遊戯王のマンガとアニメ

マンガとアニメは表現媒体として相互互換である。
個人的な好みとしてはマンガに軍配があがるが、
それは好みであって互換性ではない。
たとえ好みの優劣があったとしても、
片方だけでいいとは思えない。
ゆえに互換性での上下は無いのだ。

そもそも表現媒体としての文法が異なるし、
アニメ化されてないマンガや、
アニメのみ存在する作品は、いずれも多すぎるので、
こうした比較を論じること自体ナンセンスかもしれない。


しかし、この価値観を前提に置きつつも、
フィルムコミックに関しては、
どうにもアニメの下位互換という印象を拭えない。
「マンガならでは」の表現が損なわれている、
とでも言えばいいのだろうか。
資料としてはいいが「動いているように見えない」。

私には基本的に、マンガの絵は動いているように見える。
別な言い方をすれば、絵画的に整っていても、
止まっている絵は「マンガとして」上手いとは思えない。


フィルムコミックは極端な例だが、
先程述べた「文法の違い」は、広範な問題を孕んでいる。
マンガをアニメ化した場合、
原作に忠実かどうかは、ひとつの焦点ではあるが、
ここでいう「忠実」とは、「逐語訳」ではない。

キャラクターの根幹を損なってはならないのは勿論だが、
逐語訳では、後出しが下位互換になってしまうことが多い。
原作マンガを忠実に再現、とか、
アニメを忠実にコミカライズ、とか、
そうした謳い文句は、たとえ嘘ではなかったとしても、
真贋は中身を見るまで分からないものだ。
(もちろん成功例も多くあるので、文字通りの意味)



前置きが長くなった。

遊戯王の公式作品の中で、唯一Rが原作と比肩するとは、
そこらかしこで語ってきたが、
かといって他が駄目ということはない。
不満があることは、必要性の有無と結ばれない。
(だいたい不満なら原作にもある)

妹の友人が「プリキュアは初代しか認めない」と
言ってたのを聞いて、悲しくなった私が、
まして遊戯王を初代しか認めないことがあるだろうか。
いや、決してない。

DMに関しても色々と語ってきたので、
今回はGX以降での、マンガ主体の話に絞っていこうと思う。
(アニメまで総括すると凄い長くなりそうなので)


マンガGXは、まずはオリジナルキャラクターの魅力だ。
“毒のある女”小日向星華や、“堕天使使い”響先生は、
ユベル無きマンガ版に漆黒の花を添えてくれており、
レジ―やデイビットのキャラ立ちは言わずもがな。
特にデイビットは「Meの勝ちじゃないか!」のインパクト。

オリキャラではないが、三沢大地は
最早マンガ版のオリキャラと言われるほどのキャラ立ちなのも
なかなかの好ポイントである。

オリキャラの魅力として、アニメの補完として、
その到達点にあるのがラスボスことトラゴエディアだ。
さらりと原作と繋げているのも好ましいし、
なんといっても、こいつの価値観は誰よりも
GXのラスボスとして相応しいと思う。

復讐だけに留まらない、愉快な性格が既に好きだが、
「デュエルを楽しむ」という、十代の価値観そのままに、
邪悪な敵として立ちはだかるというのは、実にオイシイ。
覇王は十代の性質が、そのまま強くなったに過ぎず、
真に十代の影法師と呼べるのは、このトラゴエディアなのだ。

言わずもがな、プラネットシリーズの魅力も外せない。
シリーズカードとして、コレクター魂が燃え滾るのは勿論、
太陽のカードは、いかにも遊戯王らしい。
アニメGXではオミットされていた、神話的な背景を、
きっちり持ってきていて嬉しく思う。

全体的には駆け足だったり、内容が薄い部分もあるが、
そうした不満はアニメを観れば解決するので問題ない。


神話的な背景というのは、遊戯王において
私が重視している要素の1つである。
リアルタイム当時、GXに馴染めなかった理由に、
神話要素のオミットは、殊の外でかい。

遊戯王らしさ、という基準においては、
5DsはGXより原作に近いと思っている。
そしてそれは、マンガ版でも発揮されている。
すなわち赤き龍がラスボスとして立ちはだかる展開だ。

アステカ神話では基本、ケツァルコアトルを善の最高神とし、
対立するテスカトリポカを邪神とする。
ダークシグナーに力を与えたという「冥界の神」は、
水の中に放り込まれたテスカトリポカの如き様相だった。

しかし別な系列においては、ケツァルコアトルは
「白のテスカトリポカ」とされており、
邪神のテスカトリポカは「黒のテスカトリポカ」だ。
(他に、青と赤が存在し、この4柱を創世神とする)

すなわち、ケツァルコアトルとテスカトリポカは、
同じ存在の異なる側面と見ることも出来る。
白と黒は、そのまま昼と夜だと考えれば、
テスカトリポカは豹による食害のメタファーであろう。


無論だが、キャラクターに関しても評価点は多い。
オリキャラのセクトは中々に味のある人物だが、
遊星の、アニメでは描かれていなかった側面を
浮き彫りにしている関係性としても興味深い。

アニメ5Dsが「絆」をテーマとしているならば、
マンガ5dsは「孤独」をテーマにしている、
あるいは「個」であろうか。

「孤独に怯え震えないで」の言葉通り、
仲間とは、待っていてくれるだけで心強い。
そして孤独とは、「孤高」の1ピースでもある。

個人的には、龍亞、龍可、この双子の改変が
かなり好きだったりする。
これまたアニメではオミットされていた、
子供の無邪気な攻撃性などを織り込み、
それでいて根幹を見失っていない。

マンガ版を読んだ後に、あらためてアニメを観ると、
イェーガー副長官の「狂気」が
コミカルさの中に垣間見えるのも楽しい体験だった。


ゼアル、アークVに関しては、
アニメとマンガいずれも、評価が堕ちるのは否めない。

とはいえ、マンガZEXALに関しては、
例の三人衆(特にコロン)の存在や、e・ラーといった、
やはりオリキャラの輝きは評価できるし、
総じてデザインの拘りにおいては
マンガGX、マンガ5Dsを凌駕していると思う。

単純に、アニメで出しきれなかった
ナンバーズ補完という意義は当然あるし、
その他オリカの面白さも拾っていきたい点だ。

マンガARC-Vは、アニメよりはマシかな、という程度。
最初はアクションカードの制限など、良い感じだったが、
どうにもアニメの不出来に引きずられてしまったか。
部分的に面白いカードはあるのだが・・・。


・・・さて、セブンスのマンガ版、というか、発明学園。
これは確かに評価に困る。ええ・・・?(困惑

良し悪しや好みを別にしても、とりあえずアリかな。
遊戯王ではないな、とは思うんだけれども、
ここまで別物だと、別物として読めるというか。
絵柄からして全然違うからなあ・・・。

そしてラストの破壊力ずるいwww
召喚シーンって、そういうことかwww

超展開ではなく、むしろ唯一のデュエル要素なんだけど、
まんべんなく違和感を振りまいた末に
キレのあるギャグで不意打ちかけてくるっていうね。







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