遊戯王に見るNTR要素

「子供向け」と「子供だまし」の違いは何なのか。
それはアダルト要素の有無ではないだろうか。

言うまでもないが露骨な表現を避ける「配慮」は、
表現の幅を広げるメリットがある・・・が、
アダルト要素そのものを子供に触れさせない「排除」は、
子供を守るのではなく、馬鹿にしているだけだ。

永井豪が「子供向け」に残酷なマンガを描いてきたのは
昔も今も称賛に値する功績であるし、
ポケモンやマリオなどに見る「黒い任天堂」まことに結構。
秋刀魚は、黒く焼けた皮を剥いで食べるのが最も美味い。



堅苦しい前置きはさておき、順番に見ていこう。

まずは原作遊戯王、言わずもがな
遊戯とアテムの間で揺れる杏子の恋心である。
弟のように見ていた存在が、突如として男らしくなり、
ギャップ萌えに心ときめいていたが、
別人だと言われて混乱する、ここに滾る!

アテムに対しても、Rで天馬夜行が指摘しており、
(41話の「さらに真崎杏子も~」のセリフ)
あらためて考えると闘いの儀は、
杏子を巡る決闘の意味合いも含まれているのでは?


しかしアテムは、杏子を憎からず想っているとしても、
より遊戯のことを想っているので、
相棒と杏子がくっつくことを望んでいる節がある。
ゆえにNTRとしては弱いかもしれない。

どちらかというと孔雀舞の方が
肉欲的な強みもあって、ヒロインとしての強さにも繋がる。
城之内との好敵手で恋人未満な、曖昧な関係に
やきもきさせられる甘酸っぱさが前提として、
闇マリクに受けた凌辱の数々は、肉体的なだけでなく
精神的な責め苦としても高得点である。



続いてGX時代は、ユベルを置いて他にはあるまい。

ここで重要なのは、
十代がユベルに寝取られたわけではない、という見方だ。
俯瞰で観ると、むしろ逆・・・

・・・GXをユベルの視点で再構築すると、
記憶を消されて「みんな」に寝取られた十代を
愛の力で取り戻すというストーリーになる。

ユベルが真のヒロインである、という評価の根拠は、
この「記憶を取り戻して闇のボスに挑む」という経緯が、
まさしく遊戯とアテムの関係と重なるからでもある。
(ついでに言うと、それぞれの一人称も共通)



5Dsでは、ディヴァインおじさんと遊星の間で揺れる
十六夜アキが挙げられる。

人格の二面性を持つのがアキという決闘者であり、
悪の部分はディヴァインに惹かれ、
善の部分は遊星に惹かれている、というあたりが、
これまたNTRとして評価を高めている。

おじさんは少年を責める方が好みらしいが、
アキと夫婦になることも吝かではないはずだ。

遊星が寝取る側であるのも、
恋の女神は善悪ではなく勝利者に微笑むという、
デュエルモンスターズらしい展開でもある。


しかし5Dsで寝取られというと、
やはり機皇帝に吸収されるシグナー竜がメインであろう。

苦楽を共にし、物語で重要な位置づけを持つだけに、
精神的な面でポイント高いのは勿論のこと、
触手を絡ませて無理やり取り込むレイプ感は
夢の鏡さながらの肉欲的な場面でもある。

特にスカーレッド・ノヴァが取り込まれて
遊星の敵に回ってしまうくだりは、
ジャックが病室で喘いでいるのもあって、滾る。
こうした「抵抗」にこそNTRの良さがあると思う。



ZEXALにおいては、NTR入門編として
神月アンナ登場エピソードは
これまた遊馬が寝取る側という格好になっており、
つくねゆうや(?)が可哀想なのもあって
食欲が抑えきれんでゲス。

しかしそれは真ゲスの前哨戦でしかなかったことが
ベクターによって明かされた真実であった。


運命的な出会いを演出し、
普段と二人っきりで関係性を変えるプレイで
徐々に遊馬を精神汚染していくメンタル面の高度さは、
アストラルに内緒ってところが、分かってる超わかってる。

ついにはデッキに5枚のVカードを入れてしまい、
デッキを凌辱された挙句にアストラルからも詰問され、
「気ン持ちイイくらい思い通りに動いてくれるなァ!」
などという、たいへんエロいセリフも相まって、肉欲的。

ベクターがアストラルから遊馬を寝取る経緯は
今なお歴代遊戯王で最高のNTR展開であります。



具体例としてNTRをテーマに纏めましたが、
NTRに限らず、残酷な要素を排除しない、
(敢えて入れなくてもいいが存在を否定しないでほしい)
というのが面白い物語を作り出すのですね。






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