上達の始まり (囲碁)

大人になると、
子供の頃に学んだことを忘れがちだというが、
あまり正確な言い方ではない。

ある程度は忘却するとしても、
あらかじめ習熟していたと錯覚し、
勉強したという記憶すら薄れてくるほどに
自分の一部として定着していることの方が
ずっと多いのではないだろうか。

シャイな気質や、天才を気取る心理も含められるが、
いずれにしても私自身、“忘却”の法則を体現している。



◎初級者時代

いったい私は、初級者の頃、どんな勉強をしていたのか。
久々に出てきた本を見て、これか、と記憶の蓋が開いた。

「中学・高校生の囲碁問題集」(加納嘉徳)

この本を読んで、私は10級まで強くなった。
確か母方の叔母が初級者の頃に使っていた本で、
いらなくなったのを母が譲り受けて、
私の教材になった、という流れだったと記憶している。


それにしても、奥付を見ると、1981年の発行・・・。
おさがりなので、発行年に手に入れたわけではないが、
単純な年月の隔たりで忘却しても不思議ではない。

というか絶版になっていると思われるので、
今現在だと日本棋院の出している
「囲碁トレーニング」なら手に入るだろうか。
入門編、基礎編、初級編と分かれている。

単なる死活を、“詰碁”と称しているあたりなど
個人的には引っかかる点は幾つかあるけれど、
あまり気にすることでもないか。



◎中級者、上級者時代

10級からは、対局の方が主体になっていった。
母親の棋力が当時、同じくらいだったので、
15級~5級くらいまでは多分、母親と打つことが多く、
それ以降は様々な人と対局した。
塾に通ったりもした。(碁会所の代わりだったが)

父親と星目で打てるようになった頃からは、
よく碁会所にも連れていってもらった。
塾は月謝もかかるし、お役目御免と、
中学生になる頃には辞めてしまった。

当時1級の叔母を破ったのも、この頃だったはずだ。
囲碁でも将棋でも1級の棋力を持つ叔母は、
囲碁においては私、将棋においては私と弟の両方にとって、
最も近しい格上であった。

いわゆる手引書ではないが、
「囲碁クラブ」を定期購読していたのも、この頃。
付録の「次の一手」が毎月の楽しみだった。
(「次の一手」は今でも幾つか残っている)



◎有段者時代

塾や碁会所も含めて、幸運にも実戦の場に恵まれたと思う。
なので私が読んだ手引書の類は、極めて少ない。
中高生問題集と、これの、2冊くらいだろうか。

「定石・定形200選」(加藤正夫)

これは父親が持っていた1冊だったと思うが、
そもそも当時は、何だか難しくて
あまり読んでなかったし、今でも全部は読んでない。

定石の本は、しゃかりきに暗記するものではないので、
使いたいものに絞って勉強している。
手引書というより辞書みたいな感覚だ。

定石は、数学の公式と似ている。
ただ暗記するだけでは使いにくいが、
導出できるほどに掌握していれば強力な武器となる。






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