ヴァイラス:意外と性善論者なんだな。警官やってるからには性悪論者だと思っていたが。
ポリス:それは「逆もまた真なり」といったところですがね。
ヴァイラス:数学的には「対偶も」と言いたいところだが、それよりも、志って何から生まれると思う?
ポリス:・・・・・・考えたこともなかったですね。
ヴァイラス:恨みだよ。
ポリス:うらみ? まさか。
ヴァイラス:恨み、憎しみ、悲しみ、惨めさ、悔しさ・・・志とは、そういった感情から発生する。
ポリス:逆ではないですか?
ヴァイラス:逆?
ポリス:それらは志を壊すものでしょう。
ヴァイラス:あくまでも否定するかい。
ポリス:これでも性善論者ですからね。
ヴァイラス:しかしね、これは推測でしかないが、彼女はやたらと三角学園に拘っていなかったかい?
ポリス:そう言われればそう思えますが、誘導というものですよ。
ヴァイラス:ならば見てるがいいさ。君の可愛い部下が、虚飾を剥がされ中身を晒け出す様子を。
ポリス:あまり見たくないものですね。男としては別ですが、それでも悪趣味です。
ヴァイラス:褒め言葉として受け取っておこう。それでだ、もうひとつの仕事も・・
ポリス:わかってますよ。今から行きます。


チャットを終えて、大西警部は溜息をついた。
「あれも仕事なら、これも仕事。因果なものだ。」
慣れた手つきでパソコンをシャットダウンし、彼は伸びをして立ち上がった。
「邑甘事件のときに苦い思いをさせられた意趣返しだ・・・ふん、恨みとは斯様に崇高な志とは無縁で真逆なものなのだ。」


- - - - - -


特別収監室が作られたのは、かなり最近のことだという。はっきりしないが、1996年以降に建設されたそうだ。
「小森、囚人の様子はどうだ?」
「はい、いつも通りです。」
大西警部に応えて、まだ若い男の巡査が椅子から立ち上がった。
「時々わめいてますが、だいたい大人しくしてますね。」
それでも小森巡査の顔には、疲れの色が浮かんでいた。
(今時の若い男にしてはタフな奴だが、やはり荷が重いか。わたしでさえ重圧で胃薬が手放せなかったものだからな。・・・ま、それも以前までの話だが。)
大西警部は小さく息を吐いた。
それを疲れのせいだと受け取った小森巡査は、察した風に話し出した。
「一介の警察官には重い話ですよね。」
「実際に体験して者でなければ、とても信じられないからな。機密保持よりも、そっちの色合いが強い。」
「エスパーなんてSFの世界ですからね・・。現実にいるとなったら与太話扱い。ぼくだって邑甘の件が無ければ信じなかったですよ。」
溜息をつく小森巡査を見て、大西警部は何となしに感じたことを口にした。
「わくわくしてないか?」
「大西警部もですか。」
"してないか”を”しないか”と聞き間違えたのか、省略された言葉を察したのか、小森巡査は嬉しそうに言った。
「わくわくしてないと、参ってしまいそうだ。」
「同感です。」
2人は胸ポケットからタバコを取り出して、喫煙室へ入るなり、焦るような速さで火をつけて咥えた。
大きく息を吐いたのは大西警部で、先に口を開いたのも彼だった。
「・・・最強の超能力って、何だと思う?」
「最強?」
小森巡査はタバコを口から離して、大して唐突な話を聞いた様子でもなく、普通に訊き返した。
「例えば、世界一ケンカの強い男がいたとして、そいつを毒殺した料理人がいたら、その料理人が最強だと思うか?」
「・・・?」
「わたしは、そう思う。そして、その料理人に指図して毒を盛らせた者がいたら、そいつこそが最強なのだ。」
「・・・なかなか面白い話ですけど、それって、もしや3年前の・・」
「ああ。覚えているだろう。」
大西警部はタバコを吸って間を取り、再び話し始めた。
「樋口蛮道(ひぐち・ばんどう)。とんでもなく強く、とんでもなくキレる奴だった。数々の暴力事件を起こし、コロシまでやってる極悪人だが、どこか一目置いていた。この国の男が忘れかけている気骨とか荒々しさってやつに満ちた、スーパーヤクザ。ところが神経もキレやがったのか、よりにもよって学校を襲って立てこもりの挙句に爆死だ。後で判明したのが、その高校の女生徒と関係を持っていて、痴情の縺れが原因というのだから、みっともない。」
「被害者の女子高生、皆木原(みなきはら)さんでしたっけ。レイプされて脅されていた・・・。外国へ引っ越したと聞いていますが。」
「・・・しかし、皆木原の言うことが嘘だとしたら?」
「え?」
「更に、皆木原を操っていた男が、あの高校の教師の中にいたとしたら・・・。」
「まさかあ。」
そう言いつつも、小森も思い当たることがあるのだろう、疑っていても絵空事とは思っていない様子だ。
荒唐無稽な話を聞いている様子ではなく、あくまで可能性の多寡を考えている。
「最強の超能力とは、人を操る能力だよ。」
「人を操るというと、あの九古という男も・・・。」
小森は今年の春の、苦々しい事件を思い出していた。
「確か彼は、過激派とも繋がりがあるとか。妻は元自衛官だそうですが。どういう組み合わせですかね。」
「まあ、彼も問題の多そうな男だが・・」
しかし大西警部は、言った傍から首を振る。
「あんなものじゃないんだ。九古鈍郎の能力は多くの制限つきで、あれで安全な男だということだ。無害ではないがな。」
「はは、矛盾して聞こえますね。」
「人間は食品じゃないからな。」
大西も笑いながら返す。
「しかし本当に、ああいった制限の無い、掛け値なしの催眠能力者がいるとすれば?」
「・・悪用すれば、簡単に人を食い物に出来ますよ。」
小森巡査は身震いしながら答えた。
「そういう奴が、実際いるとでも?」
疑問の形こそ取ってはいるものの、そこにあるのは"恐れ”だった。
「いないとは言い切れん。いると考えた方が、それ以外のことは納得できる。問題は、その威力だが・・」
大西警部はタバコを吸い終わり、灰皿へ入れた。
そして小森巡査の顔色を見て言う。
「少し休むか?」
「あ、はい。仮眠いただきます。」
喫煙室から出て、2人は布団のある部屋へ戻る。
大西はミルクをレンジで温め、小森に差し出した。
「軽く睡眠薬を入れておいた。」
「ああ、どうも。」
「疲れているときほど、変に昂ぶって眠れないからな。」
「まったくです。」
小森は何の疑いもなく、ミルクを飲んだ。

完全に小森が眠ってしまうと、大西は苦笑いしながら一息ついた。
「ふん、わたしも抜けぬけとよく言う・・・。本当に恐ろしい人間とは、教師や警察官のような、おカタい職業の中にいるものだ。)
部屋を出て行く際に、大西は思わず呟いた。
「・・すまんな、小森くん。」
謝るのも自己満足かと自嘲しながら、大西は囚人たちのいるところへ足を運んだ。
カツコツと響く自分の足音が、やけに不気味だった。

「久しぶりだな、邑甘恵須実(むらあま・えすみ)。いや、ここは敢えて、第十の邪戦士”イヴィル・パニック”と呼ぼうか。」
「何の用?」
反抗的な目つきで、少女は大西を睨んだ。
「ここを出る気は無いか。」
「何ですって!?」
「わたしは第七の邪戦士"イヴィル・ポリス”だ。」
「あなたが"イヴィル・ポリス”・・・。驚いた、チャットのときと性格違うのね。」
恵須実は目を丸くしながら警戒を解き始めた。
対する大西は苦笑いだ。
「そんなに違うか?」
パソコンに慣れてないというのは演技のつもりだったが、実際は慣れた手つきの方が付け焼刃のようなものかもしれないと、やや滑稽な気分になる。
「ま、リアルとチャットでキャラ変わるなんて珍しくないわね。私にしてもそうだし。」
「ああ。」
そう言えば、チャットでの”イヴィル・パニック”は、もう少し上品だったかもしれない。そうした違いに自分は無頓着なのだと思うと、やはり苦笑いが込み上げてくる。
「でも、どうやって出るの? あなたが平気でペラペラ喋ってるってことは、"イヴィル・ヴァイラス”がハッキングを仕掛けてるってことだろうけど。」
「それがわかる頭だから、お前に真っ先に会いに来た。ふん、その頭なら、その先も推測できないか?」
「意地悪しないでよ。ここって内側はともかく、外側には警備がウジャウジャいるのよ? それ、どうやって突破・・」
言いながら恵須実はハッとした。
「ほらな。」
「・・なるほどね、考えてみれば簡単なことだったわ。ここに他の仲間も閉じ込められているのね?」
「ああ。お前を含めて5人だ。」
「5人というと・・・”イヴィル・アタッカー”も捕まったの? 信じられない。あの飛行能力があれば、そうそう負けることはないと思ってたわ。"アインストール”や”ガーディアン”は完全じゃないんでしょ?」
「ふん、いつでも能力をきちんと発揮できる人間などおるまい。優れた人間でも迂闊なミスをする世の中だ。まして凡人はな。」
「凡人?」
「ふん、お前と"イヴィル・ヴァイラス”は非凡だからな。」
「皮肉?」
「嫉妬だ。」
「あははは。」
別に冗談でもないのだが、ウケてくれて嬉しかった。
「でもヴァイラスが天才だとしたら、上層の3人は何よ。」
「そりゃお前・・・」
大西は苦笑いした。
「バケモノに決まっているだろう。」
竦めた肩が、やけに重く感じた。

続いて大西警部が向かったのは、久須見昼の収監室だ。
「チャット以来だな、第九の邪戦士"イヴィル・ポイズン”。わたしは第七の邪戦士”イヴィル・ポリス”・・」
「ぽいずんっ!?」
「っ!?」
昼に一瞬遅れて、大西は驚いて足を引いた。
「ぽいずんっ! ぽいずんっ!」
どうやら喜び興奮してることは察せられるが、しかしどうしたことだろう。チャットでの、口数こそ少ないながら理知的な様子とは、似ても似つかぬ、言葉を失った醜い女がそこにいた。
「ああ、ええと、"イヴィル・ヴァイラス”の手引きで、もうすぐロックが解除される。えー、それでな・・」
「ぽいずん! ぽおいずん!」
昼は大きく2回頷いた。
「・・・・・・。」
やや不安ではあったが、大西は次の部屋へ向かった。

「おー、おま、もしかし”イヴィル・ポリス”じゃね?」
「ああ。蛸原州平(たこはら・しゅうへい)・・・第八の邪戦士"イヴィル・テンタクル”。」
「え、まじ本当に”イヴィル・ポリス”? あ、やべ、カメラ・・」
「安心しろ。"イヴィル・ヴァイラス”がハッキングしてある。」
「あ、そーなの。オレってば、そそっかしいっつーの。」
蛸原はクネクネと体をよじらせて、照れ笑いした。
(相変わらずの軽薄と無思慮。こういう奴が若者の品格を落としてるんだな。)
とはいえ大西は、彼の高い戦闘能力は評価していた。
恵須実は”イヴィル・アタッカー”坂口勝起(さかぐち・かつき)の戦闘力を高く評価していたが、個人的には"イヴィル・テンタクル”の方が強いのではないかと思っている。
その強さにムラがあるから、実際に戦えばわからないが、自分が相手するなら坂口の方がマシだと思う。
「んで、ハッキングって何してんの?」
「ここから出てもらう。」
「おー、助け出してくれるってーの? サービスいいじゃん。」
「もうすぐロックが解除される。他の4人と力を合わせて脱出してくれ。」
「あり? やっぱ自分でやれって? 前言撤回、サービス悪いってー・・・・・仲間? 仲間いんの?」
「・・・ああ。」
「えーと、他の4人って、六、七、九、十か。」
「七はわたしだ。捕まってるのは四だ。」
「えー、あのオッサンも? まー、そーゆーこともあるか。」
「・・・・・・。」
他人を軽んじるこの男にしては、何だか高い評価をしているような口ぶりだった。
チャットでは反目してるような間柄の2人だったので、大西は意外だったのだ。
(・・ふん、わたしの頭が固いということか。)

残るは2人。
大西警部は、"イヴィル・マリオネイター”十島隆子(じゅうじま・たかこ)の収監室へ足を運んだ。
「はい、何でしょう。何かしましたか。何か悪いことしましたか? わたしっがっ、人の邪魔なんかしていない〜いいい、おまわりさん、わたしは違うんです。あいつらが悪いんです。あの人が悪いんです。早く夫を捕まえてください。そして慰謝料を払ってもらいます。助けてください、おまわりさん。わたしは無実です。冤罪です。本当なんです。信じてください、この目が嘘をついてる目に見えますか?」
「・・・・・・・・・。」
これだから、ここに来るのは気が進まない。
大西は内心うんざりしながらも、自分は第七の邪戦士なのだと告げた。
「ああ、本当ですか。わたしの無実が証明されたんですね。娘はどこ? 瑠璃子はどこですか? あの子は、わたしに似て、寂しがり屋さんだから、わたしが側にいてあげなくちゃ。」
「・・・・・・。」
娘にしたことが虐待だと認識していないのだろう。よくチャットでも半狂乱になって自己弁護していたが、いっそう酷くなっているようだった。
用件だけ伝えて大西は、うんざりした顔で歩いていった。

半狂乱といえば、最後の1人は輪をかけて酷い。
・・・そう思っていただけに、”イヴィル・アタッカー”坂口勝起の落ち着いた態度は、少なからず大西を面食らわせた。
そして、それ以上に発言の内容に驚かされた。
「もういい。おれはもう疲れた。」
「・・・・・・。」
どういう心境の変化だろうかと、大西は首をかしげた。
厭世的ではあるものの、どことなく自暴自棄とは違う雰囲気を感じる。
「よろしければ、聞かせてもらえませんか。復讐をと息巻いていたのが、そんな抜け殻みたいになった理由を。」
「抜け殻みたいに見えるか。」
「・・・・・・。」
本当は見えていない。ただの挑発、気つけだ。
「だが、肝心の中身は何だ? おれという人間は、何者でもなかった。抜け殻の方が、まだ形がある。」
「・・・・・・。」
まるで別人のようだと思った。
戦いを通じて何かが変わることなど絵空事だと思っていただけに、大西は柄にも無く感動し、そして同時に恐ろしくもなった。
(人が変われるのだとすれば、わたしが邪悪に与しているのは・・)
「・・間違っているのか?」
「何がだ。」
「坂口さんは、"イヴィル”に与したことは間違っていたと?」
「この世の中に、本当の意味で正しいことなんかあるものか。警察じゃあるまいし、もう”正しい”とか"間違ってる”とかは懲り懲りだ。」
「・・・・・・。」

けたたましい警報音の中で、気絶したフリをしながら、大西警部は考えていた。
("正しい”か”間違ってる”か・・・。そうなのだ。わたしは犯罪者に対して"間違ってる”と思えなくなってきた。守るべき市民も憎むべき犯罪者になるし、憎むべき犯罪者も、かつては守るべき市民だったのだ。多くの若者が絶望を抱いて自殺や犯罪に走り、樋口のような凶悪犯罪者が輝いて見える。そんな社会に首をかしげる中で、わたしは次第に”正義”というものがわからなくなってきた。わたしの信じていた正義は間違っていて、"邪悪”こそが正義ではないかと思うようになっていった・・・。だが、どちらも正しいわけではないのか? 正義は存在しないのか? すまない、江口くん。すまない、”イヴィル・ヴァイラス”。君たちの勝敗に正義の行方を委ねる心の弱さを、どうか許してくれ・・・・・・)
床で横になっていると、どっと疲れが押し寄せてきた。
大西は本当に気を失った。

「・・・部! 警部!」
「あ・・・っつ・・・」
変な体勢で寝ていたせいか、体が痛い。
「無事でしたか!」
「ああ、小森くん・・・。やられ・・・ああ、どうなっ・・・いや、奴らは!?」
「・・・逃げられました。ハッキングを受けた形跡があったようで、電子ロックが全て開いていました。」
「そうか・・・。ふん、アナログの鍵なら、こんなことには・・・いや、それより被害は?」
「幸い、死人は出ていません。4人が重傷だそうですが、助かりそうです。」
「そうか、よかった。」
「ですが妙なことに・・・いえ、これも幸いと言うべきか、坂口は脱獄していませんでした。」
「なに?」
「キーロックは解除されていたんですが。」
「どういうことだ? 罠だとは考えにくいが。」
「まだ傷が癒えてなかったとか?」
言ってる小森は自信なさげだが、坂口と直接対峙した大西は、あながち間違ってないと思った。
(体が弱ってるときは、弱気になるものだからな。とはいえ、それだけでないのも確かだが・・・)
「ともかく、奴らを追うのが先だ。電脳戦士たちに連絡は?」
「はい、既に全員に。」


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「サトリン」第二部まとめ読み
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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/10/01 01:06

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「サトリン」 第十四話 白羽の矢 (起) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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