ブレイド・ピッド (全)

夜の繁華街を少女が歩いている。
実際は15歳だが、それよりは少なくとも3歳以上年上に見られる。目つき、髪型、雰囲気、そのどれもが尖ったナイフか鋭い剣を思わせる。
“ブレイド”。それが彼女の呼び名だ。2、3年前から、よく夜の街をうろつくようになった。
少女が夜道を歩くのだ。当然、丸腰ではない。彼女の選んだ武器は、催涙スプレーでもなくスタンガンでもない。不気味に輝く西洋刀。大抵の連中は刀相手には怯む。彼女を知る者ならば、尚更だ。腰に差した西洋刀は伊達ではなく、きちんと殺傷能力があることを知らしめたのが2年前。彼女を犯そうとした男が、指を数本と両目を失った。
彼女が“ブレイド”と呼ばれるようになったのは、その頃からだ。

「まったく・・世の中ってヤツは薄汚い・・。」
この辺りに来る度に、彼女はそう思うのだった。この日はたまたまそれが口をついて出た。
(いつもはそれがわからないんだ。日常の中では、世の中が汚れてることがわからない。霧がかかったように、汚さが隠れている。)
だから彼女は夜の街を徘徊する。世の中が汚いことを認識しておかないと、自分の汚さに吐き気がしてくる。
下品にわめき散らす若者。それを馬鹿にした目で通り過ぎるサラリーマン。怪しげな露店の数々。いかがわしい店と、涼しい格好で立つ女たち。排気ガスと煙草の匂いが鼻につく。
彼女は周りに聞こえない程度の小声で呟いた。
「どいつも、こいつも・・・。ハァ・・汚らしく見えてくるぜ・・。だから安心するんだ。」
ジブン ガ オナジ クライ キタナイ カラ
(心がもやもやする・・。ざわざわする・・。ああ、そんなもんじゃない。もっと別の表現は思いつかないのか?)
(私の心を表すのに相応しい言葉はないか?)
(イライラする。カリカリする。ぐねぐね、ばすばす、ぎじゃぎじゃ・・)
最近は、徘徊しても気が晴れなくなってきた。

深夜2時頃、家に戻った。家の前に、少女が立っていた。
「何の用なの、カノウ。」
少女は13歳。顔立ちはそれよりもやや幼く見える。
「ピッド・・いいえ、瑞樹。話があるの。」
カノウと呼ばれた少女は、真剣な顔つきでそう言った。
草薙瑞樹(くさなぎ・みずき)。それが“ブレイド”の本名。中学の3年生であり、この少女とは従姉妹の関係にある。
少女の名前は草薙叶香(くさなぎ・きょうか)。瑞樹より2つ年下の中学1年生。“カノウ”は名前をもじった愛称である。
「話?」
瑞樹は胡散臭そうな目で首をかしげた。
「いつまで、こんなことを続ける気なの。」
「深夜徘徊のことか。」
「そうよ。」
「余計なお世話。私が何をしようと勝手よ・・。」
そう言って目をそらす瑞樹の肩を叶香が掴んだ。
「わたしの目を見て。目をそらすってことは、やましいことをしてるって自覚があるということだよ。」
「馬鹿が・・。単にうざったらしいだけだ・・。」
瑞樹は叶香の目を見た。
叶香の目は大きく見開かれていて、瑞樹は心がざわついた。
「カズキ君とヒロキ君のことを考えて。両親がいない今、あなたがこの家を支えなきゃいけないはずよ。」
「家を支える・・? そんなことは、子供3人放っぽってわけわからん仕事してるオヤジとオフクロに言えよ。」
「あなたたちの生活のために仕事してるのよ。」
「ああ、感謝してますよ。どうもありがとうごぜえます。」
「あなたがそんなんだから・・! カズキ君ヒロキ君、寂しがってたよ。あなたが家にいるよりもわたしがいる方が多いじゃないの。今日だってわたしが晩ご飯作ってあげたんだから・・。」
そう言う叶香の手は震えていた。
「ああ、カズキとヒロキの相手するのが面倒くさいんだ。」
「瑞樹!」
叶香の拳骨が飛んだ。
「痛・・・。」
瑞樹は頬を押さえて顔をしかめた。
「カノウ・・。人にダメージを与えたかったらな、拳骨程度じゃ駄目だ。特にお前みたいな華奢なのはな・・。」
そう言いながら、瑞樹は叶香の首に手を掛けた。
「瑞樹・・?!」
瑞樹は冷たく笑っている。
「冗談は止めて・・瑞樹・・。」
叶香は震えていた。その彼女を壁に押しつけ、瑞樹は手に力を込めた。
「カノウ、私程度の力でもな、心臓マッサージの要領で窒息させることが出来るんだ。やってみようか?」
「止めて・・うう・・」
叶香の首が絞まり、息が苦しくなっていく。瑞樹の腕を掴もうとするが、力が入らない。
「苦しさで赤くなる顔が、可愛いよ、カノウ。もっと締めてやろうか?」
「・・ん・・・んん・・!」
首を振ろうとする叶香を、瑞樹はいっそう締め付ける。
ぐっと締め付けたすぐ後に、瑞樹は手を離した。
「あ・・えほっ、えほっ、えほっ!」
「クックック・・・冗談だよ、じょ・う・だ・ん。可愛い従姉妹にそこまでするわけないじゃない。」
「みじゅき、あなた・・、えほっ、えほっ。」
「優等生はとっととおうちに帰りなさいね。草薙叶香さん。」
まだけほけほ言う叶香を横へのけて、瑞樹は家の中へ引っ込んだ。
中は真っ暗で、布団では2人の弟たちが仲良く寝ていた。
「ハァ・・・。」
瑞樹は額に手を当てて、しばらく動かなかった。

瑞樹の2人の弟カズキとヒロキは9歳と5歳。それぞれ小学3年生と幼稚園児だ。
自分の寝室でおっかない顔をして寝ている姉をよそに、今日も彼らは学校と幼稚園に行く。朝7時には起きて、朝食を摂り、弁当を作る。その為に夜は9時には寝るようにしている。
(昨日も姉ちゃんは出かけていった。)
カズキは小さな体で料理をしながら、暗澹といた気分になっていた。
そこへヒロキがベソをかきながらやって来た。
「お゛兄 ぢゃ ん・・」
「?」
振り向くと、ヒロキがおしっこを漏らしていた。
「あー・・・。」
カズキはやれやれという顔で料理の手を止め、弟の下の始末にかかった。
下半身に接しないように注意して抱き寄せ、後頭部を軽くぽんぽんと叩いて泣きやませる。そして、替えの下着と服を用意して着替えさせる。
(いつまでこんな日が続くんだろ・・。)
両親は仕事で滅多に帰らない。頼りの姉は2年以上も反抗期が続いていて、家のことは自分ばかり。カズキは体よりも心が疲れていた。一桁の年齢に似合わない溜息を漏らすと、カズキは料理の作業を再開した。
8時になると、従姉妹の叶香が迎えに来る。カズキは1人で小学校へ行けるが、ヒロキは叶香が送るのだ。
「いつもすいません、叶香姉ちゃん。」
「いいのよ。」
自分の負担など、気にならない。それよりも、ヒロキが不自然に大人びてしまっているのが可哀想でならなかった。
「ピッド・・瑞樹は今日も寝てるの?」
「・・うん。」
カズキの表情が更に暗くなったので、叶香は話を変えた。
「あ、そうだ。今度の体育祭。わたし、徒競走・・かけっこの選手に選ばれたの。よかったら見に来てよ。」
「うん。」
翳りはあるものの、ヒロキの顔が少しは明るくなったので、叶香はホッとした。

カズキが小学校から帰ってくると、丁度瑞樹が目を覚ましたところだった。
「・・おはよ・・。」
カズキが恐る恐る声を掛けたが、瑞樹は虚ろな目で黙っていた。寝起きで周りの声が聞こえてないのだと思い、カズキはそれ以上何も言わなかった。
瑞樹はしばらくぐったりしていたが、急に立ち上がってシャワー室へ歩いていった。途中でドカッと壁にぶつかったが、よろけただけで痛いとも何ともいわなかった。

シャワーを全身に、特に顔と髪に浴びせかけ、瑞樹はようやく頭がしゃんとしてきた。
「あ゛ー・・・・・。」
左手で頬を掴んでみる。爪を立てる。
「・・・・・・。」
シャワーを浴び終わると、歯磨きをする。彼女は根がきれい好きなので、半ば無意識のうちに身なりを整えてしまうのだ。バスタオルで体を拭くときも、隅々まで、念入りに時間を掛ける。
歯磨きが終わると、遅い昼食を作り始める。カズキよりも遥かに手際よく、簡単な料理を作っていく。鶏肉が残っていたから、適当に刻んで塩胡椒を振って炒める。化学調味料を入れたお湯でわかめを煮込み、味噌を放り込む。後はレタスをちぎって、3品完成。これに白ご飯。
飲み物はビール。およそ中学生が飲むようなものではないが、瑞樹は3日に1回は飲んでいた。
「カズキぃ・・。」
酒に酔って瑞樹の目がとろんとしてくる。
呼びつけられて、カズキはいつものように瑞樹の膝に座る。
「カジュキはかわええな・・。」
そう言いながら、瑞樹はカズキの首を撫でる。
「お姉ちゃ・・苦し・・」
「んー?」
右手で箸を進めながら、左手でカズキの体をまさぐっていく。首筋から鎖骨、肩、腕。
「細いなあ・・カズキは。ちゃんと食ってんか?」
「うん・・。」
腕の次は胸。
「あっ」
瑞樹の指先がカズキの胸の先端に到達する。
「ちょ、くすぐった・・あっ」
「んー?」
更に下へ行く。へその辺りをくりくりと触られて、カズキは体が震えた。
「あ・・やぁ・・!」
「んー、カズキはこんなところで感じるのか? やらしーなぁ・・。」
そう言いながら、左手を下へ動かす。
「あ、そこは・・」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「カズキ君、いる?」
「いるよ・・。」
答えたのは瑞樹だった。
「瑞樹!」
声の主、草薙叶香は駆け足で入ってきた。
「あなた、何してるの!」
「チッ・・。」
瑞樹はカズキを解放し、食器を手早く片付けた。
「カノウ、カズキに用事じゃなかったのか?」
「そんなことよりも、今何やってたの。」
「おっと、ここに話の通じない馬鹿が1人~。」
瑞樹は酒臭い息を発しながらせせら笑った。
「瑞樹ぃ!」
叶香は側にあった花瓶を手にとって、瑞樹に殴りかかった。
「がはっ!」
頭をガンッと殴られて、瑞樹はよろめいて後ずさった。
「あ゛~・・・。昨日あんな目にあったのに、元気だねえ、カノウ。ヒヒヒ。」
「瑞樹、あなたも本当はわかってるはずよ。このままじゃいけないって。」
「ピンポンだ。流石は我が愛しの従姉妹殿。なあ・・」
瑞樹の目の色が変わった。
「わかってんだよ。カノウの言う通りだよ。私は汚いよ。世界は汚いよ。助けてくれよ・・。」
「瑞樹・・?」
「あ゛・・」
瑞樹はそのまま床にへばって、しばらく動かなかった。

その夜も、瑞樹は出かけていった。
残されたカズキとヒロキは2人で晩ご飯を食べていた。叶香とて、いつもいつも2人に付き合えるわけではない。それでなくても彼女の両親からは、いい顔されてないのだ。
「お兄ちゃん・・。いつもごめんね・・。」
ヒロキがぽつりと呟いた。幼いなりに、この深刻な状況、そして自分が兄の足手まといになっていることを理解しているのだ。
「ヒロキ・・。」
カズキはヒロキを抱きしめた。
自分の息がヒロキの首にかかるくらいの距離で、カズキはしばらく抱きしめていた。
(・・?)
ふと、カズキは妙な気分になった。ヒロキにたいして、何か言い表すのが難しいものを感じたのだ。それは、兄の弟に対する愛情に似ていたが、どこか違うものであった。その正体が何なのかわかる前に、それは霧散してしまい、意識の底へ沈んだ。
ただ、何となく明日もがんばれる気がした。

草薙瑞樹は夜の街に繰り出した。
鋭い目つき、人を寄せ付けないオーラ、腰の剣。いつものスタイルで彼女はネオンサインで明るい繁華街を闊歩する。
濁った雰囲気の街。人間に清濁あるとしたら、濁の部分が強い場所。汚物の吹きだまり。
最初は歩いているだけで気分が晴れた。街の様子を観察するだけで一種の安らぎを得た。しかし、最近は気分が濁ったままだった。
この日は気分を変えて、あまり人気のない裏通りを歩くことにした。いつ物陰から暴漢が現れるかわからない。前か、後ろか、右か、左か。腰の剣を抜いて、精神を研ぎすます。微かな物音にも反応して足を止める。
ビルの角を左に曲がると、瑞樹は足を止めて目を見開いた。
そこに少女がいた。いや、見かけが少女というだけで、実際はどうなのかわからない。まだあどけなさの残る見かけだけで判断すれば、10代半ば。
赤みの混じった栗色の髪、丸っこく可愛らしい顔に、うるんだ緑色の瞳。瑞樹の鋭い目とは対照的に、幼さを強調するように大きく、とろりと垂れていた。手足は乱暴に扱えば折れてしまいそうなほど華奢に見える。
白いブラウスは中途半端に開かれ、隙間から緑色の布地が見える。それはブラウスと共に控えめな胸の膨らみを包んでいた。紺色のスカートは紐を肩に掛けるタイプだが、そのうち片方がずり落ちている。首には皮製の赤い首輪がはめられていて、緑色のリードが付いている。
彼女は裸足で、地面に座っていた。格好だけ見ればへたりこんでいる感じだが、その瞳には後ろ向きな印象は微塵もない。ただ、少し悲しそうに、寂しそうにうるんでいるのだ。
体、髪、服。至る所にべっとりと付いた白濁の液は、1人分のものではあるまい。太腿の間からも、白い液体が流れ出した跡があった。
瑞樹は、しばらく彼女から目が離せなかった。
すると、彼女の方から声を掛けてきた。
「あのう・・・。わたしをいじめてみませんか・・?」
「えっ?」
瑞樹は思わずのけぞった。
「・・他へ・・・」
「待って。」
サディスティックな衝動が瑞樹を動かした。
気が付くと彼女の腕を掴んでいた。

瑞樹は謎の少女と共に、ホテルに入った。
正確には少女という年齢ではない。訊いたら、20歳だという。名前は結花(ゆいか)。それ以外は何も教えてくれなかった。
シャワーを浴びてから、着ていたのと全く同じ替えの服に着替える。このホテルには、制服も備えてあるのだ。だからこそ、彼女はこのホテルを選んだのだろう。
「好きにしていいのよ。」
結花は足を曲げてベッドの上に座り、両手を揃えて瑞樹を見つめた。
濡れた瞳に見つめられて、瑞樹の鼓動は嫌が応にも高まった。
まずは首輪に付いたリードを手に取ってみる。それだけで瑞樹はゾクゾクした。
続いて、か細い腕を握ってみる。更に、肩を掴む。
「あっ」
少し強く掴むと、結花が声をあげた。
「ほう・・。」
瑞樹の表情がサディスティックになっていく。右手を首に回して抱き寄せ、左手で小ぶりの胸を掴む。
「あんっ」
「これはいい感触だ。」
そのまま乱暴にわしわしと揉むと、結花の顔が赤くなっていった。
「あっ・・いい・・!」
「その表情ナイス。」
瑞樹は結花を押し倒し、彼女の瞼をこじ開けると、舌でべろっと舐めた。
「嫌あ・・」
「ククク。」
結花の顔を布団に押しつけて、瑞樹は体を起こした。
下半身の方に目をやると、結花の太腿が汗でない液体で濡れていた。
「結花はドMだなあ。」
「ん・・!」
結花の顔が紅潮した。
言葉で責められても反応する。瑞樹の嗜虐心は、かつてないほどそそられた。
濡れた太腿の間へ手を伸ばす。
「や・・・そこは・・!」
クチュ
「あっ!」
「良い反応。」

 クチュッ クチュッ

卑猥な音を立てて、瑞樹の指が結花の大事なところをいじくりまわす。
「ん・・んあ・・・んん・・・」
顔を真っ赤にして喘ぐ結花を、瑞樹は興奮して見つめていた。
「ハァ、ハァ・・。」
瑞樹の息も荒くなる。
(さて・・。)
興奮が高まってきたところで、瑞樹は考える。
(そろそろ本番といこうか・・。)
右手で花弁をいじくりながら、残る片手で器用に結花の首輪を外していく。
「結花、知ってる?」
「え・・?」
上から押さえつけるような形で、瑞樹は片手で結花の首を絞めにかかった。
「あ・・!」
結花の瞳から涙があふれてくる。
「首を絞められるとね・・同時にこっちもよく締まるの・・。」
「あんっ、んんっ、ああっ」
結花は身をよじらせて抵抗する。それが演技なのか本当に恐怖しているのかは区別がつかない。
瑞樹はますます嗜虐心をそそられて、絞める腕に力を加えた。
どんなに足掻いても自分から逃れられない。それが演技であれ、リアルにその感覚を味わえる。
瑞樹は下腹部が熱くなってきた。
「まだあるわよ・・。」
右手は太腿の間。左手は首を絞めている。では、残るは?
瑞樹は口をかっと開くと、結花の腕にかじりついた。
ガシュッと音がして、結花が悲鳴をあげた。
「ああっ!!」
「ますます濡れてきたね・・。」
瑞樹は足で結花の腹を圧迫した。
「かふっ。」
「可愛いよ、結花。苦しむ表情が素敵。ゾクゾクする。」
結花の瞳からは、涙があふれ出していて、それが肌を伝って布団まで達していた。
「んんっ!」
目をギュッと閉じて、結花は絶頂に達した。
瑞樹の指に熱い感触が伝わった。
「イッちゃったの? この変態。」
「あ・・ふ・・」
結花は恍惚とした表情で体を小刻みに震わせている。
瑞樹は濡れた右手をぺろりと舐めると、一旦そこから離れた。
「や・・行かないで・・!」
「ククク。」
瑞樹は笑いながら、ホテルに備え付けてあるオモチャを持ってきた。
「私の前にも複数の男たちと楽しんだくせに・・。結花はタフね。」
そう言いながら、コードの付いた丸い物体を結花の中に入れる。
「あ・・」
「もう一つ。」
「んあ・・!」
「・・こっちの方が感じるの? この変態。」
「んく・・あ・・!」
「最大出力!」
「あぐ・・・!」
一度絶頂に達して敏感になっている結花は、瞳から涙をあふれさせながら快感に身悶えた。
「まだまだ・・。これからが一番気持ちイイから・・。」
瑞樹は再び結花の上に乗ると、今度は両手で首を絞め始めた。
「あっ・・!」
結花の顔が苦痛と快楽で歪む。
「その表情、可愛らしすぎる・・。」
「あ・・ん・・・もっと・・・もっと締めて・・・!」
結花は顔を赤くして懇願する。瑞樹の興奮も最高潮へ達していた。
「そうだ、苦痛と快感は同じもの・・。嬉しさと悲しさも同じ。愛と憎しみも同じ。ただ、度合いが違うだけ。痛くても気持ちよくても顔は歪む。嬉しくても悲しくても涙を流す。愛してるからこそ憎くなる・・!」
結花の首がぐいぐい締まっていく。
瑞樹は結花の瞳を舐めたり耳を噛んだりして、思う存分貪った。
結花は何度も絶頂に達し、その度に体を痙攣させていた。
何度か気をやった後、ようやく結花は気を失った。
瑞樹は気絶して眠る結花に布団をかけてやった。
「ふぁ・・。」
瑞樹も何だか眠くなってきた。延長の電話を入れると、2人で朝までぐっすり眠った。

「お早う、瑞樹。」
濡れた瞳に起こされた。
瑞樹はしばらくぶりに寝覚めの良い朝を迎えた。
「結花・・。昨日のが私の妄想でなくて良かった。」
瑞樹は澱みが無くなったようなスッキリした顔で笑った。
「妄想には妄想の良さがあるわよ。」
結花が濡れた瞳で微笑む。
「確かに。」
そう言いながら、瑞樹は結花に見惚れていた。
「それにしても、結花はかわええなー。萌え~。」
「燃え?」
結花の目が一瞬妖しく光った。
瑞樹はそれが何の意味を持つのかわからなかったので、さして気にも留めなかった。
「あ、そうそう。今何時?」
「8時半よ。」
濡れた瞳に戻った結花が答える。
「たーいへん。学校に遅れちゃう。」
言ってから瑞樹はハッとして失笑した。
「学校とか(笑)」
思えば、小学生の頃は学校に行くのが当たり前で、その頃は結構楽しくやっていたような気がする。
昔の平穏な日常の感覚に戻っている自分に戸惑いつつ、瑞樹は悪くない気分だった。

その日、草薙瑞樹はおよそ4ヶ月ぶりに登校した。
半ば諦めていた叶香は信じられないようなものを見る目で瑞樹の姿を見つめていた。
「みず・・」
声を掛けようとして、止めた。
瑞樹は天の邪鬼なところがあるから、下手に話しかけて悪い状況になるのを恐れたのだ。
冷静に考えればそんなことはないとわかるが、叶香は驚いていて冷静ではなかった。
「中間テストだあ・・?」
瑞樹の方は、掲示板に張り出された紙を見ていて、叶香には気付かなかった。
「チッ、仕方ない。やるだけやってみるか。」
瑞樹は顔をしかめたまま、廊下をずんずんと歩いていった。

テストの結果、瑞樹は各教科とも平均より少し上くらいだった。ろくに学校に来ていないのにそんな点数がとれるとは、本人も不思議だった。
月並みな表現だが、学校だけが勉強の場ではない。深夜徘徊しながら思索を巡らしていた彼女は、中学生としては高度な論理的思考を身につけていったのだ。元より頭の中であれこれ考えるタイプ。加えて、小学校での基礎的なことは完璧に近いくらいにこなしていた瑞樹である。ろくに授業を受けていなくても、このくらいの点数は取れるのだ。
叶香は素直に喜んだが、中にはそれを妬む者もいた。さほど成績の良くない瑞樹を妬むのも妙な話のように聞こえるが、その連中は平均ギリギリ程度。つまり、瑞樹よりも少しだけ低い点数なのである。あまりに点数が離れていれば、もはや別世界のように感じて妬みも起こらないが、自分と近い点数ならば意識する。そういう連中だった。
その中で特に、十島陸生(じゅうじま・りくお)という少年が、瑞樹に憎悪とも言える感情を抱いていた。
自分は父親から罵倒されながら毎日のように塾通いをして、やっと平均点ギリギリなのに、ろくに学校に行かないで遊び回っているの瑞樹が自分よりも点数は良い。自分の必死の努力が否定されたような気がして、陸生は頭がかーっとなった。
だいたい以前から陸生は瑞樹が気にくわなかった。おそらく世の中の男性の半分以上がサディスティックなタイプの女性は好みではないだろうが、彼はその性質が人一倍強かった。
(草薙ぃ・・!)
十島陸生は腹違いの兄・累月(るいげつ)に連絡を取った。
累月は幼い頃から粗暴で、両親の悩みの種だった。何度も障害沙汰を起こして、家庭不和の原因を大量に作り出した。もっとも、累月が殊更荒れるようになったのは、腹違いの弟の存在を知ってからだった。
両親が離婚して、累月は父親に、妹は母親に引き取られた。
累月は新しい家庭になじめず、ますます素行不良になった。
父親は累月のことを諦め、煩わしく思いつつも無視を決め込んだ。そして、もう一人の息子・陸生に過度な期待をかけた。これでもかというくらい塾に通わせ、成績が悪いことで怒鳴り散らした。本人だけでなく、元愛人の妻にも辛辣な言葉を吐きかけた。
陸生のストレスは鬱積し、何がしかの発散対象を探していた。

「兄さん。」
「よーう、陸生。久しぶり。相変わらずピリピリしてんなあ。」
累月は19歳。蔵目(くらめ)なんたらとかいう青年とつるんで、この近辺のワルの中ではちょっとした顔である。
家庭にはなじめなかった彼だが、弟のことは気に入っていた。
「草薙瑞樹って知ってる?」
「草薙瑞樹・・・くさなぎみずき・・・。あー、確か“ブレイド”とかいう女の本名がそれっぽかったような・・。いつもサーベル持ってる危ないヤツ。こーんな目えしてて、髪型も剣みたいな。」
累月は両手で吊り目を作った。
「多分そいつ。とにかく、あいつをメチャクチャにして。そうだ、ついでに弟とか草薙叶香とかも。」
「ちょいちょい、いっぺんに言われても・・。落ち着いて話せよ。」
「ええと・・・」
陸生の説明を聞いて、累月はだいたい事情を把握した。
「なるほどー、両親は不在か。面倒でなくていいな。」
「やってくれる?」
「ああ。お兄さんにまかせなさーい。」
そう言って累月は陸生の首に手をまわした。
「首ほっそー。ちゃんと食ってんのか? うわ、よく見たら全身がりがり。これじゃまるで骨と皮。」
「そこまでじゃないよ・・。」
陸生は疲れたような苦笑いをした。
「ま、俺は別に構わないけど。」
「?」
「さてと、それじゃあ可愛い弟の頼みを実行してきますか。」
累月は歩き出してからすぐに立ち止まった。
「あ、そうだ。そいつら処女か?」
「知らないよ、そんなの。」
陸生は顔を赤らめた。
「何考えたんだ、このスケベ。」
「スケベなのは兄さんの方だ・・。」
「はっはっははは。」
累月は愉快そうに笑いながら立ち去った。

ここ数日、瑞樹は学校には来ている。しかし、カズキに訊くと家には戻ってないと言う。
叶香はいぶかしんだ。
(何が何だか・・。)
学校での様子を見ると、以前より状況が改善しているように思えた。
しかし家に戻ってないということは、それは自分の思い違いだったのだろうか。
叶香は暗澹たる気分になった。
カズキもそれを察して声を掛けた。
「叶香姉ちゃん、大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのか、その根拠は何一つ無かった。それでも、叶香は少し気分が良くなった。
家の中からヒロキも心配そうな顔で出てきた。
「ヒロキ。」
「お兄ちゃん、叶香お姉ちゃん・・。」
泣きそうな顔のヒロキを見ると、2人とも自分がしっかりしなければと思い、自然と笑顔になった。
「大丈夫。瑞樹は天の邪鬼な性格だから、ばつが悪くて戻るに戻れないだけよ。」
「そーかねー。」
「「「?!」」」
自分たちのものではない声がして、3人はびっくりした。
声の主は、いかにも粗暴な感じの青年だった。
「お前、処女?」
「はっ?」
「草薙キョーカ、草薙カズキ、草薙ヒロキ。ブレイドが足りねえが、そのうち戻ってくるか。」
あっけにとられている3人を前に、累月はべらべらしゃべった。
「それにしても、うっぜえホームドラマ。安っす・・。」
「何だと!」
カズキが食ってかかる。
「体震えてるぜ、ガキ。」
累月がカズキを小突いた。

少し小突かれただけなのに、カズキはまるで相撲の張り手でも受けたかのように、1メートルほど吹っ飛んだ。
「あうっ!」
「あなた、エスパー!」
叶香が累月を睨みつける。
「そうさ・・。俺の能力は重力操作。ダジャレじゃないぜ。」
「わたしが相手よ。2人には手を出さないで。」
「ああ、お前が相手になってる間は・・な。」
累月はせせら笑った。

カズキとヒロキは少し離れたところで戦いを見守ることにした。
「お兄ちゃん、怖いよう・・。」
ヒロキにすがりつかれて、カズキはまたもや数日前の妙な感覚を思い出した。
しかし、それどころじゃないので、すぐに消えてしまった。

「お前もエスパーだろ。何となくわかるぜ。・・しかし、一つわからねえんだよなあ。」
「何。」
「お前、処女?」
「はあ?」
叶香は目の前の男が何故そんなことを言うのかさっぱり理解できなかった。
ただ、それがセクハラであることは十分に理解した。
「・・・・・・。」
叶香は無言で累月を睨みつけ、自身の超能力で体を宙に浮かせた。
「ほー、サイコキネシスか。だが、俺には無意味だな。食らえ、グラビドン!」
重力の力場が叶香を襲った。
しかし、叶香は地べたに這い蹲ることなく宙を舞って累月に蹴りを入れた。
「あぷっ」
累月は顔を歪めて後ろへ跳んだ。
「いってー。その能力、サイコキネシスじゃなくてレビテーション・・空中浮遊だな。」
累月は予想外の結果にもうろたえることなく、冷静に叶香の能力を分析した。
サイコキネシスの力で浮遊するのとレビテーションで浮遊するのとでは、同じ浮かぶのでも内容は違う。サイコキネシスの場合は重力と同じ大きさの力を逆方向に加えてるのであって、レビテーションの場合は重力そのものを遮断しているのだ。
殆どのレビテーション能力者がそうであるように、叶香には僅かにサイコキネシスの素養がある。それで空中を移動できるのだ。重力を遮断するわけだから、サイコキネシスの場合と違って重力操作の影響を受けにくい。能力の相性は叶香にとって有利だった。
ただし、超能力の相性だけで勝負は決まらない。叶香の渾身の蹴りも、累月には大したダメージを与えていなかった。
当然といえば当然で、叶香は格闘術に関しては素人。ケンカなんか殆どしたことがない。渾身の蹴りと書いたが、そもそも渾身の力を出せるような蹴り方を出来ていない。
「へっ、ちょっち驚いたが、そんな蹴りじゃ1万発当てても俺は倒せねーぜ。」
「・・・・・・。」
叶香は内心焦っていた。この男はケンカ慣れしている。
掴まらないように、彼女は空中へ舞い上がった。
「パンツ見えてるよー。」
累月は手を額に当てて叶香を眺めた。
「!」
叶香は思わずスカートを両手で押さえた。
「それが隙だ・・。」
突然叶香は足が動かなくなるのを感じた。
「手もいっとく?」
両手も動かなくなった。
叶香は為す術無く地上近くまで降ろされた。
見えない手錠に両手足を拘束されたかのように、彼女はばんざいのポーズを強要された。
叶香の体の自由を奪って、累月はにまりと笑った。
「・・・・・・。」
叶香はわけもわからず恐怖した。
「へ、わからねえってツラしてんな。俺の能力はな、回数制限があるけど重ね掛けが出来るのよ。それを利用すると、こういう事も出来る。上下とかじゃなくて、内側に向かう重力場。まー、簡単に言うと、弱いブラックホール?」
叶香の能力は重力を遮断する。ちゃんとした訓練を受けていれば、この拘束から抜け出ることも出来ただろう。
「俺はベンキョーはからっきしだけどな、超能力の使い方は上手いんだぜ。それと、アッチの方もな・・。」
累月の表情からその意味を理解して、叶香は身をよじった。
「嫌あ! 止めて!」
「そう言われるとますますその気になってくる・・。」
累月は舌なめずりして叶香に近づいた。
「やめろー!」
カズキとヒロキが体当たりしてきた。
必死で累月をぽかぽか殴るが、びくともしない。
「ちょーし乗んな、ガキども。お前らなら能力使うまでもねえ!」
2人は1発ずつ喰らって転がった。
「何するの!」
「安心しろ。今からお前の相手してやるから。」
「っ・・!」
叶香は再び恐怖に震えた。
「あ、そうだ。まだ答え聞いてなかった。お前、処女?」
「・・・・・・。」
「その顔はイエスだな。それじゃ、俺が初めての男になるってわけだ・・。」

その少し前、瑞樹は廃屋で結花を切り刻んでいた。
いや、刻むという表現は少々語弊があるかもしれない。皮膚のみを切り裂き、重要な血管や神経を傷つけないようにしているのだ。
「んん・・あっ、熱いよう・・」
とろりと流れる鮮血を、瑞樹が吸うように舐める。
結花は恍惚とした顔で身悶えている。
体はピクピクと小刻みに震え、ギュッとつむった瞳からは涙が滲みあふれている。
「結花の血は美味しいね。」
「もっと・・もっと吸ってえ・・!」
「いいとも。」
結花の全身が血と唾液まみれになるまで、瑞樹は彼女を貪り続けた。
瑞樹が休憩してる間も、結花の体はピクピクと動いていた。
顔は紅潮し、息はハァハァと荒く、血と汗以外の体液もあふれ出てきている。
その結花が、急に動きを止めた。
「結花?」
結花はゾッとするような冷たい瞳で遠くを見つめていた。
彼女はゆっくりと起き上がった。
「瑞樹。家に帰った方がいい。」
「・・それは・・・。」
「そういう意味じゃない。あなたの大切な人たちに危機が迫っている。」
冷酷な瞳に見つめられて、瑞樹は逆らいようもなく駆け出してていった。
「瑞樹!」
結花が剣を投げてよこした。
「サンキュ。」
瑞樹は受け取った剣を流れるような動きで腰に差すと、全速力で家に急いだ。

十島累月はニマニマと笑いながら考えた。
「まずは唇でも奪っておこうかな。貞操よりもキスを大事にする女って結構いるじゃん?」
叶香はますます青ざめた。
「お前さあ、キスはまだ?」
「・・・。」
「またまたイエスか。いいねえ。純潔を汚すのって、無茶苦茶興奮するんだけど。」
「外道!」
「あー、そうさ。俺は外道。・・しっかし、同じ罵られるにしても、拘束して身動きできない女からのは、逆に気分イイなあ・・。むっちゃゾクゾクするんですけどー!」
累月は両手を組み合わせてブルッと震えた。
次の瞬間、彼に向かって剣が振り下ろされていた。
「お前もそう思うよなあ、ブレイド!」
累月は瑞樹の攻撃を見もせずにかわすと、けたけたと笑った。
「瑞樹!」
「「お姉ちゃん!」」
「助けに来たぜえ、カズキ、ヒロキ、叶香。このゲスを始末して、元の暮らしを取り戻す。」
瑞樹は毅然とした態度で累月と対峙した。
「あひゃひゃひゃひゃ、お前はもうコッチ側の住人なんだよ。今更普通の暮らしが出来ると思っているのか?」
累月は怒っているような顔でげらげら笑った。
「普通? 普通って何よ。私は別に普通の暮らしがしたいわけじゃない。平穏な暮らしが退屈だと思うのは、いかにも見識が狭すぎるぜえ。」
「ほざけ、バーカ。」
「どっちが馬鹿だ? お前の能力は回数制限がある。叶香に乱発したから残数はゼロだろ。カズキとヒロキに使わなかったのがその証拠だ。」
「能力を使うまでもなかっただけだ。」
「それなら攻撃してきたらどうなの。もしくは叶香にやったように自由を奪ったら?」
「チッ・・・。」
累月は悔しそうに舌打ちした。
だがそれは演技であった。
「そうさせてもらおう。」
「はっ!?」
累月は素早い動きで瑞樹の両手を掴み、壁に押しつけた。
「甘えよ、ブレイド。超能力使うだけがケンカじゃねーし。」
「くっ・・!」
瑞樹はもがいたが、びくともしない。
「男の力に敵うかよ。お前の唇も奪っとくか?」
「やめろ!」
「ケケケケ。」
累月は体を密着させてきている。瑞樹は蹴り上げることも出来なかった。
唇を奪われないために顔を背けるが、累月は逆に蹴りを入れる。
「うぐっ!」
「いいねえ、その声。Sッ気のある女の顔が歪むのも興奮するぜ。」
累月はニマニマ笑う。
「お姉ちゃんを放せ!」
カズキとヒロキが立ち向かうが、何のダメージも与えられない。
「うぜえよ、ガキども。」
2人は重力場で地面に叩きつけられた。
「カズキ!ヒロキ!」
「ひゃーははは、もう弾切れだと本気で思ってたか?」
「弟たちを傷つけた罪は重いぜえ・・!」
瑞樹は怒りに燃えた目で累月を睨んだ。
「人の話聞けよ。何が弟だ。ブラコンか、てめー。きっしょー。いまさら家族愛とか言い出すわけ? だっせえ。」
「うるせえ・・。」
瑞樹の感情が爆発した。
「弟好きで何が悪いか! 家族好きで何が悪いか! カズキもヒロキも叶香も、私の大切な家族だ!」
累月の両手が押し返されそうになる。
「この・・!」
累月は更に力を込めて瑞樹の両手を壁に押しつけた。
次の瞬間、彼の頭に拳骨が飛んだ。
「ごはっ?」
累月は地面に転がった。
「よく言った、瑞樹。」
「オヤジ?!」
現れたのは40歳くらいの中年男性。工事現場で働いているような筋骨隆々とした体つきである。
彼は草薙剣吉(くさなぎ・けんきち)。瑞樹、カズキ、ヒロキの父親だ。
そしてその後ろには母・渡海子(とみこ)。おっとりとした雰囲気の、上品そうな中年女性。
「くそっ、親が帰ってたか!」
累月は顔をしかめると、形勢不利と見て逃げ去った。
叶香、カズキ、ヒロキの体の自由を奪っていた重力場も消滅した。
落ち着いてから、瑞樹は先程の自分のセリフを思い出して、顔が熱くなった。

わだかまりが完全になくなったわけではないけれど、家族との間の溝が埋められた。
瑞樹は心が軽くなって、うきうきとした気分だった。
ただ、家族との関係とは別に、懸念することがあった。
「ところで、累月のヤツ、仕返しとかしてこないか?」
叶香も同じ事を考えていた。
すると剣吉はふーむと唸って少し考えた。
「それについてはこっちで何とかしよう。いろいろと人脈があるから、何とかなるだろう。滅多に家にいないからな、これぐらいしてやらねえと。」
「オヤジ・・。」
「今夜は一緒にいてあげるわよ、瑞樹。」
「オフクロ・・。」
その夜は久々に家族全員揃っての団欒となった。そこには叶香も加わっていた。

真夜中。
瑞樹はいつも持ち歩いていた剣を眺めていた。
(相棒よ。しばらくおさらばだ。)
油で丁寧に磨いて、鞘に入れ、押し入れの奧にしまう。
(もう使うことはないかもしれないが・・。)
2年以上も夜の街をほっつき歩いたことを、後悔はしていない。
後戻りする選択はないけれど、徘徊したことで心が慰められたのも、また事実。
非行だとか、そんな安っぽい言葉で片付けて欲しくない。
月並みな表現になるが、人生を見つめる為の旅だったのだ。
そしてそこには常にこのサーベルがあった。
このサーベルは、物心ついたときには既に存在していた。深夜徘徊する前からの相棒だ。
それは失っていた日常との接点だったのかもしれない。


- - - - - -


「くそったれが! あの女、ぜってーぶっ殺してやる!」
累月は時間と共に怒りが増してきていた。
手下を集めて草薙家を襲撃する。それが彼の結論だった。
人数は10人。これだけいれば充分だろうと累月は確信していた。
見たところ戦力として機能するのは瑞樹、叶香、剣吉。この3人。
自分を含めて10人でかかれば勝利は間違いない。
完膚無きまでに叩き潰さないと我慢がならないほどに、累月は怒りで燃えていた。
「やってやる!やってやる!やってやる!」
そんな累月に、手下の1人が諫めにいった。
「累月サン、まずいっすよ・・。蔵目サンに言われてんじゃないすか。草薙には手を出すなって。」
「うるせえ!」
その少年を突き飛ばすと、累月はすくっと立ち上がった。
「あの女、輪姦したる・・! ヤることしか考えられねーような、雌奴隷にしたる・・!」
累月は拳を握りしめた。
「それは駄目ね。」
「あ゛あ゛?」
累月は声がした方を見た。
ゾッとするような冷たい瞳の女が、裸足でビルの壁に横向きに立っていた。
夜中なのに爛々と赤く輝くショートヘア。だらしなく着こなした制服。
「あの子は私が契約済み。」
「何だ・・お前は・・」
累月は本能的にヤバイと感じた。
自分もかなり社会の闇に深く足を突っ込んでる方だと思っていたが、目の前の女は桁が違う。
髪も、目も、灼熱の炎のように真っ赤だった。
(危険・・・キケン・・・この女は危険・・・)
焦熱地獄というものがあるとしたら、目の前の女がそれだった。
人間の姿をした炎の鬼。
じりじりと黒く燃える火を背景にして、彼女は笑い顔を作る。
見たこともない笑い顔。
逃げる間もなかった。逃げようという考えが浮かぶ時間もなかった。
恐怖以外の感情が出てくる時間も与えられなかった。
累月とその手下たちは一瞬にして業火に包まれ、熱さを感じた次の瞬間には灰になっていた。
「うふふふふ・・。」
結花は口元だけ微かに笑っていた。
「また会いましょう、瑞樹・・。」
ビルの壁に立っていた姿がスッと消えた。
後には闇が残った。
今しがた10人の命が消滅したのもわからないように、路地裏を生温かい風が吹いていた。



   ブレイド・ピッド  了

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