コッペリオンの大先輩

低気圧に頭を悩まされている中で、
そういえばと浮かんだのは、ゴジラのことでした。
台風中継さながらのゴジラ中継を思い出して、
久々に第1作を観たくなったわけですが、
やっぱ面白いなあ・・・。


私の子供時代、ゴジラという存在は既に
人類の味方みたいになっていて、
それゆえに当時、第1作を観た時の衝撃は忘れられない。

流石にリアルタイムでは生まれてないですが、
確か、オキシジェン・デストロイヤーへの関心から、
親のどっちかが、じゃあビデオ借りようって経緯だったような。

意外とゴジラの登場シーン自体は少ないのだけれども、
見えざるままに振動や足音での恐怖は
ジュラシック・パークさながらのホラーがあり、
しかもこちらが先発であるのは驚きだ。

恐竜としてはジュラパーの方が
(後発なのもあって)洗練されているが、
しかしゴジラは怪獣ゆえに山越しに首を出すシーンがあり、
これはラプトルは勿論、レックスらにも出来ない。
ゴジラの恐怖を印象付けるシーンとして、
この山越しにこちらを見下ろす場面は逃せない。


注目要素としては、芹沢博士。
前情報から好きそうでしたが、やっぱ好き。今でも好き。
やはり科学者たるもの、
常軌を逸した狂気と、常軌を逸した倫理観を、
兼ね備えてこそですよねええええええっっ!!(力説

イカれた奴は好きだけど、イカれてるだけの奴は好きじゃない。
苛烈なまでの倫理観を備えながらも、探求心に溢れた、
知性に貪婪な者こそが・・・好み・・・!
眼帯は伊達じゃないんだけれども、伊達じゃないから良い。
ゲバルト・リヒターとかもね、好きなんだよね。

「エンバーミング」のDr.リヒター(父)は、
初期案の良き父親としての性質を維持したままで、
ああいう感じだからこそ良いのですよ!(力説
涙ながらに「不可能だ」との語りや、
回想での「存外~」とかね、そういうマトモさあってこそ。


博士以外にも、国会討論の「馬鹿者!」とか、
ゴジラ中継の「さよなら、さよなら」とか、
ちょっとだけ出てくる人々も何かとキャラ立っていて、
それらも含めて好きなんだよなあ・・・。

1954年の世相なので、今から見ると
SF時代劇めいているのも味わい深い。

ちなみに、お馴染みのBGM、まだ歌詞は無い。
例の歌詞は、ゴジラ以外の怪獣も出てくるので当然ですが。


「マグマも砕けるぞ」の意味が明かされるのが、
84年版とビオランテ。

2作目を観ようとして、直接の繋がりは84年版だと知り、
じゃあ、そっちから観ようとなったわけですが、
成程つくづく「コッペリオン」の原形なんだなあ・・・と。

これ観ながら「ゴジラVSコッペリオン」を脳内制作し、
脳内シアターで同時視聴していた程に、
とても・・・コッペリオンです・・・(道下

思えば冒頭の巨大化したフナムシは、
二年生のミジンコのモデルでもあるわけか・・・。

小津(姉)の生体探知スキルの元ネタも、
まさかのゴジラのスキルだったとはね。
それを利用して、火山に誘導して沈めるあたりは、
芹沢博士なき世界での工夫、あるいは苦肉の策か。


やはりと言うべきか、生きていたゴジラ。
84年版ラストからの繋がりは、
「ジュラシックワールド」と続編の繋がりや、
「スピーシーズ」の2と3でも同じ手法があるが、
地味ながら好きな手法だったりする。

ビオランテは、ゴジラシリーズで
いっとう好きな怪獣だったりする。
なんてったってデザインがグロテスクで好み。
子供心に弩ストライクでしたとも。

あらためて観ると、子供らが揃って
ゴジラの絵を描くホラー演出や、
ビオランテがゴジラを喰らおうとする場面の
エロティックさなど、なかなか面白い。

まあ当時から、ドラスがZOを吸収するとか、
シャダムがガラとザイドスを泥人形にして
パワーアップする類の場面に興奮する子供でしたが、
今でも子供心を失ってないよ・・・。


そりゃまあ批判点は色々と言われているけれど、
ビオランテのグロテスクな美の前では
些細なことじゃないかな・・・?

いや、まあね、私としても、子供の頃だったら
「子供だましの話だなあ」と思うだろうけど(嫌な子供だw)
娯楽作品における科学知識や、政治、倫理なんて、
この程度でも構わないと思うのですよね。

ストーリーのメイン部分が、どうしても
「ミュウツーの逆襲」の劣化版に見えてしまうのも、
先発の不利ってのもあると思うわけで。

だいたい人間パートとか、そんな重要とは思えない。
芹沢博士が例外中の例外であって、
基本的に私、怪獣映画で人間に注目しないのですが・・・。


・・・役者をディスってるとかではなくて、
それ以前の問題として、相貌失認を患っているゆえに
実写の人物が見分けにくいってのがある。

どのくらい見分けにくいかっていうと、
死んだ娘とエスパー少女の見分けがつかなくて、
あれ、生きてた?と勘違いしたり、
若い男ら3人か4人?の見分けがつかなくて、
なんか場面によって性格が変わるなあと思っていたら
別人だったというオチが待っていた。

冗談でも何でもない。
かつては相貌失認という言葉を知らずに、
この世界の「作者」は人物の描き分けが下手だと
文句を言い続けていたものだったが、
BJ心眼やサイコドクター続編を読んで、
そうした概念を知った。

特に後者の深沢霧子は、後天性であることや、
「アニメ絵なら顔認識できる」という場面に
激しくシンパシーを覚えたものだった。
(ついでに男の好みも似ている・・・w)


流石に顔がカオスに見えるわけではないので、
日常生活に支障はない(あっても軽度)が、
毎日のように会っている人間の顔を
そらで思い浮かべることすら困難だ。

まして実写動画など、若い男、若い女、というだけで
見分けるのが難しくなってしまう。
できなくはないが、そうしている間にも話は進むので、
話の筋が分からなくなってしまう。
これでも矢口高雄の父親よりはマシだろうが・・・。

動画の場合、一時停止があるので、まだ救いはある。
とはいえ人物が見分けられない度に
イチイチ止めるのも鬱陶しいし、
なんてったって怪獣がメインなのでスルーしている。

芹沢博士の萌えアイテム「眼帯」が、
単なるファッションでないのと同様に、
私にとっても人物の見分けを「一瞬で」(ここ重要)
つけられる生命線でもあるのだ・・・。


ビオランテ好きな理由も、
一瞥でビオランテだと認識できるデザインなのが殊の外
重要なファクターとなっているのは疑いようもない。

触手が既にカッコいい。形態変化がカッコいい。
弦楽器と生命工学を暗示する名前がカッコいい。
名前の拘りって凄く重要。
オキシジェン・デストロイヤーは
名前のカッコよさでゴジラに勝利したと思う(真顔

後発の兵器は、どうもネーミングがなあ・・・。
単語のチョイスや組み合わせ自体ではなく、
意味づけとか何とかグッとくる何かに欠けている。
中二が足りぬわ!(ピューロ風に
(※「中二」は「ちせい」とルビを振りましょう)


それにしても、1作目はゴジラ海に消ゆ、
84年版ではゴジラを火山に誘導、
ビオランテは光になって天へ・・・と、
ジョジョの1部2部3部ラストと
偶然かもしれないが似通っている・・・。

いずれにしても、数多くの作家に影響を与え、
名作を生み出しているのは、疑うべくもない。







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