佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第十五話 約束のクリスマス (夫婦U)

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:36   >>

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ようやく物語は2003年まで辿り着くこととなった。
すなわち、九古鈍郎がサトリンに電話をかけた頃だ。
夫婦仲が上手くいってないことを悩んでいた鈍郎は、サトリンに出会ったことで、その悩みが解決するのだが、実のところ、それは正確な表現ではない。
結論から言えば、サトリンは何もしてない。彼女のしたことは、鈍郎の悩みを見抜いたことだけだ。
鈍郎は、テレパシー能力か何かで精神を良好になるよう操作されたのだと思っているが、そんなことは露ほどもしていない。
鈍郎は茶倉が優しくなったと感じているが、茶倉からすれば、変わったのは鈍郎の方である。
変わったのは、意識。
既に十分な客観条件の整ったもとでは、意識改革こそが最後の一押しとなる。
そして同時に、この夫婦円満は戦慄のプロローグでもあった。
茶倉にとっては10年、鈍郎にとっては20年の時を経て、再び“超能力”が運命に食い込んできた。
それも今度は、より深く、がっちりと掴んで。

夫の様子がおかしいと気付いたとき、真っ先に浮かんだのは浮気だった。
結婚してから数年、近所との付き合いも増えてきて、鈍郎の新しい人間関係で、茶倉の把握してない部分も少なくない。家庭教師をしている鈍郎は、近隣の主婦たちと親しく、そのことは以前から少なからず気になっていた。
自分を謙遜なく客観視したとき、容姿とプロポーションについては上々だと思うが、性格が悪く、セックスも拒んでいる女である。個人として高いスペックを獲得したものの、妻として、男に対する女として、決して優れているとは思ってない。
もしも優しい性格の床上手な主婦に誘われたら―――そう思うと、顔も知らない相手を八つ裂きにしたくなる。
(殺す殺す殺す殺す殺す)(殺してやる)
しかしそれは杞憂どころか、鈍郎に対して失礼な話というものだった。彼とて聖人君主ではないが、さりとて一線を踏み外すような真似はしない男だ。古いとか恐いとか言われようと、生涯ひとりの女を愛し続けるのが当たり前だと考えている男なのだ。
とはいえ、そのことを茶倉は知らない。
(尾行してやる)
そう考えたとき、何故か無性に楽しくなってきた。
もしも茶倉が子供の頃に、友達と遊んだ経験を持っていたら、ノスタルジックな気分になったかもしれない。
子供の好奇心や冒険心は、大人の嫉妬心や不安感と比べて、絶対値の大小はわからない。
ミヒャエル・エンデの言うところの“幸せな子供時代”を過ごしたことのない25歳は、身も心も少女のようになって夫の後を付けた。何だか父親の後をイタズラで付けているような気分だった。
(私は鈍郎に父性を求めてるのかしらん?)

夫を尾行した結果、浮気の可能性は無いと判断した。
茶倉は夫を疑った自分を恥じながらも、しかし別のことを考えていた。
(あの人の様子がおかしいのは確か。となると、もう少し調べてみた方がいいみたいね。)
もしも見つかって怒られたとしても、それはそれで望むところかもしれない。
父親に父親らしいことをしてもらったことのない茶倉は、今更そのことを恨みに思っていなかったが、しかし“父と娘”というシチュエーションには今でも憧れていた。
ファザコンとは少し違うのだろう。強いて言えば、夫婦なのだから、“父娘プレイ”とでも呼ぶべきだろうか。
妻に母性を求めたがる夫が少なくないように、自分は夫に父性を求めたがる妻なのかもしれない。
もちろん、強要するつもりは無いのだが・・・。
(そう言えば、お母さんに叱られたことってあったっけ・・・?)
死んだ母親のことは、なるべく思い出さないようにしていたが、父親から母親を連想してしまった。
(“イヴィル”。)
またしてもゾッとする言葉が頭をよぎる。
このことを考えない為に、母親のことを考えないようにしてきたのだ。
(“イヴィル”。)
しかし、それだけでは手がかりが少なすぎた。茶倉は、それを頭の隅へ置いて、捜査の続きに乗り出した。
もはや尾行に留まらず、鈍郎の足跡を辿るほどになっていた。
(私はストーカーか?)
とはいえ夫婦である以上は、鈍郎が許せば問題ない。叱られても望むところだ。
それだけでは、罪悪感から早々に捜査を打ち切ったかもしれないが、警察が動いていることが、彼女を後押しすることになった。
(警察なんかに捜査されるくらいなら、私がやる。)
実際には、警察が動いているのは、“ブラックタイガー”と“ホワイトドラゴン”という暴走族チーム、それから四方髪連合に関係することだったのだが・・・しかし鈍郎も警察から左翼に属していた過去を調べられたりしていたので、茶倉の不快感は、あながち見当違いでもなかった。

手がかりを掴んだのは、横浜中央病院。
20年以上も前の話だが、ここで看護婦が殺害されるという事件があり、それはエスパーの仕業によるものだった。
そこに辿り着くまでにも、時間を要した。おぼろげに経緯が見えてきた頃には、既に冬が近かった。


劇的な飛躍は、地道な下地なくしては起こらないのだと、茶倉は痛感した。
あちこち動き回って集めた材料を繋ぎ合わせ、足りない部分を推測し、ようやく全貌が見えてきた。
(“サトリン”。)
このキーワードに辿り着くまで、どれだけ費やしただろう。半年という時間は、人生において馬鹿には出来ない。
そして社会も、半年あれば激変しうる。
2003年というのは、イラク戦争の始まった年だった。反戦デモを目にするのは初めてではないが、このときばかりは驚かざるを得なかった。
道いっぱいに広がる人の波。それに時代のうねりを感じたことは、記憶に古くない。
もっとも、それに加わるつもりはなかった。“反戦”なるものが気に食わないのもあるし、夫と、そして“サトリン”の方に興味関心が強いというのもある。
それだけなら、あるいは夫が誘えば参加したかもしれないが、鈍郎は茶倉を誘うどころか、自分も行かなかった。
「20世紀のうちは反戦平和を笑いものにしていた奴が、あの中に1人でもいるかと思うとな。」
珍しく苛立った声を出した鈍郎は、冷ややかな目つきで人の群れを眺めていた。
運動が大きくなるほど、鈍郎は肩身の狭い思いをするのだろうか。
だとしたら―――
(弾圧されてしまえ。)
もしも自分がWACに籍を置いたままだったらと考える。
命令されれば、今なら喜んで国民に銃を向けられる気がする。
今の自分が、あまり良くない精神状態なのは認識しているが、どうにも抑えきれない。嫌な気分を抑え込んで、いっそう気分が悪くなるよりは、開放して発散したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。さぞかし気持ちいいだろう。
妄想の中で、何度デモ隊に向かって銃をぶっ放したかわからない。
叫びながら、怒りながら。
(ああ)(駄目だ)
心のスイッチが負の方向に入ったまま、変なところに引っかかって動かない。
こんなとき、別のことを考えるか、気晴らしになることをすればいいのだろうが。だが、デモ隊のシュプレヒコールは、耳を塞いでも手をすり抜けて響いてくるし、両手を使えば作業は出来ない。そのうち耳が痛くなる。

気が付けば武器を買っていた。
黒光りする銃に、手榴弾。
夫には内緒だ。そもそも違法だ。
これがあるだけで、いくらか気持ちが楽になる。いつでも殺せると思うからこそ。
(本当に?)
それ以外の感情があることを、茶倉は誤魔化さなかった。
吉岡一曹も、わかっていたのだろう。茶倉が武器を買うとき、何も訊かずに世話をしてくれたのだ。


あるとき鈍郎から、こんなことを告げられた。
「なあ・・・超能力って、あると思うか?」
茶倉は食べかけのパンを落としそうになり、慌てて掴んで皿に置いた。
「あなたは科学人間だから、“いいえ”という答を望んでいるのでしょう。だから私がそれに答えるのは無意味です。」
我ながら可愛げが無いというか、冷たいというか・・・。思わず目を伏せてしまった。
こういうとき、相手が夫であっても、敵に対するように冷静な態度を取ってしまうあたり、まだまだ自分は殻に閉じ込められているのだろう。
そう思いながら茶倉はコーヒーを飲み干し、伏せた目を上げて鈍郎を見つめた。
「しかし、あなたは今、迷いが生じている。だから、私の言うことを信じるというのなら、その問いに答えましょう。」
予防線を張ってからでないと、まともに質問にも答えられない。そんな自分は、あまり好きじゃない。
それだけに、鈍郎の言葉は嬉しかった。
「・・・信じるさ。もう自分も疑わしいが、お前なら信じられる。」
言われて茶倉は、胸のあたりが甘く疼いた。
(ああ)(この人は)(私に肩を預けてくれている)
これが母性というものだろうか。
いわゆる“母性本能”などというものは、胡散臭く下卑たものだと思っている茶倉だが、人と人との対話から生じる温かさは否定しない。そういった温かさは、たくさん鈍郎から貰ってきた。
「それでは答えます。超能力は、あります。」
「ある・・・・。」
鈍郎の表情に曇りが宿る。
「エスパーは実在するわ。私の母は昔、ミルという少女のエスパーに両手の骨を折られたのよ。」
その事件のことを、茶倉は断片的にしか知らない。病んでいた母の言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。
しかし、言葉の全てが事実ではないにしろ、核心部分だけは真実だった。
「科学は、せいぜい“万能”止まりよ、あなた。決して“全能”じゃない。」
その“万能”すら、扱う人間の拙さによっては全然おぼつかない。証言に嘘や間違いが含まれているからといって、全てを嘘や間違いであるかのように主張する愚は、科学でも何でもない。集合論をイチから学び直せ、話はそれからだ。
「現代の科学で解明できないものなんて腐る程あるわ。重力の正体だって、今の科学では解明されてないのよ。サイコキネシスも重力と同じ、目に見えない、離れてはたらく力。そう考えれば納得できる?」
「・・・・・・・・・。」
鈍郎は流石、愚かなエセ科学人間ではない。すぐに茶倉の言うことを、言外まで捉えて、納得した表情になった。
科学人間にとって、納得は心の安寧だ。
「科学が、この先もっと進歩すれば、超能力とかそういったものの正体も明らかになる。でもそのときは、また別の謎が出てくるでしょうね。」
このとき茶倉は、自分の言葉にハッとしていた。
超能力とか、そういったもの。
それは“超能力や魔法”という括りで言ったつもりだったが、別の意味でも捉えることが出来る。
超能力とか、そういった能力を有す―――超能力者、とか。
能力と人格は不可分ではあっても別物だ。当たり前の話だが、超能力というインパクトに目を眩まされて、忘れがちになってしまう。
少なくとも、話の通じない“バケモノ”ではない。
(ただし)(話の通じない“人間”であるかもしれない)
超能力者も人間だ、といったところで、それは安心材料にはならない。むしろ茶倉は、“人間”である方が恐い。
・・・人としての枠を超越した、高度な知的生命体。
・・・上位種としての使命感や、異能者としての孤独感に満ちた者。
そういった一種の“理想”ではない、俗で卑しさも抱えている“人間”だとしたら。
(きっと)(その方が恐い)

2003年の12月。
クリスマスの日、夫は帰ってこなかった。
今までクリスマスを祝ったことはない。すぐ帰ってくるはずの夫が帰ってこなかったことが問題なのだ。
(何か)(事故)(死)(まさか)(帰ってこない)(誰かに)
もしも鈍郎がいなくなったら、自分も生きていられない。
恋を知らなかった頃は、甘ったるい乙女心、ありえない一途さだと思っていたが、今なら理解できる。
この感情は甘くない。
自分が自分でなくなるような、崩れる恐怖。
心が病む。壊れる。
心の死。
たとえ肉体が生存してようとも、そこにいるのは別人でしかない。
茶倉と鈍郎は、ふたつでひとつなのだ。
魂の半身。
そんな言葉を、どこかで聞いた。
ぴったりだと思う。
左手をちぎられ、ぴゅーぴゅーと噴き出す鮮血ごと骨を砕かれ毟られ、顔の半分を持っていかれて歯がボロボロに落ちていき、心臓も肺も潰されて足が片方なくて立っていられなくなり脳が理知がぐしゃぐしゃに立って見くろくげだがじゃぐぎがころころぶえるびきああああああ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そのとき自分は、きっと正気を失っていた。
こんなに自分は弱かっただろうか?
いや、正気を失ったのではなく、別の正気に戻ったと言うべきか。狂気とは、こんな程度ではないと知っている。
そして自分は、確かに弱くなったかもしれないが、別の強さを身につけたのだ。
迷うものか。

「ひとりでも生きていける」
「ひとりでは生きていけない」
きっと、この2つは矛盾なく同居するのだろうと、茶倉は思う。
ひとりでも生きていけるが、独りでなくなれば、ひとりでは生きていけなくなる。
それは弱体化であると共に、別な強さを獲得したことでもあるのだ。

「あーあ・・・センセーに奥さんいたなんて・・・。知らなかったな・・・。」
病院の入口近くに、三つ編みの少女が座っていて、意味ありげな言葉を呟いていた。
十島瑠璃子。学園を去って行方知れずになっていた彼女が、ここにいることを、偶然などと思うものか。
茶倉はショルダーバッグからライフルを取り出して、瑠璃子の眉間に突きつけた。
「・・・え?」
「妙な真似をするな。殺されたくなければな。」
我ながら焦っている。
落ち着け。
大丈夫だ。
「九古鈍郎のもとへ案内しろ。」

病院の中は静まり返っていて、人の気配も疎らだった。
油断なく案内させて、鈍郎のいるところまで来ると、そこにもうひとり。
40近くになるはずだが、ミニスカートが様になるほど若々しい女。
「る、瑠璃子・・・・!」
「七村先輩・・・・・。」
(七村? そうか、こいつが・・・)
「動くなよ、七村七美。こいつを殺されたくなかったらな。」
「なぜ・・・わたしの名前を・・・・。」
「そんなことはどうでもいい。」
茶倉は2人を10メートルほど離れるよう命じた。
言われるままに離れた2人に向かって、ようやく茶倉は笑った。
「死、ね。」

ダン ダン ダン ダン

死ね死ね死んでしまえ、私と鈍郎を引き裂こうとする奴は皆死ね皆殺す

「迎えに来たわよ、あなた。」
「どうしてここが!?」
「質問は後よ。急いで脱出するわ。」
ほんの1日ぶりの、愛しい夫の姿。
生きていた。生きていた。生きていた。
(ありがとう、吉岡さん。)
吉岡一曹の協力なしには、こうも短時間で鈍郎の行方を探し出すことは出来なかった。


- - - - - -


「うっ・・・。」
七美は呻きながら身を起こした。
第二の戦士“ガーディアン”のおかげで、彼の電子力場プロテクトで、身を守れた。
「リコ、瑠璃子、起きなさい!」
「うっ・・・痛うっ・・・・!」
揺さぶられて瑠璃子も目を醒ましたが、足が痺れて動けなかった。
(咲村茶倉か・・・。吉岡め、やってくれたわね・・・。)


- - - - - -


住み慣れた我が家の空気が新鮮に感じる。
鈍郎は俯きながら口を開いた。
「・・・なあ・・・・。・・・どこまで知っている・・・?」
口調が少々ぞんざいになっている。
声も低く、男を感じる。
「全てよ。」
「全て?」
しれっと嘘をついてしまった。
「そうよ。あなたがサトリンというエスパーを追い回していることも、八谷さんのことも、十島瑠璃子のことも、エイミー・オクトゥバーのことも、四方髪凜のことも、七村七美のことも。そしてあなたがBLにハマッていることもね。」
「なあっ・・・!!!? ※@#д×!!!」
全てを知ってるなんて、真っ赤な嘘。鈍郎の顔ほどに、真っ赤な嘘。
「・・・い、い、い、いつから・・・・?」
「今年の1月ごろ、あなたの態度が急に優しくなったから、いろいろと調べてみたの。そしたらサトリンに・・」
「そ、そうじゃない、BLのことだ!」
震える鈍郎に茶倉は心が熱くなる。
「ああ、それは最初から。」
これも嘘だ。
「7年前の4月、あなたと初めて会ったときからよ・・・。」
そこで鈍郎が怪訝な顔をしたのは当然だろう。初めて出会ったのは、もっと前だし、再会したのも4月ではなく2月だ。結婚したのも9月である。
茶倉が鈍郎と結婚することを“決めた”のが、1996年の4月なのだが、それは鈍郎の与り知らぬことであった。
茶倉にとって、人と“出会う”ということは、ただ顔を合わせることを意味しない。鈍郎を夫と決めたのが、“夫との出会い”なのだ。
「巧妙に隠していたはず、というか・・・?」
BLの所持がバレていたことの動揺が勝ったが、語尾の戸惑いに疑問が顕れていた。鈍郎といえど、このあたりの心理を即座には理解できない。
「初対面で既に、あなたが腐兄であることはわかっていたわ。」
べらべらと嘘を並べ立てる。
気持ちが落ち着かないせいだろうか。
罪の無い嘘とはいえ、虚言癖でもあるのか。もとい、罪の無い嘘だからだろうか。
あるいは本当にわかっていて、BL本を見つけたときに意識しただけかもしれない。
(どちらでも)(いいか)
初めて見せるような笑顔を、茶倉は夫に向けた。
だが、その笑顔も間もなく凍りついた戦場へと変貌することになる。
甘ったるいメロディーが聞こえてきた。

「サトリン・サトリン・サト・サト・リン♪サトリン・サトリン・サト・リン・リン♪」

頭の中に糞がこびりついたような気持ちだった。
全身の穴という穴から汚物が噴き出すような、嫌な感覚。
「・・・どうやら、招かれざる客が来たようね。」
体は手先まで熱が通り、臓腑は煮えたぎるようにグラグラ熱く、鈍く痛い。なのに頭は冷たく冴えている。
茶倉はショットガンを手に取った。
「たとえどんなエスパーだろうと、所詮は人間。こいつで頭を吹っ飛ばせば必ず死ぬ。」
(本当に?)
言葉と同時に、それを疑問視する思考が浮かんできた。
口にするまでもないはずのことを口にしたのは、そうではないと知っていたからではないのか?
(・・・・・・)
外に出た茶倉と鈍郎の前に、“E”の文字が入った帽子の、可愛らしい少女が現れた。
そのとき茶倉は、過去の忌まわしい記憶を鮮明に思い出した。
(イヴィル)(イヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィル)
脳内を文字が埋め尽くす。
あのときの“何か”と同じ。
(イヴィル)(悪魔)
気が付けば、悪魔に魅入られたようにライフルを構え、撃っていた。
その弾丸が少女の頭を一部吹き飛ばしたが、しかし彼女は平然としていた。
「ひどいなあ。」
帽子が吹き飛び、可愛らしい顔の半分が砕け、体内組織が生々しく露出していた。
人間は一皮向けばグロテスクに満ちている。
「馬鹿な。頭を吹っ飛ばされたら生きていけないことくらい、子供でも知ってる! 何なん・・・だ・・・・お前・・・は・・・・?」
(イヴィル)(イヴィル)(イヴィル)(イヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィルイヴィル)
少女の頭部は、ビデオの逆再生をするように元に戻った。帽子まで。
「悪魔・・・!」
「ひどいなあ、悪魔はないっしょ。」
「・・・・・・・・。」
(イヴィル)(イヴィル)(イヴィル)
少女は笑顔のまま語り続ける。
「世の中には困ってる人が、たくさんいる。でも、私1人じゃ助けることの出来る人数に限りがある。だから九古くんの力が必要なんだよー。」
「そう言われても、私は普通の人間だし、生活もあるし・・・。」
「大丈夫。こっちへ来れば、君たち2人の生活は保障するよ。」
生活を保障?
どのツラ下げて言ってるのか。
保障が欲しいときには知らん顔で、努力を重ねて“自分たちの生活”を手に入れたら、それを捨てろと言うのか。
「生憎だけど、他人に生活の全てを依存する気は無いわ。」
(やっぱり)(こいつは)(イヴィル)(悪魔)
憎悪が弾丸に込められて発射される。
「私としたことが惑わされてしまったわ。不死身のエスパーなど存在しない。どんなに変質的なエスパーだろうとエネルギー保存法則の名のもとにある。すなわち、こうして力場幻影を破壊し続ければ、いずれは消滅する・・・。」
「ぐむう・・・そりゃあそうだけど・・・・。」
「こちらの武器がショットガンだけだと思うか?」
憎悪は止まらない。
これが憎悪なのかもわからない。
わからない。
感情は混沌だ。眩暈がする。
床の引き出しからマシンガンを取り出して、茶倉は目を細めた。
「の・の・の・の〜。」
「テレポートか!」

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

マシンガンが乱射された。

体が動かなかった。
「何を・・・した・・・!?」
今までマシンガンを撃っていたはずが、いつの間にか撃つのを止めている。
少女の声が聞こえる。
「ちょっと体内の電子を操ったの〜。力ずくでは外せないからね。」
「くっ・・・!」
そこまで。
そんなことまで出来るのか。
悔しいよりも、恐い。
これがエスパーか。
すっかり再生した少女は、頭が損傷していたことが無かったように笑っていた。
「九古くん、君に言っておかなくちゃいけないことがある。」
「私に、何を?」
まだ鈍郎は冷静さを保っていたが、この状態で茶倉は酷く不安定になっていた。
その耳を休ませることもなく、衝撃の言葉が響いてくる。
「ごめんね、君はエスパーになっちゃったの〜。私が助けた、というか関わった人ね。6人に1人くらいの割合でね、エスパーになっちゃう人が出てきちゃうんだよ。」
「何・・・え・・・?」
夫がエスパー?
何それ。
「わ、私がエスパーに・・・。」
鈍郎も驚愕していた。
「うん。ほら、私って電子を操るエスパーじゃん? だから私の干渉を受けるうちに、最も影響を受けやすい脳がエスパー化しちゃったりするんじゃないのかなー?」
「なんて・・・こった・・・。」
鈍郎は頭を押さえた。
「だから、その超能力をコントロールする為にもさ、こっち来てよ。もちろん人助けもしてもらうけど。」
「そんな与太話を信じろと?」
茶倉は引かない。理由は説明できないが、どこかに嘘を感じる。
「本当のことだよ。その能力で、半年前にリコちゃんを助けたんだよ。」
「・・・・・・。」
ザワッと嫉妬が煮え滾った。
夫が超能力で、他の女を助けたと。
しかも鈍郎は。
「・・・わかったよ、サトリン。でも、コントロールが出来たら家に帰してくれよな。」
「あ、あなた! 行くつもりなの!?」
(嫌・・・嫌・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ行かないで!)
「仕方ないさ。もしも私の超能力が茶倉を傷つけてしまうことになったら・・・。・・ははっ、しばらく会えないだろうから、クサいセリフも恥ずかしくないな。」
「・・嫌よ・・・嫌・・・!」
こんなときでも自分を思いやってくれているのが嬉しかった。
けれど離れたくない。耐えられない。
「行かないでよ、あなた! 愛してるのよ!」
「茶倉の口からそんなセリフが出てくるなんて初めてだね。感動的だ。」
「茶化さないで!」
わかっている。自分は駄々をこねているだけの子供だ。
鈍郎は大人で、優しく諭しているのだ。
この状況で、断る選択肢など存在していない。
最初から1つしかない選択肢を、さも自分の意思で選ばせたように持っていく偽善者!
情けない。
涙が出る。
しかし鈍郎は、優しく笑って茶倉の頬に触れた。
「萌えるねえ、その表情。・・・大丈夫、必ず戻ってくるから。」
「あなた・・・。」
戻ってきてよ。必ず戻ってきてよ。
私は、あなたがいないと駄目だから。
「・・・わかったわ。・・・来年のクリスマスまでには戻ってきなさいよ。」
「ありがとう。・・・さよならは言わないよ。」

鈍郎は笑顔を残して、いなくなった。


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「サトリン」 第十五話 約束のクリスマス (夫婦U) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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