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zoom RSS 「サトリン」 第十二話 狂戦士 (下)

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:12   >>

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「あ・・・。」
舜平の顔は、カーッと赤くなった。
何のことはない。永須の能力“損傷引受”(ダメージシフト)で、舜平の傷を吸い取っただけのことだった。
「あああああ・・・!」
自分が言い放ったセリフの数々を思い返して、舜平は悶えた。
「か、かっこよかった、よ・・・?」
いつの間にか凜が側に来ていた。顔を赤くしてはいるものの、嬉しさや気恥ずかしさの他に、確実に可笑しさが含まれている様子だった。

「るらら・・・ああ、ホントやんなるな・・・。」
元気の無い声で、イヴィルが言った。
俯いている。
「第四の戦士“アプリケイション”、第五の戦士“トランジスター”、第六の戦士“ジャスミン”、第七の戦士“インビンス”、ついでに九古舜平。」
「ついでとは何だテメー? そのオマケに今しがたボコボコにされてたのは、どこの誰だよ、言ってみろ。」
「るらら、まったくだよ。言葉も無い。そろそろ活動限界時間とはいえ、君ごときに遅れをとるとはね。自分の弱さに心底ヘドが出るわあ・・・・・・」
ぐしゃりと、イヴィルの顔が歪んだ。
サトリンと瓜二つの可愛らしい少女の顔立ちが、どうしようもなく不気味な表情をしていた。
「ん♪ん♪んあっん〜♪ 仕方がないから、かけていた保険の方を使わせてもらうとするよ・・・・・

 第 四 の 邪 戦 士 “ イ ヴ ィ ル ・ ア タ ッ カ ー ” ! ! 」

イヴィルが人差し指を空に翳すと同時に、川辺で釣りをしていた中年男がロケットのように舞い上がり、5人めがけて勢いよく落下してきた。
爆音の轟く直前に、かろうじて5人は、その場から逃れていた。
「何だ・・・っ!? ミサイルか!?」
「違う・・・! “イヴィル・アタッカー”だ!」
頭から血を流しながら、中年男が笑って言った。
その右腕は、変な方向に折れ曲がっていた。
「テメー、正気かよ・・・。」
砂煙を払いながら、舜平が顔をしかめる。
「正気ではない・・・! これが“特攻”(カミカゼアタック)だ!」
中年男は晴れやかな顔で叫んだ。
すると舜平の後ろから鈍郎が出てきて首を振った。
「やめとけ舜平。わざわざ相手を調子づかせることもあるまい。」
「九古鈍郎! いや、第七の戦士“インビンス”と呼ぶべきか!?」
「お久しぶりです、阪口(さかぐち)さん。かつて反戦を唱えていたかと思えば、今になって60年前の遺物を持ち出してくるようになりましたか。品性だけでなく節操も無くなったんですか?」
「開口一番、言うことがそれか? 恩知らずが!」
「とんでもない。私も妻も随分とお世話になりましたから、機会があれば是非お礼しようと思っていたんですよ。」
鈍郎はニコッと笑ったが、目は笑っていない。
「しかしまあ、落ちぶれたものですね。これではとても、お礼をするどころではないか。」
「・・・九古鈍郎。お前にはわからないんだ、おれの絶望が。いや、わかっているはずだ。おれは気付いた。命が粗末にされているのは、60年前も今も変わらない! このクソみたいな社会で惨めに生きて死ぬのも、片道切符で玉砕するのも、大して変わりないってことなんだよ!」
「・・・今更そんなことに気付くとは、節操だけでなく知性まで失ったんですか? 8年前に言ったはずですが。国の為に死ぬのも、カネの為に死ぬのも、思想や信条に殉じるのも、変わりはないのだとね。」
「・・・あのときは、悪かった。」
不意に過去の記憶が思い起こされたのか、阪口は急に態度を変えた。
「恩知らずと言ったのも撤回する。売り言葉に買い言葉だった。」
「構いませんよ。今更どうでもいいことです。もはや同志でもないし、ただの他人ですらない、敵同士。といっても、阪口さんが敵意を向けているのは、もはや私ではないようですが・・。」
鈍郎は寂しさにも似た憐れみを込めて、“イヴィル・アタッカー”阪口勝起(さかぐち・かつき)を見つめた。
「そうだ。その通りだ。おれが許せないのは、その2人、四方髪凜と九古舜平だ。」
「・・・!」
「・・・・・・。」
名指しされて、2人の顔が曇る。
「おれは九古鈍郎と、彼の妻に酷いことをした。その罰を受けた。いや、受けてきた。物心ついたときから女に縁が無い。ろくな職が見つからない。ひと回り以上も年下の上司にアゴで使われる。親からは結婚の圧力がかかる。他にもまだある。いろいろな! これは罰だ。おれは罰を受けてきた。だからもういい。もう許されてる。これでも許さないというのなら、九古鈍郎、お前は何様だという話になるぞ!」
「はいはい、許す許す。許しますよー。そもそも最初から、何が何でも阪口さんを罰しようと息巻いていたわけではないですからね・・・。」
「そうだろう!? そうだよなあ! こんな酷い目に遭ってるんだから! 罰を受けてるんだから!」
「・・・・・・。」
間違った解釈で同意されても困るのだが、鈍郎は黙っていた。
阪口は、もはや鈍郎の方を見ていない。
「だが、罰を受けてない奴がいる! そこの2人は、過去に散々あちこちで暴れまわって、好き放題やって、罰を受けてない! おれは“ブラックタイガー”のクソガキどもから殴られて、財布を取られた! 中身を見たあいつらは、シケてやがると言った! 何で貴様らは罰を受けず、のうのうとセーシュンを満喫してやがんだ!? おれが罰を与えてやる・・・・その小便臭い恋愛ゴッコを終わらせてやる!」
阪口は再び上空へ自身を発射し、凜に狙いを定めた。
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

凜は動けなかった。
『君が剛虎男として活動していた“ブラックタイガー”とかいう暴走族の被害がどれ程のものか、君は正しく認識しているのか。』
『君らの悪行の数々を、様々な人々から聞いてきたよ。』
『金持ち娘の道楽に、庶民を巻き込むなよ。』
九古鈍郎に言われた言葉が、今になって思い出された。
それらは鉄球をつけた鎖のように、重く、凜の体を縛った。
「凜っ!」
いったん回避しようと離れていた舜平が、凜が動けないことに気付いて急旋回してきた。
その彼の頭めがけて“特攻”(カミカゼアタック)が来る。
刹那、舜平の体は抱きかかえられて後ろへ飛んだ。
「「新・制裁技の二、“氷山重撃交差点”(ひょうざんじゅうげきこうさんてん)!!」」
「がぼあああっ!?」
“イヴィル・アタッカー”阪口の体は、地面を抉りながら、土や草を勢いよく巻き上げて転がった。
右腕は、完全に使い物にならなくなっていた。
「のっぐあああ!!」
すぐさま気合で立ち上がったが、ボタボタと血が落ちていて、特に右腕からの出血は尋常ではない。
「その体で・まだやるか。」
「当然だ!」
「力の差が・わからないのか。」
毛布こそ被ってないが、その口調は冴木氷介のものだった。
「馬鹿め! お前らが対処できたのは、おれが30パーセントの力しか出していなかったからだ! 今度は絶対に負けん! 60パーセント“特攻”(カミカゼアタック)を受けてみろお!!」
阪口は言葉通りに更なる上空へ飛び上がり、突撃を開始した。
「くたばれ井の中の蛙があっ!!」

「「“氷山重撃交差点”!!」」
結果は同じだった。
阪口の体は無様に転がり、大きなダメージを受けていた。おそらく左腕も再起不能、これで両腕を失った。
対する凜と舜平は、殆ど無傷のまま。
「あっ! ぐあっ! あがっ!」
痛みで涙を流しながら、阪口が立ち上がる。
「もう・やめておけ。次は・死ぬ。」
「だからどうした! だからどうした! たかが死ぬだけだろうが! 命は失っても誇りは失わない!」
「今の・お前が・誇り高き男の姿とも・思えないが。」
「黙れええ!! 罰を受けろ! なぜ罰を受けない!? 答えろクズが!」
「・・・・・・。」
「答えろお! 答えられないなら貴様は悪だ、クズだ! 許しが・た・い〜!」
「・・・・・・。」
「おれが罰を与えるしかない!」
「・・・神にでも・なったつもりか?」
「神などいない! おれが罰を与えるしかない! 誰も罰を与えないから、おれがやるしかない! そんなおれ、カッコイイだろ!? カッコイイって言ってくれよ! 誰かカッコイイって言ってくれよ! うおお! うおっ! うおおーっ!!」
先程と同じ高さまで、阪口の体が舞い上がる。
凜と舜平は再び制裁技の用意をする。もはや“特攻”(カミカゼアタック)など取るに足らない。
・・・はずだった。
「うっ・・」
「舜平!?」
そのとき凜は気付いた。“損傷引受”(ダメージシフト)は、あくまで傷を引き受ける能力。失った血液までは補充できない。
「く・・・」
彼女は地に踵をつけて、単騎で阪口を迎え撃つことにした。
だが。
「死ねえええええ!!」
阪口は標的を舜平に変えた。
間に合わない。
舜平もよけられない。
(殺ったあ!)
阪口が笑う。
泣きそうな顔で凜が迫るが、阪口の方が早い。
(死)
舜平は死を意識した。眼前に阪口の脂ぎった顔が迫る。
・・・だが、それが急に進行方向を変えた。
「「「!!?」」」
(制裁・・・)
凜が早い。
我に返った彼女は、既に技を繰り出していた。体が覚えていた。
「“零渾真位置撃”(ゼロコンマいちげき)!!」
言い終わったときには、阪口は既に吹っ飛ばされていた。
「ぐあああああ!?」
「くうううううう!!」
互いに大きなダメージ。しかし右の拳がへしゃげただけの凜と、全身の数十箇所を骨折した阪口とでは、どちらが大きく傷ついたかは歴然としている。
「な・・・ぜ・・・・・?」
ふらついた足取りで阪口が立ち上がる。
「何故だ九古鈍郎!?」
「・・・・・・。」
鈍郎は冷めた目で喋らない。
その横で瑠璃子は目を丸くしていた。
(そっか、今のはセンセーの“偶石握殺”(サークルファイア)・・・。)
『私の能力は、人数を限定すれば敵意だけでも発動できるんだ。』
(あのとき、四方髪さんを怒らせるようなことを言ったのは、こういう事態を想定して・・・?)
それは最初から意図されたものではなかったかもしれない。けれど、この場に来る前には考えついていただろう。
(仲間内の諍いさえも、こんな形で利用するなんて、凄い・・・。)
「?」
当の鈍郎は、どうして瑠璃子が目を輝かせているのかわかっていなかった。

「“何故”と問いますか。どうやら起こったことは理解してるようで。説明の手間が省けて助かります。」
冷めた目つき。
冷めた口調。
九古鈍郎は、自分でも意外なほど冷静だった。
「しかし敵に行動理由を問うとは、何を考えているんですか? 私と阪口さんは、今では敵味方であることを、お忘れなきよう。」
「わ・・・わからない・・・・・。お前は“ブラックタイガー”の悪行を非難し、四方髪凜を批判したではないか! それで何故、おれの邪魔をする!?」
「・・・・・・。」
鈍郎の眉が動く。
「そうやって怒鳴り散らして人を威圧する態度、“ブラックタイガー”の連中と何か違うんです?」
「ふざけるなあ!! おれはっ、あのようなクズどもとは違う! 違う! 違うう! 何故それがわからんのだっ!?」
「私から見れば同じですよ。覚えてますか、初めて会ったときのこと。あのとき阪口さんはニヤニヤ笑いながら、『アッチの方、どう?』と尋ね、私がポカンとしていると、『まだ早いか、ハハッ!』と鼻で笑いました。思い出せませんか? その後で他の人に『面白い人でしょ?』と言われたときも釈然としませんでしたが・・・後からジワジワしんどくなってきますね。今となっては嫌悪感で真っ黒ですよ。」
「・・・・・・。」
阪口は少しの間ポカンとしていた。
それを見て鈍郎の目が、すうっと細くなる。
「ねえ、阪口さ・・」
「その程度のことが、“ブラックタイガー”のクズどもの悪行と同じだとでもいうのか!?」
「その程度、ですか。けれど私にとっては“その程度”じゃないんですよ。私は許容範囲の極度に狭い人間なんです。無分別な暴力は嫌い。腕力を誇示する男は嫌い。無分別な言動は嫌い。群れる女は嫌い。大事な人が罵られるのが嫌い。自分の価値観に文句つけられるのが嫌い。好きなものを批判されるのが嫌い。BLを受け付けない奴なんか信用に値しない。真剣な気持ちを茶化す奴は、いなくなってしまえばいい。」
詩を吟じるように、鈍郎の言葉は澄んだ響きを持っていた。
黒くて深い穴が、双眸の奥に開いていた。
「私が反戦平和活動から退いたのは、直接的には阪口さんたちからの嫌がらせが原因ですけどね、それは最後の一滴であって、本当の理由じゃないんですよ。」
鈍郎は目つきを元に戻して、落ち着き払って話し出した。
「反戦だ、平和だといったものは、その内実が問題です。反戦平和を唱えながら、女を見下す、人に努力を強いる、貧乏人や自殺者に自己責任という言葉を投げつける・・・そんなのは論外ですが、先程も申し上げました通り、私の許容範囲は極度に狭い。具体的に言えば、ひとつはBLのこと。BLを受け付けず、それを悪びれずに主張する人間が大勢いる社会など、私にとっては平和でも何でもないんですよ。戦争や貧困が無くてもね。」
「・・は、あ・・・・?」
阪口は、わけがわからぬという顔をしている。
それを見て鈍郎は、溜息をつきながら苦しげに微笑んだ。
「おかしなことを言ってると思いますか? 別に構いませんよ、理解してもらおうと思って話しているわけではないですから。無理に肯定してもらっても、虫唾が走るだけですし。」
鈍郎の目が再び細くなっている。
「大事にしたいものが多い、譲れないものが多すぎる、許容範囲が狭い人間にとって、現代の平和やら革命運動なんてものは、精度が低すぎて話にならないんですよ・・・。それが私が運動を退いた本当の理由です。」
そこまで言ってから鈍郎は、腕を組み替えた。
「人生わからないものですね。私の方こそ世界に仇なす狂戦士と成り果てても不思議ではないのに、そして阪口さんこそ正義の味方として活躍しててもおかしくないはず。なのに結果は逆。・・・・・・ちなみに阪口さん、ひとつ忠告しておきますと、戦場で目的もなく会話する奴などいません。」
「はっ!?」
気付いたときには遅かった。
阪口の背後から、“アインストール”七村七美の一撃が放たれていた。
「ぐっ・・・ががあ!?」
阪口は叫びながら崩れ落ちた。
“電光のサトリンズ・アイ”。伏兵・七美の雷パンチが阪口に命中。この上ない命中だった。
「わたしがいないことを不審に思わなかったのかしら?」
「ふぐっ・・・不覚っ・・・!」
阪口は痺れて動けない。
そこへ鈍郎が近付いてくる。
「戦況を見誤りましたね。」
「なに・・・・・?」
「不利だと思っていましたか。そう思わせておくのが、こちらの狙いでもありましたが。」
鈍郎の立ち位置は、阪口から5メートルほど。
「確かに阪口さんの攻撃は通用しません。私の能力で四方髪と克ち合わせて、後は四方髪が処理します。・・・でもね、こちらの攻撃だって同じことなんですよ。」
それを聞いて阪口はハッとする。
「気付いたようですね。阪口さんの能力の恐ろしいところは、攻撃力の高さじゃない。一瞬で天空に舞い上がる、その点です。回避性能に優れ、制空権を取れる。ご存知かとは思いますが、我々6名の誰も、空高くの敵を攻撃する能力など持ち合わせていないのです。」
「・・・・・!」
「残念でしたね。」
しかし次の瞬間、阪口はニヤリと笑った。
「それで勝ったつもりか九古鈍郎!?」
「え?」
言うが早いか、阪口は空高く飛び上がっていた。
「まだ決着はついていないぞ!」
「馬鹿な、姉さんの攻撃を受けて・・・!」
「お前が言ったことだぞ、おれの“飛翔特攻”(カミカゼアタック)は、能力であると! 体が麻痺してようが、関係ない!」
「・・・!」
「受けてみろ、100パーセントのカミカゼアタックを!!」
「何故・・・今更100パーセントを・・・・・・」
呻くように凜が言う。
「・・・わかってるわ、100パーセントの力を使えば、体が耐えられない!」
「耐える必要など無ァい! ここがおれの死に場所よ! 100パーセントの“特攻”、たとえ四方髪凜でも受け切れん! “偶石握殺”で誰に当てようが、そいつだけは殺す! 誰を犠牲にするのか選べ九古鈍郎! さもなくば貴様が死ねえええええ!! かあみいかあぜえ・・・・・・アターーック!!!」

“イヴィル・アタッカー”阪口の、“特攻”(カミカゼアタック)が来る。
誰かが死ぬのか。
凜、舜平、永須、鈍郎、瑠璃子、七美、誰も動けなかった。
100パーセントの“飛翔特攻”は上空100メートルから100メートル毎秒毎秒で突撃してくる。空気抵抗を物ともせず、僅か1.4秒で標的に達する。そのときの速度は音速の4割だ。
ただの落石なら、1.4秒あれば回避するのは難しくない。しかし降ってくるのは明確な攻撃意思を持つ、“生きたミサイル”だ。かわせるものではない。
1秒の間に6人の頭を“死”の文字が埋め尽くした。
そして0.4秒の間、真っ白だった。
「どぐあああああっ!!?」
聞こえた声は1人分だった。
そのことに意識が追いついた5人の視界に、抉れた川岸と波飛沫があった。
阪口が川に飛び込んだのだと、ようやく認識したとき、鈍郎が前に出た。その動作だけで理解できた。
“偶石握殺”(サークルファイア)。
死を捉えていたのは6人。凜、舜平、永須、瑠璃子、七美、そして阪口勝起その人。
「うがああああああああああ!!」
顔も体もべこべこにひしゃげ、あちこち裂けて骨まで見えて、ぴゅーぴゅーと血を噴き出して、阪口は這い上がってきた。もはや彼に戦う力が残されていないのは明らかだった。
「どういうことだあ・・・ああ・・・!?」
「“偶石握殺”。阪口さんの我々に対する攻撃意思と、阪口さんが釣った魚の阪口さんへの敵意を、克ち合わせました。」
「そ、んな、ことが・・・!?」
「獣や魚は敵意を持たないと思いましたか? それでも100パーセントの確証は無かったですよ。実験済みであってもね。」
その意味は、この能力の根本的な部分。
「私の能力は、“自分と味方に対する”敵意や攻撃意思にしか反応しない。この期に及んでも、まだ私のことを仲間だと思っていてくれたんですね。ありがとうございます。」
鈍郎は嫌味ったらしく笑みを浮かべた。
「き、貴様ァ!! おのれ! おのれ〜!! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう〜!!」
阪口は目からブワッと涙を流して鈍郎を睨んだ。けれど体は動かない。
すると鈍郎は笑うのをやめた。
いや、笑ってはいる。しかし悲しげに。
「・・・けれど、味方というのは一方通行の関係ではないんです。この期に及んでも、まだ私は、阪口さんのことを味方だと・・・仲間だと思っていたんですね。」
その言葉を聞いて、阪口は口を閉じた。
怒りが消え、その表情には微笑みさえ浮かんでいた。
「・・・・・・・・そうか。」
阪口は小さく呟いて倒れ、動かなくなった。

しばらく、誰も動けなかったし、言葉も発しなかった。
後味の悪い感覚が、少しずつ込み上げてきた。


- - - - - -


風邪を引いたときのような、不快感を伴う熱っぽさを、凜と舜平は味わっていた。
何をするにしても気分が乗らず、動きが緩慢になっていく。心の中で腹立たしさと罪悪感が混ぜこぜになって、ゆっくりと渦を巻いていた。
謝ったところで、反省したところで、全ては自己満足であり、償いではない。自分たちが与えたダメージは二度と元には戻らないのだと、深く思い知らされた。
いや、それでも本当の意味では思い知っていない。傷の深さは被害者にしかわからない。加害者には永遠にわからない。わかるとしたら、同じ立場に立ったときだろう。
それでは、同じ目に遭えばいいのか。
そうだ、その通りだと答える人もいるだろう。苦しんだ分も含めて、自分が苦しんだ分だけの苦しみを加害者に与えたいと思う人もいるだろう。
しかし、どれだけ苦しみを与えたところで、自分の受けたダメージは回復しない。それどころか、加害者が生きている限り苦しみが増大し続ける。許すなど愚の骨頂、ヘドが出尽くして飽き足らない。
ならば、殺してしまえと思う人もいるだろう。
加害者が反省したり、善行を積んで賞賛されたりして、自分は成長しないままで見下される。そんなことになったら、言葉にもならないほど悔しくて惨めだ。だから加害者は死ぬべきだ。
あるいは、そんな理屈を抜きにして、死んでしまえ、殺してやりたいと思うのかもしれない。
しかし凜も舜平も、死んで償う気は無かったし、同じ目に遭って償おうとも思わなかった。
冷たい言い方をすれば、結局は本気で償う気など無いし、理解する気も無いのだ。
何か償いたいと思うのも、所詮は加害者の考える範疇でのことであり、自己満足の世界を一歩も出ていない。
自己満足そのものは悪いものではないにしろ、それが被害者を傷つけて、更に傷を抉るなら、話は別だ。
被害者たちを探し出して、全員に謝罪したとしても、許さないと言われたらどうするのか?
死ねと言われても、どうせ死なない。呑めない要求は呑めないというなら、被害者の傷を抉っているだけだ。
謝罪することで許してくれる人もいるかもしれない。心が安らかになる人もいるかもしれない。だから謝罪しに回るべきだという理屈も出るが、許してもらえる人だけに許してもらうに過ぎず、とても贖罪とは呼べない。
いや、そういったことよりも、もっと根深いのは、凜も舜平も、謝ることが出来ない人間だということだ。
謝ることに対して極度の嫌悪感があり、悪いとわかっていても謝れないのだ。
自由を奪われてきた人間が、ひとたび力を手にしたとき、その力を振るうことに伴う喜びは、他の何物にも代えがたい。凜と舜平は、その典型的な例だ。
頭では悪いとわかっていても、力を振るうことを感覚的に悪だと思えない。どうしても思えないのだ。
そうした思考過程の結果として、凜の口から出たのは、辛辣な一言だった。
「負け犬め・・・!」
「・・・・・・。」
舜平は何も言わなかった。
側にいた永須も、かける言葉が見つからず、やがて部屋を出て行った。


- - - - - -


病院の屋上で、鈍郎は朝日を見つめていた。
(阪口さん・・・。)
悲しみや虚しさを伴いながら、心の中で彼を呼んだ。いや、呼んだわけではなく、言ってみただけのようなものだ。
その耳に、扉の開く音が聞こえた。
「・・・十島か。」
振り返らなくても、気配でわかった。
「センセー、ここにいたんだ。」
「ああ。」
「“イヴィル・アタッカー”のこと、考えてたの?」
「考えてたって程じゃないが・・・。」
「・・・・・・。」
「言いたいことがあるなら聞こう。」
「ありがと。」
それでもまだ言いにくそうにしていたが、瑠璃子は意を決した。
「私ね、あの人の言うこと、理解できるんだ。自分に酷いことをした奴は死んでしまえって感覚、死んで万歳って気持ち、私にもあるから。でも、同時に思った。気持ち悪い、って。」
「・・・そうだろうな。私でも気持ち悪いと思うくらいだ。」
鈍郎は悲しそうに目を伏せた。
「それに十島、おそらく同じことを思っているだろうが、私は阪口さんより、あの2人が好きだ。・・・いや、好きというとニュアンスが違うか。未来に必要なのは、あの2人の方・・・というのも偉ぶってて嫌だな。」
鈍郎は少し間を置いて、頭の中を整理した。
「・・・四方髪と舜平のしたことは、決して許されないが、それでも私は、あの2人に幸せになってほしいんだ。阪口さんには残酷だけどな。」
誰かの幸せを願うことが、こんなにも残酷なことなのか。これでもかというほど被害者を踏み躙ることなのか。
そう思うと鈍郎も瑠璃子も、顔が痛くなるほど沈黙せずにはいられなかった。


- - - - - -


病室に凜と舜平を残して出てきた永須は、七美と出くわした。
「2人の様子、どうかしら?」
「まだ頭ん中ぐるぐるしてるみたいだべ。そっとしておくしかないべ・・・。」
「そう・・。」
七美は目を伏せた。
その様子を見る永須の目は、何か別のことを考えているようだった。
「・・・ところで話さ変わるけどや、舜平くんの傷さ、誰が付けたんだっぺ?」
「どういう意味かしら?」
七美はくびをかしげた。
「オラが7分の1にして引き受けた傷は、何かで刺されたか貫かれたような傷だべ。“イヴィル・アタッカー”の攻撃は、高速体当たりだべ?」
「確かにそうね。でも、体当たりのときに手刀で貫いたんじゃないかしら?」
「その可能性もあるべ。しかしやな、凜ちゃんの手に舜平くんの血が、べっとりとこびりついとったで?」
「・・・!」
「なあ、あの場におった敵は、本当に“イヴィル・アタッカー”だけだったっぺ? 例えば、認識を狂わせるようなエスパーがいたとして、そいつの能力を受けた可能性は考えられないべか?」
「まさか・・・。」
「認識を狂わせるような能力があれば、凜ちゃんと舜平くんを同士討ちさせることも出来るだべ。」
「・・・・・・。」
「そして、そのことを七美さんが推理できないはずはないべ?」
「・・・っ!」
永須の顔を見れば、その目は疑念に満ちていた。
七美は焦った顔で息を吐く。
「七美さん、我々に何を隠しているんだべ?」
「・・・あなたの洞察力を忘れているなんて、わたしもどうかしていたかしら。」
七美の目つきは、冷たく濁っていた。
同じ目つきを、どこかで見たことがあるような気がした。
「前々から疑問だったべや。サトリン様は本当に・・」
「・・・・・・。」
七美の目つきが細くなったので、永須は途中で言葉を飲み込んだ。
しかし、ここで引き下がる気も無い。
「・・・じゃ、質問を変えるべ。」
ぎこちない薄笑いを浮かべながら、永須は言った。

「“イヴィル”とは何者だべ?」




   第十二話   了

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「サトリン」 第十二話 狂戦士 (下) 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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