亡霊たちへの鎮魂歌 83

蛹田蛭巳が振り向くと、暗がりの中に銃口が見えた。
「・・・なんて、ね。冗談よ。」
彼女は銃を置いて、前に足を出した。
あどけない少女の顔に、冷たく淫らな女の笑みが浮かんでいる。
「マユリ・・・か・・・?」
そんなはずはない、決してないと思いながら、しかし決して他人ではない表情。
たとえ娘や孫であっても、真似できるものではない。
「どちらでもいいさ・・・。繭里でも真由良でも・・・。」
“ムーン・シューター”は淡々とした口調で言葉を連ねた。投げやりにも聞こえた。
「あなたの部下は、みんな死んだわ。」
「そうか。」
「三日月宙太と天道朋萌が、病院に来て、話してくれた。」
拳銃を持って。護衛という名の、宮白家を襲撃しようとしていた2人を、殺したと。
そして、みんなを襲った黒幕を教えてくれた。予知が間に合わなかったと、悔しさで顔を歪めながら。
「白石楷と両親を殺したのは・・・若葉緑里を植物状態にしたのは・・・」
黒月真由良の声は震えていた。
「そして・・・33年前・・・あのとき、機密行動を取っていたはずの、わたしたちの部隊が、狙い撃ちにされたように爆撃されたのは・・・」
「ああ。今更じたばたしても仕方ないのう。そうじゃよ、わしの差し金じゃ。」
蛹田蛭巳の表情には、恐れも憎しみも無かった。
その言葉が真実かどうかも、わからないほどに。
「そんなに過去を隠したかったの? 自分が超能力者と繋がりを持っていた事実を抹消したかったの?」
言葉にするだけで、そんなものは真実の一部に過ぎないと、言ってる側からわかってしまう。嫌になるほど。
「その為に・・・何の為にでも・・・人間を、語り合った人間を・・・殺したの?」
「ああ、そうじゃよ。」
「・・・。」
澱みなく答える蛹田蛭巳に、黒月真由良は顔をしかめた。
嘘を言ってるようには思えない。けれど真実を語っているようにも聞こえない。
そんな混沌とした声で、蛹田蛭巳は逆に問う。
「・・・戦友の仇を、級友の仇を、討ちに来たのか? 冗談だと言ったのは、殺さないという意味ではないじゃろう。」
“ムーン・シューター”は、人を殺すのに銃など使わない。
殺すときは、閃光で一瞬。
「・・・仇?」
黒月真由良は目を細めた。
「仇というなら、わたしこそが仇だろうさ・・・。アリスたちが死んだのも、瓜巣希美が死んだのも、みんなが襲われたのも、わたしのせいだ。わたしが親しくしたせいだ。血みどろの暗殺者が関わったからだ。関わるなら、この事態を予期して、止めねばならなかったんだ。カサブタが出来ただけで穏やかな気持ちになった、ぬるま湯に浸かって本分を忘れた、間抜けな自分こそが、みんなの・・・みんなの、仇だ・・・。」
彼女の目には、蛹田蛭巳への怒りも憎しみも無かった。
ただ、深い悲しみがあった。
「お前の言う通りよ、蛭巳。戦争は終わってなどいない。戦争を知らない世代というのは、戦争を知ろうともしない世代のこと。戦争を忘れた奴らのこと。お前のしでかしたことを、その狂気を共有するわたしが、お前を憎めるわけがないわ。お前のしたことを、きっと多くの人は理解できないけれど、それが戦争を知らないってことなのだから。」
この場では、言葉で語り尽くせない。
文明の香りがする部屋の中で、戦場で何を感じたかなど言語化できない。
どう言葉にしても、何か違うし、全てを語れない。納得も理解も出来ない。
「わたしがここに来たのは、アリスの遺言を果たす為よ。33年前、爆撃を受けたとき、死に際に彼は言ったわ。これが蛹田中佐の差し金なら、中佐を殺してくれと、依頼された。」
「そうか。わしを疑うのは当然じゃのう。秘密行動がバレたとき、参加してない者を疑うのは鉄則じゃのう。今も昔も、わしのやることは杜撰の極みじゃ。」
杜撰。それは黒月繭里の知る蛹田蛭巳ではない。そんな人間に、秘密部隊の指揮など務まらない。
彼女は目を瞑り、湿った息を吐いて、再び目を開けた。
「アリスが死んでも、彼の依頼は生きている。もっと早くに会って、罪の有無を確かめるはずだったけど・・・25年遅れの再会を祝して・・・そして、永いお別れを。」
指を向けられて、蛹田蛭巳は安堵の息を吐いた。
「ふん・・・随分と長いこと、生き恥を晒したわ。綻びだらけの人生じゃったな。」
74年分の、溜息だった。
「・・・最後にひとつ、教えてくれまいか? 25年前、我々の目を欺いたカラクリを・・・。」
「・・・・・・そうね。冥土の土産に教えてもいいけれど、やっぱりやめておくわ。あの世は退屈でしょう? スクルージと語り合って推理してみなさい。わたしが地獄へ堕ちたときに、答え合わせをしてあげる。」
「スクルージ? ・・・そうか、奴の“クアン――
「さよなら中佐。あの世でも・・・どうか、お元気で。」

4月14日が終わると同時に、蛹田蛭巳の人生も、終わりを告げた。



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この記事へのコメント

2014年11月23日 13:52
ゴリーレッド「何とも悲しい結末に思えてくる」
火剣「蛹田蛭巳が黒幕とは予想外だ」
ゴリーレッド「黒幕という言葉が合っているかどうか」
コング「それよりただただ真由良が美しい」
火剣「マユリ。そう。顔が似ているというのではなく、真似できない表情というものがある。本人にしかできない表情」
ゴリーレッド「コングの推理は外れた。真由良はとっくに動いていた」
コング「ただただ真由良が美しい」
火剣「・・・マユリと蛹田にしかわからない憎悪を超えた因縁というものがある」
ゴリーレッド「緑里。何の罪もない少女を。いかなる理由があれ絶対に許されない蛮行だ」
コング「ただただ真由良が美しい。そこに尽きる」
火剣「ヒロインの魅力は物語の生命線だ」
コング「大河ドラマも最終回近し。茶々が詰みになるシーンが近い」
ゴリーレッド「何の話に飛んでる?」
コング「死んでも屈したくない憎き敵に屈服する無念のヒロイン。これほど興奮するシーンがあろうかあ、あろうかあ」
ゴリーレッド「デビルアロー!」
コング「だあああ!」
火剣「死んだな」
ゴリーレッド「無関係な話は人ごと削除」
火剣「これから真由良はどこへ行く?」
2014年11月23日 22:10
>火剣さん
25年前に死んだと確信しながら、しかし目の前にすれば必ず本人だと確信する表情。ここに33年の時を経て、2人の因縁は決着しました。蛹田蛭巳は、黒幕であって黒幕でないのでしょう。

佐久間「やはり血塗られた道だ。亡霊たちに許されても、運命が真由良を束縛する。」
神邪「亡霊には、許されたんですか。」
佐久間「それも不確かなことかもしれない。」
山田「蛹田のしたことは許せないが、しかし怒りだけに留まらない感情が湧いてくる。」
八武「真由良の美しさを前にして、息を呑むのみ。」
維澄「世の中、どれだけ汚いことがあろうとも、このやり取りは聖なるものだと思える。」
八武「情愛を重ねた女、恋焦がれた女。昔のままの姿で現れ、自分を殺す。耽美で甘美なロマン。」
佐久間「これもロマンか。」
神邪「過去を忘れてしまえないのは、狂気への入口なんですね。」
維澄「ごく少数の人たちに限られるなら、そうなってしまう。大多数の人が戦争を忘れなければ、神邪が絶望しない程度の平和は、とっくに来ている。」
神邪「心底そう思います。戦争だけでなく、様々なことで、どうして忘れてしまえるのかって怒りを覚えます。」
八武「美女を愛でる喜びを最大に覚えておきたいものだが、悪夢や騒音など、煩わしい邪魔が入るのが現実というものだ。」
神邪「同じ思いを、真由良さんも抱いていたのですね。」
八武「真由良よ、どこへ行く・・・。」
佐久間「次はエピローグだ。」

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