佐久間と山田のけだるい日常 第七十七話 ~傲慢~

「いやまったく、私は私に生まれて最高だな。」
打って変わって爽快な様子の佐久間闇子に、山田は「そうかい」とだけ言って流そうとした。
「この世に私に生まれるほどの幸福は他に無いと思う。異論は認めない。ブラック!」
特に意味の無い叫びを語尾に付け加えて、佐久間は右手の異次元ポケットから包み紙を取り出した。
「そんな私からチョコレートを送られる山田は、とてつもない幸福な男だ。」
丁寧にリボンで彩られた直方体。
赤みのかかった顔で、俯き加減に両手で渡される光景。
全国おっくせんまんの男子が夢見るであろう、バレンタインデーのワンシーン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし山田には、時限爆弾の入った小包を受け取るが如くの恐怖だった。
料理が下手なわけではない。佐久間の料理の腕前は、店が開けるほどだ。
だからこそ、単に料理が下手という領域を超越した、とてつもない嫌がらせが可能なのだ。
「手作りだぞ♪」

てづくり。それは、市販されている造形の整ったチョコレートを、煮え滾る水で無惨に崩壊させ、跡形も無くなったそれを双腕にて弄び、更には暗くて冷たい部屋へ閉じ込め、物言わぬ物体となるまで放置する鬼畜行為―――

・・・などというテロップが咄嗟に流れるほどに、山田は危機感を感じていた。
生命の危険に、鼓動が高鳴り、嫌な汗が止まらない。
「嬉しいなっ。そんなに緊張するほど喜んでくれるなんて♪」
口調がいつもと違う。それが山田の恐怖を加速させる。
ただ恐怖する顔を見たいだけで、中身は何てことない普通の手作りチョコだったとしたら、どんなにいいだろう。
それだけで生まれてきた喜びを噛み締めてしまいそうだ。
(だが、そうはならない・・・)
いっそ料理が下手だったら。せいぜい黒焦げの、まあ食べられなくはないものを食するだけだ。
美少女からの、「ごめんね、こんな美味しくないもの食べさせて・・・」みたいな言葉があると、いっそう萌える。
そんなことを口には出せない山田だが、人並みに憧れるシチュエーションではあった。健全な20歳である。
「どうしたの? 開けていいのよ。」
聖母のような、慈愛に満ちた笑顔が、地獄の悪魔よりも恐ろしい。
甘酸っぱい砂糖菓子のような声が、拷問で殺される人間の断末魔よりも胸に刺さる。
「あ、ああ・・・」
山田が躊躇っていると、佐久間は自らリボンをほどいて自分の髪に装着し、包み紙を開き始めた。
(死刑執行を待つ罪人の気分とは、こういうものだろうか・・・。)
そろそろ山田は悟りの境地に辿り着こうとしていた。
人間とは。人生とは。その壮大な答えに、恐怖というガソリンで加速した山田の精神は、達しようとしていた。
(生きたい・・・! 俺はまだ、死にたくないっ・・・!)
包み紙の中には、何の変哲も無い小箱があった。
それが開かれ、やはり見た目には至極まっとうな手作りチョコが、可愛らしく存在感を主張している。
プラスチックの棒に刺さった、かなり正確に球形の黒球。同じく白球。黒と白、2つずつ。そして緑が1つ。
「・・・・・・・・・・。」
そこに、色とりどりの“何か”が塗されている。
カラーのチョコだと思いたい。思いたいのだが。
「はい、あーん♪」
黒球が差し出される。
美少女からの「あーん」・・・やはり全国おっくせんまんの男子一生の夢であろう。
しかし山田には、哀れな獲物を丸齧りせんとす、捕食者の悦楽に見えた。
「・・・ん。」
意を決して食べる。食べるしかないのだ。自分には、それ以外の選択肢は無い。
それは、どういうことか?

話は去年のバレンタインまで遡る。
いつものように佐久間は“手作りチョコ”を用意したが、更に前の年に酷い目に遭ってるので、拒否。
すると佐久間は、しくしく泣きながらチョコをゴミ箱に捨てた。
それだけなら何ら心が痛むことはなかったのだが、悲劇は夕食に訪れた。
・・・そう、夕食は全て“手作りチョコ”だったのだ。ゴミ箱を見ると、チョコは消えていた。ホラーだ。
そのとき、山田は思い知った―――

「佐久間闇子の“手作りチョコ”は“増殖”する」

食べることを拒否すればするほど、倍々どころではないペースで数が増える。
それが佐久間闇子の“手作りチョコ”なのだ。

乙女心・・・それは、1ミクロンの傷も許さず、その傷が癒えるまで男に際限なく恐怖を与え続ける殺戮兵器。
これに比べれば、普段の下品な言動などは看過・・・は出来ないが、まだマシだ。
(誰か俺に、生まれてきた意味を教えてくれ。)
天国の両親に、山田は助けを求めた。
しかし現実は無情。彼の口いっぱいに、チョコレートの吐きそうなほどの苦味が広がり、それだけなら天国の範疇だが、やはり佐久間の“手作りチョコ”は人知を超えていた。
(・・・っ、な、何だ・・・・!? 得体の知れない恐怖、不安、苦痛、世界の全てが憎くなるような感覚、生まれてきたのが申し訳ないほどの絶望感! うああ・・・・生きてるのが嫌になってくる・・・・!)

「どうやら、“負の感情いっぱい詰めたゾ♪チョコ”を引いたようだな。」
ネーミングの酷さに言及してる場合ではない。
これが、このチョコの“効果”・・・。
同じようなものが、まだ4個も残っている。ゴールが遠い。
「はい、あーん♪」
2個目は白いチョコ。どうやら緑がラスボスか。
山田は心が折れそうになりながら、それを口に入れた。
苦くて酸っぱい、しかもドングリのように渋く、えぐみが口を陵辱する。それだけならば幸運だ。
(うぐっ・・・・!?)
それは唐突に蘇った。山田の名誉の為に詳細は書かないが、いわゆる黒歴史というやつが、次々と脳内に蘇ったのだ。
(ぐわああああああ!! 誰か俺を殺してくれええええ!!)
あまりの恥ずかしさに死にそうだ。
去年はメラとかギラとかホイミとか、ドラクエ系の魔法が仕込んである“ロシアンルーレット”だった。おかげで口の中が徹底的に破壊されて、しぶしぶ八武の世話になった。
八武に治療してもらったのが佐久間の気に障ったらしく、今年は心理攻撃チョコということか。

「その様子だと、“どっきり☆黒歴史チョコ”を引いたようだな。」
ネーミングが腹立たしい。
山田は殺意で恥ずかしさを相殺し、次なるチョコを待った。
もはやそれは、チョコと呼ぶべきではないのかもしれないが―――

「あーん♪」
もはやトラウマになりそうだ。
見た目だけなら100パーセント萌える光景だけに、山田は世界を呪った。
(ぐっ・・・・・・)
セメダインのように過度に粘りつく舌触りと、そのへんで拾ってきたカエルでも混入したかと思う泥臭さ。
味の方も、段々と酷くなってきている。もはや百歩譲っても地上へ落下してるレベルだ。
(うっ・・・・・ごげっ・・・・・・・水道水が好きだ! 水道水を愛してる! 何故こんな感情が湧いてくるんだ! ああ、わかってる、このチョコの効果だ!)
幸いにも、その効果は3分で切れた。
頭がおかしくなりそうな、永遠とも思える3分間だったが、佐久間基準では幸いとなる。とてつもない幸福だ。

「あーん♪」
4個目の黒球。
もはや山田の心は限界だった。


- - - - - -


気が付いたときには、家屋は半壊し、それどころか周りの建物まで被害は及んでいた。
おびただしい破壊の爪跡には、よく知る拳の痕跡がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が、やったのか?」
「その通り。“ウォータースピリットチョコ”に続いて、“バーサーク怒りの鉄拳チョコ”を食ったお前は、3分ほど暴れまわった。3分しか効果が続かないのが、このチョコの欠点だな。」
その3分を佐久間にも味わってほしいと切に願いながら、山田は体を起こした。
「さて、最後の1つが残っている・・・。あーん♪」
どうして暴れたときに、その忌まわしい物体を破壊しておかなかったのか。山田は自分を呪った。
愛らしい光景が、遠い。
ここで逃げたところで、行く先々に緑色のチョコが出現するのだろう。お約束だ。
どういう科学的原理があるのかはわからないが、佐久間闇子は必ず実行する。現実は理論に先んじる。
きっと自分は緑色を嫌いになるんだろう、これから抹茶も飲めないな・・・と覚悟しながら、山田は口に入れた。
(げええ・・・・・・がっ・・・・・うぐっ・・・・・・・・)
それは不思議な味だった。甘さ、辛さ、酸っぱさ、苦さ、渋さ、しょっぱさ、それらが絶妙な不協和音を奏でる。
いかなる食材を、いかなる配分で加えれば、このような味になるというのか?
しつこすぎる甘み、だだっ辛いだけの辛さ、腐敗してるかのような酸っぱさに、薬品の苦味、濁った渋み、へばりつく汚染海水の塩味・・・それらが絶え間なく押し寄せてくる。
味だけで心が死にそうだ。
山田の心は泣いている。わあん、わあんと、泣いている。
そして本番がやって来る。
(うっがあああ!! 憎い! 憎い! この世界が憎い! そして水道水が大好きだ! 恥ずかしい! 何もかも考えずに暴れたい! ぐうううう、抑えろ、抑えろ、ああああああ嫌だ、抑えるのも嫌だという衝動が!! ちくしょう、負けてたまるか!! 3分、3分だ! この地獄を耐えろ3分! 俺は出来る、俺は出来る!!)


- - - - - -


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・また、やっちまったのか・・・。」
広がった被害を見ながら、山田は大の字に寝そべった。もう起き上がる気力も無い。
とりあえず、明日から謝罪と修復を始めよう。今日はもう動けない。

「ホワイトデー、楽しみにしてるからな。」

その言葉で山田の心は、ぽっきりと折れてしまった。
明日までには、彼の心が再生しますように・・・。




   第七十七話   了

"佐久間と山田のけだるい日常 第七十七話 ~傲慢~" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント
2020年08月
                  1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31               

過去ログ

テーマ別記事

最近の記事

最近のコメント

QRコード