ある日の彼女

彼女は鈴を鳴らすような美声で言った。
「人を評価するときは、批判の仕方を観察することね。」
カフェの椅子に腰を落ち着け、清楚なワンピースを着て、彼女はコーヒーを少し飲む。
幼さと大人びた妖艶さが同居したような顔立ちに、腰まで伸びた艶のある黒髪。
「批判の仕方、ですか。」
「そうよ。内容に正当性があるかなんて、どうでもいいの。」
優しげな笑顔で過激なことを言う。
わたしは面食らって、ハンカチで汗を拭うフリをした。
どうせ彼女には見透かされているのだろうが、しがない中年男の様式美というやつだ。
「要するに、“同じものを嫌う人と友達になれ”という話なのだけれどね。」
「はあ、それはわかります・・・つまり、アレですね。しかし・・・」
しどろもどろになってしまうのは、聡明な美人を相手にしたときの共通行動だろう。
思考が追いつかないわたしは、おそらく間抜けな質問をしているのだろう。
「言ってることが食い違ってないですか?」
「態度に似合わず聡明なのね。」
そう言って彼女は、まるで気があるみたいに笑った。気があるように見えるのは勘違いだが、目の保養だ。
「はは、いや、よくグズだと言われますよ。」
褒められてるのに卑屈になることもないのだが、わたしは照れて俯いてしまう。
「主張している内容が同じでも、物言いが違えば、それは別のことを言ってるのよ。」
質問に答え始めたのだろう、彼女は言葉を紡いでいく。
「何かを批判するとき、理路整然と論理を述べるのと、汚い言葉遣いで罵り蔑むのとでは、ぜんぜん別のものを批判しているということ。異なる角度から批判するというのは、異なるものを批判しているのと変わらないわ。」
「ふむ・・・。」
「これは別に、汚い言葉を使う人が良くないって話じゃないのよ。死ぬほど嫌悪している相手に向かって、慇懃無礼な批判をする人よりも、喧々諤々に罵る人の方が、好感が持てることだってあるわ。」
こんな綺麗な人でも、誰かを死ぬほど嫌悪することがあるのだろうか。
何だか、見てはいけないものを見ているような気分で、背徳感を覚える。
「言葉は、それを発する人そのもの。中でも、批判の占める割合は大きいわ。批判を聞けば、批判している本人の性格や思想、美意識、水準が理解できる。」
魂まで見透かすような双眸に、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
吸い込まれてしまいたいと、わたしは思っているのだろうか。
「ふふ、本当は、批判に限らずと言いたいところだけれど。」
「人が誰かを評価するときは、その評価は自分に対して向けられているということですか・・・。」
「それも絶対的な基準ではないのだけれどね。逃げ場を無くすような物言いは、嫌いなの。」
そのときの彼女は目を伏せていたので、感情はわからなかった。
再びコーヒーに口をつけた彼女は、湯気をフッと吹いてカップを置いた。
「逃げて死ぬくらいなら戦って死ね、というのが私の持論だけれども、だからこそ私は逃げ場を無くそうとする連中が許せないわ。現実なんて、ひとつっきりではないのに。」
「うぅ、つまりは、逃げ場も、ひとつの現実なんだってことですか。」
そう言うと、彼女は微笑みで肯定した。
わたしは心が軽くなる心地だった。
「卑屈な人が好き。自分を哀れむ人が好き。現実から目を逸らす人が好き。逃げて逃げて逃げ続ける人が好き。そんな人たちの逃げ場を作るのが好き。」
同じ唇で彼女は、こうも言った。
「目の前の人を助ける為に、別の誰かの逃げ道を潰すような“正義の味方”が増えすぎたわ。苦しんでいる人は、たった一言で足がもつれて、逃げ遅れてしまうのに。」
「ウルトラマンも怪獣も、街を潰しているのは変わらない・・・うぅ、ちょっと違いますね。」
「でも、ユーモアはあるわよ。」
そんなものが自分にあるとは驚きだ。
つまらない奴だと、事あるごとに言われてきたのに。
「例えば、UFOの存在を主張する人と、それを否定する人がいるとするわね。」
何の話だろうか。
彼女の話は、人を注目させる。
「科学的に正しいのは、正当性があるのは後者ね。だけど前者が言うこと、異星人に恥じないように地球人は戦争をやめて、より良い社会を作っていくべきだというのであれば。」
「正当性が、覆りますね。」
「その戦争にしたって、金持ちや権力者が、自分の地位や財産を守りたいが為に言うのであれば。その金持ちや権力者にしたって、財産はたいて貧困者を支援し、生成された価値が公正に分配されるように法律を作り、その上で自分の地位や財産も守りたいから戦争に反対するのであれば。」
「うぅ、つまり、コロコロ覆る正当性よりも、物言いから受ける“感覚の正当性”を重視するべきだということですか。」
「頭のいい人と話していると、疲れなくて助かるわ。」
「はは、お世辞でも嬉しいです。・・・あ、そろそろ時間ですかね。」
「お世辞じゃないわ。人間の内面は混沌で、言葉にしなければ真実も虚構も無いの。思い浮かんだことの中から取捨選択して、言葉として表現したものが真実。音声言語でも、身振り手振りでも、文字媒体としてでも、絵画や音楽としても、そうした“ことば”として出てきたものが真実なのよ。」
「はは、いや、ありがたいな。」
わたしは今日の代金を払って、席を立った。
世間では、こういう関係を何と言うのだろうか。売春か、援助交際か。
彼女と性的な関係は無いのだが。会話を楽しむだけの、貴重な相手。
ぎらぎらした風俗店のようなものでもない、奇妙な友達。
「君は本当は、別の星からやって来たんじゃないかい、佐久間さん?」
「別れ際にユーモラスな言葉で締めるなんて、キザな男ね。」
言外に古い唄の歌詞を込めたことを、やはり見抜いてくれていたか。
手を振る彼女の微笑みを見ていると、本当に別の世界からやって来たように思えた。




   ある日の彼女   完

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この記事へのコメント

2014年11月30日 13:33
火剣「声は大事だ」
コング「美女の歓喜の声で男も萌える」
ゴリーレッド「はい?」
火剣「考えさせられる高度な会話だ」
ゴリーレッド「人を評価するときは批判の仕方を観察する」
コング「あのバカ丸出しの政治屋はテレビ画面に出すな!」
火剣「同じものを嫌う人と友達になれ」
コング「クイズ番組出てる暇があったら路地裏を駆け回れ。おまえはタレントか議員かどっちなんだ?」
火剣「聡明な美人を相手にした時しどろもどろはヤバイ。聡明さにビビッちゃいけねえ。こっちもそれなりの信念を持っている自負心を燃やし、相手に好まれようという心を一旦捨て、日頃と変わらず自己主張するんだ。共鳴すれば素晴らしいし、対立したらそれはそれで相手に合わせ過ぎても嘘つきになるからな」
コング「さすが乱暴者」
火剣「それは激村だ。俺は無類の紳士」
ゴリーレッド「批判を聞けば性格や思想、美意識、水準まで理解できるか」
火剣「昔は武芸、今は文芸。その人間の哲学は言葉に表れる」
コング「UFO? ♪男は狼なのよっ」
ゴリーレッド「歌が違うぞ」
火剣「会話だけなら売春にも援交にもならないだろう」
コング「佐久間? 佐久間ん! またまたご冗談を」
ゴリーレッド「失礼な奴」
火剣「別の世界からやって来たは正解だが」

2014年11月30日 20:14
>火剣さん
漠然と感じていたことを佐久間さんが語ってくれました。自分ではどう言ってもズレてしまうようなことでも、佐久間さんに言ってもらうと歯車が噛み合う気がします。
思えば私は、好まれようとして失敗したことは多いですね。気持ちは汲んでも、顔色は窺わってはいけない。白龍さんにも“変わらない自己”を高く評価されました。

佐久間「何故これを小説化したし。」
アッキー「いけませんでしたか?」
山田「これが俺の好きな佐久間だ。」
八武「誰もが納得。」
維澄「私も会話したい。」
佐久間「してるだろ。」
アッキー「普段の佐久間さんは、私の好みなんですよね。」
山田「俺の好みに合わせる選択肢は・・」
佐久間「日頃と変わらない自己主張の塊。それが私。」
山田「ここでその言葉を使うか貴様。」
神邪「自己主張は難しいですね。僕には主張すべき自己があるのかどうか。あってもそれは、主張すればバッシングを受けるようなものでしかないというか。しんどいんですよね、ひとつでも。けたたましい批判があると。」
維澄「あまり気負わず、たまに自分を出すくらいでもいいと思うよ。自己主張の度合いも、個人で違っていい。」
山田「俺から見れば、神邪も日頃から自己主張が強いな。」
神邪「そうでしょうか。」
山田「いや、良い意味で。」
佐久間「ほほう。どうやら山田も、神邪のエロスへの道を応援することにしたようだ。」
山田「待て、そこじゃない。」
八武「私は応援する。」
2014年11月30日 21:33
逃げて死ぬくらいなら戦って死ね。この台詞で佐久間さん?と思っていましたが、口調や物腰が全然違う。でも、小さい頃の佐久間さんのエピソードを考えると、これもまた佐久間さんの一面。
同じ事柄でも言い方で変わる。それは同じものを見ても、見てる方向が違えば別のものを見ているのに近いということ。
言葉は自分自身。自分から出て、自分を一番表すもの。だからこそ、言葉に気を付けるよう諭す言葉はたくさんある。一度口から出た言葉は二度と戻らない。自分の中に存在するだけの時と、外に出した時では意味が違う。
もし、宇宙人がいるとして、その宇宙人に恥じないような星にしよう、という主張はとても興味深いです。宇宙人と出会って、「こっちの星では交通事故が多いんだけど何かいい方法ないかな?」「こっちは食料問題だよ。」「うちの方は戦争が続いていてねえ…。」「それだったら…。」なんて会話する日が来てもおかしくないなあ、と想像しました。

我々の星は宇宙に誇れる星であるかどうか。
2014年11月30日 22:25
>千花白龍さん
そのセリフが伏線でした。幼児のクールな佐久間さんが、そのまま大人になったような感じですね。どちらが真実の姿というわけでもなく、それぞれ真実の一面。
漠然と考えていたことが形を成してきたのは、ニーチェの言葉に触れたときだったと思います。ニヒリズムよりも人間愛の印象の方が強かったです。
自分の中から出てきた言葉が、はっきりと形に残ること。それが果てしなく恐ろしいと感じていたときもありました。今でも時折その恐怖は訪れます。それが自らを律しているものの1つでもあります。

今のところ、現実では他の星の生物と交流できていないですが、様々なSFを読んでいると、地球における他者・他国との交流イメージが反映されていると感じます。
悪いエイリアンが攻めてくる話は、ある国を悪と断じる思想と通じている気がしますし、多種多様な生命を描くのは、作者の豊かな人間性を示していると感じます。
宇宙というスケールを考えると、地球の良さや悪さが、違った視点で見えてきますね。誇れる自分であることと、誇れる星であることは、同じ道にあるのでしょう。

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