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zoom RSS 「サトリン」 第十五話 約束のクリスマス (夫婦T)

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:34   >>

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素朴な疑問だが、“人を愛する”とは、どういうことだろうか?
何を以って愛とするのか。示すのか。証明するのか。
ロマンチックな言葉か。豊かな暮らしか。気持ちいいセックスか。指輪や宝石か。相手の幸せを考えて身を引くことか。共に死を選ぶ、または殺すか殺されることか。浮気を許すことか。趣味嗜好を尊重することか。命を懸けてでも守ることか。ひたむきに尽くし続けることか。会話を絶やさないことか。心で想い続けることか。相手の望みを叶えることか。いざというときに味方することか。
おそらく、どれも正しい。どれも間違っていない。愛の形に決まりは無い。
具体的な状況によって、正しいかどうかなど、如何ようにも変化しうる。
また、正しいかどうかで論ずるべきではないとも言えるだろう。証明するようなものでないとも。
それを前提として、筆者の意見を述べさせてもらえば、「パートナーの負担となる人間関係をシャットアウトすること」だと思っている。
浮気が良くないのも、パートナーの負担になるからだ。それだけが理由ではないが、それだけで十分だろう。
パートナーの負担にならなければ浮気してもいいという意味ではない。パートナーの負担になるような人間関係を維持することは、浮気に等しい悪であるという意味である。
かつての鈍郎の仲間、左翼には、女に杓をさせたり、お茶酌みをさせたりするのが、当たり前だと思っているような男性も複数いた。そうした連中が「奥さん、お酒」などと笑顔で言うことが、どれだけ茶倉にとって、精神的負担となるか。
それが平気な女性もいるが、茶倉は平気ではない。胃を痛めるほどに苦痛だ。
当たり前のように女を召使いとして見るバカ男は、死ね! 死ね!
それは鈍郎も同じ意見だった。何なら、「奥さん」という呼称も気に食わない。夫を「主人」と呼ぶのも気に入らない。
男が主で、女は家の奥にいる、そうした考え方に基づく呼び名は、自分たちには相応しくない。
他人同士のことまで口出ししないが、累が自分たちに及ぶなら別だ。
だいたい、人の妻に対して何だその馴れ馴れしい態度は?
(考えるだけでムカムカする)(死ね)
考えるだけで腹立たしいので、口には出さない。
それは茶倉も同じだった。
(鈍郎が、あの脳筋バカどもから「ひ弱な奴」とか言われると思うと、ヘドが出るわ! くたばれゴミカス!)
茶倉も鈍郎も、考えていることは似通っているのに、それを言葉にしないから、相手が何を考えているのかわからない。
「あなた、今日はシチューにするわ。」
「了解。私は洗濯物やっておく。」
どれだけ激しいことを考えていようとも、交わされるのは淡々とした事務的なセリフばかり。
互いに相手のことを、クールでミステリアスな人物だと思っていた。
(茶倉はカッコイイなあ。)
(鈍郎はいつも余裕だわ。)

そのまま数年が過ぎた。


結婚式は挙げない。花もドレスも唄も無い。役所に届けを出すだけの、事務的な作業。
茶倉の花嫁姿が見られないことを、吉岡一曹は残念がっていたが、三角は「九古くんらしい」と言っていた。
(新生活。)
それぞれ一人暮らしだったのを引き払って、茶倉の貯金で小さな家を買った。三角が伝手を辿って探してくれた物件は格安で、感謝するしかなかった。自殺者の出た物件だから安いのだったが、2人は恐れなかった。むしろ、ここで死んだ人の犠牲の上に自分たちの生活があるのだと、厳かな気持ちになるくらいだ。
前にも述べたことだが、生活面での合理性は大きかった。バラバラに暮らしていたときの合計値よりも、水光熱費が安く済むし、家事も手分けして行えばスムーズだ。片方が忙しいときや調子の悪いときに、もう一方がフォローできるのも地味に大きい。それぞれ特に拘りは無く、本棚を置かなくてはならないという部分は完全一致した。
「結婚してよかったわ。」
「まったくだ。」
色気が無いと言えば、そうなのかもしれない。
生活面での快適さが最大の喜びだというのは、打算的だと言われるかもしれない。
その意見は間違ってはいないのだろうが、余計なお世話だ―――ただ、互いに相手をクールな人間だと誤解しているあたりには、筆者としても一言物申したくなるところではある。
冷徹な合理性も人格の一部分ではあるが、互いに自分の言動の素っ気なさには無自覚で、相手の方がクールだと思い込んでいた。
そのことは後に、大きな問題となっていくことになる。

「ところで茶倉、沖縄に行かないか。」
「行きましょう。」
2人の会話は専ら、生活のことと、そして社会のことだった。
1997年から1999年あたりまでの間に、茶倉と鈍郎は、最初はポツポツと、そして次第に深い内容まで話すようになっていった。
戦争、貧困、差別、迫害、民族主義、領土問題、思想、主義、信条、宗教、論理学、自然科学・・・・・・2人が“思想的同志”となっていくのは、このあたりのことである。
夫婦というよりは。
同胞というべきか。
あまり話をしていないというのは、鈍郎の主観であり、実際には多くを語り合っていた。いわゆる“夫婦らしい”会話の少なさが、鈍郎の主観を歪めていただけだ。
そしてそれは、茶倉も同じだった。
互いに、自分の方が喋りすぎているのではないかと、落ち着かない気分だった。悪い意味で“自分語り”になってしまっていないか、不安だった。
1998年8月の沖縄旅行は、遅すぎた新婚旅行と言えなくもない。しかし鈍郎に、そうした意識は特に無かった。
(再び来たぞ沖縄。)
(これって、新婚旅行?)
茶倉にとっては未だに新婚の気分である。ホットである。
しかし名前の通り鈍い夫は、かつての未練を埋められる喜びでいっぱいだった。乙女心のわからん野郎である。
しかしそれは茶倉にも責任の一端はあるのだろう・・・そして鈍郎も、朴念仁ではない。美人妻との旅行に浮かれているのも、れっきとした事実であった。
(いかんいかん、こんな浮ついた気持ちでは、戦没者に失礼だ。)
よこしまな気持ちを抑え、鈍郎は各地を訪れていった。

旅行では性交渉は無かった。
そのことを鈍郎も茶倉も、態度にこそ出さなかったものの、残念に思っていた。
この問題は根が深い。沖縄旅行のときだけの話ではない。
結婚してから茶倉と鈍郎は、一度もセックスをしていなかった。
したくないわけじゃない。肉体的に不備があるわけでもない。精神的な鎖ゆえ―――それは双方の内心に深く絡みつき、こびりついている呪いなのだ。
茶倉にとっては、セックス―――子供を作ることは、無駄で、害悪で、不幸なことだと、子供時代の経験から心に染み付いていた。男に捨てられ、貧困の中で自分を育て、発狂し、今も入院している母親。その姿を思うほどに、そして周囲からの嫌な声を思い出すほどに、子供を作るのが嫌で嫌で仕方なかった。わずかでも子供が出来る可能性があることは、したくなかった。
「子供は欲しくありません。子供は嫌いです。」
鈍郎に向かって述べたのは、思考過程をスッ飛ばした結論のみだった。
社会や学問のこととなると順序だてて話せるのに、この手のことは、いつもこうだ。
奥手とか、照れくさいというより。
過去を語りたくないのだ。
「そうか。」
素っ気なく返事した鈍郎だったが、内心では悶々としたエネルギーが蓄積していた。率直に言えば、犯したい。
しかし同時に、どこか安堵したのも事実だったのだ。
『おまえなんかに子供を育てる資格なんか無いからな! おぼえとけよ!』
舜平に言われたセリフがリフレインする。
覚えているとも。
しっかり覚えているとも。
『・・・・・・死ねよ、恥知らず。』
自分の言った、このセリフも。
(ガキは嫌いだ)(死ね)(ゴミが)
今でも思っている。
(茶倉も)(子供は嫌いだと)(良かった)
鈍郎は、いわゆる“子供好きな女性”が気に食わない。子供を可愛いものだと、目を輝かせて語る人間が好きではない。
子供に嫌な思いをさせられている人間に対して、「子供なんだから大目に見てあげて」と、無神経な暴言を吐き散らすゴミには、心底ヘドが出る。
意識の高い子供を“子ども扱い”して見下し、可愛がっているつもりになっている大馬鹿者は殺してやりたい。
そして同時に、自分は幸せ者なのだと思った。
茶倉とセックスできないのは、つらいことだが。
それでも、今まで散々の散々に味わってきた下卑た吐き気を味わうことのない、良きパートナーに巡り会えたことは、幸運であり、幸福だ。
美しい妻を間近で眺めていられるのは幸せだ。トータルで考えて、これは何かの罠と思うほど幸せだった。
(やっぱり夢か?)
ほっぺたを思いっきりつねってみた。
幸せな痛みだった。


自分の考えていることは自分でわかるが、他人の考えていることはわからない。他人が恐い。
こちらの精神的な事情を知らないまま、自分の与り知らぬところで、不利益な行動をしていることを想像してしまい、不安で落ち着かない。刃物で自分の腕を切り刻みたくなる。
そうした恐怖は鈍郎には感じないが、しかし夫といえども他人なのだと、茶倉は痛感する。
子供が欲しくないという言葉に、素っ気なく返事されて、安堵したのは確かだが、同時に不安になっていた。
それほど強い口調で言ったつもりはないが、しかし内容からして既に、夫を、男を傷つけるのに十分ではなかっただろうか?
あくまで「子供が嫌い」というのが主たる思考なのだが、「あなたの子供なんて欲しくない」という意味として捉えられてしまってはいないか。
(というか普通そうよね。)
顔が青くなるが、今更それを蒸し返すのも気が引ける。何と言えばいいのだ。
鈍郎が自分とセックスをしようという気配が無いことを、茶倉は安心すると同時に疑問に思う。たとえ拒絶されたとしても、男という生き物は、そこまで我慢できるものなのか。
そこまで深く傷つけてしまったのだろうか。
(あるいは―――)
茶倉は、鈍郎の本棚を探ってみることにした。
そもそも押しかけ女房の自分が、鈍郎の好みに合致しているとは限らないではないか。
(あなた、ごめんなさい。)
本棚には持ち主の人格が現れるという。こっそりと人の心を覗いているようで、言い知れぬ背徳感に襲われる。
「―――!!」
そこにあったのは、思いもよらぬ本だった。
人に言いにくい趣味と聞いて、どのようなものを思い浮かべるだろうか。
90年代では、SMも市民権を得ていたとは言いがたい。今でも多数者の賛同は得られていないだろう。
怪奇もの、オカルト。妖怪や幽霊、超常現象なども、自分からは進んで言いにくいかもしれない。
ましてグロテスクやスプラッターともなると、なかなか言えない雰囲気がある。
あるいは、幼児性愛。よく槍玉に挙げられるものとしては筆頭だ。
そして世界的に見た場合、幼児性愛よりも迫害の憂き目にあっているものがある。
(“イイ男”!?)
浮気ではない。そういう意味ではない。
その道では有名なフレーズに、「ウホッ、イイ男」というものが存在するのだ。その“イイ男”である。
すなわち、同性愛。
鈍郎が隠し持っていたのは、山川純一の単行本だった。
(あの人、ホモなの?)
しかしそれは、短絡的な考えというものだった。同性愛者ではなく、男も女も好きな両性愛者かもしれないし、更には異性愛者であっても同性愛を扱った作品を愛好することもある。
自身の性指向と、読む分に何を好むかは、不可分ではあっても同一ではない。
そのことを茶倉は思い返し、同時に、そういった話を吉岡一曹としていたWAC時代のことを思い出していた。

どこへ行っても同じことだが、人が群れるところには必ずといっていいほどセクハラが存在する。
しかしそもそもセクハラとは、セクシャル・ハラスメント、すなわち性的な“嫌がらせ”のことである。
より悪質なのは、嫌がらせのつもりでも何でもなく、自然な流れで人に不快な思いをさせる、暴言や行為なのだ。
茶倉は自衛隊時代に、散々そういった嫌な目に遭ってきたが、しかし自衛隊が殊更そうした面が強いとも言えないのだろう。体育会系ゆえに多めではあろうが、他と有意な差があるかどうかは疑問だ。
後に鈍郎の話を聞いたとき、左翼の中でも下卑たものが罷り通ってると知ったとき、まさに“どこへ行っても同じことだ”と思ったものだ。良い人の知り合い全てが良い人ではない。集団が大きくなるほど嫌な塊が大きくなる。
そして同時に、吉岡との出会いは、そうしたことへの対策としてもありがたかった。
彼女が教えてくれたストレス解消法、それがBLである。女を見下すような発言をしてくる男どもを、「そんなに女が嫌いなら男同士で乳繰り合ってろ」とばかりに、脳内で濃密に絡ませるのだ。
それは単なるストレス解消の域に留まらず、茶倉の嗜好は明らかに、そういう方向へと偏っていった。吉岡と妄想を語り合ったり、WAC内部で小説を書いて回したりした。
ちなみに筆者も、実在の人物をネタにしてのカップリングを考えることがある。
いつだったか、新聞の一面にアップで映し出された小○と鳩○の2人に、「顔近い近い近いwww」と萌えたとき、“ナマモノ”へ開眼したと言えるだろう。
他には、「前から憧れてました」発言の、橋○攻め石○受けの下克上カップルが熱い。

「男性の同性愛者は“ゲイ”と呼ばれるけど、私は“ホモ”の方が音の響きが柔らかくて好きなの。」
いつだったか、吉岡一曹が言っていた。
分子科学でも出てくるが、“ホモ”というのは“同じ”という意味であり、本来そこに差別的な意味は無い。
しかし“チョーセン”と同じく、差別的な意味で使われてるうちに、差別用語となってしまった。ゆえに使うときには注意が必要だろう。
「ゲイの中にも、気にする人、気にしない人、好んで使う人もいるわ。しゃかりきに差別用語だって言葉狩りをするのではなく、いろんな考えの人がいることを認め合わなければいけないわね。」
そのとき確か、“マイノリティーの中のマイノリティー問題”についても話題になったのだった。
例えば同性愛者のスポーツマンがいるとして、彼は自分のことを、まず同性愛者として見てほしいだろうか?
それとも、スポーツマンとして見てほしいだろうか? あるいは両方かもしれないし、両方とも違うかもしれない。
すなわち、同性愛者だからといって、同性愛者として見てほしいとは限らないし、まして“マイノリティーの自覚”を持つ義務があるわけでもない。権利を主張しなければ、課せられる義務など、ありはしないのだ。
同性愛というのは、世間的にはインパクトの強い“属性”(カテゴリ)だが、それが当事者の望む“個性”(パーソナル)と必ずしも一致しないのである。

“マイノリティーの中のマイノリティー問題”は、突き詰めれば少数派だけの話に留まらない。
男である前に商人である者もいれば、女である前に棋士である者もいるだろう。大人とか、子供とか、民族とか、人種とか、そういった“カテゴライズされるもの”全てにおいて、こうした問題は付き纏う。
茶倉にとって、女であることは自分の属性の1つに過ぎない。女だからという理由で見下されるのはヘドが出るが、さりとて“女性の解放”なる胡散臭いものに賛同する気にはなれないし、まして“女らしさ”など肥溜めにでも放り込んでおけと思う。
男尊女卑であれ、女性解放であれ、性別を第一カテゴリに置いている時点で、茶倉にとっては等しく煩わしい。
逆に言えば、茶倉はBLを愛好するが、ただ男同士が絡んでいればいいというものではない。愛好するのもBLだけではない。茶倉からしてみれば、ジャンルだけで好き嫌いを決めるのはナンセンスだと思うし、ジャンルの定義を狭めるような言説も嫌いだ。
字面で言えばBLとはボーイズラブ(少年愛)のことであるが、大人も普通に登場するし、登場していい。また、“ゲイ向け”と“女性向け”を過度に分け隔てするのも考え物だ。見目麗しい男たちの絵を好む男性もいれば、むくつけき男たちの絵を好む女性もいる。
茶倉にとって、その2つは別物であっても、別腹でもある。どちらかだけを愛好し、もう片方は受け付けない、というタイプの人間ではない。
(これ面白い。)
山川純一のコミックスを読んでいると、玄関のチャイムが鳴った。そして鍵を開ける音。夫だ。
「ッ!?」
慌てて本を閉じて棚へ戻し、茶倉は自分の本棚から「真珠夫人」を取り出して、適当なページを開いた。瑠璃子が美奈子に頬ずりしているシーンだった。
そこへ鈍郎が疲労と充実の中間みたいな顔で現れたので、茶倉は微笑を浮かべて挨拶した。
「おかえりなさい、あなた。」
「ただいま。」
鈍郎は本のタイトルに一瞥くれてから、背広を脱ぎつつ自室へ歩いていった。
(ふーっ、何とか知的でクールな妻を演じきれたかしら。)
エロ本を読んでいるところを母親に見つかりそうになった中学生男子の心境とは、こういうものだろうかと思いつつ、茶倉は「真珠夫人」の続きを読み始めた。
しかし、ふと母親のことを思い出して、手が止まった。
(お母さん・・・。)
母親の入院費を稼ぐ為に自衛官になり、同じく家族の為に自衛官になった吉岡と出会った。この手にある「真珠夫人」は、結婚祝いに吉岡からプレゼントされたものだ。そうでなければ一生読む機会は無かったかもしれない。
世の中は、どれだけ偶然の産物で満ちているのだろう。対極的には必然の範疇であっても、人生を辿っていけば偶然の連続だ。あらかじめ起こることを知っていれば、覚悟は出来るが、感動は薄れてしまうのだろうか。
このとき茶倉は、まだ自分の運命を知らない。
20歳を迎えて間もない冬。


ノストラダムスの“大予言”は、100パーセント間違っていたわけではない。
彼が生きていた頃、社会は酷い状態だった。そのことを直裁的に言ったのでは、権力者に疎まれ殺されかねないので、曖昧な表現を使ったのだ・・・という説がある。
そういう意味では、ノストラダムスは予言者だった。予知ではなく、警鐘を鳴らしていた。
1999年7月に、人類は滅びなかったが、極度の不幸に見舞われた人にとっては同じことだった。あるいは、滅亡を迎えた方が良かったとさえ思う人もいた。予言を信じる人は、滅亡を望む人数に比例していた。
茶倉と鈍郎は、そこまでのことは思わなかったが、これが自分たちにとってのアンゴルモア(恐怖の大王)かと思う出来事があった。
「・・・!」
茶倉の母が死んだ。
「・・・・・・。」
享年46歳。それが早すぎる死なのかどうかは、20代の茶倉と鈍郎にはわからない。
同じ46歳まで生きても、わからないかもしれない。
悲しみは無く、ただ喪失感が大きかった。
鈍郎にとっては、一度だけ会ったきり。会っても楽しいことはないから、義理だけで会うのは無駄だからと、茶倉に止められていた。茶倉としては、やつれた母親の姿を見られたくない気持ちもあったかもしれない。
(私は薄情だ。)
いつからか、病気の親は重荷になっていた。それを自覚したのが、母親が死んでからというのは、良かったのか悪かったのか。自分は薄情だと思うことで、逆に人間らしさに縋ろうとしているのか。
形ばかりの“人間らしさ”など、煩わしい。葬式はせずに、遺骨も捨てた。興味本位で、骨の欠片を口にしてみたが、無味乾燥な印象しかなかった。
(こんなものが、お母さんの人生か。)
母親の人生を全て知っているわけではないが、幸せではなかったのだと思う。
自分を育てて、幸せだったのか。
きっと、そうではなかったのだろう。
子供を作れば親になるわけではなく、子供を育てることで親になる。だが、母親は常に母親でなければならないのだろうか?
咲村志織は、茶倉の母親として死んだ。それ以外の何者かであれたとは思えない。
母性を神格化する連中は、母の愛というものは無尽蔵の資源だとでも思っているのだろうか。
子供を育てる為に、苦労して、疲れて、やつれて、くたびれた女を、美しいと思えるのだろうか。
ふざけるな。
生命力を絞り尽くされた人間を美しいと称えるのは、生命力を搾り取ることを美しいと言ってるのと同じだ。
安易なヒューマニズムは、既にヒューマニズムではない。
(おやすみなさい、志織さん。)
母としてではなく、ひとりの人間として、茶倉は自分を育ててくれた人の名を呼んだ。
どこか、しっくりきた。
ようやく彼女の死を受け入れることが出来た気がした。
脳裏に浮かぶのは骨の欠片ではなく、アルバムに残る少女の笑顔だった。



夫婦の物語は続く。
志織が死んでから、茶倉の中で少しずつ疑問が大きくなってきていた。
(あれは、あのときの“イヴィル”は、何だったんだ・・・?)
もはや子供ではない。あれが単なる発狂でないことは理解している。
決して“咲村志織”ではない、別の“何か”。
それとも、この思考そのものが、自分が病んでしまっている証なのだろうか?
現実を正しく認識するほど、人は心を病むという。それは現実が惨たらしいということではあるが、心が病んでいれば現実を正しく捉えられているという意味にはならない。逆のケースも多いだろう。
自分が妄想の世界にいないと、誰が証明できるのだ。そもそも鈍郎と出会えたことからして、出来すぎている。
あるいは、吉岡一曹は?
全て自分の作り出した、架空の人物・・・?
(ああ)(疲れてるな)
あまりにも自分の理想的な夫と友人を持ったせいだろうか。
それとも案外、自分と通じるタイプの人間は多いのだろうか。
少数派といっても、どれほど少数派なのか。言葉のイメージをネガティブな方向に増幅させてはいないか。
くだらないゴミどもの声が大きいせいで、そんな連中が多数派だと思い込んでいないだろうか。
現実がどうであれ、そのくらいポジティブに考えている方がいいのかもしれない。心を病むなど、まっぴらだ。
それは吉岡一曹の受け売りだが、自分の思いとズレていない。
精神病者への差別は忌むべきものだが、それを撤廃しようとして「精神病は個性だ」と唱えることも、差別と同じだけ忌むべきものだ。よりタチが悪いかもしれない。
父親が精神病院に入院している吉岡一曹の言うことだからこそ、生々しい迫力があった。
そして穏やかで理知的な彼女の言うことだからこそ、説得力があった。
“心を病むのは、死ぬことと同じだ”。
それくらいの危機感を持っていなければ、その程度の危機感も持っていなければ、とても真剣とは言えない。
心を病むことを楽観視するのは、それだけ人の心を平気で傷つけているということでしかない。
大概自分も病的な方だと思っている茶倉だが、吉岡一曹から話を聞いて、自分は疑いようもなく健常者なのだと知った。
正気と狂気の境目など定かではないと、したり顔で言う人々の、どの程度が“正しく認識し”ているのだろうか?
境目を越えることは容易いのだ。手を突っ込む程度であれば。
しかし、手を突っ込むのと身を浸すのとでは、大きく異なる。
まして、常にそこにいる者とでは、獣と魚ほどに質的な違いがある。
水に潜れるからといって、魚の気持ちを理解できたと思うのは、それこそ潜った距離よりも浅はかなことなのだ。


あくまで九古鈍郎の主観ではあるが、振り返って考えてみると1999年―――7月に茶倉の母が亡くなった頃から、夫婦の不和は始まっていた。
ぎくしゃくしていた。
考えていること、思っていることを伝えようとして、上手く言えない。
それは客観的に見れば、コミュニケーションを取ろうとする副産物であり、相手との関係を進めようとしている証なのだが、しかしあくまで客観であり、主観的にはディス・コミュニケーションの劣等感を刺激するのみだった。
しかし決して無為な努力でないのも確かだった。
結果オーライ、終わり良ければ全て良しと、よく言われるが、経過なくして結果なし、でもある。
経過を疎かにする者に、良き結果など訪れるはずもないし、だいたい最初からスマートな努力など出来るはずもない。
“努力も才能のうち”という言葉があるが、半分は正しく、半分は間違っている。
頑張っても報われない人に対して、慰めや励ましとして言うのであれば、およそ正しい。
しかし、努力を放棄する言い訳に使うのは、明らかに間違っている。おそらく、“スマートな努力”だけが“努力”なのだと思っているのだろう。
スマートな努力が美しいのは事実だが、それだけが努力だと思っている人は、他人の努力を低く見積もる物言いにも長けている。「今時の若者は努力を知らない」などと、恥ずかしげもなく口にする連中が、さて自身どれほどの努力をしているのか、大いに疑ってみる必要はありそうだ。
そうした意識の人間は、老若男女どの層にもいるようで、愚にもつかない若者論の再生産と供給に、一役買ってくれているのである。
最初からスマートな努力が出来るのは一握りで、鈍郎の兄・鋭郎が、その一握りだった。名前の通りシャープな兄に比べて、弟は鈍かった。ぎくしゃくして、そわそわして、咽に言葉が引っかかる。苛々する。
だが、乗り越えた後になって理解できた。それこそ努力していた証拠だったのだと。
途中で放棄しなかったのは、兄に対する尊敬の念のおかげであり―――そして同時に、あのシャープな兄も内心では苛々していたのかもしれないと思った。
しかし兄も自分も、それを無闇に態度に出すことはしなかった。まして人にぶつけるなど、決してしなかった。
他人に八つ当たりすることを、自分に許してしまったら、自分は壊れる。自分でなくなる。フラットな精神状態のときこそ、その恐怖は強かった。
そしてそれは、茶倉も同じだったのだ。
結果が出るまでに数年かかったが、しかし良き結末に辿り着けたのは、互いに辛抱強かったからに他ならない。
どちらかが一度でも、ふてくされた幼稚臭い態度を取っていれば、破局していたに違いないのだ。
コミュニケーションは、双方の協力あってこそ。たとえ一方が、どれほど誠意を尽くして接しても、成立しないことだってある。いや、成立しないことの方が多いだろう。
ファシズムをコミュニケーションと勘違いし、そこに染まらない者をコミュ障と呼んで疎外する者は多いし、ディス・コミュニケーションの中にも、“ひとりファシズム”が意外と多い。
そんな中で、出会えただけでも奇跡かもしれない。
まして結婚までするなどとは―――


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「サトリン」 第十五話 約束のクリスマス (夫婦T) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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