決闘祭! 次元竜 (前編)
◆ ◆ ◆
隠遁するサンダルフォンを
◆ ◆ ◆
「ノヴァ・クリアめ、やってくれたな・・・。」
粘着質の半透明な液体から、華奢な体躯が起きてきた。
見た目だけなら10歳の子供。ぬらぬらと光る皮膚はキメ細かく、首から下は体毛が無い。
逸物も子供のそれで、包皮が剥けた状態ではあるものの、小さく、そして無毛。
「しばらく眠っているうちに、大半の仲間が肉片。グレゴリーは・・・まあ、あいつは仕方ないが―――」
バスローブを羽織り、髪の毛を乾かし、修堂朋樹は歯を軋る。
半ば眠ったような、半開きの目で、仲間たちの死骸を睥睨・・・。
それらの死骸は、たまらない腐敗臭を放っていた。
「“隠遁派”(ブラインド)首領として、目を瞑ったままではいられないな。」
7割の怒りと3割の怠惰。それが彼を構成する感情の全てだ。
「月人。お前が正しかったのかな。」
見た目が子供のままとはいえ、修堂は半世紀の年月を生きている。
それでも兄・間山月人の、1万2千年のキャリアには及ぶべくもない。
生きてきた年月だけで全てが決まるわけではないとはいえ・・・。
「・・・戦わなければ、踏み躙られる。わかっていたつもりだったけどな。」
彼の母親は、奴隷だった。
戦後、日本に駐留した米軍は、年端もいかない少女を集めて兵士に宛がった。
その中に、14歳だった母親もいた。彼女は出来上がっていない体で男たちの相手をし、やがて妊娠した。
父親のわからない子供を、15歳で産み捨てた。
修堂朋樹の最初の記憶は、嗚咽を催す臭気と、濁った苦味と、真っ暗な光景、濁流、痛み。
死にかけていた彼を拾ったのが、間山月人であった。
「女をモノ扱いした米軍も・・・女を差し出した、腰抜けの男も・・・子供を下水に流した、最低の母親も・・・それらを看過する愚民も・・・みんなみんな、殺してやりたい・・・。」
静かに燃える怒りは、これまで世界へ向けて爆発したことはない。
理不尽と戦い続ければ、いずれ世界を滅ぼしてしまうから。
さもなくば、自分が滅ぼされてしまうから。
「嫌だ。どうして滅ぼされなくてはならない。」
間山月人とは、どうしても相容れることはなかった。
この世界を創った神様の子供同士とはいえ、肉の体は親が違う。時代が違う。価値観が違う。
あくまで兄弟なのは、魂の問題だ。DNAは、赤の他人。相容れないのが普通だ。
理不尽と戦うといっても、間山のそれは、世界と相容れるレベルのものだ。
敢えてレベルという言い方をする。レベルが低いと。
「愚民どもに合わせて、レベルを下げなくてはいけない? ええい、下げられるものなら下げているさ。傲慢にはなれないし、なる気も無い・・・。」
鋭敏な感受性の持ち主から、順番に傷つき、壊れていく。
世界と相容れない。
きみとぼくは相容れないんだ。わかったなら、おかえり。
―――それが、隠遁。
世界とケンカしたくもない。だけど世界と相容れない。
だから、せめて俗世間を離れて、ひっそりと生きる。
「ひっそりと生きていても、理不尽からは逃れられないのなら、戦うまでだ。殺してやるぞ、ノヴァ・クリア!」
「随分と一方的な主張ね。」
闇の奥から響いてきた声には、聞き覚えがあった。
正確に言えば、声だけではなく、その発する魂の波長も含めて。
「相生朽葉・・・いや、今は泣笠葉継か。どうりで予定より早く起こされたわけだ。」
驚きもせず、修堂はデュエルディスクを構えた。
「ついでに、愛人のレッドラムか。」
「・・・お前が“カンサー”の首領? “隠遁派”の?」
レッドラムは、相手が幼い子供の姿なので、やりにくそうな顔になっている。
そういう態度を取られるのは、珍しいことではない。
「世界の理不尽こそ一方的だ。それがわからない奴と話をする気は無い。」
レッドラムを無視して、修堂は泣笠を見据えた。
だが、泣笠の方は見たこともないような歪んだ顔で、睨み返している。
「なんて愚かなんだ・・・読者ってやつは・・・」
「どういう意味だい。」
「これで通じない豚と会話する気は無いわ。さっさとデュエルを始めるわよ。」
「この修堂朋樹を、豚呼ばわりか。」
「安全地帯から他者を攻撃する奴には、虫唾が走るのよね。」
「・・・なるほど。お前は作家だったな。レビューで酷評されたか。評価されたくないなら作家なんてやめろよ。」
「レビューというのは洗練された技術の結晶よ。評価と中傷の区別もつかない奴が、文章なんて書くなよ。」
(ひゅ~、譲らない対決。)
このやり取りを、レッドラムは口笛を吹きながら見守っていた。
ある種の人間にとっては胸が掻き毟られそうな応酬だが、レッドラムは面白がる方だった。
(どっちかっつーとオレも“愚かな読者”の側だしなァ。葉継の書くものは、どうも難しくて・・・。あ、いけね、これ“ブック・オブ・ザ・ワールド”で読まれるんだっけ。)
どちらかというと脳堂美宇の方が、泣笠の小説に入れ込んでいる。
女同士が仲良くしているところへ男が入りづらいのとは、また別の、入り込めなさを痛感する。
(心の闇が足りねえのよな、オレは・・・。)
満たされてしまったからだろうか。
いっときは絶望と諦念に支配されていた身が、嘘のように軽い。
思い人とも結ばれ、ハーレムを築き、極論すれば“ハッピーエンドを迎えてしまった”―――・・・
・・・だから飢餓感が足りてないのかもしれない。
(ハイジーンに避けられてんのも、そういうことかなァ。)
満たされている奴には、満たされてない奴の心なんてわからない。
そういう感情だったのかもしれない。
伝手を頼るなら、レッドラムでも良かったはずだ。
レッドラムは竜堂神邪を嫌いではないが、決して付き合いやすい“人間”だとは思っていない。
好きとか嫌いとかいう前に、そもそも生物としての根底が違う。
(なまじ人間と思うから、人間らしくない振る舞いに苛立つんだ。精霊か何かだと思っときゃいいのに。)
そういう意味では、葉継に対しても思うところがないではない。
葉継も、竜堂の実力に関しては揺るぎなき信頼を置いているが・・・。
(まァ、竜堂さんが人間かどうかなんて些細なことだ。“満たされてない”のが確かなら、他はどうでもいい。)
泣笠の小説は、“満たされてない者”だけが面白く読める。
「・・・と。」
思考を巡らせていたのは数十秒ほどだっただろうか。
ふと我に返ると、そこは魔界さながらだった。
泣笠と修堂は、背中に蝙蝠の羽根を生やしまくって人外魔境の顔になっていた。
「お前ら、落ち着け。」
デュエルが始まった。
(“拒否権”発動っと。この3人以外の干渉は無効・・・よし、葉継と修堂も同意か。この手続き、案外わるくねえ。)
きっちり足場が固まる感覚。
誰にも邪魔されない、聖域。
「デュエリスト能力で先攻は取らせてもらうよ。ドロー!」
“先手必勝”(フォルストリング) レベル1能力(所有者:修堂朋樹)
自分の先行でデュエルを開始する。
「なるほど、デュエリスト能力だから《先取り天使》も効かねえってわけか。」
「そういうことだ。」
「だが、オレの能力は知ってるな? 手札5枚からドローは出来ねえよ。」
“酷死病”(エマージング) レベル5+2 i 能力(所有者:淵乃井斑)
対戦相手は以降全てのデュエルで以下の効果が適用される。
●スタンバイフェイズごとに1000ライフを失う。
●フィールド魔法ゾーンは、スタンバイフェイズが1回以上経過している場合、消滅する。
●手札の上限は5-経過したスタンバイフェイズの数×1枚になる。(超過分は破壊)
●モンスターゾーンの数は5-経過したスタンバイフェイズの数×1になる。
●魔法・罠ゾーンの数は5-経過したスタンバイフェイズの数×1になる。
●消滅するカードゾーンはカードが置かれている場所を優先的に選択する。(ランダム)
●ライフポイントの上限は8000-経過したスタンバイフェイズの数×1000になる。
「墓地に置かれたのは《グローアップ・バルブ》だ。」
「チッ・・・落とすカードがランダムなのは仕方ねえ。」
「カードを3枚伏せて―――」
来る。
「手札を全て捨てることで、次元竜は召喚できる―――残り1枚の手札を捨てて・・・」
空間が罅割れる。
「怒りを秘めし抗いの弓矢よ、褐色に染まり、天空より堕ち来たれ! 666の世界を、黒き翼で覆い尽くせ!」
棘、棘、棘、棘だらけの黒い翼。蛇のように伸びた翼は竜の胴体や尾のようでもあり。
天空竜オシリスのように無限回転の蠢きを見せつけ、とぐろを巻いていた。
中央に赤く漲る眼光は、神なるもの聖なるものへの反逆を色帯びた意思に染まって睥睨する。
「出でよ《次元竜サンダルフォン》!! 鈍色の錆を砕いて散らすがいいッ!!」
「次元竜・・・?」
レッドラムが見たことも聞いたこともないカード。
しかし、この神威は覚えがある。
獏良了から伝え聞いた神のカードそのもの。
「どうして驚く。カードと能力を組み合わせてこそ一流のデュエリストたる。そうだろう、泣笠葉継。」
「それは皮肉かしら。」
少し前に、技巧のみで挑んできた異世界からの挑戦者がいた。
そのことを“カンサー”の首領格が知らないはずもない。
「僻みでないことは確かだな。サンダルフォン第3の効果、“アカシック・レコード”! 互いのカード全てを確認し、プレイヤー1人につきモンスター1体を無条件で特殊召喚できる!」
~泣笠の手札~
《バトルフェーダー》
《ハネワタ》
《サイクロン》
《ならず者傭兵部隊》
《火の粉》
~レッドラムの手札~
《邪神イレイザー》
《魔の試着部屋》
《時の飛躍》
《バトルフェーダー》
《針虫の巣窟》
「それぞれの手札から《バトルフェーダー》を選択、こちらのデッキからは《速攻の吸血蛆》だ!」
《速攻の吸血蛆》は、その名の通り、速攻能力を備えている。
攻撃力こそ500と貧弱なれど、先行1ターン目からでも攻撃可能な性能は、修堂の能力と高いシナジーだ。
「・・・っ、葉継の能力に対策を打ってきたってわけか。」
「そして、伏せカードが開かれる・・・」
「“レトロスペクティブ”は恐ろしい能力だが、フィールドから離れさえしなければ無力。昔ならいざ知らず、今の環境でフィールドのカードを維持したまま1ターンキルを行うことなど造作も無い。泣笠葉継に直接攻撃。」
「葉継っ!」
「・・・っ」
吸血鬼に吸血蛆が襲いかかる。
帽子が吹き飛び、厚手の服が剥がされ、豊かな体が晒される。
「んんっ・・・・ぐ・・・・・くぅ・・・・」
巨大な蛆に押し倒された葉継は、紅潮した顔で耐える。
だが、肉体は耐えられてもライフポイントは耐えられない。
「葉継っ!!」
「か・・・ひゅ・・・・・・修堂、さま・・・・・あれ、私、何を言って・・・・・・」
紅潮しながら上目遣いで滲む目は、まるで忠実な奴隷のようだ。
「どうやら“隷属の力”が半端にかかっているみたいだね。」
「てめぇ葉継に何しやがった!?」
「神様の力の一端さ。闇のゲームの深度に関わらず、敗者を隷属させる。断片であっても、神の力は絶対だ。このデュエルが終われば、完全な奴隷になる。」
「・・・てめぇが勝てばの話だろ。」
「そういう意味で言っている。まずは2体の《バトルフェーダー》でオーバーレイ、ナンバーズ・アーカイブだ。墓地の《グローアップ・バルブ》の効果、デッキトップのカードを墓地に送って復活する。」
「・・・っ!?」
「墓地に送られたのは《ゴキブリ乱舞》だ。君の能力で4枚までしか引けないが・・・。」
「まさか・・・役所で・・・?」
確かA級八席のマリー・ネーブルも同じことをやっていたと思い出す。
「A級の技術をS級が使えないわけがないだろう。」
そう言って修堂は、ナンバーズ・アーカイブを自身の効果で進化させる。
「もちろん、カードも。」
「吸血蛆を維持する必要もなくなった。生贄に、《闇帝ディルグ》を召喚、効果で君の墓地の《バトルフェーダー》を除外し、デッキのカードを1枚墓地に送る。それがイレイザーでないのは確認済みだ。」
「・・・っ」
「鋼の逆鱗に触れたいヤツはご自由に!!シンクロ召喚!!《機械竜パワー・ツール》!!」
「そしてサンダルフォン第4の効果、“反逆の贈り物”! 自信を生贄にカードを3枚ドローさせる!」
「・・・・・・くそ・・・」
登場したときは意味が分からなかった効果が、ようやく凶悪であると気付く。
「どうしてエクゾディアを入れてないんだい。泣笠葉継に勝つのは諦めたのか?」
「ふざけろ。」
「ふふ、いや、わかってるさ。即死反射アイテムを持っている相手に、わずかでもエクゾディアを揃えてしまう危険を考えているんだろう。だが、それが命取りだ。」
「ハッ、オレのデッキにエクゾディアを確認したら、戦術を変えただけだろ?」
「負けてる側が言っても決まらないものだね。カードを2枚伏せて―――」
その後は単純作業。
手札を切らさない限り、サンダルフォンは何度でも復活する。
効果外テキストの召喚ルール効果であるがゆえに、ネーブル・ミラーにも引っかからない。
今の環境において、手札を切らさない程度のことなど朝飯前でしかない。
《成金ゴブリン》、《アドバンスドロー》、《貪欲な壺》、《終わりの始まり》・・・修堂の手札は途切れない。
レッドラムの手札は増えていき、デッキは消えていく。
「ようやく来たか。これで《目殺》を発動できる。」
「・・・・・・クソッタレ・・・」
レッドラムのデッキは0になった。
「即死反射アイテムを持っていなければ、こんな回りくどい方法を取ることもなかったんだけどな。だが結果は同じ、君は負ける。そして泣笠葉継ともども、僕の奴隷だ。君の目の前で、彼女を陵辱してあげるよ。」
「てめぇ! 葉継に手を出したら寸刻みで殺すぞ!!?」
「“隷属の力”は絶対だ。君は僕に危害を加えられなくなるし、目を逸らすことも許さない。ターンエンド。」
無いデッキからカードを引くことは出来ない。
レッドラムのデュエルディスクに「LOSE」の文字が刻まれる。
「ちく・・・しょ・・・・・・」
「悔しいってことは、勝てると思ってたわけだ。お前らごときが?」
幼い顔を歪ませて、修堂は嘲る。
「“クリムゾン・ドラグーン”には及ばなくても、僕とてS級の端くれなのにさあ。てっきり特記戦力が来ると思っていただけに、拍子抜けだな・・・。」
隠遁するサンダルフォンを
◆ ◆ ◆
「ノヴァ・クリアめ、やってくれたな・・・。」
粘着質の半透明な液体から、華奢な体躯が起きてきた。
見た目だけなら10歳の子供。ぬらぬらと光る皮膚はキメ細かく、首から下は体毛が無い。
逸物も子供のそれで、包皮が剥けた状態ではあるものの、小さく、そして無毛。
「しばらく眠っているうちに、大半の仲間が肉片。グレゴリーは・・・まあ、あいつは仕方ないが―――」
バスローブを羽織り、髪の毛を乾かし、修堂朋樹は歯を軋る。
半ば眠ったような、半開きの目で、仲間たちの死骸を睥睨・・・。
それらの死骸は、たまらない腐敗臭を放っていた。
「“隠遁派”(ブラインド)首領として、目を瞑ったままではいられないな。」
7割の怒りと3割の怠惰。それが彼を構成する感情の全てだ。
「月人。お前が正しかったのかな。」
見た目が子供のままとはいえ、修堂は半世紀の年月を生きている。
それでも兄・間山月人の、1万2千年のキャリアには及ぶべくもない。
生きてきた年月だけで全てが決まるわけではないとはいえ・・・。
「・・・戦わなければ、踏み躙られる。わかっていたつもりだったけどな。」
彼の母親は、奴隷だった。
戦後、日本に駐留した米軍は、年端もいかない少女を集めて兵士に宛がった。
その中に、14歳だった母親もいた。彼女は出来上がっていない体で男たちの相手をし、やがて妊娠した。
父親のわからない子供を、15歳で産み捨てた。
修堂朋樹の最初の記憶は、嗚咽を催す臭気と、濁った苦味と、真っ暗な光景、濁流、痛み。
死にかけていた彼を拾ったのが、間山月人であった。
「女をモノ扱いした米軍も・・・女を差し出した、腰抜けの男も・・・子供を下水に流した、最低の母親も・・・それらを看過する愚民も・・・みんなみんな、殺してやりたい・・・。」
静かに燃える怒りは、これまで世界へ向けて爆発したことはない。
理不尽と戦い続ければ、いずれ世界を滅ぼしてしまうから。
さもなくば、自分が滅ぼされてしまうから。
「嫌だ。どうして滅ぼされなくてはならない。」
間山月人とは、どうしても相容れることはなかった。
この世界を創った神様の子供同士とはいえ、肉の体は親が違う。時代が違う。価値観が違う。
あくまで兄弟なのは、魂の問題だ。DNAは、赤の他人。相容れないのが普通だ。
理不尽と戦うといっても、間山のそれは、世界と相容れるレベルのものだ。
敢えてレベルという言い方をする。レベルが低いと。
「愚民どもに合わせて、レベルを下げなくてはいけない? ええい、下げられるものなら下げているさ。傲慢にはなれないし、なる気も無い・・・。」
鋭敏な感受性の持ち主から、順番に傷つき、壊れていく。
世界と相容れない。
きみとぼくは相容れないんだ。わかったなら、おかえり。
―――それが、隠遁。
世界とケンカしたくもない。だけど世界と相容れない。
だから、せめて俗世間を離れて、ひっそりと生きる。
「ひっそりと生きていても、理不尽からは逃れられないのなら、戦うまでだ。殺してやるぞ、ノヴァ・クリア!」
「随分と一方的な主張ね。」
闇の奥から響いてきた声には、聞き覚えがあった。
正確に言えば、声だけではなく、その発する魂の波長も含めて。
「相生朽葉・・・いや、今は泣笠葉継か。どうりで予定より早く起こされたわけだ。」
驚きもせず、修堂はデュエルディスクを構えた。
「ついでに、愛人のレッドラムか。」
「・・・お前が“カンサー”の首領? “隠遁派”の?」
レッドラムは、相手が幼い子供の姿なので、やりにくそうな顔になっている。
そういう態度を取られるのは、珍しいことではない。
「世界の理不尽こそ一方的だ。それがわからない奴と話をする気は無い。」
レッドラムを無視して、修堂は泣笠を見据えた。
だが、泣笠の方は見たこともないような歪んだ顔で、睨み返している。
「なんて愚かなんだ・・・読者ってやつは・・・」
「どういう意味だい。」
「これで通じない豚と会話する気は無いわ。さっさとデュエルを始めるわよ。」
「この修堂朋樹を、豚呼ばわりか。」
「安全地帯から他者を攻撃する奴には、虫唾が走るのよね。」
「・・・なるほど。お前は作家だったな。レビューで酷評されたか。評価されたくないなら作家なんてやめろよ。」
「レビューというのは洗練された技術の結晶よ。評価と中傷の区別もつかない奴が、文章なんて書くなよ。」
(ひゅ~、譲らない対決。)
このやり取りを、レッドラムは口笛を吹きながら見守っていた。
ある種の人間にとっては胸が掻き毟られそうな応酬だが、レッドラムは面白がる方だった。
(どっちかっつーとオレも“愚かな読者”の側だしなァ。葉継の書くものは、どうも難しくて・・・。あ、いけね、これ“ブック・オブ・ザ・ワールド”で読まれるんだっけ。)
どちらかというと脳堂美宇の方が、泣笠の小説に入れ込んでいる。
女同士が仲良くしているところへ男が入りづらいのとは、また別の、入り込めなさを痛感する。
(心の闇が足りねえのよな、オレは・・・。)
満たされてしまったからだろうか。
いっときは絶望と諦念に支配されていた身が、嘘のように軽い。
思い人とも結ばれ、ハーレムを築き、極論すれば“ハッピーエンドを迎えてしまった”―――・・・
・・・だから飢餓感が足りてないのかもしれない。
(ハイジーンに避けられてんのも、そういうことかなァ。)
満たされている奴には、満たされてない奴の心なんてわからない。
そういう感情だったのかもしれない。
伝手を頼るなら、レッドラムでも良かったはずだ。
レッドラムは竜堂神邪を嫌いではないが、決して付き合いやすい“人間”だとは思っていない。
好きとか嫌いとかいう前に、そもそも生物としての根底が違う。
(なまじ人間と思うから、人間らしくない振る舞いに苛立つんだ。精霊か何かだと思っときゃいいのに。)
そういう意味では、葉継に対しても思うところがないではない。
葉継も、竜堂の実力に関しては揺るぎなき信頼を置いているが・・・。
(まァ、竜堂さんが人間かどうかなんて些細なことだ。“満たされてない”のが確かなら、他はどうでもいい。)
泣笠の小説は、“満たされてない者”だけが面白く読める。
「・・・と。」
思考を巡らせていたのは数十秒ほどだっただろうか。
ふと我に返ると、そこは魔界さながらだった。
泣笠と修堂は、背中に蝙蝠の羽根を生やしまくって人外魔境の顔になっていた。
「お前ら、落ち着け。」
| 泣笠葉継:LP8000 レッドラム:LP8000 修堂朋樹:LP8000 |
デュエルが始まった。
(“拒否権”発動っと。この3人以外の干渉は無効・・・よし、葉継と修堂も同意か。この手続き、案外わるくねえ。)
きっちり足場が固まる感覚。
誰にも邪魔されない、聖域。
「デュエリスト能力で先攻は取らせてもらうよ。ドロー!」
“先手必勝”(フォルストリング) レベル1能力(所有者:修堂朋樹)
自分の先行でデュエルを開始する。
「なるほど、デュエリスト能力だから《先取り天使》も効かねえってわけか。」
「そういうことだ。」
「だが、オレの能力は知ってるな? 手札5枚からドローは出来ねえよ。」
“酷死病”(エマージング) レベル5+2 i 能力(所有者:淵乃井斑)
対戦相手は以降全てのデュエルで以下の効果が適用される。
●スタンバイフェイズごとに1000ライフを失う。
●フィールド魔法ゾーンは、スタンバイフェイズが1回以上経過している場合、消滅する。
●手札の上限は5-経過したスタンバイフェイズの数×1枚になる。(超過分は破壊)
●モンスターゾーンの数は5-経過したスタンバイフェイズの数×1になる。
●魔法・罠ゾーンの数は5-経過したスタンバイフェイズの数×1になる。
●消滅するカードゾーンはカードが置かれている場所を優先的に選択する。(ランダム)
●ライフポイントの上限は8000-経過したスタンバイフェイズの数×1000になる。
| 修堂朋樹:LP8000→7000、手札5→4 |
「墓地に置かれたのは《グローアップ・バルブ》だ。」
「チッ・・・落とすカードがランダムなのは仕方ねえ。」
| グローアップ・バルブ レベル1 地属性・植物族・チューナー 攻撃力100 守備力100 このカード名の効果はデュエル中に1度しか使用できない。 (1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。 自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、 このカードを墓地から特殊召喚する。 |
「カードを3枚伏せて―――」
来る。
「手札を全て捨てることで、次元竜は召喚できる―――残り1枚の手札を捨てて・・・」
空間が罅割れる。
「怒りを秘めし抗いの弓矢よ、褐色に染まり、天空より堕ち来たれ! 666の世界を、黒き翼で覆い尽くせ!」
棘、棘、棘、棘だらけの黒い翼。蛇のように伸びた翼は竜の胴体や尾のようでもあり。
天空竜オシリスのように無限回転の蠢きを見せつけ、とぐろを巻いていた。
中央に赤く漲る眼光は、神なるもの聖なるものへの反逆を色帯びた意思に染まって睥睨する。
「出でよ《次元竜サンダルフォン》!! 鈍色の錆を砕いて散らすがいいッ!!」
| 次元竜サンダルフォン レベル10 光・闇属性・天使・ドラゴン・族 攻撃力X000 守備力X000 通常召喚できない。任意のタイミングで手札を全て捨てることでのみ、あらゆる場所から特殊召喚する。 (1):このカードは相手のカードの効果を受けない。 (2):このカードの攻撃力と守備力は、特殊召喚時に捨てた手札の数×1000ポイントになる。 (3):1ターンに1度、自分のメインフェイズに、互いのカードを全て確認し、 それぞれ中からモンスターカード1枚すつを選択して発動できる。 そのモンスターを、あらゆる召喚条件を無視して特殊召喚する。 (4):このカードがフィールド・墓地に存在する限り、自分はライフポイントが0にならないと敗北しない。 (5):このカードを生贄に捧げることで、相手はカードを3枚ドローする。 |
「次元竜・・・?」
レッドラムが見たことも聞いたこともないカード。
しかし、この神威は覚えがある。
獏良了から伝え聞いた神のカードそのもの。
「どうして驚く。カードと能力を組み合わせてこそ一流のデュエリストたる。そうだろう、泣笠葉継。」
「それは皮肉かしら。」
少し前に、技巧のみで挑んできた異世界からの挑戦者がいた。
そのことを“カンサー”の首領格が知らないはずもない。
「僻みでないことは確かだな。サンダルフォン第3の効果、“アカシック・レコード”! 互いのカード全てを確認し、プレイヤー1人につきモンスター1体を無条件で特殊召喚できる!」
~泣笠の手札~
《バトルフェーダー》
《ハネワタ》
《サイクロン》
《ならず者傭兵部隊》
《火の粉》
~レッドラムの手札~
《邪神イレイザー》
《魔の試着部屋》
《時の飛躍》
《バトルフェーダー》
《針虫の巣窟》
「それぞれの手札から《バトルフェーダー》を選択、こちらのデッキからは《速攻の吸血蛆》だ!」
《速攻の吸血蛆》は、その名の通り、速攻能力を備えている。
攻撃力こそ500と貧弱なれど、先行1ターン目からでも攻撃可能な性能は、修堂の能力と高いシナジーだ。
「・・・っ、葉継の能力に対策を打ってきたってわけか。」
「そして、伏せカードが開かれる・・・」
| 泣笠葉継:LP8000、手札4 場: 場: レッドラム:LP8000、手札4 場: 場: 修堂朋樹:LP7000、手札0 場:次元竜サンダルフォン(攻1000)、速攻の吸血蛆(攻8400)、バトルフェーダー(守0)、バトルフェーダー(守0) 場:団結の力(装備魔法)、団結の力(装備魔法)、魔導師の力(装備魔法) |
「“レトロスペクティブ”は恐ろしい能力だが、フィールドから離れさえしなければ無力。昔ならいざ知らず、今の環境でフィールドのカードを維持したまま1ターンキルを行うことなど造作も無い。泣笠葉継に直接攻撃。」
「葉継っ!」
「・・・っ」
吸血鬼に吸血蛆が襲いかかる。
帽子が吹き飛び、厚手の服が剥がされ、豊かな体が晒される。
「んんっ・・・・ぐ・・・・・くぅ・・・・」
巨大な蛆に押し倒された葉継は、紅潮した顔で耐える。
だが、肉体は耐えられてもライフポイントは耐えられない。
| 泣笠葉継:LP8000→0 |
「葉継っ!!」
「か・・・ひゅ・・・・・・修堂、さま・・・・・あれ、私、何を言って・・・・・・」
紅潮しながら上目遣いで滲む目は、まるで忠実な奴隷のようだ。
「どうやら“隷属の力”が半端にかかっているみたいだね。」
「てめぇ葉継に何しやがった!?」
「神様の力の一端さ。闇のゲームの深度に関わらず、敗者を隷属させる。断片であっても、神の力は絶対だ。このデュエルが終われば、完全な奴隷になる。」
「・・・てめぇが勝てばの話だろ。」
「そういう意味で言っている。まずは2体の《バトルフェーダー》でオーバーレイ、ナンバーズ・アーカイブだ。墓地の《グローアップ・バルブ》の効果、デッキトップのカードを墓地に送って復活する。」
| 修堂朋樹:手札0→4 |
「・・・っ!?」
「墓地に送られたのは《ゴキブリ乱舞》だ。君の能力で4枚までしか引けないが・・・。」
「まさか・・・役所で・・・?」
確かA級八席のマリー・ネーブルも同じことをやっていたと思い出す。
「A級の技術をS級が使えないわけがないだろう。」
そう言って修堂は、ナンバーズ・アーカイブを自身の効果で進化させる。
「もちろん、カードも。」
| No.108堕天使ネーブル・ミラー ランク5 闇属性・天使族・エクシーズ 攻撃力2900 守備力2400 「堕天使」レベル5モンスター×3 このカードは「No.」モンスターによる戦闘破壊以外の方法でフィールドを離れない。 (1):このカードのX召喚に成功した場合、このカードのX素材の数まで 相手フィールドに表側表示で存在するカードを選んで発動する。 選んだカードの枚数だけ、このカードのX素材を取り除き、選んだカードの効果を得る。 モンスターを選んだ場合、攻撃力と守備力も加える。 (2):フィールドに表側表示で存在する「堕天使」モンスター1体につき、 自分の受けるダメージは半分になる。(この効果は重複する) (3):このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、 フィールド以外で発動する効果は全て無効になる。 |
「吸血蛆を維持する必要もなくなった。生贄に、《闇帝ディルグ》を召喚、効果で君の墓地の《バトルフェーダー》を除外し、デッキのカードを1枚墓地に送る。それがイレイザーでないのは確認済みだ。」
「・・・っ」
「鋼の逆鱗に触れたいヤツはご自由に!!シンクロ召喚!!《機械竜パワー・ツール》!!」
| レッドラム:LP8000、手札4 場: 場: 修堂朋樹:LP7000、手札3 場:次元竜サンダルフォン(攻1000)、機械竜パワー・ツール(攻2300)、No.108堕天使ネーブル・ミラー(攻2900・X2) 場: |
「そしてサンダルフォン第4の効果、“反逆の贈り物”! 自信を生贄にカードを3枚ドローさせる!」
「・・・・・・くそ・・・」
登場したときは意味が分からなかった効果が、ようやく凶悪であると気付く。
| レッドラム:手札4→7 |
「どうしてエクゾディアを入れてないんだい。泣笠葉継に勝つのは諦めたのか?」
「ふざけろ。」
「ふふ、いや、わかってるさ。即死反射アイテムを持っている相手に、わずかでもエクゾディアを揃えてしまう危険を考えているんだろう。だが、それが命取りだ。」
「ハッ、オレのデッキにエクゾディアを確認したら、戦術を変えただけだろ?」
「負けてる側が言っても決まらないものだね。カードを2枚伏せて―――」
その後は単純作業。
手札を切らさない限り、サンダルフォンは何度でも復活する。
効果外テキストの召喚ルール効果であるがゆえに、ネーブル・ミラーにも引っかからない。
今の環境において、手札を切らさない程度のことなど朝飯前でしかない。
《成金ゴブリン》、《アドバンスドロー》、《貪欲な壺》、《終わりの始まり》・・・修堂の手札は途切れない。
レッドラムの手札は増えていき、デッキは消えていく。
「ようやく来たか。これで《目殺》を発動できる。」
| 強制発動-アブソリュート・スペル- (速攻魔法) 罠カード名を1つ宣言し、相手か自分の手札を公開する。 その中に宣言したカードがあり、発動タイミングが正しければ そのカードを強制発動させる。 宣言したカードが発動されなかった場合、自分はライフを半分失う。 |
| 目殺 (永続罠) 相手のドローしたカードの名前を当てる。 当たった場合そのカードを捨てさせ、そのターンの攻撃を封じる。 外れた場合、相手はカードを1枚ドローする。 |
「・・・・・・クソッタレ・・・」
レッドラムのデッキは0になった。
「即死反射アイテムを持っていなければ、こんな回りくどい方法を取ることもなかったんだけどな。だが結果は同じ、君は負ける。そして泣笠葉継ともども、僕の奴隷だ。君の目の前で、彼女を陵辱してあげるよ。」
「てめぇ! 葉継に手を出したら寸刻みで殺すぞ!!?」
「“隷属の力”は絶対だ。君は僕に危害を加えられなくなるし、目を逸らすことも許さない。ターンエンド。」
無いデッキからカードを引くことは出来ない。
レッドラムのデュエルディスクに「LOSE」の文字が刻まれる。
「ちく・・・しょ・・・・・・」
「悔しいってことは、勝てると思ってたわけだ。お前らごときが?」
幼い顔を歪ませて、修堂は嘲る。
「“クリムゾン・ドラグーン”には及ばなくても、僕とてS級の端くれなのにさあ。てっきり特記戦力が来ると思っていただけに、拍子抜けだな・・・。」

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