決闘祭! 番外編 玄ノ巣(1)
◆ ◆ ◆
灼熱の爆風が無慈悲に命を刈り取っている。
歪む景色は何度も角度を変えて、やがて暗い皆底へと沈む。
誰かが笑いながら踊り狂っている。
赤く染まる水面。
黒く濁る視界。
泥と魚。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・
気が付けば俺は、檻の中にいた。
しがらみも何も無い俺は、誰よりも自由だと思っていたが、広い鳥籠の中で飛び回っているだけだった。
気ままに飛翔し、青空を見ながら糞を垂れ流すだけの、憐れで醜い屍だ。
むせ返る花の香りに包まれて、骨になった竜は散りながら啼いた。
◆ ◆ ◆
1958年9月9日。
数日前に19歳の誕生日を迎えたが、何ひとつ変わりはしねえ。
うだつのあがらねえ日々が続くだけだ。今日も明日も明後日も。
「・・・やってられるかクソッタレ。」
シケモクを拾ってタールを頭に入れると、落ち着く一方で気分が濁る。
薄ぼんやりとした煙みてえに、俺の人生は、くだらない。
くだらねえな、まったく。
米軍の爆撃から逃げ惑い、川に飛び込んで灰燼を免れたのが、最初の記憶。
家族の思い出なんざあるわけねえ。くだらねえ。意味が無え。
「煙草は体に悪いよ、お兄ちゃん。」
・・・意味が無えと、思ってたんだがな。
「誰だテメーは。」
「“白のガウス”。」
薄汚れたナリしちゃいるが、背格好と声からして女か。
といってもガキだ、女じゃねえ。
「名前を聞いてんじゃねえよ。テメーは何者かって質問してんだ。」
「お兄ちゃん、頭悪い?」
「ああ゛?」
「だから“お兄ちゃん”って言ってるじゃん。」
「・・・あ?」
奴に声を掛けられた、この日が俺の分水嶺。
うだつのあがらねえ惨めな人生か、華々しく散る無様な人生か、選ぶのは俺自身だ。
俺が選ぶのは、もちろん―――
- - - - - -
傾いた煙突が白い煙を吐いている。
カラスと鳩が睨み合いながら、周りをクルクル回っていた。
「・・・ついて来んなクソガキ。」
薄汚れた奴が、ひょこひょこと歩いてくる。
走れば振り切れるが、それも癪だ。
「お兄ちゃん、頭悪い? 私には“白のガウス”って名前があるんだけど。」
「あーはいはい、シロのガキは家に帰ってクソして寝ろ。」
「ガキじゃないし。子供だって産めるし。」
「そりゃ良かったな。」
どうして女ってやつは、子供を産めることを誇りにするかね。
ろくでもねえ。生まれてこなけりゃ苦しまずに済むってのに。
「お兄ちゃんは、どこへ行くつもり?」
「どこだっていいだろ。」
「嘘。どこへ行けばいいのか分からないくせに。」
「目的ばっかり決めてると、世界が閉じちまうぜ。」
「お兄ちゃんの世界は開いているの?」
「関係ねえだろ。」
「たったひとりの妹に、無関係を装うなんて、お兄ちゃん酷い。」
「いきなり現れて妹宣言する頭の弱いガキよりかマシだろ。」
「“本当に俺の妹か?”って、女の子に言っちゃダメなセリフ上位だよ。」
「“本当に俺の子か?”の間違いだろ。」
「お兄ちゃん将来そういうこと言いそう。」
「言わねーよ。」
- - - - - -
すっかり懐かれちまった。
ひと月が経つ頃には、シロは俺の隣で眠るのが定位置になっていた。
「こんな可愛い子が隣で寝てるのに、お兄ちゃんは手を出さないんだ。」
「ガキに欲情する趣味は無えよ。」
汚ったねえナリしたのを風呂に入れてやったのは誰だと思ってんだ。
しかも自分で可愛いって・・・。
「お兄ちゃん、お腹すいた?」
「いつものことだ。」
振り払おうと思えば出来たのに、そうしなかったのは、俺に未来が無えからだ。
食料は尽きた。雑草を喰って腹を下した。明日は犯罪者? 明後日は死んでるか?
「お兄ちゃん、わたしを食べていいよ。」
「ガキに欲情する趣味は無えって言ってんだろ。戯言ほざいてねえで目ぇ瞑れ。」
「お兄ちゃん、頭悪い? 食料って意味で・・」
「目ぇ瞑れ。」
食料? くだらねえ。
どうせなら俺が食われる方が、ちったあ長く生きられるだろう。
似たようなものだろうけどな。
「ねえ、お兄ちゃん。どうして人間は不平等なんだろうね。」
「バーカ、誰もかれも同じだったら薄気味悪りぃだろうがよ。」
「そうじゃない。生まれながらにして豊かな人がいて、貧しい人がいる。どうやっても抜け出せない。どうして?」
「まんま答えじゃねーか。豊かな奴も、豊かさから抜け出せねえ、カネの奴隷に過ぎないんだ。」
「お兄ちゃんは、おカネが嫌い?」
「カネが好きな奴なんているのかよ。」
「わたしは好きだよ? 世の中しょせん、おカネが全て。富める者は生きて、貧しければ死ぬ。」
「ぜんぜん好きって言ってるように聞こえねーな。」
「そうかもね。でも、おカネで買える幸せは、いーっぱいあると思うよ?」
「もう寝ろ。」
- - - - - -
翌朝、目を覚ますとシロはいなくなっていた。
やっぱりな。そんな予感はしてたんだ。
「・・・・・・馬鹿が。」
布団の中には、目も眩むような“はした金”が積まれていた。
こんな紙切れの為に、奴は自分を売ったのか。
カネの横にあったのは、幽堂とかいう金持ちの家に身売りしたとかいう手紙だった。
「“よかったらお兄ちゃんもおいで”だあ?」
少し力を込めるだけで、手紙は折れ曲がり破けた。
くだらねえ。天使でも気取ってるのか。吐き気がするぜ。
「けっ・・・ありがたく行かせてもらおうじゃねえか。」
ただし、いけ好かねえ金持ち野郎が、どうなっても知らねえぞ。
テメーの大好きな、おカネ様が、破り捨てられるところを高みの見物してな。
灼熱の爆風が無慈悲に命を刈り取っている。
歪む景色は何度も角度を変えて、やがて暗い皆底へと沈む。
誰かが笑いながら踊り狂っている。
赤く染まる水面。
黒く濁る視界。
泥と魚。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・
気が付けば俺は、檻の中にいた。
しがらみも何も無い俺は、誰よりも自由だと思っていたが、広い鳥籠の中で飛び回っているだけだった。
気ままに飛翔し、青空を見ながら糞を垂れ流すだけの、憐れで醜い屍だ。
むせ返る花の香りに包まれて、骨になった竜は散りながら啼いた。
◆ ◆ ◆
1958年9月9日。
数日前に19歳の誕生日を迎えたが、何ひとつ変わりはしねえ。
うだつのあがらねえ日々が続くだけだ。今日も明日も明後日も。
「・・・やってられるかクソッタレ。」
シケモクを拾ってタールを頭に入れると、落ち着く一方で気分が濁る。
薄ぼんやりとした煙みてえに、俺の人生は、くだらない。
くだらねえな、まったく。
米軍の爆撃から逃げ惑い、川に飛び込んで灰燼を免れたのが、最初の記憶。
家族の思い出なんざあるわけねえ。くだらねえ。意味が無え。
「煙草は体に悪いよ、お兄ちゃん。」
・・・意味が無えと、思ってたんだがな。
「誰だテメーは。」
「“白のガウス”。」
薄汚れたナリしちゃいるが、背格好と声からして女か。
といってもガキだ、女じゃねえ。
「名前を聞いてんじゃねえよ。テメーは何者かって質問してんだ。」
「お兄ちゃん、頭悪い?」
「ああ゛?」
「だから“お兄ちゃん”って言ってるじゃん。」
「・・・あ?」
奴に声を掛けられた、この日が俺の分水嶺。
うだつのあがらねえ惨めな人生か、華々しく散る無様な人生か、選ぶのは俺自身だ。
俺が選ぶのは、もちろん―――
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傾いた煙突が白い煙を吐いている。
カラスと鳩が睨み合いながら、周りをクルクル回っていた。
「・・・ついて来んなクソガキ。」
薄汚れた奴が、ひょこひょこと歩いてくる。
走れば振り切れるが、それも癪だ。
「お兄ちゃん、頭悪い? 私には“白のガウス”って名前があるんだけど。」
「あーはいはい、シロのガキは家に帰ってクソして寝ろ。」
「ガキじゃないし。子供だって産めるし。」
「そりゃ良かったな。」
どうして女ってやつは、子供を産めることを誇りにするかね。
ろくでもねえ。生まれてこなけりゃ苦しまずに済むってのに。
「お兄ちゃんは、どこへ行くつもり?」
「どこだっていいだろ。」
「嘘。どこへ行けばいいのか分からないくせに。」
「目的ばっかり決めてると、世界が閉じちまうぜ。」
「お兄ちゃんの世界は開いているの?」
「関係ねえだろ。」
「たったひとりの妹に、無関係を装うなんて、お兄ちゃん酷い。」
「いきなり現れて妹宣言する頭の弱いガキよりかマシだろ。」
「“本当に俺の妹か?”って、女の子に言っちゃダメなセリフ上位だよ。」
「“本当に俺の子か?”の間違いだろ。」
「お兄ちゃん将来そういうこと言いそう。」
「言わねーよ。」
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すっかり懐かれちまった。
ひと月が経つ頃には、シロは俺の隣で眠るのが定位置になっていた。
「こんな可愛い子が隣で寝てるのに、お兄ちゃんは手を出さないんだ。」
「ガキに欲情する趣味は無えよ。」
汚ったねえナリしたのを風呂に入れてやったのは誰だと思ってんだ。
しかも自分で可愛いって・・・。
「お兄ちゃん、お腹すいた?」
「いつものことだ。」
振り払おうと思えば出来たのに、そうしなかったのは、俺に未来が無えからだ。
食料は尽きた。雑草を喰って腹を下した。明日は犯罪者? 明後日は死んでるか?
「お兄ちゃん、わたしを食べていいよ。」
「ガキに欲情する趣味は無えって言ってんだろ。戯言ほざいてねえで目ぇ瞑れ。」
「お兄ちゃん、頭悪い? 食料って意味で・・」
「目ぇ瞑れ。」
食料? くだらねえ。
どうせなら俺が食われる方が、ちったあ長く生きられるだろう。
似たようなものだろうけどな。
「ねえ、お兄ちゃん。どうして人間は不平等なんだろうね。」
「バーカ、誰もかれも同じだったら薄気味悪りぃだろうがよ。」
「そうじゃない。生まれながらにして豊かな人がいて、貧しい人がいる。どうやっても抜け出せない。どうして?」
「まんま答えじゃねーか。豊かな奴も、豊かさから抜け出せねえ、カネの奴隷に過ぎないんだ。」
「お兄ちゃんは、おカネが嫌い?」
「カネが好きな奴なんているのかよ。」
「わたしは好きだよ? 世の中しょせん、おカネが全て。富める者は生きて、貧しければ死ぬ。」
「ぜんぜん好きって言ってるように聞こえねーな。」
「そうかもね。でも、おカネで買える幸せは、いーっぱいあると思うよ?」
「もう寝ろ。」
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翌朝、目を覚ますとシロはいなくなっていた。
やっぱりな。そんな予感はしてたんだ。
「・・・・・・馬鹿が。」
布団の中には、目も眩むような“はした金”が積まれていた。
こんな紙切れの為に、奴は自分を売ったのか。
カネの横にあったのは、幽堂とかいう金持ちの家に身売りしたとかいう手紙だった。
「“よかったらお兄ちゃんもおいで”だあ?」
少し力を込めるだけで、手紙は折れ曲がり破けた。
くだらねえ。天使でも気取ってるのか。吐き気がするぜ。
「けっ・・・ありがたく行かせてもらおうじゃねえか。」
ただし、いけ好かねえ金持ち野郎が、どうなっても知らねえぞ。
テメーの大好きな、おカネ様が、破り捨てられるところを高みの見物してな。

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