佐久間闇子と奇妙な世界

アクセスカウンタ

zoom RSS マンガで見る同性愛

<<   作成日時 : 2009/01/28 06:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

本来は佐久間たちを呼んで雑談形式にするのが良いのかもしれないが、これを書くことを思い至ったときに佐久間たちがいなかったので、私一人で書くことにする。すなわち、およそ私一人の主観で構成され、私一人の感覚でものを言う。

昨今はBLが大流行し、マンガにおける同性愛の位置は革新的とも言える変化を遂げている。一昔前ならば、同性愛は変態であるように描かれ、単なる笑いものにされてきた。そういう風潮が支配的だったことは否めない。
「Intorlerance... あるいは暮林助教授の逆説」にあるように、あの川原泉でさえ、マンガの中で「性的に倒錯したバイキン君」というセリフをキャラクターに言わせているくらいだ。およそ当時のマンガで同性愛を扱うとき、それを肯定的に描いた作品はごく少数ではないだろうか。(このセリフは今でも私の心の中に重い塊として巣食っている)
ちなみに川原泉の後の作品で、「メイプル戦記」というのがある。ここでは同性愛は肯定的に描かれており、作者の成長が伺える。正確に言うと、肉体的な同性愛であり、精神的な異性愛である。神尾瑠璃子は肉体は男で精神は女である。肉体性別と性自認が一致しないのはよくある話だ。俗語では「オカマ」「オナベ」と呼ばれ、蔑みの意味でも用いられた。正式には「トランスジェンダー」と言うらしい。だから、精神的な同性愛を肯定的に描いたとは・・言えないような気はする。

今でも同性愛者を笑いものにし、ギャグとして扱う風潮は存在する。BLの流行がそれを打ち消している側面があり、かつてを知る者の印象としては、かなりマシになった。
かといって、同性愛者に対する差別は厳然として存在し、BL自体も差別を打ち消す面と助長する面がある。それはBLそのものが持つ側面ではなく、作者の思想や人格の問題だが。今市子の「萌えの死角」など、それなりに興味深いが、読んでて胸くそ悪かった。(2009/02/06追記:あらためて読み直したが、同性愛に対する差別を助長するという意味で嫌悪したのではなく、新しい感覚に対する頭の固さが「今時の若い者は・・」とかほざく年寄りとかぶるように見えたからかもしれない。あと、そのときの私の精神状態が良くなかったかもしれない。今読み返したら、そんなに腹が立たなかった。・・・自分で頭を柔らかくしろと言っておきながら、なかなか私も頭が固い・・。)
およそマンガでは実際には殆ど存在しないような人物が描かれる。「男はかっこよく、女は可愛く」という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。ステレオタイプな性の扱いがどうのこうのという話はともかく、マンガは実際よりも美化する傾向が強い。それはBLマンガであろうがそれ以外のマンガであろうが変わらない。だから、それを指して「BLは実際の同性愛者を否定している。」と言うのは的外れなことである。
ただし、作者の思想として現実の同性愛者を否定するような実態は厳然と存在する。それが作品にも現れることがあるので、それに対してクレームが付くことは当然ある。それがフィクションの枠内であれば、どれだけ自分勝手に理想を追求しようとも、誰にも文句を付けられる筋合いはない。そんなことは私自身はもちろん、あらゆる作家が普通に行っていることである。しかし、それを現実にまで侵蝕させてはならない。現実がフィクションを侵蝕するのは良くても、フィクションが現実を侵蝕してはならない。フィクションの中で非現実的な同性愛者を描いても文句を言われる筋合いはないが、現実を否定するなら話は別である。
私がオタクとして、これだけは譲れないのは、フィクションに耽溺することはあっても、現実を否定してはならないということである。あらゆるフィクションは現実の存在が作り出していることを考えれば、当然の結論だと思うのだが・・。

・・・話が抽象化してしまった。読者は退屈していると思う。もっと具体的に語ろう。
同性愛について描かれているマンガを挙げていって、それについて考察を述べるという、いつものオタトークである。



◎「PERFECT LOVERS」 〜現実の同性愛者の境遇を垣間見る〜

実は作者と内容だけ覚えていてタイトルは忘れていた。検索しても多分見つからない。渡瀬悠宇作品集「結び屋NANAKO」に収録されている。
それはさておき、あらすじを語る。
《光陽と佳奈は最近倦怠期気味の恋人同士。ある日2人はカーナビの光を浴びて、パラレルワールドへ飛ばされてしまう。そこは、同性愛者がマジョリティーで異性愛者が迫害されている世界だった。2人は警察に連れて行かれ、尋問を受ける。果たして元の世界に帰れる術はあるのか・・?》
続きはマンガで読んでみよう。
さて、ややコメディチックなノリで描かれているが、ある意味では戦慄を覚える作品である。同性愛者というだけで犯罪者とされて処刑される国が実際にあるのを知っているだろうか。その知識を仕入れた上で、読んでみて欲しい。
一つは、同性愛者はこういう境遇にあるということを異性愛者がある程度わかるような作品であるということだ。もちろん日本では流石に道ばたでキスしたくらいで警察に連れて行かれることはない(と思う)が、逆に問答無用で処刑される国もある。
また、同性愛者が迫害されているのは、単にマイノリティーだからということ。決して、生物学的に劣っているだとか、その他学術的な理由ではない。そんなものは単なるこじつけである。単純に数が多い少ないの問題。現代社会は、少数の人間を差別・迫害し、矛盾・軋轢の生け贄とする社会であることは言うまでもないだろう。
渡瀬悠宇作品で最凶と名高いのは「源生花」だと思うが、現実の背景を考えると、「PERFECT LOVERS」も負けず劣らず。前者はSFとして、後者は背景を考えたときに恐ろしい。



◎「如月丸奇譚」 〜我が青春の思い出〜

忘れもしない。これが私が最初に読んだBL作品である。最初は1巻だけ偶然手に入った。BLはおろか、同性愛という単語さえ殆ど意識に上ることが無かった頃の話である。そのときの思いを今の私の言葉で表現すると、こうなる。
「男同士。そういうのもあるのか。」
不快感や嫌悪感は感じなかった。そのときに拒否感を感じていたら、今の私もなかっただろう。佐久間闇子というキャラクターも、今よりずっと弱いままだっただろう。如月丸は佐久間闇子を構成する片羽に等しい。
1巻を手に入れてから数年後、私はまたしても偶然に続きを手に入れることが出来た。クリフォートの目玉が好みだったが、目玉なら「聖ドラゴンガール」の死凶の方が好みである。
考察ではなく単なる感想になっているな・・・。
作品自体の考察がなかなか難しいので、佐久間闇子関連で考察することにする。佐久間闇子のモデルは如月丸と美神令子。共通するところは、金に汚いこと。佐久間闇子が金に汚いのは当然な流れである。私自身の経済学の知識やガッハ・カラカラの影響もあり、佐久間闇子はもはや取り返しが付かないことになっている。自分の作ったはずのキャラクターが、自分の手に負えない存在になっているのだ。「怪談と踊ろう」を彷彿とさせる。
如月丸は本来の姿では無敵に近い能力を持つ。しかし、国津神の趣味で女になり、弱体化した。前世では強大な力を持つが、転生して弱体化した佐久間闇子と似ているだろう。また、佐久間闇子の前世ミクモウは、何となく男っぽい感じもある。闇の世界での性別は子供を産んだことが有るか無いかで決まるので、ミクモウも最初は「男」だったわけだ。ステレオタイプな表現を使えば、佐久間闇子も男っぽい性格をしていると思わないか・・?



◎「るろうに剣心」と「ふしぎ遊戯」 〜二つのプロセス・観柳と氐宿〜

「るろうに剣心」に出てくる武田観柳は、同性愛者の武田観柳斎をモデルにしている。最初は観柳を同性愛者にしようと思っていたが、本編に関連が無いしマニアックなのでやめておいたと、作者がコミックスで語っている。しかし、それを念頭に置いた上で読み返すと、はっきりと明記されてないだけで、やはり観柳は同性愛者に違いないと思えてくるのだ。そこは作者の無意識が反映している一例だろう。

理由1:高荷恵
観柳は女に優しい。・・待った。言いたいことはわかる。私はあくまで、“極悪人にしては”と言っているのだ。アヘンを密売して多くの人間を廃人にし、または死に至らしめる。更に、武器商人となる野望を抱き、人の命よりも金儲けが大事な、誰かさんを思い出させるキャラクターである。そんな彼が、こと女性への扱いとなると、他と比較すれば手ぬるいのである。
まず、恵は観柳の情婦ではないと言っていた。観柳ほどの極悪人が、恵のような美女を前にして手を出さない。これは妙だ。恵は観柳に身柄を拘束されている状態で、どんな要求にも逆らえるはずがない。まあ、好みでないということも考えられるが・・。
また、裏切った恵に対する仕打ちも妙だ。単に感情にまかせてぼかぼかと殴りつける。その後も幽閉しておくだけだ。一般的には許し難い所業だが、観柳ほどの極悪人がやることとしてはヌルすぎる。もちろん後で拷問して秘密を聞き出し、殺そうとは思っていたようだが・・。それを差し引いても、彼が女に甘いことは間違いない。彼の男に対する所業と比べれば、一目瞭然であろう。異性愛者の男で言えば、同性には仲間意識で甘いタイプだ。

理由2:緋村剣心
一体全体、何のために剣心を配下に引き入れようと思ったのか。
戦力? 護衛?
違うね。戦力ならばガトリングガンをはじめとする様々な武器がある。護衛なら蒼紫がいる。諜報においても蒼紫率いる御庭番衆がいる。武力的・運営的な面で剣心を配下にする理由は無い。剣心たちに倒されるような部下など、金を出せばいくらでも補充できる。
ならば、剣心を誘った理由はおのずと見えてくる。考えてもみるがいい。剣心がいつも側にいるんだ。それだけで素晴らしいじゃないか。美形の優男を侍らしたい。観柳はそんな欲望から、剣心を配下にしたかったのだろう。剣心が美形でなかったら、問答無用で蒼紫に始末させようとしたはずだ。観柳は美形でない男には容赦をしない。異性愛者の男で言えば、美しくない女に容赦ないタイプだ。

理由3:四乃森蒼紫
もう一人の美形、蒼紫。剣心が可愛い系なら、蒼紫は綺麗系だ。おのれ観柳。何というハーレムを形成しようとしているのだ。許し難いな・・。
私の個人的な怒りはさておき、観柳は蒼紫に対しては、日頃から優しい。
少々皮肉が入っている風ではあるが、「御頭さんは温情家ですねえ。」などと言っているし、心の中では厄介者と思っているくせに日頃から護衛として側に侍らせている。護衛として優秀だからというのが表向きの理由だが・・。
そして、決定的シーンがこれだ。
観柳が「はろぉう・・」などとのたまいながら、ガトリングガンを持って現れ、剣心たちと戦うシーンだ。
蒼紫 「観柳! 貴様なぜそんなものを!」
観柳 「“様”を付けんか、無礼者めえっ!」
そう言いながら、ガトリングガンで蒼紫の足を撃ち抜く。
“様”を付けんかって・・。
お前は何がしたいんだ。
女王様か。
そんなに蒼紫をかしづかせたいのか。
どう考えても、どう考えてもね、オイタをした奴隷にオシオキをする女王様気取りだとしか思えないのですよ。

以上の理由から、観柳が同性愛者であることははっきりした(と思う)。彼は極悪人だが、自らの性的指向故に、女性に対しては“比較的”優しい人格になったようだ。観柳のような極悪人でさえこうなのだから、まともなゲイが「女性に優しい」「女性の気持ちがわかる」と評されてることが多いのもわかるだろう。

さて、「ふしぎ遊戯」の氐宿を同時に挙げたのは、彼が観柳とは反対に、性指向故に女性に冷たい人間だからである。主人公の美朱は処女でなくなると巫女の資格が無くなり、神獣を呼び出せなくなってしまう。なので、氐宿は一計を案じた。幻術で美朱を惑わし、処女を奪ってしまおうというのだ。
彼は女性には冷たい。異性愛者の男で言えば、同性には冷たいタイプ。男の友情よりも恋愛を優先するような感じだ。
逆に美形の男には弱い。惚れている心宿は当然美形。また、美形の少年をいたぶって愉しんでいるときに、別の美形の少年に惨殺されている。異性愛者の男で言えば、美女をいたぶって愉しんでいる間に、別の美女に惨殺されたというところか。ある種の人間が憧れるような最後だな・・。
ちなみに心宿にはいつもイジワルをする。好きな子イジメというやつだ。心宿は氐宿の能力は重宝しているので側に置いているが、彼のことは嫌っている。まったく、氐宿ったら・・。



◎「聖はいぱあ警備隊」 〜生徒会長クロミネ万歳〜

最初は真面目な話で始まったこの記事も、私の肩の力が抜けてきたせいか、だんだんといつもの調子に戻ってきた。そこで紹介するのは、森生まさみ作品中最大のハイテンションと名高い(であろう)「聖はいぱあ警備隊」だ。
私はこの作品で、黒峰がかなり好きなのである。最初は何だこいつみたいに思っていたが、数年後に読み返すと印象が違った。よくあることだ。氐宿と同じで女に冷たいタイプ。当然のごとく美形。こういうタイプが好きなんだな、私。
やや差別的な印象も受けるが、つぶらも好きだな。差別的というなら紅咲の方だろう。まあ、そこは頭を柔らかくして読んでもらおう。そもそもつぶらの態度は差別的というよりは、高屋敷のことが好きな人間に対する敵意が大きいように思う。
ちなみに鮎川は可愛い。高屋敷は面白いけど気にくわない。人気無いけど兵藤も結構好きだな・・。
それにしても黒峰の運営手腕や精神力は高校生とは思えない。ラブコメでなかったら、「スケバン刑事」の海槌レミといい勝負かもしれない。そう考えるとますます萌えるな。
ああ、また感想だらけになってしまった。考察も少しはやらないと、知性が疑われる。(←誰にだ。)
以前から引っかかっていたので、コミックス4巻の巻末書き下ろしの話をしよう。
この作品で同性愛者を出した途端、結構な数の読者から苦情があったそうだ。描かれ方にではなく、同性愛者を出したということで。まったく迷惑な話である。現実の倫理に反しない限り、何を描こうと作者の勝手ではないか。
これに対して作者は大人の対応で受け流している。流石だ。反論するのは簡単だが、作家としてファンは尊重しなければならない。
ここで作者が述べた「笑える範囲なら・・」というセリフは、同性愛者を笑いものにするという意図ではなく、コメディとして扱える範囲なら、何でも描けるという意味である(と私は解釈している)。
ちなみに笑えない話は戦争や殺人などを扱ったものだろう。そういうのが読みたかったら、「コンクリート・ノイズ」や「耳をふさぐ女」を読むといい。特に「コンクリート・ノイズ」はオススメだ。
同性愛とは関係ないのだが、以前から気になってることがある。高屋敷は“アホ”と言わず“阿呆(あほう)”と言う。漢字の“阿呆”にルビで“あほう”と振るのがポイントだ。さて、こういう口癖のキャラクターと言えば、「るろうに剣心」の斉藤一だ。斉藤は“前髪触角”と評される髪型をしている。そして、“前髪触角”と言えば、「おまけの小林クン」の小林大和である。何だろうか、この偶然は。気にするほどでもないのかもしれないが、何か気になる。
黒峰の話に戻ろう。彼を語る際に、アニーの存在は外せない。報われない恋。「聖はいぱあ警備隊」の苦味部分を担当するキャラクターである。そう、アニーの恋は報われない。作者は黒峰を異性愛者に「矯正」するような歪んだ思想は持ち合わせてないようなのだ。黒峰とアニーは恋愛関係にはならない。けれど、パートナーとして理想的な関係を築くことが出来るように思う。「聖はいぱあ警備隊」最強タッグの一つだろう。
また、アニーの話で黒峰の姉が出てくる。彼女はレズビアンだ。弟に意地悪な姉だが、その性格の歪みは性的指向とは関係ないように描かれている。同性愛者だろうが異性愛者だろうが、こういう姉っているよなあ・・と思わせる素敵なお姉様である。
アニーが報われない恋をしていると書いたが、実は黒峰もまた報われない恋をしているのだ。彼が好きなのは高屋敷。その高屋敷が好きなのはつぶらで、つぶらも高屋敷が好きだ。両想いだ。となると、黒峰の入り込む余地は無い。しかし、それはそれとして、悔しがってはいるが割り切っている。最終決戦終了時は、空気を読んでつぶらと高屋敷を二人っきりにしてあげている。いい人だ・・。



◎「エロイカより愛をこめて」 〜英雄は色を好む。だがそれは異性愛に限らない〜

昔のマンガには同性愛者に対する差別が渦巻いていると書いたが、これは私の読んだ中での数少ない例外である。伯爵はぶっ飛んだ性格をしている変人であるが、それは性的指向とはあまり関係がない。関連づけるとしても、変人であることを込みにして肯定的に描いている。陽気で優雅なドリアン・レッド・グローリア。
ところでジェームズ君と「聖はいぱあ警備隊」の寒椿が異常に似ている件について、誰か説明してくれないかね。デザインが似てるのはもちろん、立場は参謀であり、表情や性格もよく似ている。寒椿はジェームズ君をモデルにしたのかな・・?
似てると言えば、高屋敷とクラウスもちょっと似ている。私は高屋敷の風紀委員長的な性質が気にくわないのだが、クラウスぐらい徹底させると笑えてくるから不思議だ。
伯爵やジェームズ君、それにクラウス少佐。魅力的なキャラクターが揃っている。何の因果か、いずれ私のパロディ小説で出演することになっている。この3人に加え、もちろん一番人気(多分)のあの人も登場する予定だ。アルファベットの連中は出演するか不明だが・・。・・・宣伝以外にやることないのか、私。と一人ツッコミ。
当時のマンガで(今も続いているが)同性愛を肯定的に描いたマンガとしてこれを出したが、同性愛に関することで内容の考察はしない。何故なら、読んだのが随分前で、詳しい内容を忘れてしまったからだ。
伯爵は同性愛を貴族のたしなみとして考えているようだが、そういう素養がないと積極的にはやらないだろう。貴族のたしなみとして仕方なくやっているのではなく、明らかに楽しんでいる。人生を謳歌している。羨ましい限りだ。・・おっと、私が今現在不幸という意味ではない。ただ、ストレスも多い生活を送っているのでね・・。精神病もだいぶ回復したとはいえ、毎日のように発作は起こる。
話がそれてしまった。貴族のたしなみと伯爵は述べているが、日本でも江戸時代まではそういう風習があった。小姓である。森蘭丸は有名だろう。何故、現代日本ではアンチ同性愛の風潮が強いのか。もちろん権力者たちが庶民同士をいがみ合わせるために情報操作をしているのは原因の一つだ。ただ、それがこれほどまでに功を奏しているのは何故だろうかと思うのだ。こじつけっぽいが、江戸幕府がやってきたことだから排除してやる・・ということなのかもしれない。そう言えば、同性愛を嫌悪してはばからない人々は、尊皇攘夷的な匂いがするように思える。まあ、およそこじつけの域を出てないけれど。



◎「未来日記」 〜同性愛が肯定されている世界〜

古いマンガばかり挙げてきたが、現在連載中の作品も挙げておこう。「エロイカより愛をこめて」も連載中と言えばそうなのだが、不定期だし冷戦終結以前からあるので。「ふしぎ遊戯」もここで挙げてるのは朱雀・青龍編なので。
このマンガは例えるならば「金色のガッシュ!」と「うえきの法則」のトンデモ部分をかき集めた「バトルロワイヤル」である。それだけで読みたくなるであろう、諸君。今すぐ本屋へ急げ。
時空王を名乗る怪しい神デウスが12人(※)のイカレた人々を集めて殺し合わせ、生き残った一人を自分の後継者にするという、トンデモゲームである。12人(※)にはキャラクターに応じた日記が渡される。それは90日分の未来を表示するもので、プレイヤーはこれを活用してゲームを進めていく。通常の死以外に、日記を破壊されても死が訪れる。他のルールについては読んでもらうとして、明記されている以外にも不文律が存在する。それは、他のプレイヤーを殺すときは派手な殺し方をしなければならないというものである。最低限でもダーツで日記を破壊するくらいのことはしなくてはならない。包丁で突き刺すとか、斧で首を切るとか、ドラマチックに射殺するとかが理想的だ。間違っても普通に射殺してはならない。そんなことをすると、ムルムルに因果律を操作され、次の章でドラマチックに射殺されてしまうのだ。
・・またしても話が横へそれた。同性愛の話をしよう。この作品ではゲイの秋瀬或とレズビアンの野々坂まおというキャラクターが出てくる。「エヴァンゲリオン」のカヲル君に似てるとかいう話はともかく、秋瀬は雪輝のことが好きである(ただし、由乃と連携するための方便である可能性はあるが)。それを聞いた由乃はゲッというような表情をするが、それは同性愛者に対する嫌悪感ではないだろう。由乃は雪輝中心主義なので、人の性的指向などどうでもいいのだ。セクシャリティーに関する知識が乏しいから、驚いただけであろう。後の展開でも、秋瀬が“同性愛者であることで”由乃が彼を嫌悪しているシーンは無い。由乃だけではない。全てのキャラクターが、だ。まおについても同じ事が言える。まおは日向が好きだ。それに対する日向は思いには答えられないと述べているが、“彼女が同性愛者であること”に微塵も偏見を抱いてはいない。秋瀬についてもまおについても、対応する全てのキャラクターが彼らの性的指向をごく自然なものとして捉えているのだ。もちろんアンチ同性愛の感覚を持つキャラはいるかもしれない。しかし、私の記憶する限り、キャラクターの内面でさえ、アンチ同性愛の記述は無い。
あと、あまり関係ないかもしれないが、秋瀬とまおはまともな人間として描かれている。秋瀬は少し変人っぽいけれど、まおは普通の部類だと思う。頭がおかしいのは、我妻由乃や平坂黄泉などの日記所有者たちだろう。日記所有者には誰一人としてまともな人間がいない。







最後に。厳密に、厳格に、完璧に差別を排除することは現代では不可能である。個々人で、ボーダーラインがあると思う。これくらいなら仕方ないが、これ以上は許せないというラインは人によって違うので、なかなか一概には言えない。作者が意識的に配慮するべきではあるが、完全には不可能な時代だ。
現実においては厳しいスタンスを持って当然だが、マンガを読むときはなるべく“頭を柔らかくして”読んでもらいたい。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

ううーむ。ここに挙げられたほとんどの漫画を読んだことがないです私がはじめて読んだ同性愛系漫画ってなんだったかな?思い出せない。随分昔の事です・・・・(遠い目ふぅー)
私の場合、倒錯な世界が好きなので正直同性愛が認められている世界を舞台にした漫画は萌えないかも(汗))
みっちゃん
2009/01/29 23:14
みっちゃんさん、こんばんは。
いやー、私も倒錯な世界は大好きなんですよ。基本的に変態キャラ好き。禁忌とか、禁断の愛とか萌え萌え。そういう感覚は別に変える必要は無いと思いますし、そもそも変えることは出来ないでしょう。現実に存在する同性愛者を差別するようなことがなければそれでいいと思っています。昔は自分の感覚と思想のギャップに悩み苦しみましたが、フィクションと現実をきちんと区別出来てればいいじゃないかと思うようになりました。
ちなみに「未来日記」は同性愛は肯定されているけれど、他は狂いに狂いまくった変態ワールドですよ。倒錯と言えば平坂氏。
アッキー
2009/01/29 23:33
私が初めて読んだ同性愛を描いた漫画といえば、もはや“古典”の域に達している竹宮恵子の『風と木の詩』と木原敏江の『摩利と新吾』ですね。今調べてみたら、『風と木の詩』の方が1年早く連載を開始し、終了したのは、ほぼ同じ時期でした。どちらも感慨深いものがありますが、どちらかといえば『摩利と新吾』の方が好みです。
今、旬の漫画家の中ではよしながふみの作品に注目しています。『西洋骨董洋菓子店』は特に傑作だと思いますが、『ジェラールとジャック』や『執事の分際』のようなフランス革命期を舞台に描いたものも、当然のことながら大好きです。(歴史が書かれているところが? それともきわどい場面が描かれているところが?)
『エロイカ』のパロディ小説を書く予定があるんですか? 実はこの漫画も好きなんですよ。(再開後の絵柄がちょっと変わってしまったのが残念なんですが…。)
すずな
2009/02/01 20:19
↑こうして見ると、同性愛を正面から描いているのは、少女漫画がほとんどではないでしょうか。少年漫画や著者が男性の青年漫画では、ゲイといえば女装をしたり「おねえ言葉」を使う三枚目キャラというのが定番で、主人公としてきっちり描かれているというのは、寡聞にして見たことがないですね。ところで、女性の同性愛者は、圧倒的に描かれることが少ないのは不思議ですね。(私の印象に残っているのはパンサークローぐらい?)
すずな
2009/02/01 20:43
すずなさん、こんばんは。
「風と木の詩」と言えば、「まんが生活」で紹介されて以来、読みたいと思っていたマンガなんですよー。何年も前から本屋巡りをしているのですが、ばらばらにしか売ってない。薔薇だけに。(←おい)
「摩利と新吾」はだいぶ前に読んだことがあります。内容は結構忘れてしまったけれど、面白かったという記憶は残っています。私のではなく叔母の本なので、手元に無いんですよ・・。
んん・・「西洋骨董洋菓子店」に加えて「ジェラールとジャック」や「執事の分際」まで・・。すずなさんや奄美さんとは読んでるマンガが結構かぶりますね。お互い幅広いですなー。
「エロイカより愛をこめて」は冷戦終結後、顔が随分と縦長になりましたね。建前では対立が無くなって、顔の筋肉が緩んだか(←?)。パロディに関しては今のところ構想があるだけなので、執筆・発表はかなり後になると思います。でも必ず書きますよ。
アッキー
2009/02/02 00:09
少年マンガで同性愛者は・・酷い扱いを受けていることが多いですね・・。論外なくらいの差別が横行している。記事では川原泉や今市子を悪く言ってますが、少年マンガでの扱いに比べれば・・。
ちなみに私、川原泉は好きなんですよ。コミックスにはハズレは無いと思っているくらいだし。今市子も「百鬼夜行抄」とかかなり好きですし。
レズビアンを描いた作品はゲイを描いた作品に比べて少ないですね。その理由は、ニーズの差でしょうか。私のオススメは「女子妄想症候群」収録の「Batte Flower」ですね。有名どころは綾瀬さとみの「スケッチ」かな。
なるほど、ジル様ね。多分、主人公よりも人気高い。作者もハニーよりジル様の方が気に入ってないですかね?
ちなみに“女装”で“オネエ言葉”ですが、「ライアーゲーム」(マンガ版)のフクナガはかっこよく+可愛く描かれてますよ。ゲイではなくトランスジェンダーですが。少年マンガや男性系マンガでゲイの主人公いねえかな・・。ニーズが少ない?
アッキー
2009/02/02 00:31

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
マンガで見る同性愛 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる