佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS クラメーションあるいは蔵目翔

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:44   >>

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後に“X・クラメーション”あるいは“蔵目翔”と呼ばれる男の話だが、彼は生まれたときから10年以上も名前が無かった。親から名前を貰えなかったのだ。
母親からは「おい」とか「お前」とか呼ばれていて、それで事足りた。
父親は誰ともわからず、街の男たちを父親と見立てて育った。
街の人々は彼を好きな名で呼んだ。「チビ」とか「ポチ」とか、まるで犬にでも付けるような名前から、「バカ」とか「デクノボー」などの明らかに悪口と思えるもの、そしてとてもここには書けないような、下品な言葉の数々。
そのどれもが彼の本当の名前ではなかった。
彼を好き勝手に呼ぶのは、一種の娯楽だった。悪口や下品な言葉で呼ぶのは、ストレス解消になり、他の人が呼ばないような珍しい呼び名を考えることは、知的欲求を僅かにでも満たした。
困難な発音が多用されたり、長ったらしくなるブームがあったり、歴史上の人物の逆さ読みなんてのもあった。
彼は怒りもしないし泣きもしない。
しかし心から笑うこともない。
そんな少年時代を過ごしたこの街は、石泥地区の第三区。
日本にスラム街があるなどと、見たこともない人は鼻で笑うかもしれないが、そういう街は確かにあるのだ。
空の色さえ澱んで見えるような雰囲気。それを作り出しているのは、酸っぱく生臭い匂い。人々の陰気な表情。
たとえ清潔な身なりをしていても、その表情だけで人から露骨に避けられるような、そんな顔をした住民たち。
臭くて汚い身なりの方が、まだバランスが取れているくらいだ。そういう、街。
何年も何年も陰鬱な空気は晴れない。お役所の連中は、汚物でも扱うかのように街の人々を扱う。よほど訓練してない限り、心の内は表情に、態度に、必ず出てくるのだ。
感情を出さない冷淡な態度も、そうする理由を考えれば、心の内は自然とわかる。
汚いもの扱いされ続けると、本当に自分が汚いもののように思えてくる。その中からは犯罪に走る者も少なくない。
石泥地区の中でも最も貧しく、最も荒れた第三区は、第一区、第二区からも下に見られていた。罵られ、因縁をつけられ、理由なき暴力を振るわれる毎日だ。きつい仕事、汚い仕事、危険な仕事を押し付けられる日々だ。
そんな底辺中の底辺に位置する街の中で、彼は最底辺の1人だった。気まぐれに歯を折られたこともあるし、後ろを犯されたこともある。それ以上のことも何度もあった。
無法と暴力の支配する街で、彼は壊れた笑顔を浮かべて生き延びていた。

生きる。生存する。生き延びる。それだけのことが、何故こんなにも難しいのだろう。
それは肉体だけでなく精神も栄養を必要とするからだ。よしんば心を閉ざして―――その閉ざし方は様々であるけれども―――肉体の生存のみに特化したとしても、生き延びるのが難しい街。それが石泥第三区である。
後にクラメーションあるいは蔵目翔の名を得る彼も、誰かの気まぐれで殺されていても不思議ではなかった。
彼が生き延びたのは、超能力の才能があったおかげでもないし、運が良かったわけでもない。毎日のように子供が死んでいく中で、生き残った中に彼がいたというだけの話だ。幸運ではなく、偶然の話である。
それでも、5歳を過ぎる頃からは超能力の才能が、生き延びる為に僅かでも貢献したのは事実だろう。殴られたときの物理的ダメージを和らげるのに、彼の“防御的空間干渉能力”が役に立たなかったはずはない。全盛期の何万分の1の出力、そしてコントロールも殆ど出来ないような超能力でも、少しは彼の命を守ることが出来たのだ。

空間干渉というのは、サイコキネシスとは源流を同じくするが、似て非なる超能力である。サイコキネシスが物体に力を加える能力であるのに対し、空間干渉は空間そのものに力を加える。サイコキネシスが空気を動かすならば、空間干渉は文字通りに空間を動かすのだ。
それは例えば、発砲スチロールと鉄塊を同じだけ変形させるとしたら、サイコキネシスで変形させる場合、鉄塊を変形させる方が強い力を必要とする。が、空間干渉なら殆ど同じ力で事足りる。
有利不利で言えば、出力が同じなら、サイコキネシスは空間干渉に、ほぼ100パーセント押し負ける。ただし、コントロールの力量が同じなら、サイコキネシスの方が複雑で精密なことが出来る。
それゆえに、サイコキネシスを“柔らかいPK”、空間干渉を“固いPK”と呼ぶこともある。
完璧なコントロールがあれば、空間干渉はサイコキネシスよりも複雑で精密な動きが出来るが、そのような域に達している能力者は現時点で皆無と言っていい。通常の超能力者の中には、存在しない。
いわゆる“空間干渉”と呼ばれる能力は、超能力の進化段階において、サイコキネシスとテレポートの共通の祖先であるという。別な言い方をすれば、原始能力。
原始的欲求を満たそうとするのが精一杯である彼に、原始能力なるものが宿ったのは、言葉だけ捉えれば皮肉めいているかもしれないが、実際には救いであった。彼が思っていた以上に。

しかし、しばらくは彼の中で超能力は、サブの中のサブというポジションに甘んじていた。
例えばテレポートは、空間干渉の、転移に特化した進化形態であるが、そのような技術も概念も、このときの彼には存在していなかった。

やがて10歳になり、精通が始まった。彼は女たちの欲望を、更に満たせる体になったのだ。
彼は自分の体をプロデュースした。品の無い言い方をすれば、“タダではヤらせない”ということだ。好き勝手に犯されてきた今までよりは事態が改善したし、少なくとも彼は感じていた。男を相手にするよりは、女を相手にする方が、幾分か苦痛が少なかった。対価として、僅かなカネや粗末な食料を得た。
潰れそうな薬屋で、効くかどうかもわからない薬を買った。自分に使うのではなく、病気の母親の為だ。

母親の名は“まん”といった。男に買われるときにしか呼ばれないし、そういう意味を含んだ言葉なので、これ以上は筆者も書くに忍びない。よって、この先も一般名詞を用いることにする。
彼女は赤子の頃、癇癪の激しい性格だった。生まれたばかりの人間にも、僅かに性格めいたものがあり、育てやすさとも大きく関わってくる。それは性格というよりは、性質や気質に分類されるべきものかもしれないが、いずれにせよ、彼女は育てにくい赤ん坊であり、ノイローゼになった母親に捨てられた。
貧困と孤独の中では、母性など糞以下だ。昔話にあるような、貧乏でも愛情豊かな家庭などというものは、決して当然の光景などと思ってはいけない。
捨てる者あれば拾う者ありで、彼女は歳を取った女性に拾われた。その老婆は耳が遠かったので、赤子の泣き声にも煩わされることなく、子育てが出来た。やがて老婆が寿命を迎える頃には、赤子は少女になっていた。
後にクラメーションあるいは蔵目翔と呼ばれる男の母親は、このようにして生き延びたのだった。

彼は12歳になるまで母親の薬代を稼ぎ続けた。すえた体臭も生臭い息も、気にならなくなっていた。
楽しくはない。殆ど快楽も無い。糞まみれのセックスの中で、彼は自分の体が絡繰の玩具のように思えた。刺激を受ければ反応して硬くなる肉の棒。けれどそれが自分の脳と切り離されて、勝手に動いている気がする。まさしく彼は女たちの道具で、奴隷で、殆ど肉の塊だった。

母親の病は徐々に重くなっていった。やはり薬は効かなかったのだろうか。
それとも薬が効いたから、何年も生きてられたのだろうか。
いずれにしても、母親の苦痛は次第に強くなり、呻き声が多くなっていった。
あるとき母親が言った。
「もう、殺してくれ。」
それまでにも苦痛に耐えかねて、同じようなことを呻きながら言うことはあった。しかし、このときは落ち着いていた。
彼は、来るべきときが来たのだと思った。
「うん、わかった。」
家事の手伝いをするのと同じような気持ちで、彼は母親の能力を空間干渉能力で、潰した。

彼は悲しくなかった。母を殺したという、自責の念に苦しめられることもなかった。
母親のことを憎んでいたわけでもないし、鬱陶しく思っていたわけでもない。母親を苦痛から解放できて良かったと思うだけだ。家事労働で母親の負担を軽減するのと同じ感覚だった。
薬代を稼いだのが無駄だったとは思っていない。体を売る苦痛や嫌悪感を、母親への恨みに変えることもなく、ただ母親の最後の望みを叶える為に、彼は超能力を使った。
自分の意思で超能力を使ったのは、それが初めてだった。そのときに自分の力を自覚した。学校になど通ってない彼は、科学の常識など知ることもなく、自分の力に疑問を抱くこともなかった。
母親が死んでから、彼は生まれて初めて石泥地区の第三区を出た。第二区は第三区と大して変わらず、第一区であっても澱んだ空気や臭気は相変わらずだった。広場で集会か何かが行われていて、聞き取りにくい大声が響いていた。その横を通り抜けると、彼は石泥地区の外へ出た。

空気が違う。
匂いも違う。

彼の心に得体の知れない恐怖や不安が湧いてきた。今まで彼は、住んでいた街の空気が澱んでいたことを認識していなかったし、臭気を臭気と感じていなかった。初めて味わう排気ガスの匂いに、彼は吐き気を催した。
道行く人々が嫌悪の表情を顕わにして、彼を見る。そして足早に去っていく。
自動車が何台も何台も、見たこともない速さで走っていく。それを見ているだけで眩暈がした。
頭がガンガンと痛くなり、ますます吐き気が強くなる。反射的に彼は、空間干渉能力を行使した。
車が吹っ飛んだ。
ビルの壁に車体が叩きつけられ、爆発炎上した。
常識で考えられないことが起こったとき、人間の脳は事態を認識する為に、時間を要することが多い。轟音を聞いて駆けつけた人々の方が、当事者より早くに叫び声を発した。
パニックが始まった。
絶叫と共に逃げ惑う人々。
あちこちで衝突する、車、車、車。
彼は心の底から湧きあがってくる興奮を抑え切れなかった。
「うっひゃあ! こいつァべらぼうだぜコンチキショーめ!」
彼は交差点の中央に躍り出ると、やっほうと掛け声をあげて宙返りをした。
「コンコンチキのバーローだ! んだっとくらあ!」
喜びを表現する言葉が見つからず、苛々するくらいだった。
「どいつもこいつも、あー、どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもダーッだ! あはははははは!」
彼は生まれて初めて大声で笑い、そこら中を飛び跳ねた。

ふと彼は奇妙な女を見つけた。その女は周囲の連中と違い、逃げ惑うことも叫ぶこともなく、車道の真ん中に立っていた。黒い長袖のシャツに、黒いパンタロン。長い黒髪。
顔も手も皺だらけだが、スラリとした体つきと矍鑠とした姿勢は若々しく、80代とも20代とも思えた。
「敵だ!」
どうしてそう思ったかはわからない。
彼は咄嗟に空間干渉で攻撃していた。
しかし彼女は最小限の動きで攻撃をかわし、同時に衝撃が彼を襲った。
「同じだ!」
直感的に彼は、目の前の女が自分と同じ力を持っていることを理解した。
正確には彼の能力は空間干渉であり、女の能力はサイコキネシスだったが、ここでは瑣末な問題だろう。
彼は防御に精神を集中した。“敵”の存在が彼のバトルセンスを急激に開花させていた。
女は驚きと感心を足したような顔になったが、すぐに元の無表情に戻り、見えない攻撃を放った。彼女の攻撃は彼の防御をすり抜けて、体へダメージを与える。
「かっ!?」
彼は面食らったが、すぐさま攻撃に移る。
しかし、またしても最小限の動きで避けられる。
自分は防御しても攻撃を受ける。自分の攻撃は完全に見切られて、回避される。その繰り返しだ。
彼は苛々してきた。
「があ゛っ!!」
獣のような声をあげると、彼は両手に圧縮空間の刃を作って突進した。
しかし接近戦に持ち込んでも、彼の攻撃は当たらない。女は攻撃をかわしながらも、サイコキネシスでダメージを与えてくる。少しずつ、少しずつ、ダメージが蓄積する。
そのときになって彼は、女が手加減していることに気付いた。その気になれば彼女は一撃で自分を殺すことが出来る。そうしない理由はわからなかったが、無性に腹が立って、同時に恐怖が心を冷やした。

「うあああ〜! こうなったら、やけのやんぱちくまんばちだ〜っ!」

何の策も無く、彼は渾身の力で突撃した。
女は当然のように身をかわし、とどめの一撃を入れて彼を気絶させた。
「ぼっ・・・!」
アスファルトの道路に彼の体が転がり、皮膚の一部が、なますにされた。
「僅かな時間で大した上達だ。最後の無謀な突進は、いただけなかったがな・・・。」
女は彼を担いで、歩いていった。

彼が目を覚ましたとき、既に日が暮れていた。
しかし驚いたのは、その点ではない。柔らかい毛布が彼を包んでいた。それは今まで味わったことがない感触。
「んっくう・・・」
彼は快感で身悶えした。
今の気持ちを何と表現したらいいのかわからなかった。
「あう・・・。」
泣きたいような気分で周りを見渡すと、自分が部屋の中にいることに気が付いた。
それは一般的には簡素な部屋だったが、彼にとっては眩暈を覚えるほど綺麗な部屋だった。
正確に言えば、綺麗だと思ったわけではない。むしろ、今まで住んでいた家と違いすぎて、気持ち悪かったくらいだ。思わず眩暈を起こしたのは、そのせいだろう。
その部屋のテーブルに、1人の女が突っ伏して寝ていた。彼を連れ去った女とは別人・・・どちらかといえば“綺麗”というより“可愛い”という形容が似合う、セミロングの焦げ茶の髪。年齢はわからなかった。
というのも、今まで彼が目にしてきた“女”と、あまりにも違っていたからだ。別種の生き物だとさえ感じられた。
その思考の繋がりで、彼は自分を連れ去った女のことを思い出した。彼女も皺だらけなのに若々しいオーラに溢れていて、やはり石泥地区の女たちとは別種の人間のように思えた。
「敵!」
口を突いて出た。
すると、寝ていた女が静かに目を開いて身を起こした。
「ああ、起きてたの。私は天道朋萌。」
「てんどう、ともえ。」
思わず真似て言った。
歳を聞いたら、44歳ということだった。今までの彼の感覚では、40歳を過ぎて若々しいなど有り得ないことだった。
一般的に言っても、天道朋萌は44歳としては若々しい部類だろう。単に若いだけでなく、落ち着いた色気がある。
むしろ気味が悪いくらいだった。もう少し枯れた感じの方がいいな、と彼は思った。
「敵は?」
自分を連れてきた女の名前を知らないので、とりあえずそう呼んだ。
「敵・・・。」
天道朋萌は少し考えるような素振りを見せた。
「・・・君を連れてきたのは十幹部のフィー・カタストロ。今は本部にいるはずよ。」
「フィー・カタストロ・・・。」
“敵”に明確な名前が宿った。そのときから“敵”とは別の何かに変わっていた。
「何歳?」
「やけに年齢を気にするわね。私より26上だから70歳よ。」
「へえ!」
驚いた。
天道朋萌が44歳だと聞いたときにも少なからず衝撃を受けたが、フィー・カタストロが70歳と聞いて、ガツンと殴られたようなショックがあった。

「何か食べる?」
天道朋萌がクッキーとチョコレートを出してきた。バターとカカオの匂いが鼻をくすぐる。
そっとクッキーを持ち上げると、不思議な重さだった。
「はぐむっ!」
噛み千切るような勢いで食らいついた。クッキーは無抵抗に砕け散って、口の中に広がった。
「水、いる?」
「ん!」
コップを受け取って口の中に流し込むと、爽やかな咽越しと甘みで体が震えた。
チョコレートも室温で柔らかくなっていて、口の中に入れると噛むまでもなく溶けた。
「うま・・・!」
「それは良かったわ。」
そう言って天道朋萌は立ち上がり、扉の方へ歩いていった。
「ちょっと出かけてくるわよ。すぐに戻るから。」
「ん。」
彼女が出て行ってから、彼は1人でクッキーとチョコレートを食べていた。
1,2分ほど経った頃だろうか。誰かが入ってきた。
「ん!」
フィー・カタストロだった。
「敵!」
彼は咄嗟に攻撃した。
カタストロは少し体を動かしてかわすが、たちまちのうちに家の壁は吹き飛び、野外戦へ突入した。
いや、正確には戦いではない。カタストルは避けるだけで攻撃していない。
「やあっ! たあっ! びっくらほいのほーい!」
当たらない。
全く当たらない。苛々する。
「ぐっちゃかちゃ〜! こうなったら、やけのやんぱちくまんばちだ〜っ!」
痺れを切らして、彼は渾身の力で突進した。
しかし当然そんなものが当たるはずもなく、正面には地面。背中を軽く小突かれて、彼は地面に転がった。
「ぎゃんっ・・・きゅう・・・!」
その視界に天道朋萌が横向きに映った。
「ともえ!?」
眩暈と共に起き上がり、彼はよろめきながらも立ち上がった。
「何だ、来てたんですかカタストロさん。行き違いになっちゃいましたね。」
「ああ。」
親しげに話す2人を見て、彼は戸惑った。
「2人とも、知り合い?」
「セレス、何も説明してないのか?」
カタストロは朋萌のことを“セレス”と呼んだ。非難めいた口調ではない。
「そうです。さっき起きたばかりでしてね。あ、名前と年齢は教えました。」
「そうか。まあ、あらためて名乗っておこう。私はフィー・カタストロ。アルカディアのNO.10だ。」
澄んだ声だった。
年寄りの声と言えば、男でも女でも、濁ったしゃがれ声しか知らなかった。だから彼にとって、カタストロの声も、年齢を知ったときと同じく衝撃的だった。
弱々しくない程度に、スラリとした体つき。思わず抱き締めたくなった。
「好きだ!」
「んっ?」
カタストロは口をすぼめて目を見開いた。
すぐに元の無表情に戻るが、少し沈黙が流れた。
笑顔の少年。
唖然とした天道朋萌。
無表情のフィー・カタストロ。
「・・・えーと、アルカディアの説明してもいい?」
「うん。」
天道朋萌が沈黙を破り、彼が短く答えた。
「アルカディアというのは、エスパーや社会的弱者を集めた秘密結社よ。」
「かっこいい! 俺も入りたい! 入りたいったら入りたい!」
「そのつもりで連れてきた。」
「やった、やった! やったかたんたんたーん!」
カタストロの言葉に彼は、狂喜乱舞した。空間の足場を作って、そこら中を縦横無尽に駆け回った。
「それで早速、超能力の訓練をしようと思うわけだが・・・」
「やる!やる!やる!」
彼は目を輝かせて、カタストロの前で足踏みした。
この様子なら、訓練の意義を説明しなくても良さそうだ。
「その前に名前を聞こうか。」
「名前?」
彼は首をかしげた。
カタストロは口をすぼめて天道朋萌を見る。
「えーと・・・ああ、どうやら決まった名前は無いみたいです。」
「そうか。それなら“クラメーション”というのはどうだ? 声が大きいから、エクスクラメーションマークから取ってみたんだが。」
この名前でいいか、などと尋ねられることは、彼にとって初めての経験だった。今まで好き勝手に呼ばれてきて、許可を求められたことなんてなかった。こんな洒落た呼び方をされるのも初めてだった。
「うん。いいよ。」
上手く喜びを表現できずに、素っ気なく答えてしまったが、内心は爆発しそうなエクスタシーがあった。
満ち溢れた感情で、全身が震えていた。

こうして彼は名前を得た。


- - - - - -


「うわ〜! こうなったらもう、やけのやんぱちくまんばちだ〜っ!」
少年が全身を歪曲空間に包んで突進する。
しかし相手の女は、ひらりと身をかわして、少年の力場をすり抜けて念力の一撃を食らわせた。
少年が悲鳴をあげて吹っ飛び、試合終了。
X・クラメーションとフィー・カタストロの、いつもの修行風景だった。

「あ〜、勝てない。勝てないどころか一撃も当たらない。どうして?」
声変わりの始まった、かすれた低めの声が、いじけた呟きを発する。
「そう嘆く必要もあるまい。現時点で、少なく見積もってもアルカディアで20番台の実力はある。」
あたりを見渡せば、だだっ広い平原のあちこちに大きな溝やらクレーターが出来ている。これら全てクラメーションが空間干渉能力でやったことだ。遠くの山などは不自然に抉れている。
ものの数十分で、ここまで地形を変えてしまう能力者は、アルカディアでも数少ない。
20万のメンバーを擁するアルカディアで、30位の中に入っているということが、どれだけ凄いことなのかクラメーションにはピンと来ていないようだ。
「お前を拾ってきてから半年と少し。ここまでの成長を見せるとは、正直驚いた。」
「そんな風には見えないけどな〜。」
クラメーションが口を尖らす。
それを見てカタストロは僅かに微笑む。
「あまり感情を表に出さないのは、子供の頃からの習性でね。代わりに行動で内心を示すようにしている。それなりに忙しい身だ、お前を見込んでいなければ、修行になど付き合わない。」
「そうなの?」
クラメーションの顔が明るくなる。彼は対照的に、感情を隠しにくい。
「しかし、こらえ性の無さは相変わらずだ。無謀な突進ほど見切られやすいものはない。」
「だって、当たらないんだもん。」
「当たれば無事では済まないからな。私の出力は現在21万、お前の出力は現段階で116万。正面切って戦えば、簡単に捻り潰されてしまう。」
「俺って、そんなに強いの?」
「出力だけならコムザインやキアラと同格だ。技量こそ圧倒的に劣るがな。」
コムザイン・シュトラスツェーベリウム。
キアラ・テスタロッサ。
かつてアルカディアが、今のようなナンバー制ではなく、“六角七星”だった頃、重幹部“七星”の地位にいたエスパーたちである。
それぞれの生涯最大出力は、コムザインが101万PKP、キアラが124万PKPと、A1級スタンダード。技量も優れており、A級エスパーの中でも上位の実力者だった。
しかしコムザインは1974年に戦死しており、キアラは1980年に引退して、旅に出ていた。その為、クラメーションとの面識は無い。
「実感湧かないなあ。たまには力と力のぶつかり合いがやりてえよ。」
「そのうちにな。ナンバー13以降で、お前を相手に無傷で勝てる奴はいない。やるとなったらS級以上の監視下でないと危険だ。」
「そうか。そうだよね。でも戦いたい。あー、そうだ。アルカディアには囚人が3人いるよね、A級エスパーの。そいつらと戦えばいいんじゃないの。戦いたいな。俺なら大丈夫。俺は防御力高いし、死んでも誰も悲しまないし。」
「私は悲しい。」
「え?」
「お前が死んだら、少なくとも私は悲しむ。」
「・・・じゃあ、やめとく。」
クラメーションは大人しく黙り込んだ。
それを見てカタストロは静かに微笑む。
「まあ、焦らないことだ。戦うかどうかは別としても、近いうちに顔を合わせることになる。囚人のみならず、多くの実力者とな。」
「ほんと!?」
「ああ。」


- - - - - -


その2日後、クラメーションは天道朋萌に連れられて、A級エスパー囚人のゴンサレスに会いに行くことになった。
「ゴンサレス?」
「そうよ。七逆帝(しちぎゃくてい)の生き残り。“空曲折帝”ゴンサレス。略して、曲帝(きょくてい)ゴンザ。・・・あれ、知らなかった?」
朋萌は細い首をかしげて、クラメーションを見た。セミロングの焦げ茶の髪が揺れる。
「知らないよ?」
「・・・ああ、囚人の存在だけ噂で聞いてたのね。どうりで。」

クラメーションが生まれる少し前、1979年にアルカディアで大規模な反乱があった。
その中心人物7名は、いずれも単独で一都市を制圧可能な力量の持ち主で、“帝”の称号を冠していた。
すなわち、“風足迅帝”、“咆音飛帝”、“魅意強帝”、“幽鬼白帝”、“瞬腕黒帝”、“硬鉱灰帝”、そしてこれから会うのが、最後の1人にして唯一の生き残り、“空曲折帝”である。

本部の地価を深く潜り、厳重に封鎖されたエリアへ30分程かけて辿り着く。
そこに1人の青年がいた。歳は30歳くらいだろうか。明るく爽やかな印象で、とても反逆者には見えなかった。
「ハッハッハ、驚いただろ? “七逆帝”なんて物騒な名前だから、どんな厳めしいオッサンが出てくるんだろうとか思ってただろ? ところが出てきたのが僕みたいなハンサムで、面食らってるだろう?」
整った顔立ちよりも、爽やかな笑顔や口数の多さに面食らった。
「うん、驚いた!」
「素直だね。素直なのは美点だよ。それから笑顔だね。男は笑顔が大事だよ。」
「そうだよね!」
「でもね、気を付けなければならないよ。僕はね、13年前に深く考えもせずに反乱に参加しちゃって、このザマさ。仕方ないね。みんな七逆帝の恐怖が抜けてないからね。だから僕は、外出日は爽やか挨拶運動を心がけているよ。僕に対する見方を変える為には、僕自身が頑張らないとね。・・・本当はさ、僕の力なら脱獄も出来るんだ。でもね、みんなから忌み嫌われるよりは今の方がいいからね。」
囚人エスパーというイメージから思い描いていたものに比べると、まったく普通で話も弾んだ。
それもそのはず、ゴンサレスはA級エスパー囚人3名の中では、最も安全な人物なのである。

この半年後にクラメーションは、2人目の囚人、ユイファ・テスタロッサに出会うことになるが、そのときに受ける衝撃はゴンサレスの比ではない。
狂気の炎使いユイファ。奇しくも彼女の生まれた日は、クラメーションと同じである。
1980年の1月9日、同じ日に生まれた2人が出会ったのは、丁度13年後、1993年1月9日のことだった。





   クラメーションあるいは蔵目翔   了

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