男の子には2種類のタイプが存在する

天文学者を目指すタイプと
宇宙飛行士を目指すタイプだ・・・というのは
ジュラパーⅢで恐竜おじさんが言った言葉だ。

いや別に男の子だけじゃないだろうと思うけど、
寓意は即ち、知識と想像のタイプか、
そこへ赴く行動のタイプか、という話だった。


敢えて「男の子には~」と述べたのは、
あの場面は男の子同士の語らいだからであり、
今ここで持ち出すのは、
相変わらず弟と「幽遊白書」と「烈火の炎」の考察を
交わしているからだ―――ここでの2種類とは、
日常へ戻りたい者と、非日常へ身を投じたい者である。

何も豚尻さんの話だけで盛りあがっていたわけではない。
あれは弟が持ち出してくるからで、話の枕みたいなものだ。
枕だけで貴重な週1の会合が終わってしまうこともあるが、
それは仕方ないことだって分かんだね。

ジュラパーの話ではなかったのかというと、
それこそ枕であって、あの映画の感想は
前に書いた記憶がある。


「幽遊白書」と「烈火の炎」は、
よく似ていると言われたりもするが、私はピンと来ない。
確かに、殺伐としたトーナメントや、
ダークな作風といった面では共通性があるが、
根底に流れるものは、むしろ真逆ではないかと思っている。

烈火たちは、どれほど殺伐とした戦いに身を投じても
あくまで日常に戻るために戦っており、
求めるシリアスは陽炎に操られた風子戦が上限だろう。

しかし幽助たちは、桑原が指摘する通り、
戦いを求め続けて日常を離れてしまう。
その桑原とて、雪菜がいなければ
同じセリフを言ったかどうか疑問だ。


考えてみると案外、桑原は仙水のように
心が堕ちそうな素養を多分に持っている。
幽助は戸愚呂弟のようになる素養はあっても
仙水のようにはなりそうもないし、
蔵馬や飛影は自分の性質に極めて自覚的だ。

桑原は、本人や仲間たちが思っているよりも危うい。
仙水が桑原を攫ったのは、あながち利用価値だけでなく、
どこか近いものを感じていたからではないだろうか?

巻原に食わせなかったのも根拠として挙げてもいい。
樹や戸愚呂兄が、仙水の腐った部分と親和するなら、
桑原は仙水の“危うさを含んだ正義感”と親和性が高い。


序盤でコミカルに描かれているが、
桑原の生い立ちは仙水と同じく、
高い霊能力を生まれ持った人間としての孤独や苦悩がある。
その孤独を色んな意味で埋めたのが幽助であり、
桑原は2.5枚目キャラを確立していくが・・・。

・・・もしもだが、雪菜が殺されているか、
それに準ずるような状態になっていたらと考えると、
垂金エピソードは重要なターニングポイントだった。

桑原と仙水を分けたのは、雪菜と樹の差である、
と言っても間違ってはいないだろう。
雪菜とて、故郷に失望や憎しみを抱いているし、
おそらく垂金に凌辱も受けてきただろうが、
基本的な部分で善良に出来ている。

雪と水、桑と樹、という名前の類似は
どこか示唆的である―――この作者ならやりかねない。



それはさておき、「烈火の炎」が
「幽遊白書」と似ているという根拠として
よく挙げられる1つが、桑原と土門の類似性だが・・・

・・・いや、似てるか? 似てないだろ?

だって、なあ・・・「食卓の魔術師」ではないが、
まず馬面と豚面って時点で、だいぶ印象が違うし、
女の好みも真逆じゃん・・・。

まあ多分、立ち位置的に2.5枚目なあたりとか、
吏将戦と魔元紗戦の印象が強いせい。
あれらの戦いは面白いからね。仕方ないね。


烈火は熱血お調子者な性格や、特殊な血筋では
幽助と近い部分はあるだろう。
しかし戦闘面では、素早さと多様な炎技で
飛影と近い印象があるし、
スタイルは曲線やトリッキーな技巧が桑原や蔵馬と近い。

土門は性格的には遊助の方が近い気がする。
はっきりスケベだし、女の好みも近い。
戦闘スタイルとしては、だいたいゴリ押しなので
そのあたりは飛影と近い印象がある。
(飛影は基本、ステータスでゴリ押し)

水鏡は、顔立ちこそ蔵馬が近いとはいえ、
いろんな意味で飛影との類似点は多い。
案外うっかり屋さんだし。
最大の共通点は、居場所がチームの中にある、という
“仲間想い”な部分だったりするのだが。

風子もまた、烈火と同じく
はっきりと誰に対応するということもない。
強いて言えば螢子だが、気の強い美少女って以外は
あんまり似てなかったりもするんだよねぇ。

小金井は、どっちかというと六遊怪の
ヨーヨー使いの印象があるが、
戦闘面で、やはり誰と似てるとも言い難い。


弟とは、この何十倍も議論しているのだが、
キーボードを打つ手が痛くなってきたので割愛する。

類似点と相違点を考えていくと、
いわゆる“バトル系の少年漫画”としての
セオリーを踏んでいるという意味では、近似している。
だが、そのくらいのものだ。

この結論を導くための箇条書きマジックと思われそうだが、
むしろ私も弟も、言われてみれば似てるところも多いと、
類似も一理ある、という印象で考察していたので、
「似てないといっても“これくらい”は似てるだろう」と考えた、
“これくらい”程にも足りなくて、ちょっと意外だったのである。








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