フランダースの剛犬

「イギリスの小説である『フランダースの犬』は
舞台となったベルギーでは随分と評判が悪いが、
あらためて読み返すと、こりゃ評判の悪いわけだと思った」


菊池寛のセリフのオマージュから失礼します。
この作品の出来は、夏目漱石の墓と違って、
中々に良いと思うのですが、
ベルギーの人が怒るのも無理なかろうとも感じます。

「フランダースの犬」といえば、
死に際のネロのセリフや、天使に運ばれるシーンが
有名になりすぎてパロディ化もされまくり、
そういえば本編どんな話か若干うろ覚えになっていたので、
母と弟を交えて読み返してみたわけですが・・・。

えーと、記事タイトルにある通り、
アントワープでは昔から剛力の犬種を使役している、
というあたりの解説が序盤に入ってきます。
それは良いのですが、アントワープ地方では
「犬を使い捨ての労働力にしている風習がある」などと、
ちょっと待てと言いたくなるディスり方をしています。

むしろそれは当時のイギリスの状況と言われた方が、
しっくり来るんですよねぇ・・・。
書かれたのが19世紀なのだし。

ちなみに幼犬パトラッシュを、泡を吹くまで
こき使っていた意地悪な男は、すぐに死にます(ェ


ネロの祖父は、意外と毒を吐く・・・というか、
基本的には優しい祖父なんだけれども、
「絵なんかカネにならん」「金持ちになれ」と、
何かと毒が滲み出ているキャラですね。

なんとなく、「アルプスの少女ハイジ」や
「未来少年コナン」に出てくるような、
おじいちゃんキャラのイメージがあったのですが、
案外普通というか、リアルな年寄り像なあ。

病気して死んじゃうせいで、必要以上に
“かわいそうな老人”のバイアスが掛かっていた模様。
うろ覚えって恐い。


「絵具はカネがかかる」とも言ってるあたり、
おじいちゃんも昔、絵描きを志していたのでしょうか。

なんにしてもネロは、絵を描き続け、
ヒロインたるアロアに出会います。

その際にアロアの父親も出てくるわけですが、
この人、ネロがアロアの絵を描いてる間、
ずっと隠れて見てたの・・・?

登場シーンからして萌えキャラの予感でしたが、
アロアと引き離しつつも、絵を買い取ろうとするパパン、
さてはツンデレだな!

パパンの人物像を紹介する一文が、一見矛盾するようで、
ちょっと読んでいて困惑していたのですが、
なるほど、現代風に言えば“ツンデレ”に該当する。


「か、勘違いしないでよね! その絵が良い絵だから
買い取ってあげるだけなんだからね!
娘に近づくことを許可したわけじゃないんだからね!」


だが・・・パパン渾身のデレも、ネロには通じず。
拗ねたパパンは、さらに妻や娘がネロを絶賛するので
ますます面白くない。

ちょっと彼に同意してくれていたら、
絵の才能を持ち出してフォローも出来ただろうに、
それも先に言われて、悪者扱いなパパン可哀想。

そもそも、年頃の娘を心配する父親としては
ごく普通の対応をしてるに過ぎないのよなあ・・・。


娘の彼氏に対して、素直になれない。
あるいは頑固親父を演じてみたい。
夢見がちで、お茶目な人物という印象を受けます。

後にネロが納屋に放火した疑いをかけられたとき、
ネロはアロアに拾った人形を渡しに来たわけですが、
それをパパン、目撃してたんですよね。

放火の疑いをかけたのは勿論いただけないですが、
アロアに会いに来ていたことはスルーしているのも事実。


ちなみに放火の疑いも手のひらクルーするわけですが、
財布を落としたのって、もしかしなくても演出・・・?
ネロの通りかかるところに先回りして財布を置いたとか?

やられた、巧妙な時間差トリックだ!
失くしたと騒ぎ立てた後に、探すふりをして
パトラッシュの行く手に財布を置いたとは・・・!
(推理と書いて妄想と読む)

冷静になればネロが放火魔なはずはないが、
さりとて単に間違いを認めるのも気恥ずかしいし、
それでネロが置かれている状況が変わるわけでもない。

悪評を覆す演出とすれば、「1フランも減ってない!」と
ネロの高潔さをアピールするようなセリフも頷けます。
この時点では、うまくいったと思ってたでしょうねぇ。

いったい誰が萌えキャラなのか、もはや言うまでもないな!
アッキーはコゼツの旦那に夢を見すぎかもしれない。


総じて「いろいろと不運が重なった話」という印象でした。
もっと可哀想な目に遭ってたと思うのですが、
それはアニメ版で増やされた部分なのかな・・・?
アニメ自体、だいぶ昔に観たので、ほとんど忘れてる。

それにしても、大手参入でネロの仕事が無くなるとか、
けばけばしい聖母マリアの絵だとか、
やっぱイギリスの状況じゃないかと、
もうツッコミ入れるのも疲れたよ・・・。

ルーベンスの絵にしても、キリストの絵?
それってルーベンスの代表作なのか?
キリストの絵って、多くの画家が描いてるので、
特にルーベンスの絵が印象的ってわけでもないし、
もひとつピンと来ない・・・。

ルーベンスといえば、ふとましい女性フェチで有名なので、
太ったネロとパトラッシュを小天使たちが持ち上げられず、
さらには分厚い脂肪のおかげで死亡を免れたという、
“フランダースのふとっちょさん”が
天へ召される場面のパロディとしては最も有名だと思われる。

まあ当時の社会で極貧のネロが太ってるわけないんだけど、
原作の年齢だと、小天使が持ち上げるのは苦労しそう。


何故そんなパロディを持ち出すかというと、
剛力の犬種、というのが伏線になってたんだなあと、
だからタイトルは「フランダースの犬」なのかと、
思わず膝を打ったからでした。

多分パトラッシュは、ネロのもとへ行くだけでなく、
屋敷までネロを運ぼうとしてたんですよね。

ネロは疲弊しきって、消極的な死を選んだわけですが、
それに寄り添って死んだのは結果論であって、
共に生きようとする老犬の執念が垣間見えます。

年老いて、ネロを引きずるだけの体力が残ってなくても、
寄り添って温め合えば生き残るかもしれない。
力及ばず死を迎えてしまったけれど、
最後の最後まで生きることを諦めなかった、
その執念こそが美しい。


村八分の件なども含めて
アントワープを悪し様に描いているのは、よろしくない。

しかし、単なる“かわいそうな犬と少年の話”ではなく、
犬の力強さと、人間の二面性を描きだしているのは、
なるほど名作文学の名に恥じない内実であろう。

ネロはコゼツの旦那から対価を貰わない、
高潔というより潔癖な気質かと思えば、
アロアを喜ばせる為なら遺失物横領も厭わないので、
ただの“心優しい少年”でもない。

アロアや、その母にしても、ネロに好印象な割には、
結果的にネロを助けることが出来ておらず、
また別の意味で夢見がちとも言える。
男の子は妖精でも砂糖菓子でもないんだぜ・・・。







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