呪いの書とは、棋譜のことと見つけたり (囲碁)

なんと奇妙な棋譜だろうか。
一線に石が殆ど置かれず、ぐるり孤立した島のようだ。
並べる前から、この異様さは目を見開かせる。
中押しとはいえ、ここまで一線に石が置かれていないのは、
その内容が異様であることを示していた。

名人戦45期の第3局は、
棋譜を並べるだけでも空腹で胃が痛くなる。
急いで食べ物を入れたら痛みが治まったので、
ストレスや緊張ではなく、純粋な枯渇で胃が痛かったのだ。

同格以上との対局で、こうした枯渇に陥ることは、
碁打ち・将棋指しなら誰しも経験があると思うが、
しかし、棋譜を並べるだけで、こうまで消耗するとは恐ろしい。
ファンタジーに出てくるような呪いの書は、
絵空事ではなくメタファーであると実感できる。


第一位決定戦の宮下VS藤沢(1959年9月10日)を
並べた時も、ここまでは消耗しなかった。
手数こそ318手と多いが、劫の絡む攻防で増えた分が多く、
その意味するところは分かりやすい。

ところが45期の第3局は、手順を追っていると、
あちこちに手が飛ぶので分かりにくい。
部分の攻防は、むしろ分かりやすい部類なのに、
ひと段落ついてからの次の一手が、読みを抜けてくる。

棋譜並べは、単に番号を追いかけているのではなくて、
その意味するところを考えながら打っているので、
分かりやすい手が多ければ超手数の棋譜でも並べやすく、
中押しの棋譜でも意味が分かりにくければ並べにくい。


複雑で難解、だからこそ面白い。
アマチュアでも分かりやすい俗手と、
流石はプロと唸らされる妙手のマリアージュは、
とりわけ左下の攻防に現れていた。

黒(芝野)の107が妙手と新聞解説に書かれていたが、
打たれて成程、白(井山)の出切りは成立しているのに、
あれよあれよと中央の白石を取り込んで、
黒が優位に立ってしまった。

そこからは白が、もがき続ける。
どうにも意図の分からない手が続いていたが、
クライマックスで特大の罠が仕掛けられていた。


井山さんと数々の死闘を繰り広げてきた山下さんは、
逸早く罠に気付いていて、対処法も分かっていたが、
そこへ踏み込んでしまった芝野名人。
嵌まったのか、敢えて踏み込んだのか、
どちらともつかない状況で、緊迫感が凄い。

あれよあれよと駄目を詰められて、
気が付けば恐ろしい劫に至っていた・・・。
意図の分からなかった手の数々が、
この罠に繋がる仕掛けの一部だったと知って、戦慄。
右辺の白を見捨てた時点で、何かあるとは思ったが、
それより前、左下の手は、単なる劫材のアヤだと思いきや、
天下分け目の劫における伏兵だったのである。

かつて、5手寄せ劫を詰め切った対局を思い出す。
「3手寄せ劫は劫に非ず」との格言がある世界で、
それより2手も多い寄せ劫を、ネックハンギングから
急激に絞り込んだ衝撃たるや。


芝野名人は、逃げ切りではなく真っ向から受けて立った。
嵌まったのか、敢えて踏み込んだかは、あまり問題ではない。
負けていれば大問題だが、勝ったのだから、
がっぷり組んで戦える証明にもなっている。

2局目の後、これで3局目も名人が負けるようなら、
単純に勝ち星として苦しいだけでなく、
格付けされてしまう懸念があったが、
踏みとどまり、切り返した内容だった。


・・・が、それでも4局目を制したのは井山裕太。

1局目は井山優勢を、あわや逆転まで追い込み、
2局目は芝野優勢を、終盤のミスで逆転され、
3局目は芝野優勢からの、終盤の怒涛を名人が勝ち切り、
ここまで芝野さんが追い上げている印象だったが、
4局目は、井山さんが終始押していたように見えた。

とりあえず並べてみたが、3局目のように疲れることもなく、
特濃の後に薄味という、胃に優しい展開。
危うい石でも、頓死でないと読んだら、
敢えて手を抜いてオイシイ実利を稼ぎ、
相手の攻撃を捌き切って勝つ、というのは、
井山さん本人も言うように、らしい内容だったと思う。

「大石死せず」の格言通り、死ぬような石ではないが、
今朝の新聞解説を読むと、やはり生きるだけなら
もっと容易く生きることが出来ていた。
しかし確かに私でも、その屈服は選びにくい。
プライド以前に、「ほとんど生き」と「確定の生き」は
違うだろうと思うからだ。

芝野さんは逆に、彼らしからぬ焦りの見える盤面。
井山さんから、絶対の受けをあまり引き出せず、
あちこち危うくしてしまっている。

とはいえ、私が疑問に思っていた白118は、
途轍もない読みに裏付けられての選択だった。
119が先だろうと思い、次の黒が119に膨れたので、
猶更そう思ったのだが・・・事は私の想像を超えていた。

なるほど確かに、中央上の白石は危ういとは見ていたが、
そんな攻め合いになるとか思わないじゃないですか・・・。
何なの、これぇ・・・?


表面だけ見ていると、圧倒的な4局目だったが、
解説を読むと、芝野名人は、崖っぷちという感じではない。
まだ土俵際くらいだろう。

3局目を、逃げ切らずに真っ向から勝利したのも事実。
決して力負けしているわけではないと思う。
井山さんの有利は明白ではあるが・・・。

なんにしても、見ている分には楽しい。
いつでもファンは気楽なものである。






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