屍の街 2

少女の名は―――プライバシーの観点から本名は明かせないが、イニシャルをL・Bといった。
「ふむ、まずは何を置いても栄養だ。」
医療の基本は、病気を治すことではなく、健康な肉体を維持することだ。
怪我や病気の治療というのは、その延長線上にあるものであり、本質はQOL・・・クオリティ・オブ・ライフである。
すなわち、生活の質。“体が資本”という古めかしい表現を、現代風に言い直したようなものだろう。
「病気は後回しですか?」
「君らしくもない質問だね、佐久間。ふむ、それとも、そういうキャラ作りかね?」
八武は首を左右に傾けて、目をしばたかせた。
やはり演技というよりは別人のようだと思った。
「歴史上、この世界で最も多く、人類を死に至らしめた病気は何だと思うね? それは癌でもペストでもエボラ出血熱でもないのだよ。ましてエイズや天然痘でもない。・・・ただの、風邪さ。」
風邪を甘く見てはいけない。風邪というのは病名ではなく、様々な症状や病気を総括した巨大なカテゴリだ。
インフルエンザや百日咳なども“風邪”である。
「“井戸掘り医者”を尊敬する―――」
八武より8歳半ほど年上の、中村哲(なかむら・てつ)という医者がいる。
医学界では変わり者だが、彼の“井戸掘り”こそが医療の本質であると八武は思っている。
病気を治すより先に、生活用水を確保しなければならない。何故なら、病気を治したところで、生活が貧しければ、再び病気になってしまうからだ。
「貧困、栄養が足りなければね、通常なら大したことのない病気でも致死になる。栄養失調に、風邪による体力低下、嘔吐、下痢が重なれば、人は呆気なく死ぬものさ。」
八武は佐久間に解説しながら、鞄から栄養注射を取り出した。
少女L・Bに注射してから、八武は振り向いて言った。
「お粥でも作っておいてくれ。」
「わかりました。」
「・・・。」
(それにしても、陰鬱な空気だ。)
八武は、外の光景を思い出して顔をしかめた。
澱んだ街。
これから数日、ここで過ごすのかと思うと、気が滅入ってくる。
スラム街での診療も多く経験してきた彼だが、ここにあるのは腐臭ではなく合成着色料だ。
(わざわざ私を呼び寄せた理由も聞いてないし、謎が解けるまで辛抱しないとな。)




つづく

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