エキスパート・エラーの具体例

手に入れた赤本をパラパラと読んでいて、
ひとつ興味深い文章が目に入った。

自分が知っていることは、他の人も知っていると
想定する傾向がある、という内容だった。

幼児に顕著であるが、大人になっても完全には抜けきらない。
例えばスマートフォンを使い慣れている人々に、
初めてスマートフォンを使う人が、
どれくらいの時間で使いこなせるかと予想させたら、
実際よりも遥かに短く見積もる、というような事例だ。

知識にしろ技術にしろ、
自分が知っていることや出来ることほど、
他の人にとっても既知である、簡単である、と思い込む。


例えば私は記事タイトルに「エキスパート・エラー」と書いた。
この単語の説明なしに、文章を書き始めている。
あたかも万人にとって既知であるような書き方だ。

「赤本」「スマートフォン」も、
それを知らない人にとっては、本当に何のことか分からない。

私は幼い頃、赤本は召集令状(赤紙)を束ねた本だと思っていたし、
大人になってからも、スマートフォンという単語を初めて聞いた時は、
シフォンケーキの仲間かと思ったものだ。

「AI」「フレーム問題」これらも専門用語である。
更に言えば、この文章を書きながら、
私が読んだ赤本を読者が既読であると想定している感覚が、
なるほど確かに存在している。




塾講師をやっていて、生徒や保護者が
あまりに受験のことを知らなさすぎると思うことは多い。
これは学力が高いか低いかとは、あまり関係ない。
むしろ学力の高い生徒が、何故か極めて自己評価が低くて
首をかしげることがあったりもする。

例えば二次試験レベルの問題を普段から解いている生徒が、
センター試験、共通テストを、取り組んでもいないのに
今の自分には全く歯が立たないと思い込むような、
おかしな現象が実際あるのだ。

分析として、親や教師からネガティブなことを言われて
負のピグマリオン効果で自信を失っているのもあるだろうが、
そもそも、「知らない」ことの不安は
「知っている」側が思う以上に強く意識にこびりついている、
ということを想定しなければならない。


すなわち、客観的な事実を伝える際に、
いかにして不安を取り除くような伝え方をするか、
ということが重要になってくる。

センター試験、共通テストに取り組ませれば
かなり高い点を取れそうな生徒であったとしても、
不安に囚われた心は、取り組むこと自体を渋る。
そんなときに、取り組むように「説得」しても効果は薄い。

こういう場合、まずは「見せてみる」ことから入る。
安堵したら御の字、取り組みたくなる意欲が見られたら万々歳。
まさに「百聞は一見に如かず」である。

それでも不安が払拭されない様子であれば、
また別の方法を考えることになるだろう。

いずれにしても、「知らない」ことから生じる不安が、
極めて強いことを意識しながら、指導していきたい。






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