佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 第十六話 十戦士集結! (U)

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:52   >>

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“絶滅遺伝子”の克服は、ジーン・ジョンソンによって発見される前から進んでいた。“マザーの呪い”は、“不純な血”あるいは“不浄の血”と呼称を変え、遥か昔から遺伝子的に最良の相手と交配することで薄められていった。科学的に遺伝子という理解が無くても、“自然の力”は最良の相手を導き出す。そうして浄化された“無原罪の人間”は、地球上に現在2百人ほど、それとは本人も知らずに存在している。
だが、そうした人間が十分に増えるまでに、“絶滅遺伝子”は世界中で発現してしまう可能性があった。文明が悪いわけではないが、文明の侵食は確実に“自然の力”を阻害し、最良の結びつきを狂わせる。事実それは“可能性がある”などという程度のものではなく、極めて現実性の高いものであり、既に影響は出始めている。
子供を作らない主義には私も共感する部分が大いにあるが、何故そのような主義に至れるのか考えたことはあるか? 人間が本能を抑えることは簡単ではない。繁殖本能以外の価値観が強くても、それだけで抑え込めることは普通ない。同性愛者でも、子供が欲しいという者は珍しくない。つまり繁殖本能の方が弱まっているのさ。
自然浄化は間に合わない。ならば克服を“変異”に求めようと、人類の編み出した策が“ウイルス進化”だ。ウイルスが細菌と異なるのは、遺伝情報を書き換えてしまえる点にある。それによって“絶滅遺伝子”の部分を書き換えてしまおうというわけだ。“マザーの呪い”が純粋に科学的なものである以上、それは有効に違いない。
しかし自然の流れでない方法は、大きな軋みを生む。ルナ=ウイルスは古代の陵墓で発見されたが、それと知らずに陵墓に入り込んで感染した者は、大半が死んでいる。流水と流風が生き延びたのは運が良かった。とても“幸運”と言えるようなものではなかったがね。
ルナ=ウイルスは、適合した者に超能力を発現させる。基本的には、肉体強化、空中浮遊、物質通過の3つだ。それらは月齢に左右され、満月のときに最も力が強くなる。同時に、人格も凶暴化する。

流水:欲望が増大するというのが正しい表現ね。原始的、本能的な欲求が膨れて、抑えられなくなるのよ。
R:繁殖本能の正常化といよりは、過剰な進化という気がします。クスミ=ウイルスもそうでした。
流水:適合不全で死ぬよりも、適合者に殺される確率の方が高いなんて、笑えない話だわ。
克之:・・・・・・
千里:他には、デビル=ウイルスなんてのもあるが、同じくだ。多くの適合者が殺人鬼と化している。
流水:・・・・
千里:たとえ、元の人格が善良でもな。
流水:なぐさめは要らないわ。
千里:それならいい。

ウイルスは細菌よりも変化が激しい。古墳に封じられていたオリジナル(LUNA・T)が流水と流風、そしてジーン・ジョンソンに感染し、変質したものが(LUNA・U)。それをジーンが改造したものを(LUNA・V)という。
それぞれの性質をまとめてみよう。

           感染力 肉体強化 空中浮遊 物質通過 月齢の影響   備考
LUNA・T     中     −      −      −      −     熱に弱い
LUNA・U−A   強     ○      ○      ○      ○     U−A´を操る
LUNA・U−A´  無     △      △      ×      △     (U−Aの感染者)
LUNA・U−B  強      ○      ○      ○      ○     LUNAに耐性を持たせる
LUNA・U−B´  無     △      ×      ×      ×     (U−Bの感染者)
LUNA・V−a   低     ○      ○      ○      ×     U−A´を操る
LUNA・V−b   低     ○      ○      ○      ×     自分以外も通過可
LUNA・V−c   低     ○      ○      ○      ×     自分以外も浮遊可
LUNA・V−d   低     ○      ○      ○      ×     分離テレポート
LUNA・V−e   低     ○      ○      ○      ×     人間以外を操る(感染してなくても)

クスミ=ウイルスの方は肉体強化に特化している。筋組織を変化させ、適合者は筋力に見合うだけの骨格強化や感覚強化などが生じ、疾患が治ることがある。疾患を抱えている者は適合しやすい傾向がある。
3種のウイルスを比較するならば、純粋なパワーではクスミ=ウイルス、再生能力も含めた肉体機能ならデビル=ウイルス、超能力も含めた戦闘能力ならルナ=ウイルス。もっとも、個体差は著しいが・・・。

レックス:人道的見地からすれば、ウイルスが引き起こす事態を防ぐべきだったな。予知能力者として。
千里:・・・どうせ私は人でなしだよ。
レックス:責めてるわけじゃねえよ。全てを手中に収めようとするのは抑圧者と同じだ。行いが善であれば猶更な。
千里:そうさ。たとえ悲劇であっても、他人の舞台で主役を横取りするような真似はしない主義でね。
レックス:だが、これは俺が言っておくべきだと思った。
流水:気を遣う必要は無いわ。あの事件が無かったらと考えることはあるけど、そんな単純な話じゃない。
R:あたしもそう思います。そもそも、千里さんが予知した未来を変えたら、元の未来は消えてなくなるんですか?
千里:流石に鋭いな。
流水:・・・元の世界で克之さんと結ばれてるのは、たぶん流風の方ね。何となくわかるわ。
克之:まさかパラレルワールドと言いたいのか?
流水:過去に転移した話を聞いたときから、その可能性を考えていたわ。克之さんも薄々は思ってたんでしょ?
克之:ああ・・・だが・・・
千里:更に複雑なのは、そこの馬鹿首領が幾つものパラレルワールドを束ねていることだ。ややこしい。
ジュエル:にへへ・・・照れるな。
千里:褒めてねえよ。

天然の免疫が亜種の病原にも抗体を持つように、ルナ=ウイルスの適格者は他のLUNAに耐性を持つ。そして抗体がウイルスを処理するまでの時間、そのLUNAが付与する超能力を加算することが出来る。
私は“電脳計画”のフェイズUとして、そのシステムを採用することにした。

“絶滅遺伝子”を克服し、人類の未来を救うといっても、どこまでを救う対象にするかで話は変わってくるし、やることも違う。究極的な話、人類という種を残すのであれば、浄化された血を持つ無原罪の人間のみで構成されたエデンや、ウイルスによって進化した人間が支配するパラダイスを作ればいい。大勢の生命と幸福を踏み躙ってでもな。
私も強大な超能力者としての優越意識や、一方的に理解されない少数者としての孤独感はある。多数者を犠牲にすることに対して、理性の他に抵抗感を持っていない。人類の未来を第一に考えるなら猶更、世界中に各種ウイルスを散布して、クライシスを演出するさ。千里眼によるシミュレートでは、地球の人口は5億まで減るという結果が出たが、そのとき私は歓喜の表情を浮かべていた。

レックス:あんまり人聞きの悪い話すんじゃねえよ。シュミ悪いぞ。
千里:別に脅しでも自虐でもないさ。私の本性は知ってるだろう?
レックス:まあな。
千里:私の性質は、“マザー”や、“デビルズ・ノットー”、そして“イヴィル”に通じるものなんだ。
カタストロ:人格ではなく、性質がね。
X!:性質っすか? ・・・確かに千里隊長は、“ノットーの後継者”みたいなこと言われてたって聞いてますけど。
カタストロ:私は“イヴィル”の出現は必然だと思っている。
千里:・・・・・・
カタストロ:人為的にフェイズUへ移行しなければ、“α”がミニサイズの“イヴィル”になっていたのではないか?
α:・・・・・・
千里:順を追って話そう。

サトリンシリーズの素体である入流聡子が生まれたのは、1963年1月1日のことだ。聡子を知らない者にとっては意外かもしれないが、彼女自身はP・KやESPを有していなかった。“願いの力”とは、自身に何らかの超能力を目覚めさせるようなものではないからな。そういう意味では“自然の力”に近いとも言える。
とはいえ自然の理を捻じ曲げるという点では“意志の力”と同質であるし、実際、彼女は文明人であり、科学の子だった。サイコキネシスやテレパシーこそ使えないが、生半可なエスパーなどよりよほど希少な、天才という人種だ。思考速度、解析能力、斬新な発想、解への飛躍、どれも立派に“超”能力と言っていい。数学の難問を解いたり、文学で歴史を変えたりするような者は、自分とは別種の生き物だと思えたことはないか? それと同じことで、何もSFじみた力を振るえるだけが進化ではないし、まして優秀の証でもないのだよ。
あくまで人類の大半が持っている能力の延長ではあるが、一足飛びの性能は周囲との間に溝を引く。いわゆる超能力者の境遇と、同じようなものだ。入流聡子は紛れもなく天才だったが、天才ゆえに一般社会では壊されてしまう。しかし現代科学という分野においては、いかなる天才といえど単独で才能を発揮することは難しく、望みうる成果を出すことは更に難しい。どれほど巨大な歯車といえども、それだけで動けるはずもなく、動けても空回りするばかりで疲労する。まして人間ならば猶更だ。空回りする苦痛は、集った諸君は経験していることだろう。
優秀な脳に必要なのは、思い通りに動いてくれる手足であり、“一足飛びの天才”の手足は、中間を埋める秀才が務めるべきなのだ。アルカディアは入流聡子に研究施設と、3人の助手を与えた。その助手たちも、プログラマーの世界で優れた才能を持っている者たちだった。1人は道を切り開く発想力を、1人は欠陥を見つけ出し修正する能力を、1人は極めて高い処理能力を持っていた。それらが組み合わさったときの相乗効果は凄まじい。
サトリンシリーズの第一号にして、残る7体の産みの親である“α−サトリン”は、4人の精鋭チームによって作られたのだ。その時点で“α”は、他の“サトリン”を生み出す能力も無ければ、超能力を課すことも出来なかったし、自らも超能力を持ち合わせていなかった。単なる、というには高性能すぎるが、ATに過ぎなかったのだよ。
“サトリン”を生み出す能力“電脳母星”(イルマタル)は、入流聡子の精神と融合したことで生じたものであり、そこから電脳計画はフェイズUへ移行した。

α:そのとき私の中には「入流聡子」の全てがありました。人を助けたいという願いも、世界に対する憎しみも。
千里:人間の複雑さに比べれば、サトリンもイヴィルも単純な性格をしているだろう? それは人間の断片だからさ。
アインストール:だからこそ救われてきたかしら。
ガーディアン:はい、シンプル・イズ・ベストです。
千里:ま、単純な方が強いってのは、ひとつの真理だな。サトリンは真っ直ぐで、イヴィルは真っ直ぐに歪んでいる。

インターネットの発達した現代の方が、集積の効果は理解しやすい。昔の単純な協業でさえ、ピラミッドや万里の長城などの巨大建造物を生み出すことが出来るのだ。世界規模で繋がったネットワークの中で集積された情報が、途方も無く膨大であることは想像つくだろう? それまでの歴史とは比べ物にならない。前時代なら出会うこともなかった人々が出会い、埋もれていた才覚が閉塞から抜け出し、プラスの渦が駆け巡る!
だが、集積されるのは良いものばかりではない。インターネット自体に善悪は無く、良いものを増幅するだけでなく、悪意も増幅する。本音とも呼べない未熟な心の動きが無責任に吐き出され、“どこかの誰か”の心に消えない傷を残す。膿んだ傷は悪意となって心を蝕み、やがて歪みをもたらす。
その果てに生まれたのが“イヴィル・サトリン”―――入流聡子の憎悪にして、狂気だ。

入流聡子は心優しい少女だったが、それゆえに傷つきやすく、いつも心を痛めていたよ。世界に蔓延る差別と迫害に激怒し、からかいた中傷に悔し涙を流していた。戦争と貧困を撲滅することを人生の目標とし、弱者を攻撃することを許さなかった。人より多く現実が見えてしまい、社会を良い方向へ変えられない無力さを呪っていた。それでも世界を愛し、いつも笑顔でいようと頑張っていたよ。いじらしく、健気に、笑っていたよ・・・。
しかし、そんな彼女に悪意は容赦なく降り注いだ。反撃するどころか、心を閉ざすことさえ出来ないほどの、醒めない悪夢のような濁流だ。彼女は正気のままで歪んでいき、笑顔は軋み、眼光が澱みに侵されていったよ。彼女の天才性のひとつは、高い集積能力と記憶力だが、それゆえに多くの悪意を取り込んでしまい、忘れることも出来ないまま苦痛に苛まれていた。生きてるだけで苦しんでいたよ。大勢の悪意と、無責任な善意は、彼女の天才性を病原に変質させてしまったのさ。狂人と天才は紙一重というが、それだけ天才は心の病を患いやすいんだ。
集積能力に善も悪も無い。だからこそ世界の有様を如実に反映する。どれほど高い志を持っていようとも、集積された悪意を浴び続ければ、それを超えた邪悪へと変貌する。旧オーパの発展に尽力した“マザー”が、恐怖と嫉妬を向けられ棄てられたことで、人類を家畜として扱う化物になったように。地球平和の指導者になるはずだった最高幹部ノットー・リ・アースが、戦争と混乱を激化させる“デビルズ”となったように!
史上7番目の神化系能力者であるノットー・リ・アースは、当時それとは判明していなかった。他に7つの強力な超能力を持っていたし、発見されにくい性質の神化系能力だったからな。ノットーの二つ名でもある“邪神”(デビルズ)は、周囲の悪意を無差別に取り込み、際限なく人格を邪悪に染めていく能力なのだ―――

千里:神化系能力ゆえに止めることも出来ず、強大なESPは広範囲の悪意を拾ってしまった。
カタストロ:世界が平和なら、取るに足らない能力だった・・・。
千里:ノットーは死んだが、悪意は死なない。私に、そして“イヴィル”に受け継がれている。
α:だけど受け継がれたのは悪意だけではありません。
レックス:そうだぜ。どれほど世界が悪意に満ちていても、捨てきれないものがあるから、“サトリン”は生まれた。
α:私の中には「入流聡子」の全てがありました。世界への憎悪も、世界への愛も、同じだけ抱いていたんです。
千里:だからこそ“サトリン”と“イヴィル”のスペックは互角・・・それも初期の話だが。
α:・・・・・・
千里:わかっているはずだ。“β”と“ε”では、能力を課す条件が違う。

知っている者も、おさらいとして聞いてほしい。
超能力の出力は基本的に、A級B級C級の3段階に分類されている。C級は千人に1人、世界に700万人近く存在するが、少しばかり勘が良いとか、力が強いという程度のもの。認識していなければ常人の範囲に収まるもので、ゆえに大半は自覚を持たない。これまでの歴史で、超能力者の存在が社会的に明るみになっていない理由でもある。明るみになったところで、C級なら問題なかった。
B級は十万人に1人、世界に6万人ほど存在している。その多くが能力に自覚的で、同時に自らの能力を隠している。テレパシーで言えば、思念や思考が読めるのが、この段階だ。電脳戦士諸君のうち、今はアインストールも含めて8名がB級に属している。邪戦士の方も、アタッカーからパニックまでの7名は、全てB級だ。固有能力は、その性質上どうしても、多くがB級に属することになる。
A級は数が少なく、一千万人に1人ほどだ。世界に数百名しか存在せず、多くの場合において複数の超能力を持っている。単数であっても、同時に複数の使い方を心得ている。出力だけでない“A級エスパー”という呼称は、高出力の超能力を同時に複数使用できる者を指しているんだ。クラメーション、ユイファ、そして小松は、出力こそA1級の上位ではあるが、複合使用(プルキネシス)において未熟な為に、カタストロ1人に敵わない。
A級の中でも更に強力な者を超A級、その中でも桁違いの者をS級と、細かいカテゴライズはあるが、それは今は置いておこう。問題はC級の下・・・超能力の潜在因子こそ持っているが、超能力が発現していない段階。便宜上これをD級と呼んでいる。このD級エスパーが、世界中に、どれほど存在していると思う?
・・・なるほど、1割という推測が多いようだ。A級B級C級の人数比からして、C級の百倍程度と見るのが妥当な判断だからな。しかし実は、D級ともなればマイノリティーではなくマジョリティーなのだ。答えは8割強、6人の5人が潜在的に超能力を持っているのさ。古代超人類の血は、薄まったとはいえ世界中に広まっている。だからこそ小松崎宗の実験も成功した。1万年以上前は人口が極めて少なく、混血児は大した能力を持たないとはいっても十分に優秀で、心優しい者が多く、子孫を残すには困らなかった。優れた相手を選ぶことも出来たしな。
とはいえ、発現できるかどうかは別問題ではある。多くの場合、超能力者というのは一代限りの突然変異であり、あくまで因子は因子に過ぎない。超能力の因子を持っていても、それを発現させる因子が無ければ、能力は生涯、眠ったままだ。ゆえにD級というのは便宜上の呼称であって、超能力者の段階には分類されてない。
あァ、質問される前に答えておくが、発現因子を含めて超能力の因子を固定化する因子も存在する。その因子を持っている者を“妖精”(ティンカーベル)と呼ぶ。超能力者の“一族”が存在していたり、ノットーの子孫に強力なエスパーが多いのは、ティンカーベル因子によるものさ。定着させる因子は複数あるが、まとめてそう呼んでいる。
ここまで話して、気付いた者や思い出した者も多いようだな。“β−サトリン”は、自分が関わった相手のうち、6人に1人ほどが超能力を発現すると言っていた。それは全体から6分の5を引いた割合と一致する。発現しているエスパーが全体の0.2パーセント未満であることを踏まえて、人類の6分の1・・・およそ十億人ほどは、D級にも属さない、正真正銘の“普通の人間”なのだ。ショックを受けるなよ、“無能力”ではない、“普通”なんだ。
超能力の因子を持たない普通の人間であること、それこそが“β−サトリン”が超能力を課すことの出来る条件であり、接触した者は基本的に“電脳回遊”(ネットウェイ)の能力を課せられている。サトリンと異なり電脳空間を自在に行き来することは出来ないが、意識をチャットルームに繋ぐことが出来る。電脳戦士の中には、それを知らされてなかった者もいるが、七美の誠意だと思ってくれ。チャットルームにはイヴィルも入ることが出来るのだから、情報戦や心理戦を仕掛けられる危険性が大きかった。“β”の固有能力を課せられる適性は、“ε”に取り込まれやすいという意味でもあるのだからな。イヴィルの危険性を知っている七美からすれば、当然の判断さ。
能力付与の条件は、“ε−サトリン”も基本的には同じだ。接触した者に“電脳回遊”を課し、素質がある者には更に固有能力を課すことが出来る。だが、“普通の人間”にしか能力を課せない“β”と違って、“ε”には制限が無い・・・。因子があろうが超能力者だろうが、力を課すことが出来るのだ―――――

サトリンシリーズは基本的に“電脳回遊”(ネットウェイ)を備えている。“θ−サトリン”(入流小松)は自分の肉体を持っている代わりに、チャットへ接続するくらいしか出来ないが、他の7体は行動範囲が広い。中でも“β”と“ε”は、自らの能力を“電脳海遊”(マルチサイバー)として進化させ、プログラムの一部を他者に課すことが可能となった。
“β”のプログラムを治療薬だとすれば、“ε”のプログラムはウイルスのようなもの。助けになるものと害になるものという関係だけでなく、安定した作用を目的とする医薬品と違ってウイルスは不安定だ。当初と同じように動いているプログラムなど、今や1つも無い。そして今も、変化と増殖を続けている。


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三日月千里が電脳戦士をアルカディアに集めるより、遡ること10日前。
「うふふ♪くすくすくす♪」
40歳前後に見える男が、手術着を赤く染めて笑っていた。
彼の、知的好奇心を満たせて楽しい―――という顔とは対照的に、手術台に縛りつけられている少女は苦痛に顔を歪めている。
「あぎ・・・ぐ・・・も・・・・・やだ・・・・・たすけて・・・・・おと・・・さん・・・・」
死んだ父を呼ぶ少女は、邑甘守名実。邑甘三姉妹の1人で、“イヴィル・パニック”邑甘恵須実とは超能力の半分を交換できる間柄である。
邑甘一家の事件(第十話)以降、行方を晦ましていたが、こうして変態の狂科学者に捕まっていたのだった。
「試みに問う。もしも地球上の生物がすべて同じ大きさだとすれば、何が最強だと思うね?」
様々なチューブや機械と一体化した少女は、麻酔も打たれない覚醒した意識のまま、地獄を味わい続けている。
暗がりの中で少女の耳には、ハカセの講釈が聞こえてくるばかりだ。
「単純な答えは、昆虫だ。彼らは、その大きさに比して、極めて高い性能を持っている。自分の体重の何倍もの重量を持ち上げ、自分の大きさの何十倍も跳躍する。そんな動物がいるか?」
「あぐ・・・ぎゅ・・・・・ぐ・・・・・・」
「しかしながら昆虫の体構造は、大きくなるには適していない。大きな体では重量を支えきれず、へし折れてしまう。十分な強度を得ようと思えば、今度は内臓を収めるスペースが無くなる。」
「ぐきゅ・・・・・・き・・・・・・」
「これが昆虫のジレンマだよ、才場くん。」
「・・・・・・。」
そこへ手元の携帯電話が鳴った。
「私だ。」
《サイキッカーです。公安に感付かれました。》
若い男の声だった。
「はん、思ったより早かったな。このウイルスをモノにしたいと躍起になっているのか・・・」
そうだとすれば、大した敵ではない。しかしハカセの頭には、もうひとつの可能性が浮かんでいた。
(ムウ=ミサが動いているとすれば、それなりに警戒しておく必要があるな。あの男がチャチなイデオロギーで動くとも思えないし、もしも・・・)
「・・・まあいいや。何であれ演習の機会だ、君たち3人と、ファングとターキーも連れて・・・・・皆殺しにしてきたまえ。」
《了解しました。》
通話を終えて、ハカセは再び作業へ戻る。
はっきりと意識を残したまま、泣き叫ぶ守名実の頭蓋を切り開く。
「ひぎっ・・・・・ひぐうううううっっ!!」
柔らかい脳髄がプルンと輝いて、それを見るハカセは「うふうふ、うひあは」と笑う。
「ほら、わかるかい。デビル=ウイルスが君の脳髄を冒し、つくりかえていってるんだ。これから君という人格は消えて無くなるが、新たなる超生物として生まれ変わるのだよ・・・くすくすくす。」
「ひ・・・・いやあああ・・・・・!!」
その悲鳴を聞いて、流石に黙っているのも気が引けるのか、“イヴィル・ヴァイラス”才場静輝は「悪趣味ですね」と笑った。
「先程のは、“同業者”で?」
「いいや、公安だそうだ。ミートソースになるのは同じことだがね?」
そう言いながらハカセは、ビーカーに緑茶を注いで才場の前へ置いた。
守名実が変質の苦痛で泣き叫ぶのを聞きながら、才場は二重の意味で苦笑いする。
しかしハカセはマイペースだ。
「科学者に必要なことは2つある。同じ成功を繰り返すことと、同じ失敗を繰り返さぬことだ。」
「・・・・・・。」
彼の言う“失敗”とは、かつて作り上げた“最高傑作”が、赤子同然に打ち破られたことを意味していた。
しかし才場は、今年敗北した5名の邪戦士のことも言ってるのだろうと思っていた。
(この人は天才だ。)
才場は、他者の才能を引き出すことにかけては一定の自信を持っている。しかし目の前の男は、その能力において自分を上回っていると思った。
エスパーも基本的には生身の人間であり、しばしばサイボーグなどの強化人間に後れを取ることがある。ならば、エスパーに強力な肉体を与えることが出来れば、両方の長所を持つ理想の戦士が完成すると思われた。
しかし実際、改造手術というものは成功率が高いわけでなく、一定の犠牲を払うことを前提とする。貴重なエスパーを失う危険性のある改造手術よりは、超能力を訓練する方が現実的なのだ。
20年以上も前のソネット=バージが、未だサイボーグエスパーの最高傑作と言われていることからも、よほどの事情が無い限りはエスパーを改造などしない。
しかし“イヴィル”の能力でエスパーを量産できるなら、話は違ってくる。
「あの5名は、EVTLとDEVTL、両方の適格者だよ。ダッシャーは高い俊敏性と、それに耐えうるだけの筋力を持つ。フィーバーは燃やすほどに出力を加算し、サイキッカーは鉄骨だろうと粉みじんにする。ファングは小柄な体で敵を食いちぎる、生きた弾丸だ。そしてターキーは、彼らの中でも出来が違う。」
モニターに映し出される非加熱のミートソースと絶叫は、公安部隊が殲滅されていく光景だった。
「ターキーの能力は生存本能に根ざしている。生きようと足掻く狂おしい思いは何よりも強く美しい。・・・そう思わないかね、才場くん?」
「ハカセ・・・あなたは、恐ろしい人だ。」
ただの人間に恐れを抱いたのは、彼が初めてだった。才場はゴクリと唾を飲み込んだ。
「試みに問う。人類の歴史上、もっとも多くの人間を死に至らしめた学者は誰か?」
頭巾とマスクに包まれた顔は、双眸の存在感を際立たせていた。
ハカセの質問に対し、才場はイマイチ要領を得ないといった顔をする。
「それは相対的なものでしょう。直接、というのであっても、学者の定義も曖昧ですし。」
「そう厳密な話ではない・・・Dr.ホワイトとDr.ティリングハーストの会話のようなものだよ。」
「なるほど、ノーベルやアインシュタイン、オッペンハイマーではなく、『進化論』のダーウィン。兵器よりも思想の方が多くを殺す・・・ゆえに“学者”というわけですか。」
「理解の早い男は好きだよ。」
かつて出会った天才少年を思い出しながら、ハカセは笑みを浮かべた。
「思想という点では、特定の宗教や主義よりも、一見して平凡な言説の方が恐ろしいのかもしれないですね。誰もが点検するものよりも、多くが信じて疑わないものの方が、よっぽど―――」
そう言って目を細める才場に、ハカセは「うふふ」と笑いかける。
「私は、いわゆる“マッドサイエンティスト”だ。研究と発見の前には他の全てが色褪せて見え、視界にすら入らない、きわめて“正直な科学者”だよ。どれほど不自然で歪んだ研究であっても、やらずにはおれないエゴイストだ。しかし“自然”とは何か? 生けとし生ける者に“死”をもたらす、命を踏み潰す世界を、“自然”と呼ぶのではないか? 文明の進歩によって人間の寿命が延びることは、おしなべて不自然なものだ。快適で安全な生活も、医学で病を治すことも、自然への反逆だ。“自然”というものは、どこまでも弱者に厳しく冷たい、残酷な神の支配領域なのだよ。」
「“自然に帰れ”・・・ルソーこそが、最も多くを殺した学者である、と?」
「いつの世においても、生きるということは自然に身を任せることではなく、自然に逆らう意志そのものなのだ。どこの誰とも知れぬ存在の気まぐれで、命を奪われたくはあるまい。たとえそれが神であってもだ! 自然が望むならと大人しく死を受け入れるのではなく、意地でも生きようと足掻き、死と向かい合う・・・それこそが“生きる”ということであり、遍く進化の源なのだ。“生きたい”と“生きる”は、きっと同じものだよ、才場くん。」
「“精一杯、生きる”・・・それもまた、大勢を殺しそうな思想ですね。」
「うふふ・・・己の信念を貫いた先に、どこへ辿り着こうと幸福ではないのかな? 天国や地獄であっても・・・虚無であっても。」
「・・・だからハカセ、あなたは強い。」
「君の“願い”は何かね才場くん? 生きようと足掻く為に必要なのは、自然を征服する“意志”と、未来においても二度と現れないであろう、素晴らしい“願い”なのだ・・・。」
「僕の願いは、叶うでしょうか。」
真剣な目つきで、才場はハカセに尋ねた。
「狂おしいまでに足掻きたまえ。生きようと足掻く者の傍らに身を置くのが、私のライフワークだ。命の匂いとは、常に進化の最先端にあるのだから。」
「ハカセが見たいのは、僕ではなくイヴィルさんの進化なんですよね。」
「それは拗ねているのかね? それとも質問かね? いずれにしても私の答えは“それだけではない”だ。」
ハカセは自分もビーカーの緑茶を口にして、そして才場を指差した。
「君は、裏表の無い人間を羨ましいと思うかね?」
「思いませんね。」
即答した才場は、言葉を続ける。
「これまでにも思ったことはありませんし、これからも思わないでしょう。それは僕の理性とは相容れないものです。」
「うふふ。私は生まれたばかりの赤子や元気いっぱいの子供に、生命の息吹を感じたことがない。ありのままの“自然な”生命の姿は、煩わしく醜いとさえ思う。自然なままの人間は、命が澱み、腐ってしまう。“不自然な不格好”こそ、美しいのだよ。」
「思ったことを何でも口に出すのは、“正直”ではなく“無神経”。ありのままの自分を隠せない心根は醜い。相手の気持ちを考えて無口になってしまうのは、“口下手”ではなく“優しさ”。たとえ不自然に見られようとも、それは美徳というわけですね。」
「うふふふ、君は教育者よりも科学者に向いているようだ。」
「それも悪くはないですが、やはり僕の本性は教育者なのですよ。科学者ではなく、科学者を育てる人間に、僕はなりたい。優れた者ほど学ぶべきことは多い。学びたい者が学びたいだけ学べるように、僕は教育者であり続ける。高度な教育は、容易く満足してしまう器などには必要ない。常に飢餓感を抱いている貪欲な才能こそ、教育で磨く価値がある。イヴィルさんが狂った者の味方であるように、僕は―――――」


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かつてアルカディアでは、“イヴィル・サトリン”を殺そうという動きがあった。力を課すことに制限の無い“ε”は、放っておけば際限なくプログラムを増殖させ、そのフィードバックで成長し続けると恐れられたのだ。しかも彼女は、狂った者の味方を自称するような、邪悪な性質を持っていた。かつての私よりも、恐れられた。
“イヴィル・サトリン”を殺すことは簡単だ。媒体である入流聡子の肉体を破壊すれば、それで事足りる。しかしそのときは“サトリン”も死んでしまうので、抹殺の選択は未だに保留されてるというわけさ。保留期限は“イヴィル・サトリン”が完全体になってしまうまで・・・。完全体になれば、もはや彼女にとって入流聡子の肉体は足枷にならない。他者の肉体を乗っ取る必要さえ、失せて消える。
対処療法としては、イヴィルの一部を課せられた“邪戦士”を無力化する方法がある。七美の能力“人格消去”(マインドデリート)は、イヴィルのプログラムごと人格を消し、後から“δ−サトリン”によって人格のみを復元する、不殺の道だ。コンピューターのデータは、物理的に破壊しない限り、削除してもメモリに残っている。それと同じで、“人格消去”といっても実際には記憶喪失状態に近い。この方法ではイヴィルのプログラムも完全には消えないが、七美の本来の能力は、その問題もクリアしていた。一時的に人格を消すこともなく、プログラムだけをピンポイントで完全消滅させることが出来るのさ。
などと言うと無敵の能力に聞こえるかもしれないが、出力が限られている以上、より大きな出力には押し負ける。それにイヴィルの本体は電脳世界の深い海に身を沈めているので、直接対決するには電脳世界へ行かねばならない。
それを可能とする者、電脳世界へ行くことが出来る者を、“電脳戦士”と呼ぶのだ。


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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/10/01 01:06

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「サトリン」 第十六話 十戦士集結! (U) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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