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zoom RSS 進撃の巨人21巻 〜絶望の始まり〜

<<   作成日時 : 2016/12/14 00:00   >>

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ついに世界の真相が明かされていく!!!



※これまでの感想

1〜4巻 (WM被破〜トロスト区攻防戦、過去編)
5巻 (裁判〜第57回壁外調査)
6巻 (女型捕獲作戦)
7巻 (VS女型編)
8巻 (女型捕獲作戦パートU)
9巻 (WR内部巨人編)
10巻 (ウトガルド城攻防戦)
11巻 (VS鎧&超大型)
12巻 (エレン奪還作戦)
13〜14巻 (新生リヴァイ班)
15巻 (クーデター編)
16巻 (クーデター成功〜超超大型)
17巻 (超超大型討伐編)
18巻 (過去編〜帰還編)
19巻 (決戦編1)
20巻 (決戦編2)




誇り高き生き方とは何だろう?

普段から人の顔色を窺い、媚び諂うような生き方をしている私に
どれほど説得力のある論が展開できるかは怪しいものがあるが、
私見を述べさせてもらうならば、“妥協しないこと”であろうか。

疲れるのである。
恒常的に神経が苛立ち、幻覚や幻聴に集中力を削られ、不快な気分が何時間も続き、
そこへ“外敵”からの攻撃が加わる―――そこで私は「もういいや」と思ってしまう。
いや、明確に“思う”のではなく、緩慢になった思考の中で流されてしまう。死にたい。

せめて勉強と同じく、引っかかったことを考え続ける、テトラ方式を心がけているが、
不快な物事というものは、勉強と違って、考え続けるのが苦痛で苦痛で仕方ない。
なるほど、勉強すら投げ出す奴が、心に引っかかるよしなしごとを置き去りにするのは
「1より小さければ2より小さい」のようなことなのかもしれない。

そういう意味では案外、私は誇り高い生き方をしているのかもしれないが、
精神的な苦痛に耐えかねて叫んだり、ガラスに突っ込んで怪我を負ったりしているのでは、
未だに抑制の利かない子供と変わらないのだろう・・・。死にたい。
今日も生身の心に幻覚や幻聴が突き刺さる。死にたい。




<第83話 アルミンorエルヴィン?>

アルミンは“考える人”である。考えることに妥協しない。
かつて私もそうだった。逃げない、負けない、いじけない、
そして情勢によっては命も擲っただろう。

アルミンは黒(焦げ)ミンとなり、私は無様に生き延びた。
知らないことだらけの扉を開けてしまい、
世界の真理を少しでも多く知りたいと思う一方で、
「さっさと死んでれば良かった」と、いつも思っている。

それはエルヴィンも同じではなかっただろうか?

リヴァイ(妻)から見れば、エルヴィンは我儘な子供(愛すべき)だが、
実態は、そう単純でもないだろうし、だからこそリヴァイ兵長も
エルヴィンの判断には必ず従ってきたし、エルヴィンを選ぼうとする。


ジーク戦士長の意味深な言葉は後に明かされるが、
雑誌で連載を追っていると、「被害者」という言葉の真の意味が理解できる。
うわあ・・・マジかよ・・・ってなもんだ。
エレン的には洗脳されているわけじゃないんだけど、
ジーク的には、そういうセリフを吐くのも仕方ない立場だし、
明かされた真相の惨さを考えれば、そういうセリフを吐く権利もある。

・・・まあ、理解者ではないんだけどね。
ライナーの言ってた意味も同時に判明したわけだけど、
このあたりカルラの存在を無視してるというか、
エレンの母親への思いを理解できてないよねぇ。


血塗れ兵長がセクシーすぎて困る。いや困らない。
ハンジさんもカッコよすぎて困る。更に84話で泣く。




<第84話 然るべき報い>

フロックが瀕死の団長を運んでくるなんて
フロック(まぐれ)だと言いたいのかねエレン君?

それはさておき、ついにミカサがリヴァイに“然るべき報い”を・・・!
とはいえ、こんな形を想定していたわけでもなかったよなァ。
珍しい場面だけど、あのときに考えていたより遥かに重苦しい。

リヴァイ兵長は、エルヴィンの“妻”的な感覚から彼を救おうとしているけど、
フロックは先述したエルヴィンの希死念慮を理解している感もあり、
勢いだけで言ってるわけでもなさそう。悲しいが、いい場面だ・・・。

ハンジが助かったのは、モブリットの咄嗟の判断だった。
ここでモブリットが死んでしまうとは・・・つらい・・・・・・。
腹心の部下を失ったハンジの心中は、とても推し量れるものではない。


リヴァイ兵長は、希死念慮うんぬんではなく、
エルヴィンの“決断”を尊重したんだろうなァと思う次第。
休ませてやろう的なことを口では言ってるけど、それはフロックを慮って
ちょっとニュアンスを変えたように見える。

なんだかんだでエルヴィンとしては、生き返らせてほしかったと思うし、
生き返ったら感謝したに違いないだろうし・・・。


ベルトルトは可哀想だけど、これも“然るべき報い”ではある。
扉を蹴破り、大勢の死者を出したベルトルさん。
大勢を巨人に食わせたベルトルさん。そして自分が食われる側に。

相手を「悪魔の末裔」ではなく、尊重した戦術を取っていれば、
紆余曲折あれど、こうはならなかっただろうなァ。

ぶっちゃけ“座標”を奪還するだけなら、
見張りのいない場所から壁を越えていく戦術も出来たわけで。
それをしなかったのは、相手を“ドブネズミ”と見ていたから。
その報いが今ここに。

ああ、でも、本当に可哀想・・・。
ベルトルさん自体は結構好きだったぜ・・・。


ちなみにアルミン、何気にイイ筋肉しておられる。
まあ、まがりなりにも立体起動装置を扱えるからなァ。




<第85話 世界の真実への最初の扉にして絶望へ開く道>

超大型ベルトルさんの泣き顔が心に痛い。
アルミンは何を思うのか・・・。

調査兵団、残り9名。
リヴァイ、ハンジ、フロック、ミカサ、エレン、アルミン、ジャン、サシャ、コニー。

ハンジさんとリヴァイ兵長のダブル説教。
いい話なのに、重傷のサシャの「うぅ・・・うるさい・・・」で吹くwwwww
戦闘が終わったのに、いつまでも緊張状態は良くないし、
いい感じに肩の力が抜けたのではないでしょうか。ムードメーカー。


壁の外の人類が、本当に食い尽くされたかどうかは、
割と初期の頃からファンの間では物議を醸していましたが、
こっちの方が小規模だったとはね!
ジークたちのいる場所も、せいぜい同じくらいの規模だと思ってたよ!

小説版でも、壁の外に追放された人々が寄り集まっている噂があったけど、
あれも含めてミスリードだったよ・・・やられた、巧妙な叙述トリックだ!

もう何というか・・・えぐい。
ここしばらく戦闘シーンばっかりで、退屈ではないけど話が進んでなかったので、
少々テンションが低くなっていたのは否めないのだけど、うわあ・・・うわあ・・・!!

ラスト1ページの衝撃といったら備えも利かないぜええええええええええええ!!!




<第86話 なんて小さな島と大きな世界だろう、そしてどちらも理不尽で狂っている>

・・・まあ、例によって我々の社会のアレコレとオーバーラップしてくるわけですな。
特に、ナチスの民族浄化と、イスラエルのパレスチナ抑圧を思い浮かべたのは、私だけではあるまい。

資源を求めて侵略戦争とか、
首根っこ掴まれてファンタジーから現実に引き戻されたような
実に嫌な、そして物語的な衝撃としては実に上手い、そんな感じ。


フクロウの正体、この時点で、きちんと読者に気付かせているのが上手いなァ。
きちんと読めば明らかなんだけど、サラッと流し読みしただけでも
なんとなく正体は彼なんだろうと気付かせる、絶妙な描き方。流石だぜ。

カルライーターの正体も「お前か!」と叫んでしまった。
えぐい。実に、えぐい。私好みの展開だ・・・。
自分以外の女と子供まで作りやがって許さねえ的な、
いや、グリシャを追ってきただけなんだろうけど、展開だけ見たら、そういう。


今のフリッツは痴呆症だけど、先祖のフリッツ王は割と恐い人だったみたいね。
45メートル級が、柳田理科雄の計算で60万人近くいるらしいので、
とりあえず正面突破は無理だなァ。

幾千万というのは若干の誇張がありそうだけど、
壁が地下まで続いていて、そこにも巨人がいるとしたら・・・ひぃい。


「九つの巨人」のうち2体は、始祖の巨人とグリシャ巨人。
エレンゲリオンは、その2体を融合した状態になっている。

マーレの7体は、獣の巨人、鎧の巨人、超大型巨人、女型巨人、
四足歩行、そしてユミルが奪ったアレを含めて6体。
あと1体も、実は既に出ているのだろうか? うーむ、わからない。
そしてユミルたんの安否もわからない。


とりあえず色んな疑問が解消しまくったけど、とんでもねえ絶望感。
マーレの人々の大半が、エルディア人を差別・迫害するような奴だとしたら、
なるほど、百年前のフリッツ王が引き籠もった考え方も多少は
わからなくもない―――が、無論のこと人民を所有物と考える愚かな思想ではある。

ただ、そうでなければマーレ人を殲滅するか、
更にはエルディア人同士での争いもあるわけで、嫌気が差すのは理解できる。

少数者を差別・抑圧し、それを当然と思っている多数者に対して、
抑圧されている少数者は、どのように対抗すればいいのだろうか?
考えるほど陰惨で、救いようのない気分になってくる。

我々の世界は幾つかの事情は違うのだが、
悪魔の末裔ならぬ、“悪の枢軸”と呼ばれている国家がある。
少数者と呼べるほど少数でもなかろうが、世界の趨勢において
マイノリティーに属しているのは間違いなく、経済攻撃に晒されている。

私は核武装の愚かさを知る1人ではあるが、いじめ被害者の凶暴性を知る1人でもある。
経済列強の核武装(及び軍備)と、弱小国の武装とを同列に扱うのもヘドが出るし、
まして列強が自分たちの凶暴性を棚上げして、弱小国家の凶暴性を取り沙汰する
世界の状況は、どうしようもないのだろうと思う。

どうしようもない、というのは、現在の状況を変えようがないという意味ではない。
そうした世界の状況に怒りの声をあげている人々が、
同じ構造をしているはずの、いじめ問題に関して、
鈍いどころではない無神経な反応を示すような現状に対して言ってる。


「進撃の巨人」のコンセプトの1つに、“絶望感”があるという。
最初は、人間と巨人の“力の差”のことだと思っていた。

創作における強敵感は、絶対値ではなく相対値であり、
世界観によって感覚など如何様にもズレる。
そういう意味で巨人の齎す強敵感は、極めて大きなものだった。

しかし思えば、“強敵”とは、少なからず昂揚感を齎すものだ。
それは厳密に言えば“絶望感”とは違うのではないか・・・?
私が絶望するのは、どういうときだろうか・・・?

抑圧や迫害に晒されている少数者の未来を考えるとき、私は真に絶望する。
陰鬱な気分になり、強敵を前にした昂揚感など微塵もない。
これまで解決したことはないし、これからも解決しないと思っている。

だが、「進撃の巨人」は、妥協しない物語だ。
妥協しない、誇り高い物語だ。

明かされた絶望に対して、どのような未来が描かれるのかと思うと、
まだ私の中にも希望が残っているようだ。


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