新月の記憶

「るろうに剣心」北海道編も、
いよいよ本格的に動き始めた感覚で、
居ても立ってもいられない心地です。

なんといっても現在の注目株は三島栄次。
再登場時は懐かしさもあれど、
危うさや未熟さを感じましたが、
第十六幕で「うあああああああああ!!」となった。

元より彼って、弥彦、由太郎に次いで、
“少年主人公”たる素質を持っているんですよね。
第六幕の啖呵からして既に異彩を放っていましたが、
第十六幕の負荷で、素質が孵化したというか・・・。

弥彦と由太郎は、強さを求める動機が対照的ですが、
それでいうと栄次って、もしかしたら
“強くなりたい”とすら思ってないのかもしれません。
より効率的に敵を倒すことに特化した、彼の価値観は、
良し悪しを別にしても、強烈に惹きつけられるんだ。

すなわち、弥彦や由太郎を“武士”とするなら、
栄次は“兵士”だと思うんですよ。


考えてみると三島栄次って、
復讐鬼たる資質を秘めている人物でもありますよね。
外見は縁寄りですが、どっちかというと安慈和尚に近い。
だからこそ和尚だけが彼の心を汲むことが出来た。

しかし他の十本刀は、そうはいかない。
嫌なものだよな・・・。
自分たちの加害に、無自覚な人間を見るのは・・・。
なまじ魅力的な面々だからこそ、つらい。
ピカレスクの裏舞台というか。

逸早く察した剣心は流石で、不覚にも私、
どうして剣心が栄次を外そうとするのか、
理解が遅れていたんですよね。
だから宗次郎や蝙也は勿論、鎌足や張を非難する資格も
実際あんまり無いんだよなあ。
(登場時はテンションあがりまくってたし)

新月村のことは、いつの間にか“過去”になっていた。
しかし栄次にとっては、生傷の癒えない“現在”である。


るろ剣の“復讐鬼”といえば、
個人的には悠久山安慈が筆頭だと思っています。
雪代縁の“復讐”は、逆恨みとまでは行かなくても、
正統性に欠けている部分があるんですよ。

それは、薫の言うように過程で人を殺してるからでもなく、
剣心の言うように真実を取り違えているからでもなく、
もっと根本的なところで筋違いがある。

元々、縁の復讐は、姉の仇討ちではなくて、
姉の婚約者の仇討ちでしたが、
しかし清里明良の死は、自業自得までは行かなくても
危機感に欠けていた部分は無かったでしょうか?

彼の死を冒涜するわけではないですが、
なまじ抜刀斎に一撃入れるだけの腕前があるだけに、
油断や慢心があったような気はします。
(腕自体は大したことないという評価は抜刀斎基準の話で、
きっと長岡とかよりは強いはず)

斉藤が、剣心に、そして宇水に言ったセリフ、
京都編だけ読むと、人命軽視で嫌な感じがしますが、
人誅編まで読み進めると、意味が違ってくるんです。

たとえ最前線でなかろうが、この役職に就いたからには
いつ死ぬとも知れない覚悟を持っているのが当然。
それこそが“兵士”としてのプロ意識というものですが、
果たして彼らに、それがあったかどうか。

清里さんは気の毒だとは思いますが、
たとえ臆病者の誹りを受けてでも
巴と添い遂げる覚悟までには、至ってなかったのも事実。
生きようとする執念は、凄まじくも、足りていなかった。

かといって、巴や縁の復讐が間違ってるとは言い難いし、
ある程度の正当性は当然あると思います。
すなわち決定的なファクターは、“覚悟”の物量にこそある。
和月さんには存在した、神谷薫を殺す覚悟が、
縁には無かったのは、明暗を示す事象の代表でしょう。

第十幕で左之助が察した、剣心と薫の“覚悟”は、
本編で答えを出し切れなかった、巴・清里に対する
答えになっていて、短いながらグッとくるシーン。
又た・・・腕を、あげたな・・・和月・・・!(CCO)


答えを出して、覚悟の中で生きる剣心と薫ですが、
未だ答えの定まらぬ面々の代表格が栄次であり、
十本刀の面々も、安慈も含めて未だ混迷の渦中にある。

張は例によって、事情を知れば頷くだろうけど、
鎌足は難しいんだよなあ・・・。

どのように栄次に向き合うのかで、
“大鎌”の鎌足ではなく、“本条鎌足”としての真価が決まる。
すなわち、真に志々雄の“語り部”となるか、
ただの“信者”として生涯を送るかの、分水嶺と言っても
決して大袈裟ではないと思います。

様々な感情が入り乱れますが、
“世の為人の為”というのは、
斯様に苛烈な人間模様が交錯する、
とてつもない修羅場なのですよね・・・。


“世の為、人の為なんて、恵まれた人の道楽”と主張するのは、
決まって恵まれた側の人間なんだ。
自分が恵まれている自覚すら無いから、
そんな悟ったような常套句を平然と口に出来るんだよ。

由太郎が「嘘はいけない」と言った真意は案外、
そうした“ハリボテ感”にあったんじゃないかなァ?

十六幕で斉藤が下した評価と判断も、補強材料。
栄次は弥彦と名前を並べられる“本物”であるが、
三馬鹿は、せいぜい賑やかしがいいところ、という。

いちおう、しがらみを捨てて旅立っていく“自由感”は
割と好きなシチュエーションではある(雑フォロー)
なんか取ってつけた感はありますが、
ヒューリー、エーデル、レイスが、生きてロンドンへ
流れ着いていればと、誰しも思ったことはあるはず。

とりあえず“悪い奴ら”ではないんだし、
あんまり嫌悪を向けるのも可哀想かなって・・・。
好きにはなれないけど、遠くで幸せになっても委員会。


“悪い奴ら”といえば、剣客兵器。
この面々は、まだキャラは立ってない様子。
凍座が北海道の広さを突きつけた場面は印象的ですが、
とりあえず今は、ゲームの十勇士を思い出す程度。
なんというか、“過去の亡霊”的なポジションとか、
凍座って、どことなく真田っぽいとか、そういう。

神谷パパンとの関係も気になるところですが、
それこそ現時点では推測しようもないわけで。
(可能性が多すぎて絞れない)


新キャラでのピカイチは、なんといっても永倉新八!
暗くなりがちな展開に差し込まれた清涼剤の如き男!
解説では史実とキャラを違えてるとのことですが、
アッキーのイメージとしては、これだという感。

というのは、「一の食卓」(樹なつみ)での永倉新八が、
まさしく、こういう感じのキャラなので、
およそ10年の歳月を隔てて、確かな繋がりを感じます。

樹さんも、和月さんも、“分かってる側”の人なので、
この改変は信頼できるし、そもそも人間には色んな面がある。
魅せる面として無理なく落とし込んでるし面白いし。

異なる作家が、それぞれに描く人物像が
こうもシンクロニティを発揮するのは至極の喜悦ですが、
やはり“永井豪の黒い産湯”は(私を含め)共通項なあ!
(勿論それだけではないんだけど、その話は別の機会で)

個人的に、斉藤が「道中、御疲れ様です」と言う場面の
優しい眼が激萌えるんですがねぇ!
そうだよ、そうですよ、斉藤には斉藤の人間関係があって、
剣心たちに見せる顔とは違うんですよ!

武器を失った状態で、オーラが薄くなっているのが不安ですが、
しかし待てよ、もしかして無限刃は斉藤が・・・?
あの“凶刀”を、斉藤が持ったらと思うだけで滾るッ!
そこに至るまでの過程が想像しにくいのが難点ですが・・・。

ちなみに永倉おじさまの、刀を通じて重心を抑え込む手法って
実際に存在する技法なんですよねぇ。
(ざっくり説明すると、剣術における関節技みたいなもの)
ありふれた術理を昇華した技で宗次郎を抑え込むとか、
もう胸の高鳴りが抑えきれんッ!
斉藤の牙突が、やはり実際に存在する“片手平突き”を
ベースにした技なので、これ、これが新撰組か!

固有の派手な技も好きですが、
基本の術理を昇華して、固有技にまで高めたのも
同じか、それ以上に好きなんだよなァ!

やっぱ実際に剣道に取り組んでた人間は、ものが違う。
背は高くても弱くて、悔しい思いをしてきたとのことですが、
しかし“ひたむき”に取り組んだ経験が名作を生み出す。
本当の“キラキラ”ってのは、こういうことなんだぜ・・・?

武術であれ! 学問であれ! 創作であれ!
ひたむきに努めた経験にッ、輝きが宿らぬことなど無いッ!





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