佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS ユイファあるいは火頭結花

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:46   >>

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「あああ〜! 熱いィよ、燃えるよォ、気持ちイイよォ〜!!」
1人の少女が悶え苦しんでいた。いや、この場合“苦しんでいた”と表現すべきだろうか?
彼女は明らかに悦んでいた。苦しみながら恍惚としていた。燃え盛る炎のような、真っ赤な髪が、ざわざわと蠢いている。丸っこく可愛らしい顔の中央で、悦楽の涙を流す緑色の双眸は、同時に狂気を孕んでいた。
折れそうなくらい華奢な手足は、頑丈な鎖で縛られている。融点3400度以上のタングステン製の手錠だが、既に熱で変形している。
だが、それよりも驚くべきは、そのような高熱を発しながらも彼女の体には火傷ひとつ無いということだ。
彼女の名は、ユイファ・テスタロッサ。1年前―――1991年の末に、水組(みずぐみ)によって捕獲された、出力A級の発火能力者である。
なお、当然の帰結として彼女は、下着ひとつ身につけていない。
「電脳回線。」
「はい。」
特殊強化壁を隔てたコンピュータールーム。車椅子に座っているシュートヘアの女が、慣れた様子で指示を出し、傍らの青年が素早く手先を動かして機械を操作する。
するとユイファの周囲に光の粒が集まり、彼女を落ち着かせた。
「いつもながら頼りになるわね、あなたのところの“姫君”は。」
車椅子の女―――三日月海月(みかづき・くらげ)は、ホッとした顔で言った。
その組んだ手の甲には、振るい傷跡が見受けられる。額から左頬にかけても隠せないほどの傷跡があり、車椅子に乗っている最たる理由として、右足が途中から無い。アルカディアの技術なら元通りにすることは可能なはずだが、彼女は敢えて傷を残している。それは25年前、少女の頃に、自分が戦った証であるからだ。
「それはもう、姫様ですから。」
青年―――二葉蒼志は、少し照れた様子で頭を掻く。
1959年生まれの日本人男性としては、背が高い方で、足も長い。顔立ちは平凡だが、少なくとも人に不愉快な印象を与える類のものではないだろう。彼は傷だらけの海月を見ても、特に変わった反応を示さない。
やや広いコンピュータールームに、今いるスタッフは2人だけだ。
「かといって、いつまでも“姫君”に頼ってるわけにもいかないわね。ワタシとしては、あと2年以内には自立させたいわ。」
「え、出来ますかね。」
蒼志は振り向いて海月を見る。
茶色のシュートヘアとワンピースが眩しい。彼女が夫を亡くしてから、密かに狙っている男は多い。
もちろん蒼志も、憎からず海月のことを想っているが、年下の負い目か、告白は出来ないでいる。彼女の亡くなった夫は40も年上で、そこからしても落ち着いた年上の男が趣味だというのがわかるのだ。
そこを押し切るほどの情熱は、蒼志には無い。彼の情熱、第一の関心は、例の“姫君”に向いている。
「反対派を抑えておけるのは、それくらいが限界だと思うわ。」
「そうですか・・・。」
その発言は、予知能力者の海月から発せられたものであるだけに、小さくない危機感を蒼志に抱かせた。


- - - - - -


その少女がユイファ・テスタロッサと名付けられたのは、彼女が12歳を迎える直前の冬だった。彼女には名前が無く、倫理道徳も無かった。“人間の姿をした獣”という呼称などでは、とても足りない。“形だけ人間の何か”だ。
赤みがかった茶色のショートヘア、折れそうなくらいに華奢な手足、紅潮した丸っこい顔に、大きな緑色の瞳が哀しげに潤んでいる。吐く息は熱く、甘い。男を振るいつかせるような造詣と雰囲気を併せ持っている。
しかし、その濡れた眼の奥には、底知れぬ炎の狂気があった。
極めて特異なタイプの、念力発火能力者(パイロキネシスト)―――アルカディアの水組によって捕獲されたとき、彼女は既にA1級の出力、53万PKPを記録していた。
彼女の人格的欠陥と能力の危険性、その能力の犠牲となった人間の多さは、アルカディアの法曹界が満場一致で死刑を求めるほどのものだった。
それにも関わらず彼女が生き残れたのは、十幹部ナンバー4によるものだった。人格的欠損、能力の危険性、殺した人間の数を理由に挙げるなら、ますは十幹部を、特に首領から自分まで4名を殺すのが先だろうと。
人格的な面を省いても、確かに十幹部の力は強大極まりない。喩えるなら、核兵器を野放しにしておきながら、銃やナイフの危険性を殊更に取り沙汰するのかということだ。
それからというもの、アルカディア法曹界の意見は割れた。十幹部の殺人は基本的に仕事によるものだから、殺人とは別だという意見が出れば、それに対して、仕事であっても殺人には違いないという意見が出た。
十幹部を処刑したりすれば、アルカディアの運営が成り立たなくなるという意見が出れば、だったら運営に支障を来たさなければ殺してもいいのかという意見が出た。千里眼であるナンバー4に追従すべしという意見があれば、能力や地位で追従すべきかどうかを判断すべきではないという意見もあった。
具体的なものから抽象的なものまで、様々な意見が出た。処刑に賛成か反対かだけではなく、人格的欠損、能力の危険性、殺害人数、どれに重きを置くかでも割れた。
このような事態の中で、強行的に処刑など出来るはずもなく、ユイファ・テスタロッサは“囚人”として生かされ続けている。


「それで、私に育成を頼みたいわけか。」
「はい。」
蒼志が事情を説明すると、フィー・カタストロは察して結論を先取りした。
十幹部の末席、フィー・カタストロは、戦闘から育成まで幅広くこなすベテランで、マニュアルでは対応しきれない部分を補完する役割を持っている。現在も、A1級の出力を持つ子供の育成を担当しているのだ。
「X・クラメーションの育成で、お忙しいとは思いますが・・」
「いや、引き受けよう。それが私の役目でもあるしな。」
「ありがとうございます!」
カタストロが育成している少年は出力120万PKPで、ユイファは出力78万PKP。それだけ考えれば、決して負担は大きくないように見えるが、蒼志は実情を知っていた。
X・クラメーションは、捕獲された頃に事件こそ起こしているが、それは幼児性から来るものであり、カタストロの指導で人間らしさを学んでいっている。決して安全とは言えないが、素直で意欲的な態度は、やがて無知から来る過ちを克服していくだろうし、現に克服しつつある。
しかしユイファは、どうだろうか。明らかに彼女は、“殺したくて”殺している。念力発火能力で、人間を焼き殺し、その魂を炎に取り込んで、苦痛の叫びを子守唄に、安らかな寝顔。今なお彼女の中では、焼き殺された人々の魂が、苦痛に喘いでいるのである。そんな狂人を育てる方法は、蒼志には思いつかない。
更に、70歳を過ぎたカタストロは、全盛期の半分以下の出力しか持ち合わせていない―――技術的な成長を考えれば、決して衰えたとは言えないが、ひとつ間違えれば粉微塵になる仕事である。
それでもカタストロは、当然とばかりに引き受ける。蒼志は敬意を表さずにはいられなかった。


- - - - - -


「はぁ・・・あはあ・・・」
見回しても地平線以外に何も無い平原で、解き放たれたユイファは虚ろな目で笑っていた。
それが“笑っていた”と形容すべきかもわからない。彼女の精神は、その全容を空の彼方へ置いている。
「私はフィー・カタストロ。」
「あは・・・」
ユイファは緑色の目を紅く染めると、体中あちこちから炎を発し、そのまま火炎となってカタストロを包み込んだ。
これこそユイファのパイロキネシス、火炎同化能力である―――炎の中からは、吸収された魂たちの絶叫が響き渡る、えげつない技だった。
だが、それでもカタストロにとってはイノシシの突進に過ぎない。バリアーで身を包むと同時に、念力の槍で炎を突破し、更にユイファにも念力振動でダメージを与えていた。
「かはっ・・・」
すぐにユイファは人間とは思えぬ姿勢から炎弾を放つが、全て斜めの角度で弾かれる。しかも、それと同時に見えない衝撃がユイファを叩く。
4倍近くの出力があろうとも、同時に1パターン攻撃しか出来ないユイファと、10パターン以上もの攻撃が可能なカタストロとでは、その戦闘能力に決定的な差があるのだ。
「ひ・・・・あは・・・・・・」
だが、ユイファは笑っていた。
いや、悦んでいた。顔を紅くして、息を荒くしていた。
「・・・・」
カタストロは少し様子見に回ったが、すぐに攻撃を再開する。
狂気に恐れを抱く年齢でもない。カタストロは単純に、ユイファの技術に感心していたのだ。
もちろんカタストロのようなエキスパートと比べれば、粗いを通り越して雑であるが、そもそも10代前半の子供が、超能力を用いて“技”を行使している時点で、驚くべきことだった。
少なくとも、知能に欠陥は無い―――欠陥は、あくまで人格の方。人殺しを楽しむ、シリアルキラーであること。
(ならば、育成を放棄する理由は無いな。)
よくジョークで、序列が高いほど人格が破綻している、などと言われるが、それに従えばカタストロは、アルカディアでもトップクラスの人格破綻者ということになる。
そこまでの評価は言い過ぎとしても、彼女は自分の技術を伝承するにあたって、あまり人格を重視しないのは確かだった。素質があり、努力が出来れば、後は考慮しない。
それゆえに“七逆帝”のような連中も出てしまうのだが、そのことでカタストロは自分を曲げない。
伝統芸能を伝えるように、彼女は超能力の“技”を伝える―――その先にある“進化”を目指して。


「いかがでした?」
「感触は悪くない。」
火傷した手を治しながら、カタストロは海月に答えた。
あの後、ユイファに火傷を負わせられたが、その時点でユイファの気力が限界だった。火炎同化が解除された彼女は、恍惚とした表情で全身を痙攣させ、失禁しながら失神していた。
「私に手傷を負わせるなど、クラメーションでも難しいことだからな。捕獲されるまでの場数の差か、戦闘センスは及第点だ。あくまで現時点の話だがな。」
「嬉しそうですね。」
海月は微笑んだ。カタストロの過去を断片的にでも知ってるだけに、今の状況が「しんどい仕事を引き受けさせられた」のではなく、「望むところ」であることくらいは、わかっている。
「充実しているのは確かだ。今の私なら・・」
そこで言葉を切ったのは、昔を思い出したからだろう。
かつてカタストロには大勢の弟子がいたが、その殆どが戦死している。
「・・・過去に戻って、“この技術”を伝えたいものだ。」
それは海月に向かって言ったというより、独り言のようなものだった。
今の自分なら、もっと先の段階まで教え込むことが出来るのに。
当時も精一杯やったが、未熟者の精一杯に過ぎない。戦死した弟子たちに対して、言い訳など出来ない。
しかしカタストロの思いは、決して過去に囚われた哀愁だけではない。“この技術”と聞いたとき、海月はギョッとしてカタストロを見た。
「アレを教え込むつもりですか?」
「お前たちからすれば、死なず程度の教育成果で上々なのだろうが、私は欲張りなんだ。」
「しかし・・」
「お前たちにしても、“電脳計画”を今の段階で満足とは思ってないのだろう。」
「それはそうですが。」
「私の目には、驚異的なエスパーが誕生したようにしか見えないのだが、関係者は一様に“途中でしかない”と言う。それと同じことだ。私にとって、超能力の制御や成長などは途中段階でしかない。」
「突き詰めるところは“技術的進化”ですか・・・。あの子たちが、ねえ。」
「眉唾ものって顔だな。いいさ、信じなくても。しばらくは制御の訓練を主軸に据えなければならないのは確かだし、最短でも10年かかるロマンというやつだ。」
「ロマン?」
海月は怪訝な顔をした。
この仏頂面のカタストロから、ロマンなどという単語が出てくるのは、似つかわしくない。
「私がロマンを口にするのはおかしいか?」
「似合わない自覚はあるみたいですね。」
「ロマンで悪ければ、目標と言い換えようか。食事の算段から世界平和まで、目標というのは生きることそのものだからな。」
「変わりましたね、カタストロさん。」
「そうかもしれない。」


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「―――見事。」
その一言が、カタストロの感動の深さを顕していた。
訓練のために用意された広い平原は、灼熱の地獄と化していた。熱風の吹きすさぶ中で、老女と少女の2人。
老女の方―――カタストロは、老いてなお進化する化生であり、少女に勝るとも劣らない狂気を孕んでいた。
「“火掌発剄ウルカヌス”。この短期間で、祖母の技を会得したか。」
カタストロには、友人と呼べる者は少ない。キアラ・テスタロッサは、その数少ない1人で、同期だった。
その孫娘、12歳のユイファ・テスタロッサを、こうして訓練している。やや感傷めいた感慨を覚えないこともない。
「とはいえ、まだ連続では撃てない?」
「あはぁ・・・連続で撃たなくてもイイ・・・」
ユイファは双眸を紅く燃やし、濡らし、火炎同化で3体に分裂してみせた。
そして、それぞれの炎人形が左手に炎を集約し、撃ち放った。
「ほう・・・。」
紅蓮の炎がカタストロを包み、しばらく視界から消える。
バリアーを張っているカタストロは、当然のように無傷であるが、地面は溶岩になっていた。
「連射数を増やすより、分身数を増やした方が良さそうだ。」
「あ・・・・んん・・・・・気持ちイイ・・・・」
「・・・・・・。」
優秀な生徒には違いないが、このマゾっ気は困りものだった。
もうひとりはムラっ気があるし、なかなか手のかかる弟子たちである。
(いっそのこと、このマゾヒスティックな気質を伸ばす手もあるな・・・。その方が、“闘衣”(とうい)への近道かもしれん。デュースの後釜としては十分な素質を持っていることだしな。)
考えを巡らせるカタストロの前で、ユイファは蕩ける目で座り込んでいた。見れば自分でスカートの中に手を伸ばしているが、カタストロは特に注意しない。情操教育が主軸ではないのだ。
アルカディアのナンバー14、“獄炎魔帝”デュース・ディーバーは、キアラの副官だった男だ。キアラが引退してから、彼が隊長になっているが、既に超能力のピークは過ぎている。年齢も60を過ぎた。
それでもナンバー14の序列で、しかも前線で活躍しているあたり、常識外れのエスパーには違いないが、だからこそ戦死させたくない。デュースの代わりが務まるようなエスパーを育てることは、彼の命を守ることでもある。
(ナンバー13も病気で長くない。ナンバー15を檻から出すのも、先の話になるだろう。)
生まれつきの体質から持病を抱えている“斬空剣星”に、七逆帝の生き残りで囚人の“空曲折帝”。
ここにデュースを加えた3名で、現行“三帝”と呼ぶには、いびつに過ぎるというものだった。
そして、遠くないうちに、ナンバー13、14、15は、カタストロの弟子たちによって占められることになる。


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「参上、参上、参上、参上!参上、参上、参上、参上! 影・月・X・帝! クラメーション!」
両腕を振りまくった後に、キレッキレのポーズを決めながら、少年は自己紹介を終えた。
そう、これがクラメーションの考えた自己紹介、すなわち“前口上”である。既に5パターン以上あるらしい。
「あは・・・・ははははは・・・・ひはっ・・・・・」
対するユイファは、確かに笑っているのだが、可笑しくて笑っているようには見えない。
かといって失笑でもなければ、馬鹿にしているようでもない。狂気の瞳は何も映さない。
「私はユイファ。ユイファ・テスタロッサ。あは・・・ウルカヌス!」
「!?」
いきなりユイファは炎の重爆撃を見舞った。
至近距離で爆炎が巻き起こり、上昇気流がミニサイズの竜巻を発生させる。
「だったったあ〜! ご挨拶だなあ、いきなりだあ!」
肝を冷やしながら、クラメーションは空間干渉で防御していた。
この光景を見ながら、カタストロは涼しい顔をしていた。
「フィーちゃん! 何この子!」
「あは・・・楽しそうな狂気ね・・・。私の好みじゃないけど・・・面白い・・・?」
「ふんがー! 話が通じてないぞー!」
「こうなることを予測して、今まで会わせるのを控えていたんだ。」
カタストロも、どこ吹く風という態度。クラメーションは地団太踏んだ。
「よーし、女の子を殴るぞ。女の子を殴っちゃうもんね!」
空間干渉の拳が、ユイファを襲う。
しかしクリーンヒットした瞬間、ユイファの表情は恍惚の笑顔に包まれた。
「!?」
「いだい・・・キモチイイ・・・・・」
「マゾなの!?」
「そうだ。」
カタストロは冷静に答えるが、クラメーションとしては困惑しかない。
「いやー、この幼さでマゾとか・・・将来が恐いぜ。」
「お前と同じ年齢だ。誕生日までな。」
「あはは・・・・そうなんだ・・・・?」
「えー、マジでございますか?」
ユイファが“好みでない”と形容した以上に、クラメーションもユイファに苦手意識を持った。それゆえに、今後も2人の間に恋愛感情は発生しないのだが、ゆくゆく仲間意識は育つことになる。
それはカタストロの教育とは別の要素が絡んでくるところなのだが・・・。
「仲良くする必要は無い。個別に訓練するよりも、効率が良いからな。」
そもそも馴れ合いを嫌うカタストロとしては、これくらい互いに苦手意識を持っている方が好ましかった。
「まずは組み手から、始めよう。」


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アルカディアが1980年から取り入れたナンバー制度だが、ナンバー10までを特別に“十幹部”と呼称する。
その理由の1つは、ナンバーJとナンバーKを除く、ナンバー13以下すべてを相手にして勝利できることだ。
「どうした、もう終わりか。」
「だあぁ〜、やけのやんぱちもグゥの音も〜。」
「あ・・・・イく・・・・イっちゃう・・・・・・」
へたり込んだクラメーションに、痙攣しながら舌を出しているユイファ。
そして無傷で突っ立っているカタストロ。
「まだまだ力のムラが多すぎるな。」
「フィーちゃ〜ん、ムラって何すかあ? フィーちゃん見てるとムラムラするんダンス〜う〜マンボ!」
「クラメーションは143万PKP、ユイファは107万PKP、それだけの出力を常にフルパワーで使えれば、2,3時間で原子爆弾と同じだけの破壊を齎(もたら)すことが可能だ。」
「2時間も3時間も全力とか出せないっすーだらだった! 5分で打ち止め〜、へへへ早漏と笑ってくれよ。」
まるで思春期の少年のように・・・いや、実際に思春期の少年なのだが、かつて男娼として働いていたとは思えないセリフであった。
そしてカタストロは、そんな軽口に付き合わずに話を続ける。
「無理なく常時フルパワーが出せるのが、93年の課題だな。私が教えるものは、その先にある。」
「あはあ・・・・情事・・・・その先っぽ・・・・」
ユイファは相変わらず蕩けた目で、スカートの中に手を伸ばしている。
やれやれ、前途多難だ・・・と思いつつも、カタストロは生き甲斐を感じていた。

「電球というものは、電気エネルギーの全てを光に変えているわけではない。」
場面を同じくして、カタストロの講義。
クラメーションもユイファも、大人しく席に座って授業を受けるタイプでもなし、こうして屋外で講義を行っている。
「仮に電気エネルギーの全てを光に変えられたら、倍も明るくなる。お前たちに目指してもらうのは、まずはそれだ。」
「あはあ・・・・・電気・・・・バイブ・・・・」
「おめーは汚名に塗れるのが趣味なのか?」
クラメーションがツッコミを入れる。既にボケとツッコミという役割が出来ているのだ。
「汚いのに塗れる・・・・・イイ・・・・・凄くイイ・・・・・あっ・・・・・んんん・・・・」
「フィーちゃん、もう俺、精神的に限界なんですけど! このひと頭おかしい!」
「それも次の段階に進む為の素養だ。」
「次の段階?」
「エネルギー保存法則は、あくまで通常の物理学の範囲に過ぎない。質量をエネルギーに変換できれば、とてつもない破壊力を生み出すことが出来る。」
「あ、わかったわかった、わかっちゃった〜! ちゃっちゃららんらんらん♪ 超能力も、そういう技術があるってことなんだ? 前に言ってた、技術的進化ってやつ?」
「その通りだ。物分りの良い生徒は好きだよ。」
「やっべ、両想い発覚! これはもう今夜は寝かせないぜ!」
「超能力の進化段階を、レベルで区分すると、よく知られているサイコキネシスやテレポートなどはレベルT、クラッカーやアンプリファイアなどの希少能力はレベルUに属する。」
ひとりで盛り上がるクラメーションを無視して、カタストロは話を続ける。
「レベルTの中でも、サイコキネシスは中期、テレポートは後期。レベルTに属する中で、テレポートは最も進化している。ただし、これは進化の分類であって、強弱は別だがな。」
「昔の生き物だから弱いということはなくて、むしろ強いことが多いわ。そういうことね。」
いきなり流暢に喋りだしたユイファに、クラメーションは多少なりとも驚いた。
見れば瞳の色が、赤から緑になっている。これは、戻っていると言うべきだろうか。
「希少能力や合成能力は、殆どレベルUの初期。固有能力はレベルUの中期だ。レベルTやレベルU初期から、ここまで進化させた能力者もいる。」
「あ、固有能力者って最近増えてますねん。ユイファも固有能力みたいなもんもん?」
「それに近いと自負しているわ。合成能力一般の域を出てないとは思うけど。」
「んー、でも合成能力が既にレアだしなあ。羨ましーん。だが俺は、出力はレアだぜ?」
「誰の真似なのよ。」
ユイファが流暢に話すようになってから、ボケとツッコミが逆転し始めていた。
「私が伝えようとしているのは、レベルU最終進化、“闘衣”という技術だ。」
「とーい? 近い・・・」
「あは・・・」
また妖しくなったユイファが、クラメーションの肩を掴んで顔を寄せる。
「いや近い近い! 何なのお前!? 俺のギャグで性格チェンジすんの!?」
「“闘衣”というのは、私は聞いたことがあるわ・・・。“C級エスパーがA級エスパーに比肩する方法”だって。」
「え?」
「その通り。」
「え、いやマジで?」
クラメーションは二度困惑した。A級とC級の間には、最低でも100倍以上の出力差がある。そんなものを埋められる技術など、想像もつかない。
「100倍の出力差を埋めるって、どういう技術なんすか?」
「・・・別に、理念そのものは難しいことはない。単純に出力を大幅に引き出す技術なんだよ。超能力というのは本来、そこまでのポテンシャルを秘めているんだ。」


訓練が終わって、夜。星空の下でユイファは、ふと過去を振り返った。
元アルカディア重幹部を祖母に持つユイファだが、では両親は如何なる人物だったのか。
母親は元アルカディア砕組ルーファ・アータスティー。容姿は母親譲り、特に大きな目は、そっくりだった。
しかし破綻した人格や、おぞましい能力は、父親譲り以外の何物でもない。
ヘルファイス・クァニーヴァ・テスタロッサス。史上10番目の神化系能力者にして、大量殺人鬼の発火能力者。
「おとうさん・・・おと、さん・・・・?」
張り付いた笑顔と、巨躯を誇る大男は、ルーファを見初めて攫い、強姦して孕ませた。
かつて、“邪神”ノットーがキアラを犯して、ヘルファイスを産ませたように。
「のっ、とー?」
顔も知らない祖父の血が、この体に流れている。
ただの血脈ではない。遺伝子よりも濃密な、悪魔の精神を受け継いでいるのだ。
祖父も、あのような笑顔をしていたのだろうか。あの笑顔で女を犯したのだろうか。
ヘルファイスの張り付いた笑顔。笑顔。エガオ。
痛み泣き叫ぶ自分の声は、永遠の呪いとなって魂に刻まれている。
「あっ・・・・イ、く・・・・・・」
恍惚とした表情で痙攣する少女は、流暢な言葉を覚えても、魂まで狂気に濡れているのは変わらない。


- - - - - -


1995年は戦後50年の節目であり、翌年1996年はアルカディアにとって災厄の年だった。
しかしユイファもクラメーションも、それらとは殆ど無縁に過ごしていた。16歳になった2人は、“災厄”の事後処理を終える頃に、正式にアルカディアのナンバー持ちとなった。
もはやユイファは囚人ではなく、ナンバー14、“焦熱美帝”。出力120万PKP。
クラメーションも、予(かね)てから名乗っていた“影月X帝”を正式と喜び、その出力も150万PKPで安定。
まだまだキアラやコムザインなどの、歴戦の勇者と比べれば未熟だが、十分立派なものである。
「随分と背が伸びたわね、クラメーション?」
「おおっと、俺に惚れるなよベイベェ! 俺の守備範囲は50歳以上だからな!」
「自意識過剰も大概にしなさい。」
まるで友達以上恋人未満の初々しい男女に見えるが、実際には2人の間に恋愛感情は欠片も無い。
ユイファの望むような陰惨な狂気を、クラメーションは持ち合わせてないし、クラメーションにとって50歳未満の女は全て幼女でしかない。16歳など、乳児くらいに感じている。
しかし、友達以上という点に関しては当たっていなくもないのだ。気軽に話せる相手であり、対等の相手。友人というよりは家族の方が近い感覚。
捕獲された頃に比べると、2人とも随分と表情豊かになり、会話も増えた。それは“外”で活動しているおかげでもあるのだろう。2人は日本を拠点としており、蔵目翔と火頭結花という偽名を使っている。
「時代が要求しているのだ、俺のようなパラノイアを!」
「あなたの時代? 来るといいわね。」
「にゃろー、本気にしてないな。これだからお子ちゃまは困る。朋萌ちゃんだったらなあ、パラノイアを恐れない為には自分もパラノイアになるのが最善かもしれないって、言ってたんだからな?」
「それ、遠回しな皮肉じゃないの。」
「ちげーし! さてはオーレンジャーを観てないな? ダッシュ!ダッシュ!オーレンジャー! ダッシュ!ダッシュ!オーレンジャー! 大地の鼓動が消えかかるぅ! いーそげーーー! ダッシュ! オーレンジャー!Woooo!!」
「ダイレンジャーと混ざってるわよ。」
「いっけねえ。・・・知ってんじゃねーか。」
「知らないとは言ってないわ。・・・はあ。」
「んだよ、露骨に溜息ついちゃって。幸せが逃げるぞ。」
「あなたは楽しそうでいいわね。」
「おう、毎日が楽しいぜ!」
ボディビルのサイドチェストみたいなポーズで、クラメーションはドヤ顔を決めた。
「私の求めている狂気は・・・・いつ現れるのかしらあ・・・・・? ふふ、ふふふ・・・・・ひひひひひ・・・・・・」
「こんな頭おかしい奴と、よく付き合い続いてんな俺も。」
「頭おかしいのはお互い様よ。」
「なんでストーン!? クシャミ百回ルル3錠! 影月X帝クラメーション! 今日も元気だクラメーション! ほら、健全で爽やか! 何もおかしくなーい!」
「ナンバー持ちは狂人と変態しかいないって噂されてるの知ってる?」
「そうか、俺は例外だったのか・・・。流石、俺。」
「はあ・・・。」
再びドヤ顔を決めるクラメーションと、溜息を吐くユイファだった。


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少女は孤独だった。
自分の存在が、世界にとって異分子であることを悟った。停滞した現実の中で、自分の無力さを知った。
少女は幸福だった。
自分の存在が、世界にとって異分子であることを喜んだ。空疎な世界の中で、狂気の原石を見つけた。
少女と少女は出会い、貪り、魂の救済を得る。

あれから4年ほどが経過していた。
クラメーションは街の不良たちを束ねるようになったが、ユイファは1人を好んでいた。夜の繁華街がクラメーションの居場所であるならば、ユイファの居場所は無人のビル。ここは静かで良い場所だ。屋上から身を乗り出して、ぶらぶらと脚を振りながら、ユイファは孤独を堪能する。
大勢で賑やかなのが好きなクラメーションと、1人2人で静かなのが好きなユイファとは、やはり相容れない。お互いに気安く話せる間柄で、特に嫌悪も抱かないが、根本的に人間性が違いすぎるのだ。クラメーションが死んでもユイファは特に何とも思わないし、ユイファが死んだらクラメーションは嘆き悲しむだろうが、それも長続きしない。
陽気なサンバと静謐なノクターンとでは、寄って立つ場所すら異なっている。同じ世界で息をしていても、立っている場所は決して同じにはならない。
「あは・・・・・・・・・」
ユイファは前のめりになると、そのまま落下した。
もちろんユイファが、この程度で死ぬことはない。火炎同化の応用で、ふわりと体重を落として、飛行石を持った少女のように落ちてきた。
しかし彼女はシータではなく、そこにいた少年たちもパズーとは似ても似つかない不良たちだった。
「へっ?」
「おいおいおいおい、空から女の子が落ちてきたぞ?」
「可愛い!」
「何これリード?」
その気になれば、一瞬で彼らを灰にできるユイファだが、いつものように為すがままにされていた。
首につけているリードを引っ張られながら、犬のような格好で犯され、精を注がれた。少年たちの欲望はエスカレートし、顔や服も白濁で染めた。
「はあ・・・」
しかしユイファにとっては、まったくもって物足りないプレイだった。体の疼きが止まらない。
少年たちは、出すもの出し切って満足したようで、ユイファを連れて帰ろうかと相談している。
「退屈だなあ・・・。」
ユイファは一瞬で少年たちを焼き尽くすと、物憂げに溜息を吐いた。
ぺたんと地面に座って、ごつごつしたアスファルトが冷ややかだ。
そのうち足音が近付いてきた。
運命の出会いまで、あと僅か。
この日、草薙瑞樹と火頭結花は、出会った。

「あのう・・・。わたしをいじめてみませんか・・?」


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「瑞樹。迎えに、来たよ。」
真夜中のオフィスにユイファが現れたのは、2005年の、ある日のことだった。
その日、草薙瑞樹は残業で、1人で会社に残っていた。係長の葱島は、女性が1人で残るのは良くないと反対したが、瑞樹はムッとして反発し、こうして仕事を片付けている最中だったのだ。
「女を舐めてるのよ、あの係長。」
瑞樹は独り言のように呟いた。
「恋愛のサポートする会社で、どうなのよそれ?」
背筋を伸ばしながら、まだモニターから目を離さない。
「仕事をリードしたがる男は、恋愛もリードしたがるってね。女は犬っころかよ。」
そこで瑞樹は、ようやく振り向いた。

「ねえ、結花?」

「久しぶり。」
「最後に会ったのって、20世紀だった? 結花は変わらないわね。私は、すっかり会社員が板についちゃった。」
肩を竦めながら、瑞樹は疲れた顔で溜息を吐く。
「結花は、子供の頃の夢ってある?」
「・・・。」
「私はね、世界一の剣士になりたかったの。何でそれを、忘れちゃうんだろうな。」
「瑞樹は忘れてしまったの?」
「ホントは覚えてる。でも、忘れたふりをして大人になる。・・・結花は、私を殺しに来たの? イイよ。」
「あは・・・」
失望しかけていたユイファの顔が、恍惚で歪む。
瑞樹は、あのときのままだ。あの、暗い暗い路地で、出会ったときのまま。
「それとも私を、連れて行ってくれるの?」
「そう、迎えに来たの。色っぽい用事でなくて悪いけど。」
ユイファは、舌を出して唇を舐めた。

「瑞樹は、“サトリン”って都市伝説を知ってる?」


- - - - - -


仕事を終えたオフィスは真っ暗で、がらんどうだ。
瑞樹を心配して様子を見に来た葱島係長は、胸騒ぎを覚えながらも無人のオフィスを後にした。





   ユイファあるいは火頭結花   了

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「サトリン」第二部まとめ読み
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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/10/01 01:06

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