「自明」の落とし穴

囲碁や将棋だけでなく、ある分野に
一定以上のめり込んだ者にとっては自明なことが、
万人の“自明”ではない・・・よくある状態です。

熟練者の“初歩中の初歩”、“皆さんよくご存じの”は
あんまり当てにならないのは、
初歩中の初歩であり、皆さんよくご存じであります。

???「ご存じじゃねえよ、ンなこと」

西尾維新の世界シリーズ2作目で、
ミステリ用語を誰しもが前提として知っていると思うのは
傲慢ではないか、という命題が放たれたのは
皆さんよくご存じの通りですが―――


居玉、頭金、腹銀、吊るし桂、雀刺し、
振り飛車、角交換、突き捨て・・・(将棋用語)

掛かり、肩衝き、着け、挟み、帽子、
当てる、抜く、接ぐ・・・(囲碁用語)

ビートダウン、バーン、パーミッション、
デッキ破壊、特殊勝利・・・(デュエル用語)

素因数分解の一意性、二次方程式の解の公式、
三平方の定理、四色問題・・・(数学)


割と有名どころを並べたつもりですが、
“つもり”は、やはり“つもり”でしかないようです。

新聞の解説に「ご存じ“石塔絞り”」という記述を
最近どこかで見ましたが、碁打ちであっても
おそらく級位者は知らない人が多いのでは。

そりゃあ確かに、新聞の囲碁欄を読むような者なら
当たり前に知ってますが・・・しかし・・・


なんにしても、「自明」の格差とでも言うべき状況が、
敷居を高くしているのは、否めない反省点でしょう。

同時に、ぼんやりとしか把握してないことを
あらためて説明することで、
より強くなろうという目論見もあります。

「自然数とは何か?」と問われて、
まともに答えられる数学教師は
どれほど存在しているでしょうか?
あらためて定義を考えることで、
数学力は間違いなくアップします。

皆さんよく御存じの「数学ガール」で言えば、
テトラちゃんの疑問に対して
まともに答えられてこその実力者であります。

うう・・・もっと頑張ろう・・・。


その「数学ガール」の作者も悩んでいたことですが、
緻密な説明は難しすぎて分かりにくい、しかし、
簡略化して説明しようとするあまり、
かえって理屈を蔑ろにしてしまうことは避けたい。
そんなジレンマが、どの分野でもあると思われます。

印象的なスローガンが、誤解を生むことも多いのは、
「書を捨てよ」あたりが有名でしょうか。

・・・こうやって「有名でしょうか」と書くあたり、
自覚して猶も“自明の罠”から抜け出せてないのですが、
あまり気にしすぎるのも窮屈。

以下、皆さんよく御存じの具体例。


・妖刀村正(怪談)
村正は呪われた刀などではなく、
名刀を巡って争う人や、贋作が多いという意味。
“いわく憑き”への憧憬も拍車をかけている。

・ミラフォは割られるもの(デュエル)
フリーチェーンでない攻撃反応型の罠は
あらかじめ対処されやすいという意味であり、
割られずに威力を発揮することも多々ある。

・クソ雑魚GTR(ぷよぷよ)
GTRが強いからこそ、半端な使い手も多く、
そぐわない場面でもGTRを使うことへの皮肉。
語呂の良さもあって覚えやすい。

・嵌め手、嵌め技(囲碁、将棋)
完全情報ゲームに、そんなものは無い。
嵌まった人の怨念が籠もった言い回し、俗語。
正確には、“嵌まり形”と言う。

「“嵌まり”なら使ってもいいッ!」



ちょっと話が脱線したので、戻ります。
何を以って「自明」とするか、その基準に
えげつない格差がある、という話でした。

例えば、相手の失敗を期待するのは失礼かどうか。
そもそも“失敗”の定義が示す幅が、かなり広く、
頭ごなしに失礼だと言っていいものかどうかは
なかなか悩ましいものです。


とりあえず、緩手、悪手、失着(ポカ)の順に
失敗の度合いが酷くなっていきますが、
どこからどこまでを緩手と捉えるかは
それこそ棋力によって全然違ってきます。

私からすれば「緩いかな~」くらいの手が、
高段者から見れば「はっきり悪いよ」ってなり、
プロのレベルだと「致命的」みたくスライドされる。

そもそもハンデの重さでも評価は違います。
互先で緩い手が、置き碁なら堅実な強手なことは
珍しくないどころか、むしろメインであります。



境界が画定されなくても、
大差がつけば終了判定を出したりしますが、
この“大差”の基準が、これまた大きな差があります。

アマチュアの級位者であれば、
大差というのは20目、あるいは30目以上。
有段者でも、10目以内なら最後まで打つと思います。

一般化するならば、
「寄せで逆転可能な差であれば最後まで打つ」とすれば、
およそ的を外してないはず・・・。

強い人ほど寄せが正確なので、
皆さんよくご存じの統計学において
強い正の相関関係を見ることが出来るでしょう。


これと関連するのが、目算です。
(算数で言えば暗算に相当する)

終了判定が難しいかどうかの前に、
どれくらいの差がついているかを
途中で判断するのが難しい、
という問題も立ちはだかります。

さっきの例で言えば、
大差とは「勝ち負けが明白に見える」という
やはり相対的な基準なのですね。



ルールが難しいかどうか。

故・藤沢秀行は「だとすれば我々プロの怠慢だ」と、
自分に厳しいことを言ってましたが、
これはアマチュアの有段者にとっても
ある程度は突き刺さる言葉でもあります。

徹底的に数を絞り、その都度その都度
説明を追加する方式に倣ってみます。


・囲碁
1、囲った石は取れる
2、陣地の広い方が勝ち

・将棋
1、同じマスに止まった駒は取れる
2、敵の王様を取れば勝ち

・デュエル
1、モンスターを場に出して戦う
2、相手のLPを0にすれば勝ち


このように書かれると、

「囲碁には劫ってルールがあって」
「桂馬以外は駒を飛び越せない」
「デッキ破壊や特殊勝利もあるぞ」

などなど言いたくなると思いますが・・・
・・・というか、私が言いたくなるのですが、
そこをグッと堪えて、絞り込む勇気。


デュエルにしろ、囲碁にしろ、
ルールが難しいと言われると、
「そうだよね~」と頷きたくなる気持ちと、
「いやいや・・・」と反論したくなる気持ちが、
いずれも強く存在するのです。

そうした“熱意”ゆえに、
“自明”を共有してもらいたくて
つい説明が過剰になりがちですが、
(というか私がそうなので)
段階を踏むことを常に意識したいものです。




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